2026年3月2日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「〈生産性〉考」です。

○ この島国にいつから人間が住み始めたかというと、最近、約4万3千年前の地層から石器が発見されたというニュースがあり、すでにその頃から住んでいたものと考えられる。これまでは約3万7千年前の地層から人骨が発掘され、それが定説だったがなんと、さらに5千年を遡ることになった。
 縄文時代の始まりが約1万5千年前。そこから遡っても3万年弱が日本では旧石器時代が続いた計算になる。
 発見された石器が最初の住人のものかどうかは分からない。それ以前に入ってきた人たちがいて、彼らの使った石器がまだ未発見と言うことも考え得る。とりあえず4万3千年前にはこの地に人類が到達していたことは確かで、あとはそれ以前にも別グループで到達していたかどうかの可能性だけが残ることになる。

 旧石器時代には石器のほかに、動物の骨で作った釣り針や、縫い物用の針も見つかっているそうで、それだけでも相当に知恵が発達し、考える力もあったと想像される。狩猟は山に動物を追うだけではなく、川や海で魚も獲った。特に魚を捕るために釣り針を作って使うなど、頭の働かせ方など現代人とさほど変わらなかったのではないかという気がする。例えばぼくらが無人島に流されて、釣り針、動物の骨、などというような連想ができるかとなると心許ない。何世代にもわたる経験や、試行錯誤の積み重ねが無いと、あの形の釣り針という発想はわいてこない。旧石器時代の釣り針も、縫い物用の針も、基本的には現代まで形そのものは変わらずほぼ同じ形が踏襲されている。これはすごいことではないかなと思う。

 3万年続いた日本の旧石器時代にどんなことがあったか、ぼくらには全く分からないわけだが、3万年は長い。紀元後の2千年という期間では歴史に見られるように様々な出来事が起きている。2千年内でも様々なことが起きていて、それが3万年間というと、未発達な時期だったとは言え、何も進歩なく、何も考えなく、動物的な暮らしを続けたとは考えにくい。幼児期から少年少女期のように、活発に周囲を認識していく、またその認識を徐々に拡張していく、そういう人類にとって大事な基礎構築の期間だったのではないかなと思う。

 旧石器時代まで遡ると、例えば日本人は単一民族だという考えは嘘だと言うことがはっきり分かる。
 そしてそれが嘘だと言うことだけではなくて、もっと大事なことは、そういう考えが旧石器時代から現代に至るまでの数万年をかけて構築された考えであることである。
 こういう言い方はわかりにくいかも知れないが、しかし、そうとしか言い様がない。我々は油断すると、自己都合や勝手な思い込みなどで事実や真実を改ざんする。そのようにできている。

 ぼくの知る限りでは、明治から昭和20年までの間に、日本人の単一民族説が結構広く語られた時期があった。数万年かけて少しずつ少しずつそういう考えにすべてが結びつけられていった。考古学やDNA解析が未発達のせいもあるが、そういうところでは我々の思考は都合のよい方に、願望の方向に思考していく傾向がある。結果としてみれば、単一民族嘘説も数万年を経て構築されてそこに至った説であり、ある意味近代日本の知性を総動員してそういう説に結晶した。もちろん信用しないものも多かったのだが、体勢としてはそういう考え方に傾いた時期はあったのである。なぜそう言うことが可能だったかと言えば、数万年間の間に、その説を否定する根拠ある考えが構築されていなかったからだ。
 我々人間の思考はまだそういう段階にある。本当と信じながら、嘘を思考してしまう。しかも数万年という歴史を見据えた上でなお誤った考えを考えてしまう。我々はそういう生き物である。考えとは幻想である。幻想すること、幻想を考えること、あるいはまた幻想的に考えること。それが考えることの本質であり、真実や事実の足場とはまた違うところに立つものである。今日の我々は、人間の思考のこうした特性を忘れてはいけないのだと思う。ぼくはそう自戒する。


2026年3月1日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「臭い言葉」です。

○ ああ、もう3月です。一日一日がすごく早い。体がついて行けない。気持ちもついて行けていないかも。

 我が家のパソコンも大分古くなり、いつ壊れるかこの頃不安に思っている。パソコンがないとネットもできないし、文章を打ち込むこともできない。そうなると今の自分のやっていることの一切が滞りあるいは中断する。人生の構図に似ている。
 買い換えてやり直せばいいのだが、人生の方はそうはいかない。中断が永久になる。パソコンがいつ壊れるか、ぼくがいつ死ぬか、どちらもはっきりしたことは分かりようがないのだが、この分からなさは不安を呼び寄せる。不安と言っても割と慣れ親しんだものだから、付き合い方は心得ている。どちらもなるようにしかならない。まあ、季節の巡り具合のようなものだ。

○ 今朝のニュウースで、アメリカとイスラエルが共闘でイランを攻撃したということを知った。これに言及するだけの理解はないから何も言うつもりはないが、ロシアといいアメリカといい、相変わらず力任せに好き勝手をやるんだなと思う。
 やることはヤクザの抗争と同じで、後はまた力任せに大義を主張し合うだけになるのだろう。無関係な国民が巻き込まれてたくさんの死傷者も出る。
 武力ではない解決法がないのだろうか。何なら政府要人同士で闘牛場のような場を設け、戦ってくれたらよい。自分が前線に立つとなったら尻込みするくせに、何重ものシェルターの中に自分たちだけは安全であろうとする。政治家って言うのは汚ねぇ。今日の作で言えば、激しく「臭い」。


2026年2月28日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「小さな力」です。

○ 二十歳前後の頃は恋して失恋して、もう生きてはいけないくらいの落ち込み方をしたことがあります。もうこれは大半の人が経験しているのではないでしょうか。
 何度か絶望の経験をしながら、もうぼくは七十五歳ですよ。あの絶望感は何だったのでしょう。

 ぼくはこころはいい加減なものだと考えています。言葉もほぼ同じように思います。これはしかし失恋後に思ったというのではなく、その兆しは子どもの頃からあったという気がします。
 小さな子が欲しいものが買ってもらえなくてバタバタしたり、泣きわめいたりすることがありますが、あれですね。ぼくにはそういうところがあったと思います。振り返って考えると、ちょっとニュアンスは違いますが、子どもなりに激しく念じている、その念じ方というか強い思いというか、それは親から叱られても止まりませんでしたね。唸るように念じているわけです。子どもの側に立てば、そうやって現実を動かそうと、変えようとしているのだと思います。で、子どもにすればそれ以外に変えるすべがないわけです。実際には変わらないんだけど、変えたい思いばかりで必死なわけです。

 一つは、ぼくはそんな風に必死になりやすい性格だったなと思うのです。もう一つはどう言いましょうか、これは雨乞いの世界だなと連想します。つまり、念によって現実を変えようという発想です。この二つが考えられます。
 また、後者については、人類の原始の頃の外界との未分化、別物と認識できない頃の状態が降りてきている気がします。つまりその頃の人類の意識の再現なんだと思います。
 大人から見るとその子の言動は、聞き分けのないただの動物的で馬鹿な言動と言うことになります。しかし、子どもの心的世界では、そうではないのだと思います。

 ところでさて、少年になったぼくは、いくら強く念じても現実はひとつも変わらないことに気づきます。そうしているうちに、たいてい心に強く思っていたこと、念じていたことなどがこころから消えてしまいます。そしてそういう経験を積み重ねて、最終的に、ぼくは自分の心というものがいい加減なものに思えていきました。
 自分の心、自分の思いというものが、いつか何事もなかったように消えてしまうものだと分かって、自分の心に思うことなんてそんなにいい加減なものかとがっかりした気がします。

 一生愛し続けるとか、殺したいほど憎むとか、そういう気持ちとか心とか、そんなに長続きするものではないですね。
 それでまたやっと冒頭に戻るんですが、あるときからぼくは生きる主体は身体だと考えるようになりましたね。頭、意識、心は生の主体ではないと考えるようになりました。だっていい加減ですから、それが主体だったらとっくに死んでいます。長生きしようと考えて長生きしたんじゃないですね。身体が長生きさせてくれたんだと思います。ここまで言えば今日はこれで、チャンチャン、です。


2026年2月27日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「ある即興的な反応」です。

○ この頃ネット界隈で、芸能人プロダクション「タイタン」社長叩きが多く見かけられる。これには割と有名なインフルエンサーも名を連ね、こういう小ネタにもならない小ネタにコメントしなければならないほど経済的に逼迫しているのかと考えると可哀想だ。またそういう理由からではなく行っているとすると、かつてのゴシップ誌、三流以下の芸能誌、スポーツ紙同様、存在自体が屑だとしか思いようがない。
 発端は少し前の選挙特番で、太田光が高市早苗に向かって公約が実現しなかったらどう責任をとるか、責任をとる覚悟はあるかと問うたところにある。これに高市は意地悪な質問だと返し、高市支持の馬鹿どもが難癖を付け始めた。たまたまぼくは生でそこの経緯を見ていて、ありふれた権力者と報道側の陳腐なやりとりだくらいにしか見なかった。これに絡む連中はよほど暇か馬鹿でしかないので、そういえば安倍の時もこんな馬鹿が見え隠れしていたと思い出した。
 大体の語調は失礼だ、無礼だみたいなことを言っている。これはしかし間違った見方だ。本当に失礼で無礼なのは我々のような無名の国民だよ。どのように失礼で無礼かというと、国民の大半は投票に行ってないし、高市の名前を書いてもいない。それだけではなく、縁がない、無関係と思って、興味も関心も持っていない。それって一国の首相に対して失礼でもあるし無礼でもあるでしょ。でもそんなもんですよ、首相と言ったって。無視無視無視ですよ。
 それに比べたら興味も関心も持って、公約を果たせなかったらどう責任をとりますかと問いかけられる方がよっぽどましでしょう。ぼくなんかは口に出しては言いませんけど、心の内では、『ああ、こいつ(高市)はだめだ』と見切っていて、後は終わりですから。興味も関心もゼロですから。こういう国民に比べたら、仕事だからとはいえ、話かけてくれるんだから、そういう人たちを大事にした方がいいんじゃないかと思う。
 こういう絡み方をするやつにろくなやつはいない。なんか自分も政治の場に躍り出たように錯覚するのか誤解するのか、逆に政党の方はこんな輩も一票に結びつくと考えてすくい上げたりしているから、どっちもどっちでwin‐winの気持ちになっているのかも。まあ御勝手にと言うことになるが、やっていることは政治の劣化とその先の解体。まっしぐらにそこめがけて進んでいるとしか見えない。それはぼくらの希望だから、とりあえずここでは「頑張って」、と言っておくことにする。

 追記

 太田光も太田光代も、今回の問題は暇と馬鹿を持て余した馬鹿な連中がやり出したことで、有名税くらいに見ておいた方がいいと思う。それに、そもそもの問題が重箱の隅のそのまた隅の問題にしか過ぎないから、大きく広げようとしても広がるはずがない。もちろん馬鹿があちこちから炎上の種を根掘り葉掘り探し出してくるだろうから、しばらくしないと沈静しないかも知れないが、いずれ沈静する。そのときまで黙って目の前の仕事に没頭するに限る。
 それにしても、安倍、高市、斉藤は同じ臭いがする。同じ「言葉の臭い」がする。それはwin‐winを形成する支援者たちの、比喩的に言うと「ドブネズミ」的な臭いと、臭いとして共通のものだ。臭くて近寄れない。これは彼らが何かの業績を上げ得たとしても、それを帳消しにしてしまうくらいに強い臭いだ。権力の座を降りて以後も、その名に染みついた強い臭いは、その名から離れずに残り続ける。クソだ。無名の国民にそう思われてしまったら、彼らはそう思わないだろうが、もう終わりだよ。二度と信頼は回復しない。そのことの怖さが分かるのは、もう少し先だ。せいぜい今のうちだけでも、おらが春を謳歌していればいいさ。必ず味噌糞に言われる時が来る。いやもう、その声が聞こえている。


2026年2月26日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「ふつうのことば」です。

○ nishiyanさんが「掲示板」に「お知らせ」をアップしてくれていましたので、こちらにも転載しておきたいと思います。以下に記載のリンク先をブラウザにコピペすると、nishiyanさん運営のページに飛びます。そちらを探すと、今回の追加分の文章が見られます。

「吉本さんのおくりもの」・更新の情報・
http://dbyoshimoto.web.fc2.com/
「言葉の吉本隆明 A」に、
 2026.2.23 新規項目771「言葉の世界が現実の行為と未分化であった時代」を新たに追加。


○ 「ふつう」とは何かと言いますと、単純に言えば、一般的なこととか、ごくありふれたこと、当たり前のこと、標準的、などのように解釈できます。正規分布のベルカーブをイメージすると分かりやすいと思いますが、多数派が真ん中になって、両端が少数派になります。血圧で考えると左端が低血圧、右端が高血圧となって、その間に標準のグループが集まることになります。その標準が大多数と言うことになるわけです。それが正規分布の見方になります。そしてその際の両端が、低血圧、高血圧となり、「ふつう」ではなく、強い言い方をすると「特殊」ということになります。特殊と言うことですから珍しいことになります。珍しいのですから少数派になります。

 今日の作のタイトルとした「ふつうのことば」の「ふつう」は、専門的ではない、一般生活の中に流通しているくらいの意味合いになります。短く言うと、人々が普段口にしている「生活語」と言ってよいかと思います。それらの言葉のいちいちには大層な意味合いはありません。それらの言葉の背後には壮大なストーリーもイデオロギーもないです。ないですから、ある意味、価値がないように見えます。「ふつう」には、たいした価値がないように見えてしまいます。ですが、私たちの生存や生活を回していく時に必要なのは、どちらかというと壮大なストーリーやイデオロギーなどを背景に持つ言葉よりも、ありきたりのふつうの言葉の方がとてもとても重要な役割を担っているわけです。逆にそれらがないと社会は回らない、成立しないと言えます。そう言うことがちょっと頭に浮かんで、今日はその浮かんだことの一端を書き留めてみたと言うことです。これはまだ考えの端緒なので、自分にとって重要であれば後々まで考えていくことになろうかと思います。余り課題として切実なものでなければ追々忘れることになるんだと思います。今はその程度のところです。


2026年2月25日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「気持ちだけとはいえ」です。

○ 万世一系は皇統だけではなく、日本人はすべて、たどり着くところは天皇の子孫みたいに考えられていた時代があったかと思う。古事記、日本書紀の冒頭を素朴に読み信じればそういうことになりそうな気がする。もちろんそれは事実ではなく、そういう部分は神話と言うことに今ではなっている。
 記紀に記された初代天皇は神武天皇で、文字通りに読むと在位は紀元前になるが、それでも弥生時代であり、その前には長い縄文の時代がある。神武天皇の先祖が渡来系弥生人と言うことになるのか、縄文にまで遡れるのかは分からない。いずれにしても現代日本人の系が、天皇の祖先の系から派生したと考えるのは無理があるだろう。だから少なくても一般の国民の先祖というと弥生人か縄文人まで遡るかと言うことになるし、弥生人縄文人と言っても単系の人種というものではなさそうなのだ。様々に混じり合った複合系と考える方が無難に思える。

 このように縄文弥生ではすでに様々に交雑した種であり部族だとすると、日本語というものも様々に交雑してできあがった言葉と考えるのが当然の考え方だと思う。そして日本人も日本語も周辺国、周辺の地域との系統が同じようにつかみにくく、分かりにくいものになっている。さらに難しいことは、DNA解析による近縁種の関係が、必ずしも言語の近縁とは重ならないと言うことだ。どうやら言語の進化発達とDNA情報にはあまり関連性がないようなのだ。日本語がどのようにして日本語になってきたのか、今のところそのルーツは謎のままであり、世界から孤立する言語と見なされている。

○ 標準語が制定されて以後の現在においても、地域ごとに使われる生活言語とでも言うべきものはまだまだ色濃く残り続けている。ぼくの現在の住居地は宮城県内で故郷でもあるが、この地と同じ東北であっても青森や秋田の言葉を自分たちの言葉のように理解することはできない。
 大阪弁や京都弁というような言葉は、かえってテレビなどを通して耳になじみ、位置的に近い青森弁や秋田弁よりも分かるようになっている。耳に音として聞く青森弁や秋田弁は全く意味不明である場合も少なくない。同じく鹿児島弁なども、聞くだけでは日本語として聞き取ることは難しいという気がする。
 同じ日本人、日本語と言いながら、互いに隔絶した言語のように感じられるのはなぜだろうか。

 ぼくはここに、たくさんの隠されたこの島国の秘密があるような気がする。近代国家成立以前は、古来からの小さな行政区単位というのがあり、これが結構根強く自立的、あるいは自治的な力を有していたのではないかと推測できる。それは結局のところ、結束力の堅さを方言という形で残しているということではないだろうか。互いに見えない不可侵条約とでも言うべきものを有し、踏み込まない黙契とでも言うべきものが存在した。そう推測しないではいられない。

 これが弥生、縄文、旧石器時代へと遡って考えると、島国の当時の会話というのはどのように成り立っていたのであろうか興味は尽きない。同じ共通の言語から枝分かれしたとは到底考えにくい。今のぼくが考えられるのはこういうところまでだ。少しずつでいいが、手に取るように分かるようになっていきたい。ぼくは学者のように分かることを望まない。旅人のように分かりたいのだ。


2026年2月24日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「なぜ初源を問うか」です。

○ 俵万智さんは子どもさんを出産し育てる過程で、赤ん坊が言葉を獲得してゆくのが面白かったと言っていた。母親はずっとつきっきりで言葉を投げかける。そうやって言葉を獲得させて行くわけだ。一年かけて毎日、毎時間、毎分毎秒声がけをして、やっと一音が明瞭に話せるようになる。たぶんそういうことなのだろうが、気が遠くなりそうな話だ。その間父親は仕事に出て、赤ん坊の成長をつぶさに見ることはできない。ぼくもその手の一人で、もったいないことをしたなと思う。父親面していただけで、その折の接触時間の少なさは後々まで尾を引きそうな気がする。ぼく自身も父親と母親とでどちらに思い入れがあるかと言えば、どうしても母親と言うことになりそうだ。感覚器を通した記憶というか、ずっと奥底にしまわれているのではないかという気がする。

 人間が言葉を獲得する以前にも、母と子の物語はあったのだろうというように考える。言葉の必要性というのも、見ず知らずの他人とのコミュニケーションのためではなく、家族内でということもあるだろうが、まずは母と子の間に強い必要性があったのではないかと思う。特に母親が何かを子に伝えたい、そんな強い感情が芽生えたと考えてみたい。子どもは初めは胎児として、母子一体の期間を過ごす。出産して子どもは外界に出るが、母親にとってはいつまでも子どもは子ども。母子一体の期間は忘れられないはずだ。一人前に育って欲しい気持ちは母親のすべてと言いたいくらいに強いものだという気がする。愛の感情も、生きていく知恵もすべて伝えたい、そういう初源が言葉の発明の一助でなかった訳は無いように思えてくる。もちろんこんな考え方をすると、母子感情からとは別に、求愛行動からの発声への発展という考え方も浮かんでくる。となると、それぞれに一つの原因と言うよりはすべてを束ねるような心の励起状態、意識の高まり、そう言うことかとも思えてくる。そして、今のところこういう妄想がふつふつとわいて出てくるが、なかなか決定的な局面には出くわしてはいない。まだしばらくは妄想の中を彷徨うことになりそうだ。

○ NHKの朝ドラ、「ばけばけ」を視聴して、特にハンバートハンバートの主題歌に強く引きつけられるものを感じている。歌詞と曲とリズムと二人のハーモニーと、うまくマッチしていると感じる。歌詞も重い言葉と軽みのある言葉と交互に組み合わせて、今風に仕上げているなと思う。息を止めるくらいにのめり込むでもないし、かといって投げやりになるでもないし、両端を提示してその間を行ったり来たりしている様子が浮かび上がってくる。いわゆる日常生活における自然で普通の振幅が、身の丈に合う形で示され、巧まずして多くの共感を引き寄せることになっているのではないだろうか。
 ぼくは同じように言葉の表現をしているが、この主題歌を聴く方がほっとして親しみを覚える。自分の表現の最終項あたりには、こういう雰囲気の表現ができたらいいなあと思うし、願う。

 この曲もそうなんだが、若い人たちの一つの表現の特徴として、その一つ先に触れない、触れないで自重する、そういう傾向があるように思う。それはすごく現在的な特色にもなっていて、それがあるのでまた多くの視聴者に共感され、歓迎されている気がする。それは表現者としては一つのテクニックかもしれない。
 違う言い方をすると、老成しているというか、達観しているということになるかもしれない。もっと悪い言い方をすると、気の持ちようで人生は変わると言っているようにも聞こえる。
 現在というものを原寸大の大きさで分かりやすく提示して見せていると、そう見えるし、それがこの人たちの表現なんだなと感じる。少し物足りなさを感じるのはそういうところで、その先はどうするのかというところは、つまりは「散歩しましょうか」で終わらせている。これはこの表現の核心でもあるだろうからこれでいいわけだが、よく考えると現在を的確に映し出してはいても、ただそれだけだと見える。つまり平和な表現行為であり、「平和をもたらすために、わたしがきたと思うな」と言った神の子の言葉とは、方向性が真逆だと言ってもいいくらいである。マタイによる福音書ではその後に、「つるぎを投げ込むためにきたのである」と書き記されている。今の若い人たちの間では、そういう発言は許容できないことになっているかもしれない。


2026年2月23日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「雪解け」です。

○ いろいろな媒体が発達して、特に言葉が世の中に溢れかえるようになった。どうかすると僕なんかは、うるさいと思ってしまいがちだ。これを、面白いとか、楽しいとか思ったり考えたりする方が、人間としては幸せなのかなと思う。なのでそれを真似てみようとするが、付け焼き刃で、うまくいかない。
 歌人の俵万智が、テレビで「背景のない言葉」と言うのを言っていて、ちょっと驚いた。「背景のない言葉」というからには、「背景のある言葉」を考えているに違いない。「背景のある言葉」は暗くなりがちだし、重くなりがちだ。「背景のない言葉」は軽い。言葉から「背景」を抜くという手もある。まだちょっと整理できていないが、さしあたって自分は言葉の「背景」にばかり気持ちが向いていたなという気がする。時間軸に沿って考えてばかりいて、空間軸とか空間性とかを疎かにしてきたのかなと言う気がした。これから少しそういう目線も獲得したいなと思う。
 時間があればNHKONEとかで、もう一回丁寧に視聴してみようと思う。やっぱり歌人でも詩人でもプロは言葉の扱い方が違うなと思う。言葉が好きなんだろうな。


2026年2月22日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「言葉の近現代」です。

○ ヨーロッパ人の精神文化を哲学書に考えたとします。これに対比するに日本の精神文化を何に考えるかというと、ぼくは和歌だというように考えたいです。
 内容には関係なく、精神性だけで考えると、一方はいろんな既知の考えや資料、データを引用しながら表現しますし、一方はそういう面倒なことは一切抜きにして、
三十一文字だけで表現します。ぼくはこれが日本とヨーロッパの違いを象徴しているんじゃないか、これで象徴させてもいいんじゃないかと勝手に考えます。

 一方はこれでもかと言うほどの物量で攻めてきますし、一方はその物量作戦を放棄したスタイルでやっています。これは相手を納得させるやり方の違いだと思います。相手が納得するまでとことん攻めるやり方と、納得させることを端から諦めたような、そんなやり方との違いのような気がします。これはもう染みついた精神性の違いのような気がします。日本も、以前から追いつき追い越せで真似るやり方をとる場合もありますが、一部に限られるし、多くの日本人は依然として和歌的なところにあると思います。良い悪いではないです。気候や風土から来ているんだと思います。だから、これからのことは分かりませんが、まだ当分はその違いはあり続けるんじゃないかなと思います。中国インドなどはヨーロッパに近い気がします。1万年続いた縄文の平安は、大陸のどこにもなかった平安だと思います。戦乱内乱に明け暮れた大陸では武器を取っての戦いもそうですが、精神や言葉も武器として使う必要があったという気がします。その時代の経験値の違いが、現代にまで及んでいるように思います。人の個人史で言えば幼年期に当たり、三つ子の魂百までと言うことかもしれません。


2026年2月21日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「昭和の教科書」です。

○ 縄文・弥生・古墳の遠望

 旧石器時代の集団生活と言うと、家族、せいぜいが極近しい親族の寄り集まりと想像されます。縄文時代の遺跡、青森の三内丸山では、500人規模の集落と言われているから、これは氏族に拡大した共同体かと考えられます。しかし、当時としてはまれな規模の共同社会体だったようです。ですから島国全体としては、単家族の竪穴住居も点在すれば、数戸が集まって親族の集落が形成されたり、氏族共同体の形で集落が形成されたり、バラバラの形態がバラバラに展開されていたのではないかと考えられます。
 弥生時代においても、基本的には氏族共同体社会までの形式の集落規模だったようです。氏族間の連合の兆しも見られると言われますが、明確に氏族連合に進んで部族共同体が形成されたとまでは言えない段階だそうです。
 やはり部族共同体(初期国家)の成立は古墳時代になってからと考えるのが無難なようです。弥生時代はその過渡期と言えそうです。弥生系渡来人が数多く渡来することによって稲作も発達しますし、氏族間の連合の動きも出てきたのかもしれません。当然、大陸との交流も活発になっていったのでしょうし、活発化するごとに連合の動きも加速していったと思います。氏族共同体の連合は部族の形成を意味するものになります。一つの血縁系の共同体ではなくなります。いくつかの氏族の連合は、異なる氏族の集まりですし、血縁の異なる同士が集まった状態を意味します。同じ血縁の集まりとは違い、当然結束は難しくなります。これをうまく結束させることがトップの力量になります。
 氏族共同体が連合することにより部族共同体が形成されます。これが日本における初期の小国家です。魏志倭人伝に見られる倭国大乱の記述は、氏族連合による小国家成立の動きだったり、いったん成立した小国家同士の連合の動きだったりを言い表したものかなとぼくは想像します。そういう結合や離反の動きが様々にあったことを想像させます。そういう中で五王の名が出たり、邪馬台国や卑弥呼の名が出たりしたことは、これは部族連合、統一部族連合の動きを示したものと解釈できそうに思えます。そして大和朝廷、奈良王朝へとつながりますが、これが統一部族連合国家の成立かというと、ぼくはちょっと不思議な気がします。
 日本という国号が公にされたのは6世紀と言われています。ぼくの印象では、日本統一と言っても、その頃はまだ、覇権が及ぶのは西日本一帯だけのように思えます。東日本、北日本には覇権が及んでいなかったと思えます。それで一旦は日本が成立したことになっています。そうしますと、当時は西日本だけが日本なのであって、東日本、北日本は、日本に所属していなかったんだと思います。後で組み入れられました。これはぼくにはちょっと微妙です。東北人のぼくにはちょっとそこでの日本は、よそよそしいです。この島の上に初めてできた国日本は、渡来人が勝手に作った国、渡来人が作った渡来人の国、そういう印象になってしまいます。
 東日本、北日本には三内丸山の遺跡があったように、縄文時代の遺跡もたくさんあります。つまり先住民的に昔から住んだ人たちの子孫が当時も引き続いて住んでいたはずです。そういう人たちを差し置いて、勝手に日本という国を作って我が物顔でいる。そう言うように見えてしまいます。

 現在の日本人で外国からの移民を規制しろとかなんとか言っている人たちがいますが、ぼくからすると、ぼくらの先祖も同じように移民だったかもしれませんよと言いたいです。先住した縄文人が非戦闘的だったので、渡来系の先祖はこの地で安寧を手にすることができました。今やこの島国は、ほとんどその子孫、末裔で占められるほどになっているそうです。
 そして今度は移民反対など言う人が増えています。ずいぶんと身勝手な考えのように思えます。それでいて美しい国日本だとか、素晴らしい日本文化とかよく言えると思います。
 ぼくはまだまだ日本のことがよく分からないので、もう少し知ることができるように地道に考えていきたいと思っています。


2026年2月20日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「〈かわら版〉」です。

○ 仕事の質の低下、劣化を考える

 若い頃に百貨店のブティック専門店が立ち並ぶ中で、タオルの専門店の店長をしたことがあります。田舎者だしウキウキチャラチャラして、自分でも接客販売していました。そうするとお客さんからいろいろ尋ねられたりするのですが、売りたい気持ちが勝っていい加減な返答をすることがよくありました。これがいいですよと勧めるわけです。でも大抵は感覚で言っているだけで、怪しい受け答えだったと思います。もちろん自分の中では一生懸命お客さんの立場に立って、お客さんのことを考えて接客を務めているつもりだったのです。誠心誠意務めているつもりでした。
 今振り返ると、嘘です。売り上げを上げることに一生懸命だっただけです。なぜそう言い切れるかというと、第一にタオルについての知識が全くありませんでした。タオル生地のこと、糸のこと、それに染色関係のことなど、全く聞いたり調べたりしませんでした。それだけで店員としては失格だったと思います。それなのに買わせること、買ってもらうことだけに気持ちが向いていたのです。これでは販売員としての基礎も資格もなかったと言わざるを得ないと思います。当時は、そういうことに思い至りませんでした。

 自分のことだけですが、こういうことを考えてみると、ぼくらの年代ではすでに仕事の質が下がっていたのではないかと思います。戦後のベビーブームか、少し遅れたくらいの生まれです。新しい職種も生まれ、労働市場にたくさんの労働者が送り込まれました。伝統が浅い業種では、新人社員や店員に対する教育も行き届かなかったかもしれません。ぼくなどもそういう中で雇用された一人だったかもしれません。多分そう言うところで労働者の質も、仕事の質も、企業やそのほかの雇用主の質もみんな下がったり劣化してきたりしたのではないでしょうか。全部とは言いませんが、そういう流れはあったような気がします。そしてそういう流れの一つとして、いろんな業種、団体について、「素人の時代」と呼ばれた時期があったように記憶しています。素人が参画できるようになったことと、質が低下したこととはパラレルな関係にあったように思えます。

 つまり、ここで現在の政治や新旧メディアの質の低下と、話を接続したかったわけです。故意に遠回りして話をしてきました。
 ぼくには政治もメディアもめちゃくちゃに劣化した、質が下がったと見えます。ですが、上記のように考えてくると、仕方がないことのように思えます。そしてそれは皮肉なことに、平等や民主主義を大事に考えてきての結果のような気がします。するとこの現在の混乱は、古き良き時代の終焉であるとともに、より平等で民主主義的な社会の実現のためのスタートラインだという考え方もできそうな気がします。何をどう変えていくべきかを、この混乱の中から整理したり、解析したり、学んだりするスタートラインだと考えるべきだと言うことです。露出した課題はたくさん出てきています。
 ぼく自身はアマチュアで素人に過ぎませんから、他者に教示できる何ものもありません。鈍器を片手にただ叩き回る以外にないのです。あまりにも非力ですが、自分のペースで、自分にできることを積み重ねていくだけです。どこにどう向かい、どこにたどり着くなど言えないのです。明日、倒れるかもしれませんし。ただ生きられる間は生きて行き、歩ける間は歩いて行く、それだけの老後になります。それでいいのだと思います。何もやり遂げることがないとしても、それはそれでよいのです。


2026年2月19日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「白い世界と黒いぼく」です。

○ 内へ内へ

 高市総理は新年を迎え、「日本列島を、強く豊かにし、国に「希望」を生み出していくことを、国民への新年の誓いといたします」などとする所感を述べたそうだ。

 天邪鬼な見方をすると、「富国強兵」を語り、そうした国家に夢と希望が持てるようにと考えているように思える。簡単に言うと明治の復古政策みたいで、何を寝ぼけたことをと思ってしまう。けれどもこれが現在の総理大臣の考えのようである。
 下種の勘繰りでは無いが、ぼくにはそれは洗脳教育しまっせと聞こえてくる。つまりアジアの強国や欧米諸国に対して、対抗できる力を獲得するという意識の発現にも聞こえる。その先には、強いリーダーシップを持って国を一つにまとめ上げ、一丸となって進んでいきましょうと言う発言が待っている気がする。これを喜んでかどうか分からないが、概ね企業、経済界は高市新内閣を歓迎するムードのようだ。国民の過半も期待感を寄せている模様である。

 だが、こういう人に、ごく普通の庶民生活を望む国民の心が分かるのかどうか、甚だ疑問に思う。国民を置いてけぼりにして、自分の夢に邁進されても困る。権力を持ったらやりたいことがやれる。そう考える人が権力を持つとやばい。一人一人の国民の意識に思いを馳せるよりも、全体を優先させそうで怖い。そういう政治家はたくさん見てきた。うんざりする。当のご本人たちは、国民、庶民のうんざりなど、おそらく歯牙にもかけない。これがまた国民置き去りの初動となる。

 譬えとか比喩的な意味で言うのだが、過去の歴史に見る「徳政令」や戦後の「農地改革」のような政策とか改革。これを中層、下層に向けた困苦からの救済策として実施できたら、ぼくはこの人を見直すことができると思う。でも100パーセント無理だから、当分は遠目に見るだけにしておこうと思う。

 国を強くする、国家を豊かにして大きくする。そういう発想は、現在から未来に向かっての為政者としてはだめな考え方だ。そのための強いリーダーシップというのも時代錯誤だ。国民はもう、そんなたやすく支配されないし、従順でもなければ愚かでもない。半分は政治にそっぽを向いている。議席の半分以上を余裕で獲得した今回の選挙も、投票率は60パーセント未満だし、さらに自民の獲得票はその60パーセントとみても、全体として36パーセントを切るくらいだろうから、自民が第一党としても実質はその程度の国民的支持と考えてよい。ふんぞり返っていられるほどの支持というわけでもないと思う。

 もっと寝ぼけていたのは中道改革連合とやらだ。立憲と公明。特に野田佳彦が先頭に立つとこういう結果になる。民主党時代の手のひら返しを国民は忘れていない。消費税を上げてすぐに責任をとって総理の座を辞すくらいのことをすればよかったのだ。党の頭としては向いてないと思う。

 YouTubeを見ていると、このところ高市支持者から芸人の太田光が仮想敵のように扱われてバッシングされている。その言い草は、一国の首相に失礼無礼な発言をしたというような、いわゆる子どもの難癖を付ける付け方と変わりない。こう言うのが大ぴらに横行している。これで見えてくるのは高市早苗を支持する者たちの知性心性の低劣さで、これはそっくり高市に帰って行く。
 問題は、こういう支持層を取り込まないとやっていけなくなった政治や政治家の方にあると思う。政治が政治によって政治をぶっ壊す過程を、今さらけ出しているようにぼくには見える。法も理性も知性もない。兵庫で「躍動の会」という会派があるが、あれと同じ。命名が間違っている。「躍動の会」ではない。「欲動の会」と言うべきで、ただ自分たちの「欲動」のままに動いているだけ。あほくさい。馬鹿で無知で下劣。

 まだまだ言えることも言いたいこともあるが、無駄にエネルギーを使うだけだし疲れるからやめる。政治も言論もひどいことになっている。身を縮めてコツコツと興味関心の先を探ったり考えたりしている方がよい。内へ内へだ。


2026年2月18日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「彷徨」です。

○ 政治と経済についてのメモ

 食料品消費税を二年間ゼロにするとかの議論を始めるとか。まだ議論の段階のようなのでなんとも言えませんが、下層の人たちにはあまり効果のある対策ではなさそうな気がします。それくらいでは恩恵が感じられないと思います。それもやった上で、さらに無収入の成人一人あたり、10万円くらいの給付が欲しいです。それくらいでないと物価高騰に対しての対策にはならないでしょう。思い切った行動、思い切った対策を講じるというのであれば、それくらいのことができないと話にならないと思います。下層の人々の現在の経済的困難は待ったなしだと思います。進退をかけて救出に向かうべきです。

 この物価高騰の発端はウクライナへのロシアの侵攻に遡ります。当初から穀物不足や石油不足などが取り沙汰されていました。あれから4年がたち、その影響は津波となって遠く日本経済にまで、繰り返し押し寄せてきている気がします。遠回りして影響は部分的かと思いましたが、かえって強力になって日本にも襲いかかっているように思えます。
 それ以外の、例えばコロナ感染の流行などの要因も重なってのことでしょうが、日本経済、特に下層民の打撃は大きかった気がします。こういう経済的困窮で真っ先に打撃を被るのは下層においてだと思います。先般の米の高騰なども、その理由がよくわからぬまま、消費者は一律に倍以上もするお米を買わないではおれませんでした。そのときも政府は迅速な対策、行動が起こせなかったと思います。散々批判され、叩かれてやっとの備蓄米放出。それも一度では効果なく、二度行われました。そうなった理由の説明も何も、はっきりと国民に説明しないできたと思います。何もかもやることが抜けています。そうして今はもう何事もなかったかのように音沙汰なしです。
 この国の行政はもう終わっていると思います。ここ二、三十年の歴代の総理大臣は、ほぼ一二年で交代。首のすげ替えが続いています。そのたびに選挙、無駄です。無駄でした。誰も何もいい結果を残していません。言い過ぎと感じる人もいるかと思いますが、国民の大半はそう思っていると思います。あきれて投票する気さえなくしているのですから。投票に行く投票行動は党派色の強いものが半数以上を占めていると思います。党派的な利害で投票に出向いているというのが、大半だろうということです。

 本当に窮乏する国民は言葉も声も奪われています。議員にすり寄って願い事を言うなんてできないのです。そういう本物の国民は、議員との間に厚い壁があることを生理的に知っています。壁を壊して国民の声を聞こうとする政治家が何人いるでしょうか。懇話会、懇談会などに集まる人々は、すでに政治色を帯びた人たちに過ぎません。その声が国民の声だと勘違いする政治家に、金輪際国民の声は届かない。現在の段階ではそういうもんだと僕は思います。国家に対する恨み辛みや呪詛。大半の国民はそういう心を囲ってひたすら忍従してきているもんだと思います。

 長年国民から利を得たものたち、貪ってきたものたちは、その利を放出して積年の労苦に報いるべき時ではないのか。そういう感謝の気持ちを誰一人持たないか。
 経済非常事態宣言からの、日本国総資産の再分配政策を単年に区切って実施する。僕ならばそうやってこの物価高騰の危機を乗り越えようとするだろう。それ以外の小さな修正、改革ではその効果はこれまでと同様、一時的かつ一部的なものでしかあり得ない。そんなことをいくらやっても国民下層の疲弊は無くならないし、納まらない。


2026年2月17日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「バレンタインの贈り物」です。

○ 75歳を過ぎると、自分の周りから人の姿が減って行き、その代わりのように昔の記憶が多く思い出されるようになる。
 ネットの中でそんな記事を見て、ああなるほど、そうかも知れないと納得する気持ちになった。
 数日前に、お風呂に入りながら、しきりに両親の思い出を探していた。小さい頃、母親の食事作りをよく手伝ったこと。特に果物の皮を包丁で一気に回し剥きして、それを一本につなげて仕上げるのが得意だった。
 父親とはよく一緒に風呂に入った。手ぬぐいに空気をためるように湯の上に置いて、それを湯の中に潜らせ、一気に手ぬぐいを押しつぶすと大きな泡や小さな泡が湯の上に飛び出た。その遊びを父はよくやってくれた。自分が父親になった時に、今度は自分が子どもにやってみせた。

 そうやって記憶を呼び覚ますことが多くなった。そこからちょっと引いてみると、自分の周りの人影は少ない。時にはほとんどないと感じられもする。自分と、自分の外に世界があるだけになった。世界は、何かただ酷く、無縁を感じさせる、そういう世界だ。酷くよそよそしい。

 高齢者にはこういう時間が誰にもあるに違いない。そしてこういうことは他人に話してもしょうがない。こういうことを表出できるのは文字の上でだけだ。そういう文字を気にかけて、読むも読まないも読む側の恣意的な判断だ。また読んだからといって何がどうなるわけでもない。好きか嫌いか、得意か不得意か、それだけの違いに思える。


2026年2月16日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「自分に対する嫌がらせ」です。

○ 自分の考えや感覚に引きこもっていると熟して、終いには腐乱していく。そうならないように時々は窓を開け放って換気したり、天気のよい日に丸々洗濯機につっこんで洗い、万国旗みたいに横に並べて日干しする。
 これはイメージとしてそうすると言うことで、実際はそういう具合にはならない。だが、そのようにイメージすることは煮詰まった精神の解放になる。長いことそうして来て、いまも正しい引きこもりの道を継承している。

 半分冗談だが、半分本気だ。精神は引きこもる意識を持たないと、たちまち分裂・瓦解してしまう。そうすると分散し、自分の中に再結集することが難しくなる。周囲の状況に流され、漂うだけになってしまう。
 けれども引きこもったままだと冒頭に述べたように腐乱する。それを避けるにはイメージとしての解放が必要なのだ。

 理解するためには集中しなければならない。集中して理解に近づく。だが理解というのは腐乱の一歩手前なのだ。分かったと思った時にはそれを手放さなければならない。

 何かおかしなことになってきたので止めます。


2026年2月15日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「ねずみの嫁入り」です。

○ いま無駄に悩ましく感じていること

 神中心主義、人間中心主義、生命中心主義、自然(環境)中心主義と並べてみると、現代社会に生きている人たちの頭の中、その一端を映し出しているような気がする。人たちはこの中のどれかに重きを置いて日々考え、また発言、表現しているように思える。それぞれの内容についてはウィキペディアを参照したり、AIに尋ねたりすればすぐに分かる。ただ、これらが時代によって変遷する、あるいは変遷してきた考え方であることだけが、ぼくの今の関心事である。
 時代によって、何が一番大事かという考え方が変わると言うことがひとつ。このことから導かれることは、いずれまた何を大事と考えるか、その対象は変わるだろうと言うことが予測できる。その観点から言うと、○○中心主義というもの自体が時代とか時々の反映に過ぎないと見えてくる。つまり、当てに出来ない考え方ではないかと思えてくる。

 御多分に洩れず、ぼくも○○中心主義というものに影響されてきている。ヒューマニズム、人間尊重という考え方をしていた時期もあるし、ある時から、いやいや人間以外の生命も同じ価値だとして考えた時もあった。
 今はどうかというと、生命も非生命も同じように大事で価値あるものではないかと考えたりしている。しかし、すべてが大事で価値もあるとなると、逆説的に、特別大事であるとか価値があるとかはどこにもない、という言い方も成り立ってしまう。一周回ってあるがままにあるだけと言うことになる。

 人間だけがどうしてこんな面倒なことを考えるようになったのか、考えているのかよく分からない。動物も植物もこんなことは考えずに生きている。そのほうがすっきりしてるし、それで十分ではないかと思わせられる。人間は考えているけれども、それで余計なことをしでかしていることが多い。地上で大いなる迷惑にもなっている。


2026年2月14日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「仲良くすることだけは足りてない」です。

○ お知らせ

 nishiyanさんが、「掲示板」のスレッド1感想など何でも掲示板(317)の方に、新しい「水詩」の作品を投稿、掲載してくれています。本当は、スレッド2の「掲示板が新しくなりました」のほうが新しいので、こちらに掲載されればよかったのですが、
無料の掲示板なので手違いが生じたらしく、前の掲示板の最後尾に掲載されてしまいました。なので、今回はスレッド1の方の最後尾を目当てに、作品をお読みになっていただければと思います。よろしくお願いします。

○ 「後期高齢者」風

 今年スーパーの値引きの赤札みたいに、後期高齢者のレッテルを貼られたんですが、なんか少しずつそちらに寄せていっている気がします。何というか、ちょっと元気を無くしてきています。ですが、これと言って特に衰えているとか、弱ってきているとかという感じはしていません。持病といって特にありませんし、これまで病気やケガで入院した経験もなく、ただ全体的に少しずつ少しずつ衰えてきているという気がしているだけです。
 後期高齢者ですから、いつお迎えが来てもおかしくないわけです。ただそう言う予兆が今のところは感じられません。じわじわ、じわじわ弱っていて、死に近づいているという気はします。それで時々、真綿で首が絞められているようで、じれったい気分になることもあります。いっそのこと、プツンと終わらないものかと。でもなかなかそう上手い具合に事は運ばないようです。これまでもそうですし、最近だってそうです。ずっと心身のアンバランスが続いているようです。
 バイオリズムというのでしたかね。上がったり下がったりしているのでしょう。今日はちょっと下がっていますが、しばらくするとまた上昇していくかも知れないです。


2026年2月13日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「残余の記憶」です。

○ 現在における関心の所在についてのメモ

 人類史としての現在を顧みる時に、その振り返りに3つのパターンがあると思う。ひとつはヤバいんじゃないかなと言う考え。ふたつには、何も考えつかないこと。みっつには、楽天的にますますの発展を期待すると言うこと。
 分かりやすく言えば、こういう大きな3つのパターンになる。
 もちろんぼくはヤバいんじゃないかパターンの人で、日々そのことを考えている。どういうことで長く考えてきたか、そしてそれは現在どういう段階にあるかというと、ひとつは政治と社会の問題で、これは近現代の政治社会思想をひねくり回したところでどうにもならないという考えに行き着いている。現在の右左真ん中の思想のあれこれを考えても、これは昔下部構造と言われたところのもので、同じ下部構造から発想されたものはみな同じになると考えている。これを回避するにはそれ以前の下部構造(経済社会構造)の時代まで遡って考えなければならないと思う。そしてそれは、初期の部族連合国家の成立時まで遡らないと、下部構造に決定づけられた政治社会思想から逃れた発想は出来ないと考える。つまりいつまでたっても右や左や真ん中の発想をうろつき回るしか仕方がない。それでは現在の政治社会の上に乗っかっての発想しかしようが無いから、大きく変革することは出来ない。
 とりあえず国家体制が出来てしまったこと。これにより絶対権力が興り、支配と被支配とが生まれたこと。人々の上に君臨するものが現れたこと。さらに階級が生じ、尊卑、上下、貧富、等々の発生の火元になったこと。これらは全体を平定すると称しながら逆の混乱、騒乱、ついには嘘、欺し、盗みなどの悪行の気を人の心に強くもたらすことになった。
 これは逆の言い方、考え方も出来る。そういう混乱を静まらせるために立ち上がったものがいるというように。これは英雄伝になる。
 しかし仮にそういう面があったとしても、その後の歴史を見ると、その時期に燃え上がった人の心の火種はさらに燃え広がって拡大し続けてきたとしか思えない。

 だからその初期の総括、本気の反省を国民的規模で考えなければ、現在の政治社会の現状を本質的に考察したり、改革したりできるものではない。
 これは社会構造、経済構造の観点から考えなければならないことだと思っている。これらをよくよく考えていくことが必要だ。

 こういうところを考えることが1つだが、一応こういうところを下部構造という範疇の中とすれば、もう一つ同時に考える必要があるのは、上部構造の範疇に入る幻想領域についてである。人社会がどう言うように幻想領域を育み、蓄積してきたのかということを考察する必要がある。

 それからここまで述べてきたことを統合して初めて、人社会の次なる次元についての考え方が出来るようになると思っている。それまではどんなに変革変革と言っても、ただの修正主義で終わるしかない。

 世界や社会における喫緊の課題はもちろん種々あるが、根本はそこにあるとぼくは考える。紀元後の二千年間というもの、世界は国家の出現によって苦しんできた。ぼくはそう思っている。

 ここまでは共同体の問題であるし、共同幻想の問題である。
 これ以外にもぼくらには家族や個人の問題、対幻想、自己幻想の問題が目前に横たわっている。これらも共同体や共同幻想とは不可分のことがらなので、一緒に考えていかないと何も本質的な解決には至らないと言える。なので考えなければならないことだ。これに生物学、心理学、考古学なども関わってくる。

