2026年9月25日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「秘奥」です。
○ 日本でアジア大会が開催されていて、時々卓球の試合を見ている。昨夜は男女の決勝戦があり、男子は中国を破って優勝して金メダル。女子は中国に敗れて銀メダルにとどまった。
60年近く前に高校で卓球をやったが、その頃から中国は男女とも世界一に君臨していた。その牙城は固く、今回のアジア大会で男子が世界一になったことは卓球経験者にとっては快挙であり、驚きでもあったと思う。
近年日本の男女、特に女子の方が中国に追い越せ追い抜けで実力が接近し、今回はどうかと期待されていた。男子も同じだが、どちらかというと女子の方が早くに世界一になりそうな勢いがあった。結果は男子が一位、女子が二位。どちらの試合も見たが、やはり日本男子の実力はずいぶん向上したように見えた。これまで、中国男子がすごすぎて、女子の方の試合を追うことが多かったので、日本男子がこんなに力強くなっていたとは知らなかった。
男女どちらについても言えることだが、身体能力と技術の向上には、ぼくらがやっていた頃とは隔絶の感がある。それはおそらく個々の努力とか筋力とかの問題ではなくて、科学を取り入れた練習や訓練によるものという気がする。具体的には以前の身体能力を生かした、強烈なスピンをかけたドライブ打法のラリー戦から、台上の裁きによる技術の争いが中心になってきている。台を離れて強く打ち合うと言うより、できるだけ台に接近して強くはじき返す、そういう戦いが主流になってきた。
これはスポーツの時代的な推移、そして技術を含めた向上と見えるが、ちょっと視線を変えると戦争における戦闘スタイルの変化も同じような向上と見える。
進歩、向上と言うことが、何か手放しでは喜べない、何か腑に落ちない気持ちが、試合観戦後から続いている。
2026年9月24日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「束ねぬ言葉」です。
○ アメリカ以外にも銃の所持が認められる国は18カ国くらいあるようだ。なかなかなものだ。日本は戦国時代に秀吉による刀狩りが行われて、農民ほか一般人は刀を所有しないことが通例で、江戸時代が終わるまで武士は刀を携行している。銃と刀の違いはあるが、日本はわりと早くに武器を持たずに社会が成立したと言える。
現代でも19カ国は拳銃の所持が認められているのだから、人間というのは相当に本質的に根底的に戦う生き物だと考えられる。旧石器時代から前は生きて行くために獣たちと戦わねばならなかった。戦って勝たないと生き残れなかった。
そういう過去の記憶は心身に埋め込まれて、簡単に消え去るものでもないのだろう。農耕が始まると狩猟は縮小していったが、心身に備わった闘争心は他人や他部族に向けられた。現代でも戦い好きな人はたくさん見かける。闘争心、競争心ということで言えば、太古の人たちに負けていないかも知れない。文明最先端の現代ではボタンひとつで大量殺戮が可能になり、またドローンやAI登載の人形ロボットで戦う戦い方に代わった。
先の戦争までは対人的な戦いもあった。どちらが勝つにせよ、戦う相手に触れ、銃や刃物で生々しく傷つけ合った。ぼくには分からないが、お互いに一線を越えないと殺し合いは出来ない気がする。そして一線を越えると、近現代の日常に戻ることは極めて困難なことのように思える。最後の戦闘員だった父親世代の人たちは、集落のどんなプライベートの場面でもその時のことを口にしなかった。戦場と日常生活の場との深く大きな溝が、そうさせたのだと思う。
文明が高度化した戦闘場面では、そうしたことを誰も経験したくないと考えたのだろう。生々しく直接的な戦いを避け、機器兵器を遠隔操作して直接的な戦いを避けるようになった。だが本当にそれで、責任感や倫理的な悔恨から免れるものかどうか分からない。例えば日本に原爆を投下した飛行士たちはどうか。外に出す言説とは違い、内面に湧き出てくるものは時が経てば立つほど自身を苦しめるものではなかったかと思う。人間とはそういうものだ。勝てば良いと言うだけにはならない。
狩猟においてもアイヌ民族のように、殺した熊を慰霊するような儀式が行われていた。つまり命を奪う側も返り血を浴びて、戦って勝ったことを心的に丸々喜んでいるというわけには行かないと言うことだ。
同じくアイヌも本州の山々を住処とするマタギも、獣も山菜も必要な命だけをいただき、余計には取らないことを決めていたらしい。その心は現代にも転用されて、つまり過去を学ぶスタイルとなっている。
そういう過去の狩猟人たちの謙虚さはもっともっと現代に広められてしかるべきことに思える。広める任はぼくらではない。ぼくらは日常的に実践する人であろうとしている。
2026年9月23日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「逃亡と脱落」です。
○ 昨日は秋晴れの良い一日でした。気温が30度近くまで上がり、金物を洗って天日干しにしたらとても熱くなりました。ただ風がひんやりといい具合に吹いて、気持ちよかったです。
そういう天気の具合や風の具合で、ちょっとした幸せ感があるものですね。
ぼくは家の中では台所の換気扇前で紙タバコを吸いますが、その時もちょっとした幸せ感を感じます。そういう意味ではぼくは安上がりな人間です。湯船に浸かっている時。布団に潜り込む時。卵がけご飯を食べている時。コーヒーを淹れて飲む時。
けっこうこまごまと、小さな幸せを日常のあちこちで感じ取る質の人間だと思います。
それから時々奥さんに肩などもんでもらいますが、それも至福です。その間にちょっと寝入ってしまえたら、後はもう起きないままでもいいような気がします。でもまあ、たいていは「交代」と力のこもった言葉で交代させられます。肩もみし合う時は後番の方がいいと思います。
2026年9月22日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「ウォーキング」です。
○ 自らは耕さず、狩猟せず、上に立ってそれらの食料を貢がせる。そうして希少で珍しいもの、美味なものを貪り食う。
この範を人々に教えたのは古の為政者、偉人、聖人である。普通の人々はこれを伝え聞き、また自分の目や耳で実際に見聞きもし、長く強く憧れ続けた。
近代から現代にかけて、普通の人々も、やっとそれが自分の身にも実現できるようになって来た。大小の組織のトップに立てば、あるいは管理職として部下を持てば、近似的にそのまねごとは出来るようになった。鵜飼のように部下を上手く動かし、収益が上がればその一部は自分の懐に還元される。間接的に富を得るシステム。
古代初期の為政者、聖人、そして偉人たちが無意識に示した不耕盗食、不耕貪食の範は、現代から未来に向かっては、実労働はすべてAIロボットに託すという事態に結実していくと見える。普通一般の古代人の願望が、やっと叶うと言うことになるわけだ。
そうして人々は働くことから解放され、ただ好きなことを追求する暮らしに入る。つまり、意地悪な言い方をすれば、遊びほうけることが出来る。
こんなにも人間は働くこと、働かされることが嫌だったんだ。二千年かけて実現を待ち望み、その入り口までは来た。
これは喜ばしい、人類史的な革命の時代に突入したというわけだ。
江戸時代に「直耕」を語った安藤昌益からすれば、歴史は真反対の方向に到達しようとしている。人間すべてが働かず、直耕せず、それを他人にではなくロボットに任すと言うこと。こういう事態は夢にも思わぬことだった。
人間の未来は明るい。日本社会の未来は明るい。
だが、人間の欲望全開のこの明るさとは、滅びの姿ではないか。
たとえ滅びの姿でも良い。今この現実を面白楽しく過ぎていけるならば。老いた一人の自分がそう考える。どうせ先があまりない身には、未来がどうなろうと知ったこっちゃない。
おいおいともう一人の自分が口を挟む。滅びの先にも歴史はあるさ。安藤昌益が出現したように、歴史の無意識を意識化する試みは新たに出現した「昌益」がそれを詳述する。それを元にまた出直せばいいんだ。初代「昌益」にはなかった発想が、その時には生まれて来るに違いないんだ。それは楽しみだし、そこまでは人間の叡智というものを信じたいし、信じられるもんだと思っている。
やっぱり最後は自然、ふつう。それがキーワードになって、それを根拠としなければいけないんじゃないのかな。人間が人間に悲劇をもたらす。そういうことが皆無になることを願うだけだな。今日はもうこんなところで終わりにしよう。
2026年9月21日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「これから」です。
○ 「敬老の日」にちなんで
今日は「敬老の日」。昨日一日早く、町内会の会長さんが「買い物券」と紅白のおまんじゅうを届けに来てくれました。
ありがとうの感謝の気持ちもありましたし、同時にずいぶん老人になった気持ちにもなりました。何か、世間の方から「あなたは老人ですよ」と教えられた気がします。そして「ああ、そう言えばそうですね」と、答える自分がいます。忘れているわけではありませんが、自分は老人だという自覚が、正直あまりなかった気がします。若いつもりでいるのでもないですが、実感が湧かなかったのです。老人というのは社会的な認知、認識でしょうが、そういうところと離れたところに自分の立ち位置を取っていたせいか、今でもあまりピンときていないところがあります。生活がもう少し世間寄りのところにあると、もっと自然に老いというものを自覚するのかも知れません。それがちょっと希薄で、精神的にもまだ老成というか老熟というか、年齢分の精神に育っていないかも知れません。そういうところから逸(はぐ)れてきているんでしょうね。まあ普通に異様なのかも知れません。今さら円熟ぶる必要もありませんし、このままで行くしかないと思っています。
ところで、同じく昨日、総務省は「敬老の日」に合わせ、65歳以上の高齢者の推計人口が15日時点で前年比2万人増の3624万人となったと発表しています。総人口に占める割合は前年比0.2ポイント増の29.6%だそうです。この割合は世界のトップということです。ある意味の健康大国ですから政府に感謝、国家に感謝です。驚くのは高齢者の就業者数で、昨年の65歳以上の就業者数は943万人と言うことです。65歳以上の4人に1人が働いていることになります。
悪い考え方をすると、年を取っても働かせるための健康対策だったのかと、政治家、官僚の悪巧みと勘ぐってしまいます。もう少し、老後の生活に不安がなく、全員が遊んで暮らせるようにして欲しかったですね。一時はそう言う流れもあったのです。それなのに、年金の財源が豊富だったので雑な運用をして減らしたりしました。それから安倍首相の代ですかね、高齢者も元気で社会に活躍できるようにとかなんとか上手いことを言って、遊ばせないような流れを作ったと思います。本当はこういう時代になったことに人災という面もあったのです。それを誰も言わない。経済界や報道界も同じキャンペーンに同調してきましたから、口ごもって何も言いません。ぼくから言わせれば、8割近くが非正規雇用ですから、家畜的労働です。「生きがい」だの、どうのこうのと言っていましたが、ペテンだし詐欺です。労働環境的には若者がいやがる仕事を、安い賃金でやらせていることが多いと思います。要するに年寄を、「金が欲しいんだろう」と馬鹿にしているんです。
敬老の精神なんて、現代人にありはしません。心のない、魂のない人たちですから、ただ言葉にして言っているだけです。それらの言葉に心も魂もありません。そういう時代になったんだと思っていた方がいいと思います。それは個々人に責任があるのではありません。分業や専門が進んで行くと、そうなってしまうと言うことです。マックスウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』と言う本に書いています。だいぶ以前に読んで面白かった記憶があります。
ぼくらが老人になる少し手前の頃は、学校でも町内会でも「敬老の日」の催し物があり、お年寄りを呼んで食事会をしていました。ぼくはまだ主催する側にいて、お年寄りを喜ばせようと思ってやっていましたが、どう言いましょうか、老いるということに対するどんな考えもなくて、つまり老人のことをこれっぽっちも理解していなくて、ただ風習、習俗として、形式的にやっていただけでした。
若者や壮年には、死や老いについて考える機会もきっかけも少ないんですよね。
たぶんぼくらもそうだったので、今になって、あの頃のお年寄りたちの気持ちに少し触れることが出来る気がします。まあ手遅れなんですね。両親に対しても十分に寄り添ったとも言えないくらいですから、ましてや他のお年寄りたちに対しても、あまり関心を持たなかったと思います。もうすでにぼく自身が、心も魂もなくした現代人になっていたと言うことだと思います。そして現在も。
2026年9月20日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「言葉の運命」です。
○ 天下を一つにして治める。こう言うと、なんか偉い人、とても優れた人、そう考えたり感じたりしてしまう。そうして、自分なんか足下にも及ばない、そう考えてしまう。
でもまあすべての先入観を取り除いて考えてみると、天下を統一してそのトップに立つと言うことはすべての戦いに勝って初めて成し得るので、その過程で最も多くの人間を殺した者と言うことになる。
王や将軍が直接手を下したのではなくても、軍隊を率いるのは彼らだから、多くのものを殺した責任は彼らが負うべきである。
けれどもこの国では、21世紀になってなお、王や将軍は偉人であり英雄であると遇され続けている。古代の天皇たちもそうだし、将軍たちもその功績だけが広く喧伝される。
たくさんの人を殺して天下を治める人が偉い。これはおかしくはないか。その理屈から言うと、現代にクーデターを引き起こして人がたくさん死んだとして、戦いに勝てば偉人や英雄になるのだろうか。たぶん、それは違うというのだろうが、本質は同じで、最初の統一王がやったこともクーデターはクーデターである。大小百余国の調和を乱した。武力や策謀を用いて、非合法的に政権を我が物にしたのである。
それだけでもう人殺しだし、人殺し集団のトップと言うことに間違いはない。個人のする争いからの人殺しと違い、たくさんの死傷者を出したに違いない。そういう戦いは聖戦だと言えるだろうか。また仮に聖戦だろうがなんだろうが、人殺しは人殺しである。そして聖戦だからと言って人殺しの事実が消えるわけでもない。
21世紀の現代に生きるぼくらは、それはやっぱりだめだったんだよと言えなくてはいけないのではないか。でも、そういう声はほとんど聞かない。聞こえてこない。
過去の戦闘、戦争を否定しきれないで、未来に戦争をなくす、どんな戦争も否定する、そういうことが出来るだろうか。ぼくは出来ないと思う。
ぼくらは空想上、自分の人生の中で何人かを手にかけていると思う。裏切りにより、嫉妬により、あるいは成就しなかった恋のために。だがそれに慣れてはいけない。できるだけ数は少ない方がいい。ぼくはそう思う。平気になってはいけない。未必の故意として罪に問われなければ、いくら人を殺めてもいいということにはならない。これは最後には倫理の問題で、だからぼくは強く言おうとは思わない。だがこれを手放そうという気もない。これが私で、これが人間だと思うからだ。人の思いを人は笑うことが出来る。ただぼくだけはそれをすまい。完璧にではなくても、しないようにしたい。そう言うようにしか、ぼくは考えられない。
2026年9月19日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「嗄れた声」です。
○ 人間の声はたいてい言葉になります。1歳だと声のままだし、2〜3歳くらいになると言葉になりかけで、でもまだ十分に蓄積されないし使いこなせない感じです。同じことは人類史上にもあったんだろうと思います。
声だけの長い時間があって、唇や口の中の動きに得意なというか、繊細に動かせるというか、そんな人物がいたのかも知れません。ちょっとほかの仲間とは違う形で息の止め方、声の押し出し方ができる人が、突然現れたかも知れないです。それを教えたり真似したりとかがあって、次第に特定の言葉、何か意味あるものに整ったという感じでしょうか。
いずれにしても、自己表出欲と指示表出欲が強く励起されるようになって、身体や顔でする表現、声でする表現、自然物を使ってする表現など、様々な形で行うようになっていったんだという気がします。
声だけが発展して言葉を形成するようになったのですね。ほかの身体操作だと、そのままで何かに発展するというものではないですね。絵や音楽はありますが、声が言葉に発展するような発展の仕方ではありません。ジェスチャーは一応身体操作的な発展かも知れませんが、発展の拡張可能性というと全然違います。
声が言葉として通用するようになると、次第にそれは親から子に伝えるという形にまとまっていきますね。きっと何千年と続いてきたことでしょう。何万年かも知れませんが、そこはちょっとよく分かりません。親は何度も何度も声をかけて言葉を教え込んでいきます。
