2026年6月19日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「」です。

○ お知らせ

 「掲示板」にnishiyanさんの「水詩(みずし)#27」が投稿されていますのでお立ち寄りください。スレッドの202になります。

○ 残念な知事

 先日、6月17日の兵庫県知事記者会見の様子を動画で見た。斉藤元彦知事と大手新聞記者、地方メディアの記者、それにフリーのジャーナリストも参加していた。ここでは特別のことを語ろうとするものではない。もちろん本当はその資格もない。ただ、ちょっとした井戸端会議で話すような内容のことを話したいだけだ。

 それは何かというと、その日の知事と記者とのやりとりを聞いていて、特にある記者とのやりとりにおいて知事の態度が見るからにガラッと変わって見えたのだ。それからというもの、知事と記者とのやりとり、コミュニケーションはまったく不通になってしまった。具体的にいうと、多分記者が口にした「人殺し」をいうワードで知事は内心で激高し、もうそれで一切コミュニケーションを取らなくなってしまった。見ていると、一方的に心的なやりとりの回線を切断してしまったように見えた。

 その一瞬に、ぼくは斉藤さんの県庁内での職員とのやりとり、コミュニケーションの全貌が分かった気がした。特に相手の言葉の受け止め方に、ものすごい癖があることが手に取るように見えた。思い込みと言ってよいのか、曲解というべきなのか、とにかく自分が認識した、理解したことが絶対で、そうなるともう他者の弁明も耳に入らなくなるようであった。
 一般的に見れば、それは知事の曲解から始まっている。それを感知して、あの手この手で相手は理解してもらおうといろいろに言い換えても、斉藤知事はもう一直線で理解しようとはしない。頑なな姿勢に終始する。

 これを面前、目前でやられたら、ぼくだったら絶交する。毎日その顔を見なければならない職場だったら、即刻辞職願を出す。
 そうしなければ、こちらのメンタルがやられる。斉藤元彦という人はそういう人間であると思った。ちょっとした意見の違い、仕事上のミスなどでも、斉藤さんはその業務上の判断基準からではなく、自分の判断基準をもって部下の処遇を判断するタイプの上司である。それはぼくからすると最悪の上司なのだ。その瞬間に上司と部下との関係には亀裂が走り、おそらくその後の関係の修復は絶望的になる。
 こういうことは側にいれば傍目にも感知でき、上司との亀裂を避けたい部下は永久に忖度を繰り返すことになる。辞職の勇気のないものは、ほとんど言いなりになって、かしずくほかにないと思う。そして、そうしている限りにおいては害にならない、むしろ従順であればあるほど、自分をある程度大事に立ててくれる上司だと言える。

 今回の会見で、ぼくにはそういうことが見て取れた。ぼくならばこういう人間とは絶対的な距離を取りたい。会議などで顔を合わせなければそれでよい。遠く距離を取っていれば、まず向こうから近寄ってくる恐れもない。そういうことが出来ないタイプだから、その意味では安全パイである。反対にしょっちゅう顔を合わすことになったら、これほどやっかいな人物は、そうざらにはいない。できるだけ遠くに逃げなければいけない。そう思った。

 今回の動画を見ても、どこかに発達障害とでもいうべきものを抱えた人なんだろうと思う。記者とのやりとりにおいてもそれが窺える。核心的な部分になればなるほど会話のコミュニケートは成立しない。残念な知事だ。

○ 自衛隊員は貧しい家庭?

 国会の委員会質疑でだと思うが、ある議員の質問で「自衛隊員は貧しい家庭の子ども」という趣旨の発言があったとかで、物議を醸した。これに対して大臣が、名誉毀損、誹謗中傷にあたるとして注意を促したとか無かったとか、詳細は把握していない。

 このことに関して二つ思うことがある。一つは、ぼくらの子どもの頃はほぼその通りのイメージだったということだ。金もない、学校の成績もよくない、そういう子が自衛隊に入隊したという話が多かった。
 もちろんその当時でも防衛大学などもあって、一概に先のようではなく、エリート候補は別途そんな経緯から入隊するものもいたのである。
 しかし一般的な入隊となると先のケースが多く、ぼくは、そういう隊員は入隊後過酷な訓練を受けるのだろうな、ぼくはいやだな、などと考えた。そういうこと以外に、特に自衛隊や自衛隊員について考えたりすることはなかった。国を守るという発想もまるでなかったし、自分にとっては圏外のことのように思っていた。またその頃は、不祥事を起こして除隊されたという話もよく漏れ伝わってきていた。国を守るなどの話ではないなと、そのころ考えたりした。自分から進んで自衛隊員になろうという気などさらさら無かったし、友達にもそんな考えの人はいなかった。

 後年、小学校教員の時に、保護者の中に元自衛隊員という方が時々おられた。けっこう若くして除隊するんだなと思ったことと、皆さん体力に自信があり、バイタリティー溢れる方たちだった。またPTA活動などでは積極的に参加し、協調性を持って行動されていたと記憶している。そういう意味では立派と思える人たちが多かった。

 さて、二つ目に思うことだが、寡聞にしてぼくは愛国者と自認する人たちの子どもが自衛隊員になったということを聞いたことがない。それと上層、上流階級と見なされる子どもたちが進んで自衛隊員になったという話も聞いたことがない。また常日頃、自衛隊員を国防の盾のように賞賛する人たちの子どもが入隊したという話も聞かない。これはどういうことなのだろう。
 これも安藤昌益が「不耕貪食」・「不耕盗食」と言った構図に同じく、一番大変なところは赤の他人に行わせる典型であろうとぼくは思う。
 そんなに国防が大事というなら、他人を唆してやらせる前に、つべこべ言わずに自分が入隊して盾になってみせればよいとぼくは思う。それも出来ずにもっぱら後方支援ばかりとは情けない。片腹痛い。ぼくのような一般のぐうたら庶民はそう思っている。そういうこともここでは言ってみたかった。


2026年6月18日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「人間が出現してからというもの」です。

○ 買い物をするたびに、まとめて買えば楽なのにと思う。考えてみると、主に食料品になるが、二日に一度、あるいは三日に一度の頻度で出かけて行く。理由があって、魚や肉を買い求める時、どうしても値段の下がったものに目が行く。そうするとたいてい賞味期限などが迫っているもので、当日か次の日の食卓に出る。
 それと、同じものを続けて食べる気にはならないから、違うものを探すとなると、せいぜい2、3日分しか買えなくなってしまう。
 一週間分をまとめ買いするというのは難しいことだ。だから、つい2、3日分にして、買い物から帰るということになる。これはちょっと効率が悪いなと考えるが、なかなか名案が浮かばない。冷凍品ではどうかと試したこともあるが、これも思うほどの効果が得られず挫折した。
 ぱっと一週間分くらいの献立が瞬時に思いつくようだと、この買い物ももっと上手く計画的に出来るかも知れない。そうしたらまとめ買いも今よりはうまく出来そうだ。でも、それがなかなか思い浮かばない。

 狩猟採集の時代で、たまたま獲物が捕獲できなかった日などは、食べずに空腹のまま過ぎるということもあったのだろう。その時は諦めるしかないから諦めたのだろう。どうしようもなく手に入らない時は、諦めるしかなかった。
 今はそうではない。お腹がすいたらお店に出かけて、いつでも食料品は手に入る。それがやれる間は、それを繰り返す。お腹がすいたけど、今食べ物がないから我慢をするとか食べないとかには、普通はなかなかならない。お店に行けば買える。容易に手に入る。現代人はそうやって毎日三度三度食事を取る。
 これは生き物としてはおかしいのではないだろうか。自然界の生き物の食生活は人間の世界ほどに安定していない。逆に不安定であることが多い。不安定なことが通常態であるとすると、安定した人間界の食生活は異常と見なすことが出来る。

 毎日三度の食事を取り、2日にいっぺんの買い物に出かける。この決まり切ったやり方は正常ではなく、異常である。人間だけがこの暗黙の理解でこれを常識とし、これを基本にしている。そうして逆にこの基本に沿って生活の営みを固定化している。 まあ、個人の自由を謳っている訳だから、いくらでもこの決まり事から逸脱してもいいのだが、それでも尚、このリズムに自分たちを従わせるようにお互いに働きかけ合っている。それほどの空腹を感じているのでもなく、ただ慣習に沿って食事を摂る。なんとなく何か変だなと、長いこと思い続けていることの、これはひとつの例でもある。


2026年6月17日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「六月の庭」です。

○ 「戦い」の初源

 狩猟採集から米作りへの移行はゆっくりと進んだに違いないが、今から見ると、ひとつの産業革命のように大きな出来事だった。その中でも特に富の蓄積、その上での豪族の出現は先史時代から歴史時代への飛躍の礎になった。
 弥生時代の遺構には環濠設備が見られ、すでにその頃には集落同士の戦いがあったことを教えている。防御用の施設とする説が有力である。
 そういう施設は縄文時代の集落跡には見つからず、争うための武器もなかったと言われている。

 冒頭に述べたように、米作りが行われ、米作りが主産業のように発展していくと、工夫してたくさん収穫できる集落と、そうでない集落とに差が出るようになる。それによって集落同士の結合や、服属なども起きて行ったと想像される。さらに、自らの収穫を増大させるばかりではなく、収奪という方法で一気に米を獲得する方法も考えられるようになって行った。

 集落同士の争い。少なくとも日本の縄文時代にはなかったそれは、米作りが本格化した弥生時代に入って活発化した。
 ぼくはそのような印象を持ち、またそのように考えてもいる。その争いは弥生時代になって始まり、以後現代まで数々の紛争、内戦の形で続いてきたものである。そして明治時代が訪れて以降、紛争、内戦の経験も背負って、外国との戦争も行うように進んで行った。

 太平洋戦争での敗戦という苦い経験から、日本は二度と戦争をすまいと決意して戦後を歩んだ。しかしアメリカとかわした日米安全保障条約、自衛隊の設立と維持、増強が示すものは、一国家が世界で自立することの難しさを伝えている。
 弥生時代に始まった防御としての環濠施設は、別の形にはなっているが今も手放せないことになっている。

 現在や未来に、本当に世界から戦争をなくそうとするならば、戦争をなくす方法が確立されなければならないと思う。それが現在確立されたかと言えば、当然ながら確立されていないのだ。ロシアが、アメリカが、あるいは中東も、率先して戦争だったり内戦だったりを行っている。
 世界の恒久平和を実現できる考えが考えられたとするならば、それは必ず、弥生時代後期から古墳時代に頻発した大乱、内乱、内戦を、どうしたら食い止められたかの解になり得るはずである。また逆に、その時期の争い事を食い止めるためにどうすればよかったのかを追求して、その答えを導き出せたならば、それは現代の戦争を食い止めるためのヒントを提供するはずである。
 もちろんそれは同時に考えるのが一番いいのであって、現代と初源の双方から解としての平和に向かって迫って行く必要がある。ぼくはそう思う。
 ぼくはそれを考察して論述する元気も力も無いが、ポツポツと頭でこねくり回して、忘れた頃に思い出してまた考え続けるというようなことは出来る。そういう持続ならなんとかなる。世界のためでも人々のためでも何でも無い。ただそれがしたくてやり続けたいと言うことだ。今のところ、その過程にしか関心は無い。


2026年6月16日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「信号の受信機」です。

○ 「現在」が作り出した公害のひとつについて

 もう随分前になるが、吉本隆明さんの「心的現象論」を一生懸命読んでいた時があります。「心的現象論」を書いた動機として、吉本さんはいくつか挙げてたと思います。ぼくはもう多くを忘れたし、本の内容も随分忘れたのですが、動機として挙げた中のひとつは覚えています。

 戦後日本は一気に工業化が進み、高度経済成長期を迎え、高度文明社会へと発展してきました。それと共に、公害問題が深刻化し社会問題化しました。そしてその後は、現在に続く自然・環境保護対策が行われるようになったのです。
 その後日本社会は消費社会と呼ばれるものに進展してきました。産業としては、第三次産業へと移行して行きました。第三次産業は「サービス業」に象徴される産業で、第一次、第二次産業以外の多様な業態がまとめてそう呼ばれます。
 吉本さんは、第三次産業が主産業に発展してからの公害は、自然や環境の破壊から、人間精神を混乱させたり、時には破壊するものに変わるだろうと考えたのだと思います。一般的な言い方をすれば、心理的な異変、精神的障害、そういう方向に広がるだろうと考えました。それは深く重症化するというようにではなく、正常とあまり見極めがつかないところで、浅く広がると考えたようです。それが第三次産業全盛期の公害だと指摘しました。

 これはぼくがそう思い込んでいると言うことで、実際に「心的現象論」を読んで確かめてもらうのが無難です。
 まあ、そういうことで、今ぼくが思っていることは、現在の日本社会を全体的に見回すと、まったくその通りになってきているなと思う訳です。
 昨日までふつうに隣を歩いたり、生活していたかと思っていると、突然犯罪を犯したり、事件を引き起こしたりすると言うことがニュースなどを見ていると頻発しています。なぜ、あの人があんなことをと驚く知人、隣人がテレビの画面に映って話したりしています。それは無名人にも有名人にも起こっています。みんな変になってきているとしか思えない、そういう事態になってきているように見えます。ですから自分についても不安になり、大丈夫かなオレ、と考えたりします。

 だいぶ前になりますが、「一億総白痴化」なんて言葉が流行しましたが、今誰も何も言いませんが、「一億総異常化」、「一億総障害化」という現象が起きているかもと、ぼくは妄想したりします。
 つまり吉本さんの考察は、ほぼ的を射ていたのじゃないかなと、ぼくは今考えているところです。そして異常と正常の境目が、なんと言っていいか、とても分かりにくくなっています。兵庫県の斉藤知事なんかは典型的ですが、日常の業務は知事としてふつうにこなせているけれども、時折異常性が垣間見える。多分、自分を含めて日本人の6割以上はそういう状態に陥っているんじゃないかなと言うのが、いい加減なぼくの見立てです。いい加減というのは特に6割という数値のことですが、本当は8割から9割くらいには思っています。思っていますが調査したりしている訳でも何でもないので、とりあえずはいい加減だと言うことにしておきたいと思っています。
 全体として、非常に生きにくい社会になっていると実感している人が多いと思うのですが、陰にはこういう問題があるんだろうとぼくは考えています。


2026年6月15日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「好き嫌い」です。

○ 評価についてのメモ

 ぼくの若い頃は仕事の評価が人間の評価のようになっていたように思います。仕事の評価というと、それが社会的な評価にもなります。よく分かりませんが少し耳
にした言葉では、「紫綬褒章」というような言葉も聞きます。これは、学術・芸術上の発明・改良・創作に関し、事績著明な者に授与される褒章のようです。要するに分かりやすいところでは、こんな形で社会的評価があります。
 元になるのは仕事で実績、業績を上げたところになると思います。公的機関がこれをさらに表彰したりする訳です。

 こうやって褒章されると、これはそのままその人間の評価になります。そうすると、人間の評価って仕事にあるなと思ってしまいます。これは間違いではないと思いますが、ぼくはちょっと腑に落ちないところがあります。

 こういう褒章、評価は公共機関、公共団体のようなところが行うのですが、どういう基準から行うのかを考えると、公共の利益に資する、というところが大きいと思います。社会のため、公共のためになったという視点から行われるものだということです。国家社会から見ると、国家社会のためになったということで褒章します。

 ですが、よくよく考えると、人間は何も仕事で立派な業績を上げるために生まれた訳ではないです。また社会や公共の利益のために生きるというのでもありません。何ならそんなことは全部度外視して、自分や家族のために生きるというのが本分のような気がします。そして本当は人間の評価というものは、社会に資するということではなく、もっと広く深く考え、多岐にわたってなされなければいけないのではないかという気がします。

 明治以降と行っていいのでしょうか。つまり日本が近代化してから、自分や家族のために生きるというスタイルが、社会的な評価を受けるためにと言うような、偏狭で、短絡的な考えになったような気がします。

 ぼくくらいの年代までは、確実に、ささやき女将ではないですが、耳元で「仕事は一生懸命やれ」、「社会の役に立て」とささやく声を聞いて育ったと思います。なので、概ねそういう生き方を進んでやってきたんだと思います。
 これはほんとはおかしいことなんじゃないかと思います。その声は本当はもっと、個々人に即した、個々人に資する声でなければいけなかったのではないでしょうか。

 仕事というものも、個を利する、個に資するものというよりも、多く雇用元を利するもの、資するものになっていると思います。公務員だと公への、極端に言うと、奉仕ということになるでしょうか。「公私」で言うと「公」が前面、表面に出て、どうしても「私」は後景に引っ込みがちです。
 現状の社会ではやむを得ない面もあると思いますが、だんだんと人間の評価というのも、「公私」の「公」から離れていくのが望ましいと、ぼくなんかは考えているところです。「公」は、「私」の評価をしてはいけないんじゃないかな、と思います。


2026年6月14日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「未来は初源にある」です。

○ 少し前にWindowsをアップデートしたら、ホームページ作成に使っていた「ホームページ・ビルダー」が立ち上がらなくなってしまった。どうもアップデートしたWindowsOSが古いソフトを動かせなくしてしまったようなのだ。
 ふだん、ホームページの更新日時を書き換えるためだけに使っていたが、それができなくて少し焦ってしまった。Htlmなので、とっさに一太郎で編集しようと思い読み込ませたら、読み込めない図などがあるので、それは除外して読み込むというメッセージが出た。それで日付だけ変えて、更新し、全体をアップしたらホームページの表紙面が変わってしまった。主に文字サイズが変わってしまい、大きくなった。元のように変えるのは時間がかかりそうで、根気、元気もなく、当分このままにするつもりでいる。

 古いソフトが動かなくなって、一時はもう「ホームページ・ビルダー」は終わりだと諦めかけたが、少し調べたら救済策を見つけた。「設定」でスマートアプリコントロールを解除すれば、従来通りに古いソフトも動くと言うことだった。やってみたら動いた。
 アップデートはいいことなのだが、知らぬ間にこういうことが起きるのはいただけない。焦って、素人が二重、三重に対策して、かえって墓穴を掘ってしまうことはありそうだ。そういうことではパソコンも、まだまだ発展途上かなと思ったところだ。

○ 少し前にこの欄で「兵庫県問題と『死の棘』」と言うことで小文を書いた。今日また思い出したのだが、斉藤元彦知事と小説の中の夫婦とはよく似ていると思い当たった。今ここで何がどう似ているかを言及することは難しいが、小説の夫婦がそうであったように、斉藤知事も心的な動きが通常の動きの範囲を逸脱しているように見える。
 夫婦は、と言うかきっかけは妻の方に多くあるが、日常の些細なことから過去をほじくり返すことになってしまい、夫に対して終わりなき尋問を繰り返す。夫はそれに真摯に答えようとするのだが、妻はどうしても納得できない。それは通常の話し合いではない。狂気をはらんでいる。
 どこまで行っても着地点の見いだせない二人の話し合いに、次第に夫の精神や神経もおかしくなって行く。
 二人の話し合いがどこまでも堂堂巡を繰り返し、決着がつかないのは、話し合いで決着のつかない問題について話し合っているからだ。もちろん精神的な病気と診断された妻の病気のせいでもあるが、妻は夫の浮気から始まった自分の被害から、どうしても解き放たれずに苦しみ、それをもってまた夫を追求尋問する。多分、追求と尋問には意味が無い。妻の心の奥深くに住み着いた「許せない」と言う思いが問題なのだ。そして妻はそれを頭では理解し許そうとするのだが、妻自身ではコントロールできない存在の深部から、マグマのように沸々と「許せない」思いが湧いて出てくる。そうなるともうこれは、解決と言うよりは、時間をかけて怒りが緩和するという方向でしか妥協点を見いだせないということになるのだろうと思われる。

 知事と百条委員会、知事と第三者委員会、知事と兵庫県会議員、知事と記者たち。いずれの場合も主張と受け止めとがすれ違ってしまう。ふつうに考えればそれらの応酬において、ひときわ異質なのは斉藤知事の言動である。知事だけが別の場所に立っているのだ。
 ここでも、話し合いでは決着のつかない問題について話し合っているという構図が浮かぶ。一方は、知事は人間としておかしいと言うことを問題にしており、一方は自分の認識はこうだと繰り返すばかりである。
 おそらくおかしいのは斉藤知事の精神で、表層は健常者の精神のように見えてはいるが、深層においては異常なのだ。だがよくよく見ると、おかしいのは斉藤知事だけではない。支持者もどこか異常だ。さらに正常と見える反斉藤的なものにも異常さが表れる。

 構図としてみると、異常な斉藤派が反斉藤の正常を揺さぶっている。正常でありながら反斉藤派も、自分たちの正常さが正常さとして機能しなくなっていること、機能不全に陥っていることに気づき、戸惑いを見せている。たとえて言えば、水戸黄門の印籠をかざしているのに、それに効果がなくなっていることを知って戸惑っているという感じだ。

○ 小説の夫婦の問題は、夫の浮気が原因だから夫に非があり、謝って終わりにするか離婚まで行くか、通常の決着はそういう仕方で終わるはずである。ところがそうは行かないでこじれにこじれていった。
 兵庫県問題もそれだ。こじらせた原因は斉藤知事の精神の異常さにある。ただその異常さは、見かけはほぼ正常さと変わらないから、誰もが話せば通じると考えている。だが、小説の夫婦のように、話せば通じるというような位相にはない。ここを丁寧に読み取って行くには、少し時間を要する。もう少し真剣に考えないといけない。

 ここでは、上手く考えきれなかったし、上手く書き切れなかった。まだぼくの中で十分に発酵し切れていないということでもあろう。
 いつか同じことで書き直してみたいと思うが、やれるかどうか分からない。中途半端だが今日はここまでの考察ということで終わる。


2026年6月13日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「準備万端」です。

○ 「天皇」に関する話題から

 次期天皇の問題とか、皇族数の問題とかが国会および有識者会議等で議論されているらしい。よく分からない。調べてもいない。現天皇の娘の愛子さんがかわいらしいから、一般庶民らしく、愛子さんが天皇になってもいいなあと思うくらいだ。
 それからもう一つ思うことは、皇族を含めた天皇家、天皇家の家系の問題については、法に則り法の範囲内で自分たちの好きにするのがいいのにと思う。政府とか有識者とか、あまりとやかく拘束しない方がいい気がする。それで変な争いが生じるようになっても困るが、家族、家系で話し合って決めてもらうのが一番よい気がする。

 天皇家の出自については、ぼくの中では、渡来系弥生人の子孫か末裔かということで落ち着いてきている。少なくとも縄文人の末裔ではなさそうで、直接の渡来系弥生人ではないとしても、渡来系弥生人との縁もゆかりも深くあった人たちであろう。日本という島国に誕生した人類の血を引いている人たちと言うことでもないし、アフリカから辿り着いた人たちの末裔と言うことでもないらしい。
 そしてまた縄文時代について徐々に明らかになってきた知見から見ても、かえって縄文人との縁もゆかりも無いことがはっきりとしてきている。
 古事記や日本書紀の国産み期の部分などを読み考えても、国の誕生には言及するが、1万年以上続いた縄文時代についての記述は見られない。
 一族が天から降りたとする神話部分でも、前後、前段後段の記述では、せいぜい弥生時代の後期くらいにしか遡れないような社会状況と考えられるばかりだ。
 するとどうしてもその一族には、それ以前のこの島国での生活体験が希薄だとしか考えようがない。縄文時代はおろか、弥生時代の初期や中期にもこの島国での生活経験のない人たちと考えざるを得ない。まあ緻密に考察した訳でもないから強くは言わないが、天皇家の方でも出自は明確にしていないので、これからもずっと曖昧なままで行くような気がする。

 これが実は、元々は大陸系の家系だったとなると、どうなるだろうか。ぼく自身はなんとも思わない。誰かがこの地のトップだと名乗り出て、一応みんなが承諾した形を取って、それで二千年続けてきている。二千年前に、土地も住民も天皇のものになったのである。
 これが戦後、アメリカ軍主導の元に戦後憲法が発布され、天皇は象徴、主権は在民にあるとされた。天皇の国から、国民ひとりひとりの国になった。

 大和王権が成立するまで、この島には小国家が乱立し、しばしば大乱も起きていた。魏志倭人伝には「百余国」の記述もあり、そこから言えばそのうちのどこかの誰かがトップを目指して統一の王となる可能性はあったのである。そしてそれを果たしたのが、現在の天皇家の先祖だったと言うことだ。それだけのことである。ぼくに言わせれば、ジャンボ宝くじに当たったというくらいの確立にしか考えられない。

 一度国民国家、主権在民になったからには、この国のすべては天皇のものというような昔には還りようがないと思われる。また、象徴、統合という位置づけから、統治権や統帥権を持つように復帰することもあり得ないことである。
 国民のひとりとして言えば、このような状況になってなお天皇家として振る舞うことは過酷なことだと思える。損得勘定で言えば、公私にわたって起居振る舞い、言動のすべてが監視されるのにもかかわらず、天皇家をやり続けるのは大変なことだと思われる。おそらく普段の日常から何から、帝王学に従って生活することが当然になっているはずである。ぼくの想像では、東大受験の比ではないという気がする。

 ひとつの家族生活、親族生活、と言っても、ぼくには庶民的なそれしか思いつかないのだが、ぼくらとすればそういう庶民生活の方がよっぽどましに見える。庶民の生活の方がよほど人間の生活の原像に近いのであって、そこから言えば天皇家の生活はふつうからは遠いところにある。生涯ふつうの人間の生活を手にすることなく、それを分からずじまいの中で生まれ、育ち、そして死んで行く。逆差別、逆不平等の中に閉じ込められる。それは非人間的なことではないのか。人権侵害に当たらないか。生涯象徴天皇であり続けることは過酷なことではあるまいか。ひとりの人間に、それほどの過酷を与え、背負わせている。敬愛し、尊敬もしているとは言え、ある意味では国民は天皇に対して冷酷だとぼくは思う。


2026年6月12日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「『おれ』についてのメモ」です。

○ 山に登る。前に進む。生きると言うことはそういうことかなと思うし、それでいいとも思う。でも、ちょっと違うかなと考えることもある。
 ちょっと違うかなと言うのは、年老いて、若い時のように前を向いて行くのは違うのかなと言うことだ。ひとつは受容量だ。乾いた砂に水がしみこむのとは違い、あまり世界が内側に入ってこない。何と言っても世界は仕事を通じて入ってきていたが、それがないので、感度的にも鈍い。それと、以前入ったものが消化しきれずに内側に溜まっているから、入るスペースもない。

 無理してもっと前へと顔を向けることは出来る。現にそうやって、負けずに活躍している高い年齢の人たちはいる。だがそれは無理をしているのであって、不自然である。
 この年になったら、なおも頂上を目指すというのではなく、七合目くらいだとしても下山するのが暗黙のルールだという気がする。そうして山登りで得た体験知を生活の場に還元して行く。漠然とだが、そう考えたりもする。


2026年6月11日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「AIと文学と藁」です。

○ 兵庫県問題と「死の棘」

 兵庫県問題は未だに斉藤知事派と反斉藤派が対立してごにょごにょやっている。一向に収まる気配がない。
 ぼくから見ると反斉藤派の方がいろいろな意味で妥当な見解を有して見えている。斉藤知事派は知事自身を含め、やり方としても主張としても汚い。それは一方的で、本来なら五分の戦いにはならないはずである。世が世であればということである。その世が随分と狂ってきているから、あちこちにこういうウジ虫が湧いて出てくる。 勝負は一方的であるはずなのに、実際はそう簡単に進まない。なぜそうなるかというと、反斉藤派の見解も結束も盤石ではないからだ。簡単に言うと、反斉藤派の主張は現実社会的な常識や良識を持ち合わせたものだが、その常識、良識そのものが揺らぎ、絶対的な力を発揮できないようになっている。つまり、時代としての現在は、良識も常識も浮遊しているために、社会秩序を維持できる力ではなくなってきている。

 現知事支持派に対しての反斉藤派は、単純な言い方をすると、この知事ではだめだと言っている。ここから何が言えるかというと、実はどちらも知事を頭に置く県組織、県行政、地方自治の体制そのものは肯定し、認めていると言うことだ。そしてそこには、先の良識や常識も付帯している。
 しかし、多くの兵庫県民は、そうした政治、行政の世界にはうんざりだという人が大半だと思う。なぜかと言えば、これまでの政治や行政が選挙に行かない人たちに届くような政治や行政を行っていないからだ。
 反斉藤派の意見や主張が正しいように見えるが、そもそも県民の半分は投票に出向かない人々だ。それは無言で行政に対して否を突きつける行為なのだ。彼らは何方もどっちだと思っているだろうし、すでに無投票の形で否を表明している。反斉藤派の常識的良識的見解が斉藤派を圧倒する力を持たないのは、そういう層からの支持を勝ち得ないからだ。

 兵庫県問題は、狭く言うと現知事とジャーナリストたちの対立対決である。それはここまで述べたように、ぼんくら対ぼんくらの対立である。古くさい対立であり戦いである。知事が敗北して当然だが、それでもたいした意味はない。犬も食わないけんかを、人間が食ってどうする。その程度のことだ。

○ 兵庫県問題についてぼくが考えていたのは、実は上述したことについてではない。ぼくは兵庫県問題について、島尾敏雄の「死の棘」ほかの、一連の病妻記、病院記を思い浮かべていた。

 男性主人公の浮気をきっかけに、夫と妻の関係が険悪化した。どこにでも転がっている物語である。妻は夫を問い詰め、夫ははぐらかしながら追及をかわそうとする。妥協、和解、服従などいろいろな結末がある。
 島尾の作品では、追求とかわしとが繰り返されていく中で妻に異変が生じた。簡単に言うと精神に異常を来していった。日常生活が日常生活として円滑に営まれないところまで行った。通常、夫婦関係がそこまでもつれると離婚ということになると思う。現に夫婦はそういう話し合いもし、さらに心中の試みまで行ったりする。
 最終的に夫は、妻に精神病棟での治療を勧め、自らも付き添いという形で精神病棟で生活することとなった。そこで繰り返されたのは、飽くなき尋問と追求であった。妻は時に夫に罵声を浴びせ、罵倒した。

 ぼくは当然主人公である夫の立場で小説を読んだ。そして、自分ならば妻の追求にどれだけ耐えられるだろうかと考えながら読んだ。いや、小説を読み終えてから、その何倍も長く長く妻と夫との関係について考えた。

 ぼくはその小説をアレンジしてこう考えた。それは、「妻と夫」を「現実社会と私」に置き換えることだった。「妻」の追求を、「現実社会」からの「私」への飽くなき要求というように置き換えて考えることだった。

 島尾の小説では最終的に、病棟治療生活での妻の症状の緩和を期に、彼女の故郷の奄美に家族で移住してさらなる快方へと歩み始めた。家族生活のやり直しとも見えた。

○ もう分かってもらえるかと思うが、ぼくが島尾の小説と兵庫県問題のどこに類似性を見たかというと、どこまでも続く妻の追求と答える夫との、徹底した関係性ということだ。その問答の深さと長さとは尋常のものではない。狂気を含んでいる。それが兵庫県問題の解決のつかなさにも窺われる。そういうことだ。
 小説の夫と妻のように、兵庫県問題も解決がつくまで徹底的にやり進めた方がよい。ここまで来たら、大人の解決、一般的な解決など考えずに、双方行くところまで行って決着を付けるべきだ。そう思うようになった。

 ぼくとしては、小説「死の棘」の問題に、最終的な解決法は見いだせなかったと考えている。多分、兵庫県問題も、掘って掘ってどこまで掘り下げても、おそらくは真の解決には至らない。互いに傷つき消耗していくだけだと思う。
 だが言葉の限りを尽くしてやり合うというのも悪くない。小説では夫婦は最後まで夫婦であり、家族生活をやり遂げるように生活した。互いに、これ以上ないというほどに互いの心深くに入り込んで暴れ、あるいは自分の心も暴風に荒れるという経験をした。そういう経験、体験は、滅多にあるものではない。どうせなら、兵庫県問題もそういう境地のところまで行けたらよい。そこまで行かないとすれば、ただの政治屋の政治的決着で終わる。それでもよいが、傷や消耗はただ空しいだけのものになる。


2026年6月10日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「怖いもの」です。

○ 先日アクセスカウンターが動いていないことに気づいた。2、3日だったが、ひとつも増えないので故障したかと思った。それでリセットして貼り直してみた。すると今日は2個増えていた。これだけだと故障のように思えるが、多分故障したのではなく、単にホームページに立ち寄ってくれる人がいなかったのだと思う。
 少し前までは毎日4、5件くらいはカウントされていた。それが急になくなったのだが、原因はおそらく検索ロボットというか、更新したサイトを自動で回ってくるそれが回ってこなくなったせいだと思う。つまり、そういうのがなければぼくのホームページを見に来る人なんて、そうそういないと言うことだ。