 これらのことを頭の中でゴロゴロかき回しているというのがぼくの現在である。老後になって、今なお気にかけていることがあるとするとこういうことである。たぶん、こういうことを気にかけている間に、ぼくは死ぬんだろうと思う。ここに何か価値があるかというと、ぼくは何の価値もないと思う。ただ、ここが自分が辿り着いた現在、そして途次だと言えるだけだ。何が出来たわけでもない。行きがかりでこうなったまでで、これ以降もこの行きがかりの延長上に進んで行くしないということだけが見えている。その余のことは行き当たりばったりで行くしかない。とりあえず今日はこんなところで。

 もう一つ、現在の日本社会において、人々の間で何が話題になり問題になっているかを考えると、ぼくにはどうも価値ある生存と言うことではないかなと思われる。生きていく中で、自分の生の価値を高めたい、意義ある生き方がしたい、そういうことが内面的に問題になっているのではないかなと思う。約めて言えば、自分の生存に価値の冠をくっつけたい、そういう願望が問題になっている気がする。
 これが初動のエネルギーとなって、社会の中で実現を図ろうと奮闘努力する。うまくいく場合もあれば出来ない場合もある。そこに悲喜こもごもが生じる。
 自分の生き方に価値をくっつけたい、あるいは価値あるものにしたいそもそもの願望がどこから来るのか分からない。だが見渡すとそういうことになっている。また自分を振りかえっても、どこかにそういう気配が息づいている。人間はこういう観念を生きていく中で自ら作り出し、それに引きずられて苦悶したり苦闘したりする。本当は生存そのもののうちに価値は平等に備わっているとしか言えないと思うのだが、人間は自分の生存に、さらに価値や意味を見ようとする生き物なのだ。それはしかし、神を見ることと同じで、ひとつの宗教的な営為でしかない。そんなものは無いと言っても仕方がないのだ。仕方がないけれどもこれが人間自身を苦しませてもいる。

 こうした想念は生きて生活している中でいくらでもそのこと自体の中から湧いて出てくる。意識や意志で止めることは出来ない。ぼくの場合はたぶん無視するという原始的な方法でこれに対処している。神が存在すると信じることは個人の自由であるように、生き方に価値が有る無しを信じることも自由である。でもそれは自他が生きることに大きな負担やストレスを生じさせますよと、ぼくは思ったりする。もちろんそれは向上心にも繋がるから、うまくコントロールできればよいだけの話でもある。

 疲れてきたし、時間にもなるのでこれで止める。


2026年2月12日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「心は遠く離れている」です。

○ 縄文人はどこから来たのだろう

 日本史年表では、旧石器時代に始まり、縄文時代、弥生時代、古墳時代と続いている。現在の日本人の祖先を考える時に、一般的には縄文人と弥生人との2系統で語られることが多い。縄文時代にこの地に生活していた人々を縄文人と呼び、その後に大陸などから渡来した人々を渡来系弥生人と呼び、大きくはこの2種の混血によって現代日本人が形成されてきたと考えられている。縄文人の血を受け継いでいるのは北と南の端に少数が残っていて、中央から大きく広がる形で渡来系弥生人の血を受け継いだ子孫が存続している。
 渡来系弥生人よりも縄文人がこの島国に先住していたことはほぼ間違いないとされている。それで、イメージとして、この島国に元々先住していたのは縄文人だろうとぼくらは考えてきた。
 だが、漠然と縄文人と一括りに考えてきているのだが、そんな単純な考え方でいいのかなとこの頃疑問に思うことがある。例えばアイヌ人はどう考えたらよいのかがまだ見えてこない。元々は本州にも住んでいたらしく、本州の地名の中にその名残をとどめているという話も聞く。
 素人の単なる想像に過ぎないのだが、ぼくは縄文時代には縄文人とアイヌ人が本州の中で棲み分けしていたんじゃないかと想像している。それだけではなくて、亜種というか、混血というか、近しいけれども純粋種じゃないという形でいろんな人たちが混じり合って、それぞれに集落を形成したりしていたのではないかとも考える。
 もっと言うと、弥生人は渡来系弥生人と言われるように、一応は大陸方面とか他地域から島国にわたってきたことになっている。そこから考えると、縄文人もまた何度にもわたってこの島国にわたってきた渡来系縄文人と言えるものだったかも知れない。旧石器時代にこの地に住み着いた住人の子孫が縄文人なのか、あるいはその頃にもたくさん渡来してきた人たちが混じり合っての縄文人なのか、その辺はもう少しはっきりさせないといけないなと思っている。
 このほかにも、今のところはほんの少数だが、ジャワ原人とか北京原人のように日本発の日本原人と言うべき祖先がこの地に発生し、我々はその子孫だという意見を言う人がいたりする。
 今のところは可能性としてはどんなことを言っても許される段階なので、いろんな考え方があってもいいし、面白くもある。想像豊かに楽しみながら考えたいと思う。


2026年2月11日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「分断の限界・統合の不可能」です。

○ 「てならいのうた」を始めてから4年が経過しています。始まって少しして、毎日更新するようになりました。だんだん習慣のようになって、内容や水準よりも、毎日書き続けることを自分に課し続けてきたと思います。もう書くことがないという感じになることもあったし、無意味で無駄という考えもずいぶん頭の中を巡りました。
 今ではもう書く先から、昨日書いたことも忘れてしまいますし、何を書いたらいいかも分からなくなってきています。言葉の池にどっぷりとはまり込んで、妄想や中毒の中に棲まっている気さえします。要するにもう訳が分からない状態で、ただメカニカルに更新し続けているという感じの中にいます。これが最近の状態です、少し怖いなと思ったりしています。「てならい」と位置づけているからには、上達や習得がなければならないと思いますが、それどころではなく、ど壺にはまり込んだ気がしています。何もよいことがないです。
 ここまで続けてきていま思うことは、自分は良質な詩の完成なんかは全然目指していないなと言うことです。逆に、一般の詩の概念からは遠ざかっている気がします。もっというと何を書きたいのか分かりませんし、そういう意味では全くジャンルというものを想定していません。ただ頭にある言葉、心に湧く言葉を何の技術、技法もなく、ありのままに表出しているだけになっています。そしてもし続けていけるのなら、まだしばらくこのままで書き続けようと思っています。とにかく何でもいいから言葉を出し続けると言うだけです。その余のことはよく分かりません。分からないけど、言葉が続く限りは書き続けようと考えています。枯渇したら終わりです。


2026年2月10日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「文字の背後」です。

○ 今回の衆院選総選挙についての雑感

 ぼくは現実の政治状況には余り関心を持って来ていません。どちらかと言えば無関心派だと思います。ですが今回の自民党の圧勝の報道を受けて、ちょっと驚きました。聞くともなしに聞くテレビ、SNS等の選挙前報道では、こういう結果を予兆するものが少なかったからです。たぶん自民党の選対幹部らにおいても、これほどの結果が出たことに驚いているのではないでしょうか。

 一応は高市首相人気と言ってよいのでしょうが、その背景には投票する側の変化というものもあるような気がします。立候補者もずいぶん若い人が出ていますし、各党の代表も若い人が多くなっています。若い人、新しい考え方に触発されての投票行動というものもあったような気がします。

 昨日も少し書きましたが、小沢一郎さんをはじめ野田さんや公明の斉藤代表、それに岡田克也さん、原口さん、安住さんなど、選挙でよく名前を聞くちょっと前の世代、さらに前の世代の人たちが落選しています。イメージだけで言えば、これらの人たちは伝統的な、あるいは正統派的な選挙手法、その頃の旗手だった人たちです。軒並み敗れてしまいました。

 そうしたオーソドックスな選挙スタイルでは通用しなくなったんだと思います。
 若い候補者たちの演説は、ちょっと変だよ、おかしいよと思うことが多いです。時には口から出任せを、べらべらよくしゃべるなあと思ったりします。話の内容から中身から貧しいし薄いし、出来もしないことを必ずやります、死ぬ気でやりますなどと平気で言ったりします。どこにも信頼できそうな要素がありません。
 それでもこれらの人たちが当選していると言うことは、きっと何かがあるんだと思います。それは、直接政治とは関わりないのですが、社会的問題化したオールドメディアとニューメディアとの対立、新聞・テレビとSNSとの対立、それと同じことが政界でも選挙でも起きている気がします。

 従来の政治や選挙の顔だった人たちが落選して、昔の選挙だと当選しないような人たちが逆に当選したりしています。
 要するに前世代への反発とか、嫌気が差したとか、期待が裏切られ続けたとか、そう言う要因が重なって起きた結果ではないかなと想像します。そうして停滞、閉塞をなんとか若い力で打ち破ってほしいという期待が籠もった結果という気がします。

 ぼくなんかはオールドメデイアもだめだし、SNSも同じようにだめだろうと思っています。ですから、古い政治家もだめだし、新しい政治家ももっとだめだろうと思っています。一時的に、停滞や閉塞感を打ち破ることはあっても、事態はかえって悪い方向に動くと思っています。どう考えてもよい方向に動く素因はどこにも見つからないからです。
 蛇足ですが一言付け加えておきますと、ぼくがだめだと言っているのは、よいというのと同じ意味合いで言っています。オールドメディアにもSNSにもよいところがあり、それはよくないところと表裏一体です。近近でよいと見えるのは遠目に悪いことで、遠目によいことは近近には悪いと言うことは今後の定石です。よいと悪いは一緒です。で、自分の嗜好によってダメと言っているだけです。ダメもよいもあるんだけど、今の自分の判断だとダメと、そういった保留付きのダメです。

 社会全体が、停滞や閉塞に耐えきれなくなっているんだと思います。苛立ち、焦って、変化を求めているんだと思います。今回の選挙結果は、そういうことの表れのような気がします。
 高市さんをはじめとして、当選した人たちと、そして有権者たちとの思いがそういうところで一致したんだと思います。
 ぼくは、その結果、劇的によくなることもないだろうし、劇的に悪くなるということもないだろうと思います。ただ新しいものや世代に期待して、そしてまたがっかりするだろうと思います。
 しかし、予期せぬ何かが要因となって、景気がよくなることがないとも言い切れませんから、余り余計なことは言わない方がよいかも知れません。もっと元気があって、気力も体力もあればさらに考察を重ねてみたいところですが、確約は出来ません。今日のところもこれで終わります。


2026年2月9日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「庶民に徹す」です。

○ 自民党の圧勝と言うことになりました。過半数を超えていますから安定した政権運営が行えるようです。自民党としてはこれだけの期待を背負って付託を受けたわけですから頑張るしかないですね。また頑張ってもらいましょう。
 中道が人気なかったですね。元立憲の野田代表。公明の斉藤代表。そろって代表を辞職することになるでしょう。それにしても大惨敗でした。小沢一郎さんも敗北したようです。

 ざっと見るに世代交代の感があります。日本政治の旧正統派の継承者たちが、こぞって政界からフェイドアウトして、ゲリラ的というか、風見鶏的というか、やる気と勢いだけの若手がこれからの次代を担っていくという停滞や閉塞時にありがちな状況になってきました。

 いずれにせよしばらくは、高市政権に運命を託した訳ですから、経済成長や生活安定に向けて働いてもらいましょう。そちらの方面での業績を早い段階で上げないと、また引きずり下ろされることになりますから、それが先ずは急務かなと思います。安全保障や憲法問題は少し時間をかけてと言うことになると思います。

 中道が大惨敗と言うことは政界としてはショッキングな出来事だと思います。時代の切り替わりを象徴するものかも知れません。これは悪いことかというとそうではないのですが、そうかといって次時代の勢力が歓迎さるべきかというと、こちらもなかなかに怪しげです。劣化や悪化の流れが止めようもなく、その流れのままに次時代に突入してきたと言える気がします。ますますぼくらの希望とか期待とかに反する方向に進んでいるのですが、これは同時にぼくらの考えに修正を迫るものだと思います。これまでの考えですと、絶望しかないわけです。絶望しかないというのはおかしいのです。ですからぼくら自身の修正が必要になります。絶望してはいけないんです。絶望するのはどこかに誤りがあるからです。

 野田も斉藤も小沢も、時代からは退場を命じられたわけです。大衆の中のひとりに過ぎないぼくらも、同じように退場を命じられていると考えた方がいいとぼくは思っています。ぼくなんかは元々場外にいるわけですが、そこからさらに弾き飛ばされようと力が働きます。ますます難しいです。思想的な腕力がほしいところですが、とてもとてもという状況になってきています。


2026年2月8日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「人界の摂理」です。

○ 明日投票の衆院選。流れは与党側有利の状況と報道されています。予測通りの結果になるんじゃないかと見ていますけれども、そうして一年もたたないうちにまたまた問題が取り沙汰されて解散総選挙になりはしないかと危惧されます。激動激動が続いていくんじゃないでしょうか。ぼくら下層民の生活はさらに混乱を極めていくような気がします。慌てふためいて騒ぎ立てても仕方がないことでしょうから、大衆はとにかく生活を継続することに全力で取り組むしかないと思います。世の中をしっかり見て、どう進むかを自分で判断しなければなりません。騒ぎに巻き込まれない方がいいです。しなくてもよいケガを負うことのないように気をつけましょう。
 宮城もここ数日は最高気温が氷点下と予測されています。皆さん体を温かくしてお休みしてください。風邪など引かぬよう気をつけて。


2026年2月7日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「まほろば」です。

○ 若い頃は風邪で少々熱が出ても気にせずに仕事をして、いつの間にか治ってしまうと言うことがあった。仕事モードのスイッチが入って、風邪を引いていることを頭からさっと引き剥がし、仕事に集中したからかえって早く治ったのかも知れない。
 後期高齢者となった今は仕事をせず、そういうモードを変えるタイミングがない。体のどこかが調子悪いと、ずっとそのことが頭から離れないで引きずってしまうようになった。

 ある時、ごく日常的な生活から仕事に向かうという時に、その度に仕事モードのスイッチを入れて切り替えしなければならないのはなぜだろうかと考えた時がある。そしてその時は、会社等での仕事は私的個人ではなく組織内個人になるから私的な部分は背景に退くと考えた。つまりそこでは生身で私的な自分は邪魔になる。
 雇用され、仕事すると言うことはそういうことで、本体的な自分ではなくなるとその時は考えた。言わば別人格を強いられるわけだが、その際にどうして私的個人でいる時よりもエネルギーを放出し、身を粉にして働くというようなことをぼくらはするんだろうとかと疑問を投げかけたように思う。

 それはそれとしてその時に考えたことだが、今は少し違う角度からの考えがある。それは例えば狩りをするとか田畑を耕すとかの場合でも、それらは食に直結するものだから、自ずから一生懸命になる。会社勤めと言っても、結局は給料をもらって、それは結局食うため、生きるためだから、やはり持てる力を振り絞って仕事すると言うことになる。
 私的個人としてであろうが、組織内個人としてであろうが、働いて飯を食う、生きるために働く。それは一緒だから、自営であろうが雇用されてであろうがそこに矛盾は生じないと考えてもよいかも知れない。

 今日はそれがひらめいてそのことを考え書いてきたのだが、まだどうもしっくりきていない。
 テレビなどを通じて世の中を見回すと、目に見える人たちはみな職業人としての顔つきで画面に映っている。
 私的個人はどんどん背景化して沈んでいくように見える。そのうち人間は組織内個人の部分が個人となって、その部分が人間的な本源と見なされるのではないかなどと思ってしまう。ぼく個人としては、それは勘弁してほしい。


2026年2月6日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「老いて亀」です。

○ 国民は国家の所有物であると言い切る声はないし、かといって国家は国民の所有物であるという声も聞かない。一応、国家というものを狭い意味で、あるいは核心的なところで捉えて言えば、国民の代表者で構成される政府となり国民自体が作っていると言うことになっている。そこから言うと、国家は国民自身のものと言うことになるが、我々からするとそういう実感はない。国民のものと言っても、どうしても一部の国民のものという感じがする。そしてその一部のものというのは半分かも知れないし、あるいは大半のものかも知れないし、実際にごく少数のものかも知れないし、そこのところはよく分からない。だが、国家がぼくらが望むところに近しいものかというと、実感的にはこんなに長く生きても、そう感じられた時は一度もない。
 それだけではなくて、政府というのは社会なり国民なりを傘の下に置く立場にあって、ぼくらはその傘の下から逃れられずに一生その下に生きているものだというイメージになる。たとえば政府が国家として消費税10パーセントにすると言えば、ぼくらはそれに従うように生きるほかないと言うことになる。個人的にいやだとか反対であっても、その声は通らない。その意味では、ぼくら国民は国家や政府の言いなりになるものだとしか考えようがなくなる。

 いったんこういう大がかりな仕組みが出来てしまうと、これ以上のことはないから、そう易々とはこの仕組みは変えられない。ここで代表者で出来た政府が国民の願いに背いて好き勝手しようとすれば、うまくやると、それが出来てしまう。あるいは傘下に収まっているものの内の一部にだけ利益誘導しようと考えたら、それもうまくやれば極秘に出来てしまう。

 歴史的に見ると、日本国を建国したのは今のところ天皇家となっていて、しかし実際の統轄となると天皇家で行った時期は少なく、鎌倉時代以降は江戸時代まで幕府と称してこれが支配的に運営を執り行ってきている。そして議会制度を導入した明治維新以降は、再び天皇支配となったが、ポツダム宣言後、かつて幕府と呼んでいたものを民主化して政府とあらため、選挙により選出された議員の中からさらに選出されて内閣を編成、構成し、また政府を構成するようになる。

 現在の政府もまた国家を維持し、機能させる権限を持っている。その実際は、政府で考えたところを実行するところにある。そこで考えたところが、どうしても全体に波及する、そう言う仕組みになっている。こうなると建前はどうあれ、実際現実には、国民は国家(政府)の言いなりになるしかないことになる。もちろん国家に向かって批判することも出来、選挙などによって政府を構成する者たちの首をすげ替えると言うことも可能ではある。そして確かに歴史的に見れば、この統轄の地位に就いた者たちの首は、何度も何度もすげ替えられてきている。当然暴力をもって交代劇を画策し、それをもって統括者の地位に就いたものもいるのである。
 その交代劇の要因には様々なものがあったはずである。だがいちいちの要因を取り上げずに言ってしまえば、こうした交代劇が繰り返されるのは、人が人の上に立ち統轄するという仕組みに無理と不自然があるからであろうとぼくは思う。その立場は羨ましいものであり、誰にとってもやってみたいと思わせるものである。そうなると当然政争が起こる。つまり、どこまで行っても人間社会には定着しない、固定できない、そう言うものだからではないか。

 それなのに、各時代がやってきたことは、仕組みの解体ではなかった。顔ぶれを変えるという、稚拙なただそれだけのことである。民主的にであれ、専制的にであれ、ひとりの人間を最高位に付けて個人に決定権を持たせるという仕組みは、仕組みが出来て二千年は変わらないで続いている。まだ二千年だと考える考え方もあるが、二千年も、という考え方も出来る。そして、曲がりなりにもここまで続くには理由があるはずである。

 ここはぼくの憶測だが、その理由の一つは、人間自身の仕組みが無意識に投影されていて、この形態なり仕組みなりが何となく肯定されるからだろうと思う。つまり、すでに自分たちに備わっているものを外化したものであるために、ある普遍性として受けとられるものだからだと思える。
 人間が個人で何かを成し遂げる時、あるいは個人として力を発揮する時、実は手と足と胴体と頭部、さらに内臓も緊密に連携して事を行っているものである。おそらくはそういうことを人間は無意識裡に熟知できているものなのだと思う。また、家族や村や集落、その上位としての連合集落などの経験値を積んできていて、一つのまとまりがまとまりとして合理的、また効率的に力が発揮できるのはどういう形態、仕組みであればよいか、またその集合体が自分たちにどの程度の利をもたらすか、そういうことを内々に考えて、その結果、この形態、この仕組みは現在まで続いてきたものであろう。

 つまり国民にとって国家(政府)は、現在も可能性として存在し得ていると言える。そしてその可能性は最善をもたらす可能性であり、逆に最悪をもたらす可能性としてもある。もちろん実際には、この国家という仕組みは国民により善に近い国家であったり、より悪の方に近い国家であったりと言うようにしか現前しないものである。しかし、可能性としては、今なお実現されない最善をもたらすという、夢見る少女の夢のような淡い希望は国民の間に潰えてはいない。潰えてはいないから続くのであり続いているのだろう。

 しかしぼくはとうに諦めている。この機構や構造や形態には、どうにも超えられない不自然さや無理さがつきまとい、ぼくら人間はそこを超えて国家(政府)を最善のものへと築き上げ、現実化していくことは出来ないと感じる。それは人間の生命の基本に自我の構造が存在するからである。思考や行動の決定に、自我が紛れ込むからである。これが国家(政府)の意志決定にも何らかの作用を引き起こす。つまり色が付く。これを避けるために、やがて国家社会はその中枢に人工知能、AIを配置しようと考えるだろう。ここまで来ると、もはや話はSF、空想話になってしまう。もう止める。


2026年2月5日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「初めての老後」です。

○ 今日は75回目の誕生日と言うことになります。後期高齢者としての出発です。ぼくらの子どもの頃はあまり誕生日を祝い合ったという記憶はないですね。子どもが出来てからは子どもの誕生日を祝うようになりました。まあ、形だけのようなものですけど、でも時代によってずいぶん違う気がします。ちなみに息子たちは親の誕生日を祝ってくれないし、覚えてもいないようです。どこかで見た風景だと思い返すと、実はぼくも自分の両親の誕生日を覚えていませんし、派手にお祝いしたという記憶もありません。因果応報というか、自分たちもそうしてきていますから、そういうことになっても文句は言えないと言うことになります。それでも内心では文句もあるわけです。お前たちにはやってやったのに、そのお返しがないのはおかしいぞと。しかしそう考えた途端に、これは自分の両親の思いと同じだろうということになります。
 なので我慢するわけです。両親にずいぶんとお返しが出来た自分なら、息子たちにも堂々と御前達もお返しをしないとだめだぞと言えもするのですが、如何せん、やってきてませんから。お前だってやってこなかったぞと、今は亡き両親からの声が遙か遠いところから一瞬で届くわけです。そうするともう何も言えなくなります。これでいいのだと思います。生前に、もう少し孝行すべきだったかもと思いますが、自分にちょっと余裕がなかったと言うことなのでしょう。そして息子たちにもまた心的な余裕というものがないんだろうなと想像します。そしてそんな想像をしますと、こっちのことはいいから、自分たちのことで頑張れよと、少しは父親らしく思ったりしていると言うことになります。もう、それ位のことしか出来なくなってもいますし、仕方ないんだなあと思います。

○ 大半の生き物は経済的活動を中心に行うわけですが、人間はこれに幻想的活動と言いますか、観念的な活動も行う生き物です。人間には経済領域の活動と、幻想領域における活動との二つの活動の領域があるように思います。

 で、経済領域での活動というのは分かりやすいと思います。ここでは、生き物が生きるという時の活動を、全部まとめて経済的活動と考えてみたいわけです。人間も動物と同じように生きている部分がありますが、食料を求めて獲得し、これを消費する、食べると言うことで経済的活動の一種と捉えてみたと言うことです。

 時間がないので短絡的な言い方をあえてすると、幻想的活動のスタートとして言語と言うことを考えたいのです。言語から始まるんだという考え方をしたいと思います。そして言語の生物学的な根拠は何かというと、経済活動、ピンポイントで言うと身体、ということになります。動物の鳴き声などを、それが元になるというように考えます。しかしこの時にですね、鳴き声が言語化する転換点には、同時に人間に幻想領域が作られている必要があると思います。一緒に出現しないといけないと思います。そしてその時にですね、機械的にと言うのではなく、自然摂理的に幻想領域と言語とが生まれて来るんだと、そう考えたい訳なんです。さらにその時に、偶然ではなく、宇宙自然の自ずからそうするという法則性が、そこに加担すると考えないといけない気がしているのです。そうした些細なところにも貫通し、通底しなければいけないんだと、そういう考え方をしているし、したいと思っています。
 全然関連してないように見えても、本当は関連しているんだと、そういう見方をしたいのですが、今のところはまだ漠然としか思い描くことが出来ないでいるという段階です。


2026年2月4日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「泉が涸れる」です。

○ 衆院選で、テレビでは党首討論などもやっているようです。ぼくは見てませんけど。ただ、激戦なんだろうなとは思います。各党首とも、主観的には自利を捨てて利他のために務めていると考えていると思います。誰よりも一生懸命だと、それぞれに考えて行動しているに違いありません。

 約1万年続いた縄文時代に比べて、弥生時代と呼ばれる時代は短いです。千年くらいと言われています。弥生の始まりから現在までを会わせても三千年くらいです。縄文はさらに七千年も長く続いた計算になります。しかし、それだけの長さがあっても、技術文明や文化はそれほど大きく変化したようには見えません。

 弥生後期から古墳時代に入ると劇的に変化していった気がします。冒頭に述べた衆院選の党首討論ではありませんが、日本社会に競争のスイッチが入ったというか、そういう感じを持ちます。覇権争いが一番引き金になったのだと思いますが、これ以降激しい上昇志向というか、トップ争いというものが起きてきて、個人にも超人的な研鑽や向上心というようなものが住み着いたように思えます。これに比べると縄文時代は余りにのどかで牧歌的な印象になります。
 これ以後、英雄や偉人が出現し続けます。縄文から弥生に変わった時点で何かが変化しています。

 幼児から児童期あたりはどんぐりの背比べで、際だった差異というものはそんなにないものです。ところが、そこを過ぎたあたりから、個性が爆発するような形でそれぞれの違いが明確になっていきます。いろいろな能力の格差も見えてきます。縄文と弥生では、児童期と青年期くらいの違いが感じられます。
 そして、いずれにしましても、その頃からはっきりと、人間は努力する生き物という道筋が付いて、今日までまっしぐらに突き進んできたという印象を持ちます。言い換えれば自分で自分を発達させる、進化させる、そういう流れが始まった気がします。はじめは上層において、やがて見よう見まねによるのか浸透と言うべきか、中層にも波及し、近代以降は下層にも及ぶようになったと思います。

 単純に言えば自己努力とか自己研鑽になりますが、現代においてはみんながみんな、自己というものを素朴なままの自己と言うことではなく、高級品仕様に作り替えたがっていると言えましょう。不断に努力し、競争し、勝ち抜くことが絶対のようになってきていると思います。そのために逆に、早い段階でのリタイヤと言うことも起きてきています。

 競争は、確かに我々を発達させ、進化させたと思います。この二千年は特に、息急き切って走り続けてきました。現在もそれは継続中な訳です。
 そして、直近では衆院選のために各党の議員候補も党首も、一丸となって頑張っていると言うことになります。みんな優秀か優秀に近いかなんだと思います。

 ぼくにはみんな苦しげに見えます。殺伐としてもいます。なんか見渡すと息苦しくなります。どうしてそんなに立派になりたいのか。どうして有用な人になりたいのか。やりたくないことまでやって。頑張って頑張って、努力して努力して。人間はそこまでしないと、生きてはいけない生き物なのだろうか。進化し、発達し続けなければいけないのだろうか。
 ここまで来ればもはや我々人間は、大きな病にかかっていて、しかも自覚症状がないという、とても危険な状態にあるのかも知れないと、ぼくは密かに思ったりします。速度は加速していますから、どんどんそういう方向に突っ込んで行く感じです。この速度感に、人間は生理的に耐えられるのでしょうか。このままでは生物的な生理が邪魔になると思います。かつての脊椎動物の上陸劇のように、生理を超えて高みに登って何処かに上陸して行くものと、断念して海に帰るものと、当時の再現が始まろうとしているのではないでしょうか。


2026年2月3日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「冬の中でする鼻歌」です。

○ 一週間に二度三度スーパーに買い物に出かけ、一度二度灯油を買いに出かける。スーパーでは、最初に野菜売り場を目にするが、日ごとに値段の上下がある。たとえば大根は、最近では百円から百五十円の間を行ったり来たりして、百円に近いと必ず買うことにしている。
 最近のお菓子売り場を見るとびっくりする。チョコレートはほぼ数年前の倍以上の値段になっていて、買う気になれない。ほかのお菓子も軒並みそう。コーヒーの値段も昨年の倍近い。肉も昔なら時々買えた牛のステーキなどは、もう手が出なくなっているし、魚のお刺身なども手が出ない。大好きな筋子やウニなどは、ここ数年買うことが出来ない。
 洋服や靴など、身につけて楽しむことなどはもう一切ない。酢年前に購入し、まだ使えるものをそのまま使っている。

 物価の上昇がじわじわと上がり続けているのは、ぼくらのような庶民には不気味だ。そのうち高騰だけではなく、さらに商品や製品自体の供給が途絶えるようなことになったら、ぼくらは生きていくことが出来なくなる。そんなことまで考える。
 太平洋戦争の直近では、日本に対する経済制裁みたいなことがあって、日本はそれに耐えられなくなって戦争に踏み切ったなどと言うことも伝え聞いている。
 石油関連もそうだし、食料の輸入にも頼っているから供給不足になるとどうなるか、先行きの見通しもきかない。
 ぼくらのようなかつての会社員、公務員も、ほとんど輸入に頼っているのと同じでだ。食料から衣類、あるいは家電や車やその他もそうで、それらがすべて手に入らなくなったらどうしようもない。年金だけでは細々食いつなぐのがやっとという状態になる。すべてにおいて自給率は0パーセント。これではこういう危機になると、手も足も出ない。

 若い時にはこんなことは考えなかった。なんとかなるものだと思っていた。釈解が先回りして、なんとか対策するものだと考えていた。頑張って働いたらなんとかなると。今つくづくそうじゃないんだと気づいた。官僚も、国会議員も政府も、それほど先のことを考えていないし、それほど庶民生活を考えてくれているわけでもない。自分のことは自分で防衛しなければならない。

 仕事のきつい第一次産業従事者が、よい対価報酬を得るためには製品が高く売れことが必要だ。気持ち的にはぼくはそうなればいいと思うが、だがそうなると消費者の懐が苦しくなる。
 どうしたらいいかと考えると、会社員や公務員でも、これからはある程度状況悪化した時には、家族分を養えるくらいの田畑を所有し、少なくても0パーセントではない自給率を確保するようにしなければならないと思う。輸入が百パーセントでは状況が悪化したら手の尽くしようがない。それを避けるために、家族が出来るくらいの田畑を耕作し、いざという時にも備えることが必要になるのではないか。今日はそういうことが少し気になって、自分だったらどうするかを考えてみた。もちろんぼくらにとってはもうすでに時遅しで、どうすることも叶わない。やっぱり自給率0パーセントでは心細い。
 これからは兼業農家みたいに、兼業会社員とか、兼業公務員とか、何しろ耕すだけの土地を所有するのがいいのではないか。これは個人が自費で購入するのは難しいから、こういうときこそ政治の出番だと思う。昔の農地改革のような、思い切った対策を講じてほしいものだ。


2026年2月2日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「原生からの監視」です。

○ 子どもの頃、川で魚釣りをした。釣れるのはほとんどが鮒で、時々鮠(はや)(別名、うぐい)とか、鯉、鯰、雷魚なども釣れた。
 餌は蚯蚓(ミミズ)だ。
 ミミズは一本の管のようになっていて、頭に口があり、尾には肛門がある。口に釣り針の先を押し込んで、針を隠すようにして付ける。

 我々人間の体の口から肛門までは、やはり一本の管になっている。口から食べ物を取り込んで、管の中で栄養を取り込んで残余物を肛門から排出する。この機能だけから言えばミミズも人間も、原理的、構造的には同じに思える。違いは、全体が単純か複雑かだけだ。

 ミミズに手と足と顔をくっつけることと一緒に、人間から手と足と頭部とを体の内側にめり込ませることを同時にイメージすると、ぼくにはこれは同じものだという気がしてくる。そして動物も植物も、生きると言うことは、あるいは生命が生命たるゆえんというものは、この腸管の活動にこそあると思わずにはいられない。
 ミミズは、動物の余計な部分を削り落として、腸管をさらにシンプルにして、省エネに徹している。
 ちなみに植物はどういう生き方をしているかというと、管の形のミミズを裏返して、そのまま地に突き刺したものが植物になる。ミミズの場合は取り込んだものは管を通る過程で栄養の摂取になるが、裏返した腸管(植物)は、中を通るものではなく、逆に外部の自然を材料として自分で栄養を作り出すようになる。そのために、植物は移動する必要が無い。

 さて、ミミズは土の中、特に堆肥の中にたくさん生息する。このミミズという生命は生まれてそして死ぬまで、その生活ぶりは変わらないように思える。
 生命の営みの本源を、今、腸管の中に見いだしてきたつもりでいるのだが、そしてそれには人間もミミズも、あるいは植物さえもが同じ原理で生きているということも考えてみたところである。つまり、以上のことをまとめて言えば、生命活動とは腸管の活動に同じと言うことになる。
 だが、同じく腸の活動を本源としながら、一方ではミミズのような堆肥の中の活動に終始し、また一方では人間のような生活スタイルのような違いとなるのは、どうしてなのだろうか。どうして進化や発達というものが行われるのだろうか。自然の変化に対応と言うことでは納得できない。原生生物からミミズくらいまでの進化で、現に今でもミミズは生息できている。それ位でとどまっても何ら差し支えないはずだ。あの体で感覚も運動の力も備わっている。コンパクトだが、おそらく機能としては他の動物と同等だと思う。

 時々だが、無限遠方からの視線で眺めると人間もミミズも、やっていることは同じじゃないかと思ったりする。もっと言うと生き物すべてが同じ原理で動き、生きていて、ただただ地球上で百花繚乱ふうな様相をみせているに過ぎない気がする。
 それぞれの個体は摂取して排出するという運動を無限に繰り返している。基本はそれで、そのことは人間の思考過程など、あるいはその他のあらゆることに通底している気がする。


2026年2月1日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「老人の空」です。

○ ウクライナとロシアの戦争がまだ続いていますね。戦況は一進一退のようですが、それほど熱心に見聞きしているわけではないので、詳しくは分かりません。まだ終結したという報道がないので、継続しているんだというレベルでしか捉えていないと言うことです。
 ぼくとしては早く収まればいいとは思っています。一般の国民、市民の立場で考えると、ウクライナの人たちにおいてもそう思っている人は少なくないんじゃないかなと思います。以前のような、ふつうの日常に戻ってほしいと願う人たちも多いはずです。もちろん先の大戦における日本のように、自国の勝利を激烈に願っている人も多いとは思います。しかし女の人、それに子どもたちの多くは、兵士たちや一般市民の犠牲が減少することを望んでいる気がします。自分たちが加わることの出来ない立場の人は、そう思うのではないかと思います。

 ここでちょっと立場を変えて妄想しますと、ぼくがウクライナ人で、さらに大統領のような権限を持った人物とします。そしたらどうするかというと、ぼくは戦争を続けるか、戦争を放棄するかを国民に問いかけると思います。国民投票か何かで、国民に決定してもらおうと考えます。継続を支持する声が大きければ継続するでしょうし、止めてほしいということであれば、止める方向で検討します。
 その際に、現状での戦争の停止には、領土をロシアにぶんどられる公算が大きいと思います。ぼくだったら、それは一番いやなことですから、またこれまでの戦いを無意味にしてしまいますから、せめて痛み分けくらいの結果になることを考えると思います。
 どうするかというと、まずウクライナ国家の解体を提案すると思います。軍隊も放棄します。その上で国連に身を預けるというか、国連指揮下の第一自治区に指定してもらうように働きかけます。そういうことが可能かどうか分かりません。でも先ずは働きかけます。そうしてロシアに手を出させないようにするというのがひとつの大きな目的です。
 自治区という形であれば、ある程度の自立性は保てます。しかし国連指導下に入りますから、仮に大統領制が継続してもその権限は大幅に縮小すると思います。これまでのようには行かないわけです。独立性は薄くなりますが、市民本位で考えたら、そこは余り問題が無いと思います。日本に置き換えて考えてみても、変な政治の党派制は薄れて、民主的な手続きがさらにオープンになって市民にはよいことになる気がします。軍隊も持たず戦争を放棄することを鮮明にします。
 これにロシアが同意するか、承服するかが次に問題になりますが、国連がかなり強いリーダーシップを発揮して自治区を守り抜くという姿勢が必要になります。そんなことが可能かなんて分かりません。ただそんなふうに進むといいなというひとつの妄想を、ここでは披瀝してみたと言うだけです。これまでもそうですが、これからも、様々な妄想を投げかけていきたいと思いながら今日は終わります。


2026年1月31日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「新旧対立の嘘」です。

○ 知識というのはお金に似ている。無いよりは有った方がよい。しかし、どちらも流通する場が有ればの話で、原始・太古ではどちらも使い道がない。であれば、本来なら無ければ無くて済む話だと思う。けれども人間の社会はどちらも有用な働きをすると知ってか知らずか、社会に定着させた。どちらも文明と文化の発達には大きく貢献してきた。

 知識を獲得することは我々にとって有益なのか。これは通例有益とされている。自分の体験から言っても視野が広がる。仕事上でも遊びや生活の上でも役に立つ。ぼくもだから基本的には社会に蓄積された知識が置かれてあることはよいことだと思う。ただこれの使われ方となると少し疑問も生じる。蓄積される知識そのものには何の責任もないが、これを悪用したり、本来の目的や使途すべきでない方向で利用することに問題がある。これは知識よりも人の心の問題だ。社会に役立つようにとか、人々の暮らしを応援するように使われるのならよいが、これが原子爆弾の製造に使われたり、社会的に上の階層を目指すための学歴の獲得と言った私用の目的で使われると、初期の目標、目的が果たされない。つまり、よくないことも呼び込む諸刃の剣になってしまう。これもまた知識そのものよりも、人の心の問題だろう。だが、そういう性格のものであることは知っておかなければならない。

 太古のような自然の世であれば、現在のように膨大な知識は必要なかった。ほかの動物たちと同じように狩りをするためだけの知識があれば、それで済んでいたと思う。おそらく古代の人たちが農耕を始めたことによって、たくさんの知識が必要になったし、また知識は作られ蓄えられ始めた。そうして知識は社会にとって必要不可欠なものとなって行った。はじめ人から人に伝えられたそれは、専門人を生むようになり、体系化され学問化されるように向かった。そうして蓄積された知識は、観念的な富としてすべての人々に分配されるように現在の学校制度が設けられるようになった。

 だがしかし、どうなのだろう。知識の有用さは誰もが知るところだが、そして現在の日本社会では学校制度の中で分け隔て無く知識を注ぎ込まれ、個人個人においてある程度の定着化も果たされてきた。本来ならめでたしめでたしで、目の前には理想的な社会が聳え立っているはずだが、目に見える社会は必ずしもそうとは言えない。それどころか毎日強盗や殺人や諸々の争いがニュースに流れ、子どもの間には苛めや不登校といった問題も起き続けている。どうしてこう言うことになるのだろう。


2026年1月30日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「幻想のゴミ屋敷」です。

○ 縄文的な遺伝子が沖縄では3割、北海道のアイヌでは7割残っているのだそうです。本州ではもっと少なくて、渡来系弥生人という別の種の遺伝子を持った人が多いと言うことです。ここから考えられることは、渡来系弥生人は縄文時代以後に日本にやって来た人たちで、それ以前に島国に住んでいた人たちは今のところは一括りに縄文人と呼ばれています。しかし、縄文人と現在呼んでいる当時の人たちが、みな同じ種だったかというと、一概にそうだとは言えないようです。ですから縄文時代にも、この島国、島々には、多民族のこじんまりとした集団があちこちに散らばって住んでいたのかも知れません。
 そういう状況のところに渡来系弥生人が入ってきました。ちなみに渡来系弥生人のDNAを多く保持しているのは、四国に住んでいる人たちだと言うことです。そこが一番で、後は西日本周辺に順次広がり、沖縄や青森、そして北海道という両端ではやや縄文系のDNAが残っている、そんな散らばり方のようです。ここで、渡来系弥生人のDNAが北部九州よりも四国に多く見られると言うことはひとつの不思議です。

 人種の坩堝と言われるアメリカですが、そこまでではないにしてもこの島国にも様々な人種が寄せ集まったり、吹き溜まったりしたのではないかとぼくは推測します。もちろん何の根拠もありません。そのように想像すると言うだけです。
 おそらくぼくらは弥生人のDNAを受け継ぐ末裔です。縄文のDNAを受け継ぐ人たちと混血しながら、水田耕作の技術を持って島国全体に広がっていくことの出来た人たちの末裔にあたると考えられます。そうして圧倒的な耕作地と人口の増加をもって、この島国では支配的な地位を得ていったのだと思います。

 現在のぼくらが日本人という時には、渡来系弥生人が日本に渡ってきてから以後の、この島国の住人を総称して言っていることになると思います。そこには縄文系の末裔やアイヌ系の末裔、あるいは琉球系の末裔を含んでのことだと思います。けして渡来系弥生人といった単一系を呼んでいるわけではないと思います。合わせて日本人と言うことだと思います。もしもどうしても単一系で日本人というのを考えたいのであれば、それは渡来系弥生人と言うことになるのでしょう。しかしその渡来系弥生人は島国の以前の歴史から見れば新参者である。最古参の顔付きは出来ない。


2026年1月29日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「均衡」です。

○ 倫理には何ものかになろうとする上昇志向と、無私に向かう下降志向とがある。これは存在が喚起する倫理の2局面で、倫理的な意志や意識に先行する。逆に言うと存在倫理に促されて、倫理的な意志や意識が決定される。
 上昇志向と下降志向との間には中間層と言うべき層があると考えられる。これは上昇にも下降にも消極的な層で、穏健的である。一見すると無倫理に見えるがそうではなく、上昇と下降とを小刻みに繰り返している層だ。強く極端な志向性を持たないだけである。
 かつて文芸批評家の奥野健男は、作家太宰治を論じた時に、「下降的倫理」と言う言葉で太宰の文学的な営為を概括してみせた。後になってぼくは、「下降的倫理」というそれは、吉本隆明がこしらえ、考えた概念を借りたものと考えるようになったが、奥野の文章で初めて読んだ時には衝撃的で印象に残った。
 以前はこれを反逆の倫理、反逆の根拠のように考えたこともあったが、今は少し違っている。時代も自分自身も、いつの間にかその先へとすり抜けて来てしまっている。つまりそうした概念も考え方も、時代的な背景と不分離で、現在という時代からはフェイドアウトしてしまっている。

 こういうことを結構体験してきた。そして本当は、時代をつかむ観点、視点、概念を自分で切り開いてみせるべきなのだが、それもうまく出来ないでいる。それは営為努力中と言いたいところだが、ぼくのペースでは百年後くらいということになる。そしてもちろんそれは、無理だ、出来ない、そう言っているのと同じだ。


2026年1月28日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「ぼくの後ろに道はない」です。

○ アイヌの人々についてはほとんど知識がない。昔から住んでいた先住民という捉え方があることまでは知っている。狩猟採集民で、古代には本州に住んでいたことなどもあるが、現在は北海道の一部の地域にわずかに集落を形成しているだけのように伝え聞いている。以前はアイヌ出身を隠して日本人の中に紛れて生きる人もいたという話もあった。
 本州にはアイヌ語の地名も残っているという研究もあって、わたしは勝手に縄文時代頃には縄文人とアイヌ人とが棲み分けして、暮らしていた時期があったのではないかと想像している。ただ、これは勝手な憶測に過ぎないもので、本格的に調べたことも研究したり、考察したりしたことも一度もない。
 縄文時代や弥生時代にはそれぞれに集落跡などの遺跡があり、土器文化もあった。その頃の古い時代に、アイヌ人の痕跡が残る遺跡は見つかっていない。そういうこともあって、ぼくらはアイヌに関してはほとんど無知だと言っていい。
 古代、前古代について、まだまだ解っていないことは山ほどある。縄文、弥生についてはずいぶんと研究もされてきたが、これはいわゆる日本人のルーツを探ることに直結すると考えられたからだろう。そうした意味ではアイヌは元々から傍流と見なされていたから、縄文や弥生ほどの熱心さで研究されてきてはいないのだろう。それは研究の成果として、縄文や弥生とは展開を異にしたのだろうと思われる。
 ぼくの中ではアイヌは完全な狩猟民で、縄文人は狩猟採集を行いながら栽培、耕作も行うようになったと考えている。弥生人、あるいは渡来系弥生人は水田耕作を主とするようになった人々である。時代的な順番から言えば、ぼくにはアイヌ、縄文、弥生と進んだように考えられるが、もちろんこれには何の根拠もない。ただ漠然とそう思っていると言うだけだ。研究書や学術書を読む元気はないから、時折目に触れ耳に聞こえる関連したことがらから、ただ想像、妄想を膨らませて楽しむという位のところで考えている。

○ 衆院選が始まり、ぼくの住む団地にも今先ほど、候補者の選挙カーが控えめな音量で投票を呼びかけて過ぎていった。
 それとなく聞こえてくるところでは、全国的にたくさんの立候補があり、特に女性の候補者増が伝えられている。
 今はどうか分からないが、昔小学校の教員をしていた頃に、各学校には生徒会という児童の自治組織が設けられていた。それで担当になると、いやいやながら子どもたちに、積極的に関わりましょうなどと呼びかけたりした。ある意味、生徒会長とか副会長とか、エリート育成の手始めみたいなことが設置されていた。今の選挙を見ていると、その延長で、成人版でのエリートの選出の催事に見える。子ども時代のそれが、もっと積極果敢に広く行われているように思えたりする。
 みんなのために、社会のために尽くす人になりましょうなんて教わったものだから、大人になってもその気になっている人が結構いるのかも知れない。それがいいことかそうでないかは、今のぼくにはよく分からない。そうやって出張って行ってよいことが出来る人はそんなにいないからだ。純粋な気持ちでそうしようと考えて行っても、やりたいことがその通りに出来ることはほぼない。社会は複雑で、思ったことをその通りに実現できないように出来ている。
 集団というものは内部でバラバラに存在するよりも、組織化された方が合理的、効率的に集団の力が発揮できる。しかし現在のぼくは、それが唯一の道かというと、そうじゃないかも知れないと考えたりしている。現実社会を見ると、逆に組織化されることによっていろいろな不具合も生じ、争いが絶えなくなっていると見える。バラバラだがひとりひとり自立して、全体的に統制がとれるというような、そんな人間個々の成熟を待つべきじゃないかと考えたりする。結局縦社会というのは下剋上などの争いを生むもので、横社会的な、争いを生まない形態を目指すべきじゃないかと考えたりする。こういうことはもっともっと勉強したり調べたり研究したりが必要で、誰かひとりの天才を待つのではなく、みんなが地道に考えて、ちょっとずつバトンタッチして行くのがいいのではないかと思ったりする。たとえ今がそのようには動かないとしても。


2026年1月27日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「年を経るということ」です。

○ 「ねずみの嫁入り」という昔話がある。娘の結婚相手を捜すねずみの夫婦が、この世界でいちばん偉い婿を迎えたいと思い、次々に会いに行くが最終的には隣村のふつうの若いねずみに行き着くという話だ。
 結局は「ふつう」がいちばん偉い、「ふつう」が一番よい、という寓意をぼくは読み取るのだが、そういうことでは吉本隆明や安藤昌益も同じことを言っていた。吉本隆明は人間存在の基本の型を、生まれ、育ち、やがて成人となって働き、結婚をし、子を育て、老いて、死ぬ、その循環だと考えた。そしてその生活から逸脱しないで、生活そのものを生活することが一番いいこと、立派なことと考えた。
 それから言うと、知的巨人とも言われたマルクスの生き方などは一番だめな生き方だと吉本は言った。マルクスは知的側面で基本の生活から大きく逸脱したばかりではなく、ある意味で誰よりも遠くまで行ってしまった。つまり「ふつう」との乖離がとてつもなく大きい。
 かつてマルクスは彼の思想によって多くの人の賞賛を得た。傾倒もし、尊敬もして、彼のような生き方が目標になったりあこがれの的ともなった。そうして実際に彼の後を追い、活動家や、思想家を目指すものも多く出現した。彼らはマルクスを偉い人、立派な人と考え、目標にもした。
 だがよくよく考えると解るが、仮にマルクスの生き方を立派な生き方だと思ってみながマネするようになり、実際にうまくいって世の中が小マルクスだらけになったらどうか。小マルクスだらけになって世の中がうまく回っていけるだろうか。答えは簡単で、そうは行かない。
 これが逆に「ふつう」の人だらけになったと仮定したらどうだろうか。みんながふつうの生活を目指すことを目標にする世の中だと、これはスムーズに回るだろうという予想がつく。
 安藤昌益も吉本隆明と同じような考え方をしていた。ふつうの生活、当時はそれは農民の生活であったが、直接耕作して食べ物を得て暮らす。人間はそれ以外の余計なことはできるだけしない方がいいのだという考えであった。