ぼくらが子どもの頃は、文字は親が教えるものではなかったですね。文字は学校で教わるものという感じでした。でも今はどうなんでしょう。学校でしか教われないと言うことは無くなってきたんではないでしょうか。親もみな学校を出ていますから、読み書きの基本の知識はあります。ただ言葉と違って文字を家庭で教えると言うようにはなっていません。文字は自然過程としては不自然なのかも知れません。文字を使うようになったと言うことは、人類史においてはある種の文化的な革命だったんでしょうね。そこでちょっと次元が高い方に上がったという感じがします。
声から言葉、言葉から文字と2段階のステップアップがありましたが、2度あることは3度あるで、この先にもステップアップはあるんでしょうか。あるような気もするし、これ以上はないような気もします。分かりません。
2026年9月18日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「脅威」です。
○ 脅威について
自然の脅威も地震、大雨などいろいろあって大変なものだが、人工的な脅威も人間は自分たちの手で作り出してきています。最近話題になっているのは自己改善型のAI開発です。世界の滅亡を予測する人さえ出てきて、開発には慎重であるべきだと提言しています。でも人間は自分たちで頭のよい人間を作ってきて、そのためにハッカーを始めとして、高度な技術文明の悪用がいくらでも出来るようになって来たのですから、自業自得、後の祭です。
そう言えばSNSの悪用もその手の悪用ですね。デマとか誹謗中傷とか、人を追い詰める道具として使うものが出てきました。こういうのはもう教育なんかで是正するものじゃないですね。こういうものを作った文明が、人間悪を引き出したとしか考えようがない。そういう気がします。
便利には、こういう脅威がつきまとうものだと考え直した方がいいのではないでしょうか。人間は、大勢がこれはよいことだと思った時には、悪いことが必ずあると考えた方がよいという気がします。産業革命も政治革命においても、公害だとか抑圧的な恐怖政治だとかいろいろありましたもの。
○ 生きる力について
国が悪い、学校が悪い、教育が悪い。そう言うしかないように思っていますね。責任はそういう方面に問うしかないとぼくは思います。個々の人たちに問うても仕方がないと思います。
結局これは日本人全部に言えることだと思いますが、生きると言うことを誤解しているんじゃないかと思います。あるいは曖昧に理解しているという気がします。それでずっとやってきて、それがまたある程度やれてきているという実績がありますから、そのこともよくないんだと思います。
ぼくらは、特に未就学の頃は、朝早く起きて、後は近所の家のどこかに集まって一日遊んでいました。集まって誰かが何かのアイデアを口にすると、そこからその日の遊びの種類が広がっていきます。農家の庭で、側を流れる堀で、昆虫で、竹や木々の枝で、とにかく自然しかありませんから、それらを使って工夫して遊びました。夕暮れになると、それぞれの家の人が迎えに来たりしてお開きになります。そうやって遊んでいました。夜は早く寝て、次の朝は早く起きます。そうしてまた、待ちきれないようにして出かけて、いつものように遊びを始めます。今日は何をして遊ぶか。明日は何をしようか。考えることはそれだけです。
学校は未就学の子どもたちから、そんな生活を取り上げてしまいました。
朝早く起きて、走って出かけて、くたくたになるくらい夢中で一日遊んで、家に帰って疲れてぐっすり寝る。それ以上に生きる楽しさ、生きていることの楽しさ、生きる意欲、生きる力に満ちた時代はありません。学校はそれを奪ったんです。
誰がそうしたんでしょう。偉い(?)人たちです。頭のいい(?)人たちです。その方が国のためにも子どもたちのためにもよいことだと考えたんだと思います。
でも実際に学校に通い始めた子どもたちはどうだったでしょうか。
日本で学校教育が始まって約160年。今日になってはっきりとその結果が見えてきていると思います。
もちろんあまり単純に良い悪いを言うべきではないかも知れません。しかしどうでしょう。今現在の子どもたちに、生きる喜び、生きる楽しさ、生きる力、生きる意欲が昔ほどには感じられないとぼくには思えます。その肝心な一点において、ぼくは上手く行かなかったんじゃないかなと感じています。不登校、いじめ、引きこもり。それらは数の上では一部かも知れませんが、このことが与える心の傷は、本当は子どもたちの多くが何らかの形で負っているように思えます。誰もがあっけらかんと、子どもらしく明るく育っているのではないように感じられます。
先生を辞めてしばらくして児童支援のアルバイトをした時、小さな子どもたちがみんな可愛く賢くなっていると実感しました。同時に、昔の子どもたちのような野性的な力強さがなくなったなと思いました。譬えはよくありませんが、まるでペットのような可愛らしさや賢さだなと感じました。それを口にしたことはありませんが、心の中ではそう考えたりしていました。
ぼくらは、あるいはぼくらの先輩たちは、本当はどこをどう見て、何をどう考えるべきだったのでしょうか。
現在の大人たちも、就学前の自分についてはすっかり忘れて、要は頭で考えることに慣れきって、頭で考えたことを良いことだと思い込んでいるんだと思います。将来のためにああしてこうして、と言うことです。半分はその通りかも知れません。時代の流れとして、そうやって適応していかなければならないという事情もあります。しかしよくよく思い出してみて考えると、自分が一番生き生きと活動していたのは子どもの頃で、しかも大人たちの干渉がほとんどないくらいの時だったと言うことが分かるはずです。そうしてそれが貴重で、大事な時期だったと言うことも思い出せるに違いありません。
ぼく自身は、朝から晩まで無我夢中で遊ぶ、そういう期間があと三年くらい、つまり十歳までそういう環境でいられたらなあと思います。もちろん、できるだけ自然の中で工夫して遊べることが理想かなと思います。
時代を超えて、親たち大人たちが考えるべきことは、そういうことだったんじゃないかなあと今ぼくは改めて考えているところです。
2026年9月17日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「循環」です。
○ 「未来に向かっては今日がベスト」
心身ともに劣化の坂を転がり落ちて行っています。生活も年金中心で、これが物価の上昇に追いつかない。
こうなると、これからはずっと困難さとか苦しさとかが増していくと言うことになります。そういう状況ですから逆に言うと、今が一番いいということになります。明日は今日よりも悪くなりますから、今日がベストコンディションと言うことになります。
そうしますと、明日よりも今日の方がよいと言うことを頭に入れて考えると、明日よりよい今日を一日一日積み重ねて行けば、ずっとよりよい状態で生きて行くことになります。今日は明日よりよい。明日は明後日よりよい。明後日は明明後日よりよい。そういう形でずっと続けて行けます。よりよい状態を幸せと呼べば、ずっと坂を下って行くわけですが、幸せの連続、小刻みな幸せの連続を進んで行くと言うことになります。まあちょっと、苦肉の策感はありますが、こういう考え方をするとあまり塞ぎ込んだりしないで行けるかなと思います。それで結構今は自分を欺せているというか、未来の不幸を思えば幸せじゃないか、最高じゃないかと思えています。
高齢者の未来は、どうしたって経済的にも身体的にも、そして精神的にも決してよくなっていくことはない、悪くなる一方だと考えると、今日がその中では一番よい状態なのです。ですから、今日今日と、渡り歩く感じで行くと、よい状態でずっと行けます。
もちろん、先のことを考えてしまって危うく絶望的に塞ぎ込みそうになることはしょっちゅうあります。まあその度にぼくは急いでそういう想念を打ち消したり、うっちゃったりするように努めています。ぼくにはその時の想念、考え、幻想は邪魔なんですね。いらないから捨てようと、そういうことになって、実際、別の考えにシフトチェンジします。それが出来るようになっています。危ないと思ったら、楽しいこと、面白いこと、軽いことに意識を向けて、転換します。
まあ年の功と言うことかもしれませんけど、そういうことを出来るようになったし、また実践していると、そういう近況だと言うことです。普段は黙ってそれを実践し続けているわけですけど、時々こうして意識に上らせて書くことにより、再確認したりします。再確認しないとやってられない、そういうことが水面下にあるんだと思います。
2026年9月16日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「高ぶる」です。
○ 宇宙空間に兵器配備
アメリカの空軍関係者の話では、すでにアメリカは宇宙空間に兵器を配備していると言うことである。本当かどうか分からないが、これが本当なら中国やロシアもこれに倣って宇宙での兵器配備を競争することになるだろう。まあ当然と言えば当然で、文明が後退することはないように、大国はいずれも戦力的な優位を勝ち取るために競争の激化も予想される。
宇宙配備型兵器と言うが、これがミサイルのような実体ある兵器かどうかは分からない。ぼくはネットなども利用した通信型兵器、つまり自己改善型AI兵器のようなものを想像するが、どうだろう。敵国の無線から何から乗っ取るような、ハッカー型のAI兵器を想像する。SF的すぎるだろうか。
きりがないなあと思う。
アメリカもロシアも中国も、絶対負けたくない、負けられない、そう考えている訳だね。どの国もそうだけど、負けて言いなりになりたくない。それはとても強い気持ちでそう思っているのでしょう。
これは日本の古代でも、規模はずいぶん縮小しますが、同じようなことがあったんでしょうね。中国の歴史書のようなものに日本のことが書かれていて、大小百余国とか、三十余国とかありました。それがだんだんと吸収合併が進んで強国化し、2つ3つの勢力図が出来、やがて統一王朝が成立しました。
そこから言うと世界的にもやはりいずれ決着を付ける時が来るのかも知れません。一国における世界制覇の願望は、まだまだ過去のものだとは言い切れないのでしょうかね。日本古代でも多分そうだったと思いますが、戦いそのものは強大国同士の激突と言うことになりますが、その前にどれだけしっかりと同盟国、協力国を保持するかが1つの鍵のように思います。戦力や力だけではすんなりいかなくて、近隣からいかに支援を勝ち取れるかも大事なことだと思います。現在のウクライナもEUからの支援を受けて善戦することが出来ています。古代日本における天皇家一族も、他の豪族との婚姻関係を積極的に成立させるとかして、同盟関係、協力関係を築き、維持したんだと思います。
さて、国家のエゴイズムは結局エゴイズムの完成を目指すわけですから、目的を達成するか敗北するかになるんだと思います。これを解消する手立て、考え方はまだ見つかっていないのではないでしょうか。そうなると第三次世界大戦の可能性は依然として残っているのかも知れません。
これを止めるのは誰なんでしょうか。プーチンでしょうか、習近平でしょうか、それともトランプでしょうか。
ぼくは今のところ先進国の大衆の肩に掛かっているんじゃないかと考えています。それも少し怪しい雲が漂っていますが、しかし、それくらいしか期待できるところがないという気がします。戦争に対する抵抗感ですね。それにかかっていると思います。やはりそれが強ければ強いほど、独裁的独善的な首脳と言えども簡単には閾値を超えて大きな戦争に踏み切るとは思えません。大衆が壁となって制止するんだと思いますし、どの国の大衆もそれだけの力を持ち始めているような気がします。逆に言うと大衆がどれくらい冷静でいられるかということが、大きなターニングポイントになるんだろうとぼくは考えています。素人ですけど。
2026年9月15日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「理屈を超える力」です。
○ 沖縄知事選結果の感想
昨日は沖縄知事選投票日だったようです。特に関心は持っていなかったんですが、投票率が61%とかで、さすがに沖縄なので県民は政治、そして投票に関心が高いのかなと思いました。本州よりも5%から10%は多いという気がします。
若い頃は沖縄が本土復帰前で、沖縄返還問題が目や耳に飛び込んで来ていました。だいたいのことはもう忘れたんですが、その頃は吉本隆明さんが「南東論」なんかをやっていて、一読者のぼくなんかは、初めはなんでこんな地味な作業をしているのか訝しく思いました。吉本さんは60年の安保闘争では知識人として、あるいは一般の市民として参加して急進的な活動家と見えました。70年の全共闘運動全盛下では同伴的な知識人という形で、学生運動家たちの理念的な支柱ともなっていたように思います。その吉本さんが沖縄の本土返還問題に関しては、当初から「行くも地獄還るも地獄」と言うような言葉で、沖縄の本土復帰の問題の難しさを指摘していました。本質的には現在もあまり変わらず、沖縄の社会の表層を駆け巡るのは政争の具としての言葉たちと言うことになりましょう。吉本さんは自ら「南東論」などを著すことによって、古代からの沖縄の歴史の掘り起こしが県と県民の自立には大事なことだと暗に語っていたのだと思います。日本国建国の時期よりも、もっとずっと古い基層のところで日本と深く関わってもいただろうし、古層を保持して、日本古代の究明に寄与するところも多分にある地域という面も残されています。それは沖縄の宝だし、貴重なものでもあるというのが吉本さんが語っていたことだったのではないかなと思います。つまりどう言いましょうか、青森の三内丸山もそうですが、中央があっての一地方というものじゃないんだぞと、そういうことが言えるようになった方がいいということだと思います。
そういう地道な研究や考察は、今でも継承されているんだろうと思いますが、派手な選挙戦などに隠れて見えて来ません。それでいいんじゃないかなと思います。デマの拡散から誹謗中傷が飛び交う選挙と言うことで、日本の政治はいよいよじり貧になっていくだけです。国民も県民もだんだんと相手にしなくなっていくだけだと思います。政治家たちが自分でまいた種ですからね、自分で刈り取るしかない訳です。
今回の選挙では、米軍普天間飛行場の辺野古移設を容認する候補者が当選しました。自民党、日本維新の会などの側に県民は軍配を上げたんですね。県民はそういう政治、軍事のことよりも、経済と生活の向上を求めたんでしょうかね。そのためには政府与党とのパイプがしっかりしていた方が有利でしょうから、そちらの方に振れて当然という気もします。パンだけで生きるものじゃないが、パン無しでは生きられないと言うのも確かですから、成り行きとしてそうなったのかも知れません。
いずれにしてもかつて吉本さんが語っていたように、「行くも地獄、退くも地獄」の道行きは、まだまだ長く続くもののようです。保守も革新も、与党も野党も一喜一憂、喜んだりがっかりしたりもしているようですが、本当はそんなことをやってる場合じゃ無いんじゃないでしょうかね。ぼくには国民、県民と、候補者あるいは政治家との乖離はますます広がっていきそうな気がします。誰も自分たちの代表とは考えなくなる状況が刻一刻と迫っている気がします。そうなる前の、山の枯れ木の賑わいのようなもので、派手ですが実のない選挙というのもまだまだ続いていくことでしょう。それらはみな前哨戦と言うところのものでしょう。ぼくはそう思います。
2026年9月14日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「気弱な変革論」です。
○ 「どうしたら動物と共生して平和に暮らしていくことができるか」を考えている人は少なからずいるようです。動物愛護精神と言うのでしょうか。立派な心がけかなと思います。
でもぼくはその言葉を聞いて、ちょっと違和感を感じます。と言うか、天邪鬼な性格がむっくり起き出します。
「動物と共生」もいいけど、その前に「人間同士の共生」をなんとかしなくちゃいけないんじゃないの、と思います。人間同士がずいぶん争い合っていますから、まずそこから考えないと、と思います。
それになんか動物を下に見ているようにも感じます。人間てそんなに偉かったですかね。それに人類誕生以来、絶滅させるくらい人類は動物を殺戮してきましたからね。現在でも食用にしている動物もいますし、それが急に人間の方から共生しようと言われても信じがたいし、動物に言葉があれば「ふざけんな」と言うでしょう。しかしまあ過去の反省の元にそういうことを言い出すんだとすれば、仕方がないかなという気がします。でもそんなことを言う人も、実際に蚊やハエやゴキブリなどは見た瞬間にピシャッとやっていたりしそうです。
要は黙って実践しろよと思いますね。言葉にするのは後でいいですよ。気持ちは分かりますけど、自分ではさんざん虫を殺したりしているのに、頭でそうしたいと思って、動物と共生しなければならないなどと言っているうちは、本当の共生なんかは出来ないんだと思いますね。まあ、いいんですけどね。出来るものならやってみればいいと思いますね。ゴキブリとの共生なんて、考えるだけでぞっとしますけど、やれるんでしょうかね。それとも、動物とは言うものの、自分の好きな動物とだけということで言っているのでしょうかね。哺乳類とは共生するが、虫とは共生しないというのであれば、自己都合が過ぎます。