 まだパソコン通信の時代からこういうことをしていて、その頃にはコメントを送ってくれる人もいた。その頃から閲覧数はほんとに少なかったから、ゼロになっても今さら驚くことでもない。こういうことでダメージを受けてと言うことはとっくの昔に過ぎていて、平気にならないとここまで続けていない。
 結局は、面白くない、つまらないと言うことだと思う。仕方がないのだ。閲覧数が欲しかったら、面白い、楽しい記事や詩を書けばいいだけだ。もちろんそういうものが書きたいし、書こうとしているところもあるのだが、いかんせん、すべてにおいて技量がない。それと、ぼくがホームページで展開していることでの問題意識そのものに需要がないのだと思う。需要がないところで供給を繰り返しても、結果としてはこういうことになるほかない。
 多分数年閲覧者がゼロで続いても、ぼくはできる限りホームページを続け、更新を続けていくだろうなと思う。ほかにすることがないと言うこともそうだし、とりあえず書くことがそんなに億劫なことではないからだ。閲覧者が少ないのはずっと前からそうで、何なら初めから少なかったからなんともない。また読者がなくても書き続けられる。とにかく思念やら何やらを文字化することで、何かある種の楽しさがある。書くことで少しの纏まりを感じることが出来ると、次又やってみようという気になる。なので閲覧者がゼロでも関係なく、ぼくは書き続けていくだろうと思う。ま、急にやめたくなることだって無いことはないから断定できないが、まだまだやっていくつもりではいる。


2026年6月9日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「言葉探し」です。

○ ぼくが明るく元気だった頃、身近な人たちのためだけにでも、役に立つように生きてみようとしたことがあった。まあ、そういうことは主観的なことだから、そんな風に努められたと思う時もあったというだけのことである。
 ところが、未来に早すぎる死が待つ人に出会った時に、それまでのぼくの考えではどうにもならないことを知って、考え方が変わった。
 その人を救済するためには、一生を捧げなければ出来ないと思った。つまり中途半端で無くやろうとすれば、一生を捧げる覚悟で無いと出来ないと考えた。ぼくはそういう覚悟が出来なかった。

 親鸞は、人間というのは、困っている人すべてを助けられるものでは無いと言っている。また、助けられる状況の時は助ければいいし、そうでない時は仕方がないとも言っている。
 親鸞はそこでは、一瞬で出来る救済や、あまり長い期間を有しない救済について言っている。
 ぼくの場合は長く寄り添うことを必要とするものだった。もちろんぼくはそれに責任を負う立場には無くて、ある期間だけ責任を負うだけだった。その後は別の人に変わるルートが決まっている。ぼくは迷った。後方で支援を続けることは出来たかも知れない。でもその時は、次の人に託すのがよいと考えた。後ろ髪を引くようなことではいけないと思った。

 親鸞は、人は、困っている人の幾人かは助けることが出来ても、すべてを助けおおせるものではないと言っていた。ならば、助けることを断念したり、いや幾人かでも助けられるならば助けるのだと考えたり、人それぞれにいろいろな考え方をするだろう。親鸞は、それはどちらでもよいと言っていたと思う。
 もう一つ言っていたことがあり、それはぼくの理解では、死のちょっと手前のところで仏相当のものとなり、もってすべての人を救済する方法の言及である。
 ぼくはそれを考えた気がする。どうすればそういうところへ行けるのか。具体的なことは親鸞の言葉からはまだ聞けていない。考えて考えて考えたが、具体的にはどうすればよいのか、ぼくにはまだその方法が解けていない。つまりしっかりとした解釈が出来ていない。
 だがぼくはそちらの方に舵を切った。一切衆生を救済するという方向へだ。
 ある時は、どんな生にも軽重は無いと考えたり、生は長短では無いと考えたり、またある時は、死は悲しむべきことでは無いなど、いろいろと考えてきた。最近では生死の境目を、ひとつの幻想を見るような見方もして見ることがある。
 つまりこうした過程で、ぼくがどんどん近寄って行っているものは、ぼくの中における不幸の概念の消滅や解消なのである。これは具体的現実の救済とはかけ離れてしまう。

 ここからは妄想の域になるが、突き詰めれば、救済の要がないことを証明できれば、すべての人の救済へと反転させることができるのでは無いかと言うのが、現在のぼくの言い分になる。だがこの考えには少しも自信は無い。まだまだ考える余地もあり、第一、前述の証明ができるかどうかも心許ないことである。
 そうして、でも、ひとつの分身が、人知れずこういうところに歩みを進めていることは嘘でも偽りでも無い。その先に、すべての人が否定しきれないひとつの真実の言葉に突き当たれば、もう少し視界が開けてきそうな気がする。何がどうあれ、行けるところまでは行きたい。


2026年6月8日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「毎朝のこと」です。

○ 詩を書くまねごとを始めた頃は、よく題材を探していました。鵜の目鷹の目で探していた気がします。今考えると、探さないと書くものがないんだから書かなきゃいい、単純にそう思います。
 翻って現在は、何を書こうかと考える前に書いています。毎日書くとこうなってしまいました。もう書きたいことがない、書くことがない、そこから始まっているのでほとんど習慣のように文字を刻んでいるだけです。
 一日一日、一つ一つ、何をどう書くかも大事ですが、書きながら本当に考えていることは、詩とは何だと言うことを考えている気がします。結局はすべてを通してずっとそのことを考えていますが、さっぱり進展はないです。分からないです。

 惰性のようにやってますし、年も取ってますし、なんか、だんだんと、頭がぼーっとしてきているというか、焦点が合わなくなってと言うか、逆に拡散して行く気がします。一応まだ途次ですからこれからどうなるか分かりませんが、今はそんな感じです。
 若い時とは違って、老人の日常は隔離された感じで社会との接触も極微ですから、毎日吐き出していると、もう吐き出す物が無い状態になっている気がします。ほとんど絞りかす状態です。しかし、こうなったらこうなったで、今度はゼロまで行こうか、やろうかということになりますから、やりようはいくらでもあるんだと思います。それが何になるかなんて自分にも分からない訳で、生きていることと同じで、行くところまで行くしかない訳です。
 山奥のぽつんと一軒家のようなもので、そこで野菜を作っているおばあさんと変わりが無いようなものです。おばあさんはおいしそうな野菜を作りますけど、こちらは出来損ないの言葉ばかりを収穫している。いやになっちゃいますけど、ほかに出来ることもすることもなくてやっています。まあ、自産自消と言うところも似ています。いいものを作りたいですね。


2026年6月7日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「ひとりする老い」です。

○ 理性と言っても、人間だから本能、自我、感情的なものが一切影響しないとは言い切れないと思う。つまり、完全に公正、公平、平等な判断は出来ない。そういう気がする。
 専門家ではないから本当にそうかどうかは分からないが、一応そういうことが言えるとすれば、AIだったらどうなんだろうと思う。もしかすると完全に公正、公平、平等な判断等が出来るんではないか。そんなことをふと思った。
 とすると、近未来にはAIロボット裁判官なんかが登場するかも知れない。それからそういう流れで言えば、政治もAIロボットにやってもらうのがよいかも知れない。
 これまで人間が蓄積してきた知的、理性的な勝利は、人間の手を離れ、AIに実践させることによって可能になるような気がする。考えとしてはややSFがかった考えだが、上手く調整出来ればそうなっていくかも知れない。

 人間が作り出した知的、理性的側面というのは、思考の計算とても言うべきもので、感情的、感性的欲求を排してこそのものである。それはAIなどが最も得意とするところのものだ。
 しかし、そうやって正義のAIを作り出したとして、それが出来ると言うことは悪のAIだって出来ることになり、その先にはAI戦争が始まるかも知れない。そうなると、ことは一層深刻になり、AI発明は原爆発明よりもっと脅威の発明だったということになりかねない。まあどこまで行っても心配の種は絶えないというところです。


2026年6月6日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「言葉たちの無言劇」です。

○ 楽して生きることが良いのじゃないかなという考えがひとつあります。そうすると、働かないとか、勉強や考えること自体もそれほどしなくなるとか、そういうことになって行く気がします。その先にあるのは白痴化しかないんじゃないかと思います。これは今現在、半分くらいは実際にやっていると思います。本や新聞などの活字を読まない、調べるということや研究のようなこともまったくやっていません。
 75歳の日々をどう過ごすかと改めて考えてみて、上記のことがまずありました。それからもう一つのことがあるんですが、それはとにかく何かの修行や修練という意味合いとか何も無しに、毎日文字を刻むということです。これも現在、半分は意識的、意図的に毎日書き続けるということで実践しています。こちらについては、ひたすら穴蔵に潜ってモグラのように過ごすというやり方です。

 どちらも完璧にということではなく、そこそこにやっているという気がします。共通しているのは、浮世離れというところだと思います。いずれにしても、世間の常識からはちょっと離れると言うことで、天邪鬼的なところがあります。

 ただどちらについてもあまり魅力的なことだとは思えません。そういうことに残りわずかな貴重な生涯、その時間を費やしていいのかという疑念が生じます。
 以前、ある友人に、もったいない生き方だと言われたことがありました。もっと社会や他人のために役立つことをしたら、と言うことです。これはぼくにはちょっと難しいし、悩ましい問題です。友人の言うことにも一理あると思っているからです。ぼくの考え方、生き方がよいと思っているのではないのです。友人の考え方の方が常識的だと思います。だからそれが出来る人はそれでいいと思います。

 ぼくは生意気にも、現在の社会や世の中を肯定出来るものに思えていないのだと思います。ですから、社会貢献というのは、逆に肯定出来ない社会に貢献することになり、いやな社会が続くだけ、延命させるだけのような気がしてしまいます。それは本意では無いことになります。ですからまあ、つくづく難しいんだなあと思っています。


2026年6月5日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「俎板の鯉」です。

○ 知識や知恵、力を持つ者の責任

 知識や知恵や、あるいは様々な力は、それを持たない人、困っている人に使うべきだというのは小さい頃から思っていた。小さい頃にそういう考え方をしていたのだが、これは誰か特定の人に、例えば両親とかに教わったという記憶はない。ただ勉強のように教わった訳ではないが、日常生活の中で無意識に教授されていたという可能性はあるかも知れない。ただ、ぼくとしてはそれよりも、集落や地域全体の醸す雰囲気がそういうもので、それが言葉や考えとしてぼくに落とし込まれたのだろうと考えている。

 集落や地域が、そういうように動いていたと思う。そしてその源流は、遠い昔に遡ることが出来ると考えている。田舎はちっぽけな集落の、それはそこに根付いた伝統というべきものだとぼくは考える。
 伝統というとすぐに祭りや工芸品などをあげる人がいるが、形としては見えないが村人たちの心情でありその伝播であるとぼくは思う。そしてその心情とは、冒頭に述べたようなことである。

 さて、そこでもう一度冒頭に戻れば、知識や知恵やいろいろな力は、それがない人、それがなくて困っている人のためにあるというのはどういうことか。
 それは具体現実的には、貧しい人や障害などを持つ人のために使われなければならないということだ。そのための知識であり知恵であり、力である。ぼくはそう考えている。それをしない知識や知恵や力は、無害を超えて有害である。なぜなら、そんな使い方をしない知識や知恵や力は、もともと持っている者たちのために使われるから、もって格差を広げ、無い人たちにより肩身の狭い思いをさせることになる。

 今の世の中を見ていると、豊かな知識や知恵や力を持つ人たちが、それを貧しい人や障害ある人たちに向けて使っているとは思えない。
 どうしてそうなのかははっきりとしているように思える。同じ集落の中に共存していないからである。一緒でないから使おうにも使えない。

 ぼくは幼い頃に無意識に受容した集落の共同の心情が、いつでも、どこにでも通用するものだとは考えていない。だから現代社会に通用しなくても仕方のないことだとは思っている。
 だが、現代、現在の社会は、力のない人、困っている人と、力があり、知識や知恵の優れた人とを大きくエリア分けして、本来の知や力の責任を果たそうとしていない気がする。ぼくにはそう見える。

 ぼくの実感では、ぼくが体験した田舎の小さな集落では、何かが足りていなくて困る人があれば、助け合い補い合って暮らしていた。そこに、理念とか信条とか、硬質な言葉で語られるような何事もなかったが、ぼくらからするとごくふつうの人間の有り様や振る舞い方があって、知識や知恵や力のあり方もまたそこに示されていたのである。西洋の知や理念を待つまでもなく、生活の中に体現され、実践されてもいた。


2026年6月4日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「行きっぱなし」です。

○ 国旗損壊罪について

 「国旗損壊罪」と言う法律が成立する見通しらしい。国を表す印だったり、時には国を象徴する旗でしょう。
 もともとは布きれでしょう。それを邪険に扱ったり、損壊したからというので、人間を罰するという法律が出来るんだそうです。

 ぼくはなんかおかしな話だと思いますね。異常じゃないですか。こんな法律なんか馬鹿らしいからやめろという人もいない。いても、人数という力でごり押しして成立させる。さらにこんなことに抑制をかける社会的な規制も働かない。
 政治家とか国会とか、どうなってるんだろう。
 国旗を損壊するという行為も子供じみているが、これに罰を与えようとする心的な行為も子供じみている。大人であればどちらも精神的におかしい、そう考えるほかない案件ですよ。

 国旗には国を表徴する旗という意味しかない、元はただの布きれです。そしてこれを故意に損傷する場合、旗とは直接関係のない、想像しているものに対する反対、反抗として象徴的に損壊行為を行う訳です。それ自体が現代の感覚では普通とは思えない、違和感ある行為です。短絡した行為だとすぐに見なされますから、元々の反抗や反対意見自体にとって、利するものにならないことは明らかです。つまり、ほんとは放っておけばいいのです。一般の人には、馬鹿なことをしてと冷笑されるのがせいぜいですから。国旗を損壊して満足するのは当人たちだけです。
 これに目くじらを立て、法律を作ろうとする政治家がいることは驚きです。国民のほとんどはなんとも思っていないと思います。どうにかしろと気色ばむ国民は10%にも満たないと思います。普段そんなことを考えないですから。日常生活では、もっと自分に切実なことがいっぱいありますから、そんな暇はないと思います。政治家はよほど暇なんだと思います。

 悪しき国家主義というか、国家と自分が一心同体、見分けがつかなくなっているんでしょうか。国旗が損壊されて、国家が愚弄された、自分が愚弄された、そんな気になるのかも知れません。それだけで、どこか精神が病んでいるのではないかとぼくなんかは考えます。国家には、そう考えたり思ったりする機能はありません。「あなた」が思ったり、考えたりするだけです。

 国旗の損壊行為は昔からあって、けっこう目にしてきました。政府や自民党の政策に反対するデモとかで見た記憶があります。あまりたしかな記憶ではないので、間違っているかも知れません。いずれにしても国旗を損壊したくらいで何がどう変わるというものでもありません。腹いせみたいにやっていることで、事象的には子どもじみたことです。もちろん子どもはそんなことをしませんけどね。
 当時は罰則はありませんでした。まあしょうがねえなと許されていました。大事は別にある、本質は別のところにあるとちゃんと理解されていたと思います。だから寛大だったんです。

 なんと言いますか。国旗を損壊するというこれくらいのことで、ギチギチに法律で規制する、固めるというのは余裕がなくなった証拠です。大事も小事も見分けがつかなくなっている、心的な焦燥すら感じます。大げさに言えば、被害妄想、誇大妄想から発した法律案にしか思えません。ほかにやるべきことは山積みなのに、放っておいても大過ないようなこんな法案に必死になっている。
 国家情報局と言い、今回の国旗損壊罪と言い、着々と国民統制に動いているようで気になります。安倍晋三からの流れが続いて、ますます日本はおかしなところに突っ込んで行きそうな不安が高まります。進んで政治に関わるものは馬鹿ばかりだし、そんな政治家のする政治は馬鹿な国家へと猪突猛進して行きます。


2026年6月3日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「無口な願い事」です。

○ 文化の表層、文化の深層

 皇国史観から唯物史観へと切り替わった戦後。日本的なものから欧米的なものへの転向みたいなものだ。
 欧米風が流行したがネイティブでは無い。日本的な欧米化だ。今もその影響下にある。日常的な会話から学問研究に至るまで、言ってみれば欧米の借り物を身にまとい、暮らしている。
 多くの若い人たちは、そんなことを考えたことも無いだろう。世の中にあふれる通念から何から、昔からの日本が続いていると思っているかも知れない。世界は同じ価値観の元に、愛や正義や平和を実現しようとしている、と。

 皇国史観が唯物史観へ、自由主義や個人主義へ切り替わったが、それは着物から洋服に替わったこととそれほど違わない。中身は変わらず日本人だ。黒くても日本人。赤くても日本人。白くても日本人だ。身体的なものは変わらない。身体は変わらないが、意識は変わる。コロリと変わる。日本も日本人も、昔からこうだったかのように、欧米化に馴染んだ。
 日本的なものは古くてだめ。欧米的なものは新しく、先進的である。そう簡単に、言い切れない。日本的なものがよくて、欧米的なものはだめ。そういう言い方も成り立たない。

 ぼくならば、どっちもだめでしょうとなる。皇国史観も唯物史観も、どっちもだめなように。上から覆い被さってくるものはみんなだめだ。そう考えた方がよい。うかうかしていると転がされる。人間主義、人道主義。そういう考え方をしておけば無難だと言う考えも、同じくだめだ。それも精神のコピペ。コピペには実感が伴わない。

 何が無難かというと、今は欧米風でしょう。欧米風に共感、協調して行けばなんとかなる。その一択なんだ。若い人はそれでいいが、年寄りはね、咄咄でいいが、自分の言葉で語らないとね。年を取った甲斐がない。さらに言葉はね、根拠となるところは地形と風土、天候などの外的環境や動植物の生態。それらが人を作り人の精神を育む。あえて言うと、民族性もだ。


2026年6月2日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「自我以前」です。

○ 境界についての話

 最近はドラマなどでも喫煙シーンは無くなってしまった。ずいぶん配慮しているんだなあと思う。これは放送局側でも配慮しているのだろうが、そもそもの表現者、原作者の方にも自主規制が働いているからだろうという気がする。
 ところで、だったらこれはどうなのだろうかと思うことがぼくにはある。それはよく目に触れるところではNHKの大河ドラマで、主に侍の武将を主人公や脇役に置いたドラマ、時代劇だ。そこでは戦場での切った張ったがあり、当たり前のように「天下を取る」などの台詞もある。
 そもそも現在からすれば、侍集団は人殺しも辞さない異常な戦闘集団である。そういう侍集団の大将は、しばしば「天下を取る」と言うことを口走る。よくよく考えたら異常でしょう。異常な世界でしょう。天下を取るは、天下を支配すると言う意味。支配欲の塊でしょう。ヤバくないですか。

 ぼくの観察では、これはドラマを作る方も視聴する方も、異常な世界と思わないばかりか、現代の社会生活とも通底する人間関係や個々人の心の動きがあると考えているように思えます。でも、天下を取るとか、そのために戦闘を仕掛けて殺し合いも辞さないとか、おかしいでしょう。おかしな世界でしょう。それなのに、どこかしら共感しながら作ったり見たりしている訳です。

 喫煙シーンで騒ぐどころの話じゃ無いですよ。天下人になってこの国や社会を支配するという話で、そのために戦争もする、人も殺すと言う話です。
 これを、「平和な国にするんじゃ」と言う一言で、立派でえらい人だと憧れを感じながら受容する。共感し、肯定する。その底流には、現代社会で似たようなことがあれば、自分もやってみたい。そういう気持ちがあるんだと思います。トップに立って支配する。そのためには人を蹴落としてでもやるんだと。理想を求めるんだと。ヤバイ。ヤバすぎるとぼくは思います。多分日本人の多くの人はヤバイ話だとは思っていないと思います。そこがまた、ヤバイなとぼくは感じます。隙あらば人の上に立ちたい、人の上に行きたい。潜在意識下で、多くの人は人の上に立つことに憧れていると言うことです。人に上・下が出来ることに、あまり抵抗がないと言うことだと思います。建前では西欧の自由・平等・友愛とかに共感しながら、本音や潜在意識下では階級や階層意識を払拭出来ていないのです。ぼくはそう考えています。けっこう倫理的には古い時代の残渣を引きずっている気がします。

 日曜夜の8時というテレビ的にはゴールデンタイムで、戦国もの、時代物を何度も繰り返しやっているのです。しばしばそこに見られるのは古い倫理で、勧善懲悪的です。アメリカで言うと、西部劇を全米のメインの時間に放映するようなものです。さすがにアメリカも、今どき西部劇をメインにしてはいないでしょう。
 日本では時代劇で刀も槍も使い放題。それなのに現代ドラマでは喫煙シーンは非常に少なくなっています。喫煙は子どもや若者に悪影響だが、時代劇に流れる支配意識とか、戦争や殺戮場面は撮影して放映する。そこには何のためらいも無いように見えます。軽重の感覚にひずみがあるとしか思えません。

 少し大げさに聞こえるかも知れませんが、本当は何が言いたいかというと、ぼくからすれば喫煙シーンというどうでもいいこと、取るに足りないことを異様なほどに自主規制しているような現在社会のありようが変だと言うことです。事の大きさから言ったら、時代劇の殺戮シーンの方が大きなことです。こちらの方は演劇表現の自由に落とし込みながら、喫煙シーンのような些末なことには強く規制をかける。自主規制かも知れませんし、忖度かも知れませんが、いずれにせよ、このことも異常なんです。そして異常を異常と感じられなくなっていることが異常なんです。

 演劇業界、放送業界、どちらがおかしいのかは分かりませんが、総じてこれらの業界に跋扈する知性がおかしいし異常なんですよ。でも、多くの人はこれを正常であるかのように見ていると思います。異常と正常、異常と健常の境が本当に曖昧になり、また見えなくなっていると思います。これもまた現代の病のひとつではないかとぼくは見ています。それでも社会は回って行くというところです。


2026年6月1日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「人工知能」です。

○ 現代社会は暇つぶし、退屈凌ぎに事欠かない。若い頃は運動、漫画、テレビに夢中になった。特にテレビはドラマや芸能、お笑いなどをよく見た。小説などもよく読んでいたので勉強する暇がないくらいだった。
 今だとアニメやアイドルに夢中になっている子どが多いだろうか。少し年齢が上になると、スマホを使ったゲームとかSNSとか、やっぱりいろんなことで暇つぶしをしているのだろう。

 こういうことは良いことかどうかというと、ぼくは良いことだろうと思う。特に独裁政治下で、国民の生活向上が果たせない国に比べたら格段に上等なことだと言える。中には、もう少し生産的な生活をすべきじゃないかという意見もあるかも知れないが、個人の自由判断で、そういう取り組みをしている人もいる訳だから、そういう人生を送りたいという人はそうすればいいということになっている。まあ人それぞれで、人それぞれが許される社会は、許されない社会よりは良いのだと思う。

 社会のあり方としては良いと思うが、人間の生き方としてはどうかというと、途端にぼくはよく分からなくなる。冒頭にあげた一種の流行は、ある見方をすれば、平和を象徴するものだと言える。戦時だったら真っ先に制限されそうなことだ。だからそういうことが出来ていると言うことは、平和でいいじゃないかと言えば、それで済む。
 ただ少し理屈っぽい見方をして言えば、例えばアイドルの追っかけをする人がいるとして、ではその人は本当にそのことをしたくて生まれてきたのかと考えると、そんなことはないと言うほかない。生まれることに理由はない。生まれて、すでにある現実に出会って、その中で何をするかの選択をする。そこにはいろんな理由や事情があるに違いない。日常の暮らしが退屈だったと言うことも、ひとつの事情としてはあり得ることだ。
 面白いものに出会うと言うことは、その前はそれほどの面白さに出会っていなかったと言うことだ。
 ぼくはそこに引っかかりを感じる。それからもう一つは、そこまでの心や頭の形成のされ方だ。さらに言えば、現実社会が個人をどのように取り囲んでいるかも選択に影響を与えると思う。そういうことから言うと、大河の流れのように歴史の流れというものがあり、誰もその流れを拒否して生きることは出来ない。大河に飲み込まれるのだ。
 時折、岸辺に打ち上げられる人がいて、この流れは良くないと言い出す人がいる。別の流れを作り、そこを流れて行こうと言ったり、抵抗して流れを変えるんだと言ったり、それはそれで大変なことになる。ぼくにはあんまり余力がないので、こういうことを考えても、結末まで考え抜くことは出来ない。それがひとつの悔いのようなものとして心に残っている。


2026年5月31日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「地平線」です。

○ 意識と絶望

 自然界は弱肉強食と言われたりしますが、襲われてどうにも歯が立たないという時には、動物も人間も絶望感を感じるものかも知れません。
 ただし人間の場合は特別で、それよりもずっと手前のところで絶望するとか、絶望を感じるとかがあります。それは人間以外の動物では無いんじゃないかと思います。例えばいい学校に進学出来ないとか、好きな異性に振られるとか。そういうことは襲われて食われるとかの絶体絶命のピンチとは違います。そのずっと手前で絶望しています。
 そういう絶望は、食われそうな時とは違って、そのまま時間が経過してもなんともない訳です。襲われる時は一瞬後には食われて終わりです。そこまで行かない絶望は、ほっとくと何も起こりません。極端に言えば、人間が絶望だと思ったり考えたりする時、必ずしも現実的、具体的に絶望的な状況にあることを意味していません。端からはなんともないように見える時でも、当人からすると、進退窮まったりと思えて絶望してしまうことがあります。
 こういう絶望は、動植物を含め、他の生き物には無いのではないでしょうか。

 現在75歳になるぼくは、これまで何度も絶望感に襲われたことがあります。もしかすると、ほかの人たちよりも絶望感に打ちひしがれたことは多いかも知れません。この年にまでなると慣れっこになった気がします。
 ずいぶん苦しく感じた時もあったのですが、その度に、これは頭や意識が感じたり考えたりしていることだと自分に言い聞かせた気がします。つまり頭や意識が作り出した絶望だと考えたと思います。ほっとけば食われて死ぬという時の絶望とは違うと考えました。そして頭や意識に作られた絶望であれば、頭や意識から消してしまえばいいという話になります。

 人間というのは意識を持って考えたり感じたりと言うことをする生き物ですが、これは生きていく上で長所となり、便利で有益であったりもします。ただ短所もあります。苦しんだり悩んだり、絶望してしまったりする側面です。ほかの動植物にはないことだと思います。
 ぼくは絶望に思ったり感じたりする時の自分を、あまり信用しないことにしています。何なら頭や意識の働きもあんまり信用していません。自分とは何か、と言うことを考えてきて、感じていること、考えていることが100%自分かというと、ぼくは違うと考えているのです。意識は常に自分(意識)を主体と考えていますが、広い意味での自分とは無意識や身体を含んでの自分なのだろうと思っています。無意識や身体は、意識のように自分と言うことを主張しませんが、しかし存在はしています。それらを取り込んでの自分だと考えると、意識と言うのは自分にとっても相当危険なものだという気がします。宗教的な思い込みや、恋愛などもそうだと思います。ですが、そこがまたとても人間的だと考えられるところで、人生の彩りとか、奥行きとかにもなっています。これが未だにぼくにとっては悩ましく感じられるところです。


2026年5月30日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「帳尻合わせ」です。

○ あまり他人のことは言えないのだが、知識や常識はそこそこ身についていて、どちらかというと文化人、教養人らしく見える人が、人格的に欠落して見える例が多くなった。
 これまで考えてきたことから言えば、性格形成時の育てられ方に理由や原因があると思う。それは仕方のないことだ。世界の変化、社会の変化が大きくて、当然個々人の精神にも不安や混乱が起こり、安定していないところで日々の生活を送っている。派手やかであろうが寡黙であろうが、内なる精神には常に嵐が吹き荒れている。それでもその中で人を愛し、結婚をし、子育てもする。

 今は離婚件数そのものは減少しているそうだが、20年前は社会問題化するほどに離婚する割合が多かった。家庭が不安定化した時期があった。それから結婚しない若い人たちが増えたり、父子家庭、母子家庭が増え、少子化が騒がれるようになった。
 そういう家庭にとっては災難続きの中で、子育てが理想的に行われるはずがない。そのことは子どもの性格形成、それから少し進んでの人格形成に影響しない訳がない。

 様々な要件が重なり、それらの影響の元に、分かりやすい形では不登校や引きこもりが起きている。だがそれは一見して分かりやすい形のもので、性格形成の失敗、人格形成の失敗が潜伏して分かりにくくなっていることも少なくないのだ。
 冒頭に述べたように、一見するとふつうに見えるとか、ふつう以上に常識が備わり立派な文化人に見えながら、どこかに異常性が垣間見えるという場合が多くなっている。突然の激高。徹底した人格攻撃。様々な様態で異常性が発揮される。だが一瞬後には平然と常識人、教養人のように振る舞える。軽微な精神の障害があちこちで目に付く。量産され、世界か、大衆化されているような気もする。人間界がものすごく複雑に、劣化と機能不全とを起こしかけているように見える。


2026年5月29日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「特殊でふつう」です。

○ 高度技術文明の発達と、頭の発達というものは一緒に進んで行く。今のところその発達は止まることなく、黙っていても進む一方のように考えられている。文明の高度化と頭の発達とは、そういう性格のものだと思われている。
 これはほっとけばそうなるという類いの話で、後はその発達が緩やかな時期があったり、急速に発達したりと、その程度の違いがあるだけのように思える。文明の発達や人間の知的な発達は、言ってみれば自然な過程なのだ。よほどのことがない限り、人間社会はこれを止めたり、過去に戻ると言うことは出来ないし、あり得ない。

 文明と頭の発達とは自然過程であり、かつ自然作用なので、この発達は止めることが出来ない。どのように進むかは別として、いやでも進むということになる。
 すると、これは、もちろんすごいぞすごいぞと評価出来る面もあるのだけれど、別に当たり前のことだ、当然のことだと見る見方もあり得る。つまり技術の発明、新たな知の発見は、その時のその人ではなくても、いずれ誰かが発明、発見すると考えてもよいように思われる。現に発明発見は、次々に塗り替えられていくのだから、時代が下れば発明発見の価値も次第に薄れて行く。

 なのでぼくは、文明の発達や頭の発達と言うことはたいしたことではないんではないかなと考えている。
 本当にたいしたことだと言える、普遍的な価値ある生き方というのは、技術文明に関わりそれを進めて行くことや、知的な営みをもっぱらとして前に進めて行く人たちの生き方というのではないとぼくは思う。
 生き物の王道というか、本来のあり方というのは食と性、食べることと子孫を残すことの2つである。すべての生き物に共通するのはそれだ。すべての生き物と同じで、人類も特に初期においては他の動物たちと同様に食と性のために活動し、生きることが全てであった。食べることによって生命をつなぎ、やがて子どもを作り、子を育て、老いて死ぬ。それが人間生命にとっても生きる骨格であり柱であり、価値ある生き方であった。

 だが人間だけはその後、脳の発達により頭の働きが活性化して、自然を利用しながら文明を作り上げるようになった。そして次々に人工物を作り上げて行った。そのすさまじい発達と発展は他の生き物たちの比ではなかった。
 食と性だけではなく、そこに頭を使うことが加わり、そこに人間だけの特性が出来上がった。食と性と頭脳とが人間の特性として並んだ。
 発達はじめの頃の人間の脳は、食と性を効率よく手にするためのツールになった。だが、次第に自分たちの生活のためだけではなく、食と性以外のことにも機能し始めた。それはおそらく生物的な逸脱と言えるものであった。そしてついには、食と性の活動以外の領域や分野でも頭を使うようになって行き、人間は動物以外の動物へと抜け出して行った。人間というカテゴリーが誕生した。

 食と性と頭脳とを特性とするようになった人間は、しかし、上にも少し述べたように、生まれ、育ち、働き、やがてパートナーを得て、子どもを作り、育て、老いて死ぬというプロセスを柱として、ほとんどがこのパターンを踏襲する。これは人間の生涯の基本的なスタイルであって、柱であり骨格である。そして人間の頭脳と言えども、本来的にはこの一連の流れに応じて頭を働かせることが正当なあり方であると考えるべきである。つまり現実生活に密着した頭の働きが、本来的であるはずである。

 そういう素朴で基本的な生き方こそが本当の価値であると強く唱えた人が、ぼくの中には二人存在していて、「大衆の原像」を語った吉本隆明さんと、江戸時代に「自然真営道」を表した安藤昌益さんの二人である。
 二人に共通なのは、どういう生き方がいいのかということについて、世の中一般の考えとは真逆の考え方をしていた。吉本さんは戦後知識人に対して徹底して批判的であったし、安藤は偉人聖人、例えば釈迦とか孔子などもぼろくそに批判した。極論すると頭を使ったり、頭を使うことを価値と見なす言論言説に対し、いやそうじゃないという形で全面的に対峙した。
 ぼくにはそういう考えが新鮮で、とても興味深く思えた。彼らの言葉は多岐にわたり、深く広く、いろいろと考えさせられるものだが、ぼくとしては「ふつうの生き方こそが価値ある生き方である」という点に彼らの真骨頂を見る。彼らほどに徹底してそう考えている人は多くはいない。が、この先は別の話へと向かって行きそうなので、それはまた別の機会にと言うことで、今日はここで終わります。