 「ねずみの嫁入り」では、いちばん偉くて立派な婿を捜して太陽、雲、風、壁の順に申し込みに出かけ、壁からは齧って穴を開ける「ねずみ」がいちばん偉いと言われてしまう。一巡して元に戻った体(てい)だ。
 つまり吉本や安藤の言ったことも、考えを一巡するとよく分かってくる。一巡しないと、やはり偉いのは太陽だという考えのままになる。「ふつうが一番」ということを、ぼくはそう考えてきた。


2026年1月26日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「内々において決すべきこと」です。

○ 戦前と戦後で日本社会及び人々の考えが180度変わったと言われる。大きな思潮の流れとしてはそういって差し支えないと思う。
 戦後80年を過ぎての現在はどうかというと、戦前の思想とも戦後すぐの思想とも違っている。どちらも修正を余儀なくされながら、なおかつ、どちらにも受け入れ先も受け皿もなく宙に漂っているように見える。もはや思想という倫理の行き場が失われてしまっているのだ。

 これは歴史的なPTSDと考えていいことだと思える。様々な逃避行動、心的障害が現在の社会現象を賑わせている実質なのだ。もちろんぼくらの言葉もまた、そういうものの影響下にある。だからとりあえずはそれを念頭に置いて、おそるおそる言葉を発しなければならない。自分こそが真だと告げる言葉は、みんな怪しいと考えた方が無難だ。


2026年1月25日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「念を飛ばす」です。

○ 一昨日、昨日と、日付が間違っていたようで、気づいてなおしました。2日も続いてぼうっとしていたんですね。
 今年に入っての半月くらいから、バイオリズムが下降傾向だという気がします。マンネリズム。膠着状態。こんな不調を感じる時の乗り越え方が難しいですね。若い時にはぱーっと動き回ったり出来ますが、年を取るとやれることの範囲が狭くなった気がします。実際に家の中でじとーっとしていることが多くなったので、鬱に対しての躁の部分が減ってきています。出来るのは意識的な心の操作だけですね。無理矢理心の窓を開くみたいなことをしてね、なんとか気を持ち直すというようなこと。ひきこもって、自分時間に没入すると言うこと。いろんなやり方はあります。ひとつひとつやって行くと言うことです。逆にそういうことしかないです。


2026年1月24日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「不可解と彷徨と」です。

○ 2月の誕生日を迎えて後期高齢者となる。医療関係の通知も来て、ああそういうことですかと納得したりする。それでも、昨日の今日のぼく、去年と今年のぼくには自分の中での違いはなくて、自分というのは切れ目なく続いている感覚がある。この感覚には真実と虚偽が混じっている気がする。
 真実は自分の実感というもので、ゆっくりとした衰えは感じつつも大きなそれは無いと感じている。そういう自分の受け止めや感じというものには嘘がない。真実そうである。
 だが、その実感に客観的な真実があるかどうかは、また別のことになる。主観的には真実でも客観的には虚偽であることは普通にありうることであり、起こりうることである。

 老化もそういうことであろう。自分自身の感覚ではわかりにくい面がある。たとえば毎日鏡を見ていると、自分の顔の変化はほとんどないと言うくらいに思うだろう。しかしこれが5年、10年の歳月で写真を見比べると、その違いは歴然となる。

 そういうことで、後期高齢者認定を少しずつ受け入れていくことになる。だがそのようには納得しても、わざわざそれをボンと書類を送ってよこす行政の無神経さのようなものには違和感を覚える。こうやって知らしめられて、一気に気持ち的に老けてしまう、そういう人が皆無ではないだろう。

 顔のしわ、皮膚の色艶、あるいは表情は、内臓の状態が反映するものだと三木成夫さんの文章の中にあった気がする。
 内臓は、一本の管に、それぞれの器官、臓器が鈴なりに繋がりぶら下がっている。つまり元々の管から派生したものと考えてよい。顔はその内臓の一方の末端がめくれた形で出来ているから、逆に顔の方から内臓の様子や状態を推測することが可能だと思う。顔が老けてきたと見えるなら、内臓も同様に劣化してきたと考えてケアしたり、無理をさせないように気にかけるようにしてもよいのかも知れない。いずれにしてもそうしたつながりがあることを知っておくことは悪いことではない。
 また身体や内臓が老いていくことと、精神との関連はどうか、それらについて存分に内観したり、味わい尽くすと言うことがあってもいいのかなと、ぼくは思う。それはぼくにはけして厭うべきことではなくて、長く生きたついでのご褒美のようなもので、御化け屋敷をのぞき込むようなドキドキ感も生まれる。なるべくなら、自分なりに詳細に言葉にし、文字にしてみたいという気持ちもある。ぼくにはこれも、ひとつの生きる楽しさとして数に数えてよいようにも思える。


2026年1月23日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「明日への希望」です。

○ 最近は氷点下で曇りや雪の予報が多いですけど、8時9時くらいになると日が差し始めて、気分も上々よい感じになります。0度前後という気温は変わらないのですが、日が出て外が明るいと言うだけでずいぶん違います。太陽光の、気持ちに付加する影響は大きいですね。まあそのことは逆に、太陽光がないと気持ちが沈むというマイナスにも働くのでしょうが。

 ということで今はだいぶ青空も広がってきて、小さな自分の部屋にも陽光が入り込んで、角度によってはまぶしくなり、パソコン画面も見ずらくなったりします。レースと厚地の二重のカーテンを、うまく調節しないといけなくなったりします。
 もちろん部屋の中は暖房していますが、カーテンを少し開いていると陽光が差し込んで、それだけで暖房の必要がなくなったりします。11時前後から午後の3時くらいまでだと、暖房はストップしていられます。ですから冬場の陽光はとても貴重です。

 冬の東北では、青森、秋田、山形は積雪量が多く、岩手は積雪はそれほどでもないですが、凍り付く寒さがあると一般に言われています。福島は横に広く、内陸から日本海側に寄ると豪雪地帯が広がります。宮城だけはちょっと変わっていて、積雪も凍てつき度も、ちょっとずつだけ緩めです。このことは住んでいるぼくらには願ったりなのですが、東北全体としてみると何かしら宮城は浮いた存在に思えます。気のせいと言うくらいの感じですが、ぼくはそう思ったりしています。また、交流もこれと言ってないし、東北六県と呼ばれるものの、他県については方言の違いくらいにしか考えることもなくて、全く分からないですね。東北六県がまとまって、という感じがそもそもないです。歴史を追っても、かつて纏まったという時期はなかったように思います。

 ぼくの中では地域のまとまりというと、故郷という小さな領域ということになりますし、そこは何かというと、自分が獲得した言葉が完全に流通できる地域、区域じゃなかったかと思われます。訛りとかイントネーションとかの方言、それが完全に一致できる場所が故郷だし、それは意外と狭いものだという気がします。そしてその程度の規模というものが、人間の暮らしの基本の単位だったのじゃないのかなと考えます。ぼくらの生活は範囲を拡大する傾向に進んできていますし、戻ることは無理だと思いますが、もう一度その意味合いというものを検討してみる必要はあるのじゃないだろうかと思ったりします。


2026年1月22日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「寒波に妄想する」です。

○ アマゾン流域で原始的な生活をする未接触部族、非接触部族がいる。世界ではそうした集団が100をこえるらしい。もちろん、当初から孤立、非接触だったのではなく、過去に何らかの関係や接触の経験があり、攻撃されたというようなことから、外部との接触を避けて孤立するようになったというのがほとんどだということらしい。
 それが本当だとすると、部族的集団的な引きこもりと考えることが出来るように思える。現代にいうところの引きこもりと、何か共通するところがあるかも知れない。
 現代日本の社会的な引きこもりも、何らかの社会的体験が引き金になっているように思える。いじめとか攻撃されるとか、何かしらのいやな体験があってのことだろう。ぼくも準引きこもり的だが、ぼくの場合はいじめられたとか攻撃されたからということではなくて、世の中を批判的に見てしまって、世を厭い、世に背く気持ちの中で遠ざかり、結果的に引きこもりに似た形になっている。それと俗な言い方をすれば真実の探求みたいな気持ちがあって、好きなことを考えたいがために、そのことを人づきあいよりも優先したことで籠もる形となっている。

 一方に高度文明社会が進展して行き、一方で前古代社会が極少ながらも存続している。これは本来歴史的な段階として縦長に考えられてきたものだが、現実はこれが横並びに、現在を一緒に通過するものとして配置されていることになる。
 これはもう少し驚きをもって考えるべきことではないだろうか。先進文明国の国民と、原始的な生活に近い生活水準の未接触部族とが、同時にいま現在に生き、いま現在を超えていこうとしているのである。これで高度な文明を持つものが優れ、文明的に停滞したものは劣ると言えるのかどうか。ぼくらは高度な文明が優位にあると考えてきたような気がするが、それは訂正を要しないだろうか。

 前古代の生活様式や生活のスタイルのままでも、場合によっては今日まで生きながらえることは出来た。現在存在する未接触部族、非接触部族の人々はぼくらにそれを教えてくれているような気がする。それが何だと言われれば、即座には答えようもないが、考えれば何か面白い考えが湧いてきそうな気もする。時々はこうして思い巡らすことも悪くないことで、そのうちにまた思い出して考えてみたい。今日はここで終わる。


2026年1月21日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「ただの耕作人の末裔」です。

○ 現生人類の祖先は、アフリカに生息していたホモ・エレクトスの別の亜種(または独立種ホモ・エルガステル)であるという説が支配的です。日本人もその一派の末裔と考えるのがふつうになっています。しかしジャワ原人とかのようにルーツを異にする人種がいたことも事実で、アフリカ起源説を疑問視する声もあります。つまり地球上のあちこちでいろんな人類種が過去に湧き出て、現生人類の祖先は必ずしもアフリカ起源一択ではないかも知れないという考えがあります。そしてこういう考えから、日本人も日本に発生した固有種のように考えようとする人もいます。
 そういう話になるとぼくはよく分からなくなるわけですが、弥生系渡来人が外から来て日本に広まったという話を聞くと、仮に日本原人のようなルーツがあっても駆逐されて、その頃にはほぼ絶滅したんじゃないのかと思ってしまいます。現に弥生人の前にいたアイヌ人とか縄文人とかは、脇の方に追いやられて、とうてい現在の日本文化の牽引役とは言えないわけですから。まだまだそういった説には無理があると思います。

 戦後の極端な自虐史観もおかしいと思いますが、その反動からなる「日本最高」と言わんばかりの考えもおかしなものです。日本人は固有の種で、他に比してひときわ優れている種だという考えです。そしてたいていそういう考えは、公私の公の立場で考えようとする馬鹿な連中が考えることです。そして公の立場で考えることの出来る人間が、人間として優れているように錯覚した二重に馬鹿な連中だと思います。そういうのは安藤昌益に言わせれば、キチガイみたいなアホだということになります。それは生涯治らない不治の病と言えます。
 日本人は優れているという考え方は、同じ国の中にあって、彼我に優劣をつけるに違いないのです。勉強が出来ることだったり、どこかの会社の社長だったりすると、そういうのが優れているとか偉いとか考えるここと繋がるのです。そういう考えは極めて通俗的で凡庸です。また素朴だし原始的だと思います。人間に優劣をつける考え方というのは、仮に人類史200万年と考えると、ここ最近の1万年くらいに湧いた考えだと思います。そしてそれほど遠くない時期に消滅していく考え方だと思います。また消滅した方がよい考え方です。


2026年1月20日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「自分のこと人間のこと」です。

○ たいした仕事もやってこなかったし、年金も少なくて、ぼくのように高齢になってくると手も足も出ません。後悔してもしょうがないし、後悔もしませんけど、人間の世の中っていやなもんです。思いやりだの助け合いだの、べらべら言っているやつは多いですけど、一度はひっぱたいてやりたいですね。
 ぼくも厳しい晩年を迎えていますが、同じように、あるいはもっと厳しい現実に直面している人たちもいっぱいいるような気がします。誰と言って具体的にこの人だというのはいませんが、時々外に出かけて見回すこともあって、何となくそんな印象を持っています。
 目の前のことだけでなんだか精一杯ですからね。政治のこととか選挙のことだとか、何にも考えません。勝手にやってろってことです。頼みにも相手にもしてないってことです。

 世の中はどう見ても不平等ですよね。をれはみんな分かりきっていると思います。そして平等がいいと教える人はたくさんいます。でもそう教える人も、世の中の不平等は是認していますよね。不平等な世の中でうまく立ち回って、その現実の枠組みに乗っかった上で、よそ事みたいに平等が正しいなんて教えている。その時点ですでに平等ではないです。

 本当に平等の実現を考えていたら、のんびりとゆとりある老後の生活なんて送れるはずがないんです。送るのが悪いのではないんです。実現には高いハードルがあって、それを超えていこうとしたら、やはりせわしない、ゆとりのない生活に追われることになるはずだと思うのです。別にそれが正しいというのでもありませんが、存在倫理がそれを強いてしまうような気がします。そしてそのことについては可能な限り、だらしないことの方が正解ではないかなとぼくは考えたりします。逆説的に聞こえるかも知れませんが、過度に倫理的というのは余り肯定できません。そもそもそういう純粋さで人間というのは生きられるものではないです。頭に描くことができるだけです。


2026年1月19日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「憂鬱な季節」です。

○ 動物と人間を分かつものは何かと考えると、人間は極端に脳が発達し、そのことによって幻想領域を発達させてきたと言うことだろうと思います。
 幻想領域とは、現実とは異なる、想像・空想が展開される領域のことで、いまのところ人間だけに与えられた領域だろうと考えられます。ですから、人間性とか人間らしさ、人間的などという時は、この幻想領域を抜きにして語ることは出来ないんだろうと思います。
 観念的で、非物質的領域です。

 現実世界に対して、人間は膨大な幻想世界を構築してきました。幻想世界の構築は極めて人間的な行いです。これは人間の特徴でもありますから、無限に幻想世界を広げていくことが人間的な行いのはずです。これによって人間はますます人間的な豊かさを増し、豊かな人間形成がされて行くと誰しもが考えるはずです。

 ぼくの見たところでは、この幻想領域を拡大していくことについて異を唱えた人が日本人の中でただ一人います。それは江戸時代の青森は八戸在住の町医者でもある安藤昌益その人です。彼は文字の読み書きをはじめとして、学問や芸術・芸能・文化的なこと、あるいは一部技術文明的なことについても否定的でした。そう言うのは余計なことなんだ、なくして行った方がいいんだという考えでした。
 そうした彼の考えの根底には、人間が生きていく上での基本は専ら田畑を耕し、自ら生産したものを食料とする、そういうあり方が一番よいのだという考えがありました。そして全員が自給自足的に農耕に従事したら、学問芸術などやる暇も余力もないだろうし、その必要もないのだと言っています。

 簡単に言いましたが、実際に安藤の著作に触れてもらうのが本当はいいわけです。ここでは詳しい説明は省きますが、ぼくは安藤昌益の幻想領域全般に対する批判と否定に衝撃を受けました。

 安藤には、頭でする考えは際限がなくて、あるいは心の悩みにも際限がなくて、考えれば考えるほど永遠に深みにはまり込むだけだとい言う考えがあると思います。つまり頭や心を耕しても、田畑を耕すのとは違って収穫はないんだと言うことです。どこまでも永遠に掘り続けるしかなくて、中毒的なんだと考えていたと思います。これは人間性を大切にする近現代の考えと真っ向から対立するものだと思います。

 日本だと弥生時代、農耕がうまく出来るようになって余剰が生まれました。それによって古代人にもゆとりが生まれ、言ってみれば以前とは違って余計なことが出来るようになりました。それが幻想領域の拡大につながり、また寄与したのだと思います。
それからは拡大の一方で、日本文化が花開いたと言われますが、どうなんでしょう。余剰はどのようにして産み出され、使われるようになったのか。幻想領域の拡大は、そのことと密接に関係しているような気がします。つまり、余剰から生まれた知識や芸術のような幻想領域を所有して上手に立ち回るものと、逆にそれに振り回されるものとに分断されて来たという気がします。
 昔は前者が少なく、後者の数が多かったのですが、現代は逆転しています。圧倒的な数が拡大した幻想領域を所有するようになりました。一部所有しない人がいて、立場は弱いですし、さらに所有するもの同士での内ゲバみたいなことも頻繁に起きています。これはもっと乱れていくだろうなと、ぼくは思います。


2026年1月18日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「統轄考」です。

○ 冬の東北や北街道は寒くて、電気、ガス、灯油など暖房の経費が掛かります。これに食料品をはじめとする物価高が続いて、身も心も懐も凍てつきそうです。仕方ないですから家の中でも多めに重ね着して、じっと丸まって春が来るのを待つしかありません。
 こんな我々と違って、一年中元気いっぱいなのが政治家ですね。自民と維新がくっついたと思ったら、今度は立憲民主党と公明党がくっつくそうです。解散総選挙も行われそうです。政治の世界は不況知らず、不景気知らずで、税金の投入を惜しみませんね。
 何か、選挙、選挙で、政治家はほかにやる仕事がないんでしょうか。選挙が仕事みたいになって、いろんな課題、問題は先送りされている気がします。選挙を重ねても何の進展もなく空白、空転が続くだけのようですが、いかにもいろんなことをやっているかのような言葉が飛道具のように飛び交います。
 ぼくらは少々貧しくても、安定した生活を望んでいるのですが、それさえも脅かされるような昨今の状況です。政治家も含めて社会をリードする人たちは、頭もよく口も達者な人たちだと思いますが、そう言うことは余り役に立たないんだなとつくづく思います。経済的にも安全保障的にも、すごい実績を上げたって言う人は、ここ最近はないんじゃないでしょうか。一般の生活者の目にはそう見えます。なんかもう国民生活とは別次元のところで騒いでいるというか、本来の主戦場ではないところで相争っているというか、酷いもんだなあと思います。ホントに役に立たない。うんざりです。


2026年1月17日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「いまある日本社会の起源」です。

○ 現在の日本を見る時に、人によってそれぞれ見え方が違うと思いますが、ぼくならばぼくなりの見え方があります。そして見えているそれが、どうしてこうなっているのだろうと考える時に、どういう過去があってこうなったのかと考えていくようになると思います。
 つまりこうなった理由の主たる原因は、ひとつは過去に遡って考えると分かりやすいというのが一般的なことです。日本で言えば、明治時代、江戸時代と遡ると、逆に現在に向かってどのように変わってきたかが見えてきます。

 ひとつの見方でしかありませんが、現在の日本を現代日本社会と見ると、それは現代日本国家社会ともなります。社会の上に国家が乗っかった社会と言うことです。これが現代の日本社会です。

 本当はいまの日本社会を理解するためには、丁寧に歴史を下って順次考察していけば一番よいのでしょうが、ぼくらには時間も余裕も、そして必要な資料の持ち合わせもありません。それなので、一挙に起源に遡ろうとします。
 現在日本の社会は国家が乗っかった社会だと述べました。じゃあ日本社会に国家が乗っかったのはいつかと考えれば、そこが現代の日本国家社会の起源だと言えると思います。そしてそれは大和朝廷成立時だと考える考え方もありますし、いや奈良朝だ、あるいは完成形は平安時代だと考える考え方もあると思います。
 ぼくは学者でも何でもないので、ただ便宜的に大和朝廷が成立したあたりを起源だという考え方をします。日本社会に初めて統一部族連合国家が一応の形としては成立したという時期です。
 ぼくはここに、現在の日本社会にまたがる階級制、不平等性、上下、尊卑、支配被支配などが制度的形式的に確定したと考えています。統べるものは必ず民のことを第一に考えてなんてことを言いますが、そのように考えようが考えまいが、支配は支配です。他人をまとめたり支配したりが、同じ人間でありながらひとりが行うと言うことは現在に生きるぼくらには承服しがたいことです。それは現在でも、総理大臣という形でか、象徴という言葉で濁していますが天皇という形でか、残像と言いますか残影と言いますか残っていると思います。

 それ以前は連合にいたらない単独の部族国家が乱立していました。小国家、初期国家群です。これが統一され、連合したところで日本の原型としての国家あるいは国家社会が成立したと、ぼくらは見なしています。そしてそれはひとつの大きな共同体に、強大な権力と権限をひとりの人間に持たせる装置、機関になっています。これは不自然で不合理だとぼくらは思っています。それが民主主義国家、自由主義国家、国民国家、あるいは社会主義国家、共産主義国家を標榜していようがいまいが、国家は国家です。

 人間社会の進歩発達と言うのはよい側面ばかりを捉えて言われがちですが、ぼくはこの頃、功の拡大と罪の拡大と両面に起きるものだという気がしています。つまり歴史が進む進み方というものは一方的によいことが起こっていくというのではなく、同時によくないことが必ず起こるというように考えるようになっています。功罪相伴うというようなことです。
 ですから一方的に進むばかりの文明の進歩発達に不安を感じます。功の拡大、罪の拡大がどこまでも進んだ時に、どんな罪の拡大になっているを考えるとぞっとします。功の拡大ばかりに浮かれていられないんじゃないかと、思ったりしています。それなので、時々こんな面倒なことを考えたりしています。最近の若い人などは特にこんな面倒なことに付き合うのは嫌だと思っているでしょうから、無視されます。ぼくも若かったら無視するでしょうから仕方のないことです。


2026年1月16日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「功罪半ばする社会」です。

○ 大学紛争とか受験戦争とか、いっとき社会問題化したこともあるのだが、メディアでは今時になると受験シーズンという言葉が当たり前に出ている。
 ぼくは学校も受験も無くなった方がよいと考えていたから、ああ、何も変わらなかったなあと言うのがいまの思いだ。社会それ自体が、ロードローラーが道のでこぼこを平らに固めるように、余計なもの、邪魔なものをぺしゃんこにして、無かったかのようにしてしまう。もうだれも声を上げるものもなく、シーンと静まりかえっている。

 受験生たちはどうなのだろう。当然と受け止めて、粛々と受験に臨んでいるということなのだろうか。受験をしない、出来ない子どもたちも、納得をして受け止めているのであろうか。送り出す先生たちは、どんなことを考えているのだろう。
 そうしたところは余り外に出ていないという気がする。あるいは出てもいるのだが、
ぼくの目にとまらないと言うだけなのか。あるいはもっと大きな問題の影に隠れて見えにくくなっているということか。

 高校無償化の話があり、その先に大学無償化の動きもあるようだから、将来的には大学の進学率はもっと高くなるかも知れない。そうなると無試験で入学と言うこともあり得なくはないかも知れない。改革は進むだろう。がしかし、流れは遅い。


2026年1月15日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「いまだ手に届かない」です。

○ よくよく考えると、赤ちゃんの頃には誰もがちやほやされて育つと言えるのではないだろうか。例外はあるかも知れないが、もう定かではない自分の幼少期を振りかえってみて、何となくそうだった気がする。
 自分の場合、そのちやほやされる経験は年を重ねるに従ってだんだん下降して行き、中学生くらいになると終焉した。ちやほやされなくなる。
 この一連の流れはとても日本的な気がする。そしてこれがぼくらの無意識や潜在意識に与える影響は少なくないのではないか、と言う気が少ししている。

 小学生の頃、よく空を飛ぶ夢を見た。夢の初めは疑心暗鬼でいるのだが、念じると容易に空に浮かぶことが出来て、自在に飛ぶことが出来た。だが少し飛び続けていると、必ず落下しそうになる。そうして落下せずに、なんとか飛び続けていられるようにと工夫したり、必死になって努力し続けたりするところで夢は終わる。

 空飛ぶ夢の物語は、詰まるところ周囲からの評価に対して過敏な自己意識の表れなのではあるまいか。ちやほやされた経験が次第にしぼんで行くことへの不安が、そんな形で夢に現れるのかも知れない。

 以前、日本人は過保護に育つと言うことがよく言われたことがある。生まれた時から母親がべったり付き添って育てる。母親だけではなく、家族中で大事に育てるというのが日本的な子育てだった。生活様式はずいぶん変わったが、また二世代、三世代がいっしょに生活するという形も激減したが、子どもをかわいがるという昔からの日本人の心性は、まだ残っているのだろうと思う。そこではどうしてもちやほや育ててしまい、自立性は育ちにくい。だんだんとちやほやされなくなると言うことが、自分の評価が低くなっていくことだと勘違いもしやすい。これが社会性の攫取と絡んでくると、いわゆる不登校や引きこもり傾向に影響を及ぼすことになるかも知れない。まあ、いまはそうしてことの思いつきの段階でしかない。


2026年1月14日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「命の震え」です。

○ 昨日免許の更新に出かけ、無事更新してきました。左目は視力検査表を全く認識できなかったけれども、右目、あるいは両眼で、なんとか合格ラインがクリア出来たようです。
 平日の午後に行ったせいなのか、免許センターはそれほど混んでなくて、ちょうど1時間ほどで再交付されました。事前に高齢者研修も受けましたし、様々な混雑回避の対策が取られての結果かなあと感じました。日頃公的機関には悪態をついてばかりいるぼくですが、いろんな改善が行われていることを知ることは有益です。とは言っても、悪態を止める気はありません。
 利用者としてはいちいちセンターに足を運ばなければならないと言うことは億劫ですから、たとえば3年間無事故無違反なら自動的に更新されるとかやってもらいたいです。違反や事故があった場合だけ研修を受けて更新するとなるといいと思います。

 相変わらず「安全協会」と言うものが存在するようで、入会希望の有無を聞かれました。至る所にそう言う謎の協会が存在しますが、はっきり言えばこう言う中途半端な団体は無くなった方がいいとぼくは思います。何かの目的のためにお金を集めても、組織の維持と人員のために結構な経費を使っていることが多いです。天下り先にもなっていると思います。こう言うのが罷り通るというのが日本社会の嫌なところのひとつです。


2026年1月13日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「蕩尽」です。

○ 「掲示板」に、nishiyanさんが「水詩 #22」を投稿してくださっています。どうぞそちらもご覧ください。

○ 運転免許証の更新時期になって、今日か明日、あるいは来週かと考えていますが、億劫です。いっそ返納しようかという気にもなります。でもまあ更新するつもりにはなっています。
 以前は問答無用で更新するしか選択はありませんでしたが、こうやって年を取ってくると、問答無用と言うことがなくなったり薄くなったりして、結果、決断が遅くなってしまうようです。最悪、更新しなくてもいいやと言う気持ちも起きてきて、なかなか大変です。年を取らないと、こういうことは分からないし、問題にもならないのですが、年を取った当人には結構な問題になります。
 山に登る時と下る時とで膝に掛かる負担が違って、下る時の方が負担が大きいと言う時があります。そんな感じでしょうかね。以前だとなんと言うこともないことが、年を取ると意外とメンタルに影響を与えるとか、そんな気がします。
 気分、体、頭の働き、そうしたもののバイオリズムというものがあるのでしょうね。そうしたもののバランスがとれている時と、そうでない時とがあるようです。最近はちょっと、よくない方に向かっている気がします。何をしてもすぐに疲れを感じます。


2026年1月12日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「無為の力です。

○ 兵庫県知事を巡る問題がメディアに出るようになって、3年近くになろうとしている。斉藤派と反斉藤派に分断され、その決着はなかなかつかないでいる。
 当初から、この対立に別に目新しいものはないよと思ってきた。いずれごり押しでどっちかが勝つというような決着の仕方はこれまでにも見てきた。どっちかに勝ってほしいという気持ちも自分には初めからない。ただ野次馬としてみれば、斉藤知事側が負けることが妥当だと考えていた。しかし、反斉藤側の主張に加担する気もなければ、それがよいことだと考えもしなかった。自由主義も民主主義もとりあえずの考え方に過ぎなくて、現実にはそれらもまた力として機能しているだけだからだ。そういうものをぼくは認めない。
 自分の、考える者の立場から言えば、両サイドとも否定の対象だ。
 そもそも県政と言っても江戸時代には藩政であり、さらにその前は守護や地頭などの役職でその地を管理した組織の現代版ということになる。
 わたしは今でもそうだし、ずっと一般生活者の立場で考えているから、そこから言えば力による強制で統轄下に置かれることをよしとしない。つまり、県政などというものを心の底、腹の底では認めていない。もっと言うと、無くなる方がよいと思っている。不耕貪食。民からの租税で耕さずに食うことを覚えた連中が、何のごまかしもなく正しいことだけを行うはずがない。行えるはずがない。わたしはそう考えている。
 だから兵庫県の問題は、県政における内部対立で、内輪もめとしか見ていない。そんなのは勝手にやって、勝手に決着をすればいいだけである。

 ただ、わたしの目には些細なことでしかないこの問題が、思いもかけずに長引いているそのことにちょっと首をかしげてしまう。斉藤派にしても反斉藤派にしても、同じ熱量でずっと争うことが続いている。彼らを駆り立てているものがいったい何なのか。そういうところがよく分からない。
 このわからなさが、わたしには新しいと感じられている。つまりありきたりの対立や問題に過ぎないのだが、その後の展開の仕方に、これまでとはちょっと違う次元の新しさが出てきているように思われる。これをどう理解したらよいかというのが、いまのわたしのこの問題に対しての関心事になっている。


2026年1月11日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「ひとりの人へです。

○ 世界人口は82億人と言われています。このうち日本は1億2310万人余り。ちょっと想像がつかないくらいですが、これでみな同じ人はいなくて、違っているわけです。
 世界では82億分の1、日本では1億分の1になりますが、これは自分や周囲の人たちだけがそうだというわけではなくて、誰にとっても自己存在は82億分の1だったり、国の人口数分の1となります。
 82億人の方が分かりやすいので、それで考えると、別人がそれだけいるわけです。顔つきや身体ももちろんですが、思考や感情も違うし、意識に思い浮かべていることも82億分違っています。で、ひとりひとりみなバラバラですし、個々人がどう思うかは別として、みな孤独に存在していると言うことは間違いないことです。友だちが10人いるとしても、82億人はぼくの存在すら知らないのです。

 82億人で考えると、自分は人間としてダメだなと考える考えも、逆に自分は優秀だと考える考えも、いずれもはっきりとした根拠がないということになります。つまりそこには主観的な思いしかありません。そしてそういう主観的な思いは意味がないことになります。ぼくらはその82億人について、ほとんど何も知らないと言っていいわけです。

 どう言えばいいでしょうか。ぼく自身について言えば、ぼくはぼく自身のことをあまりにも大きく考えすぎているような気がします。頭の中はほとんど自分のことで占められています。たぶんそうなっているんだと思います。
 そうだとすれば、他の82億人も、だいたい同じように頭の中を占めているのはその人自身、本人だということになると思います。

 どうでしょうか。よくぼくは、自分のことが分からないのに他人のことが分かるか、なんて言い方をしてきました。これは逆の言い方も出来て、82億人も人がいて、そのほとんどを知らないで自分のことは分かるんだろうか。こういう言い方も出来る気がします。

 うまく言えなかったですけど、要は自分の周囲とかその集団とか小さいところに限定せず、82億人などと言う大きな分母をもってくると、値が変わってくると言うことです。狭苦しい場に自分を置いて考えるのと、広く大きな場に自分を置いて考えるのとでは、自分の見え方というのもずいぶん違ってきます。82億分の1となると、初めからいてもいなくてもどっちでもいいわけです。で、結論は、あんまり自分のことなんか気にするな、と言うことです。どのように生きたっていいということです。82億分の1ですから。大勢にどんな影響もないです。影響を持つのは二人称に対してだけです。

 思うように考えが広がらないので、ここでやめます。


2026年1月10日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「初心を綱渡るです。

○ 弥生、縄文、旧石器と時代を遡るほど、生活は素朴でシンプルだったんだろうと思います。狩猟採集や農耕は当時は欠かせないことだったでしょう。食料となる獲物などが捕獲されたら、それを食べます。それがまず欠かせない当時の一大事業でしょう。
 火起こしや火種の維持もとても重要事だったと思います。それから住まい探し、簡単な初期の家づくりも大事だし、石で作られた調理用具も大事なことだったに違いありません。それから土器の制作ですね。一応の満足のいく衣食住、それが当時の人たちの課題だったと思います。

 生活、生存のための必要最低限のことが行われていたと思います。食料の調達、食事の準備、食事してその後の片付け。それと衣と住です。
 この辺が人間の基本形、基本となる柱で、これは現代まで通底することです。
 人間はこういう中で、生まれ、育ち、大人となって結婚をし、子どもを作り、今度は自分たちで子どもを育て、そして老いて死ぬということになります。
 こうしたパターンや流れというものは、今日までずっと続いているわけです。歴史が進んできても、基本のところはあまり大きく変わらずに、ただこの衣食住にいろんな変化、変異が付け加えられてきています。これを逆にたどるようにして、飾りとか豪華さとか余計なものを剥ぎ取って行くと、過去の祖型にたどりつくわけです。

 古代から古代以前では、こうしたことに主として能力を使っていたと思います。作業や労働時間として見ると、一日の4時間程度が当てられていたんじゃないかなあと言われています。そうすると、そのほかの空き時間が結構あります。ゆとりがあって、昼寝をしたり雑談をしたりという時間がたっぷりあったのではないかと考えられます。ぼんやり空を眺めたり、山を眺めたり、季節ごとの景色を眺めたりという時間もあったことでしょう。日本古代の生活の祖型、生涯の祖型というものが、すでにその頃に確立されていたように思います。そしてこのことは現代にまで通底する生活の祖型、生涯の祖型と見ることも出来ましょう。

 前述までのことを念頭に置いて考えると、現代人は余計なことをいっぱいやっていると思えます。このことを一本の樹木に例えて言うと、古代から古代以前の生活は樹木の幹にあたる部分だと言えます。それは現代まで通底しているものです。ですが、現代人は技術文明の発達の恩恵も得て、幹だけではなく、枝葉の部分にも余力を用いて花を咲かせたり、見栄えのよい枝葉を広げるようにもなりました。さらに言えば、幹を強く太くする努力よりも、主力を枝葉をきれいに飾り立てる、そういう方向に力を傾注するようにもなったと思います。主客転倒の現象が見られるようになりました。自給自足を忘れ、輸入大国になっていると言うことも、そうしたことのひとつの表れのように思います。
 すべてがうまく回っている時はそれでもよいと思います。ですが、人間としての太い幹の部分がボロボロになったのでは、いざ何か起きた時には咄嗟の対応が難しくなるんじゃないかと思います。枝先に実がたわわについても、幹が枯れたり腐ったりしていれば倒れてしまうでしょう。
 現代社会を一望すると、枝先の華やかさ、賑やかさはかつてないほどに充実していると見えます。ですが、幹の部分、生活の基本、生涯の基本といった肝心の部分が不安な方に変質してきているような気がしてなりません。地殻変動みたいに根源から崩れ始めているような、そんな気さえします。これはぼくらでは、はっきりと解析したり分析してみせたり出来ないことで、ただ漠然と、そう感じていると言えるだけです。そしてメディアから何から、どこにも信じ切れるものはないよと声に出すのが精一杯のところです。その先は銘々がそれこそ自己責任で考えていくしかないよと思っています。ガードを堅くしてファイティングポーズを取るみたいなことです。師も弟子も持たず候という気概が必要です。やれるところまでやってアウト。そう言うことかもしれません。そしてそう言うことでいいんじゃないかと思います。嫌ならばやらなければよいだけのことです。ぼくにしたところで、明日になって止めたと言いかねませんし、そうなったらなったでまた別にやり直すという、ただそれだけのことかと思います。


2026年1月9日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「進む頭脳化社会です。

○ 人間がよいことをしていると思ってやっている時は、共時に悪いことを行っていると考えた方がよい。たとえば分かりやすい話で言えば、最近熊が多く街場にも出没し、被害が出ていると言うことがある。これは以前に熊の絶滅を憂いて、環境保護を訴える個人や団体が駆除規制に動いたことが遠因になっている。
 一方でよかれと思ってやったことが、時と場所が変わり、逆の現象を産み出すと言うことはよくあることだ。
 そして今度はよかれと思って駆除の規制を解除したことにより、思わぬことが起きてしまう可能性がなくはない。
 安藤昌益が言うように、「善悪でひとつ」。この世界には、そして特に自然界には純粋善という現実、現象もなく、純粋悪についてもまた然りである。それらはすべて人間の都合でもって善だ悪だと言っているに過ぎない。本当は善悪入り混じっての現実である。

 人間が考えると言うことは、人間社会に便利さをもたらしたり、発展させたりする利点としてあることは言う迄も無い。しかし上述のように考えてみると、意識しないところで逆効果をもたらす欠点や弱点があることも予想できる。
 その上で、現代社会を眺めてみると、頭脳偏重主義とでも呼びたいくらいに、人々は頭を働かせ、時に、働かせすぎているのではないかと見えてくる。

 江戸時代は農民が9割ほどになっていて、彼らの頭の働きは農作業などの肉体労働に紐付けされていて、必ずしも自由に飛翔できたわけではない。だが現代においては、肉体の活動に紐付けされる部分は少なくて、個々人によって全く自由奔放に頭を働かせることが可能になってきている。
 SNSやYOUTUBEなどのニューメデイアをのぞき見ると、その盛況ぶりから頭脳活動が盛んに行われていることがよく分かる。肉体労働で人手不足という現象も、その表れのひとつのような気がする。

 かように頭脳活動がかつて無かったほどに盛んになってきているとぼくは思うのだが、こうなってきたことは不可避であり、今後さらに加速していくこともまた不可避であるとぼくは思う。そしてそれは人間の持つ頭脳の特徴であり、癖でもあると考える。放っておけば、人間はみな究極の、考える生き物、あるいは考えるだけの生き物になってしまう。
 自分自身を考えると、頭の活動、考えたり感じたりする活動は、最終的にはコントロール不可能になる気がしてならない。
 それでいったい何か悪いことが起きるかというと、今のところぼくにはよく分からない。ただ頭脳の暴走する未来を思う浮かべ、それがちょっと怖い。ほっとくとそうなる。
みんながみんな考える。知識をため込む。そうなると、人間はそれを外に出したくなる。みんながみんなそれを外に出すようになると、収拾がつかなくなりはしないか。そう思うのである。その時の社会はどうなっているであろうか。考えようとしなくても考えてしまう。現在にもそういう兆候はあるのだが、コントロール不可の状態で、社会は秩序を保てるだろうか。
 これは解剖学者、三木成夫さんの未来予測の言葉に近いものだ。精神を働かせすぎ、それぞれの欲望が跳梁跋扈する世界。抑制装置としての理性も超える欲望渦巻く世界。それを規制するための心の復権を、三木さんは強く願ってもいた。

 精神と心情と身体とが、ほどよくバランスが取れた状態の人間を、おそらく安藤昌益は「ごくふつうの人」と考えていたように思う。ぼくは人間としての完成形、その理想の姿を安藤などが言う「ごくふつうの人」の内に考えてきた。そこでは、頭の働きを過大に評価しない、過剰に信じない、普段にそういうことをしていないと、そこに近づけないものと思ってきた。逆に言えば、意識というものを疑ってかかれば「ごくふつうの人」に近づいていけると言うことでもある。

 残念ながらぼくらの考える未来社会は、先の「ごくふつうの人」の暮らしを中軸に据えて考えており、豪華絢爛で華々しい社会、神の国や極楽浄土を想定してのものではない。その意味ではあまり人々の気持ち、興味を引きつけるものではないかも知れない。しかし本当の理想郷というものは、ごくどこにでもある、過酷ではない普通の場所ということになるのではなかろうか。人間には適応する能力が備わっていて、そんな場所でも理想郷にし得るのである。


2026年1月8日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「正月の朝の鏡です。

○ 山間の小さな集落に実家があり、そこにはまた小さな神社があった。子どもの頃、何度か元旦にお参りしたことがある。
 神社と言ってもその頃にはもう名ばかりになっていて、小山のてっぺんのそこに足を運ぶ村人はほとんどいなくなっていた。兄は物好きで、さびれていたからこそ登り、ぼくも後を追ったりした。新年を迎えるというただそれだけのために、普段とは違うことをやりたくなり、小さな村ではそれくらいのことしかなかったと言うことだったと思う。神社信仰とか、深い意味合いはどこにもなかったと思う。村の人たちにも関心は無く、その証拠に小さな祠も、そこまでの階段も、整備の手はほとんど入っていないことが常だった。
 ただ、正月を迎えるにあたって、七福神の絵を描いた紙を地域を束ねる神官からもらってきて家に飾ると言うことはしていて、粗末な神棚のそばにそれを貼っていたという記憶はある。でも、もうその頃はずいぶん廃れて、わずかに風習として残っていると言うくらいの感じだったように思う。

 ぼく自身が神社に参拝したのは、結婚してこどもが出来て、七五三をしなくちゃと考えた時だった。仕事の関係で大きな神社に近い街場に引っ越して、それから何度かお正月になると神社に足を運んだ。ぼくの中では、その頃の一時的な流行に過ぎない。子どもが大きくなるにつれて遠のいた。

 日本人と神社について熱く語りたがる人がいるが、実態はそんなものじゃない。要するに都会と過疎地とよく似た構図だ。賑わっているのは大きくて名のある神社であり、田舎の隅々にまで入り込んだ小さな神社や祠は寂れきって、人の気配さえ薄くなっている。こういう実際に目を向けずに、薄っぺらく、神だの神道だの神社だのと持ち出すのは、酷く馬鹿らしいことだ。中身のない虚飾をあれこれと騒ぎ立てているようにしか見えない。
 つまりそういうことを騒ぎ立てているのは都会人だけであり、その大部分は五穀豊穣の祈願とは縁もゆかりも無い人たちなのだ。薄い知識だけを持った馬鹿たち。そんな馬鹿たちの精神論にいたく感心する、さらに上の馬鹿たち。日本の言論はこういう連中に占められている。
 仏教は齋事専用と化した宗教で、神社は祭祀、祭事に特化した宗教に過ぎなくなっている。どちらも時代から要請されて興隆を極めたが一度死んでいる。つまり飽きられ、民衆から見放された。立派に、あるいは豪華絢爛に整備された神社仏閣を見れば分かる。下品な言い方をすれば、神も仏も民衆を見捨て、民衆から離れ、その代わりに、力も金もあるパトロンや後ろ盾を得たからである。それを元に、参拝者を呼び込むことに血道を上げているだけだ。ぼくには、そのようにしか見えない。かつては貧しい民衆の代弁者ともなり、支援者とも同伴者ともなったのに、いまにその姿はない。


2026年1月7日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「小粒の王です。

○ 詩や小説を読んで感動したり感激したりしたことがあるので、他の分野の表現やパフォーマンスに感動したり感激したりすることも理解できると考えている。
 なので最近評判になっている映画、「国宝」についても、そうなのかと考えるくらいの関心はある。題材となっているのは古典芸能の一つである歌舞伎だが、昔から教養ある人たちの格好の対象となり、格調高いもののように喧伝されていて、ぼくには縁が無いという感じだった。
 江戸時代には町場の町人たちの娯楽として盛んだったと理解しているが、いつの間にか一般人には敷居の高いものに感じられるようになり、教養人御用達の芸能事のように庶民からはかけ離れて行った印象がある。

 能や文楽や歌舞伎や落語などの古典芸能の発祥は、ある意味時代的な要請から生じ、よく時代を反映させたものが社会に受け入れられ浸透した。だから時代が経れば経るだけ廃れていく必然性を持っている。
 しかし、日本の古典芸能は衰退し、消えて行くことが少ないのが特徴的だ。一言で言うと、古い伝統的なものを維持、支援する動きがどこからともなく沸き起こる。その極端なものが、継承者の中から優れたものを「人間国宝」として遇する仕方を国として行ったりしている。
 ぼくなんかはすぐさま、過疎地に住む高齢のおじいさんやおばあさんの方が、よっぽど「人間国宝」にふさわしいんじゃないかと思ってしまうのだが、国というものは旧態依然として、名のある者たちにそうした称号を与えることになっている。優劣のつけ方考え方が全く違うのだ。権力者や権威者の考え方はどうしてもそうなる。その考えの底には、言葉には出さないが、ある共同性の中で頂点に立つ者が偉いんだ、優れているんだと考えるエリート主義があると思う。つまり自分たちを偉いと思っていて、もしくは自分たちを偉いと思ってほしくて、称号の贈り先を考えたり、贈り方をしているように思う。

 何かに秀でていると言うことは、たとえば大谷選手のようにメジャーで大活躍する人もそうだが、すごいね、たいしたもんだねと誰でも思う。そういう活躍は万人が認めるところで、これは何もわあわざ国が認めなくても良いという気がする。かえって、無名で、誰にも知られぬ人の、誰もが気づかぬ価値を掘り起こして、これをみんなに納得できるような形で公にして称号を付与する。そういう真反対のことを国が出来るようになったら、ぼくら庶民は国を見直すことになると思う。それが出来ないうちはダメだし、そもそも国というものは初めからそういう偏りを持ったものと言えば言える。


2026年1月6日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「いまはまだ旧世界です。

○ 人間の頭が生みだす幻想はいろんなものが混じり合い、混沌としています。これを便宜的に個人幻想、対幻想、共同幻想の3つに分けて考える考え方があります。人間的な関係性で区分した時の捉え方になります。個人的な幻想。対的な幻想。共同的な幻想。とまあ、そんな風なことです。
 これとは別な概念になりますが、一人称、二人称、三人称という言い方があります。こちらは人称別の言葉となります。

 カテゴリー的には全く無関係ですが、何となく近縁にあるという気がします。個人幻想は一人称の世界です。対幻想は二人称との関係の世界であり、共同幻想は三人称との関係の世界だと考えることが出来ます。

 一人称の死は体験できません。体験する時には終わっています。二人称の死が一番痛切で、心が傷ついたりもします。三人称となると、「本日の交通事故死8名」などのように、あまり心に深く入ってきません。
 普通に暮らしていて、人間にとって一番濃密なのは何かと考えると、この二人称であり対幻想の世界なのかなと言う気がします。逆に希薄に感じられるのは三人称であり共同幻想の世界なのかなと思います。

 そこで、日本は先の大戦で、特攻隊というものが組織されたりしたわけですが、これは人間の死が三人称で考えられたからというように思えます。意識的にそう考えたんじゃないかと言うことと、結局共同幻想というのはこの三人称を基軸に据えて捉える考え方を意味しているんじゃないかなと思いました。三人称、第三者的、どう言ってもいいのですが、切実さ、当事者性、そういうところが欠けてしまうのかなと思います。共同性、組織性が優先されるところではそうなってしまう。

 ぼくは一人称、二人称、個人幻想や対幻想のところを切実に感じ大事にしてきたような気がします。しかし、そうした時に共同幻想、組織性、第三者的世界は敵対的になってしまう気がしました。抑圧するものとして作用してきます。
 ですが、世の中的には、自己を共同幻想側に置いて物言う人が多くなったなという気がします。SNSの世界では、特に多いという気がします。この世界は人間を第三者的に見て、そして人の死を軽く見ます。どんなに言葉で繕ってみせても、先見的ですし、それが当人たちには分からない。それはぼくには怖いことです。