2026年9月13日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「最後の願い」です。
○ 若い時は暮らしについて何も考えていなくて、仕事の都合だけで住まいや居住地を考えていました。それで手軽な団地の建て売りを購入したのです。
ぼくは東京、大阪にも住みましたが、もともと田舎者ですから、団地でも窓を開け放したり、わりと開けっぴろげに暮らしていました。
ある時から不思議に思うことがありました。団地の建て売り住宅はだいたいの形が似ています。それで、窓が結構作られています。ざっと考えて10個以上ありそうです。その窓々が、いつ見てもたいていは閉まっていますし、カーテンや障子で隠されています。別に中をのぞきたい訳ではありませんが、これだと窓は飾りでしかないなと思います。いっそのこと、窓のない戸建てにしたらどうかと思うくらいです。
家には窓がつきもの、と言う思い込みがあったんだと思いますが、現在ではエアコンや空気清浄機があったりして、それほど換気の要がありません。ぼくの家だと台所と風呂場に換気扇があり、その辺の小窓を開けるくらいです。で、ぼくは自分の部屋は窓を開けることが多いのですが、それでも透けない網戸を使ったり、外から見えないような工夫はしています。ぼく自身は見られても不都合な感じはしません。昔の田舎の家みたいにフルオープンでいいくらいに思っていますが、家族や団地の他の家を考えると、どうもそれでは具合が悪いようなのです。
いつからこうなったんだろうと思います。
まだ以前は朝に窓を開けて掃除する光景が結構ありました。我が家でもそうですが、掃除機の機能が高まって、窓を開けなくてもよくなってきています。それに空気清浄機や除湿機、エアコンなども使うので、窓を開ける必要がだんだんなくなってきたのでしょう。ぼくは割に平気なのですが、妻は中がのぞかれるのが嫌と言っています。たぶんどの家もそうなのかなあと思います。女の人たちは家の中を見られるのが嫌なんだろうなと思います。そうやって、窓は閉め切りになってきたんじゃないかと思います。だったら窓はもう付けなくていいんじゃないか。カプセルみたいに閉じこもった家々でいいんじゃないか。ぼくはそう考えるようになってきました。家だから窓を付ける。そういう考えは古いんじゃないか、そう思ったりします。必要がなくなっているんだと思います。
と言うことはですよ。人々の心の窓も機能していないんじゃないの。
まあ、これがこの話のオチなんですけど、どうでしょう。
2026年9月12日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「畢生の仕事」です。
○ 日本人と宗教についてのメモ
仏教が広まる前は、庶民は自然崇拝であったり祖先を信仰したり、素朴な宗教観を持っていたのかなと思います。それが豪族だとか共同体の長になると、もう少し格好を付けた儀式張った形になっていたかも知れません。
で、そういうものは、地域ごとに、集落ごとに違っていたかも知れません。言葉、方言が違うように、神事的なものもちょっとずつ違っていたように思います。鹿児島と青森とではほとんど異言語と言うくらい言葉が違っていて、同じくらい神事的な習俗、風習も違っていたと想像できます。そしてそういう中に、天皇家というか、天皇一族の神事的な風習も一つのものとしてあったのかなと思います。それは日本の中では一番純粋な形で現在へと継承されてきているのではないかという気がします。
庶民は祖先崇拝、自然崇拝など自然感情としては持ったかも知れないですが、これを深く考えたり議論したりすると言うことはなかった気がします。そういうことは共同体を治める中枢の人たちの担当で、庶民は上の人たちの様式を簡略化して真似たり、あるいは教わったりしたのかなと思います。要するに宗教的なものも、上に始まって、下に広まるものかなと思います。
中国から仏教を取り入れた時も、これは朝廷が求めたもので、貴族、下級貴族を中心としてこれを受け入れていったと言われています。つまり、どう言いますか、はじめはけして庶民のための宗教ではなかったようです。貴族たちがそれを必要として受け入れた宗教と言うことです。ですから案外当時の庶民は、それほど強い信仰心というか、自ら求めるという気持ちはなかったのかなと言う気がします。
貴族のための仏教が発展して行く中で、これを庶民の世界に、庶民のための宗教として広めたのは法然の浄土宗であり、親鸞の浄土真宗だったと思います。生きて生じる苦しみとか悲しみから逃れ、幸せに生きるにはどうすればよいかを教え、説くことをして庶民の心を支えていったと思います。
ですが、ぼくはこの時に、日本における一般の庶民、民衆は初めて生活の中で蓄えられた知識とは別の知識に触れたんじゃないのかと言う気がしています。それから心の問題ですね。合わせて心的な問題と括って言えば、心的な問題を自分たちの問題として、自分たちの課題として正面から向き合うようになった最初ではなかったかと思います。
ぼくは法然や親鸞を庶民のために闘い、寄り添った宗教家と評価して来ました。あるいは当時の優れた知識人、思想家のようにも思ってきました。
ですが、江戸時代の思想家、安藤昌益に倣った考えから言うと、このことによって以後の庶民は心の迷いに向き合って生きることになったとも言えそうな気がします。大げさな言い方をすれば、パンドラの箱を開けたと言えなくもないと考えます。
つまり、以前は野原で遊ぶだけの子どもだったのがある年齢から学校に通い始めるように、浄土宗や浄土真宗が興った頃を境に民衆も心的に迷いを持つ存在へと変貌して行ったのではないでしょうか。そしてそのことは、民衆にとってよいことだったのかどうか、現在のぼくにはちょっとだけ疑問になっています。確かに法然や親鸞の教えによって、庶民は目覚めるところがあったかも知れません。そして人間が生きることについて広く深い見方が出来るようになったかも知れないです。しかしそれで本当に人たちは心救われ、苦しみや迷いなく生きられるようになったものかどうか、ぼくにはよく分からないところです。
ぼくは専門家でも学者でも宗教家でも研究者でもありませんから、正しいことを知りたい人は他に聞いたり調べたりして下さい。ぼくはただあまり知識も根拠もないところで、勝手に思ったことを思っていると書いているだけのことです。誤りや自覚しない嘘も言っているかもしれません。思ったことを思っていると言っているだけです。
ぼくがここで考えたかったことは、自然な信仰心や宗教心と、宗教的になった信仰心や宗教心とは違うんじゃないかと言うことと、そもそもの庶民の信仰心や宗教心と、知識を持った上級民の信仰心や宗教心とは違うんじゃないか。そのことを念頭に置いて考えていると思っています。
まあ結論はよく分からないというのが実際で、折に触れてまた考えてみようという気ではいます。
2026年9月11日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「晩年のリアル」です。
○ 政治との距離
昨日の読売ニュースに、読売と早大共同世論調査の結果が報じられていました。見出しには、『高市内閣の「同盟国との連携強化」評価69%、積極財政「賛成」64%』とあり、なかなかの好評価です。外交面と財政面の2つが特に評価されているようです。
実際の外交、財政の結果や効果がどうなのかは分からないですけど、集中的に言ったりやったりの言動だけを見ると、なんか一生懸命やってそうに見えますから、そこが評価されているのかなと思います。
まあこんな短期で本当の結果なんて出るはずもありませんが、報じる側も何かやっておかないと忘れられ飽きられますからやっておくんでしょう。
ぼくらからすると、高市内閣もこれを報道する側も、どうせろくなことをしない、出来ないと分かっている訳ですから、どうでもいいっちゃどうでもいいことです。
問題はこうした頑張りのおかげで、ばんばん輸入品が入って物不足とそれに伴う物価高が解消するかどうかです。また、積極財政によって深刻化する庶民生活の逼迫が解消されるかどうかです。こうした結果評価はもう少し先のことになります。本当の評価はそこでなされます。
ぼくら庶民は何の権限もありませんから、御手並拝見と高みの見物をするしかありません。上手くいったらよしよしと褒めて、失敗したら阿呆か、と怒鳴るだけです。
世界的に見ても結構たいへんな局面ですし、長い正念場の一コマで、あまり期待できない気がしています。少々の失敗は仕方がないので目をつむりますが、戦争の危機を迎えるような致命的な失敗だけはして欲しくないと願います。実際の政治はみんな詐欺っぽくて嘘っぽくて、それに、普通にはったりをかましますから信用ならんところがあります。信用しない方がいいです。歴代内閣はみんなそういうものでしたから、現在の高市内閣だけが別格と言うことにはならないでしょう。ぼくは信用しないです。その上でよい結果を出してくれたら、途端に豹変して高市内閣をよいしょよいしょすると思います。それだけです。政治的なものとはそれくらいの関係です。距離はしっかり取っていきます。
○ AIに関連して
AIは今、自己改善する超知能へと進んでいるらしい。AI業界の競争が激化している中で、ある研究者は、やがてAIが人類を滅ぼすことを予測して、この業界から離れることを言明したと言うことだ。
この「自己改善型超知能」がネット環境の中でどれだけヤバイものかはすぐに察しがつく。SF的になるが、「超知能」がものすごい速度で自己改善を遂げていくことを考えると、これはもう人間の手には負えない。単純な例で言えば、元の能力ではハッキングが出来なかったのに、自己改善が出来るので自分の能力を高めて行き、出来なかったハッキングも出来るようになると言うことを意味している。
これが戦争に使われるようになると、相手国のシステム防御をかいくぐって、システムそのものを乗っ取ることを可能にするかも知れない。
超高機能の「自己改善型超知能」を開発したら、これは現在危うく人間のコントロール下に置かれている原子爆弾の比ではない危うさをもたらす。人間のコントロールを離れて自己改善していく超知能。このまま進めば原子爆弾に次ぐ科学の失態と言うことになると思う。そうして科学者、研究者たちは後に後悔する。分業と専門化の末路はこういう形でやってくる。夢中になりすぎて、子どもにも分かりそうなことも分からなくなる。なんて時代だ。
2026年9月10日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「時間が涸れる」です。
○ 安藤昌益の人となり
安藤昌益の人となりについて、自称門弟の人が書き記した文章が「自然真営道」の中にある。現代語訳されているものもあり、以前引用した箇所の抜粋をここにまた転載してみる。ぼくにとってはここに記述されて見えてくる安藤像がとても興味深いものだ。一般的に言えばここに示された安藤像は中庸の人と言う印象だが、これは凡庸と言うことでもあるし、普通と言うことでもある。これに凡夫、凡人、さらに言えば賢治の言う「でくのぼう」を加えると、ぼくの人間としての理想像が完成する。
道にかなったことでなければ質問してもけっして答えず、世のため人のためには問われなくてもみずから語り、片時も無駄にせず、正しい生き方をして怠らない。他人をほめることもけなすこともなく、自慢することも卑下することもない。地位の高い者をうらやむことも地位の低い者を見くだすこともない。つまり、人を貴んだり卑しめたり、へつらったり貪ったりすることがない。家のまかないは、貧しくもなく豊かでもなく、借金もしなければ貸すこともなく、その時々の受払いは今の世の状況に応じてするが、それに気をつかうことはない。まわりの人々がほめそやすと、「わたしもつまらないにんげんになったものだ」と嘆き、逆にけなすと、「わたしもまんざらではないようだ」と喜び、人をけなしたりほめたりすることは、愚人や賢人や聖人がすることであって、正しい生き方をする人には無関係のことだと超然としている。だがひとたび世間の人々の人相を見るとなると、人々の心理状態、行為や動作の傾向を見分けることがじつにたくみだ。自然の法則以外のことは教えず、かといって自然の法則についても、それは各人に備わっているものだから、無理に教えこもうとせず、習おうともしない。自分や他人を甘やかさず、かといって憎しみもせず、親しむことも遠ざけることもしない。わざとらしい孝行もしなければ不孝もしない。慰みごとや楽しみごと、楽器や歌、遊びごとなどは、それなりに聞いたり見たりはするが、心を奪われることはない。けれども、たずねてみるとなに一つ知らないことはない。質問しなければ、自分から押しつけがましく説教じみた話はしないが、人に備わった法則については、質問のあるなし、勧めのあるなしにかかわらず、実践にもとづいて教え、怠ることがない。世間の贈答は、世のならわしどおりにするが、それに心を奪われることはない。人が欲しがれば物惜しみせずに与えるが、欲しがりもしないものを押しつけたりはしない。人の生死は、活真が進んだり退いたりする矛盾運動の必然的なあらわれと自覚しているので、ことさらに生を喜んだり死を恐れたりはしない。
以上、門弟が書き記したものの現代語訳だが、ぼくはここに描かれた人物像がとても日本的な描かれ方をしていると見る。
現代の日本人は欧米化してサプライズ好きになっているが、元々はこういう人物像を理想としており、そして実際に庶民、平民の中にはこれに似た人たちがたくさんいたように思える。
他者に向かってこれを強く推す気はさらさらないが、なぜかぼくはこういう人物像に強く惹かれる。憧れにもなっている。
これを要約して言えば、わざとらしさがない、ことさらなことをしない、そういうところがぼくの気に入るところらしい。
ところで安藤昌益の「自然真営道」などの著作は、こうした人物像としての凡庸を核に持ちながら、思想としては非凡なものになっている。そういうギャップがまたすごくいい。
今日は自分の言葉で書くとずいぶん苦労すると思い、手を抜いて引用で済ませることにした。
こういう中庸、凡庸は、欧米からするとわかりにくい典型かも知れないが、ぼくはわかりにくいことが悪いとは思わないし、同じ日本人だと、こういう日本人の分かりにくさも理解する。分かりにくければ、分かるように努力すればいいという言い方も出来る。
2026年9月9日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「減少」です。
○ ぼくらの景況判断
最近のニュースに、「景気拡大戦後74ヶ月、戦後最長」というテロップが出ていました。ちょっとびっくりします。
つまり、景気動向指数などの統計の取り方が、数字のマジックを引き起こしているんだと思います。少なくても、庶民の暮らしからは景気の拡大なんて想像できません。円安や物価高で厳しい生活環境がさらに厳しくなっていると感じます。そんな生活の実際を無視するように掲げられた「景気拡大戦後74ヶ月、戦後最長」の言葉は、あまりに生活者を馬鹿にしている気がします。
そういう計算法は、おそらく省庁、官僚、お役所に顔が向いた経済指標だったりするのだと思います。
庶民の景況判断の材料にはなりません。そんなものをメディア、報道で大きく取り上げられても勘違いを生みだすだけです。庶民の実感に合わないそんな数値は、政府の政策策定に必要なだけで、庶民にはかえって邪魔になり、判断を狂わすものにしかならないと思います。
近所には4から5の大小のスーパーがありますが、今日は卵が10個167円で売られているというのでそこに出かけました。他にも値段の安いものが多数なので、駐車場の入り口から混雑していて、車を止めるまでにずいぶん時間が掛かりました。店内はもちろんたくさんの人が買い物をしていて、ほとんどが買い物かご2つ分まとめ買いしていました。
まあ賑わっているのですが、安い食料品、日用品を求めてのものです。ぼくらと同じかもっと先輩の人たちも多かったと思います。もちろん若い人たちもいて、値段の低いものをまとめて買っているように見えました。店内全体が安いものを求めての競争です。十円でも、一円でも安いものを買って行きたい。そういう雰囲気がありました。
印象としてはロシアのウクライナ侵攻からですね。物不足、物価高が始まった気がします。そこからのアメリカとイランの戦争で、石油の輸入量が減って、さらに物不足物価高も拡大してきました。
実質賃金が低下し、購買力、消費力も下がってきたと思います。よい兆しはどこにも見つからないという気がします。特に庶民の生活視線では、もう「欲しがりません、勝つまでは」の心境に近いところまで来ている気がします。つまり太平洋戦争前の状況に似てきていると思います。世界全体が景気がよくない状況にあると見えるので、日本が積極財政を敢行しても、日本一国が極端に好況を迎えることはまず不可能だと思います。ここで積極的に打って出るよりも、落ちついて脇を固める手を打った方がいいのではないかと思いますが、どうなんでしょう。ぼくは生活水準をさらに下げていくしかないのでそうしようと思います。どこまで下げられるかの競争ですが、音を上げずにがんばるしかないと言ったところです。
2026年9月8日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「虫の声」です。
