2026年5月2日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「公的な詐術」です。
○ 物語生成装置(教育・メディア)が多元化したのは、校内暴力や不登校などの影響があり、同時に教育やメディアに対する不信感が高まってきたからだと思う。民間での支援も増す中で、公的にも支援体制を拡大しなければならなくなった。だが、官民での協働支援のどちらにもぼくは積極的に賛同できないと考え続けてきた。なぜならば、そこには病気治療と重なる、現行社会への復帰、送り込みの観念が底流しているからだ。
現行社会に適応するための支援。それは特に日本の近代化に伴って必要とされた。新しい国造りのために、それを補助する体制が必要とされた。
日本近代、つまり明治維新から今日の現代日本まで、国の指導者たちが懸命に行ってきたことは外国に対する我が国の強固な国家体制造りである。国家の方針、目標に向かって国民を変え、もって育成することである。
国民の実態に合った、国民が望むような国家を作り上げることではなかった。全くベクトルが逆向きである。
その思想、その観念は、戦後八十年を過ぎた今も同様である。戦後の新憲法の精神は、古い保守層の精神とはどこかで相容れないところがある。それが最近の憲法改正の流れにも底流する。
簡単に言うと、公私の公を優先する考え方、思想である。これが今なおゾンビのように生きている。生きていて復活しようとしているとぼくは考える。
つまり依然として大きなものが大事に考えられている。数が多いもの。公的なもの。そういうものを優先するために、妨げになるもの、障害になるものを、主となるものから遠ざける、外に追いやる、それが当たり前だという考えが日本人の精神の根っこには絡みついている。そして最悪であることは、誰もそのことに気付いていないと言うことである。逆に、よいことをしているつもりになっている。一例としては、障害を持つ子には個別の環境で支援する方が力がつく、という考え方だったりする。
これは典型的な例だが、よくよく考えるとこの考えの底には、現状の社会はそのままに、それに併せて子どもを変えよう、作り上げようという考えしかない。これは日本人一億人すべての考え方である。我々にはそういう考え方が根っこにある。土着の感性、土着の思想というものである。この主観を客観視できないで来た。文明は近代化から現代化へと順調に進んだ。だが、ぼくたちの精神は近代を超えていない。後進的なアジアの感性が染みついたままだ。本当の個人主義と民主主義が根付いていないんだと思う。ぼくらはそういう教育を受けて、そういう方向に徹底していくのがふつうかなと考えている。それを実現した上でその先を考えたいと言うことだ。だがその実現は甚だ難しい。そうこうしているうちに三陸沖や南海トラフなどの巨大な自然災害が起き、国と社会と一からの立て直しが必要になるかも知れない。それに一縷の期待を託す人もいる。ぼくも、そういう時に一人の「正人」が出現してくれたらと期待する。ぼくなんかでは全然力不足なのだ。
2026年5月1日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「更新と改良」です。
○ ぼくは一年中ゴールデンウィーク
一昨日の29日はゴールデンウィーク初日の「昭和の日」と言うことでした。忘れていました。と言うか、ぼくには実感がありません。ぼくなんかは1年を通してゴールデンウィークみたいなものですから、どうと言うこともありません。かえって街場も海や山も人出で賑わって、煩わしくなるなという感じです。道という道には車があふれます。こちらはスーパーへの買い物などにも煩わしさを感じ、億劫になります。でも食料品は買いに行かないわけにも行かず、渋滞しがちな道に乗り込んでいかないわけにもいきません。
高齢者にはGW特別補助金でも出せばいいのにね。そうしたら元気溌剌、喜んで湖畔公園なんかに出かけるのに。
まあそんなことはないわけですから、引きこもります。引きこもってテレビを見たり、PCでYoutube動画なんかを見ることになります。飽きたらたぶん目を閉じて1時間くらい仮眠です。
おもしろいですね。最近は睡眠も浅く、短く、反動で、覚醒も浅く短くなってきているようです。もっと言うと、起きているのか寝ているのか区別がつかないくらいになりそうです。たぶん年取って筋肉が緩んでくるように、精神の方も負けずに緩んで行くみたいです。なんと言いますか、すべての境界が曖昧になり、溶け合って、それから視覚、聴覚などの感覚も分離・分化以前に退行して、原始帰りして行き、そしてさよならと言うことになるのでしょう。面白いですね。一部始終に立ち会って観察したいものです。そしてそれを記述できたらいいのでしょうけど、まあまだまだ無理でしょう。意識したことをコンピューターが拾って、自動記述できるくらいになれば可能かも知れません。ギリギリまでね。でも当人にはあまり意味あるものにはならないでしょう。他人が読んで、面白いと感じるくらいでしょうね、きっと。
2026年4月30日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「上陸の先陣」です。
○ ニュートラルに世界を見る
無職で遊べるほどの年金でもないから、ちょっとした引きこもり状態で毎日暮らしている。こうやって暮らしてみると、案外引きこもり生活は悪くないと思う。幸福でも不幸でもない、ごくふつうのことという感じになる。
これを孤独だ、寂しい人生だと捉える考え方もあるだろうが、実際にこうやって暮らしていると、そういう外部にあるだろう共同幻想を幻想として思い浮かべることがちょっとした支障に感じるだけで、それがなければ何の問題もない。
ぼくを襲うのは社会でも社会の偏見でもない。自分の中の共同性についての幻想である。分かりやすく言えば、自分の中に形成された社会常識、それは共同幻想でもあるけれども、そういうものが責め立てるように自分自身を取り巻くのである。そしてそれが金縛りのように、自分を縛ることになるのである。世間や社会が縛りに来るのではない。自分の中の世間や社会と考えている幻想が、自分を縛る。
金縛りは意図せずに体が硬直して動かせなくなる現象だが、睡眠中に脳神経の内部にずれが生じてそうなる。つまり自分の身体のメカニズムによって生じている。精神においても自分で自分を縛ることはあることなのである。
誰かが金縛りにあっているとして、側で見ている人には寝ているとしか見えないはずである。
孤独な人生だ、寂しい人生だと思っている人は、想念としてそう思っているのである。しかし、よくよく考えてみると、ひとりで生きていることがすべて孤独で寂しい人生かどうかは分からない。ぼく自身、ずいぶんそういうことを考え悩んだりした経験も多いのだが、結論としては、そういう時はそう考えなさい、そう感じなさいと教えられ、学んだ結果だという気がする。生まれた時にそんな考えはない。
世の中の通念としてそうなっているけれども、実際に社会とのしがらみが薄れた状態になってみると、これが意外と快適に感じられたりする。しかし、まるっきりそうかというと、社会通念が侵入してきて、これではだめなのかも知れないと考えることもしばしばである。ただ、そうなった時はなった時で、ぼくはそうした想念を棚上げにしたり、単なる想念、思い込みに過ぎないとして頭の外に追い出すことにしている。つまりそういう知恵や技術を身につけてきた。そうして心や精神を平らな状態にして、自分の有り様を更に客観視するように努めている。
ぼく自身は自己否定したり自虐をよくするタイプだった。それはそれで大変だった。だが最終的には、孤独とか引きこもりについて、何の問題もないと考えられるようになった。多少生きにくさもあるかも知れないが、ぼくはこの年まで生きて来れたので十分である。ただしちょっとした手違いとかタイミングとかで、生きていけない状況に追い込まれる可能性はゼロではなかったかも知れない。そんなことを言ったら誰でもそうだし、今は、いつか死は受け入れなければならないものだし、それは誰もがそうなのだと考えるようになっている。孤独や引きこもりは早く死ぬと限ったものではないし、不幸であると決めつけることも出来ないものだと考えてもいる。要は、そういう決めつけを全部跳ね返すべきだと、ぼくはぼく自身の中で考えている。このことに対する共感はあってもなくてもかまわない。ぼくはそう思っている。ニュートラルに生きたいし、ニュートラルに世界を見たいという気持ちは強い。
2026年4月29日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「生涯と仕事」です。
○ 後発地震注意情報解除
北海道および東北の太平洋沿岸部に出されていた後発地震注意情報は解除されました。解除されたからと言って来ないというわけではないので、引き続き注意して、と言うことだった。
日本には昔から「地震、雷、火事、親父」と言う言葉がある。一般的に怖いものと思われていたものを言ったのだと思うが、順番から言って「地震」が一番に怖がられていたものだろう。中学の頃に一度、体育館にひびが入るくらいの地震を経験して、それを記憶している。そのほかにあまり記憶に残る地震は経験がない。かえって大人になってからの方が大きな地震に遭い、怖さというのを実感した。
今思うと「地震、雷、火事、親父」とはよく言ったもので、その通りだと思う。順番に間違いはないという気がする。一つ、現代の「親父」はどうかなあと少し疑問に思う。あまり怖いという印象がない。おしなべて優しくなったという気がする。たぶん江戸時代に使われたものだろうから、そろそろここから外した方がよいかも知れない。
また、おそらく現代の人に怖いものを聞いたら、全く別物になるかも知れない。もっと日常、怖いものがあるかも知れない。
ぼくはと言うと、やはり「地震、雷」は外せない。雷が近づいてきた時の、あの「ドロドロ、ドッカーン」は、今でも耳を塞ぎたい。現代にももっと怖いものはあるのだろうが、現役世代ではなくなったことと、怖いものから回避する術を身につけたのであまり思いつかない。人知を超えた地殻変動などの自然現象の方が、予測しにくいこともあって遥かに怖い。
おそらく地球史の中でも現在は特別の安定期にあるのではないかと思う。ぼくのこの考えには根拠はない。漠然とそう考えているだけだ。それでも時々大地震なども起きるわけで、これが地殻変動などが活発化する活動期に入ったりしたら。人類はいとも簡単に滅亡することにもなり得るのだろう。ぼくらは賢くなって、そういうことも理解するようになった。江戸時代には半分ぼけやしゃれで言うのだろうが、地下に巨大ナマズがいて大暴れして地震が起きるなど言うこともあったそうだ。そういうのは何かゆとりがあるように思えて、いいなあ、羨ましい時代だなあと思う。知識や知恵がついてきた現代では、各局のテレビは注意喚起に一生懸命でゆとりも遊びもない。CMも隙を見て流さなければならないし、大変だ。
一斉にそうしているんだが、実際に、注意情報に反応するのは国民の3割弱だそうだ。あまり効果が期待できない。これも政府の政策などに似ていて、効果がないことを一生懸命やる。ぼくはこれをアリバイ作りとみて、政府もテレビ局も「やってるふり」が大事なので、やっているようにしか見えない。調査した人数の2割から3割しか
まともに聞いてないんだから無意味に近いだろう。こういうことをずっと続けるのは策がないと言うことだ。無策を続けられてもねえ。そんなことは聞きもしねえ、と言うことを前提して策を講じなければ。ちなみにぼくは家屋の倒壊を覚悟しています。生き残ったらどうするかとなると、成り行きに任せますの一択です。この年で泣かなければならない事態に遭遇したら、泣きます。以上。それよりも何よりも早急に物価高を鎮圧する政策を願いたいです。お願いします。
2026年4月28日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「老後の精神も波瀾万丈」です。
○ 幻想域を巡ってのメモ
ここ5日間で、憲法、国家、共同幻想と、コパイロットのまとめを紹介してきました。「共同幻想論」は吉本隆明さんの著作で、後半はそちらの方に流れて行きました。吉本さんは文学者で思想家ですから、知的幻想の専門家と言っていいと思います。20世紀は戦争に、革命に大暴れした世界の各国家ですが、知識ある人たちは国家権力の暴走について憂慮するとともに関心を持たざるを得なかったと思います。吉本さんもそのひとりでした。
ぼくは戦争や国家についての考え方を、吉本さんから強く影響を受けたと思っています。そして国家の本質は共同幻想だという考え方が、とてもいい考え方だと思っています。それだけです。それ以上の考え方はぼくには出来ません。
幻想だというのは想念や想像、言ってしまえば意識上に展開されるものです。つまり実体としてはないものですが、意識上では実体を持つかのように見なされています。この幻想性は人間的なもので、誰にも備わっていると思います。ですが、四六時中幻想と向き合う専門と言える人たちがいて、それは庶民、大衆とは異なる人たちと言えます。そういう人たちは分かりやすく言うと頭脳活動中心の人たちで、肉体活動中心の人とは違います。そしてこの頭脳活動中心と言うことは、幻想領域の中で多く活動する人たちと言い換えられます。
ところでぼくがここで何を考えているかというと、国家を設計したり、それに基づいて実際に運営したり協働したりする人たちと、これを批判したり異議を唱えたりする人たちとはみな、幻想領域に住まう人たちだと言えば言えます。そしてその中でも、他者からの評価を得る人たちだけが、考えたり論じたり実行したりしているんだと言うことになると思います。この構造を、ぼくはとても不可解に思っているのです。そして不可解だということが言いたいのです。
そして、そうした周辺の幻想性もどんどん高度で複雑になっていますし、よりいっそう大衆や庶民からはかけ離れて行かざるを得ないように進んでいくものと思われます。国を左右する問題が、平場の国民の手の届かぬところで、一部の専門性を持った人たちだけで決定していくわけです。そして最終的には、知識、人格、倫理観などで他者から多く信頼された人が決定権を得て決定していきます。