2026年1月5日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「冬の朝日です。

○ 今年の運勢は凶と出ました。パチンコ店はお正月の大盤振る舞いはありませんでした。非常に厳しい現実でした。お客はほぼぼくのような年金生活者です。わずかな年金で楽しみたい客に、無い袖は振れないとばかりに、店側のガードは堅い堅い。そればかりか、わずかな年金をむしり取ろうとかかっているようです。貧乏人を狙う追い剥ぎと変わりありません。露骨です。ここ30年の景気の低迷や下降を、パチンコ業界は実証してくれている気がします。上向きの兆しは今のところ、どこにもないです。

○ いまから3、40年前になりますか、吉本隆明さんが、日本経済について超資本主義社会、消費主義社会に進んだという考察をされていました。ぼくはそういうものかと吉本さんの文章を読んでいた記憶があります。簡単に言えば、消費が生産を引っ張っていく時代になったとぼくは受け止めました。その頃は円高になっていて、それ以前の輸出と輸入の関係が逆転する現象が見られました。
 学者の間では円高派と円安派とに分かれていました。ぼくは円高のままで良いと思っていましたが、当時の日本政府は急に円安方向に舵を切ったという印象をぼくは持っています。ぼくの中ではこれが間違いで、一挙に経済が冷え切っていったと思っています。
 この辺は無学なものの戯言と思ってもらっていいのですが、ぼくは戦後の高度経済成長を支えた輸出業者への忖度も働いてのことかなと考えていました。吉本さんの説は、ぼくは、これからの日本は輸出大国を維持するより、輸入大国となって生き延びるんだと言うように受け止めました。間違っているかも知れませんが、そう考えました。なので、日本政府の方向性はちょっと違うんじゃないのかと考えていました。でも、円安にして輸出に活路を見いだそうと政府はしてきたわけで、これにはまたいろんな事情があったかと思います。ぼくはそれほど熱心に経済について考えたわけではないので、ホントのところはよく分かりませんが、いずれにしても政府の策によって経済の立ち直りはいまもって為されていないと思います。

 きちんと勉強していないので経済について述べる資格はないのですが、一般の生活者レベルで考えると上記のような考えや感想になると言うことです。


2026年1月4日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「国民の力です。

○ 今日は日曜日だが天気が悪い。なので懸案のパチンコ競技に参戦してこようと思う。これで今年の運勢を占ってみる。今日は明日より一日若い。明日より元気。であれば、明日よりはちょっと幸せ。やれること、やりたいことはやっておく。では出陣。行って参ります。


2026年1月3日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「自分の解剖学基礎編です。

○ 「掲示板」に、nishiyanさんから投稿いただきまして、「新年詩シリーズ」今年版が見られます。そちらにもどうぞ立ち寄ってみてください。

○ 昔からでもあるし、また最近でも不思議に思うことがあって、「古事記」「日本書紀」には富士山が一度も登場しないと言うことがある。それと同時に、そのあたりから東北方面に向かって、「記紀」に描く世界からは全く認知されていないし、無関心か無視かのような扱いしかされていない。ここがずっと気になっている。全く異質の世界のように扱われている。
 要は現代のように日本全土という捉え方は為されていなくて、ほぼ半分の西日本だけが「記紀」の世界である。そこからは東日本はまるで外国扱いなのだ。実際、大和朝廷成立時においてもほぼ西日本が統一されただけであり、覇権は東方には及んではいない。それでいながら「記紀」世界からは、全体を統一したかのような観が漂っている。つまりそこで一応の目的は達成されたかのような言質も見られる。

 西方すなわち西日本の覇権争いに、東方、東日本の住民たちは無関係、また無関心であったのであろう。歴然とした文化的異質性から、交流がとても薄かったと推測される。西日本には渡来文化が浸透し、東日本にはまだ強く縄文文化が残存していた。渡来文化の影響が及ぶ範囲が、当時はまだ近畿や、中部地方あたりまでだったと言うことかもしれない。西日本の豪族たちは、とりあえずのそこまでで、西日本の統一王となる必要性が生じていたのだろうと思われる。

 現在の日本人は、主に渡来系弥生人の子孫と縄文人の子孫とが併存しているようだが、数の上では圧倒的に渡来系弥生人の子孫が多いそうだ。ぼくらもその一人と考えると内心ちょっと複雑である。要するに征服した側の子孫じゃないかと思うわけだが、そうすると、少し申し訳ないなあと思ったりする。もちろん純粋な縄文人の系譜も弥生人の系譜もなく、交雑しているだろうから、みな兄弟と言えるのだろうけれども、なんか複雑である。ただいずれにしても、争わない系の縄文の心象に影響される人間でありたいとは考える。


2026年1月2日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「わたしたちの願いです。

○ 昨日パチンコに行くはずが行かないでしまった。特に理由は無い。出かける支度をしているうちに、ついついテレビを見るうちに何となく気持ちが失せた。そのままテレビやネット動画を見て終わった。寒かったせいもあるかと思う。
 今日はよい天気で、洗濯した方がましだと思って洗濯した。初パチは明日にお預けだ。

○ 個人における意識と、現在社会における国家社会の政府とは、よく似ている気がする。意識は肉体の上に成り立ち、政府は国民や領土の上に成り立っている。そしてその機能とか役割とかというのもよく似ている気がする。意識は個人の代表や象徴のように振る舞い、政府もまた国家の代表や象徴であるかのように振る舞っているのではないだろうか。
 だから意識にとっては、国家とか政府とかは意識の中で既知であり、これを取り出して外に作り上げると国家になり、政府という機構になったという話ではないか。そしてどちらも、個人を、か共同体を、かの区別はあるが、統御や統制、また管理機能を有する点でもよく似ている。

 こういうことで何を考えているかというと、個体における意識の発生とその進歩発達は、太古の集落の発生と拡大拡張の方向性、及び統御のための管理棟の役目を持つ組織形成と密接な関係があるかも知れないと言うことだ。
 そうしてもしかすると、個体においては意識というところに、自己に対しても他に対しても支配的である権力の構造が隠れているのではないか。そこまで考えないと、権力の問題は片付かないのではないかと思っているところだ。そういう意味ではあらゆる集団というものは個にとってはモビルスーツであり、個すなわち個の意識はそれの司令塔でありたいと願うものであるという気がする。

 人間も本来は集合物で、いろんな統御の機関を持つが、脳によって生まれる意識は、主に行動の統御、指令などを行っている。考えようによっては意識は個を統御しようとし、そのことによって支配的である。もっと言うと自己に対して権力的である。そうしないと個としての統率が取れない。その働きを外化して、集団とか共同体に当てはめたのが集団の指導者ということになる。そしてこのことは、指導者も一般の構成員も自分の意識の働きを通じて、すでに飲み込み済みのことであるのかも知れない。だから全体として許容し合う、そういう関係が成り立つのではないだろうか。
 そしてもしもこういう考えのどこかに真実が一部でもあるとすれば、ただ共同体や共同幻想自体の解体を考えるだけではすまないのではないかと思えてくる。
 もしも個人の意識に権力や支配の起源があるとするならば、その構造を解かずして共同体の権力、支配の問題を解くことは出来ないかも知れない。個人のそれは微小だが、本当はそこに最終、最後の問題が隠れているような気がする。


2026年1月1日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「2026年元日です。

○ 皆様明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。
 皆さん、よい年をお迎えでしょうか。昨日からの今日ですからね。特段変わっていることもないでしょう。それでもお正月、新年と言うことで、少し華やいだ気分かも知れません。

 今年を占う上で、ぼくは神社にお参りに行っておみくじを引くと言うことではなくて、これからパチンコに行ってみようかと考えています。好きですから。
 で、お店がお祝い気分で玉をよく出しているようなら、今年の景気は良くなるかもと考えることにします。反対に、出し渋っているようだったら、いっそう景気が落ち込むだろうと、そう予想を立ててみたいと思います。パチンコ占いですね。
 ぼくが行く店は、一玉が2円、1円、0.2円と、3種類あります。昔は4円だったのが、お客に余裕がなくなって、店側は集客のためにどんどん貸し玉一個の値段を下げていったわけです。台は、0.2円が8列。1円が18列。2円が2列だったかと思います。ぼくは2円で打っている人を金持ち層と考えることにしています。1円が中間層で、0.2円は貧困層と考えることにしています。本来ならぼくも貧困層になるのですが、見栄を張って1円で打ちます。
 最近は0.2円が大盛況で、空き台がないほどです。当然のことですが、1円、2円の台だと大当たりがないとあっという間にお金が消えて行きます。0.2円だと、少ないお金で長くパチンコが楽しめるということになります。最近の客は自己防御もありますから、0.2円に向かうということになっていると思います。でもまだ1円の台数が圧倒的に多く、日によって、時間によって、1円の台にも客が集まったりしています。2円の台はほとんど見に行きませんが、土日だと客の多い時間帯だと半分くらいの台は埋まるようです。
 それではこれから1年を占う戦いに出かけようと思います。皆さんも思い思いのお正月をお過ごしください。


2025年12月31日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「何も知らないからです。

○ 大晦日ですが、いつもとさして変わらない一日です。朝は日差しも出ていましたが、今は曇っています。午後には雪が降り始めるという予報です。夜も降り続き、明日の元日は真っ白な景色で迎えるかも知れません。

 ここ一週間くらいは最低気温がマイナス4度前後だそうです。いよいよ寒さも本格的になってきます。皆様お体に気をつけて、風邪やインフルやコロナにならないようにお過ごしください。それでは、よいお年を。


2025年12月30日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「今より若い明日はないです。

○ 年取るとちょっとね、内向的になりすぎるというか、内向きになって元気がなくなったりするものです。なので時々、夢とか希望とかを探したりしないとやっていられません。そこで今日は無理矢理、毎日がベストコンディションという考え方を工夫して、自分に言い聞かせることを試みました。
 まず一日単位で考えて、そうすると、明日は今日より一日分老います。ですが、明日は明後日から見ると一日分若いわけです。

 老後の現在から自分の未来を展望すると、何一ついいことがないのです。お金持ちになるとか、女性に大もてになるとか、絶対あり得ないことです。健康についてもそうで、あちこち劣化するばかりです。
 ですから逆に劣化した未来から明日の自分や現在の自分を見るようにすると、つまりそちら側だけから見ると、十分に元気で溌剌としているわけです。瀕死や危篤になった自分から見返せばそうなります。まだまだなんでも出来そうだということになります。

 まあ、自分を奮い立たせるためのちょっとした戦略です。こうでもしないとやってらんないと言うこともありますので、大目に見ていただきたいと思います。こんなんでも結構、やってやんぞ、やっていけるぞ、と言う気持ちになります。


2025年12月29日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「老いを追って行くです。

○ 今日は「嘘」について触れてみた。いつもの思いつきだ。すぐに思ったのは、「言葉があるから」と言うことだった。言葉がないと「嘘」をつくことが出来ない。こう考えた時にあっと思った。人類は言葉を持つまでには嘘がつけなかった。これは自分としては面白い発見だった。動物も植物も、もちろん無生物も「嘘」をつかない、つけない。「嘘」をつくのは人間だけだと言いたいところだが、人間の赤ちゃんも「嘘」がつけない。
 ざっと考えると、宇宙広しといえども、今のところ明確に「嘘」をつくという能力を備えているのは、言葉を使うようになった人間だけということになる。

 もう少し「嘘」について考えると、けして「言葉があるから」と言うだけではすまないのだが、あえて深入りしなかった。収拾がつかなくなる。言葉がなかったら嘘がつけないと言う、表層の薄皮一枚だけを言う方が面白い。
 そして、一人の生涯と言うことで考えると、言葉を持たない赤ちゃんと、言葉は使えるが「嘘」をつく必要性やその機会がぐんと減る老後とは、同じように「嘘」から離れていると言うことも面白いことだ。まあ、人によって違うが、「嘘」を多く口にするのは青年期から壮年期と言うことに一応はなって、これもまたちょっと興味を引かれる。

 ここ最近だと警察に逮捕されている立花孝志という人が居ますが、この人は「嘘」とホントの境界が、自分の中でも無くなってしまったというような人で、意外にも現在社会を象徴する人だというようにも見えます。今の時点では本当とされていることが、しばらくすると本当ではなくなることがたくさん出てきています。医療や保健の常識とかですね。少し昔で言うと天動説とかですね。かつて人間社会が真実だと流布していたことが、ことごとく真実ではないと明らかにされてきています。それらは無意図的ですが、「嘘」であったことには変わりがありません。これは科学や物理の世界でも起きていますから、信じられるものは何もないということにもなりましょう。誇張して言うと、言葉そのものが「嘘」になる宿命を負っていると言えそうですし、根源にある意識そのものが非常に曖昧なものだという気もします。信じるという作用とか働きとかですね。これは人間という種の生命的な戦略に過ぎない気がします。生きるための必要上、こういうものを使うと言うことですね。人間である以上、ぼくらはこれを否定することは出来ないわけです。

 まあこんなこと自体も考えてみれば上記のことに抵触するわけで、不毛と徒労の所業になりかねませんが、依然としてこんなことをやっていくわけです。宿業とでも言うのでしょうか、行くところまで行くということになるかと思います。


2025年12月28日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「言葉と世界です。

○ 男性と女性の境界。正常性と異常性の境界。また健常性と障害性との境界。それらの境界をクローズアップして無限に拡大していくと、境界と信じていたものが定かでなくなることは観念的には理解されると思う。
 そして時代的に見れば、ここしばらくの間はそれらの境界は曖昧になる方向に進んで行くに違いないと考えられる。もちろん現在はまだはっきりと境界は引かれているし、時に、より鮮明に境界が線引きされる可能性はある。だがその揺り戻しは断続的なもので、大きく長い目で見れば、次第に境界を失っていく方向に進むと予測される。そしてそれが正解だろうとぼくは思う。

 それぞれの境界が強調され、強化されるようになったのは世界に国家が乱立するようになってからだ。国家意志はいずれの国家の場合にも富国強兵を目指すもので、その体制を明確にするために線引きが必要とされたのである。経済性、有用性、生産性、効率性などの観点から、選別が余儀なくされて行った。紀元0年から現代までの2000年はそういう時代であった。それ以前と未来とは、これとは違ってもっと曖昧なものであったし、曖昧になっていくはずである。そこから考えると、ここ2000年の歴史の方が特殊である。
 現代に生きるぼくらは、様々な線引きや境界を当たり前のように考えているが、これは一つの価値観であって、価値観は変化するのが通常である。

 資本主義社会は、こうした歴史的流れの一つの頂点であり、到達点であると思う。これが永遠に続くとは思えない。今のところはまだ、超資本主義とか超消費主義社会とか資本主義の名残をとどめたものでしかないが、現在社会は、特に先進国社会はいずれかにシフトしたがっているものの、まだ展望が開けずに身もだえしているかのように思える。

 問題は酷く簡単なのだ。世界には問題が山積しているが、要するにこれらを是正する方向に進むしかないのだ。どれだけの時間がかかろうが、人間の歴史、人間社会の進む方向は、こうした問題を是正し、解決する方向に向かうしかないはずなのである。その意味では目標や目的ははっきりしている。これを達成する方向に向かうのでなければ歴史は途絶え、人間世界は終焉を迎える。
 まあ一種の与太話にしか過ぎないのだが、今のところぼくはそう考えている。もちろん時間の有る限り、あらゆる可能性についても考えていくつもりでは、いる。


2025年12月27日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「タイシュウです。

○ 太古の人々が暮らした洞窟が遺跡として調査されたりしたが、中には壁画が残されていたところもある。そういうものを芸術や芸術作品の先駆けと考えると、元をたどればどんな芸術も、時代時代の、普通の暮らしの中から普通に生まれ出たものだということが分かる。絵や音楽や物語だってそうだ。しかし、そうしたものに芸術的な価値を見いだすようになったのは大分後のことに違いない。

 初期の芸術は遊びと違わないものだった。それらはまた、実用性と非実用性へと分岐していった。非実用性には遊び心が伴い、此方の方が今日的な芸術に昇華していった。

 まあそんなことを考えるのだが、要はこの非実用性にかまけていられるようになると言うことは、社会生活にゆとりが生じたと言うことでもあると思う。そうでなければただの穀潰しの所業である。穀潰し。芸術は虚業でしょう。非生産的なものです。

 芸術でも芸能でも、元々はそういうところから出発している。
 ある一部の人間たちが、どうしてそういう方向に向かったのかはぼくにはまだよく分からない。が、次第に支援者、後援者も得て、その道を極めることで生計を立てることさえ出来るようになっていった。

 現代、現在の芸術、芸能事もハイリスクであることには変わりない。だがエンターテイメントとして脚光を浴び、また古典芸能の継承者として人間国宝と讃えられるなどその界隈は賑わって大いに繁栄もしている。

 実用性や実業、生産者たちの遇され方とは真逆だ。これはどう考えたらよいのだろうか。国民大衆がどちらに好奇の顔を向けているかは明らかだ。
 今だって本当は非生産的職業であり、そういう行いをしているに過ぎないのだが、大いにもてはやされているというのも事実である。
 つまり初期人類社会からは、すっかり逆転した社会や世界になっている。初期からは反転した社会や世界なのだ。身体が不用扱いされることとパラレルな関係になっている。同時に、動植物、自然界から、いっそう遠ざかり、その方向に加速していく未来ということも予想されてくる。

 こういうところで別に嘆いたり、悲観したりしようとしているわけではない。ただそう言うようにしか考えられないと言うことを言っているだけだ。そしてその先についてはぼくには何も分からない。


2025年12月26日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「老後の仕事冬編です。

○ 地上から戦争を無くすにはどうしたらいいか。ぼくはすぐに答えることが出来る。新年のカウントダウンみたいにして、世界中でいっせいに政府や政府代理みたいな機関、組織をなくしてしまうことだ。ついでに国家の枠組みも無くす。
 日本の場合だと、都道府県などの自治体が残る。どの自治体でも兵士も軍備も持たないから、戦争の仕様が無い。江戸時代だと武士がいて藩同士で戦うこともあり得たろうが、今の都道府県の有り様だとそういうことにはならない。つまり、そこのところまでは戦わなくてよいという段階に来ている。
 これが弥生時代後期とか、古墳時代の始まりにかけては今の都道府県よりも小さい単位で争っていたような形跡もある。そういう単位ではもう争わなくてもいいんだ、と言うところまでは、社会は成熟してきたと考えることが出来る。
 日本がそうなんだから、世界的に考えても例外はあるが似たようなものだと思う。すべての国の政府と体制が一瞬で消えると、それぞれの自治体しか残らない。太古に戻って、氏族、部族で争うということにもならないだろう。
 これをずっと単純化して考えていくと、世界平和の弊害となっているのは常に国益を考えてばかりいる政府であり、それを擁した国家であると言うことが出来る。そのように思わない人もいるだろうが、ぼくはそう思う。
 だって、互いに文句を付けあい、罵りあったりしているのは政府だったり政府周辺の人間だったりしているだけだからね。そこらがスポッといなくなったら、かえって、まあまあだとか、なあなあだとか、もう絶交だ、くらいで丸く収まりそうな気がする。それに自分たちの生活に一生懸命だったら、ほぼほぼ遠い地域への関心なんて持たないわけだし。
 ヨーロッパやアメリカやアフガンや中国やロシアに関心を持つほどに、隣県に関心を持ち、詳しく知っている人がどれくらいいるものだろうか。ぼくにいたっては、宮城県内も実家の栗原市と現在の住居の富谷市、せいぜい知っているのはそれくらいで、細部になると全然知らないことも多い。

 だいたいみんなテーマが大きすぎるものな。身の丈を考えなくちゃ、と言う話だ。テーマは大きくてもいいのだけれど、それにはまず足下をしっかり固めないと。みんな頭でっかちで、政治家なんてみんなそうだ。

 現代人は文明人、文化人というところまでは来ているわけだから、ここを信頼したらもっとよい社会作りだって出来そうな気がする。なんかもう一押しなんだな。法律でもないし、教育でもない。今のままなんだけど、全然違ったものになる。そういうマジックみたいなことが出来ないのだろうか。いやあ、まだまだ分かりません。


2025年12月25日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「チャーハンです。

○ 自分の背丈に平行に世の中を見ていると、人の発言というものはそれぞれに説得力を持って、こちらを襲ってくる。その度にそう言われればそうかもと思ったりする。まっすぐ平行に見るから、その角度では話者は一人しかいないことになる。その話者の話が終わって次に向き合う際も、一人の話者と対峙するという仕組みになる。つまり、そういう位置では対の関係の連続である。
 少し斜め上に浮かんで見下ろすと、視界いっぱいに話者の顔が見え、みな思い思いに言葉を発している。顔の数だけ違った言葉が呟かれている。言葉は途切れることなく、まるで仔虫が湧いて出るように、あちこちに飛び交う。
 見ると、みんな血の海に浮いている。立ち泳ぎに疲れて沈む者もいる。少しして浮き上がり、必死に隣の者にしがみつく者もいる。隣の肩や頭の上に乗っかる者もいる。息を抜いたらそれまでだ。血の海の底に沈み、絶えず動き続けるみんなの足裏に邪魔されて、浮き上がることも出来なくなる。
 もちろん自分もその中の一人として、闇雲に手足をばたつかせている。もう一つの中空に浮かんだ意識で「さて、どうしようか」と考えても、どうしようもないと思うのがいつものお決まりのパターンだ。
 斜め上空から血の海の自分に意識を戻すと、その光景はまったく別物になる。平穏で退屈な日常が目の前に横たわっている。顔を上げると曇天の冬空があり、その下には静まりかえった団地の見慣れた光景がある。いつもの部屋の中で動画を見たりネット上を渡り歩いたり、飽きて部屋を掃除したり、意味もなく冷蔵庫を開けてみたり、と言う日常の中だ。

 個に沈み込んだ視野と、社会に浮き上がった視野とではずいぶんと様相が違う。たぶん無意識に行ったり来たりしているのだが、無意識ゆえの混乱もあるに違いない。そこをすっきりさせる考え方もあるのだろうが、それでまるごと収まるかというとそうではない。収まらないところが残る。その部分はどこまで行っても解決つかない気がする。


2025年12月24日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「教育の現場です。

○ クリスマス。異国の祭りだが、楽しいところだけちゃっかり懐に入れる。だがぼくらのような老人には無用の祭りのようになっている。聖書も読まない。

 遠くない昔に、宗教に帰依したいと考えた時期があった。キリスト教か仏教か。目の前のどちらかにすがりたいと思った。実行はしなかった。自分の中に信仰心が築けるとは思えなかった。首の皮一枚を残した生活へと、歩いて戻っていった。
 扱いかねる空無な心は、時の経過に伴って重さをなくして行った。

○ 今日の作に少しだけ触れて言うと、一番気にかかることは、小学校低学年児童の中に、まるで3歳児くらいのわがまま、幼稚化現象が見られるという話だ。これはそれまでの生育環境の問題を暗示させるもので、根の深さを考えさせる。家庭や家族の問題に直結し、これまでであれば、いろいろなことがあるにせよ、家庭や家族は順当に子どもを育成する場として機能していた。その機能が、少し変わってきたと言うことだと思う。
 本来なら3歳児あたりに潜るべき過程を潜ってこなかったからかどうかなどはぼくにはよく分からない。
 ただ子どもの発達段階というのはよく研究されていて、それは数千年、数万年の歴史的な背景も組み込んだ上での考察であり、その段階は誰もが概ね同じような経過をたどると考えられていた。
 ぼくにとってはだから、いま、想定外のことが起きつつあるのではないかという考えになる。そこに、教員たちの精神的な疲労が行き着く場所、精神的な疾患であったり性的な逸脱であったり混乱であったりがある。こうした問題は以前から少しずつ現れていた問題だと思うが、看過できないところまで来ているのではないか。ぼくはちょっとそう思っている。家族や家庭の自然な子育て機能が、もしも自然なことではなくなってきているとすれば、この変化はものすごく大きな問題をはらむとぼくは思う。もちろん心配は大きい。だが、ぼくに出来るのは心配するところまでだ。


2025年12月23日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「現在進行形です。

○ 子どもの二極分化、知識や技術の早い習得と逆の幼稚化。それが進んでいるような気がする。だが、両方に通じるものがあって、それは成長における自然な階梯が両者に失われていると感じられる点だ。
 子どもはほっといても成長する。ぼくらの常識はそう言うものだったが、どうもそうは言えないようになってきているようだ。昔あった子どもの成育時の環境が今はなくなってしまって、均一的、標準的な育ち方というものがなくなってしまったのではないか。かつての環境は自然環境であり地域の環境だったりしたが、いま子どもたちを取り巻く環境はそういうものではなくなってしまった。成長過程で子どもたちを四六時中取り巻いているものはまったく個々バラバラになって、下手をすると幼児期から共通体験はなくなって行ってしまっているのかもしれない。
 このことが子どもたちにもたらす影響は未知のものであり、ちょっと予想も出来ない。

 ぼくが現役の先生の頃もそうだったが、たとえば地域の協力を求めたりしても、地域の人たちとの交流の実際は、どうも作られたもので、本音と建て前で言えば建前の交流に過ぎなかったように思われる。建前が子どもたちに通用するはずがない。けれどもずっとそういう路線を続けてきている。その交流は過去の自然な見守りなり交流なりとは格段の違いがある。
 大人たち、先生たちが考えることはそんな程度で、失ったものを適当に見繕ってその空白にはめ込もうとする。小手先の、間に合わせの対処だ。根本から失われた自然環境や地域の環境を取り戻そうとはしない。元に戻そうとはしない。
 それが子どもの成長にとってよいものだと後から分かっても、それは取り戻せないから代わりの似たもので補おうとする。だが作り物で代わりが務まるわけはないのだ。
 自分たちで捨ててきたのである。社会を根っこの部分から変えてきたのである。見栄えのよい葉や花のために、根や幹の部分を作り替えてきたのである。あるいは周囲の自然や土壌まで作り替えてきたのである。
 頭で、ああすればこうなると考えてやってきたのだが、その弊害までは予測していなかった。150年なのか80年なのか、とにかくいろいろなものの積み重ねが今日になって弊害として露出してきているのだと思える。
 国の根幹、基盤が完全に崩れ去ろうとしているとぼくには見える。先に観念的な滅亡、亡国がすでにあり、やっと現在に至って現実化したものとぼくは考える。
 これは絶望の兆しかと言えば、ぼくはそうではないと思える。壊滅するものは根源から壊滅した方がよい。そのほうが始まりの序章としてはふさわしい。
 心あるものは慌てふためかずに、推移を見守り観察するのがよいと思う。またそれしか出来ないし、しない方がよい。未知への対処だから安易な結論は持たない方がよいと思われる。生活の単調さの方に降りていくと、案外豊かな展望が開けたりもする。


2025年12月22日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「外には雪がです。

○ 年末、師走の大掃除。誰が考え、どうして広まったのだろう。面倒でしょうがない。寒い。出来ればやりたくない。ガラス拭き?風呂場のカビ取り?水が冷たい。
 ご先祖たちの嫌がらせ。子孫に対するいじめ。どうも、合理的とは思えない。毎日あちこちコツコツと順番にやっていればよいだけのことで、出来れば暑くも寒くもない時期にやればよいだけのことではないか。
 そうは言っても実際には物がたまり、汚れもたまり放題。ここは無理してでも年の瀬に頑張ってやらないとゴミ屋敷になる。

 昔は大掃除を含め、いろいろな風習が生きていて、そういう時期になるとぱっと気持ちの切り替えが出来た。今はそういう風習に強制の力がなくなってきて、ぼくのようにだらだらと理屈っぽく考えて、面倒なことは極力回避しようとする傾向が強くなった。おそらくだが、ぼくのような下層民ほど、そういう傾向になっているのではないか。知らんけど。

 正月に餅をつくとか小豆を煮るとかもなくなった。古来からの伝統や風習をないがしろにして、おまえは非国民だって言う奴らもいるかも知れないが、それだって日々の暮らしにゆとりと満足があればこそだ。それがなくして伝統だ風習だと言っても始まらない。

 ぼくらは糸の切れた奴凧みたいに、日本的なものからも、西欧的なものからも離れてふわふわ風に流されている。自由を求めた代償である。少し自虐的に言うとそういうことである。ぼくらはこうなっていくより仕方がなかった。こうなったら最後までこれを全うしてみせるしかないと、今はそう考えるほかはない。日本的も西欧的も、あるいはそれ以外も、何が最適かの答えはまだ見つかっていない。まだまだ探索の旅は続く。


2025年12月21日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「言葉と声の一考察です。

○ 学問や知識の研鑽というものは、専門的な組織だとか集団とかでなければ有用にならないというのは、今のところは正解だと思います。そしてますますそういう傾向を帯びてきているのだろうとも思います。そうしますと、無意識的に学問や知識の占有という現象が起きてしまいます。
 これは面白くないことです。専門外のものは口を挟むなということになるし、もちろんだんだん口を挟めなくなって行きます。逆に言えば専門外からは、関心をなくして行きます。専門家は大勢に広めたいと思うのでしょうが、しかし、入り口を閉ざしているのはそれら自身です。
 ぼくが知る限り、境界を取っ払って考えることをしたのは吉本隆明さんただ一人です。吉本さんは詩人、批評家、思想家などと呼ばれましたが、そういうカテゴリーに収まらない人でした。収まってもいいのですが、収まらなかったと思います。ほかの人たちはみな何かに収まったと思います。詩人とか学者とか。学者になる人が多いかと思います。つまり、つまらなくなります。ぼくはそういう見方をしてきました。吉本さんはそういう世俗的な何ものにもならずに、在野にあって思考を展開しました。一人の何でも無い生活者の位置を維持し続けながら思索を展開しました。それを支えたのは詩人であり文芸批評家というカテゴリーだったかも知れませんが、ほとんどの詩人は創作活動を続けるために、学者になったりして食いつないで行く中で、吉本さんはそれをせずにやっていけた人です。
 何が違うかというと、言葉や思考の自由度が全然違ってきます。忖度して言えなくなると言うことがなくて、何でも言えるということになると思います。そのことはとても大きなことです。
 たとえばぼくは小学校の先生の経験がありますが、そういう中だってちっぽけなことですが制限というものが起きます。言ってはいけないと言うことが出てきます。外から制限を受けるだけでなく、内側からも起きます。そういうのはどこにあっても有るといえば有るのですが、桁違いに自由さが違います。ですから自分で自分を制限しておいて自由を論じるなんて言うのは根本からしておかしいのです。ですがほとんどそうなっています。
 ぼくのような貧乏な老後の人間は何でも言えます。馬鹿なことも言えます。馬鹿と言われてもいいわけです。間違ったことを言ったら訂正すればいいわけですから。自由です。自由な人が自由に表現する。みんな何でも本音で言うようになればいいと思います。で、専門家でいいことを行っているものがいれば、いい考えや言葉が有れば、それを自分の中に取り入れていけばいいわけです。ですから、無名は無名で結構面白くやっていける道はあります。


2025年12月20日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「『男と女』論です。

○ 半導体がどうこうという話から、メモリが高騰し、パソコンの価格が跳ね上がるだろうという予測まで聞くようになった。
 そうなったら、もうこうした試みも続けられなくなる。終わりかなと思う。今使っているパソコンもずいぶん長く使ったから、そろそろ寿命が尽きてもおかしくない。新しく買い換えたり出来ないだろうから、この試みも自然消滅と言うことだろう。激安の中古パソコンにLinuxを入れて、シンプルにアップデートすることも考えられるが、いまさらOSを変えて、どこまで使いこなせるか心許ない。
 きっぱりと止めた上で、昔のように紙に書いたとして、その時は公開先もないわけだから、紙くず同然のゴミになるだけだろう。すっぱり止めるのが無難かなと思う。

 パソコンはよいことが3、よくないことが7。よくないことは、嫌な商売をするパソコン市場だからと考える。仕方のない面もあるが、可能域と便利さの広がりが、パソコンおよびアプリのグレードアップを常に要求してくる点だ。使い続ける間、ずっと税金のように一定支払い続けるシステムが出来上がって、どこまで行っても金がかかる。世界的にじゃぶじゃぶと、ソフトとハードの両メーカーに注ぎ込む形になっている。かといって、パソコンの機能のすべてを使いこなせるようには進んでいない。どちらかというとシンプルに一部分だけを使い続け、しかし今言ったようにバージョンアップ、グレードアップを追い続けるように誘導される。口で言ったことはないが、これは純然として新手の特殊詐欺の手口である。合法的に、また強引に、そういうところへ引き込まれる。

 スマホもそうで、ぼくらは携帯電話のままでよかった。携帯が使えなくなると言うことでスマホに移行した。もちろんより便利になってもいるのだろうが、それらの機能はぼくらにはどうしても使いたい機能というわけではない。それなのに移行に迫られて移行せざるを得なくなった。あれこれ考えてみると、一方的に供給サイドに「やられて」しまっている。高度技術文明に、なるほど浸ってはいるが、考えたほどに快適になった何事もない。栄えるのは供給する側だけなのである。
 高度文明、高度文明社会というのも同様なので、ぼくらにもたらされる恩恵というのは、思うほどのことではなかったと言うべきである。かえって上層の者たちに恩恵が及ぶシステムだ。たまにでしかないが、にっこりと笑う麻生太郎なんかを見ると、心からそう思う。あれはたっぷりと恩恵を手にしているものの笑顔だ。そりゃあ一生懸命政治を、仕事を、やるようにもなるでしょう。すればするほど恩恵も増す、そういうレールを築き上げたんでしょうから。「それはようござんした」と、言葉を投げかけるより仕様がない。ほかにはどんな言葉もかける気にはならない。ぼくからすれば、そういう人、人、人で、この一部の世界はあふれて見える。


2025年12月19日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「秋から冬にかけてとです。

○ AI、人工知能というやつですが、ずいぶんと進化してきているようです。それ自体はそんなもんだろうと思いますし、いいんじゃないかなと思います。
 ところでこれは真逆に近いかも知れないですが、日本文化、日本精神ですね。ヨーロッパの文化人類学者などが高く評価しているようです。レヴィー・ストロースなんかはずいぶん日本に期待を寄せていました。しかし、戦後の日本については自虐的に映ったようで、古来のものを含めて西洋とすっかり入れ替えようとする動きが見えることに不安を持っていたようです。
 ずいぶんと難しいところなんですが、古来からの日本的なものがすべてよいとかすべて悪いとか、ぼくは思わないですね。それから西洋を含めた諸外国の考え方も、すべてよいとか悪いとかも思わないです。ただ日本というものの特殊性というものはよく考えます。
 先の学者は、正確な言い方は出来ませんが、日本は世界の希望の星だみたいな、そんな言い方をしているところがありました。ぼくはすごく納得しました。共感するところがありました。それで日本はすごいすごいと言いたいわけではありません。そうではなくて、なんと言いましょうか。世界の融合点と言いますか。あれもこれも受け入れる力を持ち、その上でなお独自性を保持するという奇跡的な文明、文化の国だと考えるわけです。これまでは、そうだったと思うのです。で、これからもそのようにあり続けるかどうかは分からないところなのです。
 AI化と言うことですが、標準化、ふつうの国化。ここをちょっと見誤らないでほしいと思います。軍隊を持ち、核を持つというような、普通の先進国化。これは一番いけないんじゃないかと考えています。いやあ、もう少し勉強が出来ていれば、もっと言うことが出来るんだと思いますけど、まだちょっと難しいです。


2025年12月18日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「不幸ごっこの世代からです。

○ 振りかえって考えてみると、ぼくら世代が子どもから大人へと成長していく過程は、いわゆる高度成長期に向かっての、ある意味よい時期だったんじゃないかなと思います。つまり、活気があって盛り上がっていた。もしかすると時代としては幸福な時代だったも知れません。そしてそういう時期だからこそ、かえって精神的には根暗っぽい、そういうことが流行った気がします。
 現在はどうかというと、表面的には「暗くないんだ」アピール、明るさ、軽快さで覆われている気がします。特にテレビCMなんかを見ていると、そういう雰囲気作りがなされているなあと感じます。ですが、経済的には停滞したり、下り坂だったりします。
 これは何かなと考えますと、すぐに太宰治の「右大臣実朝」で語った、「アカルサハ、ホロビノ姿デアラウカ」という言葉が思い浮かびます。

 経済的に明るい時は精神の色調は暗く、経済的に暗い時期は精神の色調は明るい。そういうことが言えるかなという気がします。まあ、酷く大雑把な捉え方、言い方に過ぎませんけど。
 「アカルサハ、ホロビノ姿」として、現在はどっちなんだろう。経済は暗さに傾いている。精神的には明るさが強調されている。「ホロビノ姿」なのか、「リュウセイが約束された姿」なのか。

○ 高校の時に太宰治さんの小説をたくさん読みました。一番本腰を入れて読み、一番影響も受けました。その結果として、ぼくは小説家になるとかではなくて、仙台の小さな町工場に就職しようと考えました。
 進路指導というものがあって、担任の先生に、そういう形で第一の希望を伝えました。
 ぼくが太宰治の小説から学んだことは、そういうことでした。それはぼくの太宰治の読み方でもありました。

 結果的にその考えは挫折しました。なれるものならなりたい、そんな漠然とした考えしかなかったからです。

 つまり、ものすごく、平凡な暮らしにあこがれがありました。平凡な暮らしは現在がそうであるように、ずっと続くあこがれです。しかし、ただひとつのことが違います。平凡な暮らしに身も心も捧げて、しかも満足と楽しさを感じるようになりたかったわけです。ですが、どう頑張ってみても、心と頭とは、そうはうまくいきませんでした。どうしても、ただの生活者としては余計なことを感じ考えてしまいます。
 今でも、ぼくの理想は、余計なことを考えない百パーセントの生活者です。そのようになりきれなくて、仕方なく、こういうことをやっているんだと思っています。ですから、うまく理想に行き着けなくての内面のくすぶりと言いますか、それを何かで解放しないとやっていけないと言うことでこうしているんだと、自分では考えています。
 あくまでも第一志望は生活だけの生活者で、文学的なこと、思想的なことは副次的です。どうしてもそういうことを考えさせらるから考えているだけです。自分とすれば本当はやっかいで邪魔です。でも考えさせられてしまうから、じゃあ考えましょうかと居直ってつい過激に考えてしまうことにもなっているようです。


2025年12月17日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「憎悪の噴出です。

○ 毎日のニュースなどを通して社会を眺めていると、ここ1、2年は特に、得体の知れない憎悪が噴き出してきているとしか思えない状況になってきたと感じる。様々な事件はひとりひとりの人を介して起きていて、その動機なり事情なり理由なども千差万別だが、その元の方をたどってみると、まるで地下のマグマの動きのように憎悪が滾っているように見える。
 ひとつひとつの事件は、場所を異にする火山の爆発や地震のようなものだが、深層ではマグマの動きや作用がある。そしてその動きや作用が何から起きているかと言えば、それは生命衝動の自然な発露ではなくて、憎悪が発露しているとしか思えない。生命衝動が、動的均衡を失っている。そうとしか思えない。
 現在はそれが少し表面化してきたところだ。今後はこれが頻発していきそうに見える。抑制する力が見当たらない。ありていに言えば、心がむしばまれていく、そういう人が増えていくのだろうと思う。
 こういうことはすべて個人的な妄想だから、ぼく自身は杞憂であればよいなと思っている。また、杞憂であると考えていた方が、実際にもそうならずにすむかも知れない。こうなるこうなると思い込んでいると、実際にそうなると言うことはよくあることだ。なので、こういう思いはその時その時にうっちゃって、白紙に戻しておくことが無難だ。


2025年12月16日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「生ききるです。

○ 小学校中学校くらいまでは、ぼくらの年代は家族の一員であったり、地域の一員という所属意識を持っていたと思います。次の、社会の一員なり国家の一員という所属感を持つまでには、高校や大学と行った中間の段階がありました。もちろん中学を出てすぐに社会人と進む人たちも、少数ですがまだいました。
 そういうステップというか流れがあります。家庭人、地域人、そして社会人へというステップです。最短では中学を出て、すぐに職業について社会人ということになります。最長では大学を出て社会人へ進むということですね。
 で、ちょっと、地域人というところから社会人へステップアップする際に、ひとつの猶予期間と言いますか、余計なステップ場所と言うことで高校や大学がありました。高校や大学は、猶予期間でもありますし、また準備期間ともなります。社会にうまく適応していくために、前もって必要な社会人としての資質を高めておくというような、そういう期間になると思います。
 逆に言うと、昔は中学卒くらいの年齢でほとんどが社会人見習いのような形で社会に入り込んでいたのだと思いますが、社会そのものが高度化したり複雑化したりして、だんだんともう少し育成が必要だということになってきたのだと思います。社会人見習いではなく、即戦力が必要になったために、育成期間を長く取るようになってきたと言うことだと思います。中学を出ただけでは適応するのに苦労するというようになったのだと思います。
 別の言い方をすると、子ども期の延長です。それだけ準備期間を長く取らないと社会に適応していくことが難しくなったと言うことでもあります。先に述べたように、社会そのものが高度化し、複雑になってきたために、職業人になるに際しても、水準を上げなければならなくなってきたのです。

 このあたりのことを考えると、家庭人から地域人へのステップアップはスムーズに行きそうですが、そこから社会人へのステップアップは、スムーズには行かなくなってきているのじゃないかなという気がします。ちょっと分かりません。分かりませんが、なんかそこに距離が生じてきている気がします。少し誇張して言うと、家庭の延長としての地域というのは、首の皮一枚を残して残存していると思えます。ですが、地域の延長としての社会というのは距離が開きすぎてもう成り立っていない気がします。これを教育力で言うと、家庭や地域の教育力では、もはや社会人育成の力としては力不足なんだと思います。対立なのか溝なのか分かりませんが、家庭人地域人に対するに社会人という位相があって、ここがいろいろな意味ですごく離れて感じられます。

 今日はちょっと問題提起くらいで、ここから先に進めそうにありません。
 問題は二つです。難しい社会になったということがひとつ。もう一つはそういう社会に対して、家庭や地域は機能的であり得ているかと言うことです。ぼくはよく分からないのですが、どうもそれぞれがバラバラで、子どもたちは難しい成長を強いられているような気がして仕方ありません。ただ、杞憂に過ぎないと言うことであればいいのだがと思うばかりです。


2025年12月15日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「暇乞いです。

○ 旧石器時代の遺跡物もあり、そこから縄文時代への移行と言うことは、主に土器の出現から言われることなんだろうと思います。その縄文時代がおよそ一万四千年続いたと言われています。紀元0年から2025年の現在ですから、縄文時代はその7倍くらいの期間となります。
 ぼくの知識では、縄文海進と言って、現在よりも海水が内陸に入り込んでいた時期があったと言うことがひとつあります。つまり、その時はもっと温暖だったと考えられます。北極か南極か、あるいは両方かも知れませんが、氷が溶けて海水が多かったのかなと思います。その時のことを地図上でシミュレーションすると、海岸線を形成する周囲に縄文遺跡が残っていて、なるほどと思ったことを覚えています。
 そういう時期だと、東北や北海道も結構住みやすかったのかと思いますし、人口も多かった時期なのかなと推測されます。
 それから九州南方沖の海底火山、鬼界カルデラが起こした7300年前の「アカホヤ噴火」があります。これは相当大きな噴火で、火山灰は関東・東北にまで及んだという話も聞きます。南九州はもちろん、九州一帯は壊滅的だったと言われています。
森林が破壊され、動植物も姿を消したと考えられています。元の姿に戻るまで、200年はかかっただろうと推定されています。なので、南九州はもちろん、九州全体で人口流出があったろうと言うことです。朝鮮半島、および中国へ向かう人々がいたかも知れません。また本州に渡り、東へ東へと移動する集団があったかも知れません。
 たぶんその少し後になると思いますが、青森の三内丸山遺跡に残る集落が出来たりもしています。
 そこから千年二千年たつと、寒冷化が進み、海岸線が下がって行くのですね。もしかするとその頃から北から南へと人口の逆移動があったかも知れませんね。九州、南九州へも人口の戻りがあったと思います。
 その戻りも関係するのかしないのか分かりませんが、弥生時代、弥生文化へと変わっていく時の渡来人の移住が次に続きます。DNA解析などによると、弥生人は渡来系の血が濃い人たちのようで、縄文人とは先祖を別にしているようです。その弥生系の人々が縄文人と混血しながら次第に西日本を席巻して行ったようで、現代日本人は弥生系の血を引き継ぐ人が多いと言います。縄文系は、青森や南九州に少し残るくらいだそうです。渡来系、弥生系の人たちが徐々に勢力を拡大していった様が思い浮かぶ気がします。
 そして古墳時代ですね。各地の豪族が、渡来人とともに渡ってきた大陸側の文明や文化の影響を受け、勢力拡大を図るようになります。主に西日本のことだと思うのですが、倭国大乱とかなんとかですね。この頃から、近畿以北は歴史から取り残されます。というか、西日本の圏外と言うことで、古代の歴史は西日本中心ということになります。
 圏外となる東日本には、縄文人とアイヌ人とがうまく棲み分けしていたのかなと推測したりもしますが、そこはもう推測の域を出ません。まったく分からないです。ただ東日本にはアイヌ語の地名がそのまま残っていると言うことも聞きますから、異なる文化を持つ住民として、争わずに共存していたのではないかという気がします。

 「古事記」や「日本書紀」は、西日本を中心とした覇権争いの記録だと思います。特に冒頭部分の国産み、国作り、あるいはそれらが書かれた以前の天皇の記述、神話化された記述には、遠い言い伝えも含まれ、それを元に潤色したものだと思われます。正しく翻訳できれば、相当程度の事実がそこに含まれている気がします。

 ぼくの古代や前古代のイメージはとても貧しいものですが、おおむねこんなところですね。ぼくは学問する気はないので、これくらいを骨子として十分です。後は塗り絵とか貼り絵みたいにして遊んで楽しむと言うだけです。

○ 前項とはまったく関係ないことです。
 日本人で能力のある人は、日本を出て行くか、出ていかないとすると、国のど真ん中に引きこもるしかないんじゃないかという仮説を立ててみたいと思います。そう考えてみると、日本で活躍できている人は能力のない人、もしくは世界で活躍できないレベルの人たちという考えも出来るんじゃないかと思います。もしそう考えると、よい意味でも悪い意味でも日本という国は特殊な国なのかなと思います。
 日本の子どもたちは小さな時から、いろんな圧や制限とかを受けて育つような気がしますね。一時期言われていましたが、日本の親は過保護だとか子を育てるに心配性だとか。本当は明治期以前は、あるいは約百年くらい前までの田舎は、もっとおおらかな子育てだったと思いますけどね。
 教育の名を借りた国の圧が強くなって、おおらかな子育てが出来なくなりましたね。国の施策の末端の実行部隊が学校なり先生なりということになりました。
 ぼくらの子どもの頃は田舎ですから、農家の子どもたちは勉強なんかどうでもよいというように育っていたと思います。だんだんそれでは通用しないというようになっていったのですね。国主導、文部省主導でそうなっていったと思います。もちろんそこには経済界など外野からの要請もあったのだと思います。それで学生運動が起こったり受験戦争が起こったりしました。子どもたちは国家意志、それだけではなく抵抗勢力の意志にもダブルで翻弄されたんです。ぼくにもそういう影響が染みついていて、こすってもこすっても取れません。それはもう仕方のないことです。一定人の幻想領域は、自然環境および周囲に存在する幻想環境の影響を受けてしか成り立ちません。それを超えて自分なりの幻想を樹立していくことは相当困難なことです。ほぼ不可能だと思います。それでも、いくらかでも普遍に近づきたいというのが、言ってみれば人の業というものです。