2026年5月28日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「愛国考」です。

○ 知識や知性の一番大事な、一番重要な機能というのは、強者や弱者と言う時の、弱者を守り、弱者の代理人として立つというところにあるとぼくは考えてきました。独断と偏見かも知れませんが、ぼくはそう思います。裁判で例えれば、弁護士ということになるでしょうか。
 弱者の代理人として、弱者を弁護する。ぼくは小説家では太宰治に一番それを感じました。太宰は自分も弱い面を持っていたから、生涯かけて弱者の視線を貫く作品を書き続けたと思います。よく弱者を弁護し得たんじゃないかと思います。ぼくは一番好きな作家はと言われれば、今でも躊躇なく太宰治と答えると思います。同じように弱者の視線、視点を持つ作家として、ぼくは島尾敏雄も好きでした。
 同じく文学者ですが、詩人であり思想家でもある吉本隆明さんも同じ理由から好きでした。3人とも、文学創造の過程で知を獲得して行きましたが、その知は自分のためにではなく、弱者のためにあるものだと考えて、そのために使ったと思います。

 社会に階層が生じると、上下が出来、上は強者に、下は弱者に分断されます。その時点で強者は絶対的強者になります。すでに特権的な訳です。これは本当はおかしなことです。
 上記の3人が活躍した時代では、すでに人間はみな同じ、と言う考えが知れ渡っています。彼らもそういう考え方を受け入れて、そういう人間観を形成しています。しかし、実生活社会においては上下、階級、階層があり、上の層は特権に胡座をかいて恵まれた生活を享受しています。
 それに対して弱者、下位層にあるものは、何の力もなく、何の抵抗もし得ずにずっと恵まれない生活を続けていくほかありません。
 この下位層が被る理不尽な状況を打開して、強者弱者のない平等な社会を実現するためには、広く深い知識を得た知性がその役割を果たさなければほかに道がないのです。

 知識や知性が何のために蓄積され発達を遂げたのか。それは言うまでもなく、何の力もなく、弱い者たちの力になるべくあるのであり、それが知識や知性の最も重要な存在意義です。

 知識や知性が世界全体の幸福をもたらすものであるとするならば、それはそのように使われなければならない。強者をより強者にしたり、強者だけに恵みをもたらすだけの偏った使われ方をしてはならないのです。

 国家は強者が作った世界であり、その意味では国民国家、法治国家と名称を並べ立てても強者に都合よく作られているものです。
 知識や知性は唯一、それと対峙し、戦える武器であり手段であり、道具だと言える。強者におもねる知識、知性であっては、本来のあり方からは逸脱したものと見なしうる。ぼくはそう思い、そう考えてきました。


2026年5月27日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「置物」です。

○ 家族の力と地域の力

 子どもの頃に「自分」を発見する。「自分」に出会う。「自我」の目覚めですね。その頃に自分の「欲望」にも出会います。「自我」と「欲望」。危険な匂いがします。これは主に自己の内部に属するものですが、ここに外部から入り込んでくるものがあって、それはルールとか規範と呼ばれるものです。「自我」と「欲望」と外部からの「規範」とで、どう折り合いを付けていくかが心的な活動の基礎・基本ということになるかと思います。

 心的な規制を含む発達と言うことで考えてみると、「家族」や「地域」という外部世界までの所では、先の心的な折り合いというのは割と付けやすいのかなと、ぼくは思っています。時代で言うと先史時代、縄文や弥生の初めにかけては、スムーズに行けたんじゃないかと思います。その頃は外部規範やルールと言っても、実質は「家族」や「小集落(地域)」のものですから緩やかなものでした。そうしますと、折り合いは付けやすかったんじゃないかなと言う気がします。つまり、ふつうにすくすくと育つことが出来たように思います。

 「家族」や「小集落」の目に見えないルールというのは、別の言葉を使えば教育力になると思います。実はこれは、日本では戦後すぐの頃までは実質的に機能していたと思います。それが戦後からの急速な欧米化により、間接的にですが効力を失っていったと思います。地方からの都会への人口流入は地方を痩せさせていったし、欧米化による民主主義、個人主義は従来の日本的家族形態をズタズタに切り裂いてしまいました。伝統的な家族形態がぶっ壊れて、日本的な家族形態は不安定なままさ迷い続けていると思います。
 これは個人の「自我」「欲望」「規範」の折り合いにも影響を与えていると思います。そして個人的な生き方の不安定さにも影響していると思います。

 日本の生活様式の欧米化の元となる欧米における家族がどうなっているのか、ぼくには実際の所はよく分かりません。でも欧米のテレビドラマなどを通して推測されるそれは、もううらやましさを感じるものではないし、理想的だとも見えません。日本よりも先を行っていると思いますが、よい方にと言うよりも多くの課題や問題を孕んでいるように見えます。要するに世界の近代化から現代化、そして近未来に向かっては、非常に閉塞感が漂うものになっているという気がします。

 日本は昔から地域力というものを保全していたと思います。大和朝廷によって統一が成し遂げられた後も、なぜか朝廷は地方の豪族を一定尊重する政策をとり続けました。中央と地方の関係は絶対的な支配、被支配の関係と言うよりも、相補的な関係が成り立っていたんじゃないかと思います。そのため、現在にも残っているような地方の特性、特色、そういうものが発揮される地方性になっているように思えます。
 そのため、つい最近まで、子どもから若者までの育成については、地域と家族とが果たす役割は大きかったのだと思います。
 上記で述べたように、その家族と地域とは近現代化、つまり欧米化によって壊滅的な打撃を受けました。そして家族や地域に取って代わって、近代国家(政府)および自治体の行政サービスがその埋め合わせを行うようになってきたと思います。夫婦共働きのような形態は、そういう変化を助長しました。

 ぼくが思うには、そういう欧米化の流れによって経済成長や高度文明化が進んだ日本になったのですが、失ったものも大きいと思います。かつての日本や日本らしさというものをずいぶんとなくしてきました。そのなかでもぼくが大きいと思うものは、日本人の土着の心性、他に類を見ない伝統の高みにまで練り上げられた日本人の心性だったと思います。それはもう見る影もなく地に堕ちたんだと思います。

 日本の近代化、文明化のための仕方のない選択だったのかも知れません。でもその代償はあまりに大きすぎます。現在の社会における事件、犯罪、人と人との関係、人と社会との関係、それらを考えると特にそう思います。このまま文明の先進国であり続ける道を歩むのが良いのかどうか。
 ぼくなんかに考えられることでは到底ないのですが、専門の学者、研究者たちにはよくよく考えて、進むべき道を提示してほしいですね。今のところぼくらの関心に沿って提言してくれたり、教えてくれる人は皆無になってしまいました。


2026年5月26日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「ぼくの言葉には居場所がない」です。

○ 貧困を産み続ける社会

 昨日、ふつうに働いていたのに、株高の恩恵を受けた会社員がいつのまにか「富裕層」になっているというネット記事が目についた。株や投資などを上手に運営しようという話は、ずいぶん前からいろんな媒体で紹介されたり薦められたりしていたが、それが様になってきたのかどうか、そういう人たちにとっては良い話ということになると思う。以前から政府は「貯蓄から投資へ」という国策を強く推進してきた。これが実を結んできたと言うことか。一方で、しかし、非正規雇用者などは投資に回す資金さえない。賃金格差、資産格差は広まるばかりだということも書かれていた。

 政府もそうだが、たいていの政治家連も、ちょっと上の方の階層に恩恵のある政策を取っているように思える。ぐっと下の層、貧困層をそのまま容認している気がする。どう言おうか、こういう層を再生産させる構図を打ち壊そうとはしていない。それどころか、何かしらの失敗、失策等はこれらの層にしわ寄せさせて、利用している気がする。これくらいの貧困層となると、発言自体が軽視され取り合ってさえもらえないことが多い。政府も政治家も、頭で政治ごっこをしているだけだ。本気で、血を流して、平等な社会を実現しようとか、本当に困っている人を助けようとかはしていない。高級外車を乗り回す連中にはいい顔をしてみせるが、困窮する人々が最低限の文化生活で良いと考えていても、それに向き合う政策などを実行する動きは今の政府にはない。貧困層がいるおかげで富裕層は富裕でいられるし、中間層は中間層で安堵できるのだ。薄汚い政治はいつまでも薄汚いままだ。自分たちを支持しなければああなりますよと、脅すのにも貧困層があり続ける方が都合がよい。

 本気で、貧困層、孤立層をなくそうとしたら、ぼくには簡単にできそうな気がする。毎年あれくらいの規模の国家予算を組めるんだから、本気で救済しようとしたら出来ると思う。でも出来ないし、やる気もない。本気、勇気、どちらもない。考えてさえいないと思う。
 徳政令。戦後の農地改革。後者の場合はアメリカ占領軍主導だからやれた。日本人だけでは出来なかった。昔の徳政令も、常識的に考えるとおかしな政策だから頻繁にやれることではない。おかしな人がおかしなタイミングでやった。でも、やれたのである。絶対にやれない訳ではない。貧困層のための徳政令。本気でやろうとする人が出ていないだけだ。貧困層出自の首相が誕生したら、やるかも知れない。
 貧困層や底辺層の為の政策実現が難しいのは、ほとんど見返りが期待出来ないからだ。そこに税金を注入しても、それはほとんどやりっぱなしで、税金を無駄に使ったと批判されかねない。貧乏人の暮らしが楽になるだけで、すぐに税収が増える訳でもない。そういう税金の使われ方は無駄だと非難するものもいるはずだ。それに答えたり説き伏せることも難しいし、なにより政府閣僚、官僚にそんな発想が出来るものはいない。国益の考え方が浅く、浅瀬の政策しか思いつけない連中である。無難な政策しか思いつけないのだ。非難や批判を受けて、責任を取りますと言うくらいの覚悟さえない。
 いったん仕切り直して、設計図を平等に書き直してからでないと、この国に本当の将来の展望なんか思い描くことは出来ない。
 バラバラに解体した家族や地域の問題を、根幹から立て直そうと考えるのではなく、政府や地方自治体の行政サービスの強化で乗り切ろうとする、小手先だけの政策しか考えようとしない連中が指導するのである。それらが家族も地域も壊したという反省は少しもない。このまま進んではいけないのだが、行政の知はこの程度でしかない。常識的に見れば、このままずるずると、何もかもが沈下していく方に向かう。いずれそのつけは自分たちにも回ってくる。その時に慌てふためいて、やっと本気になるのかも知れないが、それでは遅い。
 指導者連に一番足りないのは、国民全体が幸福にならなければ、個人の幸福はあり得ないという考え方や想像や発想だろう。指導者連には一番それがない。そういう者たちが指導者の位置に立とうとするのだから、この国の政治はいつまでたっても二流三流の政治しか行えない。


2026年5月25日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「人の〈自然〉と〈ふつう〉」です。

○ みんなで渡ってきて、辿り着いた社会の影
 
 社会科の教科書で習ったような、意識的な社会や歴史の形成や構築の裏で、無意識的な社会の影や歴史の影が生まれている。

 5月25日月曜日の読売新聞オンラインの記事に次のような題名の記事が掲載されていた。「身寄りのない高齢者「無縁」の最期…納骨や遺留品の扱い、自治体の重荷に」。非常に考えさせられる記事なので、以下に全文を引用させてもらう。商用に資するための引用でもないし、邪魔をする意図もないので著作権法には当たらないと思うが、だめな時は教えてもらえれば削除します。

[ニッポンクライシス]第2部「人・くらし」<1>
 
 東京都豊島区の住宅街。賃貸マンションの一室で今年3月、70歳代の男性がベッド脇で亡くなっているのが見つかった。一人暮らしだった。病死とみられ、死後2週間ほどたっていた。

 「日常が突然途切れ、この部屋だけ時が止まっているようだ」。「遺品整理クリーンサービス」(東京都板橋区)の増田裕次代表(51)は玄関でつぶやいた。物件を管理する不動産会社からの依頼で、週に2回、消臭に訪れている。

 部屋は男性が亡くなった当時のままだ。片付けや掃除に着手できていない。遺品を引き取る親族が分からず、大家は勝手に処分できないからだ。テーブルにマスクや処方された薬が置かれ、冷蔵庫にミカンや焼き芋が残る。預金通帳には多額の残高が記されていた。「身寄りのない高齢者が亡くなり、遺品の扱いに困るケースは珍しくない」と増田代表は語る。
 
 遺体は親族ら引き取り手がいない場合、自治体が対応を迫られる。厚生労働省の調査で、全国の自治体が2023年度に火葬するなどした「無縁遺体」は推計約4万2000人に上る。
 
 神戸市垂水区の市立舞子墓園。納骨堂の地下にある遺骨保管室には、約3700個の骨つぼが整然と並ぶ。25年度には683柱が「無縁遺骨」として納められた。
 
 市職員が本籍地などから戸籍を取り寄せ、手紙や電話で親族に引き取りの意思を確認している。数か月かけて連絡がついても、「仲が悪かった」「費用が払えない」「連絡しないで」と拒まれるケースが増えている。カバンやつえなど身の回りの遺留品も保管を余儀なくされている。対象や期限に国の明確なルールはなく、市は1年後、処分する。担当者は「業務量も心的な負担も大きい」と語る。
 
 大阪市では毎年9月に慰霊祭を行い、火葬から1〜2年後も引き取り手が現れない遺骨を、南霊園(阿倍野区)内の無縁堂に合祀(ごうし)する。15年の慰霊祭で納めた遺骨は2039柱に上り、16年に無縁堂を建て替えて拡張。昨年は3618柱と、20年前の3・5倍だ。市の宮田幸二郎・斎場霊園担当課長は「親族に引き取られないのは、心が痛む」と話す。

 超高齢化で、年に160万人を超える人が亡くなる多死社会に突入した。内閣府の推計によると、一人暮らしの自宅で、死後8日以上経過して発見された「孤立死」は昨年、2万2222人に上り、65歳以上の高齢者が7割を占める。これから迎えるのは、単身高齢者の多死社会だ。
 
 国の推計では、一人暮らしの高齢者は20年に672万人だが、50年には1・6倍の1084万人に増え、高齢者の3・5人に1人が単身者になる。未婚率の上昇や家族関係の希薄化に伴い、子どもなど頼れる人が身近にいない高齢者が増える。葬儀の手配や納骨、遺品の片付けを誰が担うのか――。深刻化する課題だ。
 
 自治体が終活支援に乗り出している。神戸市は24年6月から、市民が葬儀や納骨の方法を生前に葬儀会社と契約できる「エンディングプラン・サポート事業」を始めた。料金は約38万円からで、市職員が契約に立ち会い、履行を確かめる。故人の望む形で弔うことで尊厳を守り、無縁遺骨を減らす狙いだ。
 
 これまでに31人が契約した。理容業の男性(74)は未婚で、離れた故郷に暮らす妹も高齢のため頼りにくい。「迷惑をかけなくて済みそうで、ほっとしている」と話す。
 
 政府は、死後の手続きをサポートする仕組みを創設する。各地の社会福祉協議会やNPO法人が担い手となり、生前から金銭管理や入院手続きを支える。社会福祉法を改正する法案を今国会に提出した。
 
 日本福祉大の藤森克彦教授(社会政策)は「単身高齢者の孤立を防ぐため、政府や自治体は、家族が果たしてきた機能を社会サービスとして提供する体制の整備を急ぐ必要がある。困った時に頼れる、地域コミュニティー作りも欠かせない」と指摘する。

 長々と引用させてもらった。
 我が国、我が社会はよい社会作り、よい国作りを目指し、近代化、そして欧米化などに取り組み、経済大国、先進国へと発展してきた。医療や保健が発達し、長寿国にもなった。社会保障、行政サービスも充実させてきた。
 戦後から今日にかけて、たくさんのものを手に入れた。だがその裏で、何かを失ってきた。あるいは何かを悪化させ、劣化させてきた。
 記事の末尾に象徴的なのは、家族や地域の解体であり、これを補填する政府や自治体の体制整備という問題である。言い換えれば、政府や自治体の業務がますます膨れ上がって行くと言うことである。

 ぼくに言わせれば、こうした社会形成を指導してきたのは政府、自治体が込みで進めてきたので、これを含んで将来を考えなければならないと思う。この上さらに政府、自治体頼みやお任せで良いのかどうかということを、である。
 ぼくは反対のような気がしている。政府、自治体の指導によって良くも悪くもこうなってきて、これからさらに政府、自治体の業務が膨大になれば、それこそ安泰になるのは政府と自治体の方で、もしかすると国民生活は荒廃の一途へと進むかも知れない。ぼくはそういう恐ろしさを感じる。
 政府、自治体の力や業務は小さければ小さい方が良いのではないか。国民が自ら考え、自ら判断出来るようになれば、こういう影の部分を不意に突きつけられることは少なくなるはずである。だが、そういう力がぼくら国民に残っているかどうかだ。このことは知識人のみならず、一般の国民全体においても議論されなければならないとぼくには思える。

 ぼくが孤立死の当事者であれば、「葬儀の手配や納骨、遺品の片付け」などは一切してくれるなと言いたい。すべて焼き払っていただいてけっこうである。そうも言いたい。自治体にはそのための費用負担をかけてしまうが、一切合切無にしてもらって良い。そう思う。おそらく孤立死の当事者ともなれば、そう考えるはずである。
 もうすでに孤立死を迎える時点で、当事者の孤立は極まっているのである。死後に葬儀などの体裁を繕ってもらったところで、喜ぶ訳がない。自治体は看過してきたはずで、しかしそれは自治体の責任ということでもない。
 こうしてそうしてこうなるようにと進めた結果、こうなってしまったのである。誰にも責任の取りようがない。ただ無残なだけだ。


2026年5月24日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「五月のある晴れた日に」です。

○ 人見知り、引っ込み思案、それに引きこもり傾向というのは子どもの時から後期高齢者となった今日まで、あまり変わらなかったなあと思います。三つ子の魂百までと言いますが、小さいうちに形成された性格というのは変わらないものです。
 自分の内向きの性格というものは、自分でも嫌だなあと思って、あの手この手で変えようと努力したと思います。ある程度の所までは克服できたんじゃないかという気もします。大勢のいる広場に出張って行って、社交的な振る舞いも、他人と遜色ないくらいには出来るところまで行けたと思います。けれども、行ったっきりにはなれなくて、途中から引き返した気がします。
 なんと言ったら良いか分からないんですが、広場でわいわいやっている自分が、いい気なもんだねと見えてしまい、平気でそこに居続けると言うことが難しかったという感じです。元々が内向きだったこともあって、明るく振る舞っていても内向きの人を見ると、自分が明るくいることがなんか違うなと、そういう感じ方をしたと思います。最近は元に戻って、堂々と内向きに暮らしている訳ですが、このほうがなんか自然だなと言うか、安心します。ですから今はもう、これでいいなという感じです。


2026年5月23日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「ヨイヨイヨイヨイ」です。

○ 生活空間の最適解

 青森の三内丸山遺跡の居住者は、500人ほどと推定されていました。今から5000年前くらいの集落跡です。縄文中期の当時では大都会です。僕の実家、現在の栗原市栗駒片子沢は、令和2年の統計で365人と少し足りません。でもまあ村落、集落の雰囲気としてはそんな感じかなと想像できます。ぼくが小学校に行く前の田舎暮らし。のんびりしたものです。
 
 実家周辺の村落もたいてい500人以下のようでした。一部、それを超える地域もありましたし、町の中心では十倍の5000人を超えています。子どもの頃はめったに行かないところなので、ずいぶんの都会に感じていたと思います。

 自分の実家周辺をざっと見ると、普段の居住空間とか生活空間は、500人以下が暮らすスペースかなと言う気がします。そこらが最適空間かなと言う気もします。田舎ですから家々はポツンポツンと離れて存在します。団地とは違って、広いスペースに点在します。

 縄文から現在にかけて、人に最適な居住空間や生活空間、村落や集落は、全国的にも似たような規模で自然に形成されてきたんじゃないかなと言う気がします。それが一番人の暮らしの最適解と言って良いのではないだろうか。それくらいの集落、村落規模が、人と人の関わりとしても過不足なく安定的なのではないかと思える。これはよくは分からないことです。直感的にそう思えると言うだけです。
 それくらいの中にある程度の年月を暮らすと、そこではたいてい顔見知りになると思います。ダンバー数、つまり人間が安定的な社会関係を維持できるとされる人数の認知的な上限は、約150人という説があります。それに照らして考えても、古くからの区域規模、村落、集落の規模は妥当なんじゃないかという気がします。

 おそらく自然形成された古来からの村落、集落は、現在は近代化と高齢化の波に飲み込まれ、瀕死の状態に近くなっているように思われます。そのまま解体に進むのか、あるいは復旧が図られるのか、ぼくには分かりません。また同時に、どちらに向かうのが正解なのかも分かりません。しかし、いずれにせよ5000年近く維持されてきた体制が崩れようとしている訳ですから、もう一方の大きな地殻変動と考えてよいのではないかと思います。地震は現実的な恐怖を伴いますが、こちらの方はいたって静かに起きて静かに進行していますから、逆に、大変不気味に感じられます。


2026年5月22日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「観念ごとき言葉ごとき」です。

○ 文明や知性の発達と、その影

 我々の脳の発達で言うと、いろいろなことがある中で、やはり知性的、理性的な精神というものと、気持ち的、感情的な心情という二つに行き着く。前者は頭の働き、後者は心の働きである。
 意識、幻想、観念というものから、このように二つに分けて考えると分かりやすいのでとりあえずこうして考えると、頭の働きは知性的、理性的で、脳の計算能力と思考する能力とが基盤になっている。一方で、心の働きというのは感情や気持ちの動きが中心となっている。

 我々は、思い、意識する生き物であるが、その中身は考えることと感じることとの、大きく言ってその二つに分けられると知っている。そしてその二つの動きは、それぞれ生物学的な異なる根拠を持つと考えてきた。
 ぼくはこれを三木成夫さんという解剖学者の著作から学んだ。
 感じるとか考えるとかは共に、脳の中で展開される。それをぼくらは意識を意識することで知ることが出来る。そして同じ脳の中、意識の中の出来事ではあるが、これは心の動き、これは頭の働きと一応の区別がつく。もちろんこういう区別、分析には曖昧さが伴う。ただ便宜的にこう考えて分かりやすいものをぼくらは採用すると言ってよい。だから、どう考えるかは人によって違う。

 三木さんによれば、頭の働きと心の動きと、どちらが先に意識として目覚めたかというと、心の動きが先だったろうと述べていた。頭の働きが活発化したのは後からで、やがて心と五分五分のバランスとなり、さらには圧倒的に頭優位の時代へと進んだと考えていたように思う。それを考えた上でぼくが思うに、例えば縄文時代などは頭と心とが五分五分のバランスが取れた時代であったという気がする。

 そこから現代に向かってどう変わってきたかと言えば、もちろん頭優位に進んできたことは間違いないように思える。特に近代以降は圧倒的に頭優位、精神優位に進んでいると思える。
 意識と言えば精神、知性と考えられるくらい頭優位の時代になった。極端に言えばエリート教育では、心的また心情的なものは奥に秘めろという教えもあった。
 一般の公教育においても主とするところは、やはり知識の注入ということになった。技術と知識で文明は高度に進んできた。

 人間の作り出した文明は恐ろしいくらい高度になった。人間の個々の知的レベルもたしかに高度になったと言えよう。
 だが、人間の人格という観点から見るとどうだろうか。人格のレベルもまた高度になったと言えるだろうか。あるいは人間の内面も文明同様に充実する方向に向かってきたと言えるであろうか。

 頭の働き、技術、知識、たしかにそういう面は進んだ。その最たるものは昨日述べたように、AIの、人工知能の、超加速的な発達である。

 ぼくは心、心情とは別に進歩発達する知性、知能、つまり頭の発達が、AIと同様に、人間の心とか内面とかに関わりない自体の論理で進化するのではないかと危惧してきた。つまりそこにメカニカルな要素を見てきた。人間や人間性が不在でも、委細構わず前に進むものではないかと考えた。

 これまでは技術文明もAIも、その発達や進化には人間の手助けを必要とした。しかし高度になって行くと人間の手助け無しに自らによって進化出来るようになる。だがそうなった時の進化は、人間に役立つとか、人間のための進化ではなくなって行くように思われる。はたしてそれでいいのだろうか。その時もまだ人間は、技術も人工知能もコントロール下においていられると断言できるだろうか。ぼくにはそうは思えない。

 我々の世界はやがて、人間の心や内面というものを重荷のように感じ、切り捨てるように進むかも知れない。現代から近未来にかけて、ぼくは危機的状況を迎えていると感じている。文明を止めろというのではない。人工知能の開発を止めろというのでもない。だが進化や開発について、あまりにも楽観的で、あまりにも無防備に過ぎるのではないかと言いたいのだ。その兆候はいくらでも見かけられるのだが、そこについても関心がなさ過ぎるとぼくには見えている。人間を切り捨てていく文明や知性ほど恐ろしいものはない。


2026年5月21日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「頭を使う」です。

○ AIの進化について

 AIの進化がとんでもないようだ。そのうち人間は何も体験しなくても、たいていのことは理解できるようになるらしい。脳にチップを埋め込んで、ある疑問を持つとチップを介して外のデータの集積場所に接触し、そこから回答を引き出してくる。理解の途中で疑問が湧けばそれも瞬時に察知され、補足される。脳と外部に蓄積された膨大なデータが直結する感じだ。
 これくらいのことはパソコンが広まった頃には予測できたことだ。だが、そこから先に関してはぼくはよく分からなかった。
 今でも、この先どうなるか、よくは分からない。脳と巨大データとの折り合いだとか、いろんなことが分かってしまった時に自然脳は許容できるのか、大きな知識を持つことに耐えられるのか等々、なってみないと分からないことが多々あるように思える。
 コンピュータのソフト分野の向上もあるが、ハード面での部品一つ一つの進化も同時に起こる。つまり発達速度が等速に進んでいくのでは無く、加速が累乗に進むので、もうぼくらの考えでは追いつかない。
 想像で言うと、一世紀から現在の二十一世紀までの技術の進歩が十年とか一年で進んでしまうという寸法だ。それくらいに加速して進むと考えられる。現に今でもぼくらが知らないだけで、業界の先端部分ではそういうことになっているのではないかと思う。

 技術開発を担当する人たちは、たいてい楽天的で楽観的だと思う。核兵器、原子爆弾の開発もそうだった。
 開発したものが人類にどんな影響をもたらすか。結果を見るまでは、どこまでどのような影響をもたらすか分からないのだ。広島、長崎のような。
 AIだってそうではないかなと思う。ヨーロッパで産業革命が起きた時も、後々公害が起きるとは誰も考えに入れていなかった。
 加速的に文明が進んで行くことを手放しで喜ぶべきかどうか。ぼくはずいぶんと懐疑的な方だと思う。だがぼくが懐疑的でも、文明が進むことに何の支障も無い。所によっては国を挙げて進めていて、とりあえず何の問題も無く進んで行くに違いないのだ。ぼくは違うけどねと言って、懐疑を持ち続けることが関の山だ。
 加速は加速を呼び、そのうち加速の嵐が巻き起こるだろう。楽天的な予測の方に進んでいけば幸いである。結果、みんなが喜び幸いになるならば、それでよいのだ。だが、そう行かないような気がしてぼくは不安に思う。文明も、知能も、人間的な一部だが、それだけを取り出して進化させると、それは人間を離れて、それ自体としてどこまでも進んで行く。放っておけば理性のような抑制なしに進化して、人間のコントロール下に置けなくなることは自明だと思える。そして本当はそこに、開発者達などの個人的な意識の恣意性が紛れ込むことを忘れてはいけないと思う。つまりAIと言えども、そのはじめの一歩において開発者の「こんなAIを」という発想無しにはスタートできない。逆に言えば、後にどう進化するかはスタート時点の一歩の踏み出しに大きく影響されるものだと言える。そういうこともよく考えられないうちに、よく分からないうちに、すでにAIはけっこうな先を走り始めている。


2026年5月20日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「頭か心かどちらかで」です。

○ 国家に関連したメモ

 ぼくら世代の感覚では、戦後の高度経済成長期が一番経済的に上手くいった時期だと思います。議会制民主主義などの国家体制から、資本主義の社会体制に至るまでの歯車が、上手く回転したと思います。
 特記すべきは当時の国民の八割方が、中流意識を持っていたことです。それくらい経済的には満足できる環境にありました。ですが、これは一瞬で、すぐに崩れました。今から考えると一時的な幻想のようなものでした。しかし一時的にせよ、出来た訳です。そして多くの国民は喜び、自分の国や社会を賞賛しました。

 その記憶がある間は、まだ総中流に戻れるに違いないとぼくらは思っていました。けれどもじりじりと没落して行きました。現在では経済的に良いところ、増しなところと、経済的に落ち込み続ける二層に分断したと見えます。また二層の格差は拡大して行っているように見えます。

 明確には出来ませんが、経済ではなく、幻想の領域においても二層に分断された経済格差に伴って、幻想領域が二分されるような大きな差異が出来ているように思えます。

 自由主義、民主主義の国家ってずるいと思います。国民を操るのが上手いと思います。能力主義だよという側面と、上に対して従順であれという側面と、両側面を使い分けて国民を支配していると思います。もちろん支配と言っても強制ではなく、甘い水がほしい人はこっちに並んで、とやる訳です。希望者も多いのですが、そこからさらに選別されていきます。能力面と従順な面と両面で気に入られると、努力も忍耐もありますねと言うことでそちら側に行ける切符を手にします。まあそこからも紆余曲折はあるのでしょうが、第一段階としてはそういうことがあるのではないでしょうか。 そうなるともうこちらは何も言えなくなります。能力も従順さも、あるいは努力や忍耐も足りなかったんだと自省して終わりです。そうして下の階層に振り分けられたら、たいていの人はどうしようもない訳です。

 一つたとえて言うと、芸人がいますね。漫才師とかコント師とか、あるいは落語、講談や漫談をやる人たちとかです。大勢がいる中で、本当の成功者というのは一握りのような気がします。一回の報酬がものすごく高いとかね。実力があるからに違いないのですが、そこを見ていきますと実力、能力次第でそうなれると言うことを見せつけてきます。逆に、そうなれないと惨憺たる結果になります。いくらでも富める自由と、貧困になれる自由と表裏一体です。これが、ある種一つの国家体制が国民に与える境遇ということになります。

 こういうスタイルがいつから行われるようになったかというと、日本に近代国家が成立した明治維新以降と言えますが、実は古くは古代に国家が成立した時からはじまっていたとぼくは考えます。国家のはじまりは、国家自体を目的とすると言うところにあります。より具体的には富国強兵であり、人心の掌握と人心の国家への参画です。そうして帰属意識を高めることです。人心が離れるとか、人心の批判や非難を受けることは国家にとってはやばいことなのです。ですから国家は支配力と懐柔策と、つまり飴と鞭とで人心をつなぎ止めようとします。

 ぼくは階級や階層、それに差別が起きたのは国家の成立からと考えています。それ以前は、人の上にあるのは天であり自然であって、人はほぼ横並びに暮らしていた訳です。縄文時代がそうですし、弥生時代も晩期になるまでは相当程度平等だったという気がします。それ以後小国家が群立し、国家が出来ると戦闘集団が出来ますから、当然乱が勃発していくことになります。こうなるときりがないし、無駄に消耗するはで、部族間を統一する国家成立は目前のことになります。

 やがて日本国が成立し、初めてこの島国の住人の上に君臨する人間という構図が出来た訳です。ひとりの人間が頂点に立ち、人々は天地自然の言葉に従うよりも、ひとりの人間の言葉に従うことになりました。初めに臣下がその声に従い、次々に下に向かって言葉が伝播されていきます。上下、優劣の階級、階層も出来ました。 これ以降、天下を取り世の中を治めるというストーリーが人々の願望になって行きました。入れ替り立ち替り、今よりも良い世の中にするんだと意気込む訳です。しかし個人の理想を無理に現実化しようとすると、たいていはとんでもない圧政が実現したりしてしまうものです。統治者の思い通りに行かないというのが現実です。

 ここまで遡って考えないと、ぼくは社会は変わらないと思います。
 統一国家が成立する以前にもこの島国に社会は存在しました。小国家以前にも人間の社会は存在していました。縄文なり弥生なりの時代には社会はもちろんありましたし、ただ、国家はまだ成立していませんでした。国家がない当時の社会はどうだったのでしょう。周知のように縄文時代は武器の痕跡がありません。紛争や戦争は無かったか、いたって少なかったと見られています。一万年以上も平和な時代が続いたとされています。このことは世界的に見ても希有なことだと言われています。