これがぼくには本当によく分からないことなのです。国でも社会でも世の中でもいいですが、一部の頭の活動を得意とする面々が、その進む方向にコミットできるというあり方や構造が、旧態依然として継続しているのがぼくにはよく分からない。
ぼくらも国民ですから主権者のひとりで、ぼくらの考えが国家の行方に反映されてもいい筈ですが、実際には何一つ反映されていない気がします。ぼくがそうですから、庶民、大衆の考えの直接的な反映は皆無だとみてよいかと思います。そうしますと、単純に言うと、頭がよい人、知的レベルの高い人、幻想性が豊かに富んだ人、そういう人でなければ、国や社会や世の中のあり方について、現状は参加できず除外されてしまうと言うことになるのではないでしょうか。それはぼくにはとても不可解なことです。だから、どうしてそうなのかをよくよく考えたりしてきたわけですが、いまもってよく分かりません。国や社会の行く末について、今も昔も、一定レベルの知的エリートだけの頭で決定されて行く。そうであれば、知的に歪んだ国や社会や世の中になることは目に見えていると思うのですが、どうでしょう。それで正解なのかどうか。ぼくには全然そうとは思えないです。一部の知的エリートが社会を作って行く、リードして行く。そうすると、どうしたって知的重視、知的偏向、知的偏見、そうしたことがまかり通ることになるのではないでしょうか。極端な言い方をすると、「知的にあらざれば人にあらず」みたいな、乱暴な世の中になって行くのではないでしょうか。ぼくはそういうあり方はいやです。
知的であることをいやなのではありません。知的な者たちが君臨することがいやなのです。そこには格別の理由も根拠もないのです。放っておくとそうなるという、自然の摂理に過ぎません。知の頂に登り詰めたら、そこに居座って他を采配するのではなしに、ただ非知に向かって降りていかなければならないと思うのです。知の課題からする本当の着地点はそこです。今の世の中は、そうではない知的幻想の持ち主たちであふれています。だが幻想は所詮まぼろしなのです。科学化された神であり、宗教に他ならないと思います。
2026年4月27日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「ぼくは好きなんだけど」です。
○ コパイロットに聞くD
コパイロットから、「現代日本の共同幻想はどの段階にあるのか?」を調べましょうかと誘われ、それに乗っかることにした。以下はその問いに対するコパイロットの応え。
結論:現代日本の共同幻想は、吉本隆明の枠組みで言えば「解体が進みつつも、完全には崩れず、複数の新しい幻想が並立する“再編・過渡段階”」にある。
1. なぜ「再編・過渡段階」と言えるのか
吉本隆明の共同幻想論では、国家の共同幻想は
自明性の強固な段階(=国家が“空気”のように信じられる)
自明性の揺らぎ(=信じる理由が問われ始める)
解体・再編(=別の物語が国家の正統性を争う)
というプロセスを辿る。
現代日本は、このうち 「自明性の揺らぎ」から「解体・再編」へ移行している最中 と考えられる。
2. 現代日本で自明性が揺らいでいる領域
● 家族幻想(対幻想)の変容
吉本が重視した「家族幻想 → 共同幻想」という連鎖が崩れつつある。
非婚化・少子化
家族モデルの多様化
共同体の縮小
これにより、国家を支える情緒的基盤が弱体化している。
● 国家物語の希薄化
戦後日本を支えた「経済成長」「中流幻想」「安全神話」などの物語が説得力を失っている。
代わりに、国家を統合する強い物語が見当たらない。
● 権威の分散と“信じる対象”の細分化
SNS・ネット空間の普及により、
国家
マスメディア
教育
といった従来の“幻想装置”の権威が低下し、
小規模な共同幻想(コミュニティ、推し文化、陰謀論、サブカル的世界観)が乱立している。
3. しかし「国家の共同幻想」は消えていない
吉本の重要な指摘は、
共同幻想は“消える”のではなく、“別の形に変容する”
という点。
現代日本でも、以下のような新しい共同幻想が台頭している:
● 安全・安定への希求としての国家幻想
災害、パンデミック、地政学リスクの増大により、
「国家による保護」への期待はむしろ強まっている。
● “普通の生活”という共同幻想
政治的イデオロギーよりも、
「平穏・安定・生活の維持」
が最大の共同幻想として共有されている。
● 文化的ナショナリズムの静かな増幅
露骨な国家主義ではなく、
日本文化への誇り
日本的価値観の再評価
“日本らしさ”の肯定
といったソフトなナショナリズムが広がっている。
1. 総合すると
現代日本の共同幻想は:
旧来の国家物語は弱体化
家族幻想の変容で基盤が揺らぐ
権威の分散で幻想の統一性が失われる
しかし国家への依存や文化的ナショナリズムは残存・再編される
つまり、
「解体」と「再構築」が同時進行する“過渡期”
にある。
現在の日本国家の周辺状況が的確に指摘されているように思える。コパイロットが整理したものだが、概ね吉本さんの見方考え方がそのまま踏襲されているとみてよいように思われる。ぼくの状況把握はもっと荒く、稚拙でもあるが、コパイロットにうまくまとめてもらったようが気がする。現在の日本国家が「解体」と「再構築」が同時進行する“過渡期”にあるというのは、その通りだと思う。
ここでは主として国家について、「解体」と「再構築」が同時進行する“過渡期”にあると指摘されているわけだが、ぼくは家族や個人についても同じように「解体」と「再構築」が同時進行しているんじゃないかなと考えている。言ってみれば、それは全幻想領域において同じ現象が進んでいるのだという気がしている。
ここで言われていることの一つに、“幻想装置”としてのマスメディアや教育(学校)という指摘がある。これらは国家社会の共同幻想の強化、集中、権威付け、自明のように信じるための動機付け、などなどの働きを担って来ている。
例えば、ぼくは最近NHKの朝ドラや大河をよく見ているが、そこでの物語は視聴者の共同幻想への何らかの働きかけであることがよく分かる。大河ドラマは特にそうだが、歴史上の権力者がよく登場し、彼らがおしなべて民衆思いの統治者であるように描かれる。これが良いとか悪いとかが言いたいのではない。そういうことで無意識に何が進行しているかというと、視聴者の権力構造への理解と参加が促されているのだ。そしてそれは意図せずに(とぼくは思うが)、国家的共同幻想の再編成や強化に結びついている。つまり一方では常にこういう流れがあり、他方ではまたSNSやネット空間を中心に共同幻想を解体する流れがあり、現在はそれらのせめぎ合いが拮抗している。
コパイロットは解体と再編が同時進行する過渡期と言っているが、まさにそうであって、世の中がバラバラで騒然としているように見えるのはそのためであるとぼくは理解している。
取りあえず現状こういうことだと言うことを頭に置いておけば、日々の生活であまり誤りなくやっていけるのではないかと思う。出来れば幻想領域に距離をとって関わらないのが一番だが、ぼくのようにそうも行かないという場合は上記のこと、つまり吉本さんの共同幻想の考え、そしてそれに関するコパイロットの整理なども一つの参考になるかと思う。
枯木も山の賑わい。過渡期だけにいろいろな考えが生まれては消滅を繰り返す。枯れ木にならぬよう、焦らず、居丈高にならず、それから萎縮することもなく淡々と歩いて行ければと思う。
「コパイロットに聞く」は、今日のこれで終わりにします。また別のことで尋ねることがあるかも知れないですが、今のところは何の予定もありません。
2026年4月26日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「どこまでも人間的」です。
○ コパイロットに聞くC
「国家の共同幻想はどのように解体・変容しうるのか」を深めてみるかというコパイロットの提案があったので、これを了承したら以下のような記述が返ってきた。
国家の共同幻想は、絶対的なものではなく、歴史的条件・感情構造・制度の変化によってゆっくりと、しかし確実に解体・変容しうる。吉本隆明の議論と現代的視点を統合すると、そのメカニズムは大きく三つに整理できる。
1. 共同幻想が解体・変容する基本メカニズム
@ 共同幻想の“自明性”が揺らぐとき
吉本は、国家とは「人々が信じるから実在する幻想」であり、その力は自明性(疑われないこと)に支えられているとする。
しかし、歴史的にはこの自明性はしばしば崩れる。
敗戦による価値転倒
戦前の天皇制国家が、敗戦とともに急速に信憑性を失った例は典型的。
吉本自身も、軍国少年として信じていた価値が一夜で反転した経験を出発点にしている。
国家が国民の“感情構造”を裏切るとき
国家が暴走し、国民の生活実感や倫理と乖離すると、共同幻想はひび割れる。
吉本は、戦争期の「国民が自ら進んで洗脳される流れ」が不可逆的に崩れる瞬間を重視した。
2. 共同幻想を支える“対幻想”の変質
吉本の独創は、国家の基底に対幻想(家族・性・親密性の幻想)を置いた点にある。国家は、家族的な情緒の拡大として成立する。
したがって、以下の変化は国家の共同幻想を弱める。
家族モデルの変化(個人化・多様化)
家族の形が多様化すると、国家が「家族の延長」として想像される基盤が弱まる。
親密性の価値の変化
共同体より個人の幸福が優先される社会では、国家への情緒的同一化が低下する。
これは、吉本が「国家の起源は非合理で情緒的である」とした議論の延長線上にある。
3. 共同幻想の“物語”の書き換え
国家は物語によって維持される。
その物語が書き換えられると、共同幻想も変容する。
@ 歴史叙述の変化
天皇制の「自然消滅」を吉本が楽観したのは、歴史叙述が変われば共同幻想も変わると考えたため。
A メディア環境の変化
国家が独占していた物語生成装置(教育・メディア)が多元化すると、共同幻想は一枚岩でなくなる。
B 新しい共同幻想の出現
国家に代わる物語(市場・人権・地球規模の課題など)が強まると、国家幻想は相対化される。
4. 共同幻想は“消滅”するのか
吉本は、国家の共同幻想は完全には消えないが、相対化されると考えた。
国家は依然として制度として残る
しかし、かつてのように“神聖視”されることは減る
個人幻想・対幻想とのバランスが変わることで、国家の拘束力は弱まる
つまり、国家は「絶対的な幻想」から「相対的な制度」へと変容する。
5. まとめ
国家の共同幻想は、以下の三つの力によって解体・変容する:
自明性の崩壊(歴史的転換・国家の失敗)
対幻想=家族・親密性の構造変化
国家物語の書き換え(歴史・メディア・新しい価値)
吉本の視点は、国家を“制度”ではなく“感情と物語の装置”として捉える点で、現代のナショナリズム研究とも響き合っています。
軍国主義化によって一つにまとまっていた日本は、やがて敗戦を迎え、民衆の心は今度は経済成長に向かって、同じように一つにまとまって進み、高度経済成長を成し遂げた。しかし、そのあげくに、今度は経済戦において第二の敗北を体験することとなった。一世紀の中で、二度の敗戦であり敗北である。
ただ二回目の敗北である経済戦の敗北は、原爆を受けての敗北とは違って、見かけは低迷や停滞のように緩やかに下降、沈下するものであったために、誰もがこれを敗戦と捉え得たわけではない。だがこれによって日本全体がまとまりをなくし、
個人、家族、地域、国家社会はバラバラで統一性を失い、よって国力も下がり続けてきている。
このことに敏感に反応し始めたのは政治的保守層で、求心力ある国家再生の道を探ろうとしつつ、これを強力なトップダウンを志向する政治家に求めようと動いている。これは逆に言えば、保守層にとって、現在の日本国家が危機的状況にあると捉えているからこその動きだと言える。
コパイロットによる吉本の「共同幻想論」からの解説は、簡単に言うと国家の弱体化は必然的な流れであるかのように捉えているし、吉本の考察はその必然を構成する要素を的確に捉えての考察であるように思える。
これを政治的保守層が危機と捉え、回避策を講じたとしても、吉本の指摘するところからはそんなことでは回避できるものではないという事が見て取れる。
つまり、いずれにせよ、日本国は過去にあったような一枚岩の強い国家には戻れないのである。個人重視の価値観が徹底してきたからとも言えるし、大衆の知的水準が高くなってきたからとも言えるし、家族が崩壊しながら依然として家族の形態を保っているように、国家も内側から崩壊しながら当分制度的な国家は残存するだろう。たぶん、ぼくら国民は自己の自立を考えるとともに、家族をどう成立させるか、どう形成するかに心を砕くだけで精一杯になるだろう。国家の問題は直接国民の問題になることはない。国力低下を心配する政治家たちとは別に、二の次の問題としてしか考えようがないからだ。国家の二千年にわたる立居振舞が、結果的に国家の現在と未来に収束していくと言えば言えそうに思える。国力が弱まっても、個人は自立と自由に向かって、個人としての人間力を高めていくのである。ぼくらにとって、それはぼくらが困ることではない。
2026年4月25日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「甘いものが欲しくなる」です。
○ コパイロットに聞くB
昨日は国家の本質について応えてもらいましたが、国家の本質というと吉本隆明さんの「共同幻想論」が有名ですし、思い出してしまいます。そこで今日はコパイロットが吉本さんの「共同幻想」をどう捉えているのか、それを尋ねてみました。「吉本隆明の「共同幻想論」と国家の関係」と問い、それへの応答が以下になります。
吉本隆明の『共同幻想論』において、国家とは「人々が共有し信じることで実在化する巨大な共同幻想」であり、その起源は家族=対幻想の拡大にあるとされます。国家は合理的制度ではなく、感情・信仰・禁忌・物語が凝縮した“幻想装置”として成立する、というのが吉本の核心です。
1. 国家=共同幻想という吉本の国家論の核心
吉本は、国家を 機能的制度(法・行政・暴力装置)としてではなく、共同幻想の凝縮体 として捉えます。
国家は「作られたフィクション」でありながら、
多くの人が信じることで現実以上の力を持つ。
国旗・国歌への敬意、愛国心、法への従順などは、
共同幻想が個人の行動を規定する典型例。
この視点は、国家を合理的契約の産物とする社会契約説や、階級支配装置とするマルクス主義国家論とは根本的に異なります。吉本は、国家の起源を 非合理・宗教的・感情的な領域 に求めたのです。