2025年12月14日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「以て瞑すべしです。

○ ずいぶん寒くなり、大雪にまでは至らないが、雪が降ったりちらついたりの回数が多くなった。雪を見て、久しぶりという感触はある。これは時間の感覚が、以前とあまり変わっていないことを教えている。つまりは、それほど呆けていないと言うことだ。

○ これから真冬の中に進んで行くという、その序章にあたる部分を経過しているところである。ここらで真冬の寒さが蘇り、嫌だなあと思う。だが実際に真冬というその時期を迎えると、覚悟が出来るからか、なんとか乗り切って行くものである。
 暗鬱な気分というものは、直前のところで起きることが多い。ど真ん中に入り込むと、おそらくはそれどころではなくなって、アドレナリンの作用で別の気分になる。
 人間の孤立というのもそうで、それを恐れるのはそれ以前の段階にあるからである。台風の目のようなもので、比較的ど真ん中は晴れて穏やかでという状態になるのだろうと思う。静謐でさえあるかも知れない。その静謐さは、生涯に一度は経験してみた方がよいかも知れない。引きこもりでもそうだ。案外、社交的な人には思いもしない光景がそこに広がっているかも知れず、知らないよりは知った方が、人間理解の点でも深く広くなるにちがいない。
 温暖な地にいて、局外者の立ち位置に立って、「不幸」とか「痛ましい」と感じることはどこか間違っている。そこは自分の中にある「不幸」や「痛ましさ」を拡大投影しているのだ。つまり自分の中にあるそれを摘出して考察を加え得るのでなければ、孤立や引きこもりについても本当には理解のしようがない。本当の理解が出来なければ、どう扱うべきかについての正しい方策も採りようがない。少子化などもそうだ。成り行きとしては社会はそういうように成り立っていて、現在の社会の風景として、それらは構成する一部としてそこここに露出して見えている。

 不思議なもので、子どもの頃に川で洗濯したことを覚えていて、時々思い出す。冬場は川面に薄く氷が張って、それを割って固形石けんと洗濯板とを使って洗っていた。手が冷たいどころではなく、真っ赤になった。もちろん、ぼくは見よう見まねで、母親の手伝いとして少しだけやったに過ぎないのだが。
 その手を見て、子どもだったぼくの心の表層では「真っ赤」と言う言葉が浮かび、また心の深層では言葉にならないもっとドロドロとした情的な動きがあったのではないかと思う。表層の記憶しかないが、それだけでも、思い出したりすると言うことは、そこまでは行けるというような標にもなっているような気がする。稀に、自信のようなものにもつながることもあるような気がする。
 孤独も孤立も引きこもることも、別に薦めようとは思わないが、同じような作用がある気がする。辛い体験は、後に同じ体験をする人たちを勇気づけるものになるかも知れない。その意味では、現在の不遇こそ力だと、いつかきみに言葉として届けたい。


2025年12月13日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「健常ということです。

○ 健常と異常、健常者と障害者、あるいは病者。この時の健常、健常者にずっと違和感を覚えている。どういうことかというと、そういうものはないという考え方をする。
 簡単な言い方をすると、一般的に生活に支障が出るか出ないことをもって健常かそうでないかを判定する。しかしよくよく考えれば、その判定には確かな根拠がない。専門家であっても、たいていその人その人の基準で判定するものだからである。そう考えていくと絶対的な基準は無いということがわかる。医師のデータを活用した安定にしても同じだ。複数の医師で、しばしば見解が異なることはよくあることである。

 たとえば夏目漱石の鬱病は有名だが、彼の記述した文章から理解されるのは、健常に病的だと言うことである。論理的に思考していった結果が病的になっている。これと反対なのは、非論理的な思考の結果としての健常さと言うことである。明らかにその考え方は違っているとしても、社会は健常者として受け入れる。

 こういう考え方を積み重ねていくと、ぼくの場合は言葉の問題に突き当たる。一口に健常といっても、千差万別である。誰ひとりとして同じであるはずがない。それを一言、健常と言ってすましてしまうと言うことがどうにも不思議に感じる。これは本当はおかしなことなのではないだろうか。しかし、このことを抜きにしては人間社会は成り立たない。
 たとえばリンゴ。ある果実を包括して言う言葉だが、こういう言い方をしないとなると、人間の世界はめちゃくちゃになる。
 あるひとつの果実を手に取って、これをリンゴと言えば、本当はそれ以外をリンゴと呼ぶことは出来ないはずである。なぜならば、手にしたリンゴと同じものはこの世界に存在しないからだ。ただ似たものはあって、人間はそれを総称してリンゴと呼ぶ。これは今のところ人間世界でしか通用しないやり方である。

 総称すること。ひとまとめにすること。抽象して同じと見なすこと。物ではないが、状態のようなものにまで、人間はこの論法で行うことになっている。健常や障害などの言葉もそれらのうちのひとつだ。ひとりひとりの人間がみな違うように、症状のひとつひとつはみな違うが、そういう言葉をかぶせて分かったつもりになる。ここでは言葉は大変便利なものだが、とても危ないものだとも言えると思う。

 結論から言うと、ぼくは健常という概念は成り立たないものだと思う。同じように異常や障害という概念、言葉というものも成り立たないのではないかと思う。ただそこに人が存在しているだけである。これを健常者と非健常者というように二別して、しかも異常者とか病者、あるいは障害者のように分けること自体がおかしなことだと思う。しかし、同時に、このことがなくしてこの人間社会は成立していないということも事実である。ここで言っておきたいことは、一方的に差別化、微細化していくだけではダメで、どこかに総合的な視点が無ければならないと言うこと。差別を無効化する視点。それについて同じように取り組まなければならないと思う。


2025年12月12日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「文明が高度になりすぎてです。

○ お知らせがあります。「掲示板」に、nishiyanさんの「水詩#21」が投稿、掲載されています。そちらの方も是非ご覧ください。

○ 昨日、この欄で「考えた先から世界の方がぱっと転換して、考えていることそのものを無効」にしてしまう、ということを書いた。それがちょっと頭の隅に残っている。

 情報ネットワークの発達も要因のひとつだろうが、現実世界の動向が瞬時に切り替わり、ひとつの出来事を理解しきる前に考えるべき出来事が次々に目の前に置かれる。すると、それまでの思考と脈絡なく提示された問題を考えるために、それまでの思考を放棄しなければならない。イメージとしては、パソコン画面にかけ算九九の問題をランダムに、数秒おきに提示するフラッシュカードのようなものである。それくらいに、次々と問題が目の前に置かれると言うことだ。こうなると、ぼくら人間が考えると言うことは、意味をなさなくなるのではないかという怖さが起こる。考えても、考えたことが意味をなさなくなるとか、考えの元となる現実的な土台そのものが消えてしまうとか、そんな感じで意味を失っていく、そういう怖さを感じる。

 これとはまた少し違って、だが同じことに起因するとも感じられることだが、かつて思想的に根源的、本質的と考えられていたことが、はしごを外されたように、急に視界から消える。そういうことが現実的に起きていて、一個人の一貫した思想的な蓄積というものが成り立たない時代になってきたのではないかという気がしてきている。
 どうも世界の動きというものは、特に経済的、物質的とは異なる幻想領域の動きというものは、ちょっとこれまでの動きとは完全に異質なものに変化しようとしているのではないだろうか。言葉の網をかけて、世界をまるごと論じるというやり方は不可能ではないか。世界はそういう形で動くのではなくて、下位の無意識の動向に引きづられるように動いていくのではないか。

 たぶん、いま流行のデータの集積と解析は社会の無意識の欲望を計量しようとするものだ。それを把握し、それを満足させるように世界は動いていくのだろう。すると、耕されるのも欲望ならば、結実し、発達していくのも欲望であろう。いずれ、またはいつか、平和や平等が無意識の欲望となって、世界を動かすことはあるのだろうか。


2025年12月11日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「誤差にうんざりです。

○ 太古からの歴史を振りかえってみると、着実に進歩・発達が積み重ねられてきたことは歴然としている。ぼくらが望む方向に進んできているように見える。
 特にぼくらが生まれ育った戦後のそれは急カーブで上昇し、その上進歩・発達の加速度は増している。
 現在に至って、その進歩・発達のスピードは尋常ではない。たとえばぼくらがある機械を購入し、多機能の便利さに浸って使い始めると、機能のすべてを知り尽くす前に、新機能の機械が市場に投入される。使いこなす間もなくそれは旧型となり、ファッションみたいにたちどころに時代遅れの烙印を押される。
 スマホやパソコンは、そうしたことの分かりやすい典型になっていると思う。特に最近のパソコン、Windows仕様のOSのバージョンアップや更新はめまぐるしい。セキュリティーの更新まで含めたら、ほぼ毎日インストールをしなければならなくなっている。こうなると、ぼくらは不完全な、未完成の機械を買わされたような錯覚をすら覚える。
 こまめに更新しなくてすむような、ほかの家電みたいに購入時の状態でずっと使い続けていられるような、そういうものがどうして作られないか不思議に思う。なんせ、高度に進歩・発達を遂げた社会なんだから、そんなことは朝飯前でいいはずである。ところがそうなってはいない。

 それはぼくらのする考えも同じだ。ぼくらが考えている以上に現実世界は先に進む。考えが追いつかない。それどころか、考えた先から世界の方がぱっと転換して、考えていることそのものを無効なものにしてしまう。現実の方が先に変わってしまっている。結構深刻な問題が底流に起きている気がする。がしかし、生活の深刻さはまだそれほどでもない。少しの余裕があれば、そこは喜んで楽しんで行かないといけない。


2025年12月10日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「国民のお手本です。

○ 「特殊詐欺」という言葉が浮かんだら、咄嗟に行政機関としての各省庁が思い浮かんだ。 国家国民のための政務を行うところだが、時々国民のためではないこともやって社会問題化して騒がれることもある。一番分かりやすいのは昔から天下りが横行しているという話で、最終的には国家国民のためと言うよりも、自分たちのためにやっている集団ではないかという疑いも生じる。それが本当だとすれば嘘をついているわけで、嘘は人を騙すことであり、騙すことは広い意味では詐欺だ。国民が拠出した税金で生計を立てているのに、天下りで法外な収入を得たりして、ずるなんだけれどもなかなか捕まらない。そういうところは、特殊詐欺の模範になっているんじゃないか。
 もちろん行政組織内の人たちがみな、意識的に意図的にやっているという話ではありません。これに反して特殊詐欺グループ内の者たちは、意図的意識的に悪事を行っているわけです。ぼくから見れば一方は合法的な詐欺で、もう一方は非合法的な詐欺である。そういう違いはあるのですが、一般の人たちに金を出させて最終的には自分の懐を潤す、そういうところがよく似ている気がします。

 内閣から各行政機関まで、ぼくら下層民のためにやってくれていると実感できることはそんなにないんです。少なくともぼくらにはそう映って見えます。経済政策から何から、上層民の意向を反映していると見えること、頻りです。なので、少し偏った見方になってしまうのかも知れませんが、これが正直なぼくらの意識であるとは言えます。無知な下々には官僚天国のように見えてしまうんですが、どうなんでしょう、あくまでもこちらの僻目、偏見に過ぎないのでしょうか。
 役人ネタは昔からありますが、国民は鵜の目鷹の目でよく見ているんですよね。遠くからですがよく観察しています。そうして、まねるんです。どこをどのようにまねるかは様々で、さらに影響と言うことで考えるともっと多岐にわたると思います。しかし、まあそこまで行くと、下は上をまね、上は下をまねというようにお互い様になってしまうのかも知れませんね。


2025年12月9日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「ひとを罵るためだけの悲歌です。

○ 今日は支離滅裂で、まとまらないものになりました。

○ 人権、基本的人権というものは、人間についてのひとつの考え方ですね。こういう考え方をしたのは、発祥としては欧米発だと思います。ぼくら日本人からすれば、元はと言えば翻訳からの造語で知った概念だと言えると思います。なので、消化されて血肉化したとまでは言えない概念かも知れません。
 人権には、自由や平等と言った概念が内在していると思います。そして、人権も、自由も平等も、厳しく詰めて考えた時には難解なものだということがわかります。

 ぼくは人権というものは、個々に備わったオーラのようなものだとイメージしています。本当はオーラを見たこともないので、こういう言い方はいい加減なのですが、何というか、侵犯すべからざる範囲あるいはテリトリーとして、誰しもが身にまとっている、備えている、そう言うものだとイメージします。そしてどんな個人にもそれは存在すると考えています。恋人でも夫婦でも親子でも、別々にそれは身にまとうように存在しているのだと、そう考えるわけです。非常にまばゆいオーラと言いますか、近づいても触れてもいけない、そんな領域が個人個人にはあると思っています。自分の理解としてはそれが人権であるというように考えているわけです。絶対領域と言いますか、そう言うものが個々の人間にはあるのだと理解しています。
 これがある意味で、ぼくには孤独の源泉のような気がしています。手を取り合う、手を握り合う、それは心的にも物理的にも可能な次元があったりもしますが、もっと深みになりますと、握り合う手が離れてしまう、そういう深度があります。人権というものは、そういう深度で考え語られるべきものだと思います。
 浅場でヘラヘラ言ったり考えたりしてもいいのですが、本気で考える時には深みの底に降りて考えないといけないと思います。そうでなければ、口数多く言っても、大きな声で言ってもすべて無効です。


2025年12月8日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「時間つぶしです。

○ 最近の悩みはたばこが増えたことです。仕事がない分、ついたばこに手が出ます。高額になっているので、本数を減らしたいのですが、うまくいきません。
 3年くらい前までは仕事をしていたので本数も今よりは少なかったのです。書き物をしている時は特に、気がつくと手にしていて、灰皿があっという間に埋め尽くされます。安いニコチン抜きのたばこに変えて、徐々に減らしていきたいと思います。
 いやあ、なんかねぇ、子ども手当なんて考えているわけですからねぇ、老人手当でたばこの支給なんてどうでしょうか。無料で配布とかね。たばこを吸う老人は狂喜乱舞。それをやろうとする政党には雨嵐のように票が集まるんじゃないでしょうか。ニコチン漬けになって老人の精神も安定すると思います。
 ニコチンなしの電子たばこ、加熱式たばこでもいいかもしれません。なるべく体に害のないやつですね。その方が抵抗なくやれるかも知れないですね。
 起死回生で社民党や共産党なんかどうだろう。大きな批判を受けても、実質、票が伸びるんだったら思い切ってやってみたらどうだろう。財源の問題があるが、専売公社の復活とかなんとかで乗り切れないかな。公約に掲げたら、投票行動の掘り起こしにもきっとなると思う。無投票50%のうちの20%、30%くらい動かないかな。10%でもいいな。ぼくなんか喜んじゃうな。きっと投票に足を運ぶと思う。ウキキで喜んで、元気にもなりそう。フレーフレー、せいとう。なんちゃって。今日の作の、タイトル通りの時間つぶし、でした。


2025年12月7日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「飛び飛びに人間です。

○ 昨日の作で、ひとつ表現の仕方に間違いのあることに気づきました。「大きいものに巻かれる」という言い方をしていました。「巻かれる」ですから、「長いもの」にと言うことでしたね。明らかな誤用なので、その一行を変えて、ついでに二行に修正しました。

○ 「政治と金」の問題は、ぼくらは半世紀以上も前から耳にしてきている。その度に、骨抜きの改革案が決議されたりして、表面上はそれでちゃんちゃんと手拍子が打たれて幕が閉じた。けれども底流では相変わらずと言うことでしょう。政治は金がかかる。なら金をかけたらいいんじゃないですかとぼくは思うが、政治家さんたちはなぜか自分たちの方から、勝手に金をかけないようにと決めたりする。無理をしなくてもと思うが、無理をする。政治家さんたちは頑張る。でもついつい金をかけてしまう。だんだんと隠れてやる。巧妙になる。よいことは何もない。
 政治に金がかかるのを止めたいなら、政治を止めたらいいんじゃないですかね。一挙にそれが出来ないなら、まず金のかかりそうな選挙を止めたらいいんじゃないですかね。今の選挙だとどうしても金がかかるから、議員の選出をがらりと変えるのも手です。国政選挙でも、タレントとか知名度だけで立候補したりしてますから、もうまるっきりいい加減なものです。初めは町や村の議員としてじっくり下積みを経験して、順次市や県の議員を経て、そして国会へ送り込むとか、いろいろ手がありそうです。町や村で実績を積んだ人が、だんだんと上に登るというのはいいんじゃないですか。実績がものを言うから、金をかける場所がない。
 この場合だと選挙はせいぜい町や村の議員選出の時だけですみそうです。市や県の議員は町や区や村からの、議長の選出みたいに選出して送ってやる。それだと選挙も不要になる。
 まあ、なんだかんだ言いながら半世紀も同じことをやっていて、そして本当はそれ以前から影で隠れて金のかかることが行われていたと言うことでしょうから、いい加減本気で止めちまえばいいと思います。
 もう、ほんとに本気じゃないんですから、政治家たちは。国会などではいかにも本気のように見せかけていますけど、いざとなるとみんな金の力に頼りますから。野党も与党も関係ない。その豹変ぶりは、東日本大震災の時の民主党政治でばれているわけです。現在のままでは政治家はみんな同じ穴の狢。金と力がほしいだけの連中です。
 そこそこの金と力を与えれば、それほど大きな悪事も出来ないというほどの連中ですから、個人的にはそれですんでいるうちはいいやと思っています。ですが、政治家も国民も一緒に金がかからない政治を目指すんだったら抜本的に変えないとダメでしょう。これで変わらないとなったら百年たっても変わらないでしょう。その頃にまた同じように「政治と金」の問題が話題になっているとしたら、あまりにもお粗末というものです。


2025年12月6日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「腹が立つ、がです。

○ 新聞も雑誌も読まなくなってずいぶんたちました。今のところ不便はありません。知で商売するとか、何かの専門家というわけでもないですから、いっこう平気でいます。一般の年金生活者ですから、情報弱者であっても何でもいいのです。
 で、なんで書いてるのか、知識人ぽいことを言ったりしているのかということになりますが、総じて遊びというほかないと思います。時間つぶしということになります。
 で、ちょっと思い出したのが、あれ、「どろだんご」作り。あれをやっているのと同じじゃないかと気づきました。
 元になっているどろは頭の中のどろですね。それを取りだして、手の平で丸めて形を作って行く。で、丸めて丸めて、磨いて磨いて、どろだんごに光沢が出てくる。それはやったことがないのでホントかどうか分からないのですが、やっているうちに光って行く。毎日とにかく、それを言葉でやっているような感じです。どろ、つまりぼくのことで言えば言葉ですけど、すべて以前に取り込んだもので、新しいものは何も入ってきていません。新聞も本ももう読んではいないのですから。もう新しい知識も言葉もいらないのです。もうおなかいっぱいです。これ以上取り入れてもメタボになるだけです。消化できずに貯まってもいます。便秘です。うんこです。どうにかしなくちゃいけません。
 材料は今言ったように古いうんこ、いや古い言葉たちで、それがぼくのどろです。それをこねくり回してこねくり回して、どろだんごみたいに作って、それから光沢を出そうと磨きをかけたりしているのです。まあこれが、うまく光らないんですね。でもそれを夢中になってやっているわけです。単純で単調な作業です。時折うっすらと光って見える時もあることはあるのですが、でもまだまだですね。全くの素人の独学ですから、大分時間はかかるんだろうと思うのですが、これからもこの方法でゆっくりのんびりやって行くつもりです。遊びですから。慰安ですから。楽しさが苦しさより優っていたら続いていくんだと思います。


2025年12月5日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「《国家のため》論です。

○ 自分の作とは何か、自分が書くとは何かと言うことはよく考えます。最終的には国籍不明の文字列としかいいようがないと思っています。
 ぼくとしては、あれもこれも、言葉にし、文字に記す必要は感じていません。心は心のままに、水のようにまた大気のようにいずれかから来ていずれかに流れて行く、それでよいと思っています。もちろん時において、哀惜の念のように頭にとどまることがあります。
 頭の中の風景。どうにも頭にとどまって消え去らぬ頭の中の風景を、ぼくは取りだして、始末するために地中に埋めること。ぼくにとって書くことはそういうことだなと言う気がします。最後に頭に残るものを取り出す作業。それなんだという気がします。そんなことをして何になるか分かりません。何にもならないとしてもいいのです。でもその作業が自分には必要なのです。
 宮沢賢治が、心象風景、心象のスケッチというようなことを言っていましたが、ぼくは心ではなく頭に浮かぶ風景、それをスケッチしているんだと思います。ぼくの心の風景はあまりに貧しすぎます。表に出せないです。代わりに頭の風景を、と言うことになっているんじゃないかなと思います。いずれにしても、どうでもいいことには違いありません。

○ この欄でも何度も言ってきましたが、幼児と犬または猫の動画。その親和性やなれなれしさが不思議です。でも、そこには条件があるような気がします。そのひとつは、犬猫どちらも野生のそれでは無いと言うことが大きな条件のようです。ある程度人間の家庭内の生活に慣れ親しんでいることが、ベースにないと成立しないんじゃないかと思います。

 そういう前提があって対峙しますが、どこでどんな感じでコミュニケーションを取り合っているのかがよく分からなくて不思議です。
 赤ちゃんが犬か猫を見て微動だにしない瞬間があります。数秒時が止まっています。あれは、何をやっているのでしょう。ただ見ています。ぼくら年寄りが壁をぼうっと見ているのとは違います。生き物を見ています。見て、考えているのではないようです。考える以前のことが行われているような気がします。そして、そこにどんな意味があるのか分かりません。

 赤ちゃんも犬や猫も、似たような水準というか次元というか、そういう場にいると言うことなのでしょうか。言葉以前の場所ですよね。それでもって手探りするようにして近づいたり離れたりを繰り返して、徐々に距離を縮めて行っています。赤ちゃんの方は、時々一気に距離ゼロに飛び込んだりすることがあります。何なんでしょう。

 赤ちゃんとお母さん、赤ちゃんとお父さんにも、関係の仕方において似たところがありますね。繰り返し目にするもの、繰り返し触れるものには、自然に親しみの思いのようなものが湧いてくるもののようです。

 自分も幼児の時は身近な人たちの間でこうだったんだろうなあとか、まだ言葉を獲得していない時代の人間たちはこうだったのかなあとか、いろんなことを想像しながら見ます。後者の場合は自分のことも相手のことも見分けもつかずにいたのだろうなあとか、時に敵対したり、時に接近したり、試行錯誤みたいにいろんなことがあったんだろうなあと思います。

 書き出す前はもう少し踏み込んだところで言えることがありそうな気がしたのですが、そこまで入りきれませんでした。またひらめくことがあったら書いてみます。今日はこれで終わります。


2025年12月4日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「観察の力」です。

○ 今日も生きて元気でいます。が、なんと今日、我が家が初冠雪に見舞われました。朝起きて外を見ると、ふんわりと10センチほどの雪が積もっていました。これは、雪かきか、とおびえましたが、今は少し薄らいで道は溶けて黒く見えるところも出てきました。でも雪は降ると言うよりも舞うという感じで続いています。ずいぶん冷気も感じます。ストーブやヒーターなど、設定温度を高くして寒気に備えたいと思います。

○ 縄文でも弥生でもいいですが、古代は活動と観察の日々ですね。観察と言えば自然観察。天体から動物、植物と、ほとんど接するように観察していたのではないかと思う。ファーブルもダーウィンも南方熊楠もゴロゴロいた時代だと言うことです。

 たとえば現代人が抱える多くの疑問から悩みからと言うものは、その基本的なもの、原型的なものは古代にあって、且つ古代に解決策も出されていたという考えがある。たとえばその分かりやすいものは論語だとか仏教とか、そういうものですでに語られていて、それらが普遍的であったことは今日においてもなお引き合いに出して語られたりするところから理解されるかと思う。
 仏教や論語が日本に伝来したのはたぶん古墳時代から飛鳥時代にかけてである。弥生後期から古墳時代の始まりにかけての激動ぶりが想像できる。

 これを精神の激動時代の始まりのように考えてみると、縄文や弥生の前期までは、比較的精神が安定した時代だったのではないかと想像される。そういうところが主な課題とはまだなっていなくて、定住生活上の知恵や工夫や成熟が課題とされていたのではないだろうか。住まいをどうするか。食料をどうするか。衣服をどうするか。そうしてその時代に得られた知識や知恵が、後の世の基礎と言えるほどに充実して、さらに成熟して発展していくことになったのではないかと、ぼくは勝手に想像する。
 長い長い自然との共生の時代は、長い長い観察の時代でもある。その時代は文字による記録がない時代で、推測や想像を働かせるしかない。そこでぼくは日本人、いや、この島国の住人の生活の基盤や基礎が形成された時期だと考えてみたい。食べられる貝や魚にはどんなものがあるか、食料としてどんな動物が適しているか、植物のどんな葉が食べられて、どんなものがダメかとか、そんなことが形成され共有されたと考える。
 そのいちいちはどうでもよいのである。正解かそうでないかもどうでもよい。要は、文字に残されていないからよく分からないのだが、だからといって土器ばかり作っていたというのではなくて、濃密な生活があり、その中にさまざまな観察の行為もあり、彼らの精神には想像を超えるような知的文化的な体験が豊かに刻まれていたと想像してみたいわけである。
 そして、その時代の人々の内面は、もちろん単純な比較は出来ないのだが、ぼくらよりも原始的だとか未熟だとか貧しいとかのようには全然思えないのである。十分な広がりや言葉化はされていなかったであろうが、その分太く深い認知もあったのだろうという気がする。ひとりの人間に置き換えて言えば、幼年期、少年少女期にあたり、その頃の初々しくも活発な頭や心の働きが、おそらく当時の人々にもあったのである。ぼくらがそうであるように、現代人は知識も増し、便利さを享受する生活は出来ているのではあるが、生き生きと生きているという点では子ども時代よりも、そして縄文や弥生の人々よりも、より生き生きと毎日生活しているとはちょっと言えないような気がする。そのことを少し残念に思っている。頭にも心にも、子ども時代に負けないくらいの溌剌さを手にしたいのである。


2025年12月3日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「運命」です。

○ 毎日書く練習をするというのは、毎朝庭に出て花壇の土を浅く耕すみたいな感じ。時間的にも労力的にもたいしたことがないことです。もっと言えばやってもやらなくても代わり映えしない、どうでもいいことです。本人の満足、慰安のための習慣のようなものです。
 今日の作はそのなかでも、非常に浅く表面的にしか耕せなかった気がします。
 他者の死は2人称、3人称の死です。2人称の死を3人称の死のように考えられるか。また逆に3人称の死を2人称の死のように受け止められるか。さらに自分の死、1人称の死をどういうふうに当てはめていくか。そういうことに一歩進もうとしたようですが、すぐに突き当たってつまずいて立ち往生。それで終わりという感じです。

 自他の心情と言うものはですね、あまり何も知らない幼児の時はストレートで透明できれいな気がします。それ以降になっていろんな知識の蓄えが出来、またいろんなことを知っていくようになると、濁っていく気がします。自分というものを内観すると、そうだろうと思います。ストレートではなくなります。反射の感度が鈍くなります。これは知識の蓄えと反比例すると思います。それが普通だと思います。例外はあるかも知れませんが。
 これは古代と現代とに適用して考えてもいいと思います。古代人の心情は透明でストレートだが、現代人の心情は複雑になり濁ってきたというようにです。きれいさをアピールしたがる人はいますが、アピールしたがるという時点ですでに濁りが見えています。

 萎れていく生から死に向かうものを見て、無関心ではいられないと言うことが初めにあります。しかし、関心を持って、それではいけない、それはおかしいと思っても、その思いだけではどうにもならないわけです。いっそ知らんぷりがいいと。しかし元来はもっと人間は直情的であったはずです。余計なことを考えず、心情は直情的に発露していたはずなのです。その直情を押さえてぼくらは考えることをします。ですが、考えても考えても、通路は見つかりません。迷路をさまようだけです。
 たとえば目の前に死にそうな人がいるとします。助からないとします。これはもう引き留めることが出来ないと判断したとします。その時に、この死をどう諦めるかという問題です。ぼくの今の立ち位置は諦めたいというところにいます。どうやったら諦められるかを模索しているのです。諦めた方がいい、諦めるべきだと考えるところまでは行き着いています。ですが最後のところで、そういう非情さが最終地点と言うことでいいのかという疑問が残ります。そこがあやふやさの起点になっている気がします。


2025年12月2日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「ぼくのミトコンドリア」です。

○ 以前このホームページ上でNHK批判を何度か展開した記憶があります。ずいぶん前のことで記憶もあやふやです。

 なので、「NHKをぶっ壊す」をスローガンとしたN国党や立花孝志を一定支持する人々がいることは、何となく理解できる気がします。
 NHKは公正、公平、中立を標榜するメディアの準公的な存在です。もう一方には民間ながら同じスローガンを掲げるメディアがいくつか存在します。

 残念ながら現在のどんな国家社会においても、完全に公正、公平、中立なメディアなんか存在できるはずがありません。ですから、いつでもいちゃもんはつけられるわけです。立花孝志という人は、そういうことに鼻がきく人なんだろうなと思います。
 彼が兵庫県知事問題に関心を持ち、知事選挙に出たというのも、その嗅覚に触れることがあったからだと思います。それは何かというと、斉藤知事の、既成のものや既存のものや古いもの、盤石で安定したものをぶっ壊し、新たなものを創生しようとする志向性に同類の匂いを感じ取ったのだと思います。

 立花や斉藤に一定の熱烈な支持者がいるのは、そういうところに過敏な反応をする人たちが一定すいることを意味しています。それはぼくも少しだけ似たところがあるからよく分かります。それらも本当はある意味では一種のクーデターであり、既存の盤石なものに対する転覆の企てでもあります。

 ですが彼らの大いなる誤りは、自分たちが革新的にそういうことをやろうとしていながら、逆に自分たちが足下で同じようなことをされた時に、一番やってはいけない弾圧をしたわけです。これは自分たちがやろうとしていることを、自分たちでその道を閉ざすことと同じです。革新でも何でもないことを露呈してしまいました。ただの権力志向に過ぎないのに、革新のように偽装したとばれてしまったわけです。もうそんなことはバレバレの見え見えになってしまったと、ぼくは断定できます。

 彼らの考えも主張も稚拙で、愚かで、馬鹿らしいものです。取り柄は嗅覚だけです。全然問題にもならないんです。取り巻きから支持者たちまでみんな同じです。ただ思いなり動機なりには一部共感できるところがあります。言ってみればそれは、冷や飯喰らいの過去があるということだろうと思います。つまり共通してうだつの上がらない時期を経験しているとか、そういう過去があったと言うことだと思います。

 どうしようもないですね。偉そうにしているものや、傷ついていないように見えるものを許せないんですよね。本当はそういうところが動機のひとつになっているんだと思います。馬鹿ですね。みんな地獄の海にもがいているに過ぎないのに、真正面からそういう視点から見ようとなしない。一面的なんです。そしてこれは自戒として記す意図を持って書いているところのものです。他に意味はありません。


2025年12月1日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「似たか寄ったか」です。

○ 毎日ここでコツコツ日付を刻んでいますが、日付をひとつ足す単純な作業です。年末年始の概念がなければ、ただ永遠にコツコツ1を足し続ければいいわけです。年末年始の考えがあるだけで、「ああ早い」「あっというまだ」など、ある感慨とともに口にでます。「残り一ヶ月」なんてね。本当は残りでも何でも無いんだけれど、残りって思ってしまう。
 ぼくらのような年寄りは、別の意味でまた「残りわずかだな」とかなんとか心に呟いたりします。
 そうこう考えると、一生もあったいう間の出来事のように思います。名残惜しいところもあるし、ほっとするところもあったりします。まああれこれ悩まずにすむと思うと、早く来てくれた方が楽かなと、不埒な考えも起きがちです。しかし、死ぬまでは生きましょう、頑張りましょうと言ってきた手前、「小夜の中山」峠を前にしては登る以外の選択はないようなものです。行けるところまで行くと言うことですね。


2025年11月30日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「境界にて」です。

○ 兵庫県斉藤知事について、フリーの記者の動画で「安倍晋三を超えた」と言ったタイトルを目にした。目にしただけで動画も見ていないし、タイトルもそれきりで確認はしていない。そんなことはどうでもよくて、ただそういう見方はありだなとぼくは思った。
 安倍晋三は政治家だが、斉藤元彦は官僚出身の政治家である。両者に共通しているのは、第一に組織についての考え方だ。強引なトップダウンを志向している。出来上がった組織の構造構成を乱すものに厳罰を処する。そういうところもよく似ている。違いは斉藤が官僚出身で、言質を取られないそつのない逃げ道について、本当に些細なところまで熟知しているところだ。本来政治家の器でない官僚が何かの組織のトップに立つと、こんなにも醜悪なものに変身するかという実物を、今わたしたちは見させられている。
 安倍政権時代に文書の改ざん問題で、一時矢面に立った同じく官僚あがりだったと思う佐川という人物を思い出す。
 官僚はなんと言っても国家の一員である。エリートである。ほとんどが学校の成績がよいものたちだと思う。ふざけた言い方をすれば、人間AIである。その人間AIが権力を持つとこうなる。
 人間AIは、普通の人間よりもAI寄りになる。これを逆に見れば、普通の人間としては欠陥となり弱点となる。これを誤解して、普通の人間よりも優れていると錯覚するものたちが出てくる。少しだけ毛色の違いのあった安倍晋三においても似たところがあった。安倍もぼくらから見れば醜悪であったが、斉藤元彦もそれに劣らず醜悪である。
 安倍や斉藤を支持するものたちはおそらく普通の側の人間である。普通である自分に比べて、普通で無い能力を持った人間として安倍や斉藤といった類いの人間を見る。優れていると錯覚する。妄想と同じだ。おそらく安倍や斉藤などを支持する側の人たちは同じ傾向を持っているはずである。妄想が信仰になっている。
 こうなると今話題の、最近逮捕されたN国党党首の立花孝志と同類亜種のように思われる。ただ安倍や斉藤などに比べると、立花はいかんせん彼らほどに緻密な計算が出来ない。ざっと言えば官僚でもエリートでもない。今のところその違いが、立花と斉藤の境遇の違いとなって表れているように思える。

 佐川の弁明、釈明の時にも感じたことを斉藤の記者会見を見ながら感じたことがある。つまり、すごいねぇ、すごい能力だねぇと感心することがどちらにもあった。それは彼らの人間的人格に対してではなく、非人間的なAI部分に対してである。人間はそこまでAI的になれるものかという、それである。逆に言えば、普通の人間としては完全に壊れていることを意味する。または従来の人間の概念を変更して、新たな人間、あるいは人種の出現と、やや好意的に言えばそう言うようにも言える。もちろんそうした人間なり人種を産み出したのは、歴史時代になって以降の歴史なり社会なりが生みだしてしまったものだ。
 現在においてもさまざまな分野領域で、普通の人間の枠から飛び出したスーパーヒーローたちが誕生している。
 時代はそれを讃えたり喜んだりしている。ずいぶん楽観的に見える。現代社会は悲観的になるよりは楽観的でいたいと思っているのであろう。ならば、それで行くより仕方が無い。

 付則すれば、上記のことは必ずしも彼らを全否定する意図を持って書いている訳ではない。いずれもそれぞれの現状社会に対する優れたセンサーを働かせて、改善点を見いだし、改良すべく働きかけたと見ている。そして、動機としてだけ見れば、それはぼくたちも同じなのだ。彼らに共通するのは、功の焦りすぎだ。そしてたぶんそれは自己承認欲求から来るのだし、その遠因は幼児の生育環境にまで遡る問題だろうと想像される。


2025年11月29日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「無題」です。

○ さりげない日常の一齣をさっと切り取って、うすめたように儚い詩心をそっと添える。そういう手法が流行しているように思える。なぜそうなるかは分かっている。その方が需要があり、受け入れられるからだ。そこでは消費者とも言える読者の意向があり、その意向に沿って詩や言葉が生産される。
 これはわたしの妄想や思い込みからなる認識だが、これとはまた別の個々に試行される練りに練った手法というものも点在する。言語表現における美の追究である。
文学にとって美とは何か。詩にとって美とは何か。言語にとって美とは何か。わたしにはよく分からない。端から美の追究というものは放棄している。
 確かに言葉の世界の片隅に、群れから離れ、不明の場を行きつ戻りつしているのだが、つたない方法でわたしは真や信というところに意識を集中させてきたような気がする。わたしにとっては言語、言葉はそれらと切り離して考えることが出来ない。現在世界では目を背けられがちな部類に属するかと思う。おそらくそれを意味する言葉はない。だから遠回りの表現法を用いたり、比喩を多用したりするのだろう。そういう行き方を否定はしない。ただわたしには出来ない。もっと直接的にその言葉を産み出したいという衝動が優る。だからそれをしつこく試したり、どうしてもダメだからと迂遠な方法に手をつけてみたり、未だに荒っぽくしか言葉を紡げない。百年かければなんとかなるんじゃないかと思っている訳だ。わたしのように何事に対しても素手をもってしか向かえないものは、闇雲に時間をかけるしか方途がない。これもまた非文明的だから、今日のような高度文明社会化において受け入れがたい方法という気がする。
 完成的な詩を読もうとするならば、もはやAIに作らせた方が一定して安定した作品を読めるということになるのではないか。そういう時代になっている。またそれを元にアレンジを要求すれば、さらに好みに沿う作品にもなるだろう。

 そういうことはそういうことで良い。わたしはそうした時代状況と無縁だからダメだとも思わないし、無縁で孤高である方がよいなどとも少しも考えることはない。ただこのようにしか生きられなかったと同じように、こんなふうにしか書き続けられないよと言うだけだ。読まれようが読まれまいがどうでもよいし、受け入れられなくてもどうでもよい。それはそれだけの力量だと言うことに過ぎないので、その力量を悔やんでもあまり意味はない。書こうとする意志が続く限り書き続ければいいので、その意志が消えれば当然中断するというそれだけのことだ。


2025年11月28日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「継承譚」です。

○ 日常生活の実際は、仕事でも家庭内でもたわいもないことの繰り返しだ。それがたわいもないことでなくなるのは、そこに意識や観念や幻想、あるいはそれらの一切を含む言葉と言うものが加わる時だ。途端に騒がしくなり、賑やかになる。
 現在のぼくの生活は、単純なことの繰り返しだ。やっていることと言えば布団をたたむことから初めて、掃除洗濯と炊事の後片付けくらいなものだ。後はこうやってパソコンの前に座ったり、テレビを見たりしているだけだ。
 子どもの頃、近所の農家の主婦たちは、毎朝広い家の中を端から端まで掃いて拭いてと言うことを繰り返していた。合間に食事も作り、片付けもし、井戸水をくんで洗濯もした。それらのことを一生懸命にやっていると、一日はすぐ暮れる。これを365日続ける。それでいて師走になると、もっと大がかりな大掃除もし、年末年始には特別の料理も拵えた。これは男たちも同様で、田畑の見守りから修復、また農具の手入れなどで一日目一杯の作業を繰り返していた。

 本気で掃除をしたら、ぼくの小さな建て売りの家でも半日がかりになりそうな気がする。ぼくはそれをやっていない。出来ない。いい加減に済ませている。そうして人間界のこと、社会問題や社会事象に目を向けて、あれこれ考えるふりをしている。
 自分の生活にとってどちらが大事なのかと時々思う。ほとんど家の中にこもっているのだから、目の前の床や柱を丁寧に拭いて磨くことから初めて、きれいに保つことに努めるのが正解なのではないかと。

 自分に見えて、また想像できる限りにおいての社会や世間というものは、いつも大文字のことばが飛び交っている。ぼくと同じで、自分の足下にはあまり関心が向かず、外側の、しかも幻にばかり目が向き、関心が向いているような気がする。つまり政治への関心、社会への関心、コンサートやお笑いへの関心、ファッションやグルメへの関心。これらをまとめて言えば、先進国化であり欧米化であり、別の言葉で言えば、精神の偏重化だという気がする。

 欧米の概念、理念が口をついて出て社会に蔓延しているように思えるが、一方で、社会的身体と言える部分はスカスカでボロボロになっているように見える。
 未婚や離婚に少子化や未就労。これらは金だけではないさまざまな要因により、いずれにせよ我々の生活基盤の弱体化、崩落、空洞化を意味しているひとつひとつの現象のような気がする。
 そうして、ぼくのようにこのような考え方をしていること自体が、そうしたことを助長しているのではないかという考え方もできる。言ってみれば、一億人総知的化の代償と言えないか。

 ぼくはこういうところで悩んでいるなあ。無知が栄えた試しはないというのはひとつの真理だろうが、知の先行によって誤る歴史もあるような気がする。
 武術でよく言うが、重心が上がると不安定になり、相手の技にかかりやすくなるそうだ。個々の人間にも社会にも同じ事が言えそうな気がする。どうしたら重心を下げて安定させることが出来るか。重心を下げながら考えたいと思う。

○ 戦後生まれのぼくには、物心ついた時には政治がとても活発な動きを見せていると見えました。政治が花盛りでしたね。そして特色ある政治家が力を持つようになり、求心力も持ちました。そうなった時に次に活躍したのが報道ですね。力のある政治家の不正を追及しました。ペンの力と言いますか、新聞の発行部数も大幅に増えて、各家庭みんな新聞を取っていたと思います。正義の味方みたいになっていましたね。そこからテレビの普及があって、そこでも報道は連日大活躍でした。そうなると、報道も力を持って、天狗になってきます。政局に積極的に口を出すようになっていったと思います。挙げ句の果ては、日本の総理大臣の交代劇を、影で操作するような力まで持ったように見えます。
 以上はあくまでもぼくの印象に過ぎませんが、報道がそこまで力をつけてくると、今度は報道そのものが叩かれるようになります。ぼくらも報道による印象操作、偏向報道というものに気づいて、だんだんと報道離れになっていきました。
 SNSは、第一の功労者だった訳です。報道の嘘を糾弾していった訳です。「奢れるものは久しからず」とは、よく言ったものです。力を持ったものは次々と凋落していきます。
 そこで現在のSNSですが、どうでしょうか、ずいぶんと影響力を持ち始めてインフルエンサー等が活躍しています。しかしこれも長くはないような兆候を見せ始めています。
 いずれも初期にはめざましい活躍で、社会に躍り出たのですが、しばらくすると内部から腐敗が起こりダメになって行っています。花盛りになると人が集まり、人が集まると腐敗が始まるというのは運命のようです。「金と力」。そこにみんなが群れ、群れるとそれ自体が不正の始まりの合図でもあるかのようです。

 上記のものらはひと頃の勢いを失ってきたとは言え、勢いは分散しながらも続いています。そしてまだしばらくはそんな形で続くのでしょう。そのなかで、本来の使命というものに思い当たり、真剣に本気で取り組む人も出てくるんだと思います。それを信じたいですし、期待したいですね。それは本当に少数だと思います。分野領域を問わず、そういう少数の人を見分けて見つけられたら、微力の中の微力ですが、わずかにでも支持、応援を表明したいですね。今日はそんなことも思います。


2025年11月27日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「一人芝居」です。

○ 植物というと、大雑把に地を這う草型と、天空に向かう立木型の二種があると思います。その間にまたたくさんの中途半端な草木があります。どうしてこんなにたくさんの種類があるのか意味が分かりません。これは動物系でも同じです。
 こんなにたくさんの自然の生き物は、覚えきれないですね。でも名前がついているものは、すべて人間に出会って命名されたんですよね。
 ぼくはずいぶんと関心が薄い方だと思います。虫は虫。草は草、ですましています。これはどうなんだろうかと時々思います。人間に多く関心を持ったと言うことなのでしょうか。関心がそこに強く集まって、ほかの事はどうでもよいというふうになったのでしょうか。
 ぼくは本当はこれは怖いことだなと思っているのです。世界は、目に見える限りの世界でも、広く人間界があり、その周囲というか背後にと言うか、より広く大きな自然界が控えています。ところがどうも自分のこれまでの生涯を考えると、ちまちまと人間界の小事の中にしか生きてこなかったんじゃないかと、これは反省的に思います。なんか酷くもったいないことをしてきたんじゃないかなと、ちょっと思います。
 もちろん小さな旅もし、山登りや星の観察などもしました。夏には海に泳ぐこともしたし、魚釣りを楽しんだ経験もあります。ですが結局のところ、人間社会の諸事への関心に立ち戻り、そこから解放されたことはなかったように思われます。
 意識的にこうなろうとしてこうなってきたのでは全然ないはずなのです。それこそ気がついたら、こうなっていたと言うことです。もうやり直しはきかないんですもんね。怖いですね。知らぬ間に孤島に連れ去られたようなもので暗澹としてしまいます。しょうがないので、孤島の探検や、孤島の楽しみを見つけ出して、できるだけ快適に過ごす工夫をします。時々、大過なくやってるんじゃないかという気がしたりしますが、この先のことは何一つ分かりません。当然、そこそこに不安は湧くというものです。


2025年11月26日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「いい人」です。

○ 子どもの頃から、強い者よりも弱い者、群れる者よりも孤独な者、偉い者よりも
一見するとつまらぬ者、のほうが正しいと感じていました。それは通常の見方とは違うことは理解していましたが、どう考えてもそうとしか言えないように思えていました。
 高校生の時に、ひょんなことから太宰治の文学作品と出会い、ぼくは彼の作品にのめり込みました。要は、世の中に流布された価値観とは真逆な、白黒反転させたような価値観がそこに表現されていたからです。狂喜乱舞と言いますか、これだこれだ、と思いながら太宰の作品を次々漁って読み進めました。

 ぼくのそれまでの考え方、感じ方はすべて太宰治が代弁してくれているように思えました。いや、もっと広く深い展開がなされています。小説としては、もう太宰が書いた以上のものはないだろうという気がしました。
 そういう中で、太宰の作品、そして自分の中に見いだせないものは何かと考えた気がします。有ったのを一言で言えば、それは倫理です。太宰のそれは、ぼくにとっては究極の倫理に見えました。ぼくはその後を追った訳ですが、倫理を突き詰めて考えたあげくに、倫理に、倫理的な表白だけではなく、絶対的な根拠を求めたく思いました。それがなかなか叶わないですね。今に至っても、です。


2025年11月25日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「個性はもうそこで」です。

○ 新生児は床、マット、お布団、何でもいいが、それらの上に置かれて動かない。しばらくして手足を動かすようになって、結構な日数をおいて寝返りを打ち、それからまたしばらくたってはいはいをして自力で動きはじめる。
 そこまではまだ海の時代のような気がする。漂うプランクトン。水を掻くしぐさ。魚の時代を経て、上陸して、両生類、は虫類として陸上を徘徊する。
 両足で立ち始める前後は哺乳類、霊長類、人類と、一気に進んでいる感じだ。見ているだけで面白い。見えませんけど、意識も徐々に人間らしく形作られているんでしょう。面白いですね。

 ひまなので犬と赤ちゃん、猫と赤ちゃんの動画をよく見ています。赤ちゃんの動き、表情、何をとっても理屈では分からない動き、また表情をします。猫や犬の頭をパンパン叩いたり、ニコニコ笑いながら接近したり、我々大人には理解不能です。人間社会の常識では意味不明なんですね。そして、それはあくまでも「人間社会の常識」ではと言うことです。「人間社会の常識」から外に出たら、なんかあるんだと思います。人間以外の生き物の「生きる世界の常識」のようなものが、そこにはあるように思えます。でもまだよく分かりません。