 ぼくらは現代社会にあってどうしたら二度と戦争を起こさないでいられるか、あるいは格差も少なく、できるだけ平等でいられるように生活できるかを考えて来ました。そうした時に、縄文や弥生といった国家以前の平穏な暮らしというのがある種理想型のように思えました。もちろんそこに戻ることも再現することも無理です。ですが、そこから何かを学び取り、現代に生かすことは不可能ではないのでは無いかと考えています。そしてその途次にあって、こんな議論にも値しないようなことを縷々考えています。ぼくは自分が納得したいだけなので、為になることはないはずです。結論に至らなくてもいいと思っています。生きることも考えることも、ただ歩行の連続で、ある日突然中断すると言うことになるんだと思います。関係ないですが、中断という言葉が出たところで、この文章もここで中断します。


2026年5月19日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「ぼくらの仕上がり」です。

○ 人間的根拠についての落書き

 生命的な主人公としての内臓がまず内側にあります。これを取り囲み、守るようにして体壁が配置されます。まあここまでは一般的な脊椎動物の作りです。体壁の一部として頭部があり、そこに脳みそが格納されています。これには大きく感覚器系の神経回路と、内臓系のそれとが集積されています。

 ぼくのイメージでは、内臓は生命の起源から現在に至るまで、起源にあったものをそのまま保持して発達、発展してきたという気がします。特に心臓は、胎児の初めから死に至るまで勝手に動き通しています。指示なしにずっと動き続けています。ほかの臓器も似たり寄ったりで、自分で勝手に動くように作られています。このような動きは、考えてみると初期の生命の動きを彷彿とさせます。ここでは原生生物のようなものを想定しているのですが、あれらの動きも見ていると非常にメカニカルに見えて来ます。
 要するにそこに生命的なものの本質を、ぼくは見る気がします。とにかくメカニカルに、死ぬまで動く、死ぬまで生きる、というやつです。そこは原生生物も、人の内臓も同じだと思います。内臓の生命は、内臓だけで完結していると言ってみたいくらいです。

 内臓を守る骨や筋肉などの体壁は、ぼくにはなんだか添え物のような気さえします。内臓を守ることはもちろんですが、四肢によって移動をします。動物的に言えば、それは食のためであり、性のためであると言えます。食も性も内臓の働きの根幹をなすものです。四肢などの体壁は、その下働きをするものです。

 動物生の段階までは、こういう理解でよかった気がします。あとは細部に関わる問題が残るだけです。
 しかし、人間的となるとここから先の問題になります。そこでは何が問題になるかというと、脳の発達に伴う意識の発生です。意識、観念、言葉、この辺を介して、特殊な人間世界が構築されていった訳です。それが現在も複雑に発達し続けています。人間社会の文明と文化ですね。これは地球規模のかなり大がかりなものになっています。特殊人間的なものです。
 一方で、他の動物たち、植物たちは発達していないかというと、どうもぼくらには分からない形で発達しているようです。時々生き物たちの活動をカメラに収めた動画などが、テレビやPCなどを介して紹介されていますが、結構そこには驚きに満ちた生態が映し出されたりしています。最近では、シジュウカラが言葉を持っているという話題もありました。
 人間のように巨大な建物を建てるというようなことはありませんが、例えば蟻塚などを見ても見方によっては人間がやっていることに匹敵するくらいのことをやれているんじゃないか、と思うことがあります。人間の価値観で見ると人間の方が高度なことを為しているように思いますが、もっと生存戦略的な見方で言うとほんとにそうか分からなくなります。互いに殺し合う核兵器なんか作ったりして、時々人間は利口なのか馬鹿なのか分からない時があります。

 人間的な考え方や価値観を離れて、人間的な意識、観念、言葉というものを考えたらどうなるのだろうか。少なくとも他の生き物からすると、異常ですよね。なんなんだあいつらは、ということになると思います。人間は生物界から、人間界に引きこもって生存しています。生物全体からは、手のつけられない異常者として見られてはいないでしょうか。中には理解者もいます。犬とか猫とかね。寄り添ってくれています。慰めてくれたりします。
 生物界では人間は孤独で人間界に引きこもりがちですが、これは人間社会における孤独や引きこもりに同型な気がします。

 ちょっと纏まりがつかなくなったので、今日はここまでにします。


2026年5月18日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「初めてづくし」です。

○ 年を取ったせいだと思うが、縄文時代の竪穴式住居、あれがいいなあと思うようになった。何よりいいのは、コンパクトで、自分でも作れそうなところだ。2011年の東日本大震災の時は地震で家がぐらついて、倒れる寸前だった。あの時に、もう一度家を買うとか建てるとか出来るだろうかと考えた。ちょっと難しいという感じだった。耐震性能の高い家となるともっと難しい。
 遊び半分でどういう家がいいかなあと考えたら、あの円錐形の竪穴式住居が思い浮かんだ。さらに考えていたら、平安から鎌倉時代にかけて、変な家を持って住んだ人を思い出した。確か、「方丈記」を書いた「鴨長明」は、住まいを移動式にしていたという話があった。調べてみたら、「方丈庵」と呼ぶそうだ。現在で言えばキャンピングカーというところか。詳しくは覚えていないが、大きな牛車のようなもので運べるように家を造っていたらしい。相当コンパクトな家だったろう。
 どちらにしても手軽に立て直しが出来るものであればよい。修理も簡単であれば簡単なほどよい。そして、家の中も簡素で余計なものは何もないくらいがよい。
 こう考えるのは完全に年を取ったからで、電化製品なしで、ほぼ着の身着のままで暮らせるなら、それが今の理想の生活スタイルと言えそうだ。実際にはそうはなかなか行かない訳だが、いざとなった時に、どうも使えないゴミのような荷物を置き去りにして旅立つことが心苦しい。何もなければ、「一足お先に」くらいを言って旅立てそうでよいなと思う。

 若い時にはもちろん、ものがある生活の方がよいと思っていた。要するに現代的西洋的な文化生活というやつに憧れもした。
 今はもうそういう方向への憧れはない。かえって邪魔くらいに思うようになった。ステレオが一番最初に消えたが、ベッドや机類も消えた。テレビも無くなれば無くなったですみそうな気がする。洗濯機や冷蔵庫はどうかなと思う。とにかく、最近はどんどんそうした家具家電の必要度が減っている。昔必要だったものがいらなくなってきている。衣類なんかもそうなってきた。一年は、全体の三分の一くらいを使い回してすむ感じになった。見栄えなんかはとっくに気にしなくなっている。
 だから家自体も簡単なのがいいと思う。立派な家に住んでも、地震などで倒れたら立て直しが大変になる。竪穴式住居くらいなら今だってすぐに出来そうである。飽きて余所に住みたくなったら、それもすぐに実行に移せそうだ。

 キャンピンガカーも軽いフットワークで動けそうだ。これを家のようにして暮らすとなると、住所とか戸籍とかはどうなるのか分からないが、長明の「方丈庵」みたいで面白いと思う。ちょっと高額だからぼくらには難しいが、これからの人たちには選択肢の一つになるのかも知れない。移動生活。日本ではなじみが薄い。日本人は定住になれているとは言え、現在ではずいぶん個人主義的になって、あまり血縁とか地域の結びつきも必要とされなくなった。気候変動だのいろいろあって、動きたい時とかいろんなタイミングでさっと居住を変えるのも悪くない。まあ、そんなことはこれからの若い人たちの選択だから、ぼくなんかがとやかく考えることでは無い。ただ、もうそろそろ定住の意味も薄れてきているような気はする。フットワークよろしく、国の境界を越えてあちこち好きなところに行って暮らせる。飽きたらまた変わる。そんなことが気軽に出来るようになったら楽しそうだ。

 なんせ、南海トラフ地震とか言われていても、地域の人たちはなかなか動けないものね。予想、予言ではあと数年後ということになっているのに、あまり動きが見えない。来ないでくれと神頼みするしかないようで、あまり21世紀らしさも無い。物を持ちすぎていてね、身動きが取れない。結局、東日本大震災の教訓て何だったんだろう。根本的なところは何も考えていない気がする。原子力の問題から何から、なし崩し的に元の鞘に戻ろうとしてきただけだ。何だろう。知識あるものも自分の目の前の生活しか考えていなくて、本気で日本の将来を考えていないんじゃ無いかと思う。それがまあここまでの、南海トラフ地震の予想から受け取れる教訓だな。誰も本気で考えてない、ということ。おしまい。

 ところでさて、ぼくらに少し差し迫った「死」も、「ここ」から「あそこ」への移動くらいに考えると気楽になれそうな気がする。


2026年5月17日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「国家が真顔になると」です。

○ 死ぬまでは生きるんでしょうし、同じように死ぬまで考え、そして書くのかも

 自分の表現は、最近変わってきたなという感じがします。他人や社会とかに向かって発信するという感じが薄まっています。というより、ほとんど反応がないので、他人には届かないことを前提としてやっている感じになっています。となると、自分のために、自分に向かってやっていることになるんだと思いますが、そういう意識もホントはあんまり無くて、惰性で、ということになっている気がします。生きていることも外から見れば惰性で生きているみたいのもので、結局惰性で生きて、書いて、ということになるんじゃないかと思います。生きているってことは息を吸って吐いての繰り返しですが、考えて書いてというのも呼吸のようになってきているんだろうという気がします。 自分が考えたり書いたりしているものは、面白くないし、貴重だとも思いません。オリジナルも独自性も無いと思います。だったらやめてもいいじゃないかとなりますが、もちろんやめてもいいと思っています。ただ、生きていることも惰性のように生きていますし、やめてもいいんじゃないかということになりますが、まあそれでもいいと思いますけど、生きることは止める訳にはいかない。
 ぼくらの命というのはぼくらのもののようでありながら、ぼくらが生かしたり殺したりしてよいものではない。ぼく、というのはここでは、ぼくという意識と言うことになりますけど、命はこれとは違うところで違う原理で生まれたり死んだりするものだと思いますから、これに意識が関わってはいけないと思います。
 つまり生まれたり死んだりは勝手にやってくれますから、ふつうは考える必要が無い。で、考えるのは、その間何をやるかと言うことです。
 今のぼくですと惰性のように生きると言うことでもあるし、意味も無く惰性のように考え、書くことを繰り返す、そういう毎日を送っています。何でもいいんだと思います。生きている間、原則、どうやって生きて行ったっていいんだと思います。
 人間以外の生き物は、それぞれに出来上がった仕組みに則って、性質、本能そのままに、やれることは全部やっている訳です。何をすれば善いか悪いかなんて無いですもの。
 半分はぼくももうそんな感じです。生き方がこんな風になっちゃったものはなっちゃったんで仕方ないんで、それもまあそれほど居心地が悪い訳でもないので、惰性でこのまま行きましょうという感じになっています。まあそうは言っても一寸先のことは分からないですから、今はこんな風だと言うことで、まだしばらくはこんな感じで行きそうです。とまあ、そういうことです。


2026年5月16日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「がっかりだよ」です。

○ 安藤昌益の考えの核心

 安藤昌益の考えの核心は、「直耕」です。「直耕」とは、狭い意味では直に地面を耕すことで、田畑を耕す意味になります。人間が生きて為すべきことはそれであって、それ以上でも以下でもないと言っていると思います。必要にして十分だという意味にもなります。で、余計なことはするな、特に考えるというようなことは余計なことで、よくないことなんだと言っていると思います。

 安藤が「自然真営道」などの著作の中で言っていることは、約めて言うと、宇宙の果てから地球の細部、また動植物などの生命に至るまで、すべては自然の力によるものであると言うことです。
 これは、この世界から人間や人間の生みだしたものすべてを、頭から取っ払って考えてみると分かりやすいかも知れません。
 そうすると何があるか、何が残るかというと、自然があるだけになります。今分かっているところでは宇宙の果てから地球まで、自然が生みだしたと言うほかないものだけになります。

 安藤昌益が江戸時代にあって、科学も物理もないところで素朴に考えた宇宙の成り立ちというものは、根源的な物質である「元基」としての「土活真」が基本です。現在で言えば、素粒子とか量子、光子とかの話になるかも知れません。ですが、そういうところになるとぼくは分かりませんので、そこは割愛していきます。とにかく、宇宙を構成する「元基」として安藤は「土活真」を構想しました。
 ぼくのイメージとしては、ちょっと飛躍しますが、ビッグバンで生まれたエネルギーを内在した粒子が宇宙に散らばったとするイメージになります。その最小のエネルギー体としての粒子がそれ自身で動き、合体したり反発したりします。単純すぎますけど、そうやって宇宙が出来たと考えます。
 そこまでは自然の物理現象で、自ずからそうなったという考え方をします。神が造ったのではない。物理的な自然現象なのだという考えです。もっと気楽な考え方をすると、宇宙はどうしてこうなったかという問いに対して、自然にこうなったと答えるということになります。それは宇宙物質の「元基」としての「土活真」の働きだと、安藤は考えていたと思います。

 安藤はまた、「互性」などという概念も使って、「土活真」は他の「土活真」などとの関係において、変幻自在に性格を変えるものだとも言っています。ここはちょっとぼくの解釈が入るところでもありますが、ぼくにはそう思えるのです。そしてそう言うように性格を変えるところにおいて、別物になったり、別のものを作り出すことになったりすると安藤は考えたと思います。
 これが「土活真」のする「直耕」ということになります。宇宙を耕し、宇宙を作り上げたということになります。

 こうしたことで安藤が言っているのは、すべてが自然の運動と働きから生成されたものだということになるかと思います。そして、ここまでは自然以外の何ものも存在しなかったことになります。宇宙も星々も地球も、あるいは地球内のすべての生命とその生活も、自然のする自然の範囲内に生成され、そして存在していると言えます。

 ここからまたぼくの解釈や考えが入りますが、安藤はここまでをもって「自然の世」と考えていたと思います。さらに言うと、このとき人間は動物界を脱し、心に目覚めた時代だったと思います。
 ここでぼくは三木成夫さんの「頭と心」(「ヒトのからだ」)の考察を思い浮かべているのですが、頭と心の関係が拮抗し、均衡している時代までは、安藤はまだ人間世界も自然を中心とした「自然の世」であったと考えていたと思います。

 手短に言ってしまうと、三木成夫さんはこのあと人間の社会は頭優先の社会になって行ったと言いますし、安藤もまた「法の世」に変わったと嘆きます。自我の跳梁跋扈、これをもって人間は自然から離れ、自然を超え、観念と幻想の世界を構築していきます。自然から逸脱した、離脱した、そう言ってもよいかも知れません。

 安藤昌益も三木さんも、宇宙広しと言えども、人間だけが自然の摂理、法則の外に出てしまう、出てしまったと考えたに違いありません。そして両者ともに、人間は不幸に向かう道を歩き出したと考えたと思います。
 だが多くの人々は反対に、文明文化の繁栄、人間社会の一人勝ちのように考えてきたかも知れません。
 現在でも、安藤や三木さんの為した警告は、聞き入れられないでいると思います。事態はさらに切迫していると思いますが、もはや世界や社会は人間の手を離れ、自動システム的に自然を人間化する方へと加速して行っている気がします。

 二人が危惧するのは人間の思考だとぼくは考えています。それも、心を伴わない、心の無い思考のメカニカル性を強く危惧したんだとぼくは思います。
 まだ上手くまとまりませんが、ぼくは安藤昌益や三木成夫さんの考えを通じてこんなことを考えてきて、今も考えている訳です。学者や研究者のように考えている訳ではないので、遅々として進みませんが、行きつ戻りつ、ぼくが通れるだけの道が出来たらいいなと思っているところです。まあ、みんなが通る道にならなくても、それでよいのだと考えています。


2026年5月15日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「明日の予定」です。

○ 兵庫県の文書問題、公益通報者保護法の問題に注目して2年が過ぎました。未だに収束していません。
 この問題にまつわる時々の考えは述べてきて、もう言うべきことはないくらいです。ぼくの中では言うべきことは言った、考えるべきことは考えた、そういう感じです。つまりぼくの中では結論は出ていて、それ以上の結論はないということになります。でもこのように長引くと、またそれなりに思うことも出てきます。

 いま思うことは、権力者がなりふり構わずに権力にしがみつくとすごいんだなと言う、その一言になります。権力者本人が権力の座から降りないと、他からはなかなかこれを降ろすことが出来ないと言うことです。これが今回の騒動の課題かなとぼくは思っています。そしてそういう力をできるだけ削いで行く方に向かうべきだと思っています。

 最初はこんな知事ではだめだと言うことで局長が内部告発しましたが上手く行きませんでした。議会もいったんは引きずり下ろしたのですが、再選されてしまいました。今ではメディアやフリーの記者達が中心になって、知事の責任を追及していますが、ことごとくかわされてそれ以上踏み込むことが出来ないという状況が続いています。

 ぼくは昔小学校の先生をやっていたので、こういう時には○○君だめだよ、と言える立場にあったのですが、現実社会にはそういう立場はありません。そういう采配する立場がないのですね。ですからこんな風に長引きます。まさに民主主義社会ということになります。典型的です。

 このところ国でも地方自治体でも、あるいは大小の組織体でも、権力者に、より強い権力や権限を持たせようとする動きがあるように思えます。ぼくのように一般人で一般的な知識で見ていると、そう見えます。そしてまた一般的な知識でもって言うと、それはよくない傾向だと見えます。ぼくからすれば、もっと簡単に権力者の権力を奪える仕組みに改訂すべきだという気がします。

 とにかく、いったん権力の座につくと、ほとんどの権力者はその座を手放したがりませんね。ぼくは経験ありませんから分かりませんが、権力の座にあることはよっぽど気分がよいと言うことのようです。

 上記に関連してもう一つ言っておきたいことがあります。いわば上記の問題は権力や権力者についての問題ですが、政治的にもなるのでよく右翼、左翼の言葉が飛び交います。これらの言葉はぼくら世代は散々聞いてきて、もううんざりします。ぼくの内部ではもう死語になっていますが、今回の騒動ではまた息を吹き返しているようです。それでも多少は過去の遺物のように考えて、そうは言わずに「下翼」という呼び方をしてきている人たちがいます。右左の争いではなく、知的な、上と下との争いになっていると考えてのことだと思います。

 ぼくらの頃の学生運動は、別名、新左翼運動と呼ばれ、旧左翼とは一線を画すような形になっていました。
 現在はそういう区別もなく、他に言いようもなくて敵対するものに左翼の呼び名をかぶせている気がします。漠然と社会主義的、共産主義的な傾向と考えてのことだと思います。そう言うからには、では言う方の当人は保守なのか右翼なのかというとどっちでもないように見えます。ぼくらからすると、昔の左翼が消滅したように、昔の右翼も保守も消滅したように思えます。そうして、言い方はよくないですが、ちゃらんぽらんな自称左翼、自称右翼しかいないように見えます。ただ分かりません。ぼくはどちらにも興味を失って、どうでもいいやと思ってきましたから。いてもいなくても、どっちでもいいのです。どっちもだめと思っていますから。

 右翼も左翼も、そして保守も革新も、一つの国の中でばらけて溶け合っているんじゃないでしょうか。世界的には資本主義や社会主義、共産主義の区別も、少なくとも経済的な範疇ではずいぶん差異が薄まってきているように見えます。ですから、ひとりの人間の中でも時々保守、時々革新という姿で現れるような気がします。
 現在社会で言うと、死語に近くなった男性的、女性的という言葉、概念もずいぶん薄められてきていると思います。中性的にもなってきています。

 こうなると本当に収拾のつかない未来しか想像できませんが、しかし、核心的なことは、世界全体、あるいはさらに地球全体の幸福という考えに行き着くとぼくは考えます。それが人間の幸福にとって最善であるし、また個人の幸福にとっても最善の道だという気がします。そこを見失わなかったら、多少とんちんかんがあってもいいかなと、そう思っています。


2026年5月14日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「ぼくの詐欺対策」です。

○ ネット記事に、2026年4月における「物価高倒産」は108件発生し、前年同月(71件)から5割増となったとありました。また、過去最高とありましたが、ほんとかどうか分かりません。でも、アメリカとイランとの戦争がありましたから、その影響の波をかぶるというのはあるんだろうなとは思っていました。本格的に影響が出始めたという気もします。
 エネルギー源としての石油不足と、石油関連の製品不足は、いろんな事、いろんな物に繋がるから大変だと思います。物価高、物不足になって一番初めに大きく打撃を受けるのは下層民という気がします。企業の倒産もありますが、ぼくらのような下層民は満足に食料品も買えなくなって、だんだんと飢えて行くとかね、ありそうな気がします。そうならないようにしたいですが、ぼくらだって、自分のことさえどうなるか分かりませんから、あまり力にならない訳です。電気、ガス、水道をあまり使わないようにしようとか、そんなところから始まって、とにかく生活水準を相当に下げて乗り切れるかどうかくらいの思いになっています。杞憂に過ぎなければいいのですが。杞憂に終われば、それこそ目出度しめでたしの気持ちです。

 地震の影もまったく消えた訳でもありませんし、まだきちんと頭に入っていませんが、ニパウィルスとかハンタウィルスの話も聞こえてきます。
 いやいや、世紀末と思うくらいのことが、よりにもよってぼくらの晩年に押し寄せますねぇ。中流以上はなんとかなるんでしょうが、下層ほどダメージが大きく深い気がします。それでも、自分を見ても思いますが、怒らない、怒れない国民性だと思います。陸上にいながら口を塞がれ溺れ死ぬような、そんな最悪の光景が現出しないとも限りません。それぞれに頑張っていきましょうとしか言いようもありません。


2026年5月13日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「因果応報」です。

○ 幽霊国家論2

 ヘーゲルの考えた「倫理的共同体(人倫)」が国家の核心、本質なんだという考えは、ヘーゲルの理想でもあり、希望でもあったんだと思います。学者さん的な考えですよね。具象化し、現実化した国家というものはそこからずいぶん逸脱したものになってしまいます。ヘーゲルが考えたようにはうまくいかなかったと思います。しかしヘーゲルは自分の考えは正しいと思っていたと思います。

 崇高な理念の完成と言えますが、これがいったん現実化されてみると、必ず理念の失敗のように現われます。ヘーゲルの時代の実際は知らないのですが、「倫理的共同体(人倫)」とは似ても似つかない実際の国家のありようだったに違いないと思います。
 後のマルクスやエンゲルスが「共産党宣言」を書いて、その主張は後の社会主義革命、共産主義革命の理論的な土台となりましたが、その理念の結末も同じように失敗に終わったと言えます。
 頭にこしらえた理想や理念と、現実社会にこれを実現しようとする実現化との間には、必ずと言っていいほど大きな隔たりや齟齬が生じます。

 頭で設計図を書いて、これを元に家を建てるのとは似て非なるものがあります。圧倒的に規模が違います。そしてその規模の違いは、頭で修正したり訂正したりして対処できるものではないということになります。
 人間の頭で考えた計画とか設計図とかは、ある程度以上の規模に対するには許容量を大きく超えて、対応できないのだと思います。こうすればああなるというのは頭の中で成り立つだけで、現実世界では、こうしてもそうはならないというのが通常なのだと思います。

 結局人間や人間社会は、頭で考えることを推進力としては前に進み、前に進んでは失敗するということをくり返しています。
 個人の生涯でも同じようではないかなとぼくは思います。割とうまく出来ている人もいるかも知れませんが、なかなかどうして、人の生涯全体を通して考えると、思ったとおりに行かない方が多いのではないでしょうか。それが社会とか国家とか大規模になり集団的となると、もともとがバラバラな個人の集まりですから、うまく行かないのは当たり前だという気がします。

 ここまで述べてきたことは、考えたことをストレートに実現すること、現実化することは難しいのだということだったと思います。
 しかし、失敗は失敗の材料を原因として提供してくれるものでもあります。人間はまた性懲りもなく、提供された原因から考えることをするのですね。今度は、頭で考えたことは実現しないことを前提として、こうしなければああなる、という考え方をするようになるのかも知れません。こんなことを何度も何度も繰り返して、そのたびにまた考え方を変えて、どうにかして理想の実現をしようとするのかも知れません。ぼくにはずいぶんと難しいことになってきました。


2026年5月12日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「解体と再編」です。

○ 幽霊国家論

 ヘーゲルが国家の核心と考えたものは、「倫理的共同体(人倫)」と言うところにある。要は、観念の共同体と言っているのと、さほど変わらない。
 ふつう共同体と言えば、血縁的・地縁的あるいは感情的なつながりや所有を基盤とする人間の共同生活の様式を言う。いわゆる共同体社会、社会共同体のことを言う。この共同体を政治的に掌握、統治するのが国家であり、国家は社会とは別に倫理的共同体(人倫)即ち観念的な共同性で成り立っているとヘーゲルは言っているのである。この要約は勝手なぼくの解釈だが、もしもこういう捉え方でいいというならば、国家の核心、国家の本質は観念的(倫理的)なものだと言うことになる。

 ずいぶん前、ヘーゲルの著作を読む中で、こういう所にさしかかった時、人知れず精神が震撼するという体験したことを今でも鮮明に覚えている。
 要するに現在のぼくの言葉で言うとすれば、国家とは、人々の頭の中に構成された国家の呼び名であり、総称であると言うことになる。
 極端な言い方をすると、幽霊と同じで実体がないというものである。実体がない幽霊なのに怖い怖いと言っているように、国家にはものすごい力があるとぼくらはびびっているのである。ぼくらからすると単なるおじちゃんおばちゃんに過ぎないのに、総理大臣などと言われると途端にびびり倒すという類いと同じだ。
 アイドルも女優も学者も警察官も皆おなじだ。皆おなじく母親の胎内から生まれ、あまり代わり映えのしない幼児期や少年少女期をすごした大勢の中の一人だったに過ぎない。それは本当は、大きくなって職業人となった時でも同じなのだが、人間はそこに共時に観念も呼び込むために、ただの初老に対し、学者や教授として対峙してしまうのである。言うまでもないが、アイドルや女優や学者や警察官という言葉と観念とを排除すれば、そこには年齢相応の男女が立っているだけである。

 人間の社会の特殊性は、この観念の作用の特殊性によるものである。この観念を排除して人間社会を眺めると、ずいぶん違って見えるはずである。他の動植物から見える人間社会や人間個々は、そのように見えている。なんか変な生き物が変な暮らし方をしているなと、それだけである。

 人類の出始め、出自は、元々そちら側に近かったはずである。
 だからどうだと、今は言うつもりはなくて、時にはこういう考え方をしてみることも悪くはないんじゃないかなと、控えめに言っておこうと思っただけである。
 こんなことを考えて益することは何もない。個人の観念の領域が、少し広がるかも知れないと言うだけである。

 本当は、その気になれば吉本隆明さんの「共同幻想」の考え方との接合を展開しても良かったのだが、それだけの元気がなかった。ただ一つだけ言っておくとすれば、吉本さんの国家についての考え方は、冒頭に述べたヘーゲルの国家観から大きな影響を受けたものとぼくは考えている。国家の核心は観念の共同体(共同性)であるという指摘が、吉本さんに刺さったと想像する。
 人間の社会や国家は大きく言って、この観念(幻想)と経済とで回っている。経済の仕組みと、幻想領域の構造をどう捉えるかが、少しばかり前の思想の課題だった。現在の課題がどうなっているのかは、もうぼくらが関知するところではなくなってしまった。でもまだ少し、気にかけている。


2026年5月11日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「集中と分散」です。

○ これまで考えてきて、難しいなあと感じることの一つは老人ホームとか、障害者支援施設とか、そういう、要は人のお世話をする仕事です。そして、そういう仕事に従事すると言うこと。ぼくには出来ないなと思うことの一つがそれです。
 これは逆に見て、ホームの入居者、支援施設に入った当事者はどうなんだろうということが気になります。

 江戸時代までは、いずれの場合であっても、お世話をするのは家族、親戚、それから隣近所を含めた狭い地域内で行なっていたようです。ホームや支援施設というようなものはなく、身内や地域で見守ったり、面倒を見るしか手がなかったとも言えます。全国どこでも、またどの地域でもそうだったとまでは言えませんが、人々は現代よりはずっとおおらかで、年寄りも障害ある人も大事にされていたという記録を読んだこともあります。
 江戸時代の終わりまでは普通の社会生活の中に置かれて、ただし周囲は能力差というものを考慮していろんな意味で大目に見て接することが出来た社会だったようです。

 ぼくはそれが身内にとっても当人にとっても理想に近い形だったんじゃないかなと思います。
 ぼくは現代社会のように仕事として赤の他人がケアすることには、限界があるんじゃないかなと常々考えています。ぼくには出来るという自信がありません。非人間的なほどに自己コントロールが出来る人でないと、ストレスがたまって、限界を迎えることがあるんじゃないかなと考えてしまいます。献身とか、奉仕の精神とかですね。並外れた人でないと保たないんじゃないかという気がします。中には並外れた人がいると思いますが、そうすると今度は、他の従事者に並外れたことを期待するようになると思います。それはまたとてつもない負担になると思います。

 身内の人に出来ないことを、仕事だからと言って無理してやって、従事者にも当人にもよいことは何もない気がします。そういう制度なり組織なりを設計した人は考える人であって、やる人ではないですよね。
 かといって現代は江戸時代と生活様式から環境から違って、江戸時代のように接したり、大目に見ると言うことが出来なくなっています。そういう意味では文明文化の発達は、取りよりにも障害者にも優しくなかったという気がします。建前では優しくと言うことを掲げていますが、実際の所は自分たちが接する余裕も気持ちもなくて、他人にお任せする、隔離する、そういうことになっているんじゃないかと思います。

 これはすぐには解決できないことだと思いますが、江戸時代のあり方は一つの理想に近いあり方だと言うことは、まるきりの理想ではないにしても、考えられる範囲としては考え得ることなのです。


2026年5月10日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「言葉の靴」です。

○ 超常現象について

 つい最近、米国防総省が、未確認飛行物体(UFO)を含む異常現象に関する資料161点を公開したという話題がありました。ぼくは、幽霊を見たことがないから幽霊を信じていないのと同じで、UFOを直接には見たことがないのでまだ信じてはいません。今回公開された資料映像などもまだ見ていませんが、映像や画像だけでは何とも言えません。

 むかし、部屋で寝ていて金縛りにあったことがあります。その際に、視覚聴覚および脳を含む神経系統が混線し、部屋に泥棒がいるという錯覚が起きました。大変リアルなものでした。体も動かず声も出ず、包丁を持った泥棒がこちらを向いたと記憶しています。とっさに殺されると思いましたが、どうすることも出来ません。おそらくそのあと再び寝入ったんだと思いますが、起きてから以後数ヶ月は本当に起こった出来事と思っていました。ただ部屋から何かが盗まれたわけでもなく、物色のあともなくて不思議でした。記憶の鮮明さ、緊迫感とか、全体の迫真性だけが残っていて、何も起きていない部屋の現実とのギャップに戸惑い続けました。

 十数年経って、さすがにリアルさが減少してくると、あれは脳が創作したことだと考えるようになりました。金縛りにあったのは確かなので、金縛りになるほど体も脳も同じように疲れていて、夢よりももっと覚醒状態に近いところで夢と似た現象を作り上げたのだと思います。そんなふうに考えることにしました。それが一番合理的な解釈かなと考えました。
 パソコンによく触れるようになって、パソコンがよくフリーズしたり、誤作動を起こすことを体験し、頭の中、脳の中でも似たようなことが起きているんだろうと類推出来るようになりました。なので、ますます脳内で誤作動が起きたという考えに傾いていきました。

 金縛りの時に見た情景は、緊迫感も非常にリアルで、全体がリアルな感じでしたから、そこに存在したかのように目に焼き付いた泥棒の姿は、幽霊と考えてもよいように思えます。昔から語り継がれている幽霊は、実はぼくの金縛り体験で見たものと同様のことが夢と現の間の状態の時に起きて、それがあまりにもリアルで真に迫って感じられたものと思うのです。まあ、ぼくはそう解釈します。ぼく自身は幽霊話、幽霊体験の話に出てくる幽霊というのは見たことがありません。ですから実際に幽霊が実在するとは考えていないのですが、リアルに泥棒を見たと錯覚した自分の体験と重ねて考えると、泥棒と雪女の違いかなと、そう思います。

 これは人間に起きる超常現象と言えますが、UFO話の元になる光って揺れる物体なども、未確認飛行物体(UFO)というよりは、何らかの自然現象、若しくは自然現象の中の何らかの誤作動めいたものが起こした現象じゃないかと、今のところは考えています。まあ宇宙人説についても、ぼくが見た情景の延長上に解釈可能かなと考えています。ただし、未確認飛行物体(UFO)も宇宙人も百パーセント否定するものではありません。存在しないという確証も今のところは持てていないからです。