2. 「対幻想」から「共同幻想」へ──国家の起源
吉本の独創性は、国家の起源を 家族=対幻想 に置いた点にあります。
対幻想:兄妹・姉弟・夫婦など、一対の関係に生じる幻想
共同幻想:三人以上の集団が共有する幻想(国家・宗教・法)
吉本は、兄妹・姉弟の対幻想が婚姻を通じて外部へ拡大し、
氏族 → 部族 → 初期国家 へと発展すると論じます。
この「対幻想の拡大」という発想は、国家を血縁的・情緒的な基盤から説明する点で、西欧の国家論には見られない独自の理論です。
3. 国家はなぜ人を拘束するのか
吉本は、戦争体験から
国家は個人の意志を超えて暴走し、個人を拘束する力を持つ
という問題意識を持ちました。
その理由を、国家が「暴力装置」だからではなく共同幻想が人々を“自発的に”従わせるからと説明します。
人々は国家を信じ、国家に自ら同調し、時に自らを犠牲にする。この「信じる力」こそが国家の本質であり、共同幻想の力です。
4. 国家の非合理性と宗教性
吉本は、国家の根底には 宗教的構造 があると見ます。
禁忌
祭儀
原罪意識
死の物語化
これらは『古事記』や『遠野物語』の分析を通じて示され、
国家が 物語・儀礼・恐怖・崇拝 によって成立することを明らかにします。
5. 共同幻想からの自立
吉本は、国家を否定するのではなく、
国家を幻想として意識化し、距離を取ること を目指しました。
共同幻想を絶対視せず、
個人幻想(創造性)を基盤に共同幻想を批判的に再構成する
ことが、現代の課題だとします。
◆まとめ
国家は制度ではなく 共同幻想の結晶
起源は 対幻想(家族)→共同幻想(国家) の拡大
国家の力は 信じる力=幻想の力
国家の本質は 非合理・宗教的・物語的構造
重要なのは 共同幻想を相対化し、個人幻想を確立すること
吉本さんの国家論(「共同幻想論」)は、国家についてすべてを言い尽くしているわけではありません。西洋の社会契約的な国家論も、あるいはマルクス主義的な国家論もそうです。現在までのところは、コパイロットが指摘するように、大きく4つくらいの説にまとめられ、互いに補い合う部分を持っていると考えてよいかと思います。
この中で吉本さんの説は西洋的発想にはなかったユニークな説だと言うことは出来ます。また、アジア、日本とみても、西洋のロジックに対する根源的で普遍的な国家論というものを唯一提示できた希有のものだと思います。日本における吉本さん以外の国家論は、西洋のロジックをベースに、その上で語られることがほとんどです。こう言うことができたのは、日本では江戸時代の安藤昌益と(国家論ではないですが)、あとは吉本隆明さんだと思います。そのことの何が優れているのかというと、自分たちの住む地域、風土、そういうところをほっくり返し耕すようにして思想を形成していったところにあります。つまり独自で独創的な営為です。多少材料的なものは外のものを利用しているとは言え、土壌を掘り返す道具は自分の手で拵え、それでもって自分で掘り起こしをしたと、ぼくには見えます。この二人以外は道具から工程から、すべて中国やヨーロッパからの借り物でやっています。そこにはちょっとした食い違いが起こるのです。日本は中国でもヨーロッパでもありません。
上記のことは面倒なのでここでは省きます。
もう一つ言うとすれば、吉本さんの国家論のアイデアは無理矢理ヨーロッパのロジックに紐付けると、ヘーゲルの影響があると思います。観念なんだよと言うところがヘーゲルの考えにあって、そこから幻想領域の問題だと展開していったように思われます。そこにヨーロッパとの接点はあるわけです。ですから吉本さんの独自性といっても、何の根拠もない勝手な思い込みの論とは違い、普遍性に届いた考察と言えると思います。
コパイロットの応えはコンパクトで、吉本さんの国家論、「共同幻想論」のまとめ方として、おおむね首肯できるものになっていると思います。ぼくにはここまでの力はありません。なので、AIの力はすごいと思います。
今日はこれで「共同幻想論」の概略をつかんでもらえれば、それでよいと思います。明日はまたこの続きと言うことでコパイロットに次なる問いかけをしていこうと思います。
2026年4月24日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「一つの生命」です。
○ コパイロットに聞くA
昨日に続き、今日は「国家の本質とは何か」についてコパイロットに尋ねました。以下がコパイロットからの返答です。(黄文字)
国家の本質とは、
「特定の領域と人民に対して、主権的な公的権力を行使し、社会を統合・調整するための政治的組織である」という点に集約できます。
◆ 国家の本質(核心)
国家の本質を構成する要素は、複数の政治思想・法学的伝統に共通して次のように整理できます。
主権(sovereignty)
国家は外部からの干渉を受けずに、自らの領域・人民を統治する最高権力を持つ。
領域(territory)
明確に画定された土地・水域・空域を持ち、その範囲でのみ法が有効に作用する。
人民(population)
その領域に属し、国家の法的支配を受ける市民・住民の集合。
公的権力(public power)
立法・行政・司法という制度化された権力装置を持ち、社会秩序を維持し、公共目的を実現する。
これらは国家を国家たらしめる最低限の構造であり、歴史や文化が異なっても共通して見られる特徴です。
◆ 思想史的に見た「国家の本質」
国家の本質は、思想家によって異なる角度から定義されてきました。
● ヘーゲル:国家=倫理的理念の現実化
ヘーゲルは国家を「倫理的理念の現実態」と捉え、個人の自由が普遍的秩序の中で実現される場とした。
国家は単なる治安維持装置ではなく、個人の主観的自由と普遍的意志が統合される最高の共同体とされる。
● 近代政治思想:国家=社会契約の産物
社会契約論では、国家は自然状態の不安定さを克服するために人々が合意して作った公共の安全装置とされる。
これは現代の「国家は公共の利益を守るための組織」という理解につながる。
● 現代政治学:国家=政治システムの中心
現代の政治学では、国家は社会を統合し、法を制定し、公共サービスを提供する制度的枠組みとして理解される。
◆ 国家の本質をめぐる比較
法学 主権・領域・人民を持つ公的権力の組織
社会契約論 安全と秩序のために人々が作った合意装置
ヘーゲル 個人と普遍の自由が統合される倫理的共同体
現代政治学 社会を統合し公共目的を実現する制度体系
◆ まとめ
国家の本質は、「社会を統合し、公共の秩序と自由を維持するための主権的な政治組織」という点にある。
その具体的な姿は時代や思想によって異なるが、主権・領域・人民・公的権力という四要素は普遍的に見られる。
冒頭に、国家の本質とは公的権力を行使する政治組織とあります。ズバリ言えばこれが国家の本質だと言うことですね。これは狭義に、そして具現態としているのが「政府」であろうとぼくは考えます。公的権力を有した政治的組織で、領域・人民を法的に支配するものです。政府の権限は国家そのものの権限のように働き、それは
「立法・行政・司法という制度化された権力装置」によって保証されています。これが国家の本質、核心というわけですが、平たく言えば「政府」だと言うことになると思います。
それからコパイロットは、◆ 思想史的に見た「国家の本質」の項で4つの角度からの定義を紹介してくれています。
ぼくは日本の国家というのは古代ヤマト王権を中心とした政治組織が形成したものだと思っています。漠然とその頃に出来たと考え、正確にいつからというのはぼくには必要ないと考えています。とにかくその頃に出来て、西暦500年頃までを目安として、国家の形が整って行ったと考えます。
それから明治維新を迎え、明治・大正・昭和と続き、昭和の初めまで日本国は不安定な時期もありつつ、紆余曲折を経て継続したわけです。
約二千年ですが、その間変わらないものがありました。国の最高権威としての王位継承者の存在と政治的最高権力者との存在です。時代によって一方が前面に出る場合もあれば、両方が前面化している場合もあったと思います。いずれにしても、片方か両方かが民の上に君臨し続けてきました。これは昭和20年まで変わりなくありました。約二千年の歴史があります。
同時にもう一つ変わらないものがありました。農民などを主体とした支配される側の下々の者です。そして昭和20年の8月までは、民衆のほとんどが国家権力者の配下であったり臣民であったりしたわけです。下っ端の家来として組み入れられていました。
現在の憲法は日本の敗戦下にアメリカが創案してなったものだと言われています。真偽はともかくとして、突然に主権は国民にあるとされたわけです。
コパイロットの返答は、ですから日本では昭和20年以降の国家のあり方が元になっていると言うことになります。
昭和20年以前と何が一番違っているというと、ぼくは庶民の政治参加だと思います。それは単に有権者という意味ではなく、運営する側に参加できるようになったと言うことが一番の大きな違いだと思います。つまり約二千年間なかった、民衆・大衆の、最高権力者への登用が可能になったことだと思います。そういう形で、主権在民、国民主権が現実化されるようになりました。
国民の、国民による、国民のための国家、そして政治。そのように形を変えたわけです。意地悪な言い方をすれば、国家はカメレオンのように姿形を変えました。ですが、これで本当に国家が変わったのかというと、ぼくはそうは思いません。主人は替わったけれども、国家は相変わらず国民に対して支配的です。権力者になったものは、相変わらず国家支配を継続・継承していくのです。
書中にあるように、「ヘーゲルは国家を「倫理的理念の現実態」と捉え、個人の自由が普遍的秩序の中で実現される場と」考えました。更に、「国家は単なる治安維持装置ではなく、個人の主観的自由と普遍的意志が統合される最高の共同体」であると言いました。
本当でしょうか。本当にぼくら国民、庶民にとって、国家は最高の共同体となり得ているでしょうか。ぼくにはそうは思えません。
今日ここでは、国家の本質について現在の常識の範囲内の回答をコパイロットの回答の中に見てきました。こういう具合だと言うことを見て、ああ、そうか、と言うくらいを頭に落とし込んで、今日は終わることにしたいと思います。明日は明日でまた「コパイロットに聞くB」を続けてみたいと思います。
2026年4月23日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「永遠の配下」です。
○ コパイロットに聞く@
Windowsについているコパイロットに、憲法とは何か、と尋ねてみました。以下にそれに対するコパイロットの応えを貼り付けます。
高市首相は任期中に憲法改正を実現したがっているようなので、憲法とは何なのか、ちょっとおさらいの意味で考えておきたいと思います。コパイロットは以下のように応えてくれました。(黄色の文字色部分です)
憲法とは、国家権力を制限し、国民の権利・自由を保障するための最も基本的で最高位の法です。国家の“ルールのルール”とも言えます。
◆ 憲法の核心
国家権力を縛るための法
→ 権力が暴走しないようにする「枠」
国民の権利・自由を保障する法
→ 表現の自由、信教の自由、個人の尊重など
国家の基本構造を定める法
→ 国会・内閣・裁判所の仕組み、天皇の地位など
憲法は、他の法律(民法・刑法など)よりも上位にあり、
どんな法律も憲法に反してはならないという「最高法規」です。
◆ なぜ憲法が必要なのか
歴史的に、国家権力は放っておくと暴走しやすい。
そのため近代国家は、
「国民が国家を縛る」という発想で憲法を作りました。
権力は国民のために使われるべき
国民の自由は国家が侵してはならない
国家の仕組みは国民が決める
こうした原理を明文化したものが憲法です。
◆ 日本国憲法の特徴(要点)
国民主権:権力の源は国民
基本的人権の尊重:侵すことのできない永久の権利
平和主義:戦争放棄・戦力不保持(9条)
三権分立:国会・内閣・裁判所の相互抑制
これらは、国家の形を根本から規定する“設計図”です。
◆ 憲法の本質的な意味
憲法は「国家が国民を支配するための法」ではなく、
国民が国家をコントロールするための法です。
だからこそ、憲法は国家の上に置かれ、
国民の自由と尊厳を守る最後の砦になります。
これに続いてコパイロットに尋ねたいこともありますので、明日はそれを聞き、また紹介しようと思います。
ここではとりあえず、ここに書かれていることで気になるところを示したり、感想めいたものをメモしてみたいと思います。
憲法について、国家の“ルールのルール”と言う言葉がまずありました。超法規、最高法規と言うことです。これを越える法規はないと言うことになります。
◆ 憲法の核心の下に、「国家権力を縛るための法」と言う言葉があります。これにはまた「権力が暴走しないようにする「枠」」とも記されています。更に次の項には
◆ なぜ憲法が必要なのかということで、「歴史的に、国家権力は放っておくと暴走しやすい。そのため近代国家は、「国民が国家を縛る」という発想で憲法を作りました。」とあります。
ここは一つの考えどころのような気がします。国家はほっとくと暴走しやすいと明言されています。このことは、この憲法の作成時期には誰もが了解していたことだという黙示が含まれているように思います。国家を運営するに当たっては、「国民が国家を縛る」ことが必要で、それが憲法を掲げる理由の一つなんだと言うことです。
ここでぼくにはたくさんの疑問が生じます。近代国家では、国民の総意、合意で国家が形成されていることになっています。だったらできあがった国家と国家権力とは一つのものであるはずです。つまり国民のものでなければいけないはずです。ですが、実際の国家権力はほっとけば暴走しやすいと言われています。
もうすでに、ここにこの仕組みの欠陥が現れているように思います。その欠陥を補うように憲法で権力を縛るんだと言うことになっています。
国家を護持し、憲法を作成発布するのは誰でしょうか。どう考えてもそこは国家権力が行うことになるのではないでしょうか。ほっとけば暴走する国家権力が憲法を作成し、広く公布しているわけです。建前上は論理的に装われていますが、実際には矛盾をはらんだままで、そこは敢えて目をつぶっているような気が、ぼくはします。