○ 宗教についての、ちょっとした思いつきの話
インドで一番古い宗教はバラモン教というのがあるらしい。その次に出来たのが仏教で、その次に起こったのがヒンズー教。そのヒンズー教が仏教を駆逐して、現代のインドではほとんど仏教は消滅状態らしい。ヒンズー教はバラモン教の流れを汲んでいて、有名なカースト制度を継承している。間にあった仏教だけが異質だが、インドに発祥しながら消滅しているのも不思議な気がする。
カースト制度そのものは憲法で禁止されているようだが、民間ではまだ結構強く残っているらしい。ITが盛んな国なのに、宗教的に身分制度が現代のインド社会に根強く残っているのは、ちょっと信じがたい気がする。
そういう宗教的な変遷は、日本では神道からの仏教と言うことになるが、今では神仏習合、神仏混淆、一方はお祝い事、もう一方は葬式と、仲良く棲み分けている。
戦後生まれのぼくらは、若い頃は科学だ論理だで、宗教的なものは神話的なものと同じでいい加減なものだと思っていた。早晩フェイドアウトしていくものだと考えていた。ところがこれが結構根強くて、国内でもそうだし、世界的にも宗教の対立が根っこにある戦争、紛争も未だにある。つまり相当根深く我々の心性の奥に巣くっているみたいである。
この宗教が身分制度と一緒になっていると、インドのそれのように相当人間の心性に絡みついてやっかいだと思う。
日本の神道はアニミズムからの発展で、天皇が最高祭司になってからは政治色が強く、庶民のための宗教とは言えなくなっている。仏教も中国経由で伝わったころは、はっきりと統治者や貴族たちのためのものであった。
日本で本当に庶民のための宗教としてこれを興したのは、仏教の宗派の中では浄土宗、浄土真宗の二派だったのではないかと思う。そのあと時宗の一遍が続き、さらに、臨済宗の栄西、曹洞宗の道元の禅宗、「南無妙法蓮華経」を唱える日蓮宗の日蓮が末法から庶民を救う新しい仏教を説きはじめた。
これらの宗派がみな政権や権力と対立したかというと、そうでもなかったように思う。当時の僧は、いずれも一流の知識人と言えるから、箴言、諫言の目的で権力に近づくこともあったように聞く。つまり今で言うと有識者会議に出席と言うことになるが、そうなると権力に丸め込まれたり、脅されたりで思う結果にはならなかったのではないかと想像される。のこのこ出て行ったらアウトなので、そこはやはり政治権力者は政治権力者、宗教者は宗教者。根城から引っ張り出されたのでは話にならない。上手く使われるのが関の山だったろう。
キリスト教を外から見ると、あれは国家だとしか思えない。宗教国家で、政治的国家、政治国家とは違う。だが構図としては国家そのものに見える。結局宗教の行き着くところはそこになりそうである。ぼくの宗教に対する不信はそこに起因する。絶対的で支配的な感じがする。それがすべて悪いとは言わないが、何か庶民の上に立って教える立場を取る。それがいやだ。庶民から教わる宗教の体裁ならいいと思う。
2026年9月7日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「しゃぶり尽くす」です。
○ 天文学なんかが特にそうなんですけど、宇宙の果てや、別の宇宙なんかについても考えたりするようですが、それ考えてどうするよと思ってしまいます。
専門というやつは、考えると言うことにおいて、きりがないと思います。現実的な日常の生活とまったくかけ離れて、きりがない観念の世界をずっと追いかけます。
仮にですけど、地球が滅亡しかけているとしても、天文学の学者さん、研究者さんたちは、地球が滅ぶ直前まで天文学の課題について考えることをやめないのでしょうね。
それって、変じゃないですかね。専門家にとって、専門領域に残る課題というのは特別なもののようです。それを解決することが、その人の人生のようになりますね。
なんと言いましょうか、それって人間の性質というか、人間の癖ですよね。これはどうしようもないことに思えます。やめろと言ってもやめることが出来ない。出来たとしても、今度はそれに変わる別なことを癖にしてしまうと思います。要するにそれは人間の癖と言っても、頭の癖です。頭がおかしいのではなくて、人間の頭ははじめからおかしく出来ているのだと思います。こんなことをやってるのは人間だけですものね。
考えるようになって言葉を作って文字まで作った。他にも音楽や絵画も作り、知識、学問まで作った。これって他の生き物からしたら異常ですよね。エイリアンです。ぼくらは当たり前と思っていますけど、種の違いを超えた異常さがあると思います。
○ 今日はこの地域にも線状降水帯の注意が出されていて、今現在は雨ですがそれほど強い降り方にはなっていません。強い雨は何度もあった訳ですが、線状降水帯と指摘されたことはなかったと思います。なので、未経験のちょっと不安というか怯えを持って、時々外を窺っているところです。
よく見る降水予報図だと、関東から東北に欠けて広い範囲で雨雲が覆い、それは太平洋にも広く掛かっています。
これを見た時に、アメリカなどの降雨災害などが実感的に思い起こされました。大陸でのハリケーンだとか大洪水だとかもこういうことかと思いました。
今日の場合だと、雨雲は日本上空だけではなくて、広く太平洋にも掛かっている訳で、これをそのままアメリカ大陸に持って行くと、アメリカの異常気象現象になるんだと思います。それから言うと、最近の日本の異常気象はアメリカなどの異常気象が遅れてやってきたものと解することが出来そうです。で、これはせかいてきにおきているということな訳です。つまり、あちこち移動しているいのかなという気がします。あっちで起きていることは数年後にこっちでも起きる。地球全体として、そういう動きがあのかも知れません。
いずれにせよ、社会の動向も自然の動向も知っておかないと痛い目に遭いますから、注視しなければと言うところです。忙しいですが、皆様もお気を付けて、と言うところです。被害がないか最小限にとどまりますようにと祈ります。
2026年9月6日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「余さず味わう」です。
○ 昨夜NHKの「知的探求フロンティア」と言う番組を見ました。タモリと山中伸弥などが出演していました。視聴している時は面白く見ていましたが、今朝はほとんど忘れています。
覚えているのは、25万年前に初期型ホモ・サピエンスがネアンデルタール人と交雑したこと。そしてその後、初期型ホモ・サピエンスは絶滅したが、6万年前に今度は現代に続くホモ・サピエンスとネアンデルタール人が交雑。そこで初期型ホモ・サピエンスのDNAが新型ホモ・サピエンスに受け継がれたという話である。
つまり、DNAのやりとりが複雑にそしてダイナミックにあって、現在に引き継がれていることが言われていた。これは手っ取り早く言うと、交雑によって人類みな兄弟、と言う話になって行く。
これは地球上で細胞が誕生し、進化して様々な種に分化したことから言うと、生物はみな兄弟という話になるのだと思う。だから人類みな兄弟も目新しくは感じないが、人類は進化、分化を交雑によって成し遂げたいたことがあらためて分かる話だった。最後は「愛」だねぇなんて緩い話で終わっていたが、まあ生物の基本特性としての「食と性」の強靱さとでも言うところを強く感じた。
余計な話だが、DNA自体の読み取りがずいぶん高度に出来るようになったということだが、もっと細部を詰めていくと、まだ読み取っていない部分も存在するのではないかという気もする。で、そこの知識はないけれども、もしかすると誰一人同じものはないという話になるのだろうか。
そうなるとすべての人類分の組み合わせの違いとか構成とかはどうなるのだろう。外見的に言っても、まったく同じと言うことがないのだから、それはあり得ることなのだろうけれども、あまりに天文学的すぎる。
頭が痛くなってくるのでこの辺でやめます。
2026年9月5日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「神楽の面」です。
○ 救済考メモ
医療や介護、生活困窮、ひきこもり。これらに対する同情も支援もいらない。なぜかと言うと、同情や支援を受け取る側は、暗黙の内に感謝や申し訳なさの感情を強要されるからだ。外側から強要されるばかりではなく、内側からも強要される。これはとてもきついことで、なのでそれはない方がましだ。
本当は解決の方法はひとつしかない。黙って、そっと、玄関におにぎりを置いて立ち去ると同じ仕方で、百万、二百万円を置いて去る。そう言う仕方しかない。
そこまではしたくないと言うなら、明日から同情や支援策の議論など、一切をやめるがいいのだ。それをする側の驕りや、思い上がりなどはほとんど殺意に匹敵する。救済どころか、される側を苦しめ、追い詰めるものにしかならない。
金が欲しいんだろう、取っときなさい。同情が欲しいんだろう、取っときなさい。支援が欲しいんだろう、取っときなさい。
これらの言葉に、与える側の醜悪な姿を感じ取れるだろうか。もし感じ取ることが出来るなら分かるだろう。醜悪なものからそんな風に与えられる屈辱を。あたまも、人間の魂をこちらに寄越せと言われているのと同じなのだ。
中途半端な善意の嫌らしさはそういうところだ。
社会全体がそういう嫌らしさを持っている。
ぼくはそういう社会が大っ嫌いだ。消えてしまえばいいと呪詛する。
同情するくらいなら黙って大金を差し出せ。国家はあれこれと名目を付けて、いろいろな税金という形で巨額を納めさせている。その金を様々な支援という形で外国に、還って来ることを考えずに貸し出したりしている。もちろんほかにもいろいろなことに使っている。
だが自国の生活困窮者や、あるいは自殺者に対して大盤振る舞いをしてこれを救済すると言うことをしていない。同じ日本人でありながら、自助努力をしろと冷たい。これでは平和の中で、今も竹槍の行軍を強制しているのと変わりないのではないか。それを脇目にして、竹槍行軍を当然のように支持する大衆という構図も、戦時中に起きた村八分、あるいは居丈高な非難の光景と変わりない。
救済するなら黙って救済しろ。昨日までの地獄を忘れるくらいの金額を一時支給して、あとは四の五の言わずに黙って立ち去れ。
ぼくにはそれしか解決法はないと思うが、たぶんそれくらいの思い切った政策は採らない。ちびちび支援して、なかなか上手くいかないとか、効果がないと延々愚痴り続けるだけだろう。
日頃「国民のため」と言いながら、実際には自国民の救済もおぼつかない。風見鶏的にあちこちに気を使い、批判を最小限に食い止めるくらいの策しかしてきていない。この、いざとなったら国民を見捨てる。孤独死も、生活困窮も見捨てる。これまでのそういう積み重ねが、国民の大半にはバレていて、それ故の人口減少、少子化、と言うことでしょう。もう少し本気の政治家が出てこないと、そういう政治家が増えないと、全体的な降下現象、沈没現象は収まらないと思う。
○ 日本のアニメやマンガについて
ずいぶん前から日本のアニメやマンガが海外で人気だと伝えられてきた。そのほかに何かと考えると、すぐに思いつくのは日本車や電化製品である。
このうちアニメやマンガについて考えてみると、ほぼ戦いと平和、戦争と平和が主題になっているように感じられる。戦争を直接に扱っているというのではなしに、何か未知の恐怖の組織と戦うみいたいな、題材としてはそんなところが多いように感じる。
これについてさっき思いついたのが、結局これは大衆の敗戦体験、ならびに戦後文学、戦後思想の影響の元に花開いた文化と考えていいのではないか、と言うものだ。もっと言うとそれらの大衆化的な継承ではないのだろうか。
こういう所を思いながら、しかし、こんな所はとっくに昔から話され議論されてきているところかも知れない。だからここまでの所はどうでもよいのだが、仮に過去の継承という所があるとすれば、あるいは元ネタとしての戦後文学や思想というものも、今よりはもっと海外に受け入れられ、評価されることがあるのかも知れないと思う。ただその頃には、かえって日本ではすっかり忘れられている、と言うことになってしまっているのかも知れない。
日本人は、本当に日本的で土着的なところを潜った考え方というものを評価せずに軽視する傾向があると思う。そうして専ら海外のものをありがたって、それについてどれだか通暁しているかを誇る。そんな変な癖がある。
アニメやマンガの奥にあるものが、もしも戦後文学、戦後思想に感化されて出てきたものだとすると、本当はもっとそこのところを耕し続けるべきだったのではないだろうか。そういう幻想の創造を苦手として、安易に欧米に手を伸ばし、創造よりは模倣を目指してきた。いざという時はいつでもそうやって、尻込みしてきた。文学や思想もアニメやマンガ並みに、自国の文化と誇り得ていたら、それらもまた広く海外に受け入れられていたのかも知れない。
ぼくらはマンガやアニメをごくふつうに受け入れていて、このように海外に受け入れられるものとは視聴した当時には思いもしなかった。調査も研究もしていないから、何がこんなに海外に受けるのかも本当には分からない。ただ人気になっているという事実を聞かされて驚いているだけなのだ。ここはちょっと考える人が現れてもよい気がする。
2026年9月4日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「枝葉はこちら」です。
○ お知らせ
掲示板にnishiyanさんの投稿、「水詩」が掲載されています。そちらの方からご覧下さい。
○ 久しぶりに兵庫県知事に関してのメモ
前から思っていたことですが、都道府県知事というのは、かつてタレント、芸人出身の人がいたように、誰がやってもやれると思います。要は知事以下の職員がしっかり仕事を進めていれば、トップの知事というのはお飾りで済むとぼくは思っています。しかもそれは東京や大阪で何期か努めていて、すでに実証されています。
兵庫県知事の斉藤元彦さんがよく言っている言葉の一つに、県政を前に進めるのが自分の仕事、と言う言葉があります。そしてそれは具体的に言うと、議会で予算を通すことだと斉藤さんは言っています。
ぼくの想像になりますが、斉藤さんはそれで知事職は基本OKと考えているのでしょう。予算案の中身は、それからその他の政策の中身も、それは副知事以下、担当部局や職員が話し合いをし、会議をし、提案して行くものだと考えていると思います。そして知事というのは、そうして上がった職員からの提案を最大限に尊重して、現実化させていけばよいと考えているように思います。ですから議会を通すことが一番の仕事と言っているのだと思います。悪く言えば、政策の中身などについての責任は部局や職員にあるので、知事というのは自分で起案してないから責任の持ちようがないと考えていると思います。根っからの政治家ではないんだと思います。県政全般に対して責任を取る気はないと思います。魂のない専門化。典型的な官僚で、しかも能力のない官僚にしか見えません。
そう考えてみるといろんな意味で辻褄が合う気がします。
ただ斉藤さんはタレントでも芸人でもなく、ただの無能な客寄せパンダに過ぎなかったと言うことだと思います。有能な官僚ですらない。もちろん斉藤さんには自覚されていないと思います。自分では、イケテルと思っているのかも知れません。
東大卒という肩書きが邪魔していますが、斉藤さんは人物としてもつまらないし、斉藤県政も特にオリジナルもないつまらぬ県政です。ただ彼の在位の間に数名の死者をもたらしたと言うだけが問題なだけです。後は凡庸で無能で、もしかするとタレント知事や芸人知事よりも社会的な意味での頭の悪さが突出した知事だと言えるに過ぎません。その頭の悪さはかわいそうなレベルです。
さらに彼は、適切、適正、適法に仕事を進めていますと、よく記者会見で繰り返し発言しています。確かに、部下、職員はそのように仕事をしていると思います。悲しいかな現行の兵庫県政においては、斉藤知事その人だけが、突出して不適切、不適正、不適法を体現しているということになろうかと思います。
昔の大阪の知事をした芸人の横山ノックとか、東京都知事になったタレントの青島幸男とかは、どこかに人を魅了する魅力を持っていたような気がします。愛嬌とかチャーミングさとか。だから、曲がりなりにも知事に就任できたんだと思います。彼らの言動には人を引きつける魅力があったんだと思います。
対して斉藤さんには、その言動にあまり人を引きつける魅力は感じません。ただちょっと見には真面目さとか、誠実さが感じられました。けれどもそれは上辺だけでしたね。幼児性がそう見えると言うだけです。主に記者会見を見てきただけですが、だんだんと本性が表面化してきました。いちいちここでそうしたことをあげつらっても仕方がないことですから言いませんが、全国の知事の人気度調査では、断トツの最下位だと聞いた覚えがあります。つまり人間としても知事としても魅力がないと言うことだと思います。芸人やタレント以下だと言うことです。
ぼくの考え、ぼくなりの総括としては、斉藤さんは大阪維新に忖度して、兵庫の金を万博につぎ込んだ知事であり、あまり実効性のない若者支援、県立大学の無償化に返済に使うべき金を溶かした知事だったと言うことになります。しがみつく知事職から追われたら、もう再起は難しいと思います。まあ、どうでもいいことです。