2026年5月9日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「時間と空間の相互変容」です。

○ だいぶ以前の教員時代のことですが、黒川郡の教育研究会というものがあり、ある分科会に所属していて近場の縄文遺跡を見学に行きました。縄文遺跡と言っても着いてみると丘の上に畑があり、看板があるだけでした。囲いも何もなくて拍子抜けしましたが、看板の奥の畑を掘ってみると土器の欠片がいくつも出てきました。記憶では、その時も普通に畑として使われている様子で、とてもあっけないような、狐につままれるような、そんな不思議な気持ちでした。
 町では調査した際に主要なものは保管したんだろうと思うし、畑の主は土器片を作業に邪魔なものくらいに考えていたのかも知れません。とにかく、手で掘らなくてもすでに耕された表面に欠片がいくつも見えました。
 今でこそ縄文時代は人類史でも最近の出来事と考えていますが、当時は遥か太古のことと考えていて、土器や遺跡などは地層深くに埋まっているものと考えていました。それが地表をさっと掃いたあたりのところに散乱しているわけですから、びっくりしました。しかも、地域周辺で大きな話題にもならずに、そのようにひっそりとしたたたずまいで縄文土器片が無造作に転がっているだけなのです。それがごく普通の情景のように、何もかもが無造作なのです。ぼくはずいぶんと戸惑いました。

 歴史が好きだったわけでもないし、縄文時代を調べたいと考えていたわけでもありません。なんとなく町の研究会の分科会に所属し、なんとなくの気持ちで見学に出かけたわけですから、その時のそんな有様を見ても何も考えつきません。ただ唖然としただけです。そうしてそれからすぐに興味を持ち調べ始めたというわけでもありませんでした。唖然とし、唖然としたままで、しかし忘れられない記憶になりました。ただ文学好きの人間として、『縄文はほとんど現代の地表に同じか、数センチ下に存在している』と心に呟いた気がします。つまり何というか、ほとんど同時代じゃないか、と言う感覚がありました。時間的に隔てて考えているのは人間だけで、人間の幻想だけがそれをしているんだと思いました。人間以外の動植物は、今も縄文時代そのままに、あるいは縄文時代そのままを生きているんじゃないか。そうも考えた気がします。
 歴史的な時間軸で考えると、縄文時代は遥か以前のことになります。縄文時代の始まりは1万6千年前くらいと考えられています。
 その頃は1万6千年前というと、気が遠くなるような昔と考えていました。邪馬台国の卑弥呼がいたのは千8百年前くらいと言われていますから、1万6千年前というとそこから更に1万年以上遡ることになります。
 仮に冒頭に述べた遺跡が中期から晩期として考えると、四千五百年から二千三百年前になります。いずれにしても紀元前ですし、もし四千年前くらいだと、現在の西暦二千二十六年の倍と言うことになります。

 先述の遺跡はそういう時代の古い痕跡をそのまま地表に残しているのです。つまりぼくらの住む町場から数十分車を走らせたところに、縄文時代の地表がほとんどそのまま残っていたわけです。一方で三百五十キロを南下すると、そこには大都会東京の超高層ビルが建ち並んでいます。つまり日本全体の地表だけを見ると、縄文時代から現代までが横並びに見えていることになります。ぼくはそのように考えてみました。そしてそう考えてみると、事は地表にとどまらず、ぼくらの意識とか心とか精神とかにも、同じような広がりがあるのではないかなと考えて行ったと思います。今日の作は、そうした考えの一部を反映させる形で作ったものだと言うことになります。


2026年5月8日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「生きていても意味がない」です。

○ 締め切りもないのに毎日こうして書いていると、毎日更新、毎日公開が癖になって、とにかくそれ中心に時間があっという間に経ちます。もう5月ですし、3年以上続いていると思いますが、風邪とかコロナとかでも休まなかったと言うことになるでしょうか。なんか分かりませんが、ここまでやってきて、やってきたその途中は苦とも楽とも思えません。苦でも楽でもなかったと思います。
 自分の行動としてはそればっかりになって、毎日、年中、変わりのない日々になっています。なので、ほかに記憶もなくて、同じがぶっ通し続くので気がついたら日が経っていると言うことなのかも知れません。
 つい先日まで寒い寒いと思っていたのに、今日はもう夏の陽気で汗ばむくらいでした。
 年を取ると一日の行動にあまり変化がなくなって、こういうことになるのかなと思います。これでいいような気もしますがよくない気もします。我が家なんかそうですけど、食事だけは妻の担当で、ぼくは洗い物担当でやっています。
 食事の献立を考えるのは大変なようです。毎日毎回頭の中で献立を考えているようです。考えるだけではなくて、煮たり焼いたりの手間がかかります。複雑な過程と処理を通ると思います。そうして料理ができあがります。毎日それだけのことをやっているわけですから、老いる暇がない、老いてもゆっくり進む、そういうことかなと言う気がします。
 一回のうちの一品でも、ぼくも参加させてもらおうかな、そのほうが自分のためになるかなとも思います。この週末、ちょっと話してみようかという気になっています。邪魔だと言われたらそれでおしまいですけど。

○ テレビを見てもSNSでも、おしゃべりしたい人がいっぱいいるように見えます。かく言うぼくも、おしゃべりではないですけど、主張したいことがたくさんあるようです。そしてまた文字にして書き綴ってきました。
 昔は言う人、書く人は、特別な人。才能ある人が言ったり書いたりしていると見えていました。今は裾野が広がって、誰でもが言ったり書いたりして、公開も出来るようになっています。専門でなくてもやれるようになっています。そのぶん、専門色が薄まってきています。

 ぼくみたいな素人がいっぱいやっていて、SNSなどでは石の投げ合いみたいに、言葉をぶつけ合っています。もはや珍しいことではなくなって、全国的にあちらでもこちらでも、いろんな場所で繰り広げられています。さながら合戦のようです。

 その様相から、ぼくは個人的に、日本人の精神構造もだいぶ西洋化されてきたんだなと思っています。
 ぼくから見ると西洋人は戦い好きです。大航海時代の植民地化もそうでしたが、出張って、自分の意志を通そうとする民族という印象です。それから、主に欧米同士の戦いになりますが第一次世界大戦、第二次世界大戦と、すぐに戦争をやっちゃいます。知性のある野蛮人というのがぼくの見立てです。彼らは知的側面でも好戦的です。論理でもって言い負かそうとします。また言い負かすために、さらに緻密に論理を組み立てようともします。資質的にそうなのだと思いますが、どう考えてもその資質は好戦的なところにあると思います。
 日本も西洋文明を取り入れてきましたが、内面的な、精神的なそういう部分というものは、根付かないものだと見えていました。日本的な土着の感性というものと、相容れないところがあったと思います。しかし昨今のSNSの状況などを見ると、ずいぶんと素人論客なども出現して、好戦的にやり合うようになりました。言説の中身は別として、とにかく言い負かそうと口八丁でやっています。ただ、如何せん、日本とヨーロッパがごちゃ混ぜですから、初めから論理が破綻しているものが多いと感じます。西洋になりきれないと言いますか、見ていても歯がゆい部分です。特に人権意識などという部分は、日本型とヨーロッパ型ではずいぶん違ったままだという気がします。そこは根付いていない気がしますし、根付くことが本当にいいかどうかと言うこともよく分からないところです。そういう混乱から新しいパターンが抽出されるといいと思いますが、どうでしょう。分かりません。

 天候、風土、地理、そうしたものの地域性が、その地に住む人々に民族性の衣装なり意匠なりを着せることになるのだと思います。そうしたことを考えると、日本の西洋化も限界があることだと思います。つまり完全にヨーロッパ化することなどないと言えるでしょう。ただ、理念がどこまで血肉化しうるのか、理念という位相のところでは可能なのか、そういう問題もあると思います。

 いずれにしても始まりか終わりか、現在はその過渡的な段階にあり、喧噪が起こるのはやむを得ないんだと言うことかも分かりません。ぼくはそう考えていますけれども、そしてその上で理性的にまた冷静に考えたいのですが、時として阿呆だ、馬鹿だと罵りたい気分になることもあります。


2026年5月7日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「迷走の先」です。

○ 政府は、インテリジェンス(情報収集、分析)の中核機能を担う「国家情報局」を今夏に発足させるそうです。700人規模で始め、そこから増員する予定と言われています。
 そんなことはどうでもよいのですが、日本も大国なのかどうか分かりませんが国が大きくなると維持費が大きくなるようです。軍事費などもそうですが、一方では生産をし続けながらもう一方では生産に伴って蓄積した財などを消費する。そういうシステムになっているようです。

 非生産的な組織が過剰に作られていっていると思いませんか。いろいろあげたらきりがないくらい、公的、また準公的な「・・・協会」などが多いと感じます。そういう物的、経済的には非生産的な組織が、雨後の筍みたいに乱立している。ぼくにはそう見えます。見方によっては非生産的な部門に糧道を提供しているように見えます。いずれにせよ、原資を辿ると税金です。

 生産部門で生み出した利潤から税金が納められますが、その流れ、その先は、非生産部門の方に行ってしまい、生産部門の方には一番リターンがないのではないかという気が、ぼくはします。
 政府が「国家情報局」を発足させようがさせまいがどうでもいいのですが、あまりにも恣意的に税金を使いすぎていないかとぼくは危惧します。国家運営の担当者でもある政府は、共同の幻想を本質とする国家の方にばかり目が向いて、母体としての国民一人一人の現実的な生活が見えていないんじゃないかという気がします。すべてではないとしても、結構な生活苦にもがいている国民はたくさんいるように見えます。母体の部分を弱まらせておいて、何がしたいんだとぼくは思います。何もかもが本末転倒だと思います。
 こうしたぼくらの声は小さくて弱いです。ぼくはそれでいいと思っています。届かなくていいと思っています。生活苦の人々と同じで、ぼくらは思考の貧しさで苦しんでいるわけです。これを口にするのはいやなのですが、なぜ苦しんでいるかと言えば、そこに真があるからだとぼくは考えています。あるいは、言葉の価値はずいぶん見えなくなってきましたが、誠実や正直があるからだと考えます。真や誠実や正直は目に見えません。目に見える姿や形の中には、それらはないのです。それ以外のところにあるものです。

 それらは風前の灯です。ですがぼくは本来の日本人の、また日本の受け継がれてきた伝統の本質的な部分はそういうところだと考えています。ぼくらはそれを受け継いでしまったわけですから、これは絶やさずに行くのがいいと思うのです。ぼくらは、まあ、その瀬戸際にいるんだろうなという感じでいます。取りあえず、まだ続けていけそうな気がします。


2026年5月6日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「非課金のRPG」です。

○ 改憲派と護憲派とどちらでもいいが、要するにそこを議論しているのは主に政治家だったり知識人だったりします。庶民でも井戸端会議的に話す人もいるでしょうが、たいていは上の方でする議論に巻き込まれての話だと思います。
 ぼくはそういう議論は全部相手にしたくないです。改憲派も護憲派も全部です。それはどうしてかというと、どちらも強権力を有する国家というものを無前提、無条件に肯定しているからです。それだと戦争を回避できません。回避できない国家を前提にした議論は、どちら側だろうとぼくには無意味に見えます。
 誰も口に出しては言っていませんが、現在の世界の情勢を目にしている限りは、再び戦争が起きるかも知れないと想像していると思います。外交努力では回避できない事態があれば、やはり戦争は起きる。そう考えているから護憲派も改憲派も声高になっているのだと思います。そこは止揚する考えをとらないとだめだと思います。

 もう一つ言っておくべきことがあります。それはこれらの議論をしている専門家、一般人すべてについて言えることですが、自分は戦場に行かないことを前提に話していると思います。
 憲法は国家の暴走を止める抑止力になりますが、憲法と言えども言葉であり文字です。国家は狭い意味では政府ですから、9条があっても政府が、政府閣僚がみんなでやると決めたらやれてしまいます。最後は人間の判断になります。法律があっても犯罪がなくならないのと同じで、憲法や法律には人間の行動を止める物理的な力はないです。精神に働きかけるだけです。人間の精神は常に理性的ではないです。感情、情動に動かされることは普通にあることです。
 ですから「戦争放棄」の文字だけでは不十分です。護憲派も、そこまでは考えていないと思います。9条が安泰なら大丈夫だと考えているのかも知れません。それを盾に、自分は行かないと考えているのだと思います。
 9条があっても自衛隊も、軍備となる戦艦も飛行機も着々と増強されてきています。そのことを考えたら9条があるだけでは不十分だと知りうるはずです。その補強策、対抗策なるものをこれまで何一つ提示していません。
 9条を守れと言ってそれで済むなら事は簡単です。ですが、先に行ったようにそれでは自分は行かないと主張できるだけのことで、自衛隊員も、あるいは庶民までもが戦場に駆り出されるかも知れないわけです。彼らを9条だけで守れるかというと、述べてきたように最後は人間が判断するわけですから、怪しいことになります。それを考えたらもっと強力な回避策が必要になると思います。大事なのは形の上での代表者、権力者に判断を任せないと言うことだと思います。
 今のところ一番いいやり方が国民全員の意思を反映させるやり方です。それが一番民主的なやり方だと思います。それを憲法に明記する必要があります。一方が自衛隊を明記すると言うことであれば、他方、護憲派はこのことを主張すべきだと思います。それなしの守れ守れは、なし崩しに崩されていく不安を消せないとぼくは考えます。


2026年5月5日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「不穏」です。

○ お知らせ

 nishiyanさんが「水詩(みずし) #26」を「掲示板」にアップしてくれています。スレッド1「掲示板が新しくなりました」の194番になります。是非立ち寄ってご覧ください。

○ 憲法改正について

 全国世論調査を見ると、国民の半数以上が憲法改正を支持しているようです。戦争放棄を定めた9条1項を改正する必要はないという声が多数のようです。また、9条2項を維持して、憲法に自衛隊の根拠規定を追加する自民党案に賛成する、が過半数を超えています。
 個人的には、現憲法では戦争放棄を謳っているのだから軍備を持つ自衛隊はいらないわけで、災害援助等に関わる自衛隊は維持したいものだと考えます。

 自民党案のように自衛隊を明記することになるのであれば、自衛隊を紛争渦中の外国に派遣するかどうかの判断は政府が判断するのではなしに、国民の直接投票で決めるという文言もどこかに入れるべきだと考えます。以前から言っているように、これは思想家の吉本隆明さんが著作の中で述べていたことです。ぼくはこれを支持したいと思います。最終決断を国民が直接投票で行うのであれば、誰も文句を言えないんじゃないかと思います。これは投票のやり方によっても変わるかと思いますが、最重要事項としてこれだけは義務化すると言う方向でもいいかと思います。ぼくはどういうことになっても戦争を否定したいわけですが、タイミングやその時のケースによっては、我慢が出来ない、やってやろうじゃないかと考える人もいると思います。やろうという人と、やりたくないという人と、やはり両方の意見があると思います。どちらの意見の人でも、国民全員の直接投票で決定するとなれば文句は言わないと思います。

 最近の憲法の改正の話し合いを聞いていますと、改正が行われるとなった場合の眼目はここだなとぼくは捉えています。
 もう一つ個人的に考えてもらいたいと思うことは、日本国民の象徴としての天皇の記述の問題です。象徴という言葉が曖昧です。ここをすっきりさせる論議があっていいと思います。すぐに結論を出さなくてもいいし、出せないかも知れませんが、論議としてはあってしかるべきだと思います。

 さて、自衛隊の問題でいつも話題になることは、他国から攻められたらどうするかという話です。これについてはぼくは次のように考えます。つまりどう考えるかというと、毎日のニュースを見てもそうなのですが、ぼくらが生きている社会は百パーセント安心安全な社会ではありません。暴漢もいるし犯罪者もいて、いつなんどき襲われるか分からない社会にいます。すべてを法律や警察や司法に任せて安心かというと、そうではありません。自衛が必要です。日本では銃や刀の所持は原則認められていません。なので、人によっては武術や格闘技を習う人もいます。しかし、たいていの日本人は特に何もせずに日々を過ごしています。他人を信じているというのもあるでしょうし、敢えてつらい稽古をしたくないと考える人もいると思います。
 そういう中でぼくら日本人が一番無意識的に心がけていることは、おそらく、危ないところには近寄らないと言うことだと思います。争いになりそうなことを回避する習性が身についているんだと思います。争いごとを避ける。割とそういうことをし続けてきているんだという気がします。
 世界では通用しないと言うことになるかも知れないのですが、これは日本人の習性の内で、世界に誇ってもよいものだという気がします。武器を持たなかった縄文時代は、一種日本人の誇りのようにも考えられますし、ぼくは武器を持たないこと、争わないことを別の意味で武器と考えて、世界に発信してもよいのではないかと思います。人類の未来に向かっての先進性が、すでに日本にはあるという気がします。
 世界では通用しないというマイナスにではなく、世界の方が日本に倣うべきだと考えてよいのではないかと言うことです。ここを、我々日本は、日本人は、世界に向かって言うべきだし、唯一言えるべきことではないかなと思います。
 大陸およびその他の国からの侵攻に備えて準備した時代もたしかにあります。それによって自衛できたと言うこともあります。しかし現在ならば、前もっての交流や話し合いなどを通じて、つまり外交によって十分に危機を回避することが可能なのではないかと思います。そのための諸外国との交流をやっておけばいいわけです。あるいは逆に距離を置いて、互いに文句を付けようがないように振る舞っておけばいいのだと思います。仮に互いの国同士で気に食わないことがあるとしても、それは実際には政府間同士で気に食わないと言うだけであって、本来は国民同士の仲違いではないはずです。両国民は、そのことをしっかりわきまえておくべきです。政府間同士がだめなのであって、それぞれの自国民は自国の政府に向かってたしなめるくらいの度量を持たなければならないと思います。ぼくらが長く生きて見てきたところでは、偉そうに振る舞っている奴ほど、実際には大したことがないのがほとんどです。それは価値観や幻想の持ち方が違うからそう言えるのですが、客観的に見たり、よくよく考えれば分かるはずです。それは絶対ぼくらの価値観や幻想の持ち方の方がいいのです。社会的な価値観や考え方でよいとされているのは怪しいのです。その上に乗っかっているだけで、ぼくらはそうではなしに、思考の長く暗いトンネルをくぐり抜けて自力で考えてきているのです。世俗的な評価を気にする人は別ですが、そうでなければ、そうでない人たちにはこちらの考えの方がよいということは言っておきたいと思います。日本人は権力を有する人、権威を有する人を、上に戴いて喜ぶ気質の人が多いです。それはアジア的な感性で、ぼくたちの感性の根っこに絡みついています。まだそこを吹っ切ってはいないと思います。ですが論理的に考えると、階層が上に立つものが常に正しいなんて言えないことが理解されるはずです。つまり頭では分かります。心の部分になるとちょっと怪しいのです。ですからそこは頭での理解を採るべきだと思います。そこに立脚するのがよいと思います。そして最終的には言葉です。どんな立場の人がどう言おうとも、最後は言葉の意味と質とを捉えて、言葉の中身によって判断すべきだと思います。冷静によくよく聞いて、あるいは読んで、考えて判断するのがよいと思います。


2026年5月4日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「まだ大丈夫」です。

○ 恋人同士から一緒に暮らす夫婦となり、子どもが出来て家族を形成します。その初期の家族は内向きです。内向きに結束する感じです。内側に閉じようとするんですね。
 やがて子どもが成長すると、子どもは外を向きますから、結束は今度は解体する方向に進んでいくと思います。家族全員がばらばらに外を向く感じになります。
 社会にも、そういう時期があるような気がします。結束する時期と、ばらばらになる時期が交互に訪れるような気がします。結束しすぎてもばらばらになりすぎても、社会においてはどっちも危機かなという気はします。現在はと言うと、ばらばらで解体の途次かなと言う気がします。もっと解体は進む気がします。これ以上進むと社会にとっては危機だと思います。危機ですが、ここまで来ると徹底的である方がいいかなと思います。この解体は全体にとっては絶望であるよりも希望であるという気がします。ぼくにはその力はないですけど、知的な力を持つ人たちは活躍のしどころだと思います。


2026年5月3日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「ぼくの普通ぼくらの普通」です。

○ 意識や幻想と、それに言葉というものがなければ、人間の世界もなんと言うこともない。基本的に、ほかの動物と変わりない生き物のように見えると思う。あるいは肉体の動きだけを見れば、立ったり歩いたり、あるいは何かを食べていたりと、人間種のパターンが見えるだけだ。
 問題はそこに意識や幻想や言葉が加わると、全くの別物になる。様々な動きのすべてに、いちいち意味や価値が付帯する。

 人間は動物的な生き方のほかに、観念的世界、幻想的世界を生きる生き物でもある。これが酷く厄介である。
 上下の観念、貧富の観念、尊卑の観念。それに善悪や優劣などの観念も持つ。実に馬鹿馬鹿しいのだが、人間はそういう観念、想念などを持つがために、それで自分を苦しめたりもしている。考えれば考えるほど、生き物としては変な生き物である。

 ぼくも考えて苦しむことがある。年の功で、そんな時は一時的に観念を捨てる。観念は幻想である。幻想はまぼろしである。意識は実在ではない。ただ人間は実在のように扱っているだけで、これは特殊である。実在のように扱うわけだから、実在でないように扱ってもよいわけだ。なので、ぼくは一瞬だがないものと見なして、それによって心や精神を空っぽにする。そういう詐術を自分に向かって行っている。

 自分という存在の上に、常に観念や幻想が君臨するとやばい。とんでもない世界に連れて行かれる。頭脳と身体の総合としての自分が、うまく観念や幻想を使いこなす主体であればよいが、観念や幻想が主体となって動物的身体を従、二次的なものにおとしめて考えるとやばい。とんでもなく間違うことになる。ぼくはそう考えてきた。原始人を想像するとすぐに分かるが、ほぼ動物的である。人間もそういうところから出発している。つまりその頃には、まだ観念や幻想はしぼんだ状態にあった。それが始まりである。動物的なあり方が先なのだ。観念や幻想はその後に発達した。先輩に対しての後輩である。それが現代ではでかい面をしている。いろいろなことがあってそれが許されているのであるが、もう少し慎み深くてよい。どこまで行っても後輩は後輩なのだから、遠慮があってもいい。そして身体は逆にもう少し威張っていい筈である。現在においても、観念や幻想は身体なしには存在し得ないと考えられているからだ。

 それやこれやで、ぼくは観念や幻想をあまり信用しないことにしている。いざというときにはそれを捨てる。捨てて身軽になって、またゼロから観念や幻想を組み立てればいいと思っている。敗戦後の日本がそれまでの考え方をコロッと変えたように、観念や幻想はいとも簡単に変えることが出来るものに過ぎない。そんなら、いかように考えてもいいじゃないか。身体はそうはいかないが、観念とか幻想とかはそういうことがいくらでも可能だ。そんなものを固く信じすぎてどうする。すべての観念や幻想がそういうものだろう。だったら今はこう思うが、この先は分からぬ、でいいじゃないか。ぼくはだから考えては捨て、考えては捨て、不毛と徒労でいいじゃないかという気がする。

○ 文明を支える技術の発達というのはどこまでも加速して行きそうである。基本にあるのは欲望や好奇心で、現在はそれが解放された状態へと進んでいる。もちろんそれの担い手はほぼ金持ちがやっていて、参加するのも準金持ちたちだと言ってよいと思う。辛辣な言い方をすれば彼らは遊び感覚、博打感覚でやっている。更にいえば、無責任にやっているとぼくは思う。だがそのおかげでと言うかそのせいでと言うか、文明も技術も進歩を加速する。
 その一方で、確実に壊れていくものがあるとぼくは思う。古くさい言い方をするとアジア的アフリカ的な感性や倫理観というもの。それが廃れていくのだと思う。それがまだ主に下層社会には残存している。平場の人間たちはそれを大切にしている。
 これはあくまでもぼくのイメージ図である。その正確度は分からない。だがぼくの中にはそういうイメージが形成されている。

 こうなると上層は革新的で、下層は保守的である。先進性は常に上層が担うが、やがて下層はついて行けなくなるのではないか。更にその先となると、取り返しのつかない分断が起きるのではないかとぼくは妄想する。上層は下層を切り捨て、下層は下層で別の展開を試みようとするのではないか。
 テレビで、若返りや長寿に関しての研究の最先端について紹介する放送があった。そうした研究には知の結集と、知の最先端の注入が見られた。ぼくはそこに人間の知力のすさまじさを感じた。けれども同時に、大きな乖離を感じることにもなった。その場合の乖離とは、ぼくはそれほど若返りや長寿に関心がないなと言うことだった。たしかに健康食品ブームとか、ジョギング、ウォーキングの流行とか、世の中的には若返りや長寿に関心があるようには見える。けれども、それが本当に人々の関心の本流かというとぼくは疑問だ。それらはどちらかというと表面化している部分であって、若返りや長寿に向かう人たちには違う内面があるのではないかという気がしている。それの解決を内面的に行うことが出来ないので、若返りとか長寿とかで解決しようとして向かっている。ぼくにはそんなふうに見える。本当は一次的には内面の問題があるのではないかとぼくには思えるのだ。だとするとそちらで解決すべき事を、別のルートで補おうとしていることになる。
 それから言うとぼくは、先進の知とその結集とは方向性を誤っているのではないかと感じる。一次的なものよりも、二次的、副次的なところに知の力こぶが入っている気がする。そしてそういう傾向はあちこちに散見されるように思えるのだ。まあ逸れもぼくの妄想に過ぎないと言えば言えるので、大きな声で主張しようとは思わないが、ま、個々ではそういうことにして終わることとする。


2026年5月2日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「公的な詐術」です。

○ 物語生成装置(教育・メディア)が多元化したのは、校内暴力や不登校などの影響があり、同時に教育やメディアに対する不信感が高まってきたからだと思う。民間での支援も増す中で、公的にも支援体制を拡大しなければならなくなった。だが、官民での協働支援のどちらにもぼくは積極的に賛同できないと考え続けてきた。なぜならば、そこには病気治療と重なる、現行社会への復帰、送り込みの観念が底流しているからだ。
 現行社会に適応するための支援。それは特に日本の近代化に伴って必要とされた。新しい国造りのために、それを補助する体制が必要とされた。
 日本近代、つまり明治維新から今日の現代日本まで、国の指導者たちが懸命に行ってきたことは外国に対する我が国の強固な国家体制造りである。国家の方針、目標に向かって国民を変え、もって育成することである。
 国民の実態に合った、国民が望むような国家を作り上げることではなかった。全くベクトルが逆向きである。

 その思想、その観念は、戦後八十年を過ぎた今も同様である。戦後の新憲法の精神は、古い保守層の精神とはどこかで相容れないところがある。それが最近の憲法改正の流れにも底流する。

 簡単に言うと、公私の公を優先する考え方、思想である。これが今なおゾンビのように生きている。生きていて復活しようとしているとぼくは考える。

 つまり依然として大きなものが大事に考えられている。数が多いもの。公的なもの。そういうものを優先するために、妨げになるもの、障害になるものを、主となるものから遠ざける、外に追いやる、それが当たり前だという考えが日本人の精神の根っこには絡みついている。そして最悪であることは、誰もそのことに気付いていないと言うことである。逆に、よいことをしているつもりになっている。一例としては、障害を持つ子には個別の環境で支援する方が力がつく、という考え方だったりする。
 これは典型的な例だが、よくよく考えるとこの考えの底には、現状の社会はそのままに、それに併せて子どもを変えよう、作り上げようという考えしかない。これは日本人一億人すべての考え方である。我々にはそういう考え方が根っこにある。土着の感性、土着の思想というものである。この主観を客観視できないで来た。文明は近代化から現代化へと順調に進んだ。だが、ぼくたちの精神は近代を超えていない。後進的なアジアの感性が染みついたままだ。本当の個人主義と民主主義が根付いていないんだと思う。ぼくらはそういう教育を受けて、そういう方向に徹底していくのがふつうかなと考えている。それを実現した上でその先を考えたいと言うことだ。だがその実現は甚だ難しい。そうこうしているうちに三陸沖や南海トラフなどの巨大な自然災害が起き、国と社会と一からの立て直しが必要になるかも知れない。それに一縷の期待を託す人もいる。ぼくも、そういう時に一人の「正人」が出現してくれたらと期待する。ぼくなんかでは全然力不足なのだ。


2026年5月1日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「更新と改良」です。

○ ぼくは一年中ゴールデンウィーク

 一昨日の29日はゴールデンウィーク初日の「昭和の日」と言うことでした。忘れていました。と言うか、ぼくには実感がありません。ぼくなんかは1年を通してゴールデンウィークみたいなものですから、どうと言うこともありません。かえって街場も海や山も人出で賑わって、煩わしくなるなという感じです。道という道には車があふれます。こちらはスーパーへの買い物などにも煩わしさを感じ、億劫になります。でも食料品は買いに行かないわけにも行かず、渋滞しがちな道に乗り込んでいかないわけにもいきません。
 高齢者にはGW特別補助金でも出せばいいのにね。そうしたら元気溌剌、喜んで湖畔公園なんかに出かけるのに。
 まあそんなことはないわけですから、引きこもります。引きこもってテレビを見たり、PCでYoutube動画なんかを見ることになります。飽きたらたぶん目を閉じて1時間くらい仮眠です。
 おもしろいですね。最近は睡眠も浅く、短く、反動で、覚醒も浅く短くなってきているようです。もっと言うと、起きているのか寝ているのか区別がつかないくらいになりそうです。たぶん年取って筋肉が緩んでくるように、精神の方も負けずに緩んで行くみたいです。なんと言いますか、すべての境界が曖昧になり、溶け合って、それから視覚、聴覚などの感覚も分離・分化以前に退行して、原始帰りして行き、そしてさよならと言うことになるのでしょう。面白いですね。一部始終に立ち会って観察したいものです。そしてそれを記述できたらいいのでしょうけど、まあまだまだ無理でしょう。意識したことをコンピューターが拾って、自動記述できるくらいになれば可能かも知れません。ギリギリまでね。でも当人にはあまり意味あるものにはならないでしょう。他人が読んで、面白いと感じるくらいでしょうね、きっと。


2026年4月30日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「上陸の先陣」です。

○ ニュートラルに世界を見る

 無職で遊べるほどの年金でもないから、ちょっとした引きこもり状態で毎日暮らしている。こうやって暮らしてみると、案外引きこもり生活は悪くないと思う。幸福でも不幸でもない、ごくふつうのことという感じになる。
 これを孤独だ、寂しい人生だと捉える考え方もあるだろうが、実際にこうやって暮らしていると、そういう外部にあるだろう共同幻想を幻想として思い浮かべることがちょっとした支障に感じるだけで、それがなければ何の問題もない。
 ぼくを襲うのは社会でも社会の偏見でもない。自分の中の共同性についての幻想である。分かりやすく言えば、自分の中に形成された社会常識、それは共同幻想でもあるけれども、そういうものが責め立てるように自分自身を取り巻くのである。そしてそれが金縛りのように、自分を縛ることになるのである。世間や社会が縛りに来るのではない。自分の中の世間や社会と考えている幻想が、自分を縛る。
 金縛りは意図せずに体が硬直して動かせなくなる現象だが、睡眠中に脳神経の内部にずれが生じてそうなる。つまり自分の身体のメカニズムによって生じている。精神においても自分で自分を縛ることはあることなのである。

 誰かが金縛りにあっているとして、側で見ている人には寝ているとしか見えないはずである。
 孤独な人生だ、寂しい人生だと思っている人は、想念としてそう思っているのである。しかし、よくよく考えてみると、ひとりで生きていることがすべて孤独で寂しい人生かどうかは分からない。ぼく自身、ずいぶんそういうことを考え悩んだりした経験も多いのだが、結論としては、そういう時はそう考えなさい、そう感じなさいと教えられ、学んだ結果だという気がする。生まれた時にそんな考えはない。
 世の中の通念としてそうなっているけれども、実際に社会とのしがらみが薄れた状態になってみると、これが意外と快適に感じられたりする。しかし、まるっきりそうかというと、社会通念が侵入してきて、これではだめなのかも知れないと考えることもしばしばである。ただ、そうなった時はなった時で、ぼくはそうした想念を棚上げにしたり、単なる想念、思い込みに過ぎないとして頭の外に追い出すことにしている。つまりそういう知恵や技術を身につけてきた。そうして心や精神を平らな状態にして、自分の有り様を更に客観視するように努めている。

 ぼく自身は自己否定したり自虐をよくするタイプだった。それはそれで大変だった。だが最終的には、孤独とか引きこもりについて、何の問題もないと考えられるようになった。多少生きにくさもあるかも知れないが、ぼくはこの年まで生きて来れたので十分である。ただしちょっとした手違いとかタイミングとかで、生きていけない状況に追い込まれる可能性はゼロではなかったかも知れない。そんなことを言ったら誰でもそうだし、今は、いつか死は受け入れなければならないものだし、それは誰もがそうなのだと考えるようになっている。孤独や引きこもりは早く死ぬと限ったものではないし、不幸であると決めつけることも出来ないものだと考えてもいる。要は、そういう決めつけを全部跳ね返すべきだと、ぼくはぼく自身の中で考えている。このことに対する共感はあってもなくてもかまわない。ぼくはそう思っている。ニュートラルに生きたいし、ニュートラルに世界を見たいという気持ちは強い。