ぼくの考えでは、国家権力は超法規的に憲法を越えてしまう危険をはらんでいるんじゃないかという不安がつきまといます。憲法改正などある場合、国家権力も間に介在します。つまり決定に無関係ではありません。国家権力を縛る目的を一つとする憲法の作成に、国家権力が関わること自体おかしな事です。
更に気になることで言えば、この項の最後で「憲法は「国家が国民を支配するための法」ではなく、国民が国家をコントロールするための法です。」と言う箇所があります。ぼくはここでは「国家」とは何かが問題になると思っています。領土や人口という具象性については問題ありませんが、「国家」は必ずしもぼくらにシンプルに、そして明瞭になっているとは思えません。「国家」と言えば、「国家」を明瞭に把握しているかのように思いがちですが、一人一人に聞くと、明瞭に答えることが出来ないと思います。
さらに、その下に「だからこそ、憲法は国家の上に置かれ、国民の自由と尊厳を守る最後の砦になります。」と言う文言が見えますが、これもスーと文字面を読むと分かる気になりますが、国家の上って何だ、どこだ、と考えながら読んだり、本当に「国民の自由と尊厳を守る最後の砦」になっているのかと考えると、疑問に感じたりします。
AIと言えども、こうした解説そのものがどこか国家的だし、国家的権力の匂を感じさせます。
ぼくは頭がよくないので何ですが、よくよく考えると、AIのこうした言い方や説明の仕方にも、ぼくらは自明の前提として国民に組み入れられて存在していることになっています。ぼくらの実感では、いつの間にか組み入れられているのですが、そういう契約をした覚えはないのです。日本国民じゃ不服なのかと言われると、けしてそういうわけではないのですが、なんかその辺もうやむやでここまで来てしまいました。なんかその辺も暗黙の了解のようになっているのですね。分からないことはほかにもたくさんあるのですが、今日は取りあえずここまでにして、明日また「コパイロットに聞くA」に進んでみようと思います。
2026年4月22日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「真空のささやき」です。
○ 未だに各地方で方言が残されているとか、アイヌ語と思われる地名が残っているとか、日本は古いものがよく残っていると思う。伝統と言ってよいか分からないが、言葉だけではなく風習のようなものも長く残り、全体として古との断絶、中絶が極めて少ない気がする。
一言で言うと、征服されたことがないと言うことだと思う。それは日本全体としてもそうだし、方言で言えば、地域ごとに他地域の自立性を侵害したり、阻害することが少なかったからではないかと思う。
弥生から古墳時代にかけての頃に、倭国大乱という時期があったが、それが異民族の敵対だったり、憎悪による敵対だったりすると、おそらく勝った側は負けた側に言語統制を強いるはずである。勝った側の言語を強制する。その形跡が、はっきりとは見当たらないように思える。
もちろん、当時はすでに日本語祖語と言うべき共通の言語が、西日本一帯に広まっていたのかも知れない。しかし、それでも鹿児島と奈良付近とでは相当の違いがあったのではないだろうか。そして統一を機に、言語的な交流はあって混合も進んだが、鹿児島弁そのものは本来のあり方を変えることなくそのまま残された。これは後に日本国に組み入れられた青森弁や秋田弁などもそうで、中央との違いを残して今日まで至っている。これは中央との距離と言うだけでなく、中央と近いところでも結構狭い範囲で方言というのは残されている。このことは、この国の最小単位、村落とか集落とかが、意識的無意識的とにかかわらず、頑強ともいえるような存在形態として存在してきたように思える。つまり風土や気候とともにあると言うことは、中央の政治支配を越える、何かもっと根強いものを有しているのではないかと考えさせられる。
前述のことから考えても、また守護、地頭が置かれた時代から江戸の藩制が敷かれた時代、後の都道府県に変わってからのことを考えても、地方は地方の特色を生かした独自の文化的な発展を遂げてきたという気がする。
ぼくにはよく分からないことになるが、以上のことから国と地方とにおいて、何か棲み分けのようなものがあると、ぼくは感じる。権力の二重構造、分担構造、そういうものが暗黙の了解のもとに存在するように思われる。
中央の王朝でも幕府でも、地方のやることにあまり口を挟まない。古来からそういう流れがあったように思われる。
ぼくがここで極端な妄想をすることは、太古に村落が散在し、やがてそれが結合しようとする時に、それぞれ独自の風習や慣例のようなものは互いに尊重して毀損せぬように配慮出来ていたのではないかと言うことだ。
後世になり、町や市を形成する場合にも、そういう配慮は続いたような気がする。人と人、村と村との関係には長くそういうことが続いていたように思える。武士の時代に領土の争奪が行われた場合にも、勝利した側が地域の文化や風習などを根絶やしにするというような事はしなかった。逆にそういうところには手を付けずに、独自性や特色として庇護した。それがこの国の支配の進め方であったように思われる。
もっと言えば、この国の基底となり、最重要と言えるものはないかと考えると、それは地域のまた最小の単位となる村落なり集落にあるのではないかとぼくは思う。そこが一番重要と目され、不可侵の聖域のように見なされ、権力の手が加えられてこなかったのではないかという気がする。なぜかというと、そこが、いつの時代にも太古が直結する場所であり続けているからだ。
2026年4月21日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「国のための国」です。
○ 三陸沖で地震がありました
昨日夕方5時前に地震がありました。震源地は三陸沖と言うことでした。津波警報が出て、北海道太平洋沿岸部、青森、岩手、宮城と広範に警戒が呼びかけられていました。
ここ宮城の中央部に位置する富谷市は震度3から4弱くらいでした。
緩やかに「揺れているかな」というところから横揺れが少し強くなって、このあともっと強い揺れが来るかも知れない感じがして、最初の揺れが収まってから階下に降りました。幸い続く揺れはなかったのですが、強い揺れが来たら庭に出て様子を見ようかと考えていました。
2011年の3月11日は、間をおかずに、2度目に強烈な揺れが来たと記憶しています。家が倒壊すると思うほどの揺れだったので、今回も取りあえず駐車場の屋根というか、パイプの下や、場合によっては車の中の方が、家屋が倒壊しても安全かなと言う気がしました。なのでそんな心の準備もしていたのですが、地震はその一度で、続きはありませんでした。
テレビでは津波予想が出て、青森、北海道では高さ3mが予想されていました。宮城の沿岸部では1mくらいとなっていました。テレビではその後、各局とも多方面の港を中継、放映を続けていました。1時間経過したくらいになると、各港に押し寄せる波が画面からも分かるようになって来ていました。ただテレビを見ている間では、予想された津波の高さよりも低いところがほとんどでした。予想は最大で発表されますから、実際にはその範囲内がほとんどだと思います。でも第一波で済むかどうかは分からないし、一応引き続き警戒することは必要かなと言うように考えていました。
自分たちの住まいは津波は心配の無い場所ですから、そのあたりでテレビ画面からは離れました。その頃にもしかし、テレビ各局はすべてが津波情報を継続して行っていました。
夜の7時半くらいになってまたテレビを見たら、7時前に小さな地震があったことと、ここ一、二週間くらいは巨大地震発生に気を付けるよう呼びかけがありました。たぶん小さいとは言え2度目の地震があったことで、単発では済まないかもしれない懸念が生じたんだと思います。気を付けろと言われても、どうしようもないですがね。自然現象ですから、いつ何時襲ってくるか知れません。寝ている時に起こるかも知れないし、その時はしょうがないと覚悟だけはしていました。何も起きないかも知れませんしね。分かりません。
世界においても日本社会においても危惧することはいっぱいあります。でも地域を襲う自然の驚異、自然の災害は一瞬そんなことを忘れさせますね。東日本大震災級の地震がまた来たら、更に南海トラフ地震が続いたら、日本はどうなってしまうんだろうと思います。世界の戦争、毎日茶飯のように起きている事件や事故のことなどは、頭から消えてしまうでしょうね。目の前の片付けや明日の食事、どうやって寝るかなどに心を砕くことになるのでしょう。
世界や日本社会を危惧するのも、生活にゆとりがあればこそのことですね。足下の生活が崩れたら、そんなゆとりもなくなります。それを考えたら、戦争をするというのも、紛争したり事件を起こしたり、政治的につべこべ言ったりすることも、まだまだ彼らの間に余裕があるからと言えるかも知れません。
自然は人間に忖度しませんね。人為を越えた自然の振る舞いは改めて大きなものだし、人為を丸呑みするくらいの衝撃があります。大陸を移動させるほどの巨大な規模の力を秘めています。普段は頭に入れていませんが、それを考えたら、あんなことやこんなことや、そんなことも、やってる場合じゃないんだけどなと思います。どこかで、人間は自然をなめてますよね、きっと。まずは後発地震が起きないことを願っておきます。
2026年4月20日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「悲しみへの偏奇」です。
○ 朝は6時半頃起きています。1時間から2時間くらい、テレビをつけてぼんやりします。すぐに動けない、頭が働かない。なので、そうやって一定時間ぼんやりして、それから動き出します。
2階に上がってパソコンに向かいます。半分まだぼんやりが抜けきらないのですが、そこから書き物をします。ぼんやりする中で始めます。1時間か2時間くらいと決めています。
夜もちょっとパソコンに向かいます。7時くらいに夕食で、9時か10時くらいに1時間くらいやります。それくらいの時間だと、食事も終えていますから眠くなりかけの頃です。
朝も夜も、前述したように、ぼんやりしている中で書きます。集中力も持続力も欠けている状態の中で書きます。なんか近ごろはそういう感じの時に書き始めるのが習慣になっています。このほうがいいなあと思ってやっています。鈍い状態の時に書くのが癖になっています。
朝の意識状態と、深夜の意識後退とがあるとすれば、朝の意識状態の方がいいかなと思っています。
昔は深夜にやっていました。眠気がとれて目が冴えた状態でやっていました。それだと感情が入りすぎるので変えました。あまり頭が冴えていない時に書く方がいいかなと、そう考えるようになったのです。しばらくはまだ、こんな感じでやっていこうかなと思っています。
2026年4月19日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「立っているだけ」です。
○ お知らせ
「掲示板」に、nishiyaさんからのお知らせが投稿されていますので、どうぞ「掲示板」の方にもお立ち寄りください。
nishiyanさんは以前から吉本隆明さんの文章のデータベース化というのでしょうか、独自の観点から重要と考えられるところを切り抜き、項目立てて表に整理してまとめてくれています。今回はその中に新規に追加したもののお知らせと言うことになっています。アドレスも書かれていますので、そちらをコピペして、追加した文章が読めるようになっています。時間があればそちらに飛んで、1度目にしていただいたらよいかなと思います。そちらには主に吉本さんの文章の抜粋と、nishiyanさん本人の批評的な文章も付記されていて読み応えもあるかと思います。
○ 加齢による老化、劣化
去年の今の時期は、近場ですが、あちこち桜を見に出かけていました。今年はその元気がなくて、買い物のついでに桜を見かけて、それでいいかなという気になっています。一つはいっそう視力が衰えてきたからだと思います。一日の大半をモニターを眺めて暮らしているので、視力の衰えが進んでいるんだと思います。ネット記事、動画の視聴ですね。どっぷりとそうした生活にはまっているので仕方ないと諦めています。特に左目が弱くて、左右のバランスが悪く、少し離れたところを見ようとすると苦しくなります。外に出ることがおっくうになって来つつあります。
パソコン画面の文字も見にくくなっています。本などの活字もダメ。スマホは裸眼でないと文字が見えなくなっています。近視に遠視に、たぶん乱視もあって、左目は何年か前に白内障気味ですよとお医者さんに言われました。
耳もですし、感覚器全般に老化が見られます。これに比べると内臓系にはまだこれといった疾患がないので助かっています。
眼鏡などによる矯正は、これ以上やっても無駄だという気がしています。これ以上やっても気休めで、矯正した先からすぐに劣化が進んで何度も買い換えることにしか成らないと思います。これまでそうでした。だったら今使用している眼鏡のままで、だましだましやっていくしかないと思っています。だんだん見えづらくなっていくのを体験し、心がどう動くのかを観察するのも悪くない気がします。眼鏡など無かった時代はみんなそうして老いていったことでしょうし、それを追体験するんだと思えばそこにはそれなりの面白さもありそうな気がします。まあ、あれもこれも初めての体験、経験ですから、それなりに味わっていこうかということです。
2026年4月18日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「新・世代」です。
○ 組織の同質性への執着
高市早苗首相の支持率は依然として高いようです。何で高いのかなと考えてみると、たぶん強いリーダーシップで短期間で経済回復をやってくれそうだと期待されてじゃないかなと思います。
安倍晋三もそうでしたけど、高市早苗も、それから小粒ですが兵庫県の斉藤元彦を見ても、共通するのは組織の同質性にすごくこだわるタイプの人たちと言うことです。ぼくにはそう見えます。逆な言い方をすると、組織とか仲間内とかに異質な者がいることを酷く嫌うタイプだと見えます。更にその逆を言うと、同質的である人にはものすごくよくする人だと思います。大事にすると思います。お友達、お仲間を大切にすると思います。