2026年9月3日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「優れた人」です。
○ 優れているということ
ぼくは学生でもあったり、民間会社の社員でもあり、また小学校の先生もやって、大学教師、会社社長、学校長や教育委員だの教育長なども近場で目にしたことがあります。
現在の日本の総理大臣、都道府県知事も同じだと思いますが、上に立つ人、トップに立つ人には何か優れたところがあると理解しています。それが技能や技術だとか、あるいは性格だとか人間性とか、いろいろ違うと思いますが、優れている面、秀でている面を何か皆持ち合わせていると考えます。ですから、一応は敬意を払う形で接してきていると考えています。
しかし、総合すると、そういう人たちの中に、ぼくがすごいと驚嘆できる人はいません。仮にたいしたものだと思える人でも、そのすごさはサーカスの玉乗りとかブランコ乗りのように、その技能、技術はすごいと思えるのと同じ程度に特殊な意味で優れていると思えるだけです。総合するとたいしたすごさではない人がほとんどです。そしてたいていの人は自分の特殊を誇ります。中には偉そうにする人も居ます。
つまり、ぼくは小説が好きでしたから、様々な本に登場する様々な人たちの誰かに当てはまるばかりで、それらを超越してすごい人なんかは見たことがありません。
それらの人たちについては、自分の延長として、自分の拡張として、理解可能なのです。ここは優れているが、ここがだめで愚物だなと判断がつきやすいのです。自分のことを抜きにして言うと、そう言うことが見える、分かると言うことになります。分かることは理解できると言うことで、理解できると言うことは想像を絶するほどではない、たいしたことではない、となります。
真逆のことになりますが、ここまで述べたどこかに優れた人に対して、あれもだめ、これもだめと言える人がいます。ただこのだめというのは、社会上の通念から言ってだめと見えるだけであって、そう見える人をぼくはすごいなあと見ることがあります。誇張して言うとマイナスだらけのように見える人です。優れている人は前述したように、すべてにおいて優れているとかプラスというわけではありません。プラスだらけの人というのはまず存在し得ません。その極北にあるすべてに劣っている、マイナスであると見える人は存在します。ぼくはそういう人を職場毎に一人くらいずつは見てきたと考えています。すべてマイナスを背負って立っている。そう思える人はいました。
たぶんぼくが今ここで言おうとしていることは、とてもおかしく聞こえることかも知れません。なんだそれはと思う人もいるかも知れません。あるいはぼくが、嘘をついていると思う人もいるかも知れないです。それほどおかしなことを言おうとしているという自覚はあるのです。
それはこういうことです。ぼくは、社会通念上で劣って見える人たちについて、心の底から、優れた人たち以上にすごい人だと感じています。その理由の一つは、マイナスを背負って立っているそのことに対して驚愕するからです。そういう立ち方、つまり生き方ですが、ぼくからすれば過酷に見えるそれを過酷と感じることもないように立っている。生きている。そこにぼくはぼくにない強靱さを見ます。ぼくには想像も付かない強靱さを持って、平然としているように映ります。それはぼくがどんなに努力しても身につかない強靱さのように思います。
指導者然と上に立つ人たちについては、どんなに優れていても、そのこと自体は分かりやすくて、ぼくとその人たちの距離もなんとなく分かります。それからその人たちの欠点も、どこのどんな部分がそれかと、容易に分かります。ちょっと努力すれば届きそうだとか、10年努力を続けたら近づけるとか、そういう見方考え方が出来ます。マイナスに見える人たちの強靱さは、そういう努力とかの方向にはないものです。
知を解体する非知の力、彼らの強靱さとは、一足飛びに言ってしまえばその非知の力だとぼくは考えます。それはどんなに知の力を登り詰めていっても、辿り着けないところに存在するものです。知も優も無力にしてしまう力を内包するものです。それは、今、あえて考えて言うとすれば、自然とか宇宙とかに置き換えて言うことが出来るかも知れません。人間力としてもぼくはそう感じます。つまりちょこざいな近代知など到底及ばない存在として存在していると考えます。そういう力です。そういう強靱さです。その人たちはそういうものを内在させているようにぼくには思えます。そしてその強靱さやその力に比べれば、優れていると言われる人たちの知力、技能、技術などの力は、烏合の衆のそれに過ぎないとぼくには見えます。偉そうに、指導者面をして知ったかぶるなと言ってみたいわけです。
つまり、本当に畏怖すべき存在は、そちらの方じゃないよとぼくは考えているということです。ぼくの世界はすっかり反転してしまっています。
2026年9月2日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「新生」です。
○ 最近の景況から
今月9月に「4,531品目」の食品が値上げされるそうです。このうち8割超が「調味料」と「加工食品」と言うことです。さらに10月にも「2,720品目」の値上げが控えていて、ぼくらはダウン寸前です。
不得意な遠泳をやり続けているというか、芥川の小説「蜘蛛の糸」の地獄の池で、血の海の中に立ち泳ぎを続けているというか、そんな未来のない日々が続いています。気を抜いたら沈んで行くのでしょうが、この気力もどこまで続くかどうか。
熊本とか千葉とか、災害に苦しめられている人たちは余計にたいへんかも知れませんが、ぼくらも相当です。政府は何やってるんでしょうか。あちこちで国民が悲鳴を上げているというのに、何一つぼくらが拍手喝采できる政策を打ってくれませんね。誰一人、国民の代表と思える政治家は見当たらないですね。有効策もなければ手数もない。後手後手のまた後手を打っているだけです。
いつも下層から順番に倒れていきます。中小企業が倒産しても大企業は楽々と持ちこたえているように、下層が倒れても上層はびくともしない感じが嫌ですね。
ぼくら庶民の肌感覚から言うと、現在の経済の状況は相当に深刻な事態だと思います。世界的にもよくないし、日本的にもよい兆候は何一つ見えなくて、これに世界の政治状況を重ねると、ぼくらの生涯の中でも最悪の状態に突入していると思います。経済破綻を起こしかねない気がしますし、このまま行ったら戦争をやるしか仕方がないと言うところまで行くんじゃないかと不安です。それくらい八方塞がりに見えます。日本は近い将来に南海トラフ地震など予想されていて、それへの対策、対処など考えたり、被害を最小限にとどめることを考えたりしなければならない時期です。つまりいろいろな意味で国力が低下していることを自覚すべきです。そう言う中で地道に、実際の国力に応じた政策を積み重ねていくしかないのだと思います。
それがないですよね。調子のいいことばかり言って、まるで大本営発表を聞いているような気分です。そうやってだんだんと、この国は壊滅、沈没と言った方向に進んで行っているのでではないでしょうか。
ぼくは素人ですから大きなことは言えないのですが、とにかく冷静に社会の動きを見ていきたいと思います。
野党もメデイアも本当に批判力を失っています。ぼくらは専門家ではないですから批判力がなくてもいいのですが、その代わりに社会の中に元素の記号を探し、水素Hと酸素Oを見つけたら水H2Oが出来そうと予想すればいいと思います。そうやって社会を見て、あちこちつなげて考えてみるのがいいと思います。そんなことでもけっこう全体像に迫れると考えます。まあ、庶民らしい把握の程度でいいと思います。テレビやSNSの言葉をそのまま鵜呑みにするよりはよいはずです。
2026年9月1日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「姥捨山」です。
○ 支配力力、権力欲についてのメモ
宮沢賢治の、「全体が幸福でなければ個人の幸福はありえない」と言う言葉はとても危ういものです。好きですが、危ういです。昨日記した為政者がよく言う言葉、「みな(民)が笑って暮らせる世の中をつくる」と相呼応するものだと思います。もしも賢治が権力に走ったら危ないことになったと思います。仮に長生きしたとしたら、もしかするとそちらからの誘惑に負けていたかも知れませんね。これは別に貶めたくて言っているのではなくて、まあ秀吉なんかは賢治とは真逆の典型で、真逆だからこそ似ているところはある訳です。
「みんなのため」、「全体の幸福」、「民のため」というのは危ないんです。ぼくは歴史にも無知ですが、信長や秀吉や家康も一度や二度はそう言うことを口にしていると思います。それはしかし、天下統一の野望、つまり大それた支配欲を真っ当なものに見せかけるための口実です。歴代の権力者、権力闘争の覇者はみな同じです。天に代わって人間界を思うように支配したいという意識から始まっています。それが本当に人々のためと思っていようがいまいが、本質は支配欲です。それは深く考えなくても分かります。みんなのためによい社会をつくろうとすると、自分の考えに反対するものは、敵として考えるようになります。敵を倒さないとみんなのためになる社会が作れない。そこにもう論理矛盾があります。その矛盾は無視して敵を倒します。こうして理想的な社会を実現したとして、今度はその社会に文句を言ったりけちを付けるものがいたりすると、それを倒さなければならなくなります。それの繰り返しです。
権力欲、支配欲は、ぼくら庶民にも当然あります。ぼくら庶民が暮らす社会に、戦国時代ではないですけれども、信長や秀吉や家康を生みだす土壌はある訳です。現在でも、小さな信長や秀吉や家康は、跳梁跋扈していますよね。
ぼくはそういうところに目をとめて、自分の中の権力欲や支配欲とも戦った文学者として太宰治や島尾敏雄らを思い、評価しています。特に島尾敏雄は極北に存在する文学者、小説家であったと思います。彼の「死の棘」などの病妻ものは、自分に内在する支配欲や権力欲の否定、壊滅、解体の物語としても読めてしまいます。そう言う物語として島尾敏雄は書き切った訳です。ぼくはすべてをそう言うように読んだ訳ではありませんが、読み方としてそう言う読み方も可能だと思っています。そう思ってそう言う読み方もしました。
支配欲や権力欲を根底からぶっ壊すことがよいことかどうか、ぼくには分かりません。ただ、そう言うような読み方もして、そして大きな衝撃を受けた訳です。自分にも内在する支配欲、権力欲のようなものをどのように無化していくかは相当に難しいことのように思います。またそれをして、それで本当によいのかどうかも分かりません。けれども世の支配欲、権力欲を見ると、やはりこれの無造作な拡張は相当に危ないものだと思います。どうやったらそれをなくしていけるのかと言うことも分かりません。ただ自分の中のそれをよくよく観察してみることは、それを考えることの一歩ではあると思います。つまらぬことですが、そう言うことを考えてきたし、今も考えているという所です。
2026年8月31日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「変容考」です。
○ 昨夜は日曜夜8時、大河ドラマ「豊臣兄弟」を見ましたね。面白かったです。面白かったというそれだけですかね。役者さんたちも一生懸命ですし、きっと裏方さんたちも一生懸命で、みんなで面白い劇を作っているという感じ。大衆演劇、大衆のためのドラマで、みんなが楽しんで見るための劇に仕上がっていたと思います。
原作はなくオリジナル脚本だそうです。史実を元にしていますが、ほとんど作り物です。主人公や登場人物たちが何を考え、どんなことを口にしていたかなんて誰にも分かる訳はないですから、仮に手紙などが残されていたとしてもニュアンスまでは拾いきれません。我々の日常生活を振り返るとすぐに分かりますが、昨日誰が何を言ったかもそうですが、自分の言葉でさえ覚えていないし、何を言ったか記憶がないものです。現実は、他人の気持ちはよく分からないものです。分かったつもりになることはありますが、それが後では錯覚だったと言うことがよくあります。他人のことも自分のこともよく分からないというのが実生活上の実際だと思います。
ですから、ドラマの中身は全部嘘です。本当らしく作っていますから、本当のことのように思えば思えますが、実際は嘘で作られた嘘の物語です。みんなそれは知っていて、嘘にだまされることを楽しむために視聴しているんだと思います。面白い、楽しい、と思わせるための嘘の物語です。
昨日の回の主要なテーマは、信長が死んで、後に、秀吉が天下一統を決意する前後を描いていたんだと思います。
こういう天下取りの物語で、歴史的には平安から江戸時代までを通して為政者、統括者、天下人に必ずと言ってよいほど語らせる決まり文句、決まった言葉がワンパターンとしてあります。それは何かというと、「みな(民)が笑って暮らせる世の中をつくる」と言う言葉です。だいたい人の上に立つ人に、そういう言葉を言わせるというのがこの国の歴史物語における決まりのようなものになっていると思います。ぼくはこれは嘘だと思っています。眉唾物だと思っています。仮に、本当にそういう言葉を大真面目に、心から絞り出すように言ったとしても、そんなことは出来るはずがないことだし、言う者が自分の嘘に酔いしれて口にしているだけのことです。
それにこれは現代人の願望を投影して、主人公に言わせているだけです。共感しやすくするための言葉にしか過ぎません。
外国は知りませんが、日本ではこういう決り文句をよく為政者に言わせます。特に時代物などでは多い気がします。それから、そのためには多くの血を流すことも、本意ではないが致し方ないと言わせます。「手を血に染めることも避けて通れぬこと」という解釈をして、これは為政者たちには願ってもない解釈になります。そう言う物語上の忖度が常にあります。
別にそれでもいいんですけどね。エンターテイメントですから。大衆演劇ですから。中世にあった戦記物とあまり変わってなくて、現代でも庶民が楽しめるものというと、こういうパターンになるんだろうなと言う気がします。
2026年8月30日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「孤独のその先」です。
○ 明治の初めに日本に旅行で訪れた西洋人の旅行記に、ある町中で見かけたひとつの光景が記されていた。そこには、町人たちに交じって明らかに精神に障害を持った女性の存在があった。人たちの間で様子が違っていて、会話も行動も異質だった。だが、周囲の人たちは偏見や差別の意識を持たずに、当たり前のようにその女性を受け入れた庶民生活を送っている。旅行者の目にはそのように映った。
そして、その旅行者は、あとでその様子を思い浮かべながら、ある考えに導かれた。それは、西洋からは遅れた文明、文化の国であることには違いないが、しかし、この国に西洋流の知識、考え方、あるいは思想・哲学を持ち込むことが本当によいことなのだろうか、と言うように。
確かに西洋には開明的な主義主張、体系的な思想性というものがある。しかし、それを持たないこの国では、すでに実生活上にそれが実現されている。
正確さには欠けるが、大筋ではこういうことが書かれていた。
その後、日本は西洋からいろいろなことを学び、学んだことを実社会上にも多く取り入れ、取り込んでいった。
上記の町中の光景は、おそらく江戸時代に行われた相互扶助組織・制度から来ているもので、庶民自身が話し合いによってそう言う関係性を築いて実践されたものだと思う。それはぼくには見事な最善策だと映る。
だが、そんな明治から現代に向かって、障害者は扶助的な共生の場から退場し、障害者支援の名の下に、次第に障害あるもの同士の集まりの中に集められて行った。その方が支援や扶助がしやすいという理由で。
庶民の自治組織に任されていた時は、つまり国策に入れられていなかった時は、
障害者たちは庶民の中に共に生活することが出来ていた。その時に本当は何があったかというと、庶民の側にも障害者の側にも、どのように接するのがよいのかと言うことを考える機会が多くあったと言うことと、実践的に試行錯誤が繰り返されたと言うことである。これ以上に両者にとって教育的である場は他に考えることが出来ない。以後の生涯に関する様々な施策は、本来最も教育的であるこういう場を取り払ってしまったと言える。
そんなことをしておいて、昨今、企業に障害者の雇用を義務づけて、後は知らぬ顔の政治、行政の無責任というか愚かというか、ひどいものだと思う。これでは障害を持つ人はもちろん、雇用側、雇用側の同僚たちも傷つくばかりという気がする。実際、上手くいかない事例がたくさん報告されている。そんなことは当たり前で、お互いに初めての接触経験という場合が多く、それでスムーズに共同作業がやれると考える方がおかしい。互いに互いを学ぶ機会を奪われていると言うことが大きな問題であり、大きな欠陥でもあるのだ。頭で考えてどうにかなるというものではない。冒頭の西洋の旅行者が危惧したことは、実に見事に的を射た見識であり、認知であったと言える。
2026年8月29日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「絶滅危惧種」です。