2026年4月29日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「生涯と仕事」です。

○ 後発地震注意情報解除

 北海道および東北の太平洋沿岸部に出されていた後発地震注意情報は解除されました。解除されたからと言って来ないというわけではないので、引き続き注意して、と言うことだった。
 日本には昔から「地震、雷、火事、親父」と言う言葉がある。一般的に怖いものと思われていたものを言ったのだと思うが、順番から言って「地震」が一番に怖がられていたものだろう。中学の頃に一度、体育館にひびが入るくらいの地震を経験して、それを記憶している。そのほかにあまり記憶に残る地震は経験がない。かえって大人になってからの方が大きな地震に遭い、怖さというのを実感した。
 今思うと「地震、雷、火事、親父」とはよく言ったもので、その通りだと思う。順番に間違いはないという気がする。一つ、現代の「親父」はどうかなあと少し疑問に思う。あまり怖いという印象がない。おしなべて優しくなったという気がする。たぶん江戸時代に使われたものだろうから、そろそろここから外した方がよいかも知れない。
 また、おそらく現代の人に怖いものを聞いたら、全く別物になるかも知れない。もっと日常、怖いものがあるかも知れない。
 ぼくはと言うと、やはり「地震、雷」は外せない。雷が近づいてきた時の、あの「ドロドロ、ドッカーン」は、今でも耳を塞ぎたい。現代にももっと怖いものはあるのだろうが、現役世代ではなくなったことと、怖いものから回避する術を身につけたのであまり思いつかない。人知を超えた地殻変動などの自然現象の方が、予測しにくいこともあって遥かに怖い。
 おそらく地球史の中でも現在は特別の安定期にあるのではないかと思う。ぼくのこの考えには根拠はない。漠然とそう考えているだけだ。それでも時々大地震なども起きるわけで、これが地殻変動などが活発化する活動期に入ったりしたら。人類はいとも簡単に滅亡することにもなり得るのだろう。ぼくらは賢くなって、そういうことも理解するようになった。江戸時代には半分ぼけやしゃれで言うのだろうが、地下に巨大ナマズがいて大暴れして地震が起きるなど言うこともあったそうだ。そういうのは何かゆとりがあるように思えて、いいなあ、羨ましい時代だなあと思う。知識や知恵がついてきた現代では、各局のテレビは注意喚起に一生懸命でゆとりも遊びもない。CMも隙を見て流さなければならないし、大変だ。
 一斉にそうしているんだが、実際に、注意情報に反応するのは国民の3割弱だそうだ。あまり効果が期待できない。これも政府の政策などに似ていて、効果がないことを一生懸命やる。ぼくはこれをアリバイ作りとみて、政府もテレビ局も「やってるふり」が大事なので、やっているようにしか見えない。調査した人数の2割から3割しか
まともに聞いてないんだから無意味に近いだろう。こういうことをずっと続けるのは策がないと言うことだ。無策を続けられてもねえ。そんなことは聞きもしねえ、と言うことを前提して策を講じなければ。ちなみにぼくは家屋の倒壊を覚悟しています。生き残ったらどうするかとなると、成り行きに任せますの一択です。この年で泣かなければならない事態に遭遇したら、泣きます。以上。それよりも何よりも早急に物価高を鎮圧する政策を願いたいです。お願いします。


2026年4月28日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「老後の精神も波瀾万丈」です。

○ 幻想域を巡ってのメモ

 ここ5日間で、憲法、国家、共同幻想と、コパイロットのまとめを紹介してきました。「共同幻想論」は吉本隆明さんの著作で、後半はそちらの方に流れて行きました。吉本さんは文学者で思想家ですから、知的幻想の専門家と言っていいと思います。20世紀は戦争に、革命に大暴れした世界の各国家ですが、知識ある人たちは国家権力の暴走について憂慮するとともに関心を持たざるを得なかったと思います。吉本さんもそのひとりでした。
 ぼくは戦争や国家についての考え方を、吉本さんから強く影響を受けたと思っています。そして国家の本質は共同幻想だという考え方が、とてもいい考え方だと思っています。それだけです。それ以上の考え方はぼくには出来ません。
 幻想だというのは想念や想像、言ってしまえば意識上に展開されるものです。つまり実体としてはないものですが、意識上では実体を持つかのように見なされています。この幻想性は人間的なもので、誰にも備わっていると思います。ですが、四六時中幻想と向き合う専門と言える人たちがいて、それは庶民、大衆とは異なる人たちと言えます。そういう人たちは分かりやすく言うと頭脳活動中心の人たちで、肉体活動中心の人とは違います。そしてこの頭脳活動中心と言うことは、幻想領域の中で多く活動する人たちと言い換えられます。

 ところでぼくがここで何を考えているかというと、国家を設計したり、それに基づいて実際に運営したり協働したりする人たちと、これを批判したり異議を唱えたりする人たちとはみな、幻想領域に住まう人たちだと言えば言えます。そしてその中でも、他者からの評価を得る人たちだけが、考えたり論じたり実行したりしているんだと言うことになると思います。この構造を、ぼくはとても不可解に思っているのです。そして不可解だということが言いたいのです。
 そして、そうした周辺の幻想性もどんどん高度で複雑になっていますし、よりいっそう大衆や庶民からはかけ離れて行かざるを得ないように進んでいくものと思われます。国を左右する問題が、平場の国民の手の届かぬところで、一部の専門性を持った人たちだけで決定していくわけです。そして最終的には、知識、人格、倫理観などで他者から多く信頼された人が決定権を得て決定していきます。

 これがぼくには本当によく分からないことなのです。国でも社会でも世の中でもいいですが、一部の頭の活動を得意とする面々が、その進む方向にコミットできるというあり方や構造が、旧態依然として継続しているのがぼくにはよく分からない。
 ぼくらも国民ですから主権者のひとりで、ぼくらの考えが国家の行方に反映されてもいい筈ですが、実際には何一つ反映されていない気がします。ぼくがそうですから、庶民、大衆の考えの直接的な反映は皆無だとみてよいかと思います。そうしますと、単純に言うと、頭がよい人、知的レベルの高い人、幻想性が豊かに富んだ人、そういう人でなければ、国や社会や世の中のあり方について、現状は参加できず除外されてしまうと言うことになるのではないでしょうか。それはぼくにはとても不可解なことです。だから、どうしてそうなのかをよくよく考えたりしてきたわけですが、いまもってよく分かりません。国や社会の行く末について、今も昔も、一定レベルの知的エリートだけの頭で決定されて行く。そうであれば、知的に歪んだ国や社会や世の中になることは目に見えていると思うのですが、どうでしょう。それで正解なのかどうか。ぼくには全然そうとは思えないです。一部の知的エリートが社会を作って行く、リードして行く。そうすると、どうしたって知的重視、知的偏向、知的偏見、そうしたことがまかり通ることになるのではないでしょうか。極端な言い方をすると、「知的にあらざれば人にあらず」みたいな、乱暴な世の中になって行くのではないでしょうか。ぼくはそういうあり方はいやです。
 知的であることをいやなのではありません。知的な者たちが君臨することがいやなのです。そこには格別の理由も根拠もないのです。放っておくとそうなるという、自然の摂理に過ぎません。知の頂に登り詰めたら、そこに居座って他を采配するのではなしに、ただ非知に向かって降りていかなければならないと思うのです。知の課題からする本当の着地点はそこです。今の世の中は、そうではない知的幻想の持ち主たちであふれています。だが幻想は所詮まぼろしなのです。科学化された神であり、宗教に他ならないと思います。


2026年4月27日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「ぼくは好きなんだけど」です。

○ コパイロットに聞くD

 コパイロットから、「現代日本の共同幻想はどの段階にあるのか?」を調べましょうかと誘われ、それに乗っかることにした。以下はその問いに対するコパイロットの応え。

結論:現代日本の共同幻想は、吉本隆明の枠組みで言えば「解体が進みつつも、完全には崩れず、複数の新しい幻想が並立する“再編・過渡段階”」にある。
 
1. なぜ「再編・過渡段階」と言えるのか
 
吉本隆明の共同幻想論では、国家の共同幻想は
自明性の強固な段階(=国家が“空気”のように信じられる)
自明性の揺らぎ(=信じる理由が問われ始める)
解体・再編(=別の物語が国家の正統性を争う) 
というプロセスを辿る。
 
現代日本は、このうち 「自明性の揺らぎ」から「解体・再編」へ移行している最中 と考えられる。
 
2. 現代日本で自明性が揺らいでいる領域
 
● 家族幻想(対幻想)の変容
吉本が重視した「家族幻想 → 共同幻想」という連鎖が崩れつつある。
非婚化・少子化
家族モデルの多様化
 
共同体の縮小
これにより、国家を支える情緒的基盤が弱体化している。
 
● 国家物語の希薄化
戦後日本を支えた「経済成長」「中流幻想」「安全神話」などの物語が説得力を失っている。
代わりに、国家を統合する強い物語が見当たらない。
 
● 権威の分散と“信じる対象”の細分化
SNS・ネット空間の普及により、
国家
マスメディア
教育
といった従来の“幻想装置”の権威が低下し、
小規模な共同幻想(コミュニティ、推し文化、陰謀論、サブカル的世界観)が乱立している。
 
3. しかし「国家の共同幻想」は消えていない
 
吉本の重要な指摘は、
共同幻想は“消える”のではなく、“別の形に変容する” 
という点。
 
現代日本でも、以下のような新しい共同幻想が台頭している:
 
● 安全・安定への希求としての国家幻想
災害、パンデミック、地政学リスクの増大により、
「国家による保護」への期待はむしろ強まっている。
 
● “普通の生活”という共同幻想
政治的イデオロギーよりも、
「平穏・安定・生活の維持」 
が最大の共同幻想として共有されている。
 
● 文化的ナショナリズムの静かな増幅
露骨な国家主義ではなく、
日本文化への誇り
日本的価値観の再評価
 
“日本らしさ”の肯定
といったソフトなナショナリズムが広がっている。
 
1. 総合すると
 
現代日本の共同幻想は:
旧来の国家物語は弱体化
家族幻想の変容で基盤が揺らぐ
権威の分散で幻想の統一性が失われる
しかし国家への依存や文化的ナショナリズムは残存・再編される
つまり、
「解体」と「再構築」が同時進行する“過渡期” 
にある。

 現在の日本国家の周辺状況が的確に指摘されているように思える。コパイロットが整理したものだが、概ね吉本さんの見方考え方がそのまま踏襲されているとみてよいように思われる。ぼくの状況把握はもっと荒く、稚拙でもあるが、コパイロットにうまくまとめてもらったようが気がする。現在の日本国家が「解体」と「再構築」が同時進行する“過渡期”にあるというのは、その通りだと思う。
 ここでは主として国家について、「解体」と「再構築」が同時進行する“過渡期”にあると指摘されているわけだが、ぼくは家族や個人についても同じように「解体」と「再構築」が同時進行しているんじゃないかなと考えている。言ってみれば、それは全幻想領域において同じ現象が進んでいるのだという気がしている。

 ここで言われていることの一つに、“幻想装置”としてのマスメディアや教育(学校)という指摘がある。これらは国家社会の共同幻想の強化、集中、権威付け、自明のように信じるための動機付け、などなどの働きを担って来ている。
 例えば、ぼくは最近NHKの朝ドラや大河をよく見ているが、そこでの物語は視聴者の共同幻想への何らかの働きかけであることがよく分かる。大河ドラマは特にそうだが、歴史上の権力者がよく登場し、彼らがおしなべて民衆思いの統治者であるように描かれる。これが良いとか悪いとかが言いたいのではない。そういうことで無意識に何が進行しているかというと、視聴者の権力構造への理解と参加が促されているのだ。そしてそれは意図せずに(とぼくは思うが)、国家的共同幻想の再編成や強化に結びついている。つまり一方では常にこういう流れがあり、他方ではまたSNSやネット空間を中心に共同幻想を解体する流れがあり、現在はそれらのせめぎ合いが拮抗している。
 コパイロットは解体と再編が同時進行する過渡期と言っているが、まさにそうであって、世の中がバラバラで騒然としているように見えるのはそのためであるとぼくは理解している。

 取りあえず現状こういうことだと言うことを頭に置いておけば、日々の生活であまり誤りなくやっていけるのではないかと思う。出来れば幻想領域に距離をとって関わらないのが一番だが、ぼくのようにそうも行かないという場合は上記のこと、つまり吉本さんの共同幻想の考え、そしてそれに関するコパイロットの整理なども一つの参考になるかと思う。
 枯木も山の賑わい。過渡期だけにいろいろな考えが生まれては消滅を繰り返す。枯れ木にならぬよう、焦らず、居丈高にならず、それから萎縮することもなく淡々と歩いて行ければと思う。

 「コパイロットに聞く」は、今日のこれで終わりにします。また別のことで尋ねることがあるかも知れないですが、今のところは何の予定もありません。


2026年4月26日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「どこまでも人間的」です。

○ コパイロットに聞くC

 「国家の共同幻想はどのように解体・変容しうるのか」を深めてみるかというコパイロットの提案があったので、これを了承したら以下のような記述が返ってきた。

国家の共同幻想は、絶対的なものではなく、歴史的条件・感情構造・制度の変化によってゆっくりと、しかし確実に解体・変容しうる。吉本隆明の議論と現代的視点を統合すると、そのメカニズムは大きく三つに整理できる。
 
1. 共同幻想が解体・変容する基本メカニズム
 
@ 共同幻想の“自明性”が揺らぐとき
吉本は、国家とは「人々が信じるから実在する幻想」であり、その力は自明性(疑われないこと)に支えられているとする。
しかし、歴史的にはこの自明性はしばしば崩れる。
 
敗戦による価値転倒 
戦前の天皇制国家が、敗戦とともに急速に信憑性を失った例は典型的。
吉本自身も、軍国少年として信じていた価値が一夜で反転した経験を出発点にしている。
 
国家が国民の“感情構造”を裏切るとき 
国家が暴走し、国民の生活実感や倫理と乖離すると、共同幻想はひび割れる。
吉本は、戦争期の「国民が自ら進んで洗脳される流れ」が不可逆的に崩れる瞬間を重視した。
 
2. 共同幻想を支える“対幻想”の変質
 
吉本の独創は、国家の基底に対幻想(家族・性・親密性の幻想)を置いた点にある。国家は、家族的な情緒の拡大として成立する。
したがって、以下の変化は国家の共同幻想を弱める。
 
家族モデルの変化(個人化・多様化) 
家族の形が多様化すると、国家が「家族の延長」として想像される基盤が弱まる。
 
親密性の価値の変化 
共同体より個人の幸福が優先される社会では、国家への情緒的同一化が低下する。
 
これは、吉本が「国家の起源は非合理で情緒的である」とした議論の延長線上にある。
 
3. 共同幻想の“物語”の書き換え
 
国家は物語によって維持される。
その物語が書き換えられると、共同幻想も変容する。
 
@ 歴史叙述の変化
天皇制の「自然消滅」を吉本が楽観したのは、歴史叙述が変われば共同幻想も変わると考えたため。
 
A メディア環境の変化
国家が独占していた物語生成装置(教育・メディア)が多元化すると、共同幻想は一枚岩でなくなる。
 
B 新しい共同幻想の出現
国家に代わる物語(市場・人権・地球規模の課題など)が強まると、国家幻想は相対化される。
 
4. 共同幻想は“消滅”するのか
 
吉本は、国家の共同幻想は完全には消えないが、相対化されると考えた。
国家は依然として制度として残る
 
しかし、かつてのように“神聖視”されることは減る
個人幻想・対幻想とのバランスが変わることで、国家の拘束力は弱まる
つまり、国家は「絶対的な幻想」から「相対的な制度」へと変容する。
 
5. まとめ
 
国家の共同幻想は、以下の三つの力によって解体・変容する:
 
自明性の崩壊(歴史的転換・国家の失敗)
対幻想=家族・親密性の構造変化
国家物語の書き換え(歴史・メディア・新しい価値)
 
吉本の視点は、国家を“制度”ではなく“感情と物語の装置”として捉える点で、現代のナショナリズム研究とも響き合っています。

 軍国主義化によって一つにまとまっていた日本は、やがて敗戦を迎え、民衆の心は今度は経済成長に向かって、同じように一つにまとまって進み、高度経済成長を成し遂げた。しかし、そのあげくに、今度は経済戦において第二の敗北を体験することとなった。一世紀の中で、二度の敗戦であり敗北である。
 ただ二回目の敗北である経済戦の敗北は、原爆を受けての敗北とは違って、見かけは低迷や停滞のように緩やかに下降、沈下するものであったために、誰もがこれを敗戦と捉え得たわけではない。だがこれによって日本全体がまとまりをなくし、
個人、家族、地域、国家社会はバラバラで統一性を失い、よって国力も下がり続けてきている。
 このことに敏感に反応し始めたのは政治的保守層で、求心力ある国家再生の道を探ろうとしつつ、これを強力なトップダウンを志向する政治家に求めようと動いている。これは逆に言えば、保守層にとって、現在の日本国家が危機的状況にあると捉えているからこその動きだと言える。

 コパイロットによる吉本の「共同幻想論」からの解説は、簡単に言うと国家の弱体化は必然的な流れであるかのように捉えているし、吉本の考察はその必然を構成する要素を的確に捉えての考察であるように思える。
 これを政治的保守層が危機と捉え、回避策を講じたとしても、吉本の指摘するところからはそんなことでは回避できるものではないという事が見て取れる。

 つまり、いずれにせよ、日本国は過去にあったような一枚岩の強い国家には戻れないのである。個人重視の価値観が徹底してきたからとも言えるし、大衆の知的水準が高くなってきたからとも言えるし、家族が崩壊しながら依然として家族の形態を保っているように、国家も内側から崩壊しながら当分制度的な国家は残存するだろう。たぶん、ぼくら国民は自己の自立を考えるとともに、家族をどう成立させるか、どう形成するかに心を砕くだけで精一杯になるだろう。国家の問題は直接国民の問題になることはない。国力低下を心配する政治家たちとは別に、二の次の問題としてしか考えようがないからだ。国家の二千年にわたる立居振舞が、結果的に国家の現在と未来に収束していくと言えば言えそうに思える。国力が弱まっても、個人は自立と自由に向かって、個人としての人間力を高めていくのである。ぼくらにとって、それはぼくらが困ることではない。


2026年4月25日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「甘いものが欲しくなる」です。

○ コパイロットに聞くB

 昨日は国家の本質について応えてもらいましたが、国家の本質というと吉本隆明さんの「共同幻想論」が有名ですし、思い出してしまいます。そこで今日はコパイロットが吉本さんの「共同幻想」をどう捉えているのか、それを尋ねてみました。「吉本隆明の「共同幻想論」と国家の関係」と問い、それへの応答が以下になります。

吉本隆明の『共同幻想論』において、国家とは「人々が共有し信じることで実在化する巨大な共同幻想」であり、その起源は家族=対幻想の拡大にあるとされます。国家は合理的制度ではなく、感情・信仰・禁忌・物語が凝縮した“幻想装置”として成立する、というのが吉本の核心です。
 
1. 国家=共同幻想という吉本の国家論の核心

吉本は、国家を 機能的制度(法・行政・暴力装置)としてではなく、共同幻想の凝縮体 として捉えます。
国家は「作られたフィクション」でありながら、
多くの人が信じることで現実以上の力を持つ。
国旗・国歌への敬意、愛国心、法への従順などは、
共同幻想が個人の行動を規定する典型例。
 
この視点は、国家を合理的契約の産物とする社会契約説や、階級支配装置とするマルクス主義国家論とは根本的に異なります。吉本は、国家の起源を 非合理・宗教的・感情的な領域 に求めたのです。
 
2. 「対幻想」から「共同幻想」へ──国家の起源

吉本の独創性は、国家の起源を 家族=対幻想 に置いた点にあります。
対幻想:兄妹・姉弟・夫婦など、一対の関係に生じる幻想
共同幻想:三人以上の集団が共有する幻想(国家・宗教・法)
吉本は、兄妹・姉弟の対幻想が婚姻を通じて外部へ拡大し、
氏族 → 部族 → 初期国家 へと発展すると論じます。
 
この「対幻想の拡大」という発想は、国家を血縁的・情緒的な基盤から説明する点で、西欧の国家論には見られない独自の理論です。
 
3. 国家はなぜ人を拘束するのか

吉本は、戦争体験から
国家は個人の意志を超えて暴走し、個人を拘束する力を持つ 
という問題意識を持ちました。
その理由を、国家が「暴力装置」だからではなく共同幻想が人々を“自発的に”従わせるからと説明します。
 
人々は国家を信じ、国家に自ら同調し、時に自らを犠牲にする。この「信じる力」こそが国家の本質であり、共同幻想の力です。
 
4. 国家の非合理性と宗教性

吉本は、国家の根底には 宗教的構造 があると見ます。
禁忌
祭儀
原罪意識
死の物語化
 
これらは『古事記』や『遠野物語』の分析を通じて示され、
国家が 物語・儀礼・恐怖・崇拝 によって成立することを明らかにします。
 
5. 共同幻想からの自立

吉本は、国家を否定するのではなく、
国家を幻想として意識化し、距離を取ること を目指しました。
共同幻想を絶対視せず、
個人幻想(創造性)を基盤に共同幻想を批判的に再構成する 
ことが、現代の課題だとします。
 
◆まとめ

国家は制度ではなく 共同幻想の結晶
起源は 対幻想(家族)→共同幻想(国家) の拡大
国家の力は 信じる力=幻想の力
国家の本質は 非合理・宗教的・物語的構造
重要なのは 共同幻想を相対化し、個人幻想を確立すること


 吉本さんの国家論(「共同幻想論」)は、国家についてすべてを言い尽くしているわけではありません。西洋の社会契約的な国家論も、あるいはマルクス主義的な国家論もそうです。現在までのところは、コパイロットが指摘するように、大きく4つくらいの説にまとめられ、互いに補い合う部分を持っていると考えてよいかと思います。

 この中で吉本さんの説は西洋的発想にはなかったユニークな説だと言うことは出来ます。また、アジア、日本とみても、西洋のロジックに対する根源的で普遍的な国家論というものを唯一提示できた希有のものだと思います。日本における吉本さん以外の国家論は、西洋のロジックをベースに、その上で語られることがほとんどです。こう言うことができたのは、日本では江戸時代の安藤昌益と(国家論ではないですが)、あとは吉本隆明さんだと思います。そのことの何が優れているのかというと、自分たちの住む地域、風土、そういうところをほっくり返し耕すようにして思想を形成していったところにあります。つまり独自で独創的な営為です。多少材料的なものは外のものを利用しているとは言え、土壌を掘り返す道具は自分の手で拵え、それでもって自分で掘り起こしをしたと、ぼくには見えます。この二人以外は道具から工程から、すべて中国やヨーロッパからの借り物でやっています。そこにはちょっとした食い違いが起こるのです。日本は中国でもヨーロッパでもありません。

 上記のことは面倒なのでここでは省きます。
 もう一つ言うとすれば、吉本さんの国家論のアイデアは無理矢理ヨーロッパのロジックに紐付けると、ヘーゲルの影響があると思います。観念なんだよと言うところがヘーゲルの考えにあって、そこから幻想領域の問題だと展開していったように思われます。そこにヨーロッパとの接点はあるわけです。ですから吉本さんの独自性といっても、何の根拠もない勝手な思い込みの論とは違い、普遍性に届いた考察と言えると思います。

 コパイロットの応えはコンパクトで、吉本さんの国家論、「共同幻想論」のまとめ方として、おおむね首肯できるものになっていると思います。ぼくにはここまでの力はありません。なので、AIの力はすごいと思います。
 今日はこれで「共同幻想論」の概略をつかんでもらえれば、それでよいと思います。明日はまたこの続きと言うことでコパイロットに次なる問いかけをしていこうと思います。


2026年4月24日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「一つの生命」です。

○ コパイロットに聞くA

 昨日に続き、今日は「国家の本質とは何か」についてコパイロットに尋ねました。以下がコパイロットからの返答です。(黄文字)

国家の本質とは、 
「特定の領域と人民に対して、主権的な公的権力を行使し、社会を統合・調整するための政治的組織である」という点に集約できます。
 
◆ 国家の本質(核心)
国家の本質を構成する要素は、複数の政治思想・法学的伝統に共通して次のように整理できます。
 
主権(sovereignty) 
国家は外部からの干渉を受けずに、自らの領域・人民を統治する最高権力を持つ。
領域(territory) 
明確に画定された土地・水域・空域を持ち、その範囲でのみ法が有効に作用する。
人民(population) 
その領域に属し、国家の法的支配を受ける市民・住民の集合。
公的権力(public power) 
立法・行政・司法という制度化された権力装置を持ち、社会秩序を維持し、公共目的を実現する。
 
これらは国家を国家たらしめる最低限の構造であり、歴史や文化が異なっても共通して見られる特徴です。
 
◆ 思想史的に見た「国家の本質」
国家の本質は、思想家によって異なる角度から定義されてきました。
 
● ヘーゲル:国家=倫理的理念の現実化
ヘーゲルは国家を「倫理的理念の現実態」と捉え、個人の自由が普遍的秩序の中で実現される場とした。 
国家は単なる治安維持装置ではなく、個人の主観的自由と普遍的意志が統合される最高の共同体とされる。
 
● 近代政治思想:国家=社会契約の産物
社会契約論では、国家は自然状態の不安定さを克服するために人々が合意して作った公共の安全装置とされる。
これは現代の「国家は公共の利益を守るための組織」という理解につながる。
 
● 現代政治学:国家=政治システムの中心
現代の政治学では、国家は社会を統合し、法を制定し、公共サービスを提供する制度的枠組みとして理解される。
 
◆ 国家の本質をめぐる比較
 
法学     主権・領域・人民を持つ公的権力の組織
社会契約論 安全と秩序のために人々が作った合意装置
ヘーゲル     個人と普遍の自由が統合される倫理的共同体
現代政治学 社会を統合し公共目的を実現する制度体系
 
◆ まとめ
国家の本質は、「社会を統合し、公共の秩序と自由を維持するための主権的な政治組織」という点にある。
その具体的な姿は時代や思想によって異なるが、主権・領域・人民・公的権力という四要素は普遍的に見られる。
 
 冒頭に、国家の本質とは公的権力を行使する政治組織とあります。ズバリ言えばこれが国家の本質だと言うことですね。これは狭義に、そして具現態としているのが「政府」であろうとぼくは考えます。公的権力を有した政治的組織で、領域・人民を法的に支配するものです。政府の権限は国家そのものの権限のように働き、それは
立法・行政・司法という制度化された権力装置」によって保証されています。これが国家の本質、核心というわけですが、平たく言えば「政府」だと言うことになると思います。
 それからコパイロットは、◆ 思想史的に見た「国家の本質」の項で4つの角度からの定義を紹介してくれています。

 ぼくは日本の国家というのは古代ヤマト王権を中心とした政治組織が形成したものだと思っています。漠然とその頃に出来たと考え、正確にいつからというのはぼくには必要ないと考えています。とにかくその頃に出来て、西暦500年頃までを目安として、国家の形が整って行ったと考えます。
 それから明治維新を迎え、明治・大正・昭和と続き、昭和の初めまで日本国は不安定な時期もありつつ、紆余曲折を経て継続したわけです。
 約二千年ですが、その間変わらないものがありました。国の最高権威としての王位継承者の存在と政治的最高権力者との存在です。時代によって一方が前面に出る場合もあれば、両方が前面化している場合もあったと思います。いずれにしても、片方か両方かが民の上に君臨し続けてきました。これは昭和20年まで変わりなくありました。約二千年の歴史があります。
 同時にもう一つ変わらないものがありました。農民などを主体とした支配される側の下々の者です。そして昭和20年の8月までは、民衆のほとんどが国家権力者の配下であったり臣民であったりしたわけです。下っ端の家来として組み入れられていました。

 現在の憲法は日本の敗戦下にアメリカが創案してなったものだと言われています。真偽はともかくとして、突然に主権は国民にあるとされたわけです。
 コパイロットの返答は、ですから日本では昭和20年以降の国家のあり方が元になっていると言うことになります。
 昭和20年以前と何が一番違っているというと、ぼくは庶民の政治参加だと思います。それは単に有権者という意味ではなく、運営する側に参加できるようになったと言うことが一番の大きな違いだと思います。つまり約二千年間なかった、民衆・大衆の、最高権力者への登用が可能になったことだと思います。そういう形で、主権在民、国民主権が現実化されるようになりました。
 国民の、国民による、国民のための国家、そして政治。そのように形を変えたわけです。意地悪な言い方をすれば、国家はカメレオンのように姿形を変えました。ですが、これで本当に国家が変わったのかというと、ぼくはそうは思いません。主人は替わったけれども、国家は相変わらず国民に対して支配的です。権力者になったものは、相変わらず国家支配を継続・継承していくのです。

 書中にあるように、「ヘーゲルは国家を「倫理的理念の現実態」と捉え、個人の自由が普遍的秩序の中で実現される場と」考えました。更に、「国家は単なる治安維持装置ではなく、個人の主観的自由と普遍的意志が統合される最高の共同体」であると言いました。
 本当でしょうか。本当にぼくら国民、庶民にとって、国家は最高の共同体となり得ているでしょうか。ぼくにはそうは思えません。

 今日ここでは、国家の本質について現在の常識の範囲内の回答をコパイロットの回答の中に見てきました。こういう具合だと言うことを見て、ああ、そうか、と言うくらいを頭に落とし込んで、今日は終わることにしたいと思います。明日は明日でまた「コパイロットに聞くB」を続けてみたいと思います。


2026年4月23日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「永遠の配下」です。

○ コパイロットに聞く@

 Windowsについているコパイロットに、憲法とは何か、と尋ねてみました。以下にそれに対するコパイロットの応えを貼り付けます。
 高市首相は任期中に憲法改正を実現したがっているようなので、憲法とは何なのか、ちょっとおさらいの意味で考えておきたいと思います。コパイロットは以下のように応えてくれました。(黄色の文字色部分です)

憲法とは、国家権力を制限し、国民の権利・自由を保障するための最も基本的で最高位の法です。国家の“ルールのルール”とも言えます。
 
◆ 憲法の核心
国家権力を縛るための法 
→ 権力が暴走しないようにする「枠」
国民の権利・自由を保障する法 
→ 表現の自由、信教の自由、個人の尊重など
国家の基本構造を定める法 
→ 国会・内閣・裁判所の仕組み、天皇の地位など
憲法は、他の法律(民法・刑法など)よりも上位にあり、
どんな法律も憲法に反してはならないという「最高法規」です。
 
◆ なぜ憲法が必要なのか
歴史的に、国家権力は放っておくと暴走しやすい。
そのため近代国家は、
「国民が国家を縛る」という発想で憲法を作りました。
 
権力は国民のために使われるべき
国民の自由は国家が侵してはならない
国家の仕組みは国民が決める
 
こうした原理を明文化したものが憲法です。
 
◆ 日本国憲法の特徴(要点)
国民主権:権力の源は国民
基本的人権の尊重:侵すことのできない永久の権利
平和主義:戦争放棄・戦力不保持(9条)
三権分立:国会・内閣・裁判所の相互抑制
これらは、国家の形を根本から規定する“設計図”です。
 
◆ 憲法の本質的な意味
憲法は「国家が国民を支配するための法」ではなく、
国民が国家をコントロールするための法です。
 
だからこそ、憲法は国家の上に置かれ、
国民の自由と尊厳を守る最後の砦になります。

 これに続いてコパイロットに尋ねたいこともありますので、明日はそれを聞き、また紹介しようと思います。
 ここではとりあえず、ここに書かれていることで気になるところを示したり、感想めいたものをメモしてみたいと思います。
 憲法について、国家の“ルールのルール”と言う言葉がまずありました。超法規、最高法規と言うことです。これを越える法規はないと言うことになります。
 ◆ 憲法の核心の下に、「国家権力を縛るための法」と言う言葉があります。これにはまた「権力が暴走しないようにする「枠」」とも記されています。更に次の項には
◆ なぜ憲法が必要なのかということで、「歴史的に、国家権力は放っておくと暴走しやすい。そのため近代国家は、「国民が国家を縛る」という発想で憲法を作りました。」とあります。

 ここは一つの考えどころのような気がします。国家はほっとくと暴走しやすいと明言されています。このことは、この憲法の作成時期には誰もが了解していたことだという黙示が含まれているように思います。国家を運営するに当たっては、「国民が国家を縛る」ことが必要で、それが憲法を掲げる理由の一つなんだと言うことです。
 ここでぼくにはたくさんの疑問が生じます。近代国家では、国民の総意、合意で国家が形成されていることになっています。だったらできあがった国家と国家権力とは一つのものであるはずです。つまり国民のものでなければいけないはずです。ですが、実際の国家権力はほっとけば暴走しやすいと言われています。
 もうすでに、ここにこの仕組みの欠陥が現れているように思います。その欠陥を補うように憲法で権力を縛るんだと言うことになっています。
 国家を護持し、憲法を作成発布するのは誰でしょうか。どう考えてもそこは国家権力が行うことになるのではないでしょうか。ほっとけば暴走する国家権力が憲法を作成し、広く公布しているわけです。建前上は論理的に装われていますが、実際には矛盾をはらんだままで、そこは敢えて目をつぶっているような気が、ぼくはします。
 ぼくの考えでは、国家権力は超法規的に憲法を越えてしまう危険をはらんでいるんじゃないかという不安がつきまといます。憲法改正などある場合、国家権力も間に介在します。つまり決定に無関係ではありません。国家権力を縛る目的を一つとする憲法の作成に、国家権力が関わること自体おかしな事です。