同質性がそろうと、物事の進度が速くなります。トップダウンで結果を早く出せます。早い結果重視の人たちだと思います。効率化、時短化を求めるなら、トップダウンと同質性でガッとやるのがいいわけです。組織の結成の本来の意味はそういうところにあったかも知れません。古代のヤマト王権も、全体を組織化すると言うことはトップの考えや意向を素早く全体に浸透させたいから結成したものでしょう。
しかしこういうタイプの場合、異質性、意見や考えの合わないものを極端に嫌うので、あまり権力を持ちすぎると独裁になり、粛正に走りがちになる懸念があります。プチ・スターリンです。異質な者は徹底して排除しようとします。報道統制とか、仁義なきSNS的策謀とか、何でもやりそうです。結果オーライの考え方もする人たちです。
ぼくから見るとこういう人たちは、ふつうの生活、庶民的大衆的な生活にはなじまない人たちだと見えます。傑出しているのではなくて、浮き上がってしまう人たちなんだと思います。庶民的大衆的な観点からの評価ということで言えば、落第生になると思います。そういう落第生に、政治をやらせたり、ましてや首長をやらせたらダメだとぼくは思います。すごくかっこいいことを言う人たちですが、実際にやらせたらメチャメチャに引っかき回すことになると思います。
社会に停滞感が起きると、こういう強気なタイプの人たちが人気が出るようです。パフォーマンスとか見栄えにもこだわるし、計算も出来ますからそういうことになるのだと思います。それですべてが丸く収まるようだったらそれでいいわけだし、文句を付けることもないわけですが、多分そうは行かないと思います。こういうタイプは挫折したり失敗しても、自分に非がなくて、周囲に非があると考えるタイプです。根本的な反省が出来ない、しないタイプだと思います。どういう訳かこういうタイプの支持者には熱狂的な支持者が多く附くようです。普段不満を多く抱え、この不満を解消してくれるのはこの人だという思い込みを持つのでしょうね。そういう意味では支持者の人たちには魅力ある人物に見えているのだと思います。
2026年4月17日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「エリート偏重」です。
○ 高いサバ缶
最近のテレビはグルメ番組が多くなっています。ずっと見ていると、高級品が多くなって、少しずつ高額商品に抵抗がなくなっていきます。提供する側も、だんだんいけると思い込むんじゃないでしょうか。そういうお店ばかりになったり、高額な物ばかりになると、ぼくらはやっていけなくなりそうな気分になります。
ひと頃サバ缶がもてはやされた時があって、それ以降サバ缶の値段がぐっと上がりました。それ以前の記憶ではサバ缶はずっと安いものでした。テレビで、特に健康にいいとか、栄養豊富、生活習慣病に効果があるとかいろいろ言われ出して、ぼくなんかもそれじゃ買って食べようかなんて考えてスーパーに行って買っている内に、あれよあれよという間に倍以上の値段になって行ったと思います。今ですと、400円弱といったところでしょうか。特売で100円くらいで売っているところもあります。購入して食べましたが、安いものだと味はそれなりです。生鮮に並ぶ鯖も高くなりました。鰯もです。サンマも含めて、昔は台所の味方みたいな安価だった商品が、野菜も含めて高止まりして困ってしまいます。
たぶん昔のように鯖が豊漁になっても、値段はあまり下がらないんじゃないかという気がします。高くてもそこそこ売れる。安い値段でたくさん売るのとさほど違いが無いと、バレてんじゃないかなと言う気がします。生産者、供給側が賢くなってきているんじゃないかと思います。今は卵も倍になっていますけれども、こちらも高止りのままで推移しています。特売日と言っても188円とかそんなんで、しかもそれ目当ての購買者も少なくなく、ちょっと遅れて行くとゲージが空になっていることもしばしばです。
農業、漁業、養鶏など、三K仕事でしょうから、単価が上がってそれらの仕事に従事する人たちが報われていくのはいいことですが、ぼくらのような万年貧乏には、諸手で喜べない事情があります。物みながそうなって上がって行くと、年金だけではとてもやっていけなくなります。
こういう声も届いてはいるのでしょうが、特段策が講じられてはいません。ぼくだったら国政県政市政のサービスを縮小してでも財源をかき集めて、即刻手当てしなければならないと考えるところです。そんなこともせずにいますから、そのうち高齢者からバタバタ倒れていく事になるんじゃないかなと危惧します。
老老介護からの孤独死も少しずつ覚悟してきています。そういうことでは別に行政とかに責任をとって欲しいとか思わないし、恨むつもりもないです。昔から期待していませんし、成るようにしか成らないと割り切ってもいます。まあ冷静に坂を転げ落ちていきましょうと、今はまだ余裕を持って考えています。そういう余裕もなくなったらその時はその時です。
2026年4月16日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「『俺』の取説」です。
○ 憲法改正について
参議院で憲法審査会というものが始まったようです。憲法改正を視野に入れての動きだと思いますが、本気でやる気なら各党とも国民の声をよく聞くところから始めてもらいたいと思います。その上で党の方針を決めても遅くない気がします。国民の負託を受けた議員だからと言って、すべてを任されているわけではありません。支援者の声だけでもなく、広く国民の声を聞いて、自分たちの考えにその声を組み入れていくべきです。そういう丁寧な仕事が出来ているのかどうか。やっているのかどうか疑問です。みんな国民を下に見ているんじゃないでしょうか。
議員というのは自分の考えを現実化する事に努力するだけじゃ足りないと思います。下からの声を政治の場に反映させることを考えないといけないと思います。特に憲法などと言うものは、国の形の根幹なのですから、国民主権なんですから、党や党員の思惑だけで決めていくべきものではないと思います。そういう理解からして今の議員たちにあるのかどうか、見ていて怖くなります。
飛鳥時代、奈良時代のような国家の草創期ではないのですから、自分たちだけで統一王朝のあり方を決めて行くみたいな乱暴なことはやって欲しくないです。それでは古代から考え方が進歩していないことになります。内閣の中枢部だけで考えてはいけないし、各党の党の中枢部だけで考えてもいけないと思います。
ぼくならば、まず国民が現在の憲法を理解しているかどうかから考えるべきだと思います。一番いいのは憲法を冊子にして配ることだと思います。一応それで、国民全員がテーブルを同じくして、憲法問題を考える場の設定とします。その上で各党がどの部分をどう修正しようとしているのか、各党の主張を伝えるべきです。同時に、国民一人一人に、各党には無い案があれば、それをアンケートのように回収していけば良いと思います。
本当に憲法論議をするというのなら、徹底的にやるべきだとぼくは思います。現在までに漏れ出ている声は自衛隊明記というような事ばかりです。やるならせっかくの機会ですから、全体を見渡して論議するのが良いと思います。もう一度国民一人一人の意識に上る機会として考えてもいいわけです。個人的には第一章の「天皇」、その第一条[天皇の地位と主権在民]からして象徴という曖昧な表現が見られると思っています。
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
こういう曖昧な言葉使いはやめた方がいいと思います。元首なのか元首でないのかよく分かりません。たぶん元首ではないのだと思いますが、であったら何なのだと言うことです。こういう曖昧さを取り除くことも大事なことかなと思います。
自衛隊のことですが、実際には既成の事実として自衛隊は存続しています。前文および第九条戦争放棄等の理念に抵触していると思いますが、存在しているし、ほとんど国民の承認を得た状態にも成っています。ですから明記してもしなくても同じで、明記しても良いと思います。
これには新たに自衛権の行使という項目を立てて行うのかどうか分かりませんが、いずれにしても内閣が勝手に自衛隊を動かすことは、日本国憲法の全体的な理念に反すると思います。ですから、特に他国に自衛隊を派遣する際はいくつかのクリアすべき条件を課すこととすべきです。思想家の吉本隆明さんは、その際には動かすか動かさないかは国民の直接投票によって決すべきであり、自衛隊を明記する時にはそういう条項を付記すべきだと述べていました。ぼくはそれに賛成です。
第二次大戦への参加とその後の敗戦という苦渋も味わった国民ですから、そういう時の決断は代表者や政府に任すばかりではなく、そういう判断や決断に国民が進んで加わって行ってよいと思います。
とにかく、国や国民に関係するこうした大事については、党派とかちまちました閉じられた空間で密室的にやっていくのではなく、大きく開かれた場で論議していく必要があると思います。まずは広く国民に投げかけ、問いかけ、その声を引き出す仕組み作りから考えてほしいものです。そうでなければ、時代を逆行させることと同義になってしまいます。右も左も関係ないです。こういうことになると、どんな人たちも古代のアジア的な顔つきになりがちです。こういう場合こそ近代以降後追いしてきた理念としての西欧の顔つきが必要だと思います。もっと言えばそれを越える日本国憲法の理念であるわけですから、西欧を越える顔つきとして、更に先進的な憲法論議と憲法改正へと進んでいけばいいのだと思います。
2026年4月15日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「遠出をしては巣に帰る」です。
○ アメリカとイランの戦争の影響の受け止め方
アメリカとイランの戦争の影響で、石油関連品の不足があちこちの業界で不安や心配を募らせてきているみたいです。これが長びくと国民生活にも徐々にそして深刻な影響が出てきそうです。個人的には物価の高騰と品不足が懸念されます。今でも物価高が生活に影響を来していますが、本格的な影響がもたらされればこれくらいの比ではないと心配されます。
国政も自治体の対策も後手後手を踏んでいくのではないでしょうか。今のところ国も地方も、影響を小さく見積もりすぎだと思います。それには理由があると思います。一つの大きな要因は、対策担当者たちが中流かそれ以上の意識でいるために、生活水準を下げればしのげると高をくくっているからだと思います。数年、それでしのぐ体力を有していると考えているからだと思います。ですが、それは自分たちのことだけのことであって、国民の多くはそれほどの生活上の体力を持ち合わせていないですし、持っていないという意識でいると思います。影響は下層において深刻です。その深刻さを想像できる知性を、担当者たちは持ち合わせていません。一部にはあるとしても、頭で考えたり理解しているだけでしょう。我が事のようにこれを理解する人は少ないでしょう。最近の行政職の人たちは責任感が欠落したり、不足しています。つまり、それでは任をなさないのです。庶民、大衆のための突っ支え棒にはならないと思います。
ぼくらも自分しか当てに出来ない状況だと思います。当てに出来ないと考えておいた方が無難です。台風や大地震に直接見舞われるくらいの覚悟でいた方がいいと思います。ぼく自身は最初からお手上げなのですが、それでも覚悟しておくか、何の心の備えもなくそれに直面するのとでは、結果は少し違うんだと思います。だから覚悟だけはしておこうと思っています。物価高騰と物不足ですね。まず第一にこれを考えておきたいと思います。じわじわと長く続いて、ボディーブローのように生活体力を削り取っていくと思います。
実際にはそういう状況になった時に必要になるんだと思いますが、ぼくが考える対策の主要な一つは気分転換ですね。それが必要になると思います。いろいろあると思いますが、これまでやってきたことで言えば、こうして書くと言うことがその一つになると思います。客観的に見ることです。ずっと主観的に見続けると苦しくなると思います。心をよそ事に使うことが救いになると思います。今からそういう心づもりでいようと思います。
2026年4月14日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「花一輪の工夫」です。
○ 国家の行方
家族、親族の集団から、氏族へと進み、やがて地縁的なつながりを持つようになった。すなわち氏族集団的なものが寄り集まって部族共同体を形成し、更に無縁の部族同士が連合することで部族連合国家が誕生した。これを初期的な小国家と考えれば、これらの小国家を統一して、統一部族国家、あるいは統一部族連合国家へと発展していった。
ここで言う統一部族国家、あるいは統一部族連合国家は、現在世界の国家の前身である。つまりこれを現在世界の国家の初源と見なすことが出来る。そしてその国家の初源を更に遡れば、冒頭に述べたように、小国家としての部族集団、部族共同体へと遡り、更に氏族共同体、親族共同体、家族共同体へと遡ることが出来る。
現在の世界は、独立した国家群によって占められ、区画され境界が引かれている。いずれも、過去には国家を形成しない時期を有しており、氏族共同体や親族共同体のような小さな共同体が群立する世界に過ぎない時があった。
それらのやや小さな集団がすべて、拡張し、大規模化を望んでいたかどうかは分からない。けれどもこれを現在から振り返ると、ほとんど世界同時的にその方向へと進んだのであり、例外はあるとしてもそれは他の共同体集団に駆逐される以外なかったと言える。
宗教的な理由、経済的な理由、あるいは民族的な理由などの様々な理由から、武力戦闘集団を持つ国家へとまっしぐらに突き進んだと言えば言える。
現在のように、世界が国家単位で成立していることを思うと、人間の集団が国家にまで展開するようになったことは、何かしらの必然があったからのように思われる。とりあえずそうして成った国家群は、その延長上に考えるならば超国家への動きを見せ、世界統一まで展開していくほかにないような気がする。それを予兆させる動きとしてはEU、すなわち欧州連合がある。そしてもちろん逆行する動きもあって、それは国家の権限を地域に委譲して行こうとするものである。拡大か縮小か、現在国家は必ずしも強く結束して安定しているとまでは言えない。