○ 今日はこれから車屋さんに行き、夏タイヤから冬タイヤへの交換をしてきます。東北や上越地方、北海道などでは普通に行う一手間です。車屋さんでは料金が発生します。それが嫌なら自分でやることになりますが、結構力のいる作業なので頼んだ方がましということになっています。冬の雪かきもそうですけど、寒い地方はそうでない地方より余計な一手間が多い気がします。ご先祖様はどうしてこんな地方を選んで定住するようになったのかなと思います。住みやすいところからだんだん押しやられてきたのだろうか。それとも、苦労してでもこの辺にすみたい何かがあったんだろうか。住めば都と言って、離れがたい思いというものも芽生えてこうなってきたのかな。こういう積み重ねがまた、終身雇用の風土とも重なるのかな。都会の楽しさ、しがらみのなさも体験したので、ぼくはどっちがどっちとも言えないな。いろいろあるな。


2025年11月24日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「怖い話」です。

○ 内部告発とか外部告発とかは何となくは理解している。ただこれまでは自分も告発をしたというような経験はなく、身近にも起きたことはなかった。ただ小学校に勤めていたことがあるので、「先生あのね、誰ちゃんがね」と言うような子どもによる子ども世界での告発は何度も経験した。

 ぼくはたぶん匿名の告発はしないんじゃないかなと思う。告発するなら本名を出して行うと思う。だからといって匿名の告発をおとしめる気は少しもない。
 ただ自分の気性から考えると、上に不正の気配を感じるところだったり、腐っているなと思うところだったりすると、すたこらさっさとそこでの仕事は辞める気がする。面と向かって言えないことは陰でも言うなと言う主義で、めんどくさいからやめちゃえと言うのがこれまでの自分の軌跡である。なのでいちいち告発というめんどくさいこともしない気がする。それに、そのこと自体がなんか告げ口するような感じがして、自分の性に合わない。
 まあ、あとは自分の独断や偏見になると思うが、これまで所属した組織をよくしようと努力した経験は自分にはない。自分の所属する部署の働く環境をよくしようと考えたことはあるが、会社とか学校とか、自分の現実的な部署を超えて大きな単位となると関心は薄かった。組織全体を見渡す立場に立ったこともないので、その辺になると分からないが、まずそういう立場に立つことも嫌いだった。同僚や部下のためになんて考えることもなかったから、そのために告発するというような気持ちも分からない。もしも本気でそういう気持ちになったら、告発などと言う迂遠でまどろっこしいことは考えず、自分の責任において自分一人で戦う。上司に対してだったら辞職覚悟で談判に出向く。
 これは告発がだめだというのではない。それぞれに生活があるのだから、どちらかというと匿名による告発の方が穏便である。だからそれはあまり悩まずにやれるようになることがよいし、これからもそういう方向にどんどん進んだらよいと思う。
 ただひとつだけ、これはどうかなと思うところがあって、それは日本のサラリーマンそして職業人は、あまりに終身雇用に執着しているんじゃないかという点だ。それは別に悪いことでは無いのだが、そこから生じる弊害が多々あるようにぼくは感じる。
 辞めて次の職場でまた一から学んだり始めたりの煩わしさはあるが、ぼくの経験では、すべてなんとかなってやれるものである。不正に手を染めたり加担するよりは、そんなところは蹴っ飛ばして、次に進んだ方がましだとぼくは考える。これは個々それぞれに思うところだからどっちがどうだとは言えない。

 ぼくも、こんなところではやってらんないと自分の意を通したが、傷や代償が伴うのは当然だ。そういうやり方でもそれなりの苦労はする。当然組織内部にあっての告発にもリスクは伴うものだと思う。リスクなしに行えるのが理想だが、現実では何らかの傷を負うのが普通だ。それは覚悟の上で行う訳だ。直接の談判でも、間接の告発でも同じように無傷ではすまない。あとは信念や信条ということになり、そうなると理解されようがされまいが二次的な問題でしかなくなる。
 個々それぞれに複雑な事情があってのことである。軽々なことは言えない。だが告発にしろ辞職という形にせよ、当事者たちはそこでは行動を起こしたのである。そしてこれは大事なことだが、彼らの周囲には目や耳を塞ぎ、口で手を隠したままの人たちが大勢いたのである。記者たちのように大勢が押しかけて、なんだかんだと言うものたちもいる。問題は、そうしたそれぞれは、本来的な自分の場所ではどうしているのか、と言うことだ。告発をするのか、それともちりを払ってその場から立ち去るのか。あるいはまた、自分だけは自己保身に走りながら、他人のことについては偉そうに言ってはいないか。自分に対する嘘、他人に対する嘘、嘘ですべてを塗りつぶしてはいないか。自己合理化の安楽に浸ってはいないか。まあ、大なり小なりぼくら人間はそういうことになりがちである。一応そんなところにも目配り気配りしておかないと、事件や事象の捉え方を間違えてしまう。そういうことになってしまわないように気をつけたい。そのためには自分事として、内側から同時並行のようにして考えていかないと間違う。そうして間違うものはたいてい自分を神の領域において、自分は正しいと盲信している。告発の問題は一面の正義だけでは語れない奥の深さがある。


2025年11月23日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「老後はあちこち詰まりがち」です。

○ 読まれる詩は谷川俊太郎さん。読まれる文章は養老孟司さん。まあいい加減な基準でそう考えていた時期があります。今はそういうことも考えないので、それはそのまま心や頭の中に残っているようです。
 読者が多いと言うことは、詩なり文章なりが読みやすく分かりやすいということになります。谷川さんや養老さんの表現が分かりやすい内容かどうかとは別です。内容は難解でも、すっと心や頭に入ってくる、何となく共感できるように書かれている。そういうことが読者の数を増やしている。そういう気がしていました。
 それからもう一つ二人に共通して感じられるのは、他者との、あるいは読者との距離感と言うことでしょうかね。「こっち来い」とも「あっち行け」とも言わない文体と言いましょうか、読者の自由が保障されている気がします。まあそれをやさしいと言ってよいのか冷酷と言ってよいのかぼくは分かりませんが、なんかそういう距離感というものを感じます。フラットな距離感です。

 ぼくも読めば大抵感心させられることになっているのですが、そして師と仰いで勉強しようかと言うことにもなりかけそうにもなるのですが、磁石の同じ極みたいに、どうしてもくっつかない状態になります。どうしてか自分でもよく分からないのですが、そして分からないまま最終のところで同調しない、反発してしまう。そういうものを自分は持ってしまっているようです。これはあえて言ってしまうと、それぞれ人間ですから、どんな人間でも自分の中に負の部分を抱えているんだと思うんですね。もちろんぼくには谷川さんや養老さんの負について何も分かりません。自覚する負があるのかどうかさえ厳密には分かっていません。ぼくはでも誰にでもあると思っている訳です。それで、そうした負の扱い方、始末のつけ方が、ぼくとは違うなあ、ぼくには分からないなあと思うところが二人にはあるということなのです。負の部分をどう始末つけているのかというと、ぼくは二人とも、殺しているんじゃないか、抹殺したんじゃないかなと言う気がしているのです。(これはうまく始末したという言い方をした方がいいのかも知れません。)そのうえで他者との距離感のフラットさが出来ているんじゃないのかなと。これとは反対に、負の部分の始末に失敗しながら最後まで藻掻き続けることになった代表格と言えば、それは太宰治だとぼくは考えます。

 読者が多いと言うことはひとつの強みなんだと思いますね。難解なことも、みんなに伝わるように、工夫なり努力なりをしないとたくさんの人に支持されることにはなりません。自分の中で砕いて砕いて受け入れられ、共感される表現になっていくものだと思います。二人とも他者には見えない内面において、そういうことを積み重ねていたんだろうと思います。それでたくさんの読者を獲得した。
 それはひとつの読者に対するサービスであり、優しさでもありましょう。そしてぼくにはそういう面がまったくかけているなあと思う訳です。反省もする訳です。
 ちなみに太宰治もたくさんの読者を獲得しましたが、これは谷川さんや養老さんのやり方とは違っていると思います。真反対に距離感をぐっと縮めることを続けた人だと思います。距離感をゼロに縮めて、読者を離さなかった人です。負でつながっちゃう、そういうアクロバチックなことを為し得た人です。それは別の見方からすると、生涯を負の始末の仕方に翻弄された人とぼくには見えます。そうしてぼくからすれば、こちらの方がより共感できるなと、そういう感じを持っています。


2025年11月22日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「災害革命」です。

○ 現在の日本社会に対して楽観視している人と、悲観的に見ている人とがいると思う。個人的には後者の見方のほうが圧倒的に多いと思うが、データは見ていないから確信的には言えない。
 ぼくも悲観的に見ている側にいるが、ここから見ると現在の状況はほぼ手のつけられない末期がんステージ4の段階にあり、ご臨終を待つばかりのように思えている。人知人力でこれを治癒することは不可能だ。そう思う。
 が、これはあくまでも現在の見立てて、遠くない未来に画期的な医学上の進歩があり、治癒できることがないでもない。そういう可能性は残っている。またギリギリ究極の延命策は今もあり、それで細々と社会をつなぎ続けるということも出来ないことではない。ただいずれにしても、今よりもよくなることはないと見えている。

 極論では、いっそすべて壊滅しちゃった方がいいと、そう考える人もいると思う。けれどこれもまた人知人力で壊滅させることは相当に困難だと言わなければならない。これは今のところ党派を組織して行う以外にないが、これを行ってよいことは何もないと言うべきである。何度も見てきたように、同じことが繰り返されるに過ぎないからだ。

 こうなると神頼みか災害頼みになるしかない。そして南海トラフ地震問題で急浮上するのが災害頼みということになる。
 この問題はしばらく前から警鐘が鳴らされてきた。事前に万全な対策や準備を行っておくべきだと言われてきた。もしも実際に地震が発生して大きな被害を被った場合、事前の対策がおろそかだったとして政府や自治体の責任が問われることになる。一次的には自然災害であっても、二次的には人災であったともいう見方も出てこよう。つまりいざというときに役に立たない、そんなものは存在しても意味がないということになり、ただの金食い虫だと非難されることにもなろう。
 それらのものは、個人や民間の家屋やビルの倒壊と一緒に、壊滅した方がいいのだ。大きな災害だと政府機関や機能も停止するかも知れない。その時はまったく民間主導で復旧復興に向かわなければならない。
 つまりその時は、骨身にしみて、これまでの社会のあり方、進め方を反省することになるだろう。大地震をきっかけに、地方の作り方、中央の作り方、そして中央と地方の関係を見直し、新たな形への模索が行われなければならない。それをきっかけとして、まったく新しい地方作り国作りに着手する。それこそが正念場である。

 こういう考えは苦肉の策としての災害革命論だが、裏を返せば人知の敗北論となりかねないことだ。知力、思想の力だけでは変えられないと言うことでもあるから。その辺がちょっと釈然としない。いずれにしてもまだその他諸々の考え方と同様、途中経過の考え方でしかない。


2025年11月21日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「歴史が刻まれ文明が進み」です。

○ どう考えてみても、何度反芻してみても、統括者を抱く組織の領域内では、つまり現在においての世界並びに国家社会においては、階級と不平等は解消されない。
 全世界で見ても、それぞれの国家ごとに見ても、人類の歴史的な現在を喜んでいるのは半分か、もっと厳密に見ていくとごく一部の少数者だけのように思われる。この歴史的な現在は、たしかに、わたしたちが生まれる前の多くの今は亡き人々による血と汗と涙によって成立していると言える。つまり、さまざまな混沌と混乱を経て、人々が理想と願望と祈りを込めた最高の傑作のような形で現在の世界へとたどり着いている。
 そうした時に、わたしたちは先人に対して、ただただ感謝と誇りの気持ちとを抱く。それは間違っていないだろうと思う。それでいいはずである。
 だがしかし、その最高傑作は冒頭に述べたように現在の世界人口のすべての人たちに対して最高傑作となっているのではなく、逆にごく少数の人たちにとって最高の代物となっているに過ぎない。これによって恩恵を被る人々、あるいはそのおこぼれを頂戴する人々によってのみ礼賛される世界であるに過ぎない。これは本当に先人たちが理想と思い描き、望んだ世界なのだろうか。
 ぼくはまだ達成されていないと思う。世界の多くの人たちがまたそれを思い、さまざまな考えと苦労とを進行形で経験しているのだろうと思う。

 ぼくのこれまで見て考えてきたところでは、現在の世界がどこを分岐として現在の世界へと至ったかというと、法による統治が行われたところからまっしぐらに今日に至っていると考える。安藤昌益が言ったところの自然世から法の世への転換点、そこに大きく誤った起源があるのではないかと思う。その誤りが現在まで尾を引いて、階級と不平等で多くの人々を苦しめてきて現在へと続いている。
 それ以前、日本で言えば縄文時代という自然世の時代、階級は確立せず不平等も人為的なものではなかった。たとえば年長に対する自然な敬意や尊重があっただけだ。
 つまり現在のぼくらに考え得る、人のつながりの理想型、基本形はそこにあったのだが、それを後世に持ち越すことが出来なかったのである。
 わたしたちの社会や共同体は、過去に遡ってやり直すことは出来ない。だがそこに遡って、よいものをすくい取り、理想的な未来形成の参考にすることは出来るのではないかと思われる。
 近現代では欧米がお手本となり、わたしたち日本はそれをまねてきた。だが結局欧米の進み方も頭打ちとなり、もはやお手本とすべきものではなくなってきたとさえ見える。もちろん当の日本も理想社会どころかさまざまな問題が山積する社会となっている。
 ぼくらが現在に、あるいは未来に理想とする社会はすでにその原型は縄文にあったのではないか。そういう意識を持って先史を眺め、考え、理想の未来社会を創造的に設計する。そういう地道な作業が積み重ねられていかなければならないと思える。もちろんこれは三千年、あるいは五千年かけての過誤だとすれば、一朝一夕になるものでもなく、相当の年数を必要とするだろう。けれどもこれを本気で考え、取り組んでいくのでなければ、日本社会もどうにもならないだろうとぼくらは思う。
 ぼくらの歩みは遅々としている。だが、みんなに一緒にやろうと呼びかける気はない。自分にやれなければ誰にもやれないし、誰もやろうという気にもならないだろう。どこまで考えられるか分からないが、命がある間は考えようとしなくても考えてしまうだろうという気がする。もとより、どんな意味があるか、どんな期待が出来るかなど、これっぽっちも考えには入っていない。


2025年11月20日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「古代期と子ども期」です。

○ 数日前の桜島の噴火爆発の報道に続いて、昨日はインドネシアの大規模噴火の報道がありました。加えて、日本近海のあちこちで海底プレート付近の地震が多発しているようです。YouTube動画では東日本大震災時の動きに似た動きがあるということで警戒を呼びかけているものもあります。また、南海トラフに関してのものもあり、数年は予断を許さないということになるのかなと心配されます。地震に関して言うと特に太平洋側では、どこで起きてもおかしくない状況のようです。
 東日本大震災と同じ規模の地震が来たら、八割方我が家は倒壊しそうな気がします。倒壊すればアウトですね。できるだけ最小限の被害になるように気をつけていきたいと思います。東北にお住まいの皆さんも気をつけてください。
 また南海トラフもいつでも起こる可能性はあるということですから、影響がありそうな地域の皆さんも気をつけてください。いやいや、地球規模でおかしなことになってきていますね。そういう周期にあたっているのでしょうかね。ちょっと怖いなと思いますが、年が年だけに、いざとなれば諦めると、そういう心境ではあります。


2025年11月19日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「遺恨の表白」です。

○ 真面目にふざけることでユーモアの作に仕立てたかったのだが、読んだあとににやりと笑ってもらえるかどうか疑問だ。

○ 気がついた時には父親がいて母親がいて、そのあとには父親が男性、母親は女性ということがわかってくる。それで人間の世界には、男性と女性という二つの性があって、大きくはその二種に分かれるものだと言うことも理解する。
 自分は男性なので、小さい時からそういうグループの中にいることが多くて、男性については何となく理解が届くところがある。違和感がないし、安心して一緒にいられる気がする。
 一転して、女性のことは皆目分からない。話すことや言葉が分からないというのではない。その性としての女性が分からない。ぼくの考えでは、女性という性を体験したことがないので分からないのだと認識している。もちろん会話もし、言葉も理解し、人間性としての共通部分がある。そしてそこのところでの理解も共感もあるのだが、けれどもその奥底のところで女性という性にぶち当たる。そうすると途端に全部のことが間違っている、誤解している、という気になる。そしてやっぱり女性のことは分からないなあと思ってしまうことになる。
 ところで、70年以上も間近に接して暮らしていながら、結局分からないというのはどういうことかなあと思う。
 人類が誕生してから500万年。その間ずっと一緒に過ごしている訳で、女性とはどういうものだと言うことは代々男性の間で、微に入り細にわたり、語り継がれてきているはずである。女とはこれこれこういうものでと、観察の蓄積からは、もう真っ裸にされて分からないはずがないのだ。だが、ぼくにはそう言い切れる自信がない。様々に女性の生態についての知識を積み重ねても、どこかで理解した気になれない自分というものがいる。

 ぼくの推論、妄想をそのまま言ってみれば、たとえば言葉を用いて会話をすると、相手が女性であろうが話は通じる。言っている内容を理解もする。感情も考えも理解できる。言葉上ではそうだが、しかし、言葉の放つ色彩が男性と女性では違う。今ぼくが当てずっぽうのようにして言えば、その色彩の違いは子宮を体内に備えているかどうかで違うのだと思う。その有る無しが言葉に色彩なり陰影なりを与え、同じ言葉でありながら違ってしまうのだという気がする。
 正確な言い方ではないが、印象として言えば、ぼくの言い方はそういうことになるかと思う。
 差別だ何だと言われると困るが、ぼくはそういうことで、どうしても最終ギリギリのところでは理解できないんじゃないか、そう考えるようになっている。
 こういうことで、では女性の側は男性についてどう思っているのか、寡聞にして聞いた覚えもなく、それはそれで分からない。ぼくは、女性の方でもよくよく考えたら男性のことは分からないなと言う人がいるんじゃないかと思う。そうなるような気がする。
 そして仮にそう考えているんだとしたら、それが究極の考えになるのだとしたら、いったい一緒に生活してきた500万年の歳月は何なんだということになりそうに思える。よく分からないままに過ごしてきたのか、と言うようにだ。

 今日の作に近づけて言うと、冗談を半分交えながら、心の奥のどこかに女性に対する恨みつらみがある。それを言うならば、女性の方にも当然のように男性に対する恨みつらみはあるはずである。そしてこういうことは全然表面化しないのだけれども、表面化しないままに、ずっとあり続け、残り続けるという気がする。ぼく個人としては、少なくとも残りの余生を、すべて女性の言いなりに従うようにして暮らしていきたいと考えている。


2025年11月18日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「言いたい放題の場があることは悪くない」です。

○ むかし、青島幸男とか横山ノックとか言うタレント、芸人などが東京や大阪の知事をしたことがあります。もっといたんだろうと思いますが、それ以降、芸能人、タレントなどが政界にたくさん進出しました。
 そこから見て取れることは、県政のトップや国会議員というのは誰でもなれると言うことでしょう。極端に言えば阿呆でもなれると言うことだと思います。
 とりあえず選挙に当選したとして、その後に大事なことは熟達して優秀な幹部や秘書などがいると言うことだと思います。どんな阿呆でも支えられる人材が周囲にいれば、知事も議員もやっていけると言うことだと思います。

 相変わらず兵庫県の斉藤知事は、「県政を前に進める」という一点張りの主張を繰り返しています。自分の考えを政策に繁栄して実行していくのが使命だと語っています。そしてその付託を自分は県民から受けたのだと。
 しかしその自負する政策などを見ると、特段オリジナルでも何でもないように思えます。全国都道府県の行う政策とそれほど乖離した政策などはないと見えます。
 それは当たり前のことです。
 公立の小学校で教務主任をしていた時に、教育計画作りを任されました。どこでもそれぞれ計画を作りますが、ほぼ基本の柱は同じです。地域の環境等によって独自性が少し出るだけです。各学校の一番上には文科省があります。基本的なレールはそこで敷かれますから、それほど独自性は発揮しにくいのです。もちろん県政はそれとは違っていますが、やはり上には国家があり、自治省や総務省というものもあります。より独立的だとは言え、そうしたものの意向をまったく無視して独立国を作ることは出来ないはずです。ですから、基本的にはどの都道府県でも似たかよったかの地方自治を行っています。
 スローガンは知事の意向が反映するでしょうが、実際に県政を前に進める力は幹部や他の職員によるところが大きいでしょう。そこがしっかりしていれば阿呆な知事でも「県政は前に」進みます。それに「県政を後ろに進める」知事なんかいないでしょうし、そうなろうとしたら幹部や職員が止めるはずです。
 ですから、斉藤知事のようにいきがって「県政を前に進める」なんて言わなくても、知事の力を頼らなくても、県政は黙って前に進みます。それがごく当たり前で、しかも普通のことです。
 何ならぼくの目には、斉藤知事がいない方が兵庫の県政はスムーズに前に進んだんじゃないかと思えるくらいです。いかにも反対勢力に抗して、県民のためになる政策を実行して行くような印象を作ろうとしているかに見えますが、疑問です。改革には痛みが伴い、一時的な分断もやむを得ないふうに考えてもいるようですが、いい気な独断とも見えます。それもこれも一時的な政治の流行です。ずっと周辺で言われ続けていることに手を伸ばしたと言うことで、全然オリジナルでも何でもないです。すでに言われてきていることです。周知のことです。ですから、それに賛同し応援する支持者も一定数いる訳です。反対勢力も応援勢力も、どっちもどっちで同じといえば言えます。世界や日本社会の同時代性の内から、好みのものを選んでいるだけです。
 学校は子どものためといい、地方自治は県民、地域民のためと常に言いますが、よく似ていると思いませんか。一生懸命にやってはいるのでしょうが、どちらも的を外して一生懸命なのです。片方は不登校、引きこもりを生みだして平然としていますし、もう片方は生活苦や生活保護の支給を渋って平然としています。そうして知らず知らず、学校や県組織という組織、施設、機関を守り、防衛するために裏で一生懸命になっているとぼくは思います。一度出来上がったものは潰せないという力学が働くんだと思います。
 斉藤知事がもしも本物の改革推進者だったら、県民局長をああいう形で排斥しなかったでしょう。ベクトルは真反対でも、県民局長の告発の動機も、同じように改革を志向してのことだからです。知事になった途端、追われる身、告発を受ける身になっているのですが、そこに思いが至らなかったのは致命的です。自己擁護、自己弁護に汲々としました。これからも続くことでしょう。それは改革とは真反対の図と言えます。


2025年11月17日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「表出の衝動」です。

○ 高度文明化社会というのが出来上がってしまうと、これは想定を超えて複雑化・多重化した社会で、いろんな領域・分野で解決不能の限界へと押し流されてきているんじゃないかという気がしている。
 たとえば農業政策や農地問題などもそうで、いろいろな意見がある一方で、それぞれにまた問題が指摘されて、これだという解決策が見いだされないと言うことが起きている。もちろんそういう中でよりベターな案を選択して実施して人間社会は進み、これからも進んで行くに違いない。ベストというものはあり得ない。探っていくしか方途がない。それがわたしたちの社会であり歴史であるのだろう。言わば、永遠の運動体として社会はある。
 けれども問題そのものが高度に複雑化して行き、これはどこまで進んでも我々人間の心情や思考に耐えられるという代物なのだろうか。
 これはこれまでもそうしてきたし、これからもそうなっていくのだろうという予測はつく。予測はつくがとてもきつく感じる。要するに、事態に応じて人間自身が進化し、発達するものだという予測に従ってそのことは考えられている。だが、人間には、それに対応できる面と、対応できない面があるように感じられる。
 ざっと言えば、上層には対応できる社会だが、下層には対応できにくい社会へと進んでいる。このまま進むと下層は取り残される。生きにくくなり、少子化のように減少する。上層だらけでは社会は成立しない。ある時にそれに気づく。そして気づいた時にはもう遅い。
 リーダーである、頭のよい上層の連中が牽引してきた社会である。これからも牽引していくことだろう。繁栄ももたらしたが、亡国の危機もまた彼らがもたらしているというべきだ。世に評価されていい気になっているが、ぼくの評価は真逆で、結果として見れば不備を囲った出来損ないじゃないかと心底から考えている。


2025年11月16日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「ちょい満」です。

○ 国会中継で消費税の質疑のほんの一部を聞いた。理解できたのは半分くらいで、あと聞くのをやめた。複雑でめんどくさい。
 聞いているだけで、質問者も答える大臣も専門的知識を持っているように思えた。ぼくらからすれば、相当程度の知識や見識を持っているように見えた。それで偉いなと思ったという訳ではなくて、逆にあまりにも専門的すぎて、どれだけの議員さんがついて行けるのかなと考えた。ほとんどついて行けないんじゃないか。ほとんどがついて行けなくて、理解できる人が数人でとなると、いったいぼくらは、あるいは政治家、官僚などと言ったリーダーたちは、何という世の中にしてしまったのかと恐ろしい気がした。複雑で且つ何重にも重なって、消費税の問題だけでもこれを深く理解しようとすると大変な勉強が必要になる。

 頭がよくないと務まらないとか、そういう話ではない。
 社会システムも、社会そのものも、高度に複雑化した。極端なことを言えば、さらに高度になっていくと、社会システムや社会そのものから人間がふるい落とされる、そういう笑い話めいたことが本当に起きるのではないかという気がする。あまりに複雑で難しく、普通の人間には手のつけられない世の中になっていきそうである。また現になっていると思う。
 ホントは逆に行くべきだったのではないのか。誰にとっても分かりやすく単純にと言うような社会が望ましかったのではないのか。
 これでは政治家も官僚も、普通の生活者の感覚を持てないだけではなく、理解できなくなることは当然だ。逆に遠ざかっていくばかりだろうと思う。仕事に熱心で忠実であろうとすればするほど、そうなって行くに違いないと思える。


2025年11月15日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「大きな岐路」です。

○ 島尾敏雄さんが夢世界に題材を取って書いた作品がいくつかあったと思う。ほとんど忘れてしまったが、作品化するために島尾さんは枕のそばに紙や鉛筆を置いて、目覚めた時に思い出せる夢の内容をメモしていたというエピソードだけは覚えている。島尾さんによれば、夢の体験も現実生活上の体験も体験としては同等に思えるというようなことを言っていたかと思う。
 そういうこともあって、ぼくは現実体験も夢も、意識の体験として考えると同じ重さ、あるいはまったく同じではないかと考えたい。考えたいがまだ明瞭ではない。意識ってやつもまだよく分からない。

○ 意識というやつは、気づいた時には言葉と不可分である。そこでは意識はそのまま言葉となっており、言葉はまた意識そのものだというようにも見える。
 言葉がまだない乳児にはしかし、意識がある。そのことは観察してみると明瞭である。大人の視線から見ると、乳幼児のその意識は夜明け前のようにぼうっと薄暗い感じに受け取れる。言葉の獲得は徐々に進むから、それに倣うように幼児の意識も明瞭になっていく。少年少女期はまだ語彙の数が少ないので、意識としても完全に開けたと言えるとこまでには至ってはいないのだろう。
 この角度から考えた時に、言葉と意識とはどういう関係なのだろうか。違うものなのか同じものなのか。
 ぼくらの内観によれば、言葉と意識は同じに思える。幼児がそうであるように、言葉なしには意識の成長はないような気がする。ただし学問的には言葉と意識はそれぞれ分野として別になっていて、別物の扱いとなっている。ぼくらは別に学問として考えているのではなく、実感としてこうだというところで、ではこれをどう考えたらよいかというところで考えている。つまり実際的には一つに張り付いていて分けようがないのだが、知識や学問としてはこれを分けて考察している。

 こういうところでいつも首をかしげることになっているが、別に急ぐ旅ではないので、ここではっきりさせる必要はない。


2025年11月14日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「たゆたう意識」です。

○ 現実世界というのを、ぼくらは身体が動き回る世界のことだと考えてきたと思う。けれども老後になって、なおかつあまり活発な身体的な活動をしなくなった今、それはちょっと自分の実感とは違ってきている気がする。
 身体の動きは少し鈍ったのだが、同じように意識活動も鈍るかというと、意外とそうでもない。昔のままだし、下手をすると身体の動きが減った分、意識の活動はより時間が取れるようになり、活発になっているかも知れない。
 別にそれがどうだと言うことでもないが、意識活動が中心になっていたり、切実に感じられたりしていて、ぼくにとっての現実世界というものも若干こちら側にシフトしているのではないかと思う。
 こうなってくると、意識世界もまた、ぼくらにとってはもう一つの現実世界ではないかという考えが起きてくる。

 むかし日だまりの中にいて、うっとりとして眠くなったという経験がある。意識が無意識に下って行く、あるいは溶解して行く感覚だが、大変心地よいものだった。
 これとは真逆の方向に、たとえば夢の中で空を飛んでいて、しばしば落下しそうになって恐怖に慄くというような入眠時の体験があったりする。こちらの方は、入眠時の意識の動きによって、おそらくはその時は身体に力が入り硬直していたはずだと思える。
 先の場合は身体の状況によって意識が影響された例であり、後の話となると、意識の動きによって身体が影響されたという話になる。
 後の方の例で言えば、心的な体験として言えば現実世界でのそれよりも強度で、そうなると意識としては現実以上に現実的に受け止めると言うことにななると思う。

 こういう境がちょっと微妙になった。

 ぼくの老後の生活は、意識世界を逍遙すると言うことを割に多くやっている訳で、ともするとこちらの方が現実的と言っていいくらいになっている。そして老後と言うことがすべて、衰退や劣化のような言い回しで語られる時に、いや、そうとばかりは言えないんじゃないかという気が少ししている。身体の活動範囲は確かに狭まってきたけれども、意識の活動範囲は逆に、無限の広がりをみせてきている。そして探索しようとさえすれば、どこまでも自由に行けて制限がない。怠惰で貧乏な年寄りには、うってつけのいい遊び場になるような気がする。

 角度を変えて言うと、意識世界が現実世界より比重が大きくなったと言えばいいだけのことかも知れない。でも、それだけではなくて、意識世界が現実になる、それが老後だと言いたかったのだが、そこまで考えきれなかった。


2025年11月13日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「部屋の中」です。

○ 掲示板内に、nishiyanさんからの「水詩(みずし) #20」が投稿されています。是非そちらの方もご覧ください。

○ 初めに無秩序であった人間の世界も、歴史を積み上げてきて秩序を構成してきた。その最先端は現代で、ぼくらは法律をはじめとして様々な決め事の中に生活している。けれども人間そのものは、ある決まり事を共同のものと受け止めて遵守しようとし、おおむね守って生活もしているのだが、完全に縛られてよしとするものでもない。日々社会に起きる様々な事象を見れば、人間とは、そうした決まり事や法律などと言うものまで、軽々と超えていく、そういう生き物だということがわかる。
 人間は、法律を作りもするが、法律を破りもする。そこには抑制したいという動きと、わがままに振る舞いたいと言う相反する2つが同居している。
 現在までのところ、規制はことごとく失敗してきている。法によって、完璧に、百パーセント、人間の行いを縛ることはできない。争いが生じ、混乱する。
 それでも我々は平和で平安で、幸福な世の中を目指すものであって、願ってもいる。当然その時に、法の力で無理だとすれば、それに代わる何かを考える。そしてそれを見つけかねているのが現在である。

 共同で、自然の大きな力に対峙した時代がある。その時は、協力して助け合うほかに道はなかった。誰しもが、わがままな振る舞いよりも、助け合い協力し合うことを優先する時代であった。自然と対峙するという大きな目標のために、わがままどころではなかったとも言える。もちろん小さなわがままは絶えないし、諍いがなくなることはなかったに違いない。だが、今から考えれば、許容できる範囲のものではなかったかと思える。
 安藤昌益が考え、ぼくが共鳴したのもそこのところで、一言で言えば線引きの問題だ。どこまでを是とし、どこからを否とするか。安藤は自然世と法世とに分けて考えた。自然の摂理に従って、自然な抑制や助け合いが片方にあり、また一方には自然な発露としてのわがままがあり、それらが調和した時代。言わば人の暮らしが自然に支配されていた時代を、安藤は自然世と言った。これに対して安藤が法の世と言ったのは、人の暮らしを人が支配する時代になって以降の世の中のことを指している。人が人を支配するその要は法であり、法は自然ではなく、人の作意、考えからできたものである。人は人として同じであるにもかかわらず、一方は法を作ることに携わり、一方は作られた法に縛られる。そこがそもそもの間違いだと安藤は考えたように思う。人は、自然という人智を超えたものの前に平等であったが、法のする支配によって、崇めたり恐れたりする対象が自然ではなく、自分と同じ人間にということになった。自然に対してなら仕方ないと諦めるほかなかったことが、対人間ということになると同じようには行かない。法の世となって騒乱、混乱は頻繁になり、規模を大きくして行った。自然世の時代の調和は永久に崩れてしまった。

 人間は自然物である。奥底には動物が住んでいる。法によっては左右できない面を誰しもが持っている。当然理知、理性によっても、である。これを教育、洗脳によって変えていこうとするのも大きな間違いである。

 そもそもから人間は大きな矛盾を抱えていると言うべきである。それが高度文明社会と呼ばれる現在になって、その矛盾そのものが拡大し膨張し、そのことによって超快適な生活を送る者もいれば、反対に苦しい生活を強いられる人たちもいると言うことにもなっている。そしてその苦しさの質も量も拡大しているように思われる。しかも、その苦しさが物的である以上に、心的であることが一番の問題だとぼくには考えられる。つまり、きつくて窮屈だというのが見えない。

 ぼくがどんなに考えたところで、結論に至ることはないだろう。偉い先生たちの分野だろうから、ぼくなどが無理するところではないのだ。だがそれでも、ぼくはぼくなりに知りたいのだな。ぼくなりに考えたいのだな。そうして知りたい、考えたいのほかには何ものもない。人間には、人間によっては説明できない一面がある。人の役に立たない、自分の欲求だけのために、しかし、長く生きたいと思うことが時々ある。


2025年11月12日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「寂しい帰結」です。

○ メジャーリーグで活躍する大谷選手みたいな人と、毎日部屋にぽつんと座って暮らしているぼくのような人と、人間的な価値に上・下や優・劣というようなものは発生するのだろうか。世の中の評価では雲泥の違いがあると見なされるだろうが、ぼくはその評価を採用しなくて、もって、人間としての価値に違いはないというのがぼくの考えだ。
 ぼくは自分を無名でちっぽけで、あまり社会の役にも立たないだめな人間だとは思っていない。そう見られる側面はあるけれども、それは一本の樹木に例えれば枝葉の部分についての評価であって、全体について言っているものではない。「根幹」という言葉があるように、本当に大事なところは根や幹の部分である。目にしやすい枝葉の部分だけを捉えて人間を評するのは、少し安易だ。ぼくはそういう見方をしない。
 あえて自分自身を比較に出したが、ほんとうは社会からも家族からも引きこもっていて、自分の価値が見えなくなっている人について言いたかったのである。大谷選手と同じ価値がありますよと、知ってもらいたいし、また納得してもらいたい訳なのだ。それを、誰が読んでも納得する言葉として文字として表現したいと書き続けてもいるが、まだなかなか思うようなものが書けない。
 手っ取り早く「同じ」を発見するには、ぼくの呼びかけよりも、安藤昌益や三木茂夫の著作を読む方が手っ取り早い。ぼくの言う「同じ」を理解するはずである。多分直感的に理解するはずで、その後自分の中で直感的に理解したものを論理的に組み立てていけばよい。そこまで行けばとりあえず、それまでよりも自分を肯定的に見ることが少しできるようになるはずである。そうしたらいずれ、自分と同じように苦しむ人への理解も進み、今度はそういう人の理解者にもなれる。なれなくてもよいが、きっとなっていくと思う。ぼくはそれを潜在する力と考えていて、心の底からそういう人に希望を託している。きみの力が必要なのだ、と言うようにだ。
 こうした行き方はしかし、少々知的でハードルが高い。ぼくらは直感ですました方がよいし、何ならぼくのような無名のものの言葉を、ただの何の考えもなしに信じてくれたら一番よい。でも、そうなるとまた一念仏の宗教になってしまうから、そうとは言えない。こんなところにもジレンマが転がっている。
 どうしたらいまの追い詰められたような心持ちをチャラにして、自分は自分だよと、世界に一人立つ存在としての尊厳に気づいてくれるだろうか。大谷君だってイーロンマスクだって、人間的価値において、尊厳において、まったく同じである。彼らが顔を上げて、きみがうつむかなければならない根拠なんてどこにもない。ただつべこべ言う烏合の衆がいるだけだ。そしてその烏合の衆の本質は幻だ。心においても頭においても、幻は幻として消すことができる。狭苦しい人社会から自然世界に目を転じたら、少しそのことが分かるかも知れない。


2025年11月11日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「ありもしないもの」です。

○ 倫理とか哲学とか、人間が人間に向ける厳しい知的な視線というものですね。これは意識の行いと言える訳ですけど、なぜそういうことをするかと考えると、ほかの生き物、人間以外の自然や生き物に対してですね、何かしらの後ろめたさが人間の側に生じて、それでそういうことになっているんじゃないかと、そう思います。
 観念というか、概念というか、そういう中には一部「ありもしないもの」を人間は作っています。それは自然に対して、一種の後ろめたさとして作用しているんじゃないかと、まあそういう考えです。

 ですが、そういう「ありもしないもの」を代々祖先から引き継ぎ足して、現在へと作り上げてきたことには理由なりがあるんだと思います。ですからまったく否定する訳にも行かないと思います。まあそこで折り合いと言いますか、そういう観念とか概念的なものとの適度な付き合い方というものが大事になってくるかなと思います。過度に縛られてもいけないし、無視してもだめだと。そういうことが個々の知恵ということになるんでしょうか。ぼくはあまりうまくやってない気がします。この年になってもです。多分これからもそうでしょう。


2025年11月10日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「記憶のキャンバス」です。

○ 知識はあまりないのですが、縄文時代は1万年を超えて続いたと聞いています。弥生時代とそれ以後の現在までで約5千年。
 特に当てもなく、ただそのことをつらつら繰り返し考え続けていますと、何か不思議な感じになります。縄文の1万年は、初期と晩期は多少ざわざわするところもあったのでしょうが、中期は比較的安定した状態だったろうと想像します。定住もしてとなると、何千年も似たような生活が続いたということになります。
 人たちの間に何があったかというと、ぼくは一番に自然の熟知があったと想像します。自然のあらゆるもの、植物を初め動物から山や川の地形、天候、天体などの観察を毎日続けていたと思う訳です。もちろん、親兄弟や集落の人々とも年中顔をつきあわせた生活をしていたでしょう。先祖や地域の伝承とか口伝も繰り返し繰り返し耳にもし、口にもしたことでしょう。練りに練られた知識と言いましょうか、例えば植物で、これは食べられるものだとか食べられないものだとか、そういう後世にも及ぶような生活上の基礎基本の知識というのは、その時代に確定したんじゃないかとこれまた想像します。それの正しい知識はぼくにはありません。でもそうじゃないかなと言う想像をします。一事が万事で、1万年という悠久の時間の中で、たくさんのことを発見、発明し、また確定された時期なんじゃないかなと思います。家族内、集落内で情報は共有され、飽きるほど会話が繰り返される中で、何が毒で何が毒でないとか、はっきりしてきた時期じゃないかと思います。つまり、どう言いましょうか。生活全般にわたって、すごく深いところまで知的な触手を伸ばすことができたんじゃないかなと考えます。自然のことに限ってで言えば、現在のぼくらよりも遙かによく分かっていたんじゃないかという気がします。しかも代々に渡って言い伝えられていることも重なって聞いて知っていますし、自分でも確かめて知っていることになります。なおかつ、集落のみんながほぼ同じ生活をしているから、ちょっとした新しい情報もすぐ知れ渡り共有されます。
 もっと想像を膨らませると、ぼくは心とか意識というものも、近縁にあるという気がします。これはお遊びだという前提で言いますと、現代人を18歳としたら、縄文というのは5、6歳で、大人と子どもほどの違いはあるが話は通じると、気持ちは通じると、それくらいの差でしかないんじゃないかなと考えます。
 つまりぼくが昔に想定していた以上に、縄文人というのは原始未明の人たちよりも現代人に近いんじゃないかなと思う訳です。まあ、そんなふうに思っていますというだけのことです。

○ 昨日の朝、NHK党・党首「立花孝志」が逮捕というニュースがありました。兵庫県文書問題をきっかけに、兵庫県知事を応援した人物とか変に人気が出た人として見ていました。反対派の人には「ホラッチョ」と呼ばれたりして、あまりよい印象もなく、無茶なことばかりする人だと思っていました。ただ口がうまい人だという印象で、対話したら絶対勝てない気がする人でした。もちろん話をする気などさらさらありませんし、演説から何から、口から出任せが多い気がして信用できません。
 記憶上では学生時代に一度、この人に似て、言っていることがホントか嘘か見極めがつきにくい人がサークルの先輩にいたことを思い出します。ぼくには割に優しく接してくれて、よく声もかけてくれました。ただ考える世界が違う、住む世界が違うという感じで、最後まで正体不明の感じが残っています。サークルが解散してから、自然と行き来はなくなっていきました。立花孝志という人も、ぼくの経験上あまり付き合うことがなかったタイプの人で、よく分からないし、興味もありません。
 強く印象されるのは、兵庫県百条委員会のメンバーだった県議数人に、デマや誹謗中層、それに脅すような振る舞いをしているのを見て、まるでゴロつきだなと見ていました。野次馬の視線からは、逮捕、実刑が相当だと考えます。「NHKをぶっ壊す」という主張、考えには少し共感するところがありました。そういう着眼点がどこから来るか分かりませんが、ユニークに思えました。でも結局、結果は残せなかったと言うことだと思います。


2025年11月9日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「ほぐす人」です。

○ 今日の作では、一部言葉遣いが不適切かなと思うところがある。だが適切な言葉が思いつかなくて、訂正していない。言葉以前の潜在意識として、自分の中に不適切さはみじんもないと確信している。語彙力、言葉の選択力、そういう基本的なところ、また技術的なところが相変わらず未熟だと考えている。訂正せずとも真意は理解されるとも思っている。

○ 国旗損壊罪という法律を作る動きがあるらしい。お笑い芸人の「カンニング竹山」が、詳細は分からないがそういう動きに反する意見を言ったとかで、SNS上で批判されているという記事を見た。
 想像では、日本人が政府に反発して日の丸国旗を切り裂いたり焼いたりする行為を止めようとする動きなのかと思う。その行為もあまり褒められたものではないと思うが、これを止めるにわざわざ法律を作らなければならないと言うことも、どこかしら子どもじみて大人げない気がする。
 ぼくから見ると、どちらの行いも一枚の紙の裏表であり、同じく低レベル同士の対立だと言えばそれで終わる話だ。
 ただ原理原則的なところで考えて言えば、一般国民が政府等に対して反発の意志から国旗を燃やすなどは、権力を持たない側の意思表示として、当然にあってよい行動の一つだと思う。主権在民、国家主権を謳っている国家なんだから、それくらいのことは許容してしかるべきだと思う。
 こうした問題のこれまでの流れをざっくりと考えると、国旗損壊をするのも日本人の中のほんの少数で、これに目くじらを立てて「反日」などと騒ぎ、法律を作れなど言うのも日本人の中のほんの少数に過ぎないと思える。だから双方の動きに対して、ほとんどの国民は支持しない、賛成しないんじゃないかなと思う。どちらにしても少数派で、それもまた面白くなくて一方は国旗を損壊し、一方はそれを法律で阻止するというような極端なことを選択することになっている気がする。
 ぼくの個人的な思いだけで言えば、国旗というのは文字通りに国の旗で、国の標識、もっと簡略に言えば、印だ。個別にはどんな思い入れをしてもしなくてもかまわないが、その思い入れを他者に強制する必要もない。自分で思っとけばいいのである。それを法律に定めて損壊させないというのは、政治家、国会議員という立場を利用し、一種の卑怯な言論弾圧じみた行いのように見えて汚らわしく感じる。政治家、国会議員なら、そうした国旗を毀損する行為を積極的に自分たちに対する政治的な批判と受け止め、自分の言動を正すきっかけにこそすべきではないのか。それこそが真に日本的、伝統的なのであって、それをそう来たならこうすると好戦的になって法律を作ってやっつけようというのは、それこそ欧米化の極致とぼくは思う。「反日」と声を大にするものこそ、実は頭のてっぺんから爪の先まで欧米流が染みついているのであって、非日本的である。
 現在の世界標準、世界普遍の思想というものは、あくまでも近代西洋、そして現在は欧米を基本に広がった思想であり考えである。我々日本人は、それを祖先から継承して作り上げたというものではなく、輸入して、加工して使いこなしているに過ぎない。そして自分たちもこの世界標準、世界普遍の舞台の上にいるのだと信じている。自力で作り出したのではないくせに、だ。そうして嫌みな言い方をすれば、欧米流の文明文化に何一つ批判もできなければ批評さえできずに、ただその借り物の文明文化の上に乗って、自分たちも一緒に作り上げた一員であるかのような顔つきをしていたりする。それはぼくなどから見れば、過去の日本人に、祖先に、後ろ足で砂をかけているのと同じように見える。
 明治期に日本を訪れた外国旅行者の手記の中に描かれた、貧しいが家族から地域からが寄りそい合い笑顔と幸せに満ちた庶民の暮らし。それをいったいどこに置き忘れて来たのか。それらを全て捨てて、富国強兵して、まだその流れのままに進もうとするのだろうか。いったい何のために。いったい誰のために。
 やや強引になるが、こう考えてみると、国旗損壊罪の成立を企むものたちは富国強兵論の流れをくんでいるんだろうとぼくは思う。それは間違った考え方だと思うが、強く否定する気にもならない。いずれそれは過疎化や高齢化や少子化の形で、現実社会が彼らに突きつけるだろう。馬鹿が政治を行うとそうなる。


2025年11月8日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「処世訓」です。

○ 世の中に尊敬できる人はいっぱいいます。また偉い人、立派な人もたくさんいます。科学者でも政治家でも、あるいは農民、漁民、その他職種に関係してもしなくても、すごい人は数え切れなくいます。ただぼくはそういうことをすごいとは言いますけど、本当にすごいとは思っていないのです。すごいけれどもすごくない。どうしてそういう思い方、考え方をしているかというと、そういうすごい人たちよりももっともっと、ずっとずっと、すごい人たちがいると思っているからです。
 そのことはぼくの中では確信的なのです。実存していると思っているのです。ですがぼくはその人たちを知りません。見たこともなく会って話をしたこともありません。
 その人たちは上記に上げた人たちよりも、格段に社会のために、人たちのために役に立ってきている人たちです。社会や世の中のために、なくてはならないすごい人たちなのです。彼らがいなければ世の中が、社会が成り立たないと言っていいほどの人たちなのです。将軍がいなくても、分業の職業人が全部消えても、その人たちがいると社会は、世の中は続いて行きます。だからぼくはその人たちが一番偉い、すごいと思っているのですが、悲しいかな、ぼくの目には映らないのです。あなたの目にも映らないでしょう。ぼくらの目の届かないところに、隠れて存在しているのです。その人たちを探すことも、ぼくはずっとやらなくてはいけないぼくの大事業の一つなんだと考えています。とても地味にやり続けてきてはいるのですが、困難もまたずっと続いているところです。