 更に気になることで言えば、この項の最後で「憲法は「国家が国民を支配するための法」ではなく、国民が国家をコントロールするための法です。」と言う箇所があります。ぼくはここでは「国家」とは何かが問題になると思っています。領土や人口という具象性については問題ありませんが、「国家」は必ずしもぼくらにシンプルに、そして明瞭になっているとは思えません。「国家」と言えば、「国家」を明瞭に把握しているかのように思いがちですが、一人一人に聞くと、明瞭に答えることが出来ないと思います。
 さらに、その下に「だからこそ、憲法は国家の上に置かれ、国民の自由と尊厳を守る最後の砦になります。」と言う文言が見えますが、これもスーと文字面を読むと分かる気になりますが、国家の上って何だ、どこだ、と考えながら読んだり、本当に「国民の自由と尊厳を守る最後の砦」になっているのかと考えると、疑問に感じたりします。

 AIと言えども、こうした解説そのものがどこか国家的だし、国家的権力の匂を感じさせます。
 ぼくは頭がよくないので何ですが、よくよく考えると、AIのこうした言い方や説明の仕方にも、ぼくらは自明の前提として国民に組み入れられて存在していることになっています。ぼくらの実感では、いつの間にか組み入れられているのですが、そういう契約をした覚えはないのです。日本国民じゃ不服なのかと言われると、けしてそういうわけではないのですが、なんかその辺もうやむやでここまで来てしまいました。なんかその辺も暗黙の了解のようになっているのですね。分からないことはほかにもたくさんあるのですが、今日は取りあえずここまでにして、明日また「コパイロットに聞くA」に進んでみようと思います。


2026年4月22日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「真空のささやき」です。

○ 未だに各地方で方言が残されているとか、アイヌ語と思われる地名が残っているとか、日本は古いものがよく残っていると思う。伝統と言ってよいか分からないが、言葉だけではなく風習のようなものも長く残り、全体として古との断絶、中絶が極めて少ない気がする。
 一言で言うと、征服されたことがないと言うことだと思う。それは日本全体としてもそうだし、方言で言えば、地域ごとに他地域の自立性を侵害したり、阻害することが少なかったからではないかと思う。
 弥生から古墳時代にかけての頃に、倭国大乱という時期があったが、それが異民族の敵対だったり、憎悪による敵対だったりすると、おそらく勝った側は負けた側に言語統制を強いるはずである。勝った側の言語を強制する。その形跡が、はっきりとは見当たらないように思える。
 もちろん、当時はすでに日本語祖語と言うべき共通の言語が、西日本一帯に広まっていたのかも知れない。しかし、それでも鹿児島と奈良付近とでは相当の違いがあったのではないだろうか。そして統一を機に、言語的な交流はあって混合も進んだが、鹿児島弁そのものは本来のあり方を変えることなくそのまま残された。これは後に日本国に組み入れられた青森弁や秋田弁などもそうで、中央との違いを残して今日まで至っている。これは中央との距離と言うだけでなく、中央と近いところでも結構狭い範囲で方言というのは残されている。このことは、この国の最小単位、村落とか集落とかが、意識的無意識的とにかかわらず、頑強ともいえるような存在形態として存在してきたように思える。つまり風土や気候とともにあると言うことは、中央の政治支配を越える、何かもっと根強いものを有しているのではないかと考えさせられる。

 前述のことから考えても、また守護、地頭が置かれた時代から江戸の藩制が敷かれた時代、後の都道府県に変わってからのことを考えても、地方は地方の特色を生かした独自の文化的な発展を遂げてきたという気がする。

 ぼくにはよく分からないことになるが、以上のことから国と地方とにおいて、何か棲み分けのようなものがあると、ぼくは感じる。権力の二重構造、分担構造、そういうものが暗黙の了解のもとに存在するように思われる。
 中央の王朝でも幕府でも、地方のやることにあまり口を挟まない。古来からそういう流れがあったように思われる。

 ぼくがここで極端な妄想をすることは、太古に村落が散在し、やがてそれが結合しようとする時に、それぞれ独自の風習や慣例のようなものは互いに尊重して毀損せぬように配慮出来ていたのではないかと言うことだ。
 後世になり、町や市を形成する場合にも、そういう配慮は続いたような気がする。人と人、村と村との関係には長くそういうことが続いていたように思える。武士の時代に領土の争奪が行われた場合にも、勝利した側が地域の文化や風習などを根絶やしにするというような事はしなかった。逆にそういうところには手を付けずに、独自性や特色として庇護した。それがこの国の支配の進め方であったように思われる。
 もっと言えば、この国の基底となり、最重要と言えるものはないかと考えると、それは地域のまた最小の単位となる村落なり集落にあるのではないかとぼくは思う。そこが一番重要と目され、不可侵の聖域のように見なされ、権力の手が加えられてこなかったのではないかという気がする。なぜかというと、そこが、いつの時代にも太古が直結する場所であり続けているからだ。


2026年4月21日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「国のための国」です。

○ 三陸沖で地震がありました

 昨日夕方5時前に地震がありました。震源地は三陸沖と言うことでした。津波警報が出て、北海道太平洋沿岸部、青森、岩手、宮城と広範に警戒が呼びかけられていました。
 ここ宮城の中央部に位置する富谷市は震度3から4弱くらいでした。
 緩やかに「揺れているかな」というところから横揺れが少し強くなって、このあともっと強い揺れが来るかも知れない感じがして、最初の揺れが収まってから階下に降りました。幸い続く揺れはなかったのですが、強い揺れが来たら庭に出て様子を見ようかと考えていました。
 2011年の3月11日は、間をおかずに、2度目に強烈な揺れが来たと記憶しています。家が倒壊すると思うほどの揺れだったので、今回も取りあえず駐車場の屋根というか、パイプの下や、場合によっては車の中の方が、家屋が倒壊しても安全かなと言う気がしました。なのでそんな心の準備もしていたのですが、地震はその一度で、続きはありませんでした。

 テレビでは津波予想が出て、青森、北海道では高さ3mが予想されていました。宮城の沿岸部では1mくらいとなっていました。テレビではその後、各局とも多方面の港を中継、放映を続けていました。1時間経過したくらいになると、各港に押し寄せる波が画面からも分かるようになって来ていました。ただテレビを見ている間では、予想された津波の高さよりも低いところがほとんどでした。予想は最大で発表されますから、実際にはその範囲内がほとんどだと思います。でも第一波で済むかどうかは分からないし、一応引き続き警戒することは必要かなと言うように考えていました。
 自分たちの住まいは津波は心配の無い場所ですから、そのあたりでテレビ画面からは離れました。その頃にもしかし、テレビ各局はすべてが津波情報を継続して行っていました。
 夜の7時半くらいになってまたテレビを見たら、7時前に小さな地震があったことと、ここ一、二週間くらいは巨大地震発生に気を付けるよう呼びかけがありました。たぶん小さいとは言え2度目の地震があったことで、単発では済まないかもしれない懸念が生じたんだと思います。気を付けろと言われても、どうしようもないですがね。自然現象ですから、いつ何時襲ってくるか知れません。寝ている時に起こるかも知れないし、その時はしょうがないと覚悟だけはしていました。何も起きないかも知れませんしね。分かりません。

 世界においても日本社会においても危惧することはいっぱいあります。でも地域を襲う自然の驚異、自然の災害は一瞬そんなことを忘れさせますね。東日本大震災級の地震がまた来たら、更に南海トラフ地震が続いたら、日本はどうなってしまうんだろうと思います。世界の戦争、毎日茶飯のように起きている事件や事故のことなどは、頭から消えてしまうでしょうね。目の前の片付けや明日の食事、どうやって寝るかなどに心を砕くことになるのでしょう。
 世界や日本社会を危惧するのも、生活にゆとりがあればこそのことですね。足下の生活が崩れたら、そんなゆとりもなくなります。それを考えたら、戦争をするというのも、紛争したり事件を起こしたり、政治的につべこべ言ったりすることも、まだまだ彼らの間に余裕があるからと言えるかも知れません。
 自然は人間に忖度しませんね。人為を越えた自然の振る舞いは改めて大きなものだし、人為を丸呑みするくらいの衝撃があります。大陸を移動させるほどの巨大な規模の力を秘めています。普段は頭に入れていませんが、それを考えたら、あんなことやこんなことや、そんなことも、やってる場合じゃないんだけどなと思います。どこかで、人間は自然をなめてますよね、きっと。まずは後発地震が起きないことを願っておきます。


2026年4月20日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「悲しみへの偏奇」です。

○ 朝は6時半頃起きています。1時間から2時間くらい、テレビをつけてぼんやりします。すぐに動けない、頭が働かない。なので、そうやって一定時間ぼんやりして、それから動き出します。
 2階に上がってパソコンに向かいます。半分まだぼんやりが抜けきらないのですが、そこから書き物をします。ぼんやりする中で始めます。1時間か2時間くらいと決めています。

 夜もちょっとパソコンに向かいます。7時くらいに夕食で、9時か10時くらいに1時間くらいやります。それくらいの時間だと、食事も終えていますから眠くなりかけの頃です。

 朝も夜も、前述したように、ぼんやりしている中で書きます。集中力も持続力も欠けている状態の中で書きます。なんか近ごろはそういう感じの時に書き始めるのが習慣になっています。このほうがいいなあと思ってやっています。鈍い状態の時に書くのが癖になっています。
 朝の意識状態と、深夜の意識後退とがあるとすれば、朝の意識状態の方がいいかなと思っています。
 昔は深夜にやっていました。眠気がとれて目が冴えた状態でやっていました。それだと感情が入りすぎるので変えました。あまり頭が冴えていない時に書く方がいいかなと、そう考えるようになったのです。しばらくはまだ、こんな感じでやっていこうかなと思っています。


2026年4月19日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「立っているだけ」です。

○ お知らせ

 「掲示板」に、nishiyaさんからのお知らせが投稿されていますので、どうぞ「掲示板」の方にもお立ち寄りください。
 nishiyanさんは以前から吉本隆明さんの文章のデータベース化というのでしょうか、独自の観点から重要と考えられるところを切り抜き、項目立てて表に整理してまとめてくれています。今回はその中に新規に追加したもののお知らせと言うことになっています。アドレスも書かれていますので、そちらをコピペして、追加した文章が読めるようになっています。時間があればそちらに飛んで、1度目にしていただいたらよいかなと思います。そちらには主に吉本さんの文章の抜粋と、nishiyanさん本人の批評的な文章も付記されていて読み応えもあるかと思います。

○ 加齢による老化、劣化

 去年の今の時期は、近場ですが、あちこち桜を見に出かけていました。今年はその元気がなくて、買い物のついでに桜を見かけて、それでいいかなという気になっています。一つはいっそう視力が衰えてきたからだと思います。一日の大半をモニターを眺めて暮らしているので、視力の衰えが進んでいるんだと思います。ネット記事、動画の視聴ですね。どっぷりとそうした生活にはまっているので仕方ないと諦めています。特に左目が弱くて、左右のバランスが悪く、少し離れたところを見ようとすると苦しくなります。外に出ることがおっくうになって来つつあります。
 パソコン画面の文字も見にくくなっています。本などの活字もダメ。スマホは裸眼でないと文字が見えなくなっています。近視に遠視に、たぶん乱視もあって、左目は何年か前に白内障気味ですよとお医者さんに言われました。
 耳もですし、感覚器全般に老化が見られます。これに比べると内臓系にはまだこれといった疾患がないので助かっています。
 眼鏡などによる矯正は、これ以上やっても無駄だという気がしています。これ以上やっても気休めで、矯正した先からすぐに劣化が進んで何度も買い換えることにしか成らないと思います。これまでそうでした。だったら今使用している眼鏡のままで、だましだましやっていくしかないと思っています。だんだん見えづらくなっていくのを体験し、心がどう動くのかを観察するのも悪くない気がします。眼鏡など無かった時代はみんなそうして老いていったことでしょうし、それを追体験するんだと思えばそこにはそれなりの面白さもありそうな気がします。まあ、あれもこれも初めての体験、経験ですから、それなりに味わっていこうかということです。


2026年4月18日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「新・世代」です。

○ 組織の同質性への執着

 高市早苗首相の支持率は依然として高いようです。何で高いのかなと考えてみると、たぶん強いリーダーシップで短期間で経済回復をやってくれそうだと期待されてじゃないかなと思います。
 安倍晋三もそうでしたけど、高市早苗も、それから小粒ですが兵庫県の斉藤元彦を見ても、共通するのは組織の同質性にすごくこだわるタイプの人たちと言うことです。ぼくにはそう見えます。逆な言い方をすると、組織とか仲間内とかに異質な者がいることを酷く嫌うタイプだと見えます。更にその逆を言うと、同質的である人にはものすごくよくする人だと思います。大事にすると思います。お友達、お仲間を大切にすると思います。
 同質性がそろうと、物事の進度が速くなります。トップダウンで結果を早く出せます。早い結果重視の人たちだと思います。効率化、時短化を求めるなら、トップダウンと同質性でガッとやるのがいいわけです。組織の結成の本来の意味はそういうところにあったかも知れません。古代のヤマト王権も、全体を組織化すると言うことはトップの考えや意向を素早く全体に浸透させたいから結成したものでしょう。

 しかしこういうタイプの場合、異質性、意見や考えの合わないものを極端に嫌うので、あまり権力を持ちすぎると独裁になり、粛正に走りがちになる懸念があります。プチ・スターリンです。異質な者は徹底して排除しようとします。報道統制とか、仁義なきSNS的策謀とか、何でもやりそうです。結果オーライの考え方もする人たちです。

 ぼくから見るとこういう人たちは、ふつうの生活、庶民的大衆的な生活にはなじまない人たちだと見えます。傑出しているのではなくて、浮き上がってしまう人たちなんだと思います。庶民的大衆的な観点からの評価ということで言えば、落第生になると思います。そういう落第生に、政治をやらせたり、ましてや首長をやらせたらダメだとぼくは思います。すごくかっこいいことを言う人たちですが、実際にやらせたらメチャメチャに引っかき回すことになると思います。

 社会に停滞感が起きると、こういう強気なタイプの人たちが人気が出るようです。パフォーマンスとか見栄えにもこだわるし、計算も出来ますからそういうことになるのだと思います。それですべてが丸く収まるようだったらそれでいいわけだし、文句を付けることもないわけですが、多分そうは行かないと思います。こういうタイプは挫折したり失敗しても、自分に非がなくて、周囲に非があると考えるタイプです。根本的な反省が出来ない、しないタイプだと思います。どういう訳かこういうタイプの支持者には熱狂的な支持者が多く附くようです。普段不満を多く抱え、この不満を解消してくれるのはこの人だという思い込みを持つのでしょうね。そういう意味では支持者の人たちには魅力ある人物に見えているのだと思います。


2026年4月17日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「エリート偏重」です。

○ 高いサバ缶    

 最近のテレビはグルメ番組が多くなっています。ずっと見ていると、高級品が多くなって、少しずつ高額商品に抵抗がなくなっていきます。提供する側も、だんだんいけると思い込むんじゃないでしょうか。そういうお店ばかりになったり、高額な物ばかりになると、ぼくらはやっていけなくなりそうな気分になります。
 ひと頃サバ缶がもてはやされた時があって、それ以降サバ缶の値段がぐっと上がりました。それ以前の記憶ではサバ缶はずっと安いものでした。テレビで、特に健康にいいとか、栄養豊富、生活習慣病に効果があるとかいろいろ言われ出して、ぼくなんかもそれじゃ買って食べようかなんて考えてスーパーに行って買っている内に、あれよあれよという間に倍以上の値段になって行ったと思います。今ですと、400円弱といったところでしょうか。特売で100円くらいで売っているところもあります。購入して食べましたが、安いものだと味はそれなりです。生鮮に並ぶ鯖も高くなりました。鰯もです。サンマも含めて、昔は台所の味方みたいな安価だった商品が、野菜も含めて高止まりして困ってしまいます。

 たぶん昔のように鯖が豊漁になっても、値段はあまり下がらないんじゃないかという気がします。高くてもそこそこ売れる。安い値段でたくさん売るのとさほど違いが無いと、バレてんじゃないかなと言う気がします。生産者、供給側が賢くなってきているんじゃないかと思います。今は卵も倍になっていますけれども、こちらも高止りのままで推移しています。特売日と言っても188円とかそんなんで、しかもそれ目当ての購買者も少なくなく、ちょっと遅れて行くとゲージが空になっていることもしばしばです。

 農業、漁業、養鶏など、三K仕事でしょうから、単価が上がってそれらの仕事に従事する人たちが報われていくのはいいことですが、ぼくらのような万年貧乏には、諸手で喜べない事情があります。物みながそうなって上がって行くと、年金だけではとてもやっていけなくなります。
 こういう声も届いてはいるのでしょうが、特段策が講じられてはいません。ぼくだったら国政県政市政のサービスを縮小してでも財源をかき集めて、即刻手当てしなければならないと考えるところです。そんなこともせずにいますから、そのうち高齢者からバタバタ倒れていく事になるんじゃないかなと危惧します。
 老老介護からの孤独死も少しずつ覚悟してきています。そういうことでは別に行政とかに責任をとって欲しいとか思わないし、恨むつもりもないです。昔から期待していませんし、成るようにしか成らないと割り切ってもいます。まあ冷静に坂を転げ落ちていきましょうと、今はまだ余裕を持って考えています。そういう余裕もなくなったらその時はその時です。


2026年4月16日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「『俺』の取説」です。

○ 憲法改正について

 参議院で憲法審査会というものが始まったようです。憲法改正を視野に入れての動きだと思いますが、本気でやる気なら各党とも国民の声をよく聞くところから始めてもらいたいと思います。その上で党の方針を決めても遅くない気がします。国民の負託を受けた議員だからと言って、すべてを任されているわけではありません。支援者の声だけでもなく、広く国民の声を聞いて、自分たちの考えにその声を組み入れていくべきです。そういう丁寧な仕事が出来ているのかどうか。やっているのかどうか疑問です。みんな国民を下に見ているんじゃないでしょうか。
 議員というのは自分の考えを現実化する事に努力するだけじゃ足りないと思います。下からの声を政治の場に反映させることを考えないといけないと思います。特に憲法などと言うものは、国の形の根幹なのですから、国民主権なんですから、党や党員の思惑だけで決めていくべきものではないと思います。そういう理解からして今の議員たちにあるのかどうか、見ていて怖くなります。
 飛鳥時代、奈良時代のような国家の草創期ではないのですから、自分たちだけで統一王朝のあり方を決めて行くみたいな乱暴なことはやって欲しくないです。それでは古代から考え方が進歩していないことになります。内閣の中枢部だけで考えてはいけないし、各党の党の中枢部だけで考えてもいけないと思います。

 ぼくならば、まず国民が現在の憲法を理解しているかどうかから考えるべきだと思います。一番いいのは憲法を冊子にして配ることだと思います。一応それで、国民全員がテーブルを同じくして、憲法問題を考える場の設定とします。その上で各党がどの部分をどう修正しようとしているのか、各党の主張を伝えるべきです。同時に、国民一人一人に、各党には無い案があれば、それをアンケートのように回収していけば良いと思います。

 本当に憲法論議をするというのなら、徹底的にやるべきだとぼくは思います。現在までに漏れ出ている声は自衛隊明記というような事ばかりです。やるならせっかくの機会ですから、全体を見渡して論議するのが良いと思います。もう一度国民一人一人の意識に上る機会として考えてもいいわけです。個人的には第一章の「天皇」、その第一条[天皇の地位と主権在民]からして象徴という曖昧な表現が見られると思っています。

天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

 こういう曖昧な言葉使いはやめた方がいいと思います。元首なのか元首でないのかよく分かりません。たぶん元首ではないのだと思いますが、であったら何なのだと言うことです。こういう曖昧さを取り除くことも大事なことかなと思います。

 自衛隊のことですが、実際には既成の事実として自衛隊は存続しています。前文および第九条戦争放棄等の理念に抵触していると思いますが、存在しているし、ほとんど国民の承認を得た状態にも成っています。ですから明記してもしなくても同じで、明記しても良いと思います。
 これには新たに自衛権の行使という項目を立てて行うのかどうか分かりませんが、いずれにしても内閣が勝手に自衛隊を動かすことは、日本国憲法の全体的な理念に反すると思います。ですから、特に他国に自衛隊を派遣する際はいくつかのクリアすべき条件を課すこととすべきです。思想家の吉本隆明さんは、その際には動かすか動かさないかは国民の直接投票によって決すべきであり、自衛隊を明記する時にはそういう条項を付記すべきだと述べていました。ぼくはそれに賛成です。
 第二次大戦への参加とその後の敗戦という苦渋も味わった国民ですから、そういう時の決断は代表者や政府に任すばかりではなく、そういう判断や決断に国民が進んで加わって行ってよいと思います。

 とにかく、国や国民に関係するこうした大事については、党派とかちまちました閉じられた空間で密室的にやっていくのではなく、大きく開かれた場で論議していく必要があると思います。まずは広く国民に投げかけ、問いかけ、その声を引き出す仕組み作りから考えてほしいものです。そうでなければ、時代を逆行させることと同義になってしまいます。右も左も関係ないです。こういうことになると、どんな人たちも古代のアジア的な顔つきになりがちです。こういう場合こそ近代以降後追いしてきた理念としての西欧の顔つきが必要だと思います。もっと言えばそれを越える日本国憲法の理念であるわけですから、西欧を越える顔つきとして、更に先進的な憲法論議と憲法改正へと進んでいけばいいのだと思います。


2026年4月15日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「遠出をしては巣に帰る」です。

○ アメリカとイランの戦争の影響の受け止め方

 アメリカとイランの戦争の影響で、石油関連品の不足があちこちの業界で不安や心配を募らせてきているみたいです。これが長びくと国民生活にも徐々にそして深刻な影響が出てきそうです。個人的には物価の高騰と品不足が懸念されます。今でも物価高が生活に影響を来していますが、本格的な影響がもたらされればこれくらいの比ではないと心配されます。
 国政も自治体の対策も後手後手を踏んでいくのではないでしょうか。今のところ国も地方も、影響を小さく見積もりすぎだと思います。それには理由があると思います。一つの大きな要因は、対策担当者たちが中流かそれ以上の意識でいるために、生活水準を下げればしのげると高をくくっているからだと思います。数年、それでしのぐ体力を有していると考えているからだと思います。ですが、それは自分たちのことだけのことであって、国民の多くはそれほどの生活上の体力を持ち合わせていないですし、持っていないという意識でいると思います。影響は下層において深刻です。その深刻さを想像できる知性を、担当者たちは持ち合わせていません。一部にはあるとしても、頭で考えたり理解しているだけでしょう。我が事のようにこれを理解する人は少ないでしょう。最近の行政職の人たちは責任感が欠落したり、不足しています。つまり、それでは任をなさないのです。庶民、大衆のための突っ支え棒にはならないと思います。
 ぼくらも自分しか当てに出来ない状況だと思います。当てに出来ないと考えておいた方が無難です。台風や大地震に直接見舞われるくらいの覚悟でいた方がいいと思います。ぼく自身は最初からお手上げなのですが、それでも覚悟しておくか、何の心の備えもなくそれに直面するのとでは、結果は少し違うんだと思います。だから覚悟だけはしておこうと思っています。物価高騰と物不足ですね。まず第一にこれを考えておきたいと思います。じわじわと長く続いて、ボディーブローのように生活体力を削り取っていくと思います。
 実際にはそういう状況になった時に必要になるんだと思いますが、ぼくが考える対策の主要な一つは気分転換ですね。それが必要になると思います。いろいろあると思いますが、これまでやってきたことで言えば、こうして書くと言うことがその一つになると思います。客観的に見ることです。ずっと主観的に見続けると苦しくなると思います。心をよそ事に使うことが救いになると思います。今からそういう心づもりでいようと思います。


2026年4月14日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「花一輪の工夫」です。

○ 国家の行方

 家族、親族の集団から、氏族へと進み、やがて地縁的なつながりを持つようになった。すなわち氏族集団的なものが寄り集まって部族共同体を形成し、更に無縁の部族同士が連合することで部族連合国家が誕生した。これを初期的な小国家と考えれば、これらの小国家を統一して、統一部族国家、あるいは統一部族連合国家へと発展していった。

 ここで言う統一部族国家、あるいは統一部族連合国家は、現在世界の国家の前身である。つまりこれを現在世界の国家の初源と見なすことが出来る。そしてその国家の初源を更に遡れば、冒頭に述べたように、小国家としての部族集団、部族共同体へと遡り、更に氏族共同体、親族共同体、家族共同体へと遡ることが出来る。

 現在の世界は、独立した国家群によって占められ、区画され境界が引かれている。いずれも、過去には国家を形成しない時期を有しており、氏族共同体や親族共同体のような小さな共同体が群立する世界に過ぎない時があった。
 それらのやや小さな集団がすべて、拡張し、大規模化を望んでいたかどうかは分からない。けれどもこれを現在から振り返ると、ほとんど世界同時的にその方向へと進んだのであり、例外はあるとしてもそれは他の共同体集団に駆逐される以外なかったと言える。

 宗教的な理由、経済的な理由、あるいは民族的な理由などの様々な理由から、武力戦闘集団を持つ国家へとまっしぐらに突き進んだと言えば言える。
 現在のように、世界が国家単位で成立していることを思うと、人間の集団が国家にまで展開するようになったことは、何かしらの必然があったからのように思われる。とりあえずそうして成った国家群は、その延長上に考えるならば超国家への動きを見せ、世界統一まで展開していくほかにないような気がする。それを予兆させる動きとしてはEU、すなわち欧州連合がある。そしてもちろん逆行する動きもあって、それは国家の権限を地域に委譲して行こうとするものである。拡大か縮小か、現在国家は必ずしも強く結束して安定しているとまでは言えない。

 今ぼくが考えられることはこれくらいまでだが、国家連合に進むか、逆に国家の権限を最小にして地方自治の連合体にするか、あるいは今の国家体制のままでいるか、多くの国家は模索しているように見える。どこに向かって行くのかはぼくには分からない。ただ風に流される雲のように、吹く風によってそれは決まるのだろう。ただどう決まろうが決まるまいがぼくのやるべきことは一つで、陽の下の暮らしを、その慣れた暮らしを続けて行くだけである。


2026年4月13日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「祝福の季節」です。

○ 生き方について考える考え方

 考えることの前提として、文字を読む、本を読む、そういうことが必要である。いつからか、そういうことになっている。いつからかと言ってみたが、それは文字が作られ使われ始めてからだ。

 文学者でもいいし、哲学者でも批評家でも研究者でもいいが、およそ彼らのような頭を使う職業の人たちは、考えられないくらいの書物を読むもののようである。

 ぼくが一番この人は飛び抜けて読書家だと感じたのは、ミシェル・フーコーの著作を読み始めた時だ。一冊の著作の中でもたくさんの著作と作者名が付記されていたし、またたくさんの資料名が記述されていて圧倒された。それはフーコーのすべての著作において同様であり、加えて教授としての講義録を読んでも書物や資料の読み込みは半端ないと感じられた。

 そうした読み込みにかける時間と労力を思う時、正直、ぼくはうんざりした。当時、彼の著作の帯に、知の巨人と謳われていたように記憶している。そう言われるような人は、それだけの資料の読み込み、そして読書量があってのことと思い知った。
 実際はどうか調べたわけではないが、人生の大半が、文字を読み文字を書くことに費やさなければ知の巨人には成れないのだろうと思った。
 同時に、一生、ないしは半生を、文字に埋もれるようにして生きる生き方というのは何なのだ、と思った。

 学者、研究者にとっては、ごく当たり前のスタイルなのかも知れない。だが大半を文字に埋もれて、仮にそれが人間の生き方の研究だとした時に、本当に人間について、人間の生き方について理解できるのだろうか。そういう疑念がぼくの内面に湧いた。一番首を傾げることは、人としての生き方から遠く逸れて見えることだ。学問や研究としては常套のあり方なのかも知れないのだが、人の生き方としては最もダメな生き方の部類に入るのではないか、と、ぼくは考えてしまう。大衆の暮らしとか庶民の暮らしからずいぶん隔たった暮らしだ。そうして、そのように遠く隔たった暮らしから生じた知が、どうして最高の知ともてはやされるのだろう。そうした知の中の知は、本当に庶民や大衆の中に還り行く知なのか。そうではなくて、人の生活とはすれ違う、ただの知のサバイバルゲームのようなものにしか過ぎないのではないか。どこまでも永遠に、知は知の探求として続くだけのことではないのか。競い合い、ただ歴史に名を残し、それだけを続けて行くのではないか。庶民や大衆の生活の中での苦悩は少しも減って行かない。知の目標は、既存の知を上書きして行くことだけを唯一の命題として進んでいるのではないか。文字を読み、膨大な量の資料を読み込み、現在でもたくさんの学者、研究者が、人生の半分を犠牲にするかのようにして取り組んでいる。しかも、それを自分の人生、そして喜びだと考える人もいる。それって、本当はおかしいことではないか。ある種の倒錯ではないのか。ぼくには頭だけで生きているようにしか思えない。人間を越えているというべきか、人間ではなくなろうとしていると言うべきか、ふつうの人間ではなくなってしまうようで、ぼくには恐ろしい。

 ついでにもう一つだけ言っておくと、文字以前の人間は、自然や人社会の中にあって生活し、そうした生活を通して考えることもしていたはずである。
 それが文字を使うようになってからは、言ってしまえば生活の外側で考えることをするようになって行った。生活と、考えるという行いとが分離した。
 ぼく自身まだよく分かっていないのだが、人間が考えるという時に、現在では専門的に考えるということと、日常背活において考えることとの間にある種の乖離が生じているのだというように見える。当たり前のことのような気もするが、そうではないという気もする。ぼくとしてはどちらでもない、考えることの行き方、思考の行き方があるような気がするのだが、今はまだ漠然としすぎている。


2026年4月12日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「野蛮な知性」です。

○ シジュウカラが言葉を持っている。動物言語学者の鈴木俊貴さんという人が、研究してこれを発見した。
 ぼくが一番おもしろく、また興味深かったのは、二十年間の観察の結果での成果というところである。観察、観察、観察。改めて観察が基礎、基本だなと思えたことだ。観察は、太古の人ほどよくやっていたことだと思う。特に自然観察。
 観察だけで言うと、人で言うと、赤ん坊や幼児が一番よくやっている。何なら赤ん坊や幼児はそれしかやることがない。ちょっと極端な言い方かも知れないが、そう言えそうな気がする。

 鈴木さんは二十年観察してシジュウカラの言葉が分かったわけだが、太古に日本に暮らした旧石器時代人や縄文人等は、当たり前のように生き物たちの言葉を聞き分ける能力を持っていたのじゃないかなと想像する。もちろん、想像するだけである。
 能力と言ったけれども、おそらく正しくは観察の結果である。そのことに気づく人がいて、周囲の人に伝わり、全体としてそのことは理解されていた。それに気づいたり知ったりすることは、当時の人々の生活に何らかの益をもたらすからだったと思う。つまりそこから情報を得て、猟に役立てたりしていた。

 たぶん古代の人たちの暮らしは、そういう必要性から離れる次元に進んで行った。自然生活から社会生活へとレベルアップしていく過程で、動植物からの情報を必要としなくなって行った。

 人間の観察の対象が別次元に移った。そういうことじゃないかなあと思う。
 ただ、江戸時代は農民が九割と言うこともあり、農業という仕事上必要な自然観察は長く続いたはずである。そこにも自然の動きを察知する、鳥や虫たちの動向は農民たちの関心事だったと思われる。もちろん雲や風の動き、季節の推移も含めてである。

 現代人に自然の情報は必要かどうか。もちろん必要で、特に毎日の天気や、地震、台風の情報は人たちの関心事となっている。
 だが現代ではそれらは直接自然を観察することで得ているのではなく、テレビなどのメディアから得ているのがほとんどになった。自然観察に要するエネルギーは、別のことに振り向けられるようになったんだと思う。そこに良い悪いはないと思う。そういう成り行きで進んできたのだ。