今ぼくが考えられることはこれくらいまでだが、国家連合に進むか、逆に国家の権限を最小にして地方自治の連合体にするか、あるいは今の国家体制のままでいるか、多くの国家は模索しているように見える。どこに向かって行くのかはぼくには分からない。ただ風に流される雲のように、吹く風によってそれは決まるのだろう。ただどう決まろうが決まるまいがぼくのやるべきことは一つで、陽の下の暮らしを、その慣れた暮らしを続けて行くだけである。
2026年4月13日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「祝福の季節」です。
○ 生き方について考える考え方
考えることの前提として、文字を読む、本を読む、そういうことが必要である。いつからか、そういうことになっている。いつからかと言ってみたが、それは文字が作られ使われ始めてからだ。
文学者でもいいし、哲学者でも批評家でも研究者でもいいが、およそ彼らのような頭を使う職業の人たちは、考えられないくらいの書物を読むもののようである。
ぼくが一番この人は飛び抜けて読書家だと感じたのは、ミシェル・フーコーの著作を読み始めた時だ。一冊の著作の中でもたくさんの著作と作者名が付記されていたし、またたくさんの資料名が記述されていて圧倒された。それはフーコーのすべての著作において同様であり、加えて教授としての講義録を読んでも書物や資料の読み込みは半端ないと感じられた。
そうした読み込みにかける時間と労力を思う時、正直、ぼくはうんざりした。当時、彼の著作の帯に、知の巨人と謳われていたように記憶している。そう言われるような人は、それだけの資料の読み込み、そして読書量があってのことと思い知った。
実際はどうか調べたわけではないが、人生の大半が、文字を読み文字を書くことに費やさなければ知の巨人には成れないのだろうと思った。
同時に、一生、ないしは半生を、文字に埋もれるようにして生きる生き方というのは何なのだ、と思った。
学者、研究者にとっては、ごく当たり前のスタイルなのかも知れない。だが大半を文字に埋もれて、仮にそれが人間の生き方の研究だとした時に、本当に人間について、人間の生き方について理解できるのだろうか。そういう疑念がぼくの内面に湧いた。一番首を傾げることは、人としての生き方から遠く逸れて見えることだ。学問や研究としては常套のあり方なのかも知れないのだが、人の生き方としては最もダメな生き方の部類に入るのではないか、と、ぼくは考えてしまう。大衆の暮らしとか庶民の暮らしからずいぶん隔たった暮らしだ。そうして、そのように遠く隔たった暮らしから生じた知が、どうして最高の知ともてはやされるのだろう。そうした知の中の知は、本当に庶民や大衆の中に還り行く知なのか。そうではなくて、人の生活とはすれ違う、ただの知のサバイバルゲームのようなものにしか過ぎないのではないか。どこまでも永遠に、知は知の探求として続くだけのことではないのか。競い合い、ただ歴史に名を残し、それだけを続けて行くのではないか。庶民や大衆の生活の中での苦悩は少しも減って行かない。知の目標は、既存の知を上書きして行くことだけを唯一の命題として進んでいるのではないか。文字を読み、膨大な量の資料を読み込み、現在でもたくさんの学者、研究者が、人生の半分を犠牲にするかのようにして取り組んでいる。しかも、それを自分の人生、そして喜びだと考える人もいる。それって、本当はおかしいことではないか。ある種の倒錯ではないのか。ぼくには頭だけで生きているようにしか思えない。人間を越えているというべきか、人間ではなくなろうとしていると言うべきか、ふつうの人間ではなくなってしまうようで、ぼくには恐ろしい。
ついでにもう一つだけ言っておくと、文字以前の人間は、自然や人社会の中にあって生活し、そうした生活を通して考えることもしていたはずである。
それが文字を使うようになってからは、言ってしまえば生活の外側で考えることをするようになって行った。生活と、考えるという行いとが分離した。
ぼく自身まだよく分かっていないのだが、人間が考えるという時に、現在では専門的に考えるということと、日常背活において考えることとの間にある種の乖離が生じているのだというように見える。当たり前のことのような気もするが、そうではないという気もする。ぼくとしてはどちらでもない、考えることの行き方、思考の行き方があるような気がするのだが、今はまだ漠然としすぎている。
2026年4月12日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「野蛮な知性」です。
○ シジュウカラが言葉を持っている。動物言語学者の鈴木俊貴さんという人が、研究してこれを発見した。
ぼくが一番おもしろく、また興味深かったのは、二十年間の観察の結果での成果というところである。観察、観察、観察。改めて観察が基礎、基本だなと思えたことだ。観察は、太古の人ほどよくやっていたことだと思う。特に自然観察。
観察だけで言うと、人で言うと、赤ん坊や幼児が一番よくやっている。何なら赤ん坊や幼児はそれしかやることがない。ちょっと極端な言い方かも知れないが、そう言えそうな気がする。
鈴木さんは二十年観察してシジュウカラの言葉が分かったわけだが、太古に日本に暮らした旧石器時代人や縄文人等は、当たり前のように生き物たちの言葉を聞き分ける能力を持っていたのじゃないかなと想像する。もちろん、想像するだけである。
能力と言ったけれども、おそらく正しくは観察の結果である。そのことに気づく人がいて、周囲の人に伝わり、全体としてそのことは理解されていた。それに気づいたり知ったりすることは、当時の人々の生活に何らかの益をもたらすからだったと思う。つまりそこから情報を得て、猟に役立てたりしていた。
たぶん古代の人たちの暮らしは、そういう必要性から離れる次元に進んで行った。自然生活から社会生活へとレベルアップしていく過程で、動植物からの情報を必要としなくなって行った。
人間の観察の対象が別次元に移った。そういうことじゃないかなあと思う。
ただ、江戸時代は農民が九割と言うこともあり、農業という仕事上必要な自然観察は長く続いたはずである。そこにも自然の動きを察知する、鳥や虫たちの動向は農民たちの関心事だったと思われる。もちろん雲や風の動き、季節の推移も含めてである。
現代人に自然の情報は必要かどうか。もちろん必要で、特に毎日の天気や、地震、台風の情報は人たちの関心事となっている。
だが現代ではそれらは直接自然を観察することで得ているのではなく、テレビなどのメディアから得ているのがほとんどになった。自然観察に要するエネルギーは、別のことに振り向けられるようになったんだと思う。そこに良い悪いはないと思う。そういう成り行きで進んできたのだ。
2026年4月11日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「ぼくらの社会の大事」です。
○ YouTubeで「弥生時代の日本語で会話」と言うテキスト動画を見た。縄文時代から現代までの言葉の変遷を、会話形式で示したものだ。偶然見たので、まだ何とも言えないが、おもしろい試みだなと思った。当然だが縄文語の会話も弥生語の会話も、そしてそれ以後の会話もよく分からないものだった。はっきり分かるように思えたのは、江戸時代以後になってからだったように思う。
一つはこういう試みなり動画なりが、数年前から行われていたことに驚いた。それから結構なチャンネルの登録者がいたり、三千に近いコメントが寄せられていることにも驚いた。興味や関心が持たれていると言うことだ。改めて、こういうことがコツコツ行われているのだなと思い、また感心もした。発信者も視聴者も、ますます知見を広げて、ぼくのようなぼんくらにも成果の一端を届けてほしいものだと思った。こうした世界に時々は足を向けてみたいとも考えた。
商業ベースに乗らないこういう試みなり作業なりが、SNSを介して細々とでも行われていると言うことは、とても心強く思う。パトロンなしに、無報酬と変わらない形でこんなことも継続されていると思うと、おそらくは成果としては遅々としたものにならざるをえないだろうが、よいことだなとぼくは思う。
昔で言うと同人誌の活動に似ている。アマチュアリズムだ。ぼくにとってのそうした試みの最高峰は吉本隆明さんが中心となって刊行した「試行」という雑誌だった。そうしたものの小分けになった草の根運動的なものが、前述の試みの中に継承されているという気がする。いろんな分野や領域に、いっぱい芽が出ているのかも知れない。まだまだ捨てたもんじゃないということになるし、改めてやる気と勇気もわいてくる。
これとは好対照になるが、東京大学院医学部附属病院の汚職事件というニュースがあった。医療の腕は一流かも知れないが、人間としては三流というほかはない。組織的にも腐って発酵していたようで、内部的な自浄作用が行われなかったことや、東大ブランドに忖度して事件を過小評価的に扱ったと、調査結果で報告されたと言われている。そんなもんだろうと思い、少しも驚かなかった。アカデミズムの成れの果というものは決まってこういうものだ。一分野の専門家が、人間としても一流か上等かというと、必ずしもそこには因果関係はない。かえって他の面ではロスしているに決まっているから、総合的な人間力としてはいびつになることが多い。専門の穴蔵にいる分にはいいが、そのまま広場に出たらやらかしを犯すことも多くなる。強く罵ったりするよりは、他山の石と眺めておく方が無難だ。
2026年4月10日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「受信と発信」です。
○ パソコンの性能、機能は、ぼくにはもう十分だ
最近になりパソコンが安定してきてほっとしている。OSは言うまでもなくWindows11で、しばらく調子が悪かった。原因はアップデートにあったことは世界的にも知られえている。本来はパソコンを安定させたり、より快適に使えるためのアップデートが、逆に調子を狂わせていた。それを修正するパッチやアップデートが、追い打ちをかけるように更に調子を狂わせていた。
それが3月になり4月になり、修正プログラムが功を奏するようになったためか、グンと安定してきて、再起動ほかのメンテナンスを施す必要もなくなって、まあまあサクサクと動くようになっている。
ぼくはブラウザでのネットアクセスと、ワープロソフトでの文章作成くらいしかやっていない。今はそれがスムーズに出来ていて、このスムーズさがとてもありがたく、またとても便利な道具だと改めて実感できている。
しばらく前はこれが頻繁にフリーズするようになって、このパソコンも寿命かと考えるくらいだった。それがなくなってみると、まだまだ現役という感じで当分は使えそうだという気がしている。
例えて言えば掃除機や洗濯機と言った家電で、しょっちゅう動きが止まったりしたら大クレームである。リコール沙汰である。家電というのは、経験上、そう頻繁に故障しないと言うことで、ぼくの中では一定の信頼がある。電源を入れるといつも同じように働いてくれる。ぼくの中では電化製品というと、そういうことが当たり前としてインプットされている。だから今回のOS不調の騒動は、ある意味とても我慢ならないものだった。本気で別のOSに代えようかと思ったくらいだ。だが、年のせいか一からのやり直しは面倒で、電源長押しなどもしながら使い続けた。
いざ調子がよくなってみると、やはりこれほど便利なものはない。主には先の二つのことをやるだけだが、その合間にもいろいろなことをすることもあり、そちらも支障なく出来て、結局は使い勝手がよくて大満足。日々の流れもギクシャクすることなく流れて行く感じだ。こうなると、本当にありがたみを感じる。
ぼくはもうパソコンは今の性能や機能があれば十分で、これ以上の新機能は望まない。ただただ今の機能が長く継続してくれればいいだけである。今の一台が長く使い続けられたら、それが一番いいのだ。もう家電感覚で、一台を使い切る、そういうことでよいと思っている。難しいところだろうが、そういう需要もあると言うことはマイクロソフトでも何でもいいが、知っておいて欲しいと思うし、お願いもしたいところだ。そのための投資もずいぶんとしてきた。もう、パソコンでも、配当と優待だけを受け取るだけにしてもらいたいものだ。
2026年4月9日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「小さく響く声」です。
○ お知らせ
掲示板の方に、nishiyanさんの「水詩(みずし)#25」が投稿されました。是非そちらの方もご覧ください。
○ 日本語のルーツの研究が、言語学からだけでなく、考古学とかDNA解析とかの研究との合わせ技で進められているそうだ。それによると北東アジアのある地域が、周辺地域との類似性を保持していることが分かり、日本語もその辺がルーツになっているらしいとのこと。だがまだ確定とまでは行かない段階にあるそうだ。
このように研究は進んでいるらしく、他分野との合同の研究と言うことも何かしら期待が持てそうな気がする。素人考えだが、言語学という専門性から突き詰めるだけでは限界があるのかも知れない。
そういう専門的な研究からのアプローチは、一方で進んでいってもらいたいが、それはそれとして、素人のぼくらは素人なりに漠然と言語について考えると言うことも悪くないことだと思う。
先の研究によると、遡ること9000年前、その地域で使われていた言語が元になっているらしいとのこと。日本で言うと縄文早期か前期のことだから、そうして考えると、日本語の元は縄文人が話していた言語とは別の系統と言うことになる。
そうなると、日本語の祖語は縄文人のあとから日本に渡ってきた人たちが話していた言語が、後々全体に広まったと言うことになるから、おそらくそれは渡来系弥生人たちの話していた言葉だろうと思われる。
そして先住の縄文人と渡来系弥生人は混血が進んだと言われているから、言葉もまた縄文人の言葉と渡来系弥生人の言葉とが混じり合って、現在日本語の元になる言葉ができあがっていったように思われる。