2025年11月7日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「言葉の力」です。

○ しばらく前から本が読まれなくなったという声は聞く。自分でもそう思うところがあるが、本当にそうかどうか、また本当だとしてどういう理由によるのかは分からない。ただなんとなくそうだなあと思ってやり過ごしてきた。
 ぼく自身は若い頃は小説好き、文学好きだったが、民間会社に就職してから以後、漁って読むことをしなくなった。フィクションを紡ぐ言葉に魅力を感じなくなったり、言葉の力そのものに懐疑的になって行った気がする。ただそんな中でも吉本隆明さんの表現だけは追い続けた。
 言葉の魅力、言葉の力。そこに以前ほどぼくを引きつけるものはないように思える。ぼくの中でそれは減衰してきた。だがぼくの中で減衰したものが一般化できるかというと、そうではないと思う。現在でも、ぼくらが若い頃のように、本なり言葉なりに救いを求める若者はいると思うし、そういう人たちにとっては本も言葉も水が砂地に染み込むように内面に染み込むものになっていると思う。
 少なくともぼくには本も言葉もそういうものではなくなってしまった。だからといって飢えがなくなったというのではない。同じように飢渇感はあり続ける。だが飢渇感を癒やす言葉が、余所にも自分の中にも見つからないままだ。
 いろいろに言うことができる。たとえば「善」と言う言葉があるとすると、「善」と言う言葉の向こう側、それがあるかないかも含めて気になりだして、「善」と言う言葉が使いにくくなってしまっている。ぼくが陥っているのは、そんな感じに近い。これは現象的には言葉の衰退を思わせるが、もしかするとそうではないかも知れない。一つの必然として、ぼくたちの意識とか精神とかはそういうところに向かわざるを得なくなっているのかも知れない。そうではないかも知れない。そんなところが分からなくなっているのだ。別にこんなことはぼくだけの問題意識と言うだけで、別段ぼくは研究者でも探索者でもないのだ。ただそう言うところで一人で喘いでいる。つまりどうにもならないし、何にもならないことなのだが、にもかかわらずこうなっていると言うことは分野領域などは別にして、よくあることなのだと思う。そうして、窓を開けて青空を見上げると、そんなことは全部、一時的にであるにせよ頭からきっぱり払い落とすことができる。ぼくはそうやって日常というものを送っている。致命的かも知れないが、ぼくは考えることが嫌いだ。


2025年11月6日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「個幻想からの発信」です。

○ 主に政治界隈の出来事だが、ある人の不正を糾弾する側の不正が、これまた簡単に露見するということが起きている。メディアが多様化し、一人二人の口を封じる力学が働いても、すべてを黙らせることができなくなった、そう理解すべきところかも知れない。
 不正のない政治家もいなければ、社会人もいない。そういう社会になっていることは薄々理解している。仮にそうとまでは言えなくても、誰もが臑に傷持つ身、叩けばほこりが出るということになっていそうである。これもまたある程度想定されていたことだ。大抵の人間はそうで、人間の社会というものもそういうものである。社会人として10年も経過すれば、そんなことはすべて目に見え耳に聞こえる。
 以前の日本社会は、少々の不正には寛容で緩やかで、持ちつ持たれつのところがあった。「芸の肥やし」と言う言葉が象徴していたのもそういうことだ。それが今は通用しなくなった。
 これはよく分からないが、最近になって急に「建前」が前景に押し出される社会になった。「本音」は後景に隠される。もちろん以前から「建前」が前で、「本音」は後ろという傾向は強くあったのだが、ここのところの「建前」の前景化はひどく極端になった。きれい事過ぎて、ぼくには街からの喫煙締め出しの徹底化に似て感じられる。ちょっと異常に感じられる。
 だがこうやって政治が自滅していくことは悪くないと一方では思う。そしてまた一方では、社会が自滅していくのではと不安に思う。「水清くして魚棲まず」みたいに、クリーンすぎる社会に人は住めないのではないかという疑問が生じる。自分で自分の首を締めていることになるのではないかと思う訳だ。善悪で一つ。善悪をふたつに分けて、善だけの世にするというのは無茶だ。だが、無茶なことを言い張りそうな人間はいる。サイコパスと称される一群が、その中に入りそうな気がする。少年少女期に自然体験が乏しいと、そうなりやすいとぼくは思う。偏見かも知れないが。


2025年11月5日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「きんこじ」です。

○ 「きんこじ」とは、孫悟空のあの頭の上の輪っかの名称です。

○ 以下は今日の作に無関係な思いつきの文です。だらだら書いていますので、忙しい人は無視してください。

○ 人間は愚かで馬鹿です。それは普通は誰にでも分かることで、なので誰も自分の考えを天上に運んで飾ったりしない。安藤昌益は、そういうところで国の創始者や孔子や釈迦を、馬鹿の中の馬鹿扱いをした。
 従った民衆は、生き物の中で最も馬鹿な人間の巧みなペテン論法に引っかかったまでのことで、安藤は彼らを馬鹿だとは言わない。民衆はより自然の生き物に近く居て、本当のところは王やそれに準じる指導者に仕えるのではなく、自然の精に使えるものであることを知っていたからだ。王や指導者たちは、あたかも自然の精の使いのように振る舞い、自らの言動を自然の精のように模しもしたので容易にだまされた。盗人たちは虎の威を借りた。自然神の威を模した。
 自己存在を通して、人間は根源的に馬鹿であることを把握していたのは民衆である。なので人間たちの中で最も自然な生き物に近い生き方をしていた。人間としては大事な、謙虚と言うことにいち早く目覚めていた。
 一番馬鹿だったのは、腕力と知謀に長けた、人の上に立ってはばからないものたちだった。人の上の上に立って、天に近い存在だとうぬぼれた。馬鹿の中の馬鹿だ。
 彼らは、蟻が蟻と違わぬ世界を築き上げたと同じように、長い年月をかけて人間の世界を築き上げた。蟻と同じことを成し遂げたに過ぎないのに、周囲に自分をたたえさせた。だがそうして築いた人間の世界だけは自然に反した世界であった。
 以降、人間の世界はますます自然から遠ざかっていくことになった。人為の世界、法の世界へ突っ走った。現在もまた、その流れの途次にある。人間世界はますます人工化して行くであろう。それは人間が馬鹿で愚かだからだ。
 「不易と流行」の言葉が示すように、人間世界にもまだ人工的な発達のほかに自然的な発達も存在する。不易、つまりゆっくりゆっくりの自然的な発達は、身体的なものであり、心的なものである。生き物の特性は「食と性」であり、これは身体の中でも内臓が司っている。これが大事であって不変である。もしくは変化しても非常にゆっくりとしか変わらない。
 人為の世界、とくに技術文明の発達はこれに比すと非常に早い。つまり流行であり次から次へと移り変わる。
 この不易と流行の部分の開きが拡大し、今まさに人間の心と精神は身を捩るようにして苦しみ始めている。不易の心と流行の精神とが、内面の中で折り合いがつかなくなって、ざわざわと軋み音を上げている。
 これは人間世界の繁栄と裏表の関係にあるというのがぼくの見立てであるが、おそらく一顧だにされない。だが現実社会に起こる様々な出来事、様々な事象が、やがてそのことを教えることになるだろうと思う。

○ 一般の人たちが、日本が好きとか日本人は立派だなんて言うのは少しも嫌な気がしない、しかし政治家や知識人っぽい人たちが日本人ファーストだとか、逆に外国人を否定したり、日本に帰化した人たちを否定したりするのを見聞きすると嫌な気持ちになる。また学者のくせに簡単に反日と言う言葉を口にすることも嫌いだ。もっと言えば馬鹿で愚かだと思っている。
 そもそもの日本の成り立ちを考えれば、周辺国に対して日本国を名乗ったのは大和朝廷成立後だが、その前から島国もあり、そこに住む住民もいた訳で、じゃあ日本人とは誰だったんだという話になる。日本人はもともとこの島国に発生したと言うことであれば別だが、そういう話はない。今のところは三つくらいの方向からこの島国にたどり着いた人たちがいて、その人たちが単独でか結合してか前日本人が形成されていったように考えられている。日本国と名乗る前の住民だから前日本人と言ったが、日本人に成る前の元々の日本人と言い換えてもよい。そういう混血した人たちが形成したのが縄文人だと考えると、元々そこでもう外国人の血が混じっているじゃないかとぼくなんかは考える。では、現在の日本人の祖先は縄文人かというとそうではなくて、弥生時代と呼ばれる時期に、かなりの数の渡来人が日本に渡ってきたとされている。中国系、朝鮮系の人たちが多いと言われている。大和朝廷はそのあとの成立で、その時点でもう種族としての日本人は成り立たない。先住民の一族であったかも知れないアイヌ民族は北海道に追い立てられた。
 日本の文化人の多くは、日本と日本文化および日本人のルーツを奈良朝あたりに考えたがるが、一応そのあたりが日本国としての国家的な出発点ではあるものの、突然のようにそこに日本が現れたものではない。日本国としての前身があって、その前身は純粋でも純粋種でもない。現在から考えるよりも遙かに混血的で、DNAがそれを教えている。ぼくの考えるところでは、渡来人の渡航は数世紀以上にわたって繰り返され、弥生人とか弥生文化はそれなしには語れないという気がする。
 東北や九州の一部に残った縄文のDNA継承者からすると、それこそ渡来人は移民だが、次第にその数が増えて、もちろん縄文人との混血も増えて、西日本はそれこそ渡来の文化に染まり席巻されたように見えたかも知れない。下手をすればそこで、日本は渡来人によって建国された国ということになるのかも知れないのだ。
 今さら日本人を純粋種のように装うことには無理がある。それを言うのは逆に、日本の古代史以前に対しては反日的である。縄文人はそもそもが他民族の血が混じっての縄文人だから、渡来系その他の日本に渡ってきた人々に対しても寛容的だったと思われる。意固地に排外主義的ではなかった。だから弥生系渡来人たちは、何度となく日本に渡ってきたはずなのだ。要は日本そのものを純粋化したり、または排外的であらねばならぬ理由はどこにもない。逆に国家が成立して以後は、国家があるために排外的にならざるを得なかったのである。それでも渡来人の重用は長く続いた。日本の歴史、その自然な発展史を自己都合で勝手に解釈し、自己都合で語るのは馬鹿だ。ぼくの考えも含め、どれも推論に過ぎない。そうしてその推論に過ぎないものを、他者に押しつけようとしてはならない。


2025年11月4日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「老後の心象その三」です。

○ 老後には希望と絶望が混在するなど、心的には豊穣な世界だと言っていいと思います。豊穣すぎて何から手をつけたらいいのか、何から話したらいいのか分からないくらいです。ただ若者から壮年までが主流となるこの世界で、老年のそれは旭光を浴びないので世界の片隅に息を潜めるように存在しているだけです。
 当事者のぼくらはそれでいい訳です。豊穣な世界のあちこちを気ままに探索できるからです。そうして真実のようなものも独り占めにして楽しむことができるからです。共有する必要はありません。若者や壮年は少しもそれを求めていないからです。太古には崇められた長たちの知見は、現在は老害として見向きもされないのですから、仕方が無いでしょう。その代わり、無責任で且つ自由でいられます。
 幼年の日の恐れ、不可解、不条理は老後にも満載していて、ハラハラドキドキだってあります。ひとりで楽しみ、味わい、かみしめることができる、そういう老後の時空です。ある時には恐怖を、またある時には居心地の良さを、ぼくは言葉にして、心の実際が表現できているかどうかを検証します。今までのところ、これがなかなか合致しないのです。合致させることがひとつの持ち越された楽しみでもあります。
 今日の作には老後の影の面、負の面が強調されて出ていますが、タイトルに「その三」としたのは、老後の心象としては脇役の部類のことだからです。「その一」にはなっていないからです。ちょっと遊びも入っています。その一は何かというと、多分毎日の表現の総合を分類し、解析した時に、一番多く表出されている何かになるんだろうと思います。まだそれをやっていないので、自分でも分かりません。もう少し先に行って、そろそろいいと思う時が来れば、そのこともやってみたいと思います。まだその期ではなく、まだまだ無意識に書き込むことがたくさんある気がしています。


2025年11月3日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「人の心の考古学」です。

○ 歴史は一般に勝者の歴史と言われたりします。それをかいくぐって、真実の歴史、真実の人の心を探ろうとするのが考古学かなと勝手に考えたりしています。ですから、歴史時代以前の先史の歴史について思う時にも、知らず知らずのうちに遺跡や遺物の奥に埋められた当時の人々の心、思いというものを探している自分に気づきます。
 それはつまり現在で言えば、表面に飛び交う、目につきやすい言葉、思い、心に飛びつくのではなくて、表層に現れないそれらに思いいたすということになりましょう。ですからきっと未来の人たちにあっても、過去、そこには現在も含まれますが、そこに目を向けると言うことは必ずしも流布された表層の言葉や思いを探ると言うことではないと思うのです。必ず埋もれたり隠れた昔の人の思いや心を探そうとするのだと思います。そうしますと、必ず、現在に埋もれ、隠れた人の言葉や思いというものを発掘するんだとぼくは考えています。信じています。その時にぼくはそういう埋もれた心や思いは光を放つだろうと思っています。未来の考古学者にとって、いや、正確に言えば未来の心の考古学者にとって、隠れたり埋もれたりしている時代の心にこそ時代を知る手がかりがあると考えるはずです。ですから、辛く生きている人、社会の役に立っていないと見られる人こそ、未来からは真実を伺うレンズのように貴重なのです。未来社会に役立つのです。
 そうしますと、現在に負としてみられる、ただ生きているだけのような生き方というものは、負的でも何でも無くて、価値あるものだとも言えましょう。未来から見て勝ちになるのであれば、現在から見ても価値が有されているはずです。ただ現在横並びに存在すると、その価値に気づけないだけです。ぼくはそう思っています。

○ 社会を見回した時に、情報の収集と発信に大きく貢献するのはメディアかなと思います。そのメディアが何から成っているかというと、これは一つの側面ということで言うのですが、「大卒知」と言ってみることができるんじゃないかなと思います。「大卒知」と言っても、大学そのものはピンからキリまで幅広くあって、メディアに就職する「大卒知」もやはりピンからキリまで幅広く混在していると思います。
 それでも言えることは、その「大卒知」には「大卒知」のエリートは含まれないと思います。また知的水準で言えば、「ぼんくら知」も入らないと思います。ですから「大卒知」でも、中間から上の下くらいの幅の知で、そこは構成されているように思います。もっと簡単に、正規分布で言うところのベル曲線の標準帯域にあるといってもいい間も知れません。違っているかも知れませんが、そんな気がします。
 そんな知的水準のところで情報の収集と発信が行われていると思います。収集の仕方にも発信の仕方にも、その水準が反映しているだろうと思います。つまりちょっと嫌な言い方をすると、メディア界隈の知は、特別高級と言えるほどの知で構成されている訳ではないと言うことです。そしてそれが一応現代社会の常識作りをしていることになろうかと思います。
 ちょっとうまく言えませんけど、一般社会の常識みたいなものは、その辺のところで出来上がっている気がします。またそう考えると、一般常識的なことと言うのも、案外いい加減な作り方をされているんじゃないかと思ったりします。あんまり当てにしちゃいけないとも思います。テレビの報道、番組作り、それらはみんなその辺の「知」がよってたかって拵えたものです。会議したり話し合ったり打ち合わせをしたり、一応民主的な検討がなされた結果ですから、それなりの尊重すべきところもあるんだと思いますが、それでもやはり全体としての知的レベルは、学生あがりのレベルからそんなに高度に進んだものではないのです。大卒までの社会体験、生活経験も狭いものですし、就職後はメディア村の生活ですから、それも狭い村社会の経験でしかありません。もしも幅広い理解があるとしても、ほぼほぼ頭で行っただけの理解ということになりましょう。当人たちは社会の最前線で仕事をしているつもりでしょうが、本当はひとつの狭い領域の中に泳いで暮らしているだけに過ぎないと思います。
 いくつかの勘違いがあって、現在の幻想の共同性が出来上がっているように思いますが、言うまでもなく勘違いの場に立てられた幻想の共同性で、メディアと視聴者とで同時に錯覚しているんだと思います。それはもう全然問題にならならいレベルだと考えた方がよいと思います。
 「大卒知」の知性は、自ら、そして無から、何かを創造する知力を発揮している知ではありません。大学生活をエンジョイしたくらいの知性レベルです。それが一般社会常識を仮装しているのであって、仮装された常識に縛られる必要はまったくと言ってよいほど無いんだと、まあここでは言っておきたかったことです。


2025年11月2日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「やりくり算段」です。

○ 感情というのは支配的で、実はぼくを振り回してきたと思っている。なので感情というのを遠ざけ、あまり関わらないようにしてきた。
 特に小さい頃ひどかったのは、何か自分の意志が通らなかった時とか、自分の意に反することがあると癇癪を起こした。覚えていることでは、そんなときよく柱などに自分の頭を打ち付けた。
 自分の「意」が通らない、自分の「意」の通りにならない。それがどうにも許せない。そういうことがあるのは嫌だ。そういう気持ちだったように思う。
 子どもの頃は、そういうところをあまりうまくコントロールできなかった。しばしばその発作的な感情の高ぶりはぼくに訪れ、ピークの時は自分を抹殺するか、そういう思いにさせた人でも物でも、消滅させる以外に気が収まらない、そういう気持ちの激しさがあった。今考えると病的なのだが、しかしこれは、生命的な、生物的な、本質というものの一面、その表れじゃないのかなという気がしている。つまり普遍的に存在するものじゃないかなと思う。またそこに、人類の発生当初の荒々しさというものも見て、その当時はそういうことが普通にあり得たんじゃないかと考えたりする。
 ぼく自身は子どもの頃のそういう部分を押さえようと四苦八苦してきた訳で、しかしながら完全に自分からは消えてしまったかというとそんな自信も無く、残渣の火種は燻っているようにも思える。社会全体を眺めてみても、様々な事象の中に、そうしたことを想定させる事例がたくさん起きている気がする。結局のところ人間も完全に理性的な存在にはなり得ない。そういうことではないかなと思える。
 ぼくらは自分たちを人間として理解しているけれども、その理解はもう少し拡張されなければならないのではないか。極端な、そして比喩的な言い方をすると、ぼくら人間の奥には正体不明の宇宙人が住まっていて、まだぼくらはぼくらを本当には理解し切れていないのではないのか。ぼくらは自分の意志で動いているように見えていて、実はその宇宙人に言いように動かされているのではないか。とまあ、そういうことになる。
 もちろんこれは現在までのところ、純然たる妄想であるに過ぎない。だが、未来においても妄想かどうかは分からない。意識は言語的な意識として理解されるが、その言語は地球上に数千語存在する。
 とすれば、言語化以前の言語化の衝動が言語の奥に存在する訳だし、それはぼくら人間の中に人間以前の、非人間的な生き物、あるいは生命が存在すると考えるべきことのように思える。
 とまあ、妄想に妄想を重ねて収拾がつかないことになったので、ここで独り言をやめる。何を言っているのか自分でも分からなくなる。


2025年11月1日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「二つの適応のルート」です。

○ 今日から11月。ハッヤッ、て感じ。今夏の暑さを忘れて、逆に去年の寒さがつい先日のことのように蘇る。またあの寒さかと思い出しつつ、その寒さの峠にさしかかった気持ちだ。西行の「小夜の中山」だ。ある解説では、「苦しい峠を越えるのも、生きていればこそだなあ」とかなんとか西行の心境を推測していた。つまり、喜びの表現として解釈していたと思う。ぼくだったら「またこんな険しい峠を登るのかよ」と思うだろうから、西行とはずいぶん違う。よほどの健脚だったのだろう。
 冬に向かって、「あの厳しい寒さがまた体験できる」と雪道を歩き出す西行。一方でぼくはストーブを焚き、こたつに潜り込んで一日を過ごす。人間の器が違い、格が違う。

○ 種によって環境に適応する姿形は違い、例えばカブトムシなどの甲虫はあんな姿形になった。その適応は遺伝子レベルということになるのだろう。
 人間も基本は遺伝子を書き換えて、例えば発生当初よりは二足歩行を得意とするように進化と変化を遂げた。遺伝子の変化、環境への適応は、長大な時間を要する。人によっては、長い時間をかけた割にはあまり大きな変化はしないと見る向きもあるに違いない。千年、二千年くらいだと、さらに、たいした変化がないとなりそうだ。
 環境に速効適応するために、人間は脳を発達させた。そのために、ほかの動物に比べて人間は、適応以上に環境を利用する知恵を持つようになり、地上で飛躍的な繁栄を遂げることにもなった。
 遺伝子での適応はゆっくりとしているが、脳を使っての適応は迅速だ。脳を持つ動物は人間以外にもいるが、人間ほど優れて機能的とは言えない。せいぜいが神経を介しての反射のために使われるくらいではないだろうか。それ以上としても人間の脳の働きとは比べものにならない。
 大体の動物がガソリン車だとすれば、人間はハイブリッド車ではないか。遺伝子と脳の二馬力で生きている気がする。他の動物の推進力が遺伝子に寄っているのに対して、人間は極端に脳に偏ってきた気がする。それで時に遺伝子が形成に携わった部分を、邪魔くさい、なんか足手まといのように感じるようにもなった。
 人間のはじまりが初めから二頭立てだったとすると、初めは進み具合に大きな開きはなかったが、一方だけ加速に弾みがついて、ついにはおかしなことになるという恐れはないだろうか。こういうことには全くの素人であるぼくには、遺伝子の遅さと脳の早さとがちぐはぐになり、ついには遺伝子が統御する生理的な部分を、脳は邪魔で厄介なものと感じ、考えたりしないだろうかという心配をしてしまう。つまり人間の個体の内側で、二つの統御機能による分裂が、今まさに進んではいないかと心配になる。
 こういうことは本当は勉強すればいいだけのことで、知も学もないぼくの考えるところではない。だがぼくは勉強が嫌いだ。勉強しないでこういうところを究明できないだろうか。もちろんできないはずである。はずであるが考えたい。不毛な紆余曲折がぼくは好きなのだ。まだまだひとりで考えていきたい。


2025年10月31日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「枠はどうして消すか」です。

○ 報道の分野において、現在オールドメディアあるいはマスメディアと、ニューメディアであるパーソナルメディアあるいはソーシャルメディアとの対立の構図が広く流布されている。対立は対立なのだろうが、メディアの内部での対立と言うことであって、ぼくらには同じ穴の狢のように見える。何が狢かと言えば、要するに今ではどちらも金で動く言論でしょうと言うことだ。マスメデイアはCMのスポンサーで成り立っているし、もう一方の方は直接視聴者に受ける記事なり動画なりを提供しなければ継続して続けることが出来ない。いずれにしても視聴数を稼がなければ成り立っていかないという現実を抱えている。
 それらに対して視聴者であるぼくらは、どちらが事実を語っているかと考えるのは間違っていて、要はどちらも人伝に見聞きするものであって、直接自分の目で見、耳で聞いたことではないことを前提としている。そんなことを100パーセント信じる人間がいたりすることが、まずあってはおかしいことだ。本当は、そんなことは誰に教わらなくても小学生の時分に気づかなくてはいけない。それが分からなくて、いい年してごちゃごちゃやっているのは、逆説的に言えば、教育の成果というものだろう。疑うという勉強をしていないのだ。
 ニューメディアがオールドメディアに向かって偏向報道と批判する時、そんな傾向がなきにしもあらずと言うことはとうに分かりきっていることであって、それを含みながら現実の社会は成り立っている。こんなことはふつうの生活者の日常でも同じで、誰かと話している時に、この人は100パーセント真実しかしゃべらないと思って聞いている人は皆無だろう。ふつうの会話の中にも、どんな人にでも、虚偽は混じってしまうものである。それは意図する虚偽でも、意図しない虚偽でもあったりする。
 ニューメディア側だって偏向したり、虚偽、フェイクであったりしている。個人であれば、甚だしい思い込みであったりすることもある。
 第三者的に客観視すれば、ニューメディアもオールドメディアも受け取り方によっては危ない代物になる。そもそもが啓蒙的であり、洗脳的なものだ。ぼくらにすればどちらも結局は人から聞いた話に過ぎない。このことを根底において聞き取らねばならないのだと思える。公正公平を装うNHKも同じだ。制作者の考えが反映される
 こういうことからすると、どちらのメディアにしたってギャアギャアとうるさいだけだ。どちらにしたって最終最後は金の問題になり、いい暮らしをしたいんだろうと思ってしまう。そのための仕事であり稼ぎなんだろうと。もしそうじゃないと言うんだったら、真実の報道だけのために、ひとりになっても記事を書き、動画を編集してくれればいいのだ。考えを抜いた事実をだ。言っておくが、真実の記事や報道だけでは金にならない。食い扶持は稼げない。現状はそういう社会である。
 という訳で、メディア論争、メディアの抗争は不毛である。そういうところには立ち入らずに静観していることが賢明である。好きにやらせて、ぼくらはぼくらのやるべきことをやっていくだけである。気にかける時間はあるが、考察にかける時間はない。


2025年10月30日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「遺言の考古学」です。

○ 小学校の先生をしていた時に、一番に気を使っていたことは、子どもと接する際に公平公正でいようとしたことだ。目の前の子どもたちは小学生で、特に低学年の子どもたちは自分を自分をとアピールしてくる子の方が多い。公正公平であることは難しいことだ。
 内気な子は、それをしてこない。内気で普段は隠しているが、隠しながら承認欲求がダダ漏れしている子もいた。
 子どもたちはみな違う。誰ひとりとして同じ子はいない。毎日30人前後の子どもたちを見ていると、違いはよく分かる。目で姿や表情を見て、耳で声音を聞き分けなどしていると、その子の個性ははっきり分かる。それらの個性を一つにすると言うことは出来ない。また個性を伸ばす方向に進めると、収拾がつかなくなり、学級という単位はバラバラになる。
 もうすでに小学生のその段階で、子どもたちは十分個性的で、十分「自分」というものになっている。だからそれ以上に「自分」であろうとする必要は無いという気がする。また「自分」の力で「自分」になっていくのではなく、周囲との関係や環境から否応なしに「自分」にさせられていくと考えた方がよいくらいだと思う。だから生きていれば黙っていても「自分」は出来上がっていく。
 さて、先生は、子どもの違いが分かり、どういう子かも分かるのだが、これを言葉にしたり、文字に書き切ることは難しいし、ぼくには出来ない。分かったことを、つまり心とか頭で分かったと感じたり思ったりはするが、これを言葉にしたり文字にすると言うことは別である。言葉や文字に出来なければ、本当には分かっていないからではないかと言われるかもしれないが、そうではない。分かっているということと、それを言葉に表すということとの間には深い峡谷がある。人間の一つの現在的な限界である。

 さて、たかが小学校の先生の経験があるくらいでと批判されるかも知れないが、世の中におきていることがらについて、子どもたちとの日々の生活の中で言っていたくらいの「よい」「わるい」の判定はつく。先生でいた当時も、できるだけそれは控えていて、できるだけ言わずに状況の流れに任せた。一般的な言い方で言うと、子どもたちの自主性に任すことが多かった。そしてどうしてもここで言う必要があると判断した時だけ、それは「よい」、それは「わるい」という言葉を口にした。

 ずいぶんと長い「フリ」になったが、この1年と半年、思い出したように兵庫県の文書問題に口を挟んできたのはこういうことだと言いたかったからだ。それは、つまり、兵庫県庁を一つの学級のように見なした時に、学級崩壊寸前の事態がどうして起きたのかと言えば、学級委員長である斉藤君、きみに問題があるよと判断したからである。
 問題の発端から現在までを見てきて、斉藤君の言動に、自身が言うほどの正当性はない。そう判断する。そしてその判断は、上記のことがらから帰着して来ている。それ以上もそれ以下でもない。もっと単純化して言えば、昔の先生の立場に立って、斉藤君、間違っているよ、だめだよ、と、そう言っているに過ぎない。そしてそれだけのことだが、長く公正公平の立場に苦慮してきたものからすれば、これが言えることのすべてではないかと考えるし、これが責任を持って言えることのすべてだとも思っている。


2025年10月29日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「きみも考えてくれないか」です。

○ 政治家に求められるのは人を動かす力であると聞いたことがある。いかにもの話だが、そもそもが政治家というのは社会に不可欠かというとそうではない気がする。
 政治や政治家のはじまりというのは、古くは部族共同体の成立と、その長、今の言葉で言えば指導者や統治者の出現にまで遡って考えられる。簡単に言えば、国家の成立とともに必要とされた社会の調整役、統制役がその原型と言える。国家以前といえば、共同体規模としては小さく、そうした人材を必要とするまでもなく村民、集落民全体の合議によって村の総意を決めることが出来た。初期の小規模国家になるといちいちの合議は難しく、ひとりまたは数名が選出されたであろう「長」の話し合いでことを決めるように変わった。それがまた統一部族連合のように大規模化すると数名の長だけでは足りず、それを補佐する形で臣下やさらなる下働きのような形で任を負うものが必要とされた。つまり国家を維持し、発展させるべく政治家は生まれ、統治のために不可欠な存在となっていった。これはしかし逆に言えば、そういうことが起こるかどうかは別にして、この世界から国家が消滅すれば、不要な人材になると言うことでもある。
 国家を維持し、これを運営するにあたっての政治家の役割は大きなものがあり、無くてはならない存在である。統治者トップが何をどう考えようとも、それを現実化するのは人間の力によるものである。その人間を動かして現実化に持って行くのが政治家の力である。そして単なる指揮、命令の伝達だけでは人は思うように動くものではない。そこにどうしても信頼なり人望なり、力だけではない人間的な魅力が必要になる。優れた政治家とはそういう資質を持ち、黙って動いてくれる仲間や部下が多く集まる人のことを言う。だがそれも政治家を必要とする国家があればこそのもので、国家がなければ政治家は成立しない。どんなに人心掌握が巧みでも、人間的な魅力で人を動かす力を持っているとしても、動かす場がなければ必要とはされない。その能力は無用の力となってしまう。
 近代国家成立から今日まで、政治家のはたらきには大きなものがある。人を動かし社会を動かし国を動かすことに、政治家たちの果たしてきた役割は小さくない。だから当然、政治家たちはうぬぼれる。自分たちが世の中を牽引し、国民の安全や平和や幸福に貢献しているのだと。偉そうにするのも当然である。
 だが、国民の立場からすれば社会の上に君臨する国家装置はよいことが半分、よくないことが半分と両義的に考えざるを得ない。悪いことから言えば税の負担であり、監視監督による自由度の減少である。さらに階層、階級が出来て社会が序列化することである。貧富、尊卑が固定化する。
 よい点で言えば、これを建前を含んで言うと、公正公平な第三者による利害調整、また安心安全な秩序の維持が保てるところにある。いざこざが起これば客観的
な法で罰し、あとに遺恨が残りにくい。
 つまり国民の側からすれば、国にも政治家にも全幅の信頼を置いている訳ではない。本音では半分、いやいや付き合っている。政治家たちが威張るほどに国民は政治家たちを認めている訳ではないのだ。もしも認めているように見えるとすれば、それはただ利害の利を人質に取られているために、国民が国や政治家に本音が見えないように装っているからだ。対立は潜在し続けている。ただ現在では誰も、それを対立としては見なしていないと言うだけだ。


2025年10月28日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「反射と反応」です。

○ カーテン越しの空はやや雲が多く、ところどころの青空から木漏れ日のように日差しが見えている。今日の日中の最高気温は12度と、昨日より7度前後低くなっている。朝は寒く、ファンヒーターを出して試運転してみた。

○ 最近は毎日のように熊の話題がニュースに流れている。以前と違って熊の方から人間を襲ってきている。人間と熊との縄張りの境界で、熊の方がそれを突破して人社会に侵攻してきている感じだ。少し前まで熊を捕獲するな、熊を殺すなという声が出ていたが、この頃はその声が聞こえなくなってきている。

○ どうしてそうなるかよく分からないが、仲間が形成されてその仲間の一員になると、個人としての個よりも、仲間の一員としての個という側面が前面に出てきがちだ。知ってか知らずか、赤の他人よりも仲間を優先し、持ち上げたり、肩入れしたり、守ったりという意識が働く。そうなると誰に対しても公平公正にという訳にはいかなくなる。場合によっては仲間を守るために嘘をつく。仲間のために相手を悪く言うこともある。
 そういうことが変だなと感じていたので、そういう場所から遠ざかってきた。そうでない人たちもいるらしい。仲間を増やし、それを力とし、欲望や願望を叶えるためにそれを利用する。見ていると、その方が一般的なのかも知れないと考えるようになったが、もう手遅れでそちらに向かってはいけない。そちら側から見ると薄情に見えるかも知れない。小さい時から村八分的なことが嫌いだった。さらに疎外されたもの同士がくっついて仲間を形成するのも、それはそれでまたおかしいと思って、できるだけそういうことをしないようにと思ってやってきた。
 人間の個人には、語の全き意味での個人と、対の場面での個人、そして仲間というくくりでの個人と、3つの側面が同居している。そしてどうもその中では、第3の仲間内での自分というものが大きな比重を占めているようだ。そしてその場合、個人は個人としてよりも、共同体の一員としての個人、その振る舞いを正当な自分であると自他共に認め合おうとしているという気がする。だがそうなると、先にも述べたように、自己の倫理的また道徳的な判断より、仲間の一員としての行動原理がはたらき、そこにしばしば矛盾が来したりする。本当はそうしたくはないことをしなくてはならないというようにだ。
 個と対、個と共同性、あるいは対と共同性、個の内側にあるこれらをどのように折り合いをつけさせていけばよいかと言うことは、大変難しいことだ。ぼく自身はこれを個に足場を置いてきたところで考え続けてきた訳だが、結論を出すまでには至っておらず、今もその考察は継続中だ。

○ トランプ大統領が来日したようだが、聞き流すニュースの印象では、とても対等な首脳会談とは言えないし、ならないだろうなと思った。当人同士の発言からと言うよりは、よく分からない日本人コメンテーターらの発言からそう思った。
 どういうことかというと、アメリカ側、つまりトランプが、こういう出方をしてくるからこうなるだろうという一方的な受け身の発言ばかりだった。特に際立つのは北朝鮮による拉致被害者問題で、被害者家族もメディアも全員がトランプ頼りの姿勢があからさまだ。これでは明らかに日本が一国の体をなしていないことを意味するもので、対等な会談になり得るはずもない。それが日本の実力で、卑下することも威張ることもいらないが、日本の首脳達はどうしてこういう格の違いが出るのか謙虚に考察や勉強を続けていくべきだと思う。とまあ偉そうなことをいってしまっているが、ほんの座興に過ぎないので忘れてしまってください。


2025年10月27日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「細々と歩く世界」です。

○ 宮城県知事選が終わり、小差ながら現職の村井さんが勝ったそうだ。別にどう転んでも180度転換するほどの策もないはずだし、誰がなっても県民はいつもの生活を繰り返すだけだからどうでも良い。
 ひとつ気になったのは、対抗馬となった和田という人には20代、30代の票が多かったと言うことだ。村井さんには70代とか80代とか高齢者の支持が多かった。
 全国的にはどうか分からないが、少なくとも若い世代は古い体制とか既存政党とか、あるいは長く政治家を務めたものへの飽きたら無さや反発が潜在しているように思える。若く、そして現在の社会であまり良い思いをしていない人たちにとっては、そうした思いやはけ口を代弁してくれるような、そんな政治家、政党に期待しているのかなと思われる。今日本は停滞、閉塞感がある情況なので、それをどうやって乗り越えるかと言うことに若い世代も関心を持つのだろう。
 ぼくも若い頃は訳が分からず、ただ大学が学生運動真っ盛りの雰囲気の中で、そういう活動の後方からついて行った覚えがある。しかし、後々になって、指導者たちの思想とその運動化との間には千里の隔たりがあって、それはのっぺらぼうに延ばせるものではないし、延ばしてはいけないと考えるようになった。要するに、既知のやり方、既成の運動体と変わらない、否定すべきものだと考えるようになった。
 今のところ、どんな政党も、どんな政治家も、力を持てばみんな旧来の政党や政治家と同じように国民や県民の上の重石になる。軽いか重いかの違いはあるが、本当に国民、県民のためだけに活動できる政治家は存在するはずがない。国家体制、社会体制がそれを許さないだろう。なので、本当に国民県民のことを考える政治家がいたら、そこに手をつけなければならないのだが、それはまず出来ない。できないから、せいぜいが首をすげ替えるだけのことで、さらに首が変わっても取れる政策はちょっとの変化が見られるだけで、似たか寄ったかのことしか出来ない。そのくせ、自分が首長になったら激変するなどと選挙戦で言っている訳で、よくそんな嘘がつけると呆れてしまう。

 ぼくらと同じで、今の若者世代も、やっと世の中、世界のことが見え始めてきて、自分も動かなきゃと思い、そうして騒動に巻き込まれると言うことになっているんだろうな。政治の本質は不耕貪食。言うこととやることが違う。口だけに乗っかったり、その口から出る言葉だけを信じてはいけないと思う。国民の、県民の、生活そのものから言葉を聞き取ることをしなければ、判断を誤ってしまうと思う。



2025年10月26日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「思惟の枯れ葉」です。

○ かつての世界標準は現在の世界標準ではない。現在の世界標準はまた未来の世界標準ということでは、おそらくないだろう。現在の価値基準、あるいは正義、真実、常識と言ったものも、同様の運命にある。
 そういうものは全て人間の意識、精神、広く言えば幻想の領域に属していて、たいがいのものは移り変わっていく。あまり偉そうに言うべきことではない。人間の思惟などと言うものは、せいぜいが蟻さんのようにただ四六時中忙しく動き回っているだけのもので、それを互いにすごいと評し合うのは仲間内だけでのことに過ぎない。ある意味で人間は自分たちのことを過大評価しすぎている。

 ところで、歴史的な時間軸は空間軸に変容しうると思う。縦に変わると言うことは、横に変わると考えることが出来る。縦の違いはそのまま横の違いにずらすことが出来る。つまり現在という時間の中で、これを横に見ると地域間や民族間などの際としてみることが出来る。もっと極端に言うと個人間の差異になる。だから逆に捉えて、個人間の差異とは何かと言うと、時間軸の差異、歴史的な差異の表れだと見なすことが出来る。

 ひとまずこういう考え方をすると、あいつの考え方はおかしいとか、間違っているとかが言えないような気がしてくる。あいつの考えは歴史的なあの段階にあり、また、こいつの考えは別の段階の考え方になっているとか、そういうことになるんじゃないかと思う。すると、現在の段階からするとおかしいが、当時の段階としては正論であるとか、未来においてはそれが世界標準になる考え方だとか、それはあり得ないことではないような気がする。つまり今それが正しいことになっているとしても、いずれ変わるんだからそんなに威張って言うことじゃない、と、まあそういうことも言えそうな気がする。と、まあ、今日は、これだけ。


2025年10月25日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「知の池の今」です。

○ 若い人たちの知の特徴とか水準とかというものについて、時々思うところがあって、それを表現してみたかったのですが、出来上がってみるとまだ全然生煮えといいう感じです。こういうところはもう少し時間をかけてしっかり調理すべきところです。

○ 宮城県知事選が明日の日曜日に決する。この辺りは選挙カーが来たのかどうかさえ気付かないくらいに静かだった。ただ昨日今日のネット情報を見ると、とんでもない誹謗中傷、デマ拡散が横行する選挙になっていると知り驚いた。兵庫県知事選を模した選挙になっているという記事も見かけた。
 長く宮城に居を置く身としては、現職の村井さんが再選に名乗りを上げた時点で今回もまた村井さんで行くのだろうなと思った。強敵はいない。今期在職中のミスも少ない。そう言う中でどんな候補者が現れても、たいした脅威ではないだろうと考えていた。一方的に村井さんが勝利するだろうと。
 ただ、頻繁に視聴するYouTube動画タイトルの中に、時々県民を惑わし、混乱させるような扇情的な文言やサムネイルを見かけることがあった。それは要するに、選挙戦を始めるに当たっての、一種の「しかけ」と思い、そんなバレバレの手法に宮城県民が浮き足立つ訳もないと高を括って見ていた。そしてぼくが見る限りにおいてはそれほどの関心を集めているとも見えなかった。
 ただ詳しくは知らないが、村井さんの陣営も、後半になって厳しい選挙戦になったと認め、いっそうの応援をお願いする旨を発言していると言う記事も見かけた。
 こうなると、先の稚拙な「しかけ」が一定の効果を齎したと言うことにもなるのだろう。ぼく個人としては、勝つためならどんな手も使うという候補者は好きではない。ある一線を越えたらまずいだろうと思うし、ぎりぎりのグレイゾーンを狙うことにも好感が持てない。そういうことをする候補者が当選したら、グレイ、またブラックな所業への敷居がはじめから低いのだから、軽々と県民の望まぬことをやってのけるに違いないと思うからだ。
 だからといって村井さんが知事に再選されるのがよいと思っている訳でもない。村井さんも穏当で批判が少なかったと言うだけで、県民のためにとびきり善政、賢政を行ったという印象もない。
 だから本当は、誰が県知事になっても、「帯に短し襷に長し」だと思っている。要するにこの半世紀にわたって、極悪非道の知事に出合ったこともなければ、聖人君子と思えるほどの知事を見たという経験も一度もない。なので誰が知事になっても大差なくて、ただ、じんわりと生活に心地よさが染み渡るような、そんな賢政を行ってくれる政治家に知事になって欲しいとは思ったりする。誰がどんな政治を行うかは、ぼくらは事前に知るところではない。村井知事は悪くも良くもなかった。昨今の政治事情からすれば、それは相対的にはよい方に属する。良くもないことがよい方に属するとは残念だが、これが実態でもある。
 いずれにしても、宮城が兵庫の二の舞になるようなことは避けてほしいものだ。ぼくはそのために運動しようなどとは露ほどにも考えないが、あんな馬鹿騒ぎに宮城県内がかき回されるようなことは起こって欲しくないと思う。つんのめって政治に向かう連中はみんなどうかしている。安藤昌益ふうに、馬鹿だ阿呆だと切り捨てたい。


2025年10月24日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「『言葉』考」です。

○ 即興でまた無意識に近い形で言葉を拾い上げ記述し続けてきた。日の言葉を継続したそれは、日々の言葉となる。秩序なく並んだそれは、傾向によって分類できるかも知れないし、そうすべきなのかも知れない。あるいはまだそのまま続けて、ほんの少しずつの改訂、改良の道を鍛え、磨いていく方がいいのかも知れない。
 おそらくはどちらとも決断できず、ただ安易な方向について行こうとするのだろう。どちらでも良いのだ。計算して進む理由はないのだから。

 上述したように、2つの道を目の前に見ていることは確かだ。無作為にその日その日の心象を書きとめて行くこと。それをやり続けて、やり続ける途次で中断する。それも自分にとってはとても魅力的だ。また別に分類整理して、いくつかの項を立て、そこに集中して書き進めて完成度を高めていくと言うこと。それもまた魅力的だ。
 毎日書き進めてたぶん3年前後だが、ある程度にマンネリなども起きて、こういうことが頭によぎることにもなるのだろう。自然な流れと言えばそうなのだろうから、やはり自然な成り行きのようなものでここを過ぎていくのがいいのだろう。なので、ここでこうするとは言わないで、しばらくしたら何となくそうなっていたなあというふうに成っていくのがよいと思う。類の来し方と行く末について、個は個なりの形でしか触れ得ない。別物だ。だとすると、完成や完結なども、その時に個がそう思ったと言うだけの幻であり、ファンタジーに過ぎないのだろう。肯定も否定もない。


2025年10月23日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「つまらない一日」です。

 年とっていつまでもこんなことをしているというのは、ひとつには言い訳している、言い訳を続けている、と、そんなことになるんじゃないかなと思います。
 もう一つは、収支決算というか、収支報告というか、自分の生涯はどうだったんだということを点検したり、検証したりしていることになるんじゃないかと思います。
 どっちにしても何か未練がましいというかパッとしないというか、情けない姿だなあと感じる時があります。

 今日は秋らしくからりと晴れ渡ってですね、もう少し若い時だと、秋の紅葉を見に山に出かけたり、朝明けきらない時間から魚釣りに海に向かったり、うずうずして動き回ってましたけどね。今だってその気になればフットワーク軽く実行できる気もしますが、実際にそれくらいはなんてことないと思っていますが、出なくなりましたね。動かなくなりました。まあそれで特に支障がないし、家に居ればいたでやることはあって、そんなことをやって済んでいますからね。するとだんだん、やってもやらなくても同じという気持ちになってきています。まあ今日はこんなところです。


2025年10月22日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「日記の人」です。

○ 昨日は自民党の高市早苗が日本初の総理大臣になるんだか、なったんだとかの話題があった。そんなことはどうでもよいと思って気にもとめず、動画を見たりのルーティンで一日を過ごした。
 昨日今日と朝晩気温が低く、まだこたつもストーブも出していない自分の部屋では、足先が冷たくて、長靴の形をした防寒用の部屋履きに足を通したりした。この年でこの時期になると、毎年、ああまたか、という思いになる。

○ 科学技術の発達に代表される高度文明は加速し続けているし、これからも加速して進んで行くのだろう。これに乗っかれる人たちにとっては都合のよい情況で、上昇気流のようなそれに上手く乗っかれることが出来れば、上空に達するのも容易かも知れない。
 この文明の後戻りなき高度化と発達に対し、しかし人間の心や心情といった領域が、文明に比例して高度化し、発達しているかと言えば疑わしい。それどころか、反比例しているかのように閉塞感を感じていたり、心や心情が広く病みはじめているような気がする。
 つまり現在の世界や社会に対して、誰もが好意的に見ているかというと、そうとは限らないという気がする。

 例えば今自分を内省、内観すると、あることに気付く。それは何かと言うと、いわゆる自分が悩んでいること、心に問いかけ答えに窮していること、それらのことのほとんどの問いかけは例えば古代の仏教界において為されていて、つまり進歩も発達も心的領域においては無いのではないかと言うことだ。これを、あえて心も発達していると言うとすれば、心の発達はマクロから次第にミクロに向かって、より微細に、より精緻になって行くものだと言うことになってしまう。
 文明が縦横に拡大していくものだとすれば、心的なものは逆に内側に潜り込み、よって閉塞し息苦しさを増すものだと言えそうな気がする。

 高度技術文明の拡大と心情的なものの萎縮。これに直接の関わりがないとしても、歴史が進めば進むほど乖離が激しくなるものだとすれば、もしかすると野放図な文明の発達は、人間の心の破壊をもたらすことになるのではないかという懸念が起こる。あるいはそうと言えないまでも、人間の中の遺伝子的な制御と、脳で行われる制御とが個体内で明確に分離するという、新旧の個体維持のバランスが崩れた状態に陥るのではないかと危惧される。
 脳と内臓。精神と心情。理性と欲望。他の生き物と違って、人間だけが二馬力、二頭立てのハイブリット種なのだが、利点と弱点とが明らかになってきたという気がする。


2025年10月21日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「冬の足音」です。

○ 県や市の行政が肥大し、県民や市民に比べて公務員や職員の暮らしだけが豊かになって行くことは、あまり気分の良いものではない。そういうところで、ぼくらのように上流でも中流でもないそれ以下のものたちは、密かに反発も抱いている。
 そこで何とか出来ないか、何とかしようか、と考えることは至って当然の成り行きだ。社会の中でそれが顕著な動きになってきている。一番目だって分かりやすいのは政治の動きであり、選挙戦に見られる攻防だ。もはや仁義なき戦い。道義もへったくれもなく、どんな手を使っても勝てばいいんだという動きが加速している。
 もっと分かりやすく言えば、これまでうだつの上がらない生活をしてきた者たちが、一挙に挽回しようとして、あの手この手で従来の安定した枠組み、階層、秩序といったものを破壊すべく立ち上がってきている。かつての学生運動や中高の校内暴力などに見られたような、もう暴れるしかないという思いに近い、やむにやまれぬ切実な動機が、こうした下剋上に近い騒ぎの中にも見られるような気がする。その意味では、思いは分かると言いたい気持ちも無い訳ではない。
 けれども、つまるところは、あいつらの持っているものを俺たちにもよこせ、といって騒いでいることと違わない。これまでに社会的な評価を得、いい思いをしてきた連中に対する羨望、嫉妬が、箍を外して溢れ出てきた感じだ。だが、さまざまなゲリラ戦で下から立ち上がってきた者たちが勝利したとしても、結局は今度は自分たちが上に立って、同じように利を得たいだけのように見える。その時に下にあって、いい思いを得なかった者たちは、時を経てまた同じような転覆や下剋上を繰り返すだろう。どんな付け焼き刃の理由をつけようとも、裕福に暮らしたいとか、世の中から注目を浴びて一目置かれるようになりたいとか、そんな動機が言動の底に透けて見える。
 つまり、SNS上の騒ぎ、誹謗中傷やデマの吐き散らしにはそれなりの理由があるのだ。
 これがどう沈静化していくかはぼくには分からない。真面目にそれを考えようという気もない。かつての学生運動も中高の校内暴力なども、結果的には収穫のない沈静化に終わった。犯行の動機、衝動を冷静に受け止めて、社会的個人的な不満を解消するような抜本的な改革を積み上げた形跡もない。そういう力もこの国の上層部にはない。最終的には従来の枠組みや秩序が再生される形で終わるような気がする。とすれば、これは地震大国であるこの国の地震のように、微震から大規模地震まで、何度も繰り返すに違いないと思える。住民、国民の間で、反抗の主体が無限に転移していくだけだ。そうしてこれはよいこととも悪いこととも言えない。ただ社会というものは、こうした動きを活力源として進行していくものらしいとは言える。
 ひとつの中心的な思想や指針がある訳でもなく、ゲリラ戦のようにあちこちに湧き出る騒乱は、今のところどこかに収斂すると言うことでもないようだ。ただ同時多発的にバラバラな争乱が引き起こされている。これはまさにバラバラで、おそらくは反乱を引き起こす者たち同士の結束もなく、これを逆向きに捉えれば、意外にも結束の輪は微小なものに過ぎない。そしてひとつにまとまると言うこともない。もっと言えばひとつの騒動の中で手を取り合っていても、所詮は蛸壺の住人たちの一時的な偶然の結束と見なすほかない、脆弱な共闘が見られるだけだ。そしてまた、ひとつの主義主張、思想という形で人心が結束するということも、ますます不可能になって行くという気がする。


2025年10月20日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「積み上げられた石」です。

○ 人の心は影響される、作られる、洗脳される。これは致し方ないところがある。人類の歩みははじめからそういうものだったからだ。だが、人及び人社会が自然の支配下に置かれていたまでは、である。
 古代に統一部族連合国家、いわゆる統一国家が成立するようになってから今日まで、人々の心には人為の力が強制的に入り込み、人の心は人によって操作されるようになってきた。なにを危惧すべきかというのは、そこに人為的強制力が働いていると言うことだ。
 社会が出来、その上に国家が成立してからというもの、個は次第に自由を制限され、社会や国家に隷属することが当たり前のようになってきた。それまでは自分のため、家族のために生きていればよかったのだが、社会や国家のために生きるものであると外圧がかかるようになった。そうした流れにひとり抗うことは難しい。

○ 政治における規制の枠組みの崩壊、壊滅はひとつの象徴であり、あらゆる分野領域においてそれは進んでいるように見える。それは危機と言えば危機的状況だが、こうした現象、症状はより加速して進んだ方がよいかも知れない。
 SNSを象徴としてみれば、個々には素人の参画が絡んでいる。これまでは沈黙する民であった者たちが声を上げ、玄人の枠組み参画し始めて、結果枠組みが壊れはじめた。これは見方によっては閉じた玄人の世界が、素人の民に開かれていくことを意味するのではないか。つまりこうした混乱に混乱を重ねていけば、結果、人民の人民による人民のための世界に近づいて行くということになるのではないか。ならばこれからより激しくなるであろう混乱や無秩序は、社会システムが無意識に行う、非人為的な革命と言うことになるのではないだろうか。
 素人の参画が色々な分野領域で容易に可能になりつつあるということは、国家が国民に開かれて行っていることの末端に見える現象とも言えよう。そうであれば闇が深くなることは明るくなることの兆しとも言える。耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶことも、わたしたちとすれば覚悟すべきことなのかも知れない。


2025年10月19日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「『教信』の流儀」です。

◎ YouTubeを見ていたら、放射性廃棄物をミューオンを活用して無害化する研究のことが紹介されていました。これが実現したらすごいことだなと思いました。
 紹介では、これが成果を上げたらノーベル賞級の発見とか言っていました。それを聞いて、ちょっと引っかかりました。何が引っかかったかというと、放射能問題を引き起こし、現実化したのは、もとはと言えば人間自身が自分の手で引き起こしたことです。それを自分の手で回収するのは当然と言えば当然のことです。それをノーベル賞級とはしゃぐのはいいけれども、科学なり物理なりなどの研究者はもう少し謙虚に、問題を生じさせたことに対する反省をすべきじゃないかと思いました。
 つまり新しいものの発見や、新しいもの作り上げることに対する責任ですね。諸手を挙げて喜んでいるばかりじゃいけないんじゃないかと、そういうことです。結構後々まで住民大衆を苦しめる発見、発明は、原子力に限らずあると思います。よいもんだと思って作り上げる訳ですが、原子力にも弱点、欠点があった訳です。
 誰もそう言わないと思いますが、ぼくは「国家」もそうだと思っています。考えています。社会にとってよい面、役立つ面だけが考えられて作られ、出来上がってきました。なるほど、さまざまな発展の原動力になりました。しかしながら、もう一方では長きにわたって住民を苦しめるものでもあったとぼくは思っています。規制をかけて、こうしろああしろと言うことを一般の生活大衆に強いてきました。よい方に考えれば、生きる指針にもなるのですが、弊害も無きにしも非ずで、その弊害は放射性物質のように長きにわたって人々を苦しめるものでもありました。その弊害を取り除けたらと言うのが住民大衆の願いですが、こちらはまだ無害化、無効化の手立ては発見されていないようです。
 もっと言いますと、人間の進歩発達、人間社会の進歩発達というものには、同じように、どういうことにおいてもよい面があれば、同時に弊害が潜んでいるものだと考えた方がよいように思います。進歩発達に対する警鐘ですね。これを持たなければならないと思います。最たるものは、近代化に浮かれて喜びはしゃいだ上の、第一次世界大戦や第二次世界大戦の勃発ですね。そう言うように、うんとよいことが起こるとうんと悪いことが起こる。そういうことは考えておかなければならないことだと思います。

◎ 縄文時代の遺跡と言われる三内丸山遺跡には住居跡が100軒以上あったそうで、居住者の推定は全盛期で500人以上だったということである。そしてそこでの定住生活は1500年以上続いた。
 当時とすれば、現在の東京のような大都市という感じだったかも知れない。
 現在から見て5000年くらい前の集落跡ということになる。今は紀元後2000年を経ているから、紀元前3000年頃の出来事だ。そこから2000年たつと弥生時代の到来ということになる。古墳時代の始まりは紀元後250年くらい。大和朝廷の成立は、ほぼこれと同時期と言われている。
 三内丸山遺跡の縄文から、弥生時代を経て古墳時代の始まりまで、この島国の暮らしはどう変化したのか。漠然とだが、そして稚拙にだが、そのころのことについてよく想像したり妄想したりすることがある。

 日本人のDNAを解析すると、東北北部と山陰と九州の南部に縄文との繋がりが色濃く残っている。また四国や近畿では弥生系渡来人型のDNAのパターンが多く見られるということだ。
 これはおそらく、縄文文化が大きく発展した地域と、そうでもなかった地域との違いのような気がする。発達した地域は、それ自体が強固な伝統を築き、新しい弥生系渡来人にとっては、参入を難しくしたと考えられる。
 三内丸山遺跡を例とすれば、縄文時代から日本各地に定住の集落が形成されていたと考えるのが普通だ。各地域に点在した集落は次第に規模を大きくし、次第に地域を治める豪族も台頭しはじめたに違いない。
 縄文時代の集落ではすでに、自分たちの出自等について、代々言い伝えのような形で継承されてもいたに違いない。日本にどれくらいの集落が存在したか分からないが、それぞれに出自の物語は存在した。弥生期にも継続し、いよいよ氏族連合、部族連合のような連合が活発化していって、各地の豪族はいっそう力を蓄えていったと思える。
 その中で、縄文のDNAを強く受け継いだ部族及び統領である豪族らは、あまり他部族との戦いが得意ではなかったかも知れない。反対に渡来系弥生人が多く入り込んだ地域の部族連合は、先進的な武器の製造なども容易となって、盛んに他部族を併合する方向に進んだかも知れない。

 さしあたってここで考えておきたいことは、弥生の晩期には日本全体に小集団、そして小国家と見なされるくらいの規模の集落、共同体が存在しただろうということ。さらに、それらそれぞれに、小集団、大集団、小共同体、連合共同体の成り立ちの物語が、言い伝えの形で継承されていただろうということだ。
 それは例えて言えば、古事記の神話部分に該当するものとして、それぞれの部族ごとに言い伝え、また継承されていたのだろうと思える。そして、日本国の成立の物語のように仮装された古事記、日本書紀の、特に国産みや神話的な部分は、本来は個々の部族的な言い伝えの物語を骨子として、統一連合国家の物語として編集し直されたものに違いないと言うことだ。もう少し大胆な物言いをすれば、古事記も日本書紀も、もとを辿れば一部族の言い伝え、伝承に過ぎなかった。そしてそのように考えれば、一部族の出自の物語としてはかなりな程度、史実、伝承を忠実に書きとめたものだという気がする。一部族の小国時代の伝承を、統一王朝の伝承の物語としてどう編纂し直すか/、編纂者の苦労はひとえにそこにあったと思われる。


2025年10月18日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「エキストラ体験」です。

 自民党新総裁に高市早苗が指名されて、公明党の連合離脱、自民と維新の会の急接近など政界は騒がしくまた賑わっている。けれどもこんなことは物価高で逼迫する庶民生活とは遠い話だ。大げさに取り上げるのはメディアだけで、底辺層からすれば台風や異常気象などと同じだ。成るようにしか成らないだろうし、成り行きを見守るほかに術もない。危機が身近に迫れば、個々具体のそれに対処する。迫ってこなければ普段通りの生活を繰り返す。
 願いはただひとつである。上に立って社会生活をかき回すのは止めてくれ。それはAであろうがBであろうが同じだ。上に立つ者が全て消えてくれればいいだけのことだ。その日が来るのをずっと待っている。たぶん、権力に興味のないものたちは古代から現代まで、そんな思いを持ち続けて、それが継承されている。そういう生活者たちにとっての歴史とは、いつの日にかそれが実現されることへの期待そのものである。そういう人間世界、人間社会の実現を目指して、その思いを、次世代へと送り続けている。黙々と営まれる「非知」層の生活を、舐めてはいけない。かつて理知を持った何ものも為し得なかった人間社会の大変革は、本当はそこに進行していて、沈み込むプレートのように力を蓄えているのだ。
 そのこと以外に歴史が進展すべき理由はあるだろうか。その他のことは春夏秋冬のような四季のめぐりのように巡るものでしかない。あんなこともこんなこともある。あんなこともこんなことも出来る。一年の中に四季があるように、長い歴史の中にはいろんなことが起こる。けれども、なぜ人間の歴史が進むかと言えば、人類にとって達成が最も困難な願望、上下尊卑なく、みんなが平等に仲良く暮らせる生活世界の成就、その実現の為にである。いくら考えても、そうとしか考えようがない。そうしてそこから言えば、現在社会の有り様は枝葉末節を騒ぎ立てる段階、原始的な段階にあるのだとしか言いようがない。


2025年10月17日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「言葉以前の自由」です。

 天下国家を語る政治家を見ていると胸くそが悪くなる。こちらは政治家たちにそれを語ってよいと許諾したことは一度もないし、聞きたくもないからだ。なのに、それを語ることが当然の権利であるかのように、当たり前に、わるびれる様子もなく語ることが不快だ。
 国会議員は選挙区で当選したとは言え、個々の政治家は直接的には、たかが数万、多くても数十万票程度の国民の負託を受けたに過ぎないので、それは有権者総数から言って微々たるものだ。それだけの数からの付託を受けて議員政治家になれたからと言って、誰もが天下国家を論じる資格を得たと言うことでも無いはずである。と言うのも、現在多くの政治家の語る天下国家は、内容があまりに稚拙で貧弱である。どういう言い方が適切なのかよく分からないが、みな、政治学を学んだ学生が話すような話だったり、あとは政界の話題になっていることに通じている事情通のような話しかしていない。その中でも金、すなわち経済の話。それもまたどこか民間会社の課長、係長クラスが話題とするような話しか出来ていない。とても天下国家を託せるような話が出来る者などいない。
 ほとんど政治家の話に耳を傾けたことがない中で、ざっと聞き流すかして、この人の話は聞けるかも知れないと思えたのは、最近では小沢一郎だけだ。ちょっとした政治の話でも、そこに深さと厚みが感じられた。ただそれにしても、全ての話を聞きたいと思わせるほどではない。先ず、小沢一郎をはじめ、天下国家を論じられる論客はひとりもいない。論じるのは国家内の小論、各論ばかりで、天下国家という総論を論じられる論客が皆無なのだ。つまりみな、これまでの歴史に現れた宰相の亜流のまた亜流に過ぎない。その器は小さく、天下国家を論じるほどの器量ではない。そして年ごとにその器量は小さくなり、学生あがりのIT企業の起業者並みの話しか出来ないように劣化しているのだ。そうして、ご多分に漏れず、浅い人間理解や洞察、社会や歴史についてのテンプレート理解で満足し、自分を過大評価して社会や国民に対して舐めてかかっている。そう言う箸にも棒にもかからぬ政治家が大勢を占めている。
 アジアにおいて天下国家を論じたら右に出る者はいないと誰もが認めるに違いない人物と言えば、太古には「孔子」と言うことになるのではないか。今でこそあまり聞かないが、ぼくらの若い頃には文化人、政治家、財界人など多くの人が「論語」を引用して語っていることが多かった。天下国家を論じていた。
 そんなふうに昔は、細部のこまごましたところは官僚任せで、大局について語る政治家が多かったが、今は逆で細々したことを言うことが多くなっている。
 天下国家を論じた中で、日本で一番大きなことを言ったのは「安藤昌益」と言うことになるだろうか。何せ彼は「孔子」も「釈迦」も駄目な愚物だと一蹴して退けた人物である。また、この世界に国家を成立させた者たち全てをどんな世の極悪人たちよりも極悪なことを為出かした連中だと糾弾もした。
 せめて天下国家を論じるなら、それくらいの射程を大きく取った話を聞かせてもらいたいのだ。そんなことを話せるものが皆無だ。せいぜいが議会制民主主義の死守だとか何とか、現在の枠組みを前提とした中の、どうでもよいようなこと、誰もが口に出来るようなことしか言えていない。それも全て既成の理念や概念を借りて言っているだけだ。賢しらな文化人、教養人たちもしかり。うんざりだ。


2025年10月16日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「進化の引き金」です。

 社会からの引きこもりを考えていたら、もともと人間は自然界から引きこもって人間社会を作り上げた。そういう考えが降りてきた。そうしたら、引きこもりは人間の性質、人間の本質ではないかという気になった。それで今日の作を紡いだ訳だが、しかし、よくよく考えると生き物たちは全て種へと引きこもって、他の生き物たちと差異化を図っている。つまり、人間だけの本質と言うことでもなさそうだ。また劇的な進化というのは、しばしば種を超えた進化の仕方もする。

 引きこもりは、だいたいにおいて消極的な意味合いで捉えられることが多いが、ぼくにはそれが気に食わない。原始において、たとえば洞窟に居住し、火を焚いて暮らす。危険が多い自然界からの防御であり、引きこもりでもあろう。そういう生活スタイルが百年二百年と続くとして、その間の人間は無意味に暮らしていたと言うことになるだろうか。ぼくにはそうは思えない。自分たちと向き合う、とても密度の濃い時間がそこに流れていたのではないか。そしてそんなことを想像してみると、仮に石器、土器などの物的なものを産み出さなかったとしても、精神上の貴重な体験があり得たし、積み重ねていたようにも思える。

 引きこもりをはじめとして、今ある社会の中で消極的な意味合いで考えられていること全般について、ぼくの考え方のベクトルは真逆だ。凝視すべき大事なことは、あまり注目されないことの方にある。ぼくはそう考える。分かりやすい例で言えば、例えば選挙がある。一般的には参画しなければ駄目だと、投票に出向くことが奨励されている。しかし、長年そんなふうに啓蒙され続けても投票率は上がらない、改善しない。そうした時に通俗的な知性は、民度が低いとか、馬鹿だ、無能だと蔑んだりする。それは逆だろうとぼくは思う。投票しない、沈黙する理由、その根源を解析するのでなければ何事も始まらない。それが億劫で、また実際にそれを解析できるだけの知性がどこにも存在しない。

 現在の日本社会は、ひと言で言うと狂っている。崩壊現象が進んでいる。地表ばかりではなく、地下にも波及して崩壊が見られる。こんな時は、そういう現場に進んで入り込んでいくよりは、遠ざかった方がよいとぼくは思う。崩壊や解体の現象は根源的である方がいいのだ。徹底的に崩壊し尽くされてよい。そうなってしまえば再生の道しかなくなる。そこに賭けるしかないのだろうと思う。その間は、できるだけ揺れの少ない所、被害の少ない所に引きこもって、できるだけ人間的な慰安が得られるように過ごすのが最善策だ。社会の動向と無縁な場所を探し求めるのもよい。そうして本当や本質を常に意識化において、できるだけ手放さないようにすることも大切である。嵐が近づいて来たら避ける。それでも真上に嵐が来たら、身を縮めて嵐が過ぎ去るのを待つ。単純だが、それが古来からの人間的な知恵だ。いかにして生活をつぐむか。ぼくらの、ぼくらによる、ぼくらのための生活。人間が生きる時の最大の命題はこれひとつだ。


2025年10月15日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「敗北の階段」です。

 「死の棘」の作者は作家島尾敏雄さんだ。大学時代に島尾さんが好きな先輩がいて、その影響で作品集や非小説集成などまで購入して読むほどになった。ぼくにとっては卒論に書くほどに、ひとりの作家に肉薄した数少ない経験をさせてくれた作家でもある。また彼の作品群でもある。
 総じてぼくは文学的と倫理的との合間で、あまり本流ではない読み方をしたのかも知れない。今日に残っているのは、太宰治の「敗北の戦い方」の、もう一つの「敗北の戦い方」のバリエーションとして、内部に位置づけている。
 「敗北の戦い方」と言う言葉は、今ふと口に出た言葉であって深い意味はない。戦いの流儀として、勝つ戦いはしない。負けると分かる時のみ戦う。漠然とそういうことを考えての即興の言葉である。
 太宰さんにも島尾さんにもあるそういう部分を大声で語ろうとは思わない。大きく意味づけたり、価値づけたりする所ではないような気もするからだ。そういうことではマニアックなファンのように自分だけが分かっていると思いたがり、分かっていればそれでいいのだというような、よくあるパターンの中にぼくも含まれていよう。とりあえずそういう処から、どこかに出て行こうかという展望も、今はないままにいる。


2025年10月14日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「半透性の境界」です。

 この頃深夜だと、2時間ぐらい寝ると目が覚めて、とりあえずトイレに行きます。再び布団に潜って、やはり2、3時間で目を覚まします。
 まあ1日の睡眠は4、5時間でしょうか。たぶん四肢を使ってないから疲れていないんだと思います。で、その程度の睡眠で間に合っているのかも知れません。
 ですから日中の活動もそこから逆に影響されて、あまり活発な運動が行えないようになっていると思います。
 こう言うことが総体的に相乗効果として発揮されると、老化が早まると、そういう計算になるかと思います。
 テレビでの、健康食品のCMなどでは60代から70代にかけて、元気に走ったり動き回ったりする姿が見られます。これでもかというくらいで、嫌になっちゃうんですけど、やってます。またおばあさんが若いピチピチした肌で映っている、化粧品のCMも多いです。肌年齢、精神年齢、ともに50代くらいを目指しているのではないでしょうか。実際にそうなって行くんじゃないでしょうか。ぼくなんかは全然目指しませんけど、老人の5割くらいは目指すようになると思います。今でもそうなっているのかも知れません。
 前向きでいいなあと思うこともありますが、ちょっとグロティスクに感じる時もあります。ぼくは成るように成る、と言う主義で、一切若返りの努力はしておりません。ひげそりも3日にいちどのペースになり、いろんなことがどうでもよくなってきたんですね。楽な方、楽な方に向かっています。読み書きについてもおんなじです。


2025年10月13日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「解けない秘密」です。

 今日も寒いです。台風の影響で雨が降りそうな空模様。予報は曇り。

 宮城県は仙台市の隣の富谷市ですが、最近やたらと熊が出没しているとニュースになっています。
 隣町は大和町に昔、升沢分校があって、そこに勤めていたことがあります。当然熊がいることは知っていて、地元の人たちにも聞いていました。
 ぼくらはめったに出合うことはなかったのですが、田んぼを横切ったとか、家の庭にいたとかよく聞きました。船形山の登山口にすぐの村落なので、まあ人間と熊とお互いに警戒し合って暮らしていたという感じでした。
 分校が廃校になる時に、地区の人たちはみな里に下りて住むようになりました。ずいぶんと麓まで人も、飼われていた犬もいなくなった訳ですから、熊からすると警戒や遠慮為しに動き回れることになったと思います。だから、もっと里に下りてきて、人間の生活区域に出没しても仕方がないでしょうね。
 とにかくそんなふうに出てきている訳ですから、個人でも市や県でも対策を考えないといけないという所に来ているみたいです。
 ぼくらは昔から、熊がそばに生活していることは知っていますから、一応危ない所は避けますし、出合ったら逃げるし、逃げ遅れたらやられると思っています。仕方ないですよね。自然の生き物が相手ですから。

 ただ分校勤めの時に地元の人たちに仲良くしてもらって、何回か熊の肉をごちそうになったことがあります。一番のお気に入りは熊汁でしたね。熊肉の脂と出汁がおいしかったです。いやあ、懐かしいです。


2025年10月12日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「非言語世界」です。

 言語化できる世界と出来ない世界があって、ぼくらは言語化できる世界だけを見続けてきているのではないかという疑問が今日の作の発端です。それから、言語化できない世界というのは、一つは不可の意味合いがありますが、もう一つはあえて言語化しないという意味合いの非言語化があるかと思います。出来ないのか、あえて意志的にしないのか、そこは微妙な所で、今日の段階では言及できない所です。
 言語というのは非常に便利なもののようでありながら、未だに不便利なものであり続けているようにも思われます。言語の向こう側に、常に言語化できない世界が宇宙大に拡がっているような気がします。こういうところを考えると、ちょっと怯んでしまいます。言語化できる部分は世界の内の、氷山として現れた部分のみで、その下に数十倍数百倍の氷に閉ざされて、非言語化世界が存在するように思うのです。しかしながら、そうなるとその世界は人間と言う枠組みの外の世界と言うことになりましょう。人間と言う枠組みの中でさえ非言語化世界が存在し、なおその外にも非言語化世界が存在すると考えると、気が変になりそうです。なので、こんなことは考えない方が無難です。もちろんぼくも普段は考えないようにしています。今日は特に何のひらめきもなかったので、あまり本流ではない所の考えというものに触れてみたというだけになります。いつものように読み流してもらえば、と言うことになります。


2025年10月11日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「小さな悪態」です。

 「土」を解説した動画を見た。土は岩や砂とは異なり、そもそもが細菌などの生命がない所では作られないものだと理解した。細菌や苔などが岩状のものを分解し、誕生した動植物がさらに耕作したり死んで積み重なり、その他色々な要因が働き重なり合って現在の地球上の土が形成されたという話だ。
 大きく分類すると十二種類くらいに分けられ、それはまたその土地の動植物を作り、育てるという壮大な話で、聞いて面白かった。
 土と、その他の自然環境の違いで種が違ったり、その後の進化の方向が違ったり、そういうところにも深く影響しているんだろうなと思った。
 「人間は生命と土だけは作れない」。そんなタイトルだったと思う。水も空気も作れるが、土は作れないとなると、土は生き物だと考えるしかない。水や空気と違って、土は変化を重ねて出来上がったものだからだ。こういう考え方は面白い。イメージするのが難しいが、今のところ土をを作るには土を材料とするほかになく、ほかの方法では難しいらしい。つまり、数億から数十億の地上に起きた出来事、大地の上のドラマの再現など出来ないから、現在ある土を一から作ることは不可能と言うことらしい。忘れてしまうかも知れないが、脳裏のどこかに記憶して、出来れば反芻して何かを掴んでみたい所だ。


2025年10月10日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「被雇用の人」です。

 江戸時代だと、いずれ農民になっていたんだろうと思う。当時は9割前後が農民だったから、武士の家や商家に生まれなければ、たいてそうなっている。
 昭和26年生まれのぼくは、集落の9割が農家だったが両親が先生をしていて、やはり農家以外の働き方を探さなければならないようになっていた。農家でも、次男三男に産まれると、当時はやはり働き口を外に探すしかなかった。例外的に他家に婿入りしたり養子になったりしたものが2、3人いた。彼らは長男に産まれた者たちと同じに農家を継いだ。
 外に働き口を求めたのは、やはり8割から9割くらいにはなったかと思う。それくらいになると、それが普通で当たり前のことになる。
 これは江戸時代に農民になることと同じだ。江戸時代の普通で当たり前は農民になることだが、昭和40年代では外に働き口を求めていくことが普通で当たり前のこととなった。大学進学もその延長に過ぎない。

 「普通で当たり前」なんだから、そのレールで行くのは間違ったことではない。それでいいはずである。ぼく自身もそれで満足するようにと自分に働きかけた。それが順当で自然で何の問題もない。余計なことは考えるな。大衆の中に骨を埋めろ。当時のぼくはそう考えていた。安藤昌益の著作を読んではいなかったが、後になって読んで振り返ると、それは「直耕」の実践に向かったことと同じだ。
 ところで、今日の作に見られるように、ぼくは「直耕」してそれに生涯を捧げ切れたとは言えないようなのだ。それがなんだか後ろめたい。後ろ髪引かれる。余計なことをつい考えてしまっている。つまり逸脱だ。「普通で当たり前」から逸れてしまうのだ。これがまた悩みの種になる。

 「普通で当たり前」。それが言ってみれば「直耕」ではなく、「被雇用」だったという話である。では「被雇用」は「直耕」かという話なのだ。
 考えるに、「直耕」は自然を舞台とするが、「被雇用」の舞台は社会、言い換えると人間の手の入った舞台だ。少しか、大きくか、違っている。そしてどうしてか、ぼくは人の手の入った舞台が始めから終わりまで、気に食わないものとして考えてきたようなのだ。相手が自然ならば、これはもう文句のつけようもない。文句をつけない。だが。人の手が入っているとなれば、どこにそんな権利があるのかと問わずにはいられない。ぼくとしてはここからが佳境だが、それを語る準備が今はない。これで終わる。

※ 一つ、お知らせがあります。
 毎月、月初めに、nishiyanさんにより「掲示板」に短詩を寄稿していただいております。今回も2日前に寄稿していただいてますので、ぜひ「掲示板」を覗いてお読みいただければと思います。
 なお、nishiyanさん直接のブログでは10年以上にわたっての毎日詩が現在も進行中です。興味があればそちらもご覧ください。最近アドレスが変更になりましたので、下記に新しいアドレスを記述しておきます。
  https://ameblo.JP/okdream01/


2025年10月9日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「非望の企図」です。

 今朝起きて、朝食をとりながら庭の雑草の除去ついて考えました。ほかにも考えたことはあるのですが、先ずは雑草の除去をメインに考えてみました。
 結論は簡単に出ました。何年も何年も考え、また実践してきて、長期にわたる悩みの種だった訳ですが、頭の中だけでの解決は簡単でした。結論から言うと、「雑草」と言う概念をたたき壊す、その一点に尽きると結論しました。具体的には「雑草=邪魔な草」というイメージを、頭から追い払う。そうすれば長年の悩みが解消されるはずと思った訳です。
 それと共時に考えたのが、身体障害と精神障害との問題です。身体障害や精神障害をどう考えたらよいだろうかという問題です。こちらについては「障害」という概念を、身体、精神の両方から取り外すことが出来たらいいのではないかと考えました。これは健常や正常の概念の枠組みを今よりも拡張する、広げると言うことを意味します。普通を幅広く取ると言うことでもあります。

 こういう考え方の行く手に何があるかをまた考えると、たぶん生と死の間に横たわる境界を消滅させると言うことになるんじゃないかと思います。その辺りを含みながら、今後も考えようと思った時に考えてみたいなと思っています。考えないかも知れません。考えるかも知れません。分かりません。


2025年10月8日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「個への巣ごもり」です。

 個に凝縮しないと個を保たれないし、個を保とうとすると全体から乖離してしまう。全体に向かうと、個は行くへ知れずになってしまう。そういうジレンマが、現在が差しかかっているとても大きな問題なのではないだろうか。同時に、現実から言葉を引き上げて見ると、現実とは意味のない物的な振動や動きに過ぎなくなり、引き上げた意味だけを捉えると現実味のない概念世界だけが目の前に横たわることになる。
 いずれにしても、わたしたちに差し迫って感じられるのは、通路が立たれているという切迫感や喪失感だ。これはかなり深刻な事態なのだが、世界はこれに目を背けてやり過ごそうとしている。あるいは目をそらさせて、別のルートで危機を回避したり、危機の無効化、つまり問題はないという態度を取ろうとしている。そうやって現在を超えようということも、一概にあってはならないと言うことも出来ない。ただそうなると、ぼくには、これまでの人間史からレールが外れる、そう思える。別の言い方をすると、人間の終焉と、新人間史の始まりと呼んでもいいものだ。ぼくには現在がそれくらいに大きな局面に差しかかっているのだというような気がしてならない。都市伝説かと思うくらいに変に聞こえるかも知れないが、ぼくの妄想は止まらない。


2025年10月7日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「水清ければ魚棲まず」です。

 数日前に自民党総裁選があり、初の女性総裁として高市早苗さんが当選した。興味も関心もないので、あ、そうなんだ、くらいにしか思わなかった。誰でもよいから、ただ苦しい生活から救って欲しいと思うのだが、ほぼほぼ期待はしない。そんなふうにここ数十年の日本の政治は推移してきたからだ。人心掌握術に長けた「かしこ層」に向かって言うのも何だが、バカばっかり。底辺層を底上げするのが現代政治の使命で、ほぼ何人も為し得なかった宰相の技量は庶民の生活苦に常に気を配り、心を砕き、これを政策に反映する所にある。だが今日の政治家たちは、おしなべて自分の支持層に心と目とを向けるばかりのように見える。

 近日中には宮城県知事選もある。現職の村井は安定して、長期にわたって県知事の座についている。その理由はただ一つで、ちょんぼや、やらかしがなかったからだ。能力や技能に長けているからではない。
 このことは東日本大震災の時に分かった。当時も知事であった村井は、阪神淡路大震災の復興理念、「創造的復興」の考えの元に復興を進めようとしたが、ことごとく失敗した。県民の願望はただ「もとの暮らし」に戻りたいというもので、村井は頑張りを見せたが県民住民の思いを覆すことが出来なかった。それはそうだろう。被災住民に急に「創造的」復興を説いた所で、住民たちにはそれを理解する余裕などなかった。まして知事と県職員含めて、日頃からそれを念頭に考えたり議論したりしていた訳でもないだろうから、付け焼き刃的なものでしかなかったのだろうと思う。
 村井はその時にごり押しでもいいからやりきって、後に批判や非難に晒されてスパッと知事の職を辞していたら、わたしはずいぶんと評価したろう。だがそうではなかった。
 その後自分なりにずいぶんと考えて、当時はまだ「創造的復興」を可能とする体制が県内に整っていなかったから、かえって無理に進めなかった方がよかったかも知れないと思い直した。もっと言えば、「創造的復興」など言いながら、本来それは普段に改変改善すべきところをやっていないからの発想だと思うようになった。震災を契機に、改革改善がやりやすくなるという姑息な考えだ。
 その時からわたしは、この知事は可もなく不可もないことだと考えてきた。とてもよい訳でもないがとても悪い訳でもない。ただ普通の権力を持った政治家並みに、見えない所で姑息な手を使うことはやっていそうだとは思う。それを上手くバレないようにやることも現在的な段階の政治的手腕や技量の一つだといえば言える。いずれにせよ、わたしたち一般の県民の生活とは無縁の出来事であり、無縁な職業世界の挙措振る舞いは遠くから眺めるに限る。


2025年10月6日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「最後の修正」です。

 旧石器時代、今から約4万年前の遺跡が、昨年広島で見つかり調査中だという。見つかった石器は中国や朝鮮で発見されたものとよく似ているらしい。大雑把に理解した所では、その辺は石器に作りやすい材料が取れると言うことで、そのために足を運ぶ場所だったようだ。そこに定住した跡があるという話ではない。
 4万年前にはこの島国に人が住んでいたと言うこと。石器の形状から、大陸との関係、あるいは交流があったかも知れないと言うことが考えられる。
 こうした痕跡は、もちろん以前からチラホラ散見されているが、これまでの最も古いものに比べておよそ5000年ほど遡って古いのだと言うことである。それが広島と言うことで、漠然と日本海側とか九州、沖縄辺りの知識しかなかったので、これは想定外に思った。こうなるとまだ発見されていない、こうした過去の痕跡は、日本中の至る所に眠っている可能性もある。こうした解析に携わる人たちを羨ましく思う。


2025年10月5日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「余生はこう使う」です。

 年金生活と言えば余生。余生と言えば丸儲け。苦役、使役を経た人間の晩年において、これはなかなかに粋な計らいです。
 自由。自分の好き勝手。老後と幼児に与えられた特権のようなものです。間にある世代の一部には、面白くない、大変遺憾だ、そう言う視点で眺める者もいるに違いありません。たぶん相当の苦湯を味わうものからはそう見えるだろうと思います。それほど現役世代は苦労しているだろうことの裏返しでしょう。そして本当はその視線は、幼児や引退世代に向けるのではなく、自分が生きている場、すなわち社会に向けていくべきものだと思います。

 ここから上記のこととは無関係な話になります。
 パソコン関連にぼくは腹が立っています。パソコンは超便利ツールとして使わせてもらってきています。それに対して文句なんて、などと怒らないで欲しいのですが、これまで何度も買い換えさせられました。上手く誘導されたのです。技術の向上とやらで、あっという間に古くて使い物にならないパソコンになって、買い換えます。これが何度も繰り返されます。これにOSほかのソフトも、次々に新しいもので来て、買い換えを迫ります。腹の立つのがOSで、セキュリティー上更新とグレードアップをやらざるを得ない状況です。
 もうこんなに買い換えなどをやらせられると、何でこんな不完全なもの、セキュリティー上危険なものを販売するんだと、あるいは販売を認めるんだと、該当する大向こうに批判や非難の言葉を投げつけてやりたくなります。
 こんな脆弱性だらけの不完全な機器って、ほかにあるだろうか。これはほど長い時間をかけて脆弱性が埋まらない。それどころかえって脆弱の度が増していく。これが食品とか医療器具とかだったらたいへんなことです。
 こんな危ない不安定なものを、世界中がこぞって使っている訳ですから、どうしたんだ人間、とならないのがまた不思議です。唯々諾々と、それこそほんとうに唯々諾々と、何億何十億もの人間が、更新と改変に付き合わされ、付き従っています。マイクロソフトとパソコンメーカーの言いなりになっているようなものです。
 ぼくは日本のメーカーが、こうした窮状を救うために立ち上がるんじゃないかな、立ち上がってくれないかなと密かに期待してきたのですが、立ち上がるどころか、こけて転んで寝転んでしまっています。もう消費者を第一に考える企業なんてないんだなと思います。凋落してるんだと思います。かつてのテレビ、洗濯機、冷蔵庫、掃除機などの家電は、相も変わらず精緻で頑丈さも増して、さすがだなと思っているんですけどね。ことパソコンに関しては、日本製OSの開拓など、およぶべくもないようです。富士通のTOWNS。TOWNSのOS。期待しましたが、結局のところWINDOWSにシフトを変えてしまいました。完全な敗北、第二の敗戦、です。


2025年10月4日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「精神史」です。

 内容は軽く薄っぺらであるのに、タイトルは大仰なものになってしまった。何のことはない。タイトルの付け方も軽く薄っぺらに考えた結果である。
 作してみて、何を書こうとしたか、また結果として何が書かれているかを考えた時,すぐに浮かんだのは、太古から現在に至るまでのわたしたちの精神の歴史、その大雑把な変遷についてである。
 心的な世界を実在のもののように考えた時に、第一に自然との会話を喪失してきたという思いがある。これはわたしたち日本人にとっては、かつて豊穣な世界であったものが痩せ細ったというイメージをもたらす。心的な世界を一つの器のように見なすと、その縮退は何かの拡張で、それは言うまでもなく知的なもの、知性に属するものと考える。日本人の精神の歴史は、情から知に取って代わった。そんな気がする。
 これはもちろん大きくは近現代になっての変化で、小泉八雲や柳田国男が示した日本人の心というものは江戸時代までは、そう大きくは変わらなかった。
 これはそうなってきたという事実的なものを言うにとどまる。この流れは戻らない気がする。けれども、こうした流れにわたしたちの心的な世界が耐えられるのかどうか、ぼくには分からない。たぶんそう言う所で自分が立ち止まって、ブツブツ独り言を口にしている。その一部を文字化したのが今日の作だ。自分としてはそういう捉え方を、今していると、それだけのことかも知れない。


2025年10月3日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「変わらぬ声変わらぬ言葉」です。

 最近の事件の記事で、40代男性が、70代女性を刺殺したというのがあった。テレビで逮捕時の男性の容姿が映し出されていて、その姿はやや病的な陰影をまとっていると見えた。大雑把な事件の概要は、自称派遣社員の男性は「すべてが嫌になって」、誰でもいいから襲って殺したいと思い、あまり抵抗しなさそうな被害者を標的にしたと言うことだった。
 容疑者、あるいは犯人がやった刺殺という犯罪は、言うまでもなく悪だし、どんな言い逃れも出来ない厳罰の対象であろう。それを庇おうとする気はぼくにはない。
 けれども「すべてが嫌になって」と言う気持ちは、いくらか分かる気がする。そしてここしばらくの犯罪者の動機として、「すべてが嫌になって」というフレーズも、しばしば耳にしてきたという気がする。

 ぼくは犯罪に手を染めたことがないと記憶しているが、「すべてが嫌になって」、ちゃぶ台返しのように、自分を包囲する牢獄のような現実を、ひっくり返したいと願ったことは何度もある。現実が、未来が閉塞していると感じられ、どうしてもそれから自力で脱出できない時、世界の方からもうお前にはバラ色の未来はやってこないと宣告された気持ちになる時、もう暴れることしかなくなる。そういう立場になったら、誰でもそうなる。例外はないと思う。
 多くの人はそういうところを自力で、あるいは人の手を借りながら潜り抜けていく。けれどもそうやれない人もいる訳です。努力とか心の善い悪いでもない。世界の方から、不条理な落第の宣告が下されることはあり得るのです。
 この世界は、あるいは現在の社会は、ある人にとっては自分に都合のよい社会や世界であり、またある人にとっては自分に都合の悪い社会や世界であるということはあり得るのです。例えば現在の学校の勉強がよく出来る、そういう人にとっては、現在の世界や社会は都合がいいのです。仮にその人が江戸時代の農家に生まれたら、その力はあまり役に立ちません。反対に勉強は出来ないが、地道に農作業を続けてやれる性格だったり能力を持っていたりすれば、地域でも一目置かれる存在になり得たはずです。

 言いたいことは、今の世の中は普遍的でもないし、完璧な世の中でもないということです。それから、人間の社会は自然に生じたものでもないと言うことです。人間の手でこしらえた社会や世界です。しかもずっと昔から祖先らが何度も何度も作り替え作り替えしながらバージョンアップを繰り返して今日にまで至った社会や世界です。もちろんこれからも作り替えられ、変わっていく世界や社会です。
 現在の世界や社会で「すべてが嫌になって」、暴力沙汰を引き起こしたり、犯罪を行うことは、どうしようもないことだとぼくは思います。それは暴力や犯罪を許したり認めたりすることとは違います。それは現在に生きている訳ですから現在の法できっちり処罰されるべきです。ですが、法が完全かというと、法もまた時代によって変遷してきたものです。未来に変遷していくことも確かでしょう。
 言いたいことは、「すべてが嫌になって」、暴力沙汰を引き起こしたり、犯罪を行うことは、現在社会や世界ではいつでも起こりうることだと言うことです。誰でも同じ立場になれば、暴力沙汰や犯罪を起こします。そういう人にとってはそうする以外にどうしようもないと言うことはあり得ます。そして、現に、「すべてが嫌になって」、無差別に人を殺すという事件が、わずかずつでも増えてきているんだとぼくは思います。

 むかし、高校生、中学生が暴れた時期があります。校内暴力とか校舎破壊とかが社会問題になるほど多発しました。最近の世の中、日本の社会を眺めると、自分の将来や未来に対する閉塞感から引き起こされたと思える事件が多発しているように思えます。高校生や中学生が暴力に訴えた時、文科省をはじめとして、社会はその根源の声に耳を傾けませんでした。終始上から目線で注意し指導し、補導し、あるいはご機嫌取りなどの小手先の対処対策で一応の平静状態を作り上げました。そして社会問題としては沈静化させていったのです。
 けれども根源の病状が治癒した訳ではないので、それは現在、青年層から壮年層へと転移してきているのかも知れません。深部の病状はそのままですから、これを除去しなければ、手から足からあちこちに異変は起きてしまうに違いありません。

 わたしたちは、さまざまな事件や犯罪に接し、その時その時に緊急の対処療法を施す必要はもちろん、根源の病巣をも明らかにし、治癒の方法を考えなければならないのだと思います。それは対症療法に比べて、かなり難易度の高い施術になるのだろうと思います。
 こうした意味では、さまざまな暴力や犯罪事件は一つの警告のように考える考え方もあると思います。つまり、社会や世界の方にこそ問題の根源があるのかも知れないというようにです。事件は人が起こしているのだが、そのようにその人を動かしているのは社会や世界の方だと考える契機に、それはなり得るのではないかと言うことです。それが全てではないとしても、そこを暴かなければ延々と転移を繰り返し、あるいは全身に症状が回って手がつけられなくなる事態にまで進むかも知れません。
 わたしが敬愛した文学者たちは、そういう見方考え方を教えてくれたと思っています。人は自らの意志だけで動いているのではない。その意志に影響を与えるのは世界であり社会であると。その時に人間はやむを得ず、そう動いてしまうことがあるのだと、文学者たちの洞察力は教えていました。わたしはその教えを、今でも高く評価すべきものだというように考えています。


2025年10月2日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「はじめての年金生活」です。

 今でも一年に一度くらいの放送が続いていると思うが、「はじめてのおつかい」と言うタイトルのテレビ番組がある。タイトル通りの、小さい子の、少しハードルの高い「はじめてのおつかい」を、複数の制作スタッフが複数のカメラを携行して捉えるというものである。初めてだから、子どもたちは大いに戸惑い、また小さなトラブルも積み重なって、終いには泣き出す子どもも出て、視聴するこちら側も思わずもらい泣きするという事態になる。
 その番組がちょっと思い出されて、この作の上に「はじめての年金生活」というタイトルをつけた。こちらはずいぶんと年が違って高齢であるが、初めては初めてである。可愛さはないが、同じような戸惑いはある。どう対処するか手探りでもある。だが、テレビ映えは絶対しないだろう。温かく見守ってくれる者もいない。勝手にしろと放り投げられている。
 社会の実権は、と言うのもおかしな言い方だが、あえて社会の実権はと言うと、子どもや壮年に握られているから、高齢者の暮らしはあまり中心の話題には取り上げられない。なので高齢者はみんな仕方のないことだと考えていると思われるが、結構な戸惑いもトラブルも抱えているはずだ。それは全部自分で処理しなくてはいけない。子どもじゃないんだから、と言われるに決まっている。
 こういうところはね、小さい声だけれども、時々はチラ見せしておきたいなと、そう思ったりしています。同時に、こんな観察をしたり考える老人もいるんだと言うこともね、合わせてチラ見せしようかと言うことです。提供することが、まあ一つの義務かなと、そういう考えからでもあります。参考にも何にもならんでしょうが、何か、記しておきたいんですね。


2025年10月1日

 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「情の自然について」です。

 お知らせを二つしておきます。一つはこの「更新と近況」欄ですが、少しだけ記事がたまって読み込みが遅くなったので、今日からまた新規に一から始めることにしました。なので、ここは今日の日付文しか掲載されてないことになります。以前の分はファイルとしては持っていますが、公開からは外れることになります。この欄のこれまでの分も掲載しておくことも可能ですが、面倒だと思っていたのでやってきませんでした。考えてみると、なくてもいいが、あっても悪くはないと気付きました。特に、そういう整理の仕方をすれば、自分がちょっと振り返りをする時に便利性があるかも知れないという気がします。すぐにではないですが、そういうことを検討してみようと考えています。
 二つ目にはこれも同じ理由で、「てならいのうた」をまた10月1日というキリのよい所で一から始めることにします。と言っても、昨日までのものを「旧C てならいのうた」とし、今日からの分が「新 てならいのうた」から見ることになるだけです。よろしくお付き合いください。


 安藤昌益の人と形について、お弟子さんと思われる人の記述がある。それによると身長は高からず低からず、太ってもいないし痩せてもいない。顔なども美しく整っている訳でも醜いというのでもないというように記述されていた。
 そういうことが細部にわたって羅列されていたのだが、その弟子の言いたかったことは「ごく普通の人だ」ということだったろうと思う。それは身体的外面的なところだけでなく、普段の生活での振る舞い方や、人との話し方、関係の仕方までそうであったように書かれていた。また自分の知識をひけらかすようなこともなかったが、聞かれると何でも答えることが出来たとも言っている。
 これだけでも安藤昌益の人と形は容易に想像されるが、ただ一つ特異な所が紹介されていて、それは、「自然真営道」という著書に書いた内容についてだけは、他人に聞かれなくとも自ら話して聞かせていたという箇所があったことだ。つまりそれは、思想家という内面性を持っていると言うだけではなく、活動家という側面もあったとぼくには想像された。

 少し話を戻すと、「ごく普通の人」という側面での安藤昌益は、自らもごく普通とか、自然な立ち居振る舞い、また、取り繕わない自然な情感や心情というものを重んじた人でもあったようだ。
 記憶に残っている所では、子どもを過度に溺愛するのは、これはあまりよろしくないよというようなことを安藤は言っていた。
 ここでぼくは全く唐突に太宰治を思い出したりするのだが、太宰はある小説の中で、主人公に「子供より、親が大事と思いたい」と言わせている。

 ここはたいへん難しい所で注意しなければならないが、そしてたぶん上手く言えないと思うが、ぼくはここで「心情の自然」、あるいは「自然な心情」の発露というものについて、それは何かと問いつつ立ち止まり困惑する。よく分からない。よく分からないが、自然な心情、あるいは普通に自然な心情というものはあるような気がして、しかしそれはまだぼくには言い切れないことだと感じている。
 これはたぶん、飾るな、過剰になるな、と言えばすむ話である。そして通常はそれですませている。それでもいいのだが、時々発作が起きたようにどこまでも詰めて考えて行きたくなる。難しくて不可能と知ってもいるが、こんなことを繰り返して今日まで至っているのだ。何だかなあと、最後には呟いておこう。