2026年4月11日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「ぼくらの社会の大事」です。

○ YouTubeで「弥生時代の日本語で会話」と言うテキスト動画を見た。縄文時代から現代までの言葉の変遷を、会話形式で示したものだ。偶然見たので、まだ何とも言えないが、おもしろい試みだなと思った。当然だが縄文語の会話も弥生語の会話も、そしてそれ以後の会話もよく分からないものだった。はっきり分かるように思えたのは、江戸時代以後になってからだったように思う。
 一つはこういう試みなり動画なりが、数年前から行われていたことに驚いた。それから結構なチャンネルの登録者がいたり、三千に近いコメントが寄せられていることにも驚いた。興味や関心が持たれていると言うことだ。改めて、こういうことがコツコツ行われているのだなと思い、また感心もした。発信者も視聴者も、ますます知見を広げて、ぼくのようなぼんくらにも成果の一端を届けてほしいものだと思った。こうした世界に時々は足を向けてみたいとも考えた。
 商業ベースに乗らないこういう試みなり作業なりが、SNSを介して細々とでも行われていると言うことは、とても心強く思う。パトロンなしに、無報酬と変わらない形でこんなことも継続されていると思うと、おそらくは成果としては遅々としたものにならざるをえないだろうが、よいことだなとぼくは思う。
 昔で言うと同人誌の活動に似ている。アマチュアリズムだ。ぼくにとってのそうした試みの最高峰は吉本隆明さんが中心となって刊行した「試行」という雑誌だった。そうしたものの小分けになった草の根運動的なものが、前述の試みの中に継承されているという気がする。いろんな分野や領域に、いっぱい芽が出ているのかも知れない。まだまだ捨てたもんじゃないということになるし、改めてやる気と勇気もわいてくる。
 これとは好対照になるが、東京大学院医学部附属病院の汚職事件というニュースがあった。医療の腕は一流かも知れないが、人間としては三流というほかはない。組織的にも腐って発酵していたようで、内部的な自浄作用が行われなかったことや、東大ブランドに忖度して事件を過小評価的に扱ったと、調査結果で報告されたと言われている。そんなもんだろうと思い、少しも驚かなかった。アカデミズムの成れの果というものは決まってこういうものだ。一分野の専門家が、人間としても一流か上等かというと、必ずしもそこには因果関係はない。かえって他の面ではロスしているに決まっているから、総合的な人間力としてはいびつになることが多い。専門の穴蔵にいる分にはいいが、そのまま広場に出たらやらかしを犯すことも多くなる。強く罵ったりするよりは、他山の石と眺めておく方が無難だ。


2026年4月10日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「受信と発信」です。

○ パソコンの性能、機能は、ぼくにはもう十分だ

 最近になりパソコンが安定してきてほっとしている。OSは言うまでもなくWindows11で、しばらく調子が悪かった。原因はアップデートにあったことは世界的にも知られえている。本来はパソコンを安定させたり、より快適に使えるためのアップデートが、逆に調子を狂わせていた。それを修正するパッチやアップデートが、追い打ちをかけるように更に調子を狂わせていた。
 それが3月になり4月になり、修正プログラムが功を奏するようになったためか、グンと安定してきて、再起動ほかのメンテナンスを施す必要もなくなって、まあまあサクサクと動くようになっている。

 ぼくはブラウザでのネットアクセスと、ワープロソフトでの文章作成くらいしかやっていない。今はそれがスムーズに出来ていて、このスムーズさがとてもありがたく、またとても便利な道具だと改めて実感できている。
 しばらく前はこれが頻繁にフリーズするようになって、このパソコンも寿命かと考えるくらいだった。それがなくなってみると、まだまだ現役という感じで当分は使えそうだという気がしている。
 例えて言えば掃除機や洗濯機と言った家電で、しょっちゅう動きが止まったりしたら大クレームである。リコール沙汰である。家電というのは、経験上、そう頻繁に故障しないと言うことで、ぼくの中では一定の信頼がある。電源を入れるといつも同じように働いてくれる。ぼくの中では電化製品というと、そういうことが当たり前としてインプットされている。だから今回のOS不調の騒動は、ある意味とても我慢ならないものだった。本気で別のOSに代えようかと思ったくらいだ。だが、年のせいか一からのやり直しは面倒で、電源長押しなどもしながら使い続けた。

 いざ調子がよくなってみると、やはりこれほど便利なものはない。主には先の二つのことをやるだけだが、その合間にもいろいろなことをすることもあり、そちらも支障なく出来て、結局は使い勝手がよくて大満足。日々の流れもギクシャクすることなく流れて行く感じだ。こうなると、本当にありがたみを感じる。
 ぼくはもうパソコンは今の性能や機能があれば十分で、これ以上の新機能は望まない。ただただ今の機能が長く継続してくれればいいだけである。今の一台が長く使い続けられたら、それが一番いいのだ。もう家電感覚で、一台を使い切る、そういうことでよいと思っている。難しいところだろうが、そういう需要もあると言うことはマイクロソフトでも何でもいいが、知っておいて欲しいと思うし、お願いもしたいところだ。そのための投資もずいぶんとしてきた。もう、パソコンでも、配当と優待だけを受け取るだけにしてもらいたいものだ。


2026年4月9日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「小さく響く声」です。

○ お知らせ

 掲示板の方に、nishiyanさんの「水詩(みずし)#25」が投稿されました。是非そちらの方もご覧ください。

○ 日本語のルーツの研究が、言語学からだけでなく、考古学とかDNA解析とかの研究との合わせ技で進められているそうだ。それによると北東アジアのある地域が、周辺地域との類似性を保持していることが分かり、日本語もその辺がルーツになっているらしいとのこと。だがまだ確定とまでは行かない段階にあるそうだ。
 このように研究は進んでいるらしく、他分野との合同の研究と言うことも何かしら期待が持てそうな気がする。素人考えだが、言語学という専門性から突き詰めるだけでは限界があるのかも知れない。

 そういう専門的な研究からのアプローチは、一方で進んでいってもらいたいが、それはそれとして、素人のぼくらは素人なりに漠然と言語について考えると言うことも悪くないことだと思う。

 先の研究によると、遡ること9000年前、その地域で使われていた言語が元になっているらしいとのこと。日本で言うと縄文早期か前期のことだから、そうして考えると、日本語の元は縄文人が話していた言語とは別の系統と言うことになる。
 そうなると、日本語の祖語は縄文人のあとから日本に渡ってきた人たちが話していた言語が、後々全体に広まったと言うことになるから、おそらくそれは渡来系弥生人たちの話していた言葉だろうと思われる。
 そして先住の縄文人と渡来系弥生人は混血が進んだと言われているから、言葉もまた縄文人の言葉と渡来系弥生人の言葉とが混じり合って、現在日本語の元になる言葉ができあがっていったように思われる。

 これだけで考えると、日本人も日本語もかなり渡来系弥生人が元になっているような気がする。祖先も祖語も渡来系でいいのだろうか。どうもそうならざるを得ないような勢いだが、そうした時に先住の縄文人や縄文の言葉はどう考えたらいいのだろう。比率は異なるだろうが、人も言葉も混血している。その混血を祖先、祖語と考えるべきなのだろうか。あるいは混血以前の渡来人とその言葉とを祖先、祖語と言うべきなのだろうか。いや、もっと古い層には縄文人と縄文語があったわけだから、そこを日本人や日本語の元と考えるべきだと言うことになるのだろうか。
 現在から見て一番妥当だと考えられるのは、ぼく個人としては縄文と渡来系弥生の混血が現在日本人の祖先に当たると見なすべきで、日本語もまた同様に弥生人の言葉と縄文人の言葉との混血が、現在日本語の祖語になっていると考えるべきだと思う。

 これは現在の日本人や日本語を元に考えて、抽出した要素をできるだけ遡ったところで見えてきた光景と言うことになる。つまりすべてを調べ尽くして見えてきた結果と言うことではない。混血の一方である縄文人なり縄文語なりはまだよく分からない。そう考えると、先の結論めいた日本人や日本語の祖先、祖語についてもまだまだ仮説に過ぎないと言うことにもなるのだろう。まだまだ解明すべきことはたくさんあるし、いよいよ、おもしろくなってきたじゃない、と言うところかと思われる。

追記

 あとになって、日本語には漢字や英語などが流入してきている。今のところそれらは元になる日本語があって、別に追加されたと捉えられている。現在から見るとそんなところだが、あと数千年、数万年立ったところから見返したら、溶け合った全体が日本語と言うことになっているのかも知れない。
 現在のぼくらが考える日本語からして、奈良や平安の時代からすると、とても理解できないくらいに変化しているところもある。もう、古典なんかまともに読めない。現代語訳しなければ読めなくなっている。この微小な変化の連続は、日本語内部でも起きているわけだから、それを考えるとルーツを辿ったところであまり意味ないことのようにも考えられてくる。それに地域ごとの方言もあり、これはこれで近隣でも訳が分からないこともある。そうなると、縄文時代に話されていた言葉といってもけして単一ではないのだろう。渡来系弥生人の言葉だって、複数回渡来したとなれば、微妙に違った言葉が入り込んだかも知れない。

 混乱してきたので今日はこれでやめます。


2026年4月8日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「クイズ三択」です。

○ ぼくは敗戦の6年後の生まれです。戦前は戦争はするもんだ、戦争には行くもんだという時代だったと思います。敗戦を迎えて一気に反動へ流れ、戦争反対、世界平和を叫ぶ声が大きくなったと思います。ぼくらは世の中の流れの、その延長上に育って来ました。
 ぼくが大学に入った頃、まだ共産主義、社会主義の政治の風は吹いていました。それからの在学中には、その風を正面で受け止めたものもいれば、逃れていったものもいたと思います。ぼくの感覚では、連合赤軍のリンチ事件をきっかけに新左翼運動は退潮して行ったと思います。
 そこからすっかり政治の風は止んで、やはり一種の反動でしょうか、ぼくら若者はみんな経済社会へ潜り込んで行ったという感じです。エネルギー自体はあったでしょうから、それは高度経済成長に繋がったかも知れないですね。
 80年代90年代と来て、政治離れ、それから文学離れみたいなのも加速して行った気がします。全体的にこれも一種の反動という気がします。それに70年代からの経済成長期には「モーレツ社員」という言葉もありましたが、その反動というものもあったという気がします。あまり向きになって仕事をしないとか、「しらけ世代」と言う言葉も生まれました。3K、「きつい、汚い、危険」な仕事は敬遠する若者が増えたと言うこともありました。

 こうしてぼくらの世代においては、時代というものは、反動、反動、反動を繰り返して進むもののように見えた気がします。
 この先もそのように進むものかどうか分かりません。現在を見ると、そういう動きと、そうでもない動きがごっちゃに進んでいるように見えます。


2026年4月7日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「政治的言説」です。

○ 日本を誇るという考えを考える

 日本は世界で一番古い単一の王朝国家だと言われています。もちろん日本より古い時期に誕生した国家はありますが、ほとんどは別の国家に取って代わられていて長続きしていません。日本は皇統が引き継がれていると言うことで世界的にも珍しく、長く続いた国家と言うことになります。
 このことを誇りに思う人たちもいます。その人たちは皇統に関係する人たちかどうか分かりませんが、全く無関係でもそう思っていると言うことは面白いことです。

 記紀に記された初代の神武天皇が、実在したかどうか分かりません。実在してもしなくてもどうでもよい気がします。問題は倭国大乱に至る当時の百余国のうちの一国、部族ないしは連合部族の首長だったろうと考えられることです。その出身もどこか分かりませんが、地域内では長らく君臨した有力豪族の系譜に連なる人だったに違いないと思います。

 全体を統一する前は小国が百余国存在していました。そうしますと、それぞれの地域ごとに有力な豪族が百余人存在し、それぞれに地域内では崇められていたと思います。当時は、百人以上の小国の王たちがいて、可能性としては誰が統一部族連合の王になるか分からなかったはずです。そうして押し合いもみ合いして一人に決定していくのですが、その過程で敗れた地域の王なり豪族なりはいたわけです。極端に言えば百人以上が傘下に下ったことになります。これって、当事者の立場になると、悔しいことではなかったでしょうか。

 直接に皇統の系譜に連なる子孫や末裔であれば、この日本という国なり皇統の王朝なりと言うことを誇りに思っても仕方がないと思いますが、傘下に下った側の末裔なり子孫が、これを誇りに思うことが不思議な気がするのです。関係がないのに、と思います。あるいは末席に座らされた一族の末裔なり子孫かも知れないのに、従属に甘んじるばかりか、これを誇りとすると言うことがよく分かりません。

 ずいぶん後になって戦国時代というのがありましたが、かつての豪族のように、各地に有力な武士集団が形成されていました。そういう中から織田信長や豊臣秀吉、徳川家康の台頭がありました。そのほかにも上杉謙信や武田信玄、その他大勢の武将がいたわけです。
 これに似たことが、弥生の終わりから古墳時代にかけてあったのだと思います。今でも多くの日本人はこれらの武将を英雄と見なしたりしていると思いますが、よくよく見れば、大義を掲げてはいても、実際には人殺しも厭わない悪党集団でもあったと思います。天下安寧のためなんてよく言われますが、今般のプーチンやトランプを引き合いに出すまでもなく、実質は自分たちのためでしょ。

 そういう者たちをいまもって支持するとか、誇りに思うとか、偉人・聖人のように遇するとか、おかしくないですか。ぼくはそう思います。そうしてただこの地に暮らしてきた人たちに、ヤクザの「みかじめ料」みたいな貢納を半ば強制的に課すことになって行ったわけです。有無を言わせずやってますよ。この悪法が、現在まで続き、肉体労働をせずに暮らしていける連中の資金源になっています。税金で食っている連中はみんなそういうことでしょう。そのきっかけを作ったのが国家を建国した者たちです。それは成り行きですから批判はしませんが、別に誇ることでもないとぼくは思います。
 現在でも、よくアメリカに従属していると批判する人がいますが、ぼくは日本国が誕生してからこの地の住人はずっと王権と政権に従属してきたんだと思っています。なので今日のわれわれ庶民、民衆は、王権と政権とアメリカと、三重の従属下にあると言うことになると思います。従属そのものは悪いとは思いません。ただこちらに独立するだけの力がついていないと言うことだと思います。われわれ日本人にはそういう力がないと言うことです。これを悔しく感じるならば、力を付ける以外にないわけです。武力や腕力ではないですね。知力であり、思考する力ですね、必要なのは。


2026年4月6日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「自分のリーダーは自分であれ」です。

○ 気温がぐんと上がり、ここ宮城もあちこちで桜の開花情報が飛び交っています。ちなみにぼくは今年はまだ桜の花を目にしていません。近場でも結構桜の木がありますから、そのうち目にすることと思いますが、楽しみです。

 アメリカが仕掛けたイラン戦争が長びきそうだと言うことで、特に石油関連の物不足の懸念がニュースになっています。ロシアのウクライナ侵攻のときもそうでしたが、日本は直接には関係していないのですが、輸入大国でもありますからとばっちりを受けざるをえません。あれから生活関連の品不足や高騰が始まり、今回のイランとアメリカの戦争ではさらなる物不足や物価の高騰が不安視されています。

 こんなことがあっても何ら影響を受けないのは、アマゾン流域に住む文明未接触の種族だと思います。自立した生活スタイルを保っていますから。
 別に文明と未接触になりたいわけではないですが、なんかそういう生活にヒントが一つ二つ隠れていないかなと思ったりします。
 考えるのは経済的な自立ですかね。この場合の経済的な自立というのはあくまでも個人の生活レベルでの話で、世界不況や社会的な不況、あるいはインフレ、デフレと一線を画す経済的な自立は可能かという問題になります。
 ぼくは可能だと思うのですが、現在日本でも、比較的に外部の影響を最小限にすますことの出来るスタイルというのは兼業農家かなと思います。これは農家ではなく酪農や漁業でも同じです。物々交換も考えた上で、一年間の食糧事情をギリギリ自分たちでまかなえる、そういう状況にあれば強いんだと思います。
 ぼくのように会社員公務員でやってきて、老後には何もない、消費生活を続けるしかないとなると、もうすぐにお手上げ状態になってしまいます。これは今からでも遅くないから、制度的に考えてもらいたい問題です。個人生活、家族生活の最小限の基礎というものですね。わずかな耕作地です。「生活基礎法」とか言う名前を付けたりしてね。義務教育ならぬ義務耕作法です。江戸時代の安藤昌益がこういうことを言っていました。
 現在の人々の暮らしとあまり大きく変わらない形で、余暇の時間、遊びの時間を少し削ってやる。少しだけ生活の足しになる。その程度のことでもずいぶん違うんじゃないかなと妄想します。


2026年4月5日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「終われない旅」です。

○ 最近思うことの一つ

 人間の活動から意味とか観念的なものをすべて抜き去ると、人間の見え方は他の動物の見え方と変わりない。普段から、人間を動物一般のように見る見方をしているのは他の動物たちだ。他の動物たちは人間の言葉を理解しないし、意味や観念を持って人間が動いているとは理解できていない。犬や猿を見るようにしか人間を見ていないはずだ。

 人間は自分が動物の仲間だと言うことは知っている。しかし、明らかに他の動物たちとは違っていることも知っている。人間は明らかに他の動物にはないものを持っており、それは観念=幻想というものである。

 神を見ようとしたり仏を見ようとしたり、あるいは高貴・卑賤を見たりするのは幻想的な行為である。人間はそういうことをする。幻想の中にそういう枠組みを作り、幻想的な世界を構築する。
 ぼくらは神などいない、存在しないことを分かっている。あるいは人間に高貴・卑賤の区別がないことも理解している。しかし、実生活的には神社を祀り、他人を見るに高貴・卑賤の目をもってする。すべて幻想のする行いであり、時に、無いものを有ると強引に主張する。人間は幻想的であり、幻想を信仰し、生存中は幻想を生きる生き物だと言うことも出来る。

 つまり、どう言えばいいだろうか。人間は神のように振る舞うことも出来れば、虫けらのように振る舞うことも出来る。だが神でもなく虫けらでもなく、そうした意味では実に中途半端な生き物に過ぎない。中途半端で宙ぶらりんな生き物だ。
 人間は誰でもが、人間とは中途半端な生き物でしかないということを知っておいた方がよいという気がする。生き物の中では孤立した、珍しい生き物である。そしてそれ以上でもそれ以下でもない。人間が他の生き物よりも優れているという考えは、単なる人間の幻想行為の一事に過ぎず、人間の幻想以外でこれを証明することは出来ない。「自然」の中に、人間の上位、優位を示すものは何もない。ただ人間がそう考えている、そう思っている、幻想上のそれだけのことに過ぎない。

 人間が築き上げてきた幻想世界というものは実に厄介なのである。
 例えば「日本人とは何か」、「日本人はどこから来たか」などなどを考える時に、必ずと言ってよいほど「日本人の心」「日本人の魂」と言い出すものがいる。そうして決まって、他民族に対する日本民族の優位性を重箱の隅をつつくように探して主張したりする。それ自体が幻想の行いそのもので、幻想だからどうにでも言えてしまう。仮に科学的論理的に論証しても、それ自体が幻想の行いだから宗教性が混じり込んでいる。

 ぼくは神社を祭る風習も、神社それ自体の存続も否定するつもりはない。けれども世の中にはそれを過剰に評価したり、日本人の精神のよりどころとしてなくてはならないと主張する者たちもいる。それも否定するつもりはないが、ただ、いまこの時にも苦しく生活をしている人もいて、そのことをそっちのけにして、神社の維持・修繕に
躍起になる姿を見ると、つい、順序が逆じゃないですかと言いたくなる。そういう余財があれば、そういう余財をかき集めてやれることがいっぱいあるじゃないか、そう思うのである。
 ぼくには世の中に対して、そういう合点のいかないことがいっぱいある。だから合点がいくようにしたいという気持ちもある。しかし、これを世の中の上層に立って実現しようとは考えない。上に立つ時点で合点がいかないことを一つ上乗せすることになるからだ。あまりにも迂遠だが、一人一人に語りかけ、どう考えるかは一人一人の自由であるという形で人には託したいのだ。そこだけは死守したいと考える。

 言い残したと思うことが一つある。それは人間が作り出し作り上げてきた幻想世界に、誰一人押しつぶされてはいけないと言うことである。逆に言うと、押しつぶされることが多いと言うことである。幻想世界がどんなに堅固に、どんなに抗しがたいもののように眼前に見えているとしても、それは幻想に過ぎず、言ってしまえば幻である。幻に比べたら、例え一人でも、人間が実在していると言うことは、なんと言えばよいか、遥かに、遥かに、大事というものである。そうとしか言いようがない。そのことが、この頃は現象として逆転している気がする。それは絶対に誤りである。それを最後に言って、これを終わりたいと思う。


2026年4月4日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「死人の国」です。

○ 成人の言葉や意識には秩序があります。あるいは秩序が出来ていると思います。それは大まかに言うと文法になっていると思います。1歳未満の赤ん坊には、それがないと思います。なので大人から見ると、宇宙人のように感じられてしまいます。それは動物的と言ってもいいわけですが、人間は人間の赤ん坊を動物的とは言いたくないし、動物よりは賢そうに感じるから宇宙人と例えるのだと思います。
 これはぼくの経験と考えです。ほかの人たちがどう考えているかは分かりません。
 大人の言葉や意識には秩序や文法があります。持っているものから持っていないものを見ると、そこに越えられない間隙というか断絶というか、そういうものが感じ取られます。ぼくは北海道でヒグマを見た時に、異質な生き物だと言うことを強く感じたことがあります。犬や猫や牛や馬など、比較的人間の生活範囲の内側に存在する生き物たちとは違うと一瞬で分かった気がしました。

 一歳前後から片言言葉を話すようになります。それがある時を境に、急激に口にする言葉が増えていきます。おそらく、秩序と文法が身についたんだと思います。

 初期の人類には、精神や意識と言う面で、乳児や幼児と同等の時期があったと思います。そしてその時期は、期間で言うと数万年とかそれ以上の単位だったのではなかったかと思います。これは憶測だし想像です。
 どちらが先か分かりませんが、意識が意識できるようになった時に言葉が使えるようになったと思います。人間で言うと1歳から3歳くらいの間でしょうか。これくらいに初期の秩序や文法が完成するのかなと思えます。内側に出来るものですが、個体によって少しずつ差異があります。

 ぼくの想像では、ホモサピエンスがまだアフリカにとどまっている間に、そういうところまで発達したのかなと考えます。
 ぼくは何も参考になる本や文章を読んでいないので、これは全くのでたらめかも知れないです。ベースにしているのは少しありますが、ずいぶん以前の切り貼りの知識だけで推測、憶測しています。とりあえずこういうところを頭の中で捏ねくり回して遊んでいます。勉強が嫌いなので、もっともっとずっとこんな感じで遊ぶつもりでいます。学術的な真理なんてAIでいいです。任せます。


2026年4月3日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「いろいろな声」です。

○ 幻想の現在地についてのメモ

 歴史は不可避を進む。こうなってきたものは、その途次にどんな不条理の力が働いたとしても、もはやそれを正すことは出来ない。間違いだった、誤りだったと言ってもどうにもならない。未来に向かっても、おそらくはそういうことになる。

 たぶん古来から人々が目指してきたのは、よりよい生活社会というものである。それに向かって人々は考え、発明をし、改革をし、あるいは修正に次ぐ修正を繰り返してきた。それらは目に見える形と目に見えない形との双方で発達を遂げ、今われわれの前に展覧され、展開されている。

 だが発達は、われわれにとってよいことばかりではないことをわれわれは知ってしまった。発達に見合うように大きな戦争が起き、極端な経済格差も生じ、われわれの世界や社会に対する満足度は高度な発達に見合うほどに高くなったとは言えない。特に精神の領域において、われわれはかつてないほどに窮屈に追い詰められ、個別化を余儀なくされ、行き場を見失って彷徨っているかに見える。
 例えば引きこもりという現象がそのことを端的に物語っているが、その反動として群れを作ったり、絆を叫んだり、助け合いましょうと口々に言ったりすることは、そういうことの裏返しで、本質的には同じ症状の現れの違いがあるだけである。われわれに備わる幻想の力は、そう言うことが出来るし、またそのようになりがちである。

 われわれは豊かになった物質や人工物を前に、これ以上ない理想の環境の中に生きていると自分を信じ込ませることも出来れば、最悪の中に生きていると信じ切ることも出来る。いつの間にか幻想人間として、幻想世界を生きて行くほかなくなっている。人間でなくなろうとしているのか、人間性だけの人間になろうとしているのか。ぼくらは生まれたままの自然な人間のあり方というものを望み、求めてきたが、これも唯一無二の真理とかでも何でもなくて、数あるエゴのうちの一つに過ぎないのだろう。そう考えると次の句が継げない


2026年4月2日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「きれいな街」です。

○ お知らせ

 月一で掲示板に「水詩」などの作品を投稿していただいているnishiyanさんから、同じく掲示板にお知らせが届いていたのでお伝えしておきます。
 nishiyanさんはかねてから詩人で思想家でもあった吉本隆明さんの文章をデーターベース化しておられます。その量とその営為とは半端ではありません。そこに新規の文章を加えたというお知らせがありました。詳しくは掲示板を開いて直接ご覧になっていただければと思います。文章掲載先のアドレスも書かれているので、そちらに飛んでみることが出来ます。


○ 縄文と弥生についてのメモ

 ある資料によれば、縄文早期の人口は2万人ほど。前期は11万。中期が26万人。後期になると16万人で、晩期は8万人ほどとなっている。グラフにすると、きれいに山型になる。これが弥生時代になると、一気に59万人と増加する。ここから様々な妄想を膨らませることが出来る。いつ誰がどこから来たか。人たちはどのように暮らしたか。海や山や平野に散らばっていたか。季節や気候の変動によって移動していたのか等など。数え上げたらきりがない。たぶんぼくは死ぬまでこうした妄想を反芻するに違いない。

 これだけでいろんな想像が出来て面白いが、さらに進めて見ていくと、飛鳥時代奈良時代と来て610万人ほどになり、江戸中期に3128万、明治維新で3330万人。そこからはうなぎ登りに増加して、2008年のピーク時には12808万人と1億人を超している。

 さて、縄文早期の人口2万人に戻って考えると、これを都道府県の数47、約50として割り算すると40になる。つまり、一県あたり40人くらいしかいなかったことになる。世帯数で言うと10軒にも満たない。一つの県に家が10戸しかない。
 ぼくの住んでいるところは宮城なので、宮城県には10戸もなく、40人もいなかったという計算になる。縄文早期ではそうなる。実際には0人だったかも知れない。
 ピークである中期で考えてみると、26万を50で割って一つの県に5200人。4人家族グループで考えると、県内に1300のグループが散らばっていたと言うことになる。県内には50市町村があるから、これを50で割ると24。各市町村に24軒ずつ存在した計算になる。一つの県に住居が24戸。想像できないほどの過疎だ。4人世帯と考えると、人口では96人足らずとなる。ちなみにぼくの住む富谷市は約20900世帯。24から20900となると、約870倍になる。

 当時は家族単位でバラバラに存在したのか、あるいはもう少しまとまっていたのかは分からないが、いずれにしてもこの時期には他のグループに遭遇することはほとんどなかったし、あったとすれば非常にまれなことだったに違いない。

 縄文期は14000年続いたと言われている。その間、一番少ないのが早期で2万。一番多くなっているのは中期で26万人。14000年でこれくらいの違いだと増えたと言っても微妙だ。増える原因は、基本的には狩猟採集民だから、気候により植物が繁茂して動物の個体数も増えたりしたからと想像できる。四方を海に囲まれているから漁業の発展なども考えられる。
 あるいはまたこの14000年の間に、新しく島国に渡って来た新参のグループもあったかも知れない。

 弥生になって59万人と増えたのは、もちろん渡来系の人々がたくさん島国に渡ったりたどり着いたと言うことと、稲作が広まって食糧事情が安定したり定住化が進んだりしたからだろうと思う。縄文ピーク時の2倍の人口になっている。米作りを中心に定住した渡来系弥生人は順調に人口数を増やし、増えた分田畑も広げて行ったと思われる。狩猟採集の縄文人の中にも真似をする者が出たり、盛んに交流するようになったとも思われる。もちろんその逆もあって、未接触を望んで森の奥深くへと移動した人たちもいたかも知れない。
 以後の歴史では、渡来系弥生人と縄文人とが混血し、ざっくりと言えば渡来系弥生人のDNAを保持した人々が、日本全体に広がりを見せたことになっている。縄文のDNAを色濃く持つ人たちは、東北以北と沖縄地方にわずかに残っている。
 古墳時代にもう一度渡来系弥生人の波が押し寄せたことが伝えられていて、日本国建国の過程において渡来系弥生人の働きは大きかったと言わなければならない。人口も増え、米の収穫にも差がついたりするようになり、多くを蓄えることが出来た人々もいて、その蓄えにも差が出てくるようになったと思われる。次第に激動の時代へと近づいて行くこととなる。


2026年4月1日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「枯木に花を咲かせましょう」です。

○ 今日からこの欄を新しくします。「てならいのうた」も同様ですが、そちらの方は以前の分は以前の分としてリンクを張って見られるようにしています。こちらの方も同じように残しておこうと考えたことはあるのですが、まだ実行に至っていません。

○ 社会性と言うことを巡って

 ぼくたちは社会生活、家庭生活、それから個人的な生活と、3つの次元が異なる生活を行ったり来たりしてして暮らしています。一般的には、その中では社会生活が重要なことのように考えられているような気がします。
 社会生活と言えば何と言ってもその中心は仕事と言うことになると思います。仕事での社会や他者との結びつきが、今の社会では一番大きくて太いものだと思います。
 
 さて、年金生活者のぼくらとなると、社会から戦力外通告がなされて結びつきが薄くなります。ぼくのようにあとは家庭生活と個人的な生活だけになる人も多くいるかと思います。
 これまで仕事に費やしていた8時間がぽっかり浮きます。初めはこの空白に戸惑うこともあるかと思いますが、やがてこれまで前後に押しやられていた家族や自己自身の時間で、これを埋めていけばよいことが分かります。
 
 まあ、これを冗談半分で考えると、子ども時代の学校の時間が消えたようなもので、喜ぶべきことなんだと思いますね。学校がないんですから。夏休み、冬休みがずっと続くんですから。好き勝手にやれるわけです。長生きすると、こんないいことがあるんだ、となります。
 もちろん、ちょっと飽きたなとか、退屈だなと感じる時もあります。しかし、そういうことも含めて、社会生活なしで過ごせることはとてもとても快適なことです。
 ぼくの場合は年金額が少なくてちょっと窮屈なんですが、それでまた始終家の中にいられて、お出かけの準備の煩わしさもなくて、かえって好都合なところもあるわけです。ひげを剃らないとか、髪をとかさないとかも含めてね、毎日ものすごく気が楽に過ごせます。田舎育ちのぼくにとっては、世間体をほとんど気にしない子ども時代に帰ったような気さえします。
 
 こうなってみると、なんて楽なんだと思います。若い時は、まるでお侍さんが身支度を調え刀を腰に差してお城に向かうかのように、気合いを入れてスーツを着てネクタイを締め、毎日会社に出かけていました。そういうものだと思い、それが当たり前でしたから何の疑問もなくそうしていました。
 
 お金のため、生活のためとは言え、どうしてそういうことが普通、当たり前のことだと思い込んでいたのだろうかと今は思います。当時のぼくらにはそういう道しか開かれていなくて、みんながそれに殺到しました。でも最近の若い人たちはそうではないですね。働き方も多様になり、家族生活や個人の生活を大事にする人が多くなった気がします。ぼくはそういう生き方に賛同します。
 そういう生き方が不可能ではなくなっていますから、年金生活者になってからと言うのではなく、今流行の在宅勤務とかいろいろな方法を考えて、家庭生活、個人生活の両立を目指すようなやり方を工夫して行けたらよいと思います。 
 今でも社会貢献だとか、社会に資する生き方を大切にしようとする人は多くいるかと思いますが、それはそれでやっていってよいのだと思います。ぼくはいやいややった方の口なので、社会と少し距離を置いた今の生活の方がいろんな意味で調子がいいです。そうしてあの時期の時間が、少しもったいなかったなあと感じています。
 現在会社員や公務員としてバリバリ働いている人も、いつか戦力外通告を受ける日が来ます。でも、それを社会的喪失としてではなく、家族的個人的な時間の獲得だと受け止めたら、前向きな気持ちになれると思います。
 
 江戸期は9割が農民だったそうですし、近代社会前ですから、せいぜい目の前にあるのは地域社会というものでした。今よりはずっと親和的な空間でしたから過ごしやすかったと思います。家族、親戚の延長上でした。
 そう考えると近代社会、現代社会での生活というのは、日本人にとってはまだまだ目新しい、特別で特殊な生活体験と言えるのかも知れません。家族を中心に置く働き方も選ばれるようになりました。これからどう進むか分かりませんが、そういう人たちが増えると社会もまたそういう方向に向かって変わっていくのかも知れません。もちろんもう一方で逆にグローバル化しても行くでしょう。無国籍的に世界を渡り歩くとかね。ぼくには縁がないので、そちらに関してはよく分かりません。ただそれはそれでナショナリズムとは違いますから、悪くない気がします。ナショナリズムが一番きついのではないでしょうか。今の段階では、そういう社会性から距離を置く置き方が、難しいし、またうまくやることが大事なのではないかなと言う気がします。