これだけで考えると、日本人も日本語もかなり渡来系弥生人が元になっているような気がする。祖先も祖語も渡来系でいいのだろうか。どうもそうならざるを得ないような勢いだが、そうした時に先住の縄文人や縄文の言葉はどう考えたらいいのだろう。比率は異なるだろうが、人も言葉も混血している。その混血を祖先、祖語と考えるべきなのだろうか。あるいは混血以前の渡来人とその言葉とを祖先、祖語と言うべきなのだろうか。いや、もっと古い層には縄文人と縄文語があったわけだから、そこを日本人や日本語の元と考えるべきだと言うことになるのだろうか。
現在から見て一番妥当だと考えられるのは、ぼく個人としては縄文と渡来系弥生の混血が現在日本人の祖先に当たると見なすべきで、日本語もまた同様に弥生人の言葉と縄文人の言葉との混血が、現在日本語の祖語になっていると考えるべきだと思う。
これは現在の日本人や日本語を元に考えて、抽出した要素をできるだけ遡ったところで見えてきた光景と言うことになる。つまりすべてを調べ尽くして見えてきた結果と言うことではない。混血の一方である縄文人なり縄文語なりはまだよく分からない。そう考えると、先の結論めいた日本人や日本語の祖先、祖語についてもまだまだ仮説に過ぎないと言うことにもなるのだろう。まだまだ解明すべきことはたくさんあるし、いよいよ、おもしろくなってきたじゃない、と言うところかと思われる。
追記
あとになって、日本語には漢字や英語などが流入してきている。今のところそれらは元になる日本語があって、別に追加されたと捉えられている。現在から見るとそんなところだが、あと数千年、数万年立ったところから見返したら、溶け合った全体が日本語と言うことになっているのかも知れない。
現在のぼくらが考える日本語からして、奈良や平安の時代からすると、とても理解できないくらいに変化しているところもある。もう、古典なんかまともに読めない。現代語訳しなければ読めなくなっている。この微小な変化の連続は、日本語内部でも起きているわけだから、それを考えるとルーツを辿ったところであまり意味ないことのようにも考えられてくる。それに地域ごとの方言もあり、これはこれで近隣でも訳が分からないこともある。そうなると、縄文時代に話されていた言葉といってもけして単一ではないのだろう。渡来系弥生人の言葉だって、複数回渡来したとなれば、微妙に違った言葉が入り込んだかも知れない。
混乱してきたので今日はこれでやめます。
2026年4月8日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「クイズ三択」です。
○ ぼくは敗戦の6年後の生まれです。戦前は戦争はするもんだ、戦争には行くもんだという時代だったと思います。敗戦を迎えて一気に反動へ流れ、戦争反対、世界平和を叫ぶ声が大きくなったと思います。ぼくらは世の中の流れの、その延長上に育って来ました。
ぼくが大学に入った頃、まだ共産主義、社会主義の政治の風は吹いていました。それからの在学中には、その風を正面で受け止めたものもいれば、逃れていったものもいたと思います。ぼくの感覚では、連合赤軍のリンチ事件をきっかけに新左翼運動は退潮して行ったと思います。
そこからすっかり政治の風は止んで、やはり一種の反動でしょうか、ぼくら若者はみんな経済社会へ潜り込んで行ったという感じです。エネルギー自体はあったでしょうから、それは高度経済成長に繋がったかも知れないですね。
80年代90年代と来て、政治離れ、それから文学離れみたいなのも加速して行った気がします。全体的にこれも一種の反動という気がします。それに70年代からの経済成長期には「モーレツ社員」という言葉もありましたが、その反動というものもあったという気がします。あまり向きになって仕事をしないとか、「しらけ世代」と言う言葉も生まれました。3K、「きつい、汚い、危険」な仕事は敬遠する若者が増えたと言うこともありました。
こうしてぼくらの世代においては、時代というものは、反動、反動、反動を繰り返して進むもののように見えた気がします。
この先もそのように進むものかどうか分かりません。現在を見ると、そういう動きと、そうでもない動きがごっちゃに進んでいるように見えます。
2026年4月7日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「政治的言説」です。
○ 日本を誇るという考えを考える
日本は世界で一番古い単一の王朝国家だと言われています。もちろん日本より古い時期に誕生した国家はありますが、ほとんどは別の国家に取って代わられていて長続きしていません。日本は皇統が引き継がれていると言うことで世界的にも珍しく、長く続いた国家と言うことになります。
このことを誇りに思う人たちもいます。その人たちは皇統に関係する人たちかどうか分かりませんが、全く無関係でもそう思っていると言うことは面白いことです。
記紀に記された初代の神武天皇が、実在したかどうか分かりません。実在してもしなくてもどうでもよい気がします。問題は倭国大乱に至る当時の百余国のうちの一国、部族ないしは連合部族の首長だったろうと考えられることです。その出身もどこか分かりませんが、地域内では長らく君臨した有力豪族の系譜に連なる人だったに違いないと思います。
全体を統一する前は小国が百余国存在していました。そうしますと、それぞれの地域ごとに有力な豪族が百余人存在し、それぞれに地域内では崇められていたと思います。当時は、百人以上の小国の王たちがいて、可能性としては誰が統一部族連合の王になるか分からなかったはずです。そうして押し合いもみ合いして一人に決定していくのですが、その過程で敗れた地域の王なり豪族なりはいたわけです。極端に言えば百人以上が傘下に下ったことになります。これって、当事者の立場になると、悔しいことではなかったでしょうか。
直接に皇統の系譜に連なる子孫や末裔であれば、この日本という国なり皇統の王朝なりと言うことを誇りに思っても仕方がないと思いますが、傘下に下った側の末裔なり子孫が、これを誇りに思うことが不思議な気がするのです。関係がないのに、と思います。あるいは末席に座らされた一族の末裔なり子孫かも知れないのに、従属に甘んじるばかりか、これを誇りとすると言うことがよく分かりません。
ずいぶん後になって戦国時代というのがありましたが、かつての豪族のように、各地に有力な武士集団が形成されていました。そういう中から織田信長や豊臣秀吉、徳川家康の台頭がありました。そのほかにも上杉謙信や武田信玄、その他大勢の武将がいたわけです。
これに似たことが、弥生の終わりから古墳時代にかけてあったのだと思います。今でも多くの日本人はこれらの武将を英雄と見なしたりしていると思いますが、よくよく見れば、大義を掲げてはいても、実際には人殺しも厭わない悪党集団でもあったと思います。天下安寧のためなんてよく言われますが、今般のプーチンやトランプを引き合いに出すまでもなく、実質は自分たちのためでしょ。
そういう者たちをいまもって支持するとか、誇りに思うとか、偉人・聖人のように遇するとか、おかしくないですか。ぼくはそう思います。そうしてただこの地に暮らしてきた人たちに、ヤクザの「みかじめ料」みたいな貢納を半ば強制的に課すことになって行ったわけです。有無を言わせずやってますよ。この悪法が、現在まで続き、肉体労働をせずに暮らしていける連中の資金源になっています。税金で食っている連中はみんなそういうことでしょう。そのきっかけを作ったのが国家を建国した者たちです。それは成り行きですから批判はしませんが、別に誇ることでもないとぼくは思います。
現在でも、よくアメリカに従属していると批判する人がいますが、ぼくは日本国が誕生してからこの地の住人はずっと王権と政権に従属してきたんだと思っています。なので今日のわれわれ庶民、民衆は、王権と政権とアメリカと、三重の従属下にあると言うことになると思います。従属そのものは悪いとは思いません。ただこちらに独立するだけの力がついていないと言うことだと思います。われわれ日本人にはそういう力がないと言うことです。これを悔しく感じるならば、力を付ける以外にないわけです。武力や腕力ではないですね。知力であり、思考する力ですね、必要なのは。
2026年4月6日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「自分のリーダーは自分であれ」です。
○ 気温がぐんと上がり、ここ宮城もあちこちで桜の開花情報が飛び交っています。ちなみにぼくは今年はまだ桜の花を目にしていません。近場でも結構桜の木がありますから、そのうち目にすることと思いますが、楽しみです。
アメリカが仕掛けたイラン戦争が長びきそうだと言うことで、特に石油関連の物不足の懸念がニュースになっています。ロシアのウクライナ侵攻のときもそうでしたが、日本は直接には関係していないのですが、輸入大国でもありますからとばっちりを受けざるをえません。あれから生活関連の品不足や高騰が始まり、今回のイランとアメリカの戦争ではさらなる物不足や物価の高騰が不安視されています。
こんなことがあっても何ら影響を受けないのは、アマゾン流域に住む文明未接触の種族だと思います。自立した生活スタイルを保っていますから。
別に文明と未接触になりたいわけではないですが、なんかそういう生活にヒントが一つ二つ隠れていないかなと思ったりします。
考えるのは経済的な自立ですかね。この場合の経済的な自立というのはあくまでも個人の生活レベルでの話で、世界不況や社会的な不況、あるいはインフレ、デフレと一線を画す経済的な自立は可能かという問題になります。
ぼくは可能だと思うのですが、現在日本でも、比較的に外部の影響を最小限にすますことの出来るスタイルというのは兼業農家かなと思います。これは農家ではなく酪農や漁業でも同じです。物々交換も考えた上で、一年間の食糧事情をギリギリ自分たちでまかなえる、そういう状況にあれば強いんだと思います。
ぼくのように会社員公務員でやってきて、老後には何もない、消費生活を続けるしかないとなると、もうすぐにお手上げ状態になってしまいます。これは今からでも遅くないから、制度的に考えてもらいたい問題です。個人生活、家族生活の最小限の基礎というものですね。わずかな耕作地です。「生活基礎法」とか言う名前を付けたりしてね。義務教育ならぬ義務耕作法です。江戸時代の安藤昌益がこういうことを言っていました。
現在の人々の暮らしとあまり大きく変わらない形で、余暇の時間、遊びの時間を少し削ってやる。少しだけ生活の足しになる。その程度のことでもずいぶん違うんじゃないかなと妄想します。
2026年4月5日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「終われない旅」です。
○ 最近思うことの一つ
人間の活動から意味とか観念的なものをすべて抜き去ると、人間の見え方は他の動物の見え方と変わりない。普段から、人間を動物一般のように見る見方をしているのは他の動物たちだ。他の動物たちは人間の言葉を理解しないし、意味や観念を持って人間が動いているとは理解できていない。犬や猿を見るようにしか人間を見ていないはずだ。
人間は自分が動物の仲間だと言うことは知っている。しかし、明らかに他の動物たちとは違っていることも知っている。人間は明らかに他の動物にはないものを持っており、それは観念=幻想というものである。
神を見ようとしたり仏を見ようとしたり、あるいは高貴・卑賤を見たりするのは幻想的な行為である。人間はそういうことをする。幻想の中にそういう枠組みを作り、幻想的な世界を構築する。
ぼくらは神などいない、存在しないことを分かっている。あるいは人間に高貴・卑賤の区別がないことも理解している。しかし、実生活的には神社を祀り、他人を見るに高貴・卑賤の目をもってする。すべて幻想のする行いであり、時に、無いものを有ると強引に主張する。人間は幻想的であり、幻想を信仰し、生存中は幻想を生きる生き物だと言うことも出来る。
つまり、どう言えばいいだろうか。人間は神のように振る舞うことも出来れば、虫けらのように振る舞うことも出来る。だが神でもなく虫けらでもなく、そうした意味では実に中途半端な生き物に過ぎない。中途半端で宙ぶらりんな生き物だ。
人間は誰でもが、人間とは中途半端な生き物でしかないということを知っておいた方がよいという気がする。生き物の中では孤立した、珍しい生き物である。そしてそれ以上でもそれ以下でもない。人間が他の生き物よりも優れているという考えは、単なる人間の幻想行為の一事に過ぎず、人間の幻想以外でこれを証明することは出来ない。「自然」の中に、人間の上位、優位を示すものは何もない。ただ人間がそう考えている、そう思っている、幻想上のそれだけのことに過ぎない。
人間が築き上げてきた幻想世界というものは実に厄介なのである。
例えば「日本人とは何か」、「日本人はどこから来たか」などなどを考える時に、必ずと言ってよいほど「日本人の心」「日本人の魂」と言い出すものがいる。そうして決まって、他民族に対する日本民族の優位性を重箱の隅をつつくように探して主張したりする。それ自体が幻想の行いそのもので、幻想だからどうにでも言えてしまう。仮に科学的論理的に論証しても、それ自体が幻想の行いだから宗教性が混じり込んでいる。
ぼくは神社を祭る風習も、神社それ自体の存続も否定するつもりはない。けれども世の中にはそれを過剰に評価したり、日本人の精神のよりどころとしてなくてはならないと主張する者たちもいる。それも否定するつもりはないが、ただ、いまこの時にも苦しく生活をしている人もいて、そのことをそっちのけにして、神社の維持・修繕に
躍起になる姿を見ると、つい、順序が逆じゃないですかと言いたくなる。そういう余財があれば、そういう余財をかき集めてやれることがいっぱいあるじゃないか、そう思うのである。
ぼくには世の中に対して、そういう合点のいかないことがいっぱいある。だから合点がいくようにしたいという気持ちもある。しかし、これを世の中の上層に立って実現しようとは考えない。上に立つ時点で合点がいかないことを一つ上乗せすることになるからだ。あまりにも迂遠だが、一人一人に語りかけ、どう考えるかは一人一人の自由であるという形で人には託したいのだ。そこだけは死守したいと考える。