○ 不得意な性について、一種の妄想を交えて考えてみる
最近も相変わらず性犯罪ニュースが多い。たいてい犯人は男だから嫌になる。男の性は昔から変わっていないと思うけれども、古代、中世とかで性犯罪で捕まったという話はあまり聞かない。同じようなことがあっても、あまり大ごとにしなかったのか、出来なかったのか分からない。古代の役人とかはみんな男なので、女性は泣き寝入りをしたものなのか。
近現代は世界中で女性の地位向上や、女性の権利の見直しが進み、女性を弱者に見立てて守ろうとする風潮も盛んになったように思える。それはそれでよいことだと思えるが、しかしどう見ても女性の方は条件的に不利で、存在として対等ではない。男性を中心とした社会が女性を大切にしようと考えても、それは考えるだけで実践が伴わない。
男性から性犯罪を取り除くことは無理なのではないか。最近はそう考えることが多い。だって毎日そんなニュースが流れているのだから。これはどうしようも無いんではないだろうか。男の側が、ぼくらはしないように努めますよと言ったところで、実際の所は口先だけになってしまっている。
源氏物語の光源氏の行動には、やや性犯罪的な強引さが見られるところもあったような気がする。それから日本の夜這いの風習も、少し間違うと強姦に近いところがあったかも知れないと思う。
以前解剖学者の三木成夫さんの著作を読んでいた時、人類も初期には他の動物たちと同じように繁殖期が二度で、だから求愛活動も二度で済んでいたと述べているところがあった。それがだんだんと飽き足らなくなって、のべつ幕無しの求愛活動に進んだと言うことらしいが、ぼくは妙に納得した。
人間の意識や精神は、自分たちの身体的動物性に嫌悪感を感じているところがありそう。どこか顔を背け、直視してこなかったという気がする。近現代になると余計それが加速した。隠そうとしたり、きれいに着飾ってカモフラージュしている。けれどもそうすればそうするほど、事態はよくない方向に進んで行っている気がする。
動物性から離れようとしているのだが、動物よりも獣くさい怪物に仕上がってきている。これはぼくらのせいではないと思う。人間が人間的な本質を追究してきた結果がこうなのだ。この先どこへ向かうのかは予断を許さない。
これがよいことだと思う時は、たいてい現実はよくない方向に進む。歴史を振り返ると、そう言うことの連続とも見える。
そこで極端に逆方向に考えて、裸に戻って暮らしたらどうかと考えてみる。ぼくらの子どもの頃にはまだ、母親たちは人前で平気でおっぱいを出して赤ん坊の口に乳を含ませていた。おばあさんたちも夏には胸をはだけていて、だらりとおっぱいを垂らせていた。ふんどし姿のおじいさんたちはふんどしの隙間から、御稲荷さんをのぞかせていた。
なので、いっそ、これからは全裸で暮らすことにしたらどうかと妄想してみたい。四六時中裸を目にしていたら珍しくもなんともなく、逆にうんざりするのではないかと思う。さらに妄想を膨らませて、人との出会いの挨拶はセックスでそれに代えるとしたらどうだろう。挨拶だから型どおりに丁寧に行う。好きも嫌いもないセックスで、そうなると男たちは生気をちょっと薄めていくだろうと思う。闘争心も薄れて、喧嘩も少なくなっていきそうな気がする。物わかりもよくなって、女性たちの言いなりになっていきそうな気もする。
頭のよい人たちが知恵を出し合って、その結果出来上がった社会で性犯罪も多くなっているのだから、さほど頭のよくないぼくらがこんな妄想をしても別段いい訳だ。なんだ、そんな低級で下劣なことを考えてと叱られたら、じゃあ犯罪のないもっとましな社会を作って下さいよと言う。そうしたらこんな不得意なことに、とんでもな妄想なんか披露したりしない。まあそんな逃げ道を拵えて、今日はこんなところで終わります。
2026年8月28日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「新しい老後」です。
○ 社会の考察�B
ぼくらが生まれて来る時に、何も選択権がありません。いつ、どこに、どんな環境の下に生まれるか、何も選べません。生まれた時にはもう決まっています。
自分以外の外界がすでに存在している中に、ぽつんと産み落とされます。全くの新参者ですから、存在する外界のすべてに習って成長するほかに術がありません。新生児は母から乳をもらわなければ生きられないので乳を吸います。たいていの母親は乳をくれる訳です。またその後は現在ですと主に家族が面倒をみてくれて生育を助けてくれます。
そういう中で、言葉をはじめとする生きるためのいろいろなツールを身につけていくと言うことになります。大昔ですとそれくらいで、後は少しずつ大人社会のまねごと、手伝いみたいにしてだんだんと一人前になっていきます。
現代になりますと社会構造が高度化、複雑化していますから、学校教育などを経て事前に学んでおくことが必要になっています。
とりあえず一人前の社会人になるためには、社会そのものを学ぶところから出発することになります。これも比喩的に言えば母親の授乳と同じで、現代社会に生きて行くために必要なことだと考えられます。
人間の社会も、その周りを埋め尽くす自然世界も、先に存在しているものですから、ある意味で自分の成長のために、自分が生きて行くために、不可欠なものでもあります。重要なものだし大切なものです。
また、その自然界、人間界にはいろいろなルールも存在しています。つまり、ルールもすでにぼくらが生まれる前から存在しているものです。そこに生まれ出た以上、ルールに従うのは自然な気がします。
ぼく個人の考え方としては、ルールも含めてすでに存在していたものに対しては、理解してそれに従おう、合わせようという考えでいたし、現在までそうやってきたという気がします。どうしてもおかしいと思うものには物理的な抵抗もしなくはないですが、基本的には尊重しようという姿勢です。
そうしますと、ぼくの中で齟齬が生じてしまいます。現実に生きて行く上では、既存のものに合わせるという仕方をし、しかし、生きて考えてくる中では�@や�Aで考えたようなことが頭を占めるようになりました。
思考や想念だけで言うと、歴史そのものも含め、既存のもの、特に人間社会の展開というのは全然だめなもの、否定すべきものじゃないかと考えるようになりました。
だめなもの、否定すべきものをいちいち上げていてはきりがありません。同時に、現実生活の中で抵抗したり戦ったりして一つ一つ潰してもきりがありません。また、そうしたすべては何の理由もなく現実を構成する要素として残存するものでもない訳です。人々の総意や賛同として、さらに何らかの必要性もあって、そこに現存していると言うことになります。
ですからぼくらは現実社会的には、現実社会に妥協する形で存在し、日々の暮らしと暮らしの営為にも中途半端に妥協する形で関わってきたと思います。ですが、あたまの中をのぞき見ると、けっこうな否定、批判を行っています。思想、信条の自由というのがありますから、考えるだけならどんなに過激なことを考えてもいい訳です。いい訳ですから、そうしています。超過激、超超過激でもいいんだと思います。
まあ無名だし、取り沙汰もされないし、過激に考えるにはよいポジションにいられていると思います。
今のぼくがあえて言おうとすることがあるとすれば、このポジションの薦めですね。一切の雑音がないので、すべてが自分次第です。制約も制限もない考え方が出来ます。ただし、報酬も一切ないと言うことになります。けれども好きなことを好きな時に好きなように考えることが出来ます。それはぼくには大きなことです。すべての人に勧める訳ではありませんが、孤独だったり孤立だったりする人がいたら、マイナスとばかりに考えずに、逆手に取ることだって可能だよと言いたいと思います。ぼくも長年、孤独や孤立を世の常識に習ってマイナスに考えていましたが、これが長く続くと平気になり、自分の日常になり、存外寂しくも悲しくもないなと気づくことになりました。よくよく眺めたり見回したりしていると、そこに静寂の時間、静謐の時間が流れていると分かります。老後ということもあるのか、かつてない貴重な時間とも考えるようにもなりました。けっこういいと思います。
2026年8月27日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「生きる」です。
○ 社会の考察�A
公正・公平な社会と言うことを考えた時に、実は人類はすでにそう言う社会を実現していたのである。自然社会の時代がそれである。そこでは人を支配するのは人ではなく、天すなわち自然に支配されるだけだった。そこに人為の支配はなく、災害は偶然的なもので、偶然は偶然であることによって公正かつ公平なものである。
生き物にとって、自然とは規制そのものである。自然には作為も作意もないので、よって自然の行いは公正で公平である。
自然の元に形成された人社会は、やがて富と武力とを備えた豪族というものを生みだすようになった。そうしてやがてその中の最有力のものが全体を統一するように動き、自然と人々や人社会の間に立って、人および社会全体を支配することになった。支配の根拠となったものは、富と武力と知謀であって、それ以外に何もなかった。自然や神に託されたものでもない。
富と武力と知謀で人が人の上に立つ。人支配のそもそもの始まりから、そこに公正・公平など存在し得なかったのである。それらによって作られた王権がどんなに公正・公平を口にしたところで、そんな社会を実現し得るはずが無いのである。公正・公平や平等は、意識や精神の働きのない自然界においてしか実現できない。
ぼくらが考えるところでは、この島国(日本)において公正・公平で平等が実現したのは弥生時代の始まりまで、つまり旧石器時代から縄文時代がその中心の時代と考えている。それ以後、米作りが盛んになり貧富に格差が生じた頃から尊卑、上下も拡大し、主従関係も出来、人が人を支配して平気な社会へと進んで行った。そうして強大な国が成立した時に、統括者の意志、つまり国の意志は、法を介在させて民に届けられるようになった。法の文は、自然とか天とかからの回文でも何でも無いので、統括者の意志を反映して造られたものに過ぎないことは言う迄も無い。それを発布する側が何らかの理由で交代すれば、その中身も変わるという、人の手が作ったもの以外の何物でもない。つまり本質は恣意的な産物である。
現代日本は言うまでもなく法治主義の法治国家と言えるが、この現代法といえども人間的な恣意性を含んだものである。それでも法治主義で行きましょうと言われるのは、これに勝る社会維持の手段が今現在はないと言うことと、大多数の国民が法治主義的な社会のあり方に肯定的だからである。公正・公平についても絶対的とまでは言えないが、他に比べたらまだましだという判断がなされているからである。
だがここ最近、この法治主義にも大きな揺らぎが見え始めている。特に国会での法律の制定過程が雑で、政府や党派の恣意で強引に法律が作られる事態が散見される。露骨な恣意の発動で、これは逆に法治主義の解体を進めるだけに見える。法の支配、法の世が堅固なものだというぼくらの予想に反し、至る所でそのほころびが見え始めて、かえってぼくらの方が焦ってしまう。ぼくらが何もしないうちに、勝手に崩れはじめている。
2026年8月26日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「根幹と枝葉末節の間」です。
○ 社会の考察�@
社会が、必ずしも万人のためにその仕組みが形成されているものではないと悟った時に、ぼくらはふつうどういう態度、姿勢を取るだろうか。一般的に言えることは、社会人育成を謳って用意されてある教育制度に乗っかり、既存の社会にどこまでも自分を適応させて行くことだ。そうすれば少なくとも自分は既存の人間社会に受け入れてもらえる。
だがその社会が、表向きや建前はどうであれ、実際には万人のためになっておらず、そればかりか権力層や富裕層に都合のよい仕組み作りがなされているとしたら、ぼくらはどうしたらよいだろうか。
道は大きく二つ。一つはどこまでも社会に順応することを繰り返して行くことだ。跳ね返され、はじき返されても食い下がって、社会の中に居場所を拵える。掘建て小屋でもいいから建てることだ。
もう一つの道は反社の道だ。反抗、反逆の道だ。
優柔不断なぼくらはどっちつかずに過ぎてきて、よく言えば第三の道を歩き、今もその途次にいる。どうしたら不公平を是正し、名目だけではなく実質的にも万人のための社会へと変えていけるのだろうかと考えてきた。第一と第二の間の境界の壁の上に立ち、どちらにも転がらぬようバランスを取りながらである。
結論から言えば、国家の運営、政策の立案から施行に至るまで、そこに人間が携わる限り公正・公平な社会は実現しない。どんなに謹厳実直、聖人のような人たちばかりが携わったとしても絶対に不可能である。
人間は計算で作られた人工物ではなく、自然物である。自然と言えば昨今の震災や異常気象のように、ぼくらには分かりかねる動きをするものである。同じ人間と高をくくって考えていてはいけない。他人どころか自分でさえ、いつでも予測通りに動くという代物ではない。言葉や文字に縛られて、その範囲内にだけ動き回ると言うことは決してない。かえって言葉や文字を易々と越えて飛び回る生き物と考えた方がよいくらだ。つまり人間は人間の手には負えない、そう言う生き物である。自然を内蔵した自然のものである。
こう考えてくると、社会を公正・公平なものにという考えが誤った考えであるということにもなりかねない。
だがぼくらは、例えそうであったとしても万人に公正・公平な社会というものを希求してきた。人間個々が自然物だと了承した上で、それに配慮した、公正・公平を担保した社会の仕組み作りは可能ではないかと思い、また可能にしたいと考えてきた。
我々人類の、ここまでの歴史の中での最初で最大の躓きは国家を建国したことである。これは逆向きに言うことも出来る。すなわち我々人類の最初で最大の功績は、国家を建国したことにある、と言うように。
2026年8月25日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「おもい」です。
○ 社会の再編成
日本におけるサラリーマンの走りと言えば武士ではないかと思います。平安時代からでしょうか、貴族に仕える形で下級の貴族が警護のようなことを行ったようです。その辺りからだんだんと戦闘集団として専門化されていったように思います。個人の時間や技量などを差し出して、代わりに報酬を得るという形が取られたと思います。生活の手立てには違いないでしょうが、当時としては他の身過ぎ世過ぎの仕事とは明らかに違っています。他の仕事との一番の違いは、上からの命令で動き、その動きに少しの自己決定権もないと言うことだったと思います。今日は疲れたからやらない、とかは出来なかったと思います。
そう考えてみたら、貴族たちも元々は朝廷にお仕えした人たちと言うことでサラリーマンの源流と言えるかも知れませんね。さらに女官たちも宮中に仕えました。出仕すなわち官に仕えることが、この日本ではサラリーマンの源流だったと言えるのかも知れないです。
いずれにしても現代の仕事事情としては、自営よりも他に仕える形が圧倒的に多いと思います。直接自分で稼ぐというのではなしに、仕えて俸給をもらうという形です。この形が普及したのは明治近代になって、大いに広がって現代に続いています。
で、この労働の形態というのは戦後の高度経済成長期をピークとして、サービス業などの第三次産業の台頭とともに、だんだんと他に仕えることを忌避する傾向が見えてきたように感じます。
ぼくからすると、これはもっともなことだなと思います。他に仕えることは嫌だという時代になってきた訳です。嫌だという思いを表に出すようになってきました。以前は「我慢」が主流だった訳ですが、今日では我慢しない、我慢が出来なくなった、と、二つの面が同時に出てきていると思います。
これはものすごいことだと思います。下手をすると飢えて死ぬか、生活保護を受けるか、現実的にはそう言う選択肢しかないところに進んでいる訳です。そうでなければ非社会か、反社会的に生きるしかない訳です。ニートとか引きこもりとか言う場合、極端に言うとそのこと自体で社会に対して異を唱えていることになります。いいか悪いかは別にして、現在社会を嫌っている人が増加していると言うことです。
こういう状況は一朝一夕で変わるようには思えません。かと言って、他に仕えたくないと思う人が過半に及ぶと言うこともあり得ないことだと思います。ただしばらくの間はこういう状態が続き、膠着状態になっていくという気がします。
ぼくのような年寄りでさえ、もう他に仕えることは懲り懲りだと考えていますから、もう我慢するのは嫌だと思っていますから、耐性のない若い人なんかは余計にそうだと思います。
こうして負的な部分がクローズアップされてくると、反動で強権的なナチズム、ファシズム、スターリニズム的な動きも出てくる気がします。それが功を奏する訳も無いですから、もっと混乱していくと思います。一番症状的に早く出てくるのは政治的なところですかね。ひどくめちゃくちゃになっている気がします。与党も野党もないですし、党派的な違いもあってないような感じになっています。ただ威勢と大声だけの違いになっているようです。
また、これは他人事ではないのですが、自分たちのやっていることが何をやっているか分からなくなってきている気がします。比喩的な言い方になりますが、今がどんな季節で、その中を何処に向かってどのように取り組んでいるのか、社会全体が見えなくなっているんだと思います。
そしてそれもこれも、人々の無意識が社会の再編成を望んでいるから起きていることではないかなと感じています。でも、まだこれは、遊びで言っているだけのことです。ぼくには本気で言うだけの力がありませんから。
2026年8月24日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「限界値」です。
○ 人間的な受容の限界値と、それを超える社会システムの高度化や発達メモ
分業化と専門性が両輪となり、近代文明を高度に押し上げてきた。ぼくにはそう見える。ところで、高度文明をさらに超高度文明へと発展させるには、いっそう分業と専門を流れに沿って推し進めていかなくてはならない。だから分業と専門とはこれからもさらに細分化される必要があるのだろう。文明をアップデートしていくためには、流れ的には分業と専門の細分化が、今まで以上に進められて行かなくてはならない。が、しかし、それが本当に正解なのだろうか。
この社会における分業化や専門性を社会の仕組みの一面と考えれば、これらは社会システムの無意識として、半ば自動的に進化発達を遂げて行く。もはや人間のコントロール下にはないような気がする。
人間がこれについて行くには、魂も心も空無にしてついて行くほかない。黙って社会システムの進む方向に進むことになる。そのためには内面は空っぽにした方がスムーズに進んでいける。
大局的なところから言えば、現在はすべての分野・領域で専門が進み、逆に全体や総合が見えなくなっている。社会全体で何処へどう向かおうとしているのかは分からないが、針先の専門性の領域・分野では、向かうべき方向は決まっている。そしてそれを知ることが出来るのは、専門性の先端においてである。逆に言うと専門性とは、他のことについてはまったく分からないと言うことにもなる。分かるのは自分の専門についてだけで、自ずから他の専門については分かりようがなくなると言うことである。このことは世の中が分からなくなる、見えなくなると言うことと同義になるのではないか。
まったく見当外れかも知れないのだが、昔の家電は今よりは作りが単純で、ちょっと調べたりすると自分の手で修理が出来た。最近は複雑でLSIが使われていたりで、これはもう手が出せない。つまり、そう言うことだ。一事が万事で世の中との関わりがそう言うように変化した。すべて他者任せにするしかなくなってきた。
2026年8月23日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「寿命」です。
○ 性に関してのメモ
年を取ると性的に涸れるとか涸れないとかと言う話を聞く。高齢になっての実感から言うと、確かに若い頃とは全然違ってくる。でもすっかり枯渇し、なくなるのかというと、ちょっと違う気がする。
実感的なところで言うと、生命と性的衝動とは分かち難く結びついているように思える。年をとると、動きが緩慢になったり遅くなったりする。全体的な機能も衰える。性的なものも同じように衰えるのだと思う。衰えるが、全くなくなると言うことではない。はじめに、目や耳と同じように、器官的な衰えが来るのだと思う。それに伴って、精神的なエロスの感覚とか感情的なものも衰えてくる。でも、精神的なところでも皆無になる訳ではない。皆無になるのは死を迎えた時だと思う。
自分はどうか分からないが、考えとしてだけで言えば、老いた時に身体的と精神的との性の比重、比率が、バランスよく衰えるのが理想だと思う。なぜ理想かというと、意外にそう行かないことがありそうだからだ。例えば身体的、器官的に性の衰えを感じる時に、それを精神がカバーしようと機能することはあり得るように思われる。器官的な衰えを補完する形で、精神が過剰にエロス的に振る舞おうとすることはあり得る気がする。これはしかし、性的にはバランスを失した形と言える。そうならずに、生命的と性的にと歩調を合わせて衰えること、さらに器官的にと精神的にと同調して衰えていくこと、これがバランスよく自然に衰えて行ければ理想的じゃないかなと思う。たいていぼくらは死が近づくと藻掻くし、それを感じさせる性の衰えを前にしても藻掻き抗おうとしがちである。たぶん万人がそうなんで、逆らわないことの方が難しいことなのだと思う。
もう一つ密かに考えてきたことがあって、人間はと言うか主に男性は、戦争とかあるいは戦争以外でも目前に死の影が近づいた時に性的衝動が高まるのではないかと考えている。
これは通俗的な理解だと言われても仕方がないが、戦国の合戦や、近代の戦争においても、ドラマなどでは必ず勝った側の兵士が女を襲う話がついて回る。非日常で、死と隣り合わせの場面になると、男たちはそう言うことをしがちである。
また戦国武将と小姓との間に男色があったという話もあり、やはり死と直面する場面では性的衝動が高まることを証す例ではないかと思う。
ぼくがこう言うことに根拠はない。ぼくが考えるの種の保存の法則とやらで、絶滅を逃れるために、そう言う場で性的なスイッチが入るのではないかというものだ。男性にはそう言う傾向があると思う。女性についてはまるで分からない。
2026年8月22日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「走馬灯」です。
○ 地震、大雨と、あちこちで立て続けに自然災害に見舞われていますね。ぼくらの地域も一昨日、昨日と、急な雨や雷に見舞われましたが、大きな被害とまでは行かないで済みました。
大きな被害を受けた地域の人たちには、一日でも早い復旧を祈りたいと思います。自然災害ですから、ぼくら東日本大震災で経験したと同じに、言葉もなくただ生活を取り戻すべく、日々動いていくことになるんだと思います。
あの頃はまだ心も体も元気でしたから、それに為すべきことは何かが明確でしたから、変な充実感がありました。あの時は六十歳。いまは七十五歳ですから、この年で震災に遭遇したら、また別な展開だったろうなと思います。なので、年老いた方たちのことを特に想像して、たいへんだろうなと心配します。
2026年8月21日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「天の夢」です。
○ 「夏草や」
今ふっと、「夏草や 兵どもが 夢の跡」、松尾芭蕉の句が思い浮かびました。
戦場跡に立っているのでしょうね。合戦時の面影があるのかないのか、一面に夏草が伸びていたのでしょう。昔、ここで兵士たちが命がけの戦いをしたんだと、芭蕉が感慨を吐露している。そんな情景が読み取れます。
これが頭に浮かんだ時に、大げさに言うと歴史的現在はすべての先人たちの夢の跡なんだなあと思いました。自然物、人工物、目に見えるものも目に見えないものもすべて、先人たちが一生懸命努めてきた、その行為と思いとの面影を宿しているものだと言うことになるでしょうか。現在とは、先人たちの夢の跡です。
その意味ではぼくらの考えている考えもまた、先人たちの意識の継承を元に構成されたものだと言うことになるかと思います。外界も内面も全部そうだと言うことになります。夢の跡。先人たちの努力、願望、そういうものの結果、成果、と言うことでしょう。芭蕉の時代には、そこは夏草が丈高く繁っている場所になっていたと言うことです。また現代では荒れる社会、閉塞して行き場を失いつつある精神と言うことになるのかも知れません。
そうしたことに対して感謝と言うことになるのか、それらを負債と見て、怨嗟の声を発することになるのか。ぼくは両方を心に落とし込んで声を失うと言うことになるんだと思います。感謝も怨嗟も沈黙によってしか発信できないという気がします。
先人たちの夢の跡を目の前にしていますから、それ以外の別の夢の跡に立つことも出来ないし、夢の以前に立つことも出来ない訳です。つまり、目の前の夢の跡から出発するほかないと言うことです。あとはどちらの方向に向かって歩き出すかだけです。
2026年8月20日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「日本人以前の日本人」です。
○ 現行の選挙はもう無理
国政でも地方自治体でもいいですが、選挙で選ばれた人たちが問題を起こしすぎて、一部がそうであれば万事にも影響を及ぼすと言うことになり、現行の選挙制度はもう時代に合わないという結論になるんじゃないかと思います。
現在の選挙は金もかかりますし、SNS等を通じて誹謗中傷やデマが飛び交い、真面目にやる方が損を見るようになっています。当選してみるとガラクタばっかりと言うことにもなります。直近では拘置所に拘留されながら立候補しようという動きもあります。めちゃくちゃだと思います。
最近は誰でも立候補できると言うことから、自分が当選しなくてもよいというところで売名だったり、金稼ぎのためだったり何だったりで立候補する人も出てきています。選挙制度そのものを悪用する動きもあります。あるいはその選挙区に縁もゆかりも無い人が、その選挙区から立候補するということも当たり前のようになってきています。
そういう形になっていてそれが上手く機能しているのであればいいのですが、どうもそうは見えません。どんどんひどくなってきている気がします。悪く言うと、遊びで政治ごっこをしているようにも見えかねません。やりたい放題で、いたずらに政治的な対立だけが表面化して、全体、生活も治安も悪くなって行くばかりのようです。
悪循環に陥っているようにも見えますから、こうなったら抜本的に変えた方が合理的な気がします。いまのやり方をすっかり変えるくらいのことをやるべきです。
いままではやりたい人がやれるような制度設計だったと思います。これであまり上手く機能しなかった訳ですから、やりたい人がやれる選挙と言うことではなく、やって欲しい人を選んで行く選挙に変えたらいいと思います。
ぼくが一番今の政治行政で問題と思うのは、中枢を担う人材が頭のいい連中ばかりになってきたと言うことです。ここで言う頭がいいという意味は、学があるとか雑学、雑知識があるという程度のことです。この頭のいい連中の欠点は、国民生活から浮いているという所にあります。世界情勢には食いついても国民生活にあまり関心もなく、その実態もあまりよく知らない人が多いと思います。あるいはそこを嫌って、耐えられなくて浮かぼうとする人たちですから、庶民とか一般人とかの代弁者にはならないと思います。そうであれば、国民、県民、市民、また町村民の声を政治、行政の場に掬い上げたり届けたりと言うことが出来ないと言うことになると思います。ぼくはここが現在の政治や行政に欠けているところではないかなと思っています。
ここをクリアするには、人々の生活に直に触れることが何より大事だと思います。これが可能なのは、現在の制度的なもので言うと町内会の役員だとか、民生委員だとか行政区長だとかのお世話役的なところが一番直接的なところかなと思います。
このあたりの経験を選挙の立候補資格、議員の立候補資格にしたらいいと考えます。それで、そこでの働きを住民に評価してもらって資格が得られるというようにすればいいと思います。あるいはこれを経験することで順繰りの当番制のようにして町の議員になって、そこでまた住民の投票で県会議員に送り込まれるとかとすれば、金がかかる大々的な選挙はなくてすみます。
これはしかし、申し訳ないですが、真剣に考察しての結果として言っているのではありません。ほぼ思いついたところで言っているレベルです。ですからこういう考えを強く押すつもりはありません。
ただこのように、現在の選挙などの状況からまったくかけ離れたところから考えてみることもひとつではないかと言いたいのです。そしてよくよく考えれば、けして不可能ではないと思います。
明治に西洋から教えてもらった社会思想、政治思想の流れをいつまでも後生大事にしなくても、自らの手で根本的に変える力は日本人にもついているのではないでしょうか。また、もうそろそろ、そういう力がついていないとおかしいです。根源的な発想、思考が、全部中国をはじめとするアジアや西洋に学んで、ただそれを上手に使い回すだけの国になってしまいます。いいんですけど、それでもいいんですけど、ちょっとだけ残念な国かなと考えてしまいます。
いろんな科学技術やなんかでは、もう外国に引けを取らない訳だし、何なら越えているところもいっぱいあるし、本気で考えれば現行の政治制度を一変するよいアイデアも生みだせるのではないかと思うのです。
発想を変えて新しいことを試みるのは若い人たちの才能のひとつだと思います。ぼくには不可能ではないような気がします。とりあえず今日は、そう言うことをお伝えしたかった気分だったと言うことです。
2026年8月19日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「語健忘」です。
○ 建国は住人にとっての敗北
隷属、従属というと、現在の日本はアメリカに対してと言うことになりそうです。これはしかし、日本という島国においては初めてのことではなくて、ヤマト王朝が成立した時期も、やはり王朝に隷属、従属したんだと思います。ぼくはそう考えます。またもう少し浅い隷属、従属だったかも知れませんが、卑弥呼の邪馬台国が中国王朝に従属したという記録も見えます。
島国の住人は、何度かこのように支配されるというか、従属するという体験、言ってみれば敗北の体験をしてきているんだと思います。正確に言うと住人の直接的な従属とは言えないのかも知れませんが、大枠から言えばやはり時々の強権力に敗北し、従属してきたと言えると思います。
ヤマト王朝に支配されるようになる。従属する、敗北するという以外に言いようがないのですが、多くの現代日本人はそう考えていないかも知れません。
誰がどう話しても、日本国の成立後の日本は自分たちの国と考えている人が多いです。言葉の人、文字の人は特にそうです。まるで自分が、あるいは自分の祖先が日本国の建国に与ったように語ります。だから、自分たちの国だ、自分たちの日本だと言います。ですが、ぼくが思うに、日本国建国に与ったのは、実際には一部の豪族が中心になったんだと思います。そう言う権力争いに無縁の平民、庶民は、米や野菜を作るとか、魚や貝を獲るとか、あるいは山に獣を狩るとか、それぞれの日々の生活のために体を動かしていたのだろうと考えます。そうした人々の多くは、国作りとか、そういうことのために命のやりとりをするとかは考えられないことだったと思います。実際、関心の外にあったという気がします。
また、その頃で言いますと、東北は蚊帳の外にありました。西の方でそう言う動きがあることを全然知らない人も多かったかも知れません。つまり、多くの人が知らないうちにそんな動きがあり、そう言う中で日本国が出来てしまいました。平民、庶民もそうですが、東日本に住む人たちは、突然の降って湧いた話で、日本国に帰属するというように進んだんだと思います。また気がついたら日本国に組み入れられていたと言うことになりましょう。寝耳に水のことが、あれよあれよという間に租税を納め続けて二千年が経過しました。その間に、二千年前に建国した日本が、現在の日本人には自分たちの国だという意識に取って代わりました。共同幻想が成長し、完成してきたと言うことだと思います。
当時の住人には日本と言ってもピンとこなかったことが、現代人には母国、日本ということになったと言うことです。昔は一部の知的な層にしか取り沙汰されなかったことが、現代現在では誰もが自国、祖国、母国と実感するところになりました。
自分たちの生活社会の上には国という枠組みがあり、そこに自分たちが所属していると言うこと。そして海を越えたところには外国があり、そこと戦う時には専門の戦闘集団だけではなく、一般の庶民、平民も招集されて戦わされることがあるんだと日本近代になってから知らされました。それを期に、ずいぶんと国というものが身近に感じられるようになったと言うことになります。
自分の国という意識は、建国当初から全ての住人、平民、庶民に行き渡っていたとは思えません。それは長い年月をかけて作られてきた意識です。王家のものだった国が、現在では国民全員の国と言うことになっています。そのこと自体には異を唱えたいとは思いません。それでいいのだろうと考えています。しかし、ひとりひとりの国民の望む国に仕上がっているかというと、そこに疑問が生じます。国から取り残され、取りこぼされる層があり人々がいると感じるからです。そこまでの国には仕上がっていないと思います。建前や表向きだけはそう言われていると言うだけのように思えます。せいぜい半数の人たちだけが厚遇されている、そう言う国でしかないと思います。その意味では二千年をかけてこの程度にしか仕上がっていない国と言うことで、これを自国日本だと誇ることはぼくには言えない気がしています。言う場合にはもっと上辺を捉えて言うのではなく、深い層に潜って、これがぼくらの日本だと言うことになると思いますし、そういうところでは誇りを持ってそう言うと思います。
ナショナリズムなのか自国第一主義なのか分かりませんが、風潮として、現在の政治的言説には浅い理解の所での日本を流布する流れが広がっているように思えます。しかし、本当はそこには日本や日本人についての浅い理解しか横行していないと言うことです。日本人とは何か、日本国とな何か、それがよく分かりもしないで口にしている連中がほとんどです。それがいっちょ前に人前で堂々と演説したりしているのです。そう言う連中が国政や県政を担っていくのですから、何をか言わんやです。それが一国の総理や都道府県の知事の正体であることは知っておいた方がいいと思います。その口から日本国や日本人という言葉が出たら、冷たく笑っておくくらいでいいと思います。前途は暗いに決まっていますから、景気のいい話は全て眉唾物と受け取っておくのが無難です。光を求めて水面に浮上すると、たくさんの危険が待ち受けています。そこはお互いに気をつけたいものです。
2026年8月18日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「鈍感力」です。
○ お知らせ
「掲示板」に、nishiyanさんからのお知らせが掲示されています。1の�bQ14となりますので、そちらからご覧下さい。
○ 時代の観察メモ
子どもの頃までは、古いことをやり続ける、古いことをそのまま踏襲し続ける文化だったように思います。
子どもは特に、母親から日常生活の作法、動作などのいちいちを教わったと思います。その母は、母の母から教わったことを子どもに伝えて行く、そう言うことだったと思います。基本的には教わって覚えていることをそのまま教えればすんだ話だと思います。とても省エネで、合理的な話だと思います。
生活様式が昔と変わらぬまま継続してきたからだと思います。
明治維新はぼくらが生まれた約百年前のことです。正確には、ぼくらが生まれた百年前はまだ江戸時代でした。百年で根底から変わったと言うことはなかったと思います。ただ表面的な部分、表層部分では生活スタイルは西洋化されました。表面的な西洋のまねごとの時代だったと思います。なので、深層の部分ではまだまだ古くからの継承が続いていた気がします。もちろん時代の影響を受けながら、少しずつ変化しながら継承されたんだと思います。
戦後になり、高度経済成長の時期が訪れると、日本社会はすっかり西欧化、欧米化へと進みました。生活スタイルの欧米化が行われました。この時期に世代間の分断が進んで、親世代と子世代では考え方がはっきり違ってきました。子世代は親世代の昔からの伝承、継承を求めなくなりました。日本古来からの生活様式がすっかり欧米化する訳ですから、それを言われても受け入れがたい訳です。「そんなの古い」の一言で終わってしまいます。
そこから更に核家族化が進んで、親世代と子世代は互いに独立する形へと進みました。親は親世代、子は子世代で、互いに不干渉の現代的な共生の形を取るようになりました。つまりそこで、親から子へと言うバトンリレーも潰えてきました。教えるものも、教わるものもなくなってきたと言うことになります。そうなったらもう別々に暮らすしかないと言うことになります。
歴史が不要になって、空間的に横並びに範やモデルを探すことになってきたと思います。世界同時性の時代ですから、情報は世界に求めることでいいと言うことになります。都市化都会化というのは、隣人や血縁との近しいところとは互いに干渉し合わないという形を取り、かえって遠いところとに関係性を求めるという形を取るもののように見えます。その方がしがらみなく、くっついたり離れたりも容易なんだと思います。ただし、これはこれで新たな問題が生じていることも確かなことだと思います。簡単に言えば、高齢者の孤独死とか老老介護の問題とか、若い方では育児の難しさなどに直面したりしています。少子化も一連の流れの中に生じた問題だと思います。新たな試練と言うことになるかも知れないです。
ドラマで推測しているだけですが、先進の欧米の家族や個人というものも、けして順風満帆のようには見えません。もしかすると、日本の現状よりももっと厳しい状況にあるんじゃないかと見えてしまうこともあります。個人でも家族でも、重層的に問題を抱えている描写がよく見られます。ただそう言う現状にありながら、欧米人の精神的タフさも強く印象に残ります。個人主義思想の先輩と言うことで、やはり日本人とは違うなあと思ったりします。
結局、先進諸国は先進国なりの病を抱えていて、それぞれに苦悶しているんだなと思えます。先進性の公害とでも考えるべきことが先進諸国に起きているんだという気がします。
経済なり文化なりを専門の目で見るだけではなく、それを統一、総合して判断し、総合的に診断する目が必要になってくるのではないかなと考えます。そこが今はとても弱い部分ではないかなと感じます。
2026年8月17日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「陰画」です。
○ 面白くて、昨日もNHKの大河ドラマ「豊臣兄弟」を見ました。毎回、登場する戦国武将たちを見ては、「こいつら武士、武将は、本当に異常な連中だな」と思って見ています。最悪最低の連中というのがぼくの感想です。
本当の歴史ではなくドラマですから、いい加減なものだとは思っています。が、登場人物たちの会話、つぶやきなど、どれも一人がっての思い込みに見えて、それらは結局脚本家の人間把握や認識が反映してのことだろうなと考えます。
それらはある程度本気で真面目に考えて、登場人物たちに語らせているのだろうと思います。半分くらいは人物たちの実相に迫っているのかなという気もします。
それからもちろんドラマとしては良くできていると思います。配役の演技、大道具小道具、それから時代考証など、良くできているのではないでしょうか。
お金が絡んでのことと思いますが、民放ではこういう作り込むという形のドラマは作れないのではないかなと思います。これはちょっと資本主義経済下ではおかしなことではないでしょうか。本来なら民放の方がたくさんのお金を使い、豪華で手の込んだ作品が作れるはずです。それが少し前の常識だった気がします。ここに来て、逆転していると言い切れるかどうかまでは分かりませんが、従来の常識とはちょっと違ってきている気がします。
ぼくから見ると、イメージ的にはNHKドラマは、最近では北朝鮮ドラマという見え方をしていたのですが(一応言っておくと北朝鮮ドラマは実際には見たことはありません)、こうなると北朝鮮ドラマの方が優れていると言うことになって、根底からちょっとひっくり返ることになってしまいます(共同制作における一貫性、統一性、統制くらいの意味合いです)。現在の民放のドラマでは、それが欠けている気がします。作り込んだドラマの面白さと質の高さだけで言うと、NHKドラマが上かなと思います。それを追求できる環境があるのでしょう。民放には不安定さを感じます。
民放の場合、スポンサー離れと言うことが影響しているのかなと考えさせられます。民放の凋落と言ってもいいのかも知れませんが、背景にはCM効果の問題も絡んでいそうです。もっと言えば高齢者の金銭事情、若者のテレビ離れなどいろいろありそうです。少なくとも日本全体の好況時に比べて、いろんなことが様変わりしてきているという気がします。そこにあまりよい兆しは見えてきていないという感じがします。日本各地で大雨による被害、土砂崩れ等が発生していますが、日本経済にも似たようなことが起きてきているという気がします。
2026年8月16日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「特殊詐欺社会」です。
○ 戦没者記念式典等への違和感
戦没者追悼式を毎年8月15日に国が主催となって執り行っています。ぼくら国民はそれを当然のように思っています。国が招集した兵士が戦争中に亡くなったと言うことで、国の行事としてこれを行うことは当たり前のことかなと考えます。
それでもぼくのような天邪鬼は、なんか変だなと、ちょっとした違和感を感じます。その違和感についてよくよく考えてみますと、ぼくには兵士の召集と追悼式の主催とが対の関係にあるんじゃないか、何度も円環する可能性があるんじゃないかと思えてきます。
兵士を召集する権限と、追悼式を執り行う権限とは同じ所にあるのかなと言う気がします。そしてどちらも、執行役は政府乃至は政府周りが行うことになっている気がします。何が言いたいかというと、要は、いちいち全国民の許諾を取らなくても政府がそれを執り行えると言うことです。ぼくに言わせれば、政府が勝手にやっています。ぼくら国民に対して、これこれこういうことをやりたいのですが、承認していただけますか、と言うことは一度もありません。
ほとんどの人は当然と思うでしょうが、ぼくはどうかなあと思います。特に代表者だけで追悼するようなやり方はない方が良いんじゃないかなとぼくは思います。国を挙げてやるんだったら違うやり方があると思います。今のやり方はなくなった方がいいと思います。国民はないがしろになっている気がします。国が主催だから国が勝手にやっていいんだという形になっています。
これは、ちょっと向きを変えると、国民からの兵士の召集は、必要時には政府が自らの判断で行う権限を持つということになるのではないかと思われます。法的にどうなっているかは分かりません。分かりませんが、一事が万事で、国民の総意を図ることなく政府が勝手に行えると言うことではないかと思われます。追悼式典のやり方から逆に辿っていくと、そういうことになっていそうな気がします。分かりません。ぼくはちゃんと調べていないので分かりませんが、国主催の戦没者記念式典が何の検討も反省もなしに毎年続いていると言うことは、国民はノータッチみたいなことですし、徴兵が万一ある場合に、同様に、国民の総意とは無関係に行われるんじゃないのかなと危惧されます。
なのでぼくは、戦没者の追悼と言うことは続いてもいいけれども、国主催でやる財源を他に回し、地域や家族主催の戦没者の追悼の支援をするくらいで良いのではないのかと考えます。国から家族の元へと返してあげたい、兵士の前のただの国民に戻してあげたい、そういう思いで考えるところです。
こう言う式典を何の批判もなしにやらせ放題にしておけば、徴兵の問題が生じた時に、きっと国から招集の札が送りつけられる、かつてのやり方がまた行われる気がします。そうではなく、そういうことを承諾しますかという一手間が、先の戦争の反省として必要じゃないかとぼくは思います。そういう議論が無いんじゃないかなと思います。政府に勝手にやられんじゃないかなとぼくは不安です。皇室典範改正や国旗損壊罪などの成立過程などを見ていますと、余計にそういう危惧が生じます。ぼくは勝手に政府にやらせたくないし、やられたくないなあと思います。
ぼくの考えは別にして、いろんなことで政府が独断専行しないようなやり方を考え、工夫していってもらいたいなあと思います。
2026年8月15日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「意」です。
○ 終戦の日
終戦記念日。ぼくらはそう覚えていますが、今は「終戦の日」と呼ぶようになっているみたいです。
ぼくは昭和26年生まれですから戦争を体験していません。宮城の中心である仙台からは、遠く離れた山の麓に生まれ育ちましたから、近辺には戦争の傷跡のようなものもなかったと思います。仮にあったとしても、戦後生まれにはその状態や状況が当たり前のものとして感じられたに違いありません。
大人たちも我々子どもに向かって戦争を語ることはなかったと思います。出兵し、中国に行った父も多くは語りませんでした。ただ背中に銃の弾の破片が残っていて、風呂に入る時は、ぼくら兄弟はそれを目にしていました。痛くないのと尋ねると、痛くはないよと答えていました。
少し記憶にあるのは、爆撃機の音が遠くからだんだん近づいてくる時は怖かったと言っていました。それから銃撃戦になって、ばらばら音のする銃や弾ですね。その音が怖くて体が縮まると言うことも語っていました。
その頃の父は青年団長をやったり、酒も強く、村の青年たちのリーダー的な存在のようでしたから、ドラマにあるようなカッコいい兵隊だったのかなと想像しましたがそうではなかったようです。どちらかというと、ブルブル震える兵隊だったことを強調するという感じでした。
戦争についてはそれくらいのことしか知りません。後は本で読んだだけの知識になります。本の言葉や知識、あるいは他人の言葉というのは、父の語った言葉とは違います。何が違うかというと、何かが違います。その何かは何かと考えると、言葉が流れてくるその流れが違うと言うことと、入り込んだ言葉の収まる場所が違うというその2点ではないかと、今こうして書きながら考えます。
父は戦争反対を語る人でも説く人でもなかったです。父を含め、親戚や周囲の人たちはみなそうでした。ぼくはそこに庶民や大衆の誠実さというものを感じます。
それとは違い、戦争に誠実に向かい合った言葉の職業人として、ぼくは島尾敏雄さんや吉本隆明さんの名を上げておきたいと思います。他にもたくさんいるんだと思いますが、ぼくが表現を目にした中で言うと、この二人と言うことになります。こちらには知識人としての誠実さですね。そういうものを感じました。庶民は経験を生活に落とし込み、知識人は言語に落とし込むと言ったところでしょうか。戦争について、いかにも分かった風をして、言ったり書いたりしてはいけないなと、改めて感じています。
2026年8月14日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「生活を繕う」です。
○ 所属意識、帰属意識
外国のことを心的にイメージする必要のなかった昔、外国に代わるものは国内の他の地域だったと思います。他地域に対して、自分のいる地域、それが故郷、クニです。自分のいる地域を全体のように見なしていた時代は、自分の所属意識は家族にあると言うことになっていただろうと思います。
大昔の所属意識は家族にあったと思います。家族集団の一員という所属意識です。この所属意識は、時間をかけて、歴史の進展とともに、親族意識、氏族意識、部族意識、あるいはそれらとともに地縁つながりの地域、故郷、そういう意識の持ち方として発達していったと思われます。それが現代では日本国民という意識、そこまで来ていると言うことになります。
江戸時代までは日本国への所属意識、帰属意識と言うのは無かったのではないかと思います。せいぜいが地域、故郷意識、自分はそこの所属だという意識があったくらいではなかったかと思います。それが明治以降、日本という国、国家の一員だという意識が少しずつ形成されて行ったように考えられます。それは現代でも流れ的には同様に形成が進められてきていて、強化されてきている気がします。それはおそらくは国家的施策でもあると思いますが、大変巧妙に、個々人が自主的にそうした考え方をしているというように持って行っていると思います。あくまでも主体的な選択だというように、上手く図っていると思います。つまり主体的に選択しているんだという体裁を取っています。本人たちも主体的だと思って考えていると思います。
ぼくらの集団への帰属意識、所属意識の一番強度の所は、現在では家族でも故郷でもなく、日本国とか日本国家と言うことになっているんじゃないかなとぼくは考えます。家族の一員と言う意識、故郷や地域の一員と言う意識よりも、国民意識の持ち方が心の中で大きな場所を占めているという気がします。
特に中流以下の庶民を除いた多くの人たちは、日本国の意識を持って考えたり発言したり、主張しているような気がします。
それに対して、ぼくはとても違和感を感じます。揃いも揃って、みな日本国を代表するような口ぶりです。国家という共同幻想に憑依した、あるいは逆に憑依された、そんな印象を持ちます。まるで日本国の建国に寄与した一員、あるいはその子孫かのような口ぶりです。おまえは国家の建国に関係ないだろう、そう言ってやりたくなります。ことほどさように、国家との一体感がすごいです。
国家が誕生していない太古では、家族親族の小集団毎に島国に点在していました。かってばらばらな集団があっただけです。はっきりした身分の上下も尊卑もありませんでした。その時代の人々を仮に平民と呼んでみれば、平民以外の人は存在していません。すべからく平民です。
弥生時代後期から古墳時代にかけて、列島にはいくつもの小国が乱立し、互いに競い合い争うようになりました。そうしてやがて統一王朝が形成されて行った訳です。
その過程は今から振り返ると、輝かしい王家成立の過程と見るのが一般的になっています。しかしぼくらはそう思っていなくて、列島にばらばらに、そして自由に散在していた平民たちの敗北の過程と考えています。
勝利したのは一部の王家の一派で、日本中に点在、散在していたたくさんの平民は、王家一派に敗北して配下になることが決定した、そういう戦いだったとぼくらは考えています。それに敗北したと捉えています。
日本国は王家が樹立しました。その下には配下となった平民が日本中に散らばっていて、ぼくらはよほどのことがない限り敗北して配下となった平民の子孫です。その子孫であるぼくらが、王家の作った日本をぼくらの国だと言って持ち上げています。美しい国日本、などと讃えていたりします。今となってはそれはそれで別にいいけれども、このことはぼくは第二の敗北だと考えます。
かつて自由で独立していた列島の平民の、二度にわたる敗北、二度にわたる従属が行われているんだと考えています。ぼくに言わせれば、これは盲目的な従属です。
ぼくは戦えと