言い残したと思うことが一つある。それは人間が作り出し作り上げてきた幻想世界に、誰一人押しつぶされてはいけないと言うことである。逆に言うと、押しつぶされることが多いと言うことである。幻想世界がどんなに堅固に、どんなに抗しがたいもののように眼前に見えているとしても、それは幻想に過ぎず、言ってしまえば幻である。幻に比べたら、例え一人でも、人間が実在していると言うことは、なんと言えばよいか、遥かに、遥かに、大事というものである。そうとしか言いようがない。そのことが、この頃は現象として逆転している気がする。それは絶対に誤りである。それを最後に言って、これを終わりたいと思う。
2026年4月4日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「死人の国」です。
○ 成人の言葉や意識には秩序があります。あるいは秩序が出来ていると思います。それは大まかに言うと文法になっていると思います。1歳未満の赤ん坊には、それがないと思います。なので大人から見ると、宇宙人のように感じられてしまいます。それは動物的と言ってもいいわけですが、人間は人間の赤ん坊を動物的とは言いたくないし、動物よりは賢そうに感じるから宇宙人と例えるのだと思います。
これはぼくの経験と考えです。ほかの人たちがどう考えているかは分かりません。
大人の言葉や意識には秩序や文法があります。持っているものから持っていないものを見ると、そこに越えられない間隙というか断絶というか、そういうものが感じ取られます。ぼくは北海道でヒグマを見た時に、異質な生き物だと言うことを強く感じたことがあります。犬や猫や牛や馬など、比較的人間の生活範囲の内側に存在する生き物たちとは違うと一瞬で分かった気がしました。
一歳前後から片言言葉を話すようになります。それがある時を境に、急激に口にする言葉が増えていきます。おそらく、秩序と文法が身についたんだと思います。
初期の人類には、精神や意識と言う面で、乳児や幼児と同等の時期があったと思います。そしてその時期は、期間で言うと数万年とかそれ以上の単位だったのではなかったかと思います。これは憶測だし想像です。
どちらが先か分かりませんが、意識が意識できるようになった時に言葉が使えるようになったと思います。人間で言うと1歳から3歳くらいの間でしょうか。これくらいに初期の秩序や文法が完成するのかなと思えます。内側に出来るものですが、個体によって少しずつ差異があります。
ぼくの想像では、ホモサピエンスがまだアフリカにとどまっている間に、そういうところまで発達したのかなと考えます。
ぼくは何も参考になる本や文章を読んでいないので、これは全くのでたらめかも知れないです。ベースにしているのは少しありますが、ずいぶん以前の切り貼りの知識だけで推測、憶測しています。とりあえずこういうところを頭の中で捏ねくり回して遊んでいます。勉強が嫌いなので、もっともっとずっとこんな感じで遊ぶつもりでいます。学術的な真理なんてAIでいいです。任せます。
2026年4月3日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「いろいろな声」です。
○ 幻想の現在地についてのメモ
歴史は不可避を進む。こうなってきたものは、その途次にどんな不条理の力が働いたとしても、もはやそれを正すことは出来ない。間違いだった、誤りだったと言ってもどうにもならない。未来に向かっても、おそらくはそういうことになる。
たぶん古来から人々が目指してきたのは、よりよい生活社会というものである。それに向かって人々は考え、発明をし、改革をし、あるいは修正に次ぐ修正を繰り返してきた。それらは目に見える形と目に見えない形との双方で発達を遂げ、今われわれの前に展覧され、展開されている。
だが発達は、われわれにとってよいことばかりではないことをわれわれは知ってしまった。発達に見合うように大きな戦争が起き、極端な経済格差も生じ、われわれの世界や社会に対する満足度は高度な発達に見合うほどに高くなったとは言えない。特に精神の領域において、われわれはかつてないほどに窮屈に追い詰められ、個別化を余儀なくされ、行き場を見失って彷徨っているかに見える。
例えば引きこもりという現象がそのことを端的に物語っているが、その反動として群れを作ったり、絆を叫んだり、助け合いましょうと口々に言ったりすることは、そういうことの裏返しで、本質的には同じ症状の現れの違いがあるだけである。われわれに備わる幻想の力は、そう言うことが出来るし、またそのようになりがちである。
われわれは豊かになった物質や人工物を前に、これ以上ない理想の環境の中に生きていると自分を信じ込ませることも出来れば、最悪の中に生きていると信じ切ることも出来る。いつの間にか幻想人間として、幻想世界を生きて行くほかなくなっている。人間でなくなろうとしているのか、人間性だけの人間になろうとしているのか。ぼくらは生まれたままの自然な人間のあり方というものを望み、求めてきたが、これも唯一無二の真理とかでも何でもなくて、数あるエゴのうちの一つに過ぎないのだろう。そう考えると次の句が継げない
2026年4月2日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「きれいな街」です。
○ お知らせ
月一で掲示板に「水詩」などの作品を投稿していただいているnishiyanさんから、同じく掲示板にお知らせが届いていたのでお伝えしておきます。
nishiyanさんはかねてから詩人で思想家でもあった吉本隆明さんの文章をデーターベース化しておられます。その量とその営為とは半端ではありません。そこに新規の文章を加えたというお知らせがありました。詳しくは掲示板を開いて直接ご覧になっていただければと思います。文章掲載先のアドレスも書かれているので、そちらに飛んでみることが出来ます。
○ 縄文と弥生についてのメモ
ある資料によれば、縄文早期の人口は2万人ほど。前期は11万。中期が26万人。後期になると16万人で、晩期は8万人ほどとなっている。グラフにすると、きれいに山型になる。これが弥生時代になると、一気に59万人と増加する。ここから様々な妄想を膨らませることが出来る。いつ誰がどこから来たか。人たちはどのように暮らしたか。海や山や平野に散らばっていたか。季節や気候の変動によって移動していたのか等など。数え上げたらきりがない。たぶんぼくは死ぬまでこうした妄想を反芻するに違いない。
これだけでいろんな想像が出来て面白いが、さらに進めて見ていくと、飛鳥時代奈良時代と来て610万人ほどになり、江戸中期に3128万、明治維新で3330万人。そこからはうなぎ登りに増加して、2008年のピーク時には12808万人と1億人を超している。
さて、縄文早期の人口2万人に戻って考えると、これを都道府県の数47、約50として割り算すると40になる。つまり、一県あたり40人くらいしかいなかったことになる。世帯数で言うと10軒にも満たない。一つの県に家が10戸しかない。
ぼくの住んでいるところは宮城なので、宮城県には10戸もなく、40人もいなかったという計算になる。縄文早期ではそうなる。実際には0人だったかも知れない。
ピークである中期で考えてみると、26万を50で割って一つの県に5200人。4人家族グループで考えると、県内に1300のグループが散らばっていたと言うことになる。県内には50市町村があるから、これを50で割ると24。各市町村に24軒ずつ存在した計算になる。一つの県に住居が24戸。想像できないほどの過疎だ。4人世帯と考えると、人口では96人足らずとなる。ちなみにぼくの住む富谷市は約20900世帯。24から20900となると、約870倍になる。
当時は家族単位でバラバラに存在したのか、あるいはもう少しまとまっていたのかは分からないが、いずれにしてもこの時期には他のグループに遭遇することはほとんどなかったし、あったとすれば非常にまれなことだったに違いない。
縄文期は14000年続いたと言われている。その間、一番少ないのが早期で2万。一番多くなっているのは中期で26万人。14000年でこれくらいの違いだと増えたと言っても微妙だ。増える原因は、基本的には狩猟採集民だから、気候により植物が繁茂して動物の個体数も増えたりしたからと想像できる。四方を海に囲まれているから漁業の発展なども考えられる。
あるいはまたこの14000年の間に、新しく島国に渡って来た新参のグループもあったかも知れない。
弥生になって59万人と増えたのは、もちろん渡来系の人々がたくさん島国に渡ったりたどり着いたと言うことと、稲作が広まって食糧事情が安定したり定住化が進んだりしたからだろうと思う。縄文ピーク時の2倍の人口になっている。米作りを中心に定住した渡来系弥生人は順調に人口数を増やし、増えた分田畑も広げて行ったと思われる。狩猟採集の縄文人の中にも真似をする者が出たり、盛んに交流するようになったとも思われる。もちろんその逆もあって、未接触を望んで森の奥深くへと移動した人たちもいたかも知れない。
以後の歴史では、渡来系弥生人と縄文人とが混血し、ざっくりと言えば渡来系弥生人のDNAを保持した人々が、日本全体に広がりを見せたことになっている。縄文のDNAを色濃く持つ人たちは、東北以北と沖縄地方にわずかに残っている。
古墳時代にもう一度渡来系弥生人の波が押し寄せたことが伝えられていて、日本国建国の過程において渡来系弥生人の働きは大きかったと言わなければならない。人口も増え、米の収穫にも差がついたりするようになり、多くを蓄えることが出来た人々もいて、その蓄えにも差が出てくるようになったと思われる。次第に激動の時代へと近づいて行くこととなる。
2026年4月1日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「枯木に花を咲かせましょう」です。
○ 今日からこの欄を新しくします。「てならいのうた」も同様ですが、そちらの方は以前の分は以前の分としてリンクを張って見られるようにしています。こちらの方も同じように残しておこうと考えたことはあるのですが、まだ実行に至っていません。
○ 社会性と言うことを巡って
ぼくたちは社会生活、家庭生活、それから個人的な生活と、3つの次元が異なる生活を行ったり来たりしてして暮らしています。一般的には、その中では社会生活が重要なことのように考えられているような気がします。
社会生活と言えば何と言ってもその中心は仕事と言うことになると思います。仕事での社会や他者との結びつきが、今の社会では一番大きくて太いものだと思います。
さて、年金生活者のぼくらとなると、社会から戦力外通告がなされて結びつきが薄くなります。ぼくのようにあとは家庭生活と個人的な生活だけになる人も多くいるかと思います。
これまで仕事に費やしていた8時間がぽっかり浮きます。初めはこの空白に戸惑うこともあるかと思いますが、やがてこれまで前後に押しやられていた家族や自己自身の時間で、これを埋めていけばよいことが分かります。
まあ、これを冗談半分で考えると、子ども時代の学校の時間が消えたようなもので、喜ぶべきことなんだと思いますね。学校がないんですから。夏休み、冬休みがずっと続くんですから。好き勝手にやれるわけです。長生きすると、こんないいことがあるんだ、となります。
もちろん、ちょっと飽きたなとか、退屈だなと感じる時もあります。しかし、そういうことも含めて、社会生活なしで過ごせることはとてもとても快適なことです。
ぼくの場合は年金額が少なくてちょっと窮屈なんですが、それでまた始終家の中にいられて、お出かけの準備の煩わしさもなくて、かえって好都合なところもあるわけです。ひげを剃らないとか、髪をとかさないとかも含めてね、毎日ものすごく気が楽に過ごせます。田舎育ちのぼくにとっては、世間体をほとんど気にしない子ども時代に帰ったような気さえします。
こうなってみると、なんて楽なんだと思います。若い時は、まるでお侍さんが身支度を調え刀を腰に差してお城に向かうかのように、気合いを入れてスーツを着てネクタイを締め、毎日会社に出かけていました。そういうものだと思い、それが当たり前でしたから何の疑問もなくそうしていました。
お金のため、生活のためとは言え、どうしてそういうことが普通、当たり前のことだと思い込んでいたのだろうかと今は思います。当時のぼくらにはそういう道しか開かれていなくて、みんながそれに殺到しました。でも最近の若い人たちはそうではないですね。働き方も多様になり、家族生活や個人の生活を大事にする人が多くなった気がします。ぼくはそういう生き方に賛同します。
そういう生き方が不可能ではなくなっていますから、年金生活者になってからと言うのではなく、今流行の在宅勤務とかいろいろな方法を考えて、家庭生活、個人生活の両立を目指すようなやり方を工夫して行けたらよいと思います。
今でも社会貢献だとか、社会に資する生き方を大切にしようとする人は多くいるかと思いますが、それはそれでやっていってよいのだと思います。ぼくはいやいややった方の口なので、社会と少し距離を置いた今の生活の方がいろんな意味で調子がいいです。そうしてあの時期の時間が、少しもったいなかったなあと感じています。
現在会社員や公務員としてバリバリ働いている人も、いつか戦力外通告を受ける日が来ます。でも、それを社会的喪失としてではなく、家族的個人的な時間の獲得だと受け止めたら、前向きな気持ちになれると思います。
江戸期は9割が農民だったそうですし、近代社会前ですから、せいぜい目の前にあるのは地域社会というものでした。今よりはずっと親和的な空間でしたから過ごしやすかったと思います。家族、親戚の延長上でした。
そう考えると近代社会、現代社会での生活というのは、日本人にとってはまだまだ目新しい、特別で特殊な生活体験と言えるのかも知れません。家族を中心に置く働き方も選ばれるようになりました。これからどう進むか分かりませんが、そういう人たちが増えると社会もまたそういう方向に向かって変わっていくのかも知れません。もちろんもう一方で逆にグローバル化しても行くでしょう。無国籍的に世界を渡り歩くとかね。ぼくには縁がないので、そちらに関してはよく分かりません。ただそれはそれでナショナリズムとは違いますから、悪くない気がします。ナショナリズムが一番きついのではないでしょうか。今の段階では、そういう社会性から距離を置く置き方が、難しいし、またうまくやることが大事なのではないかなと言う気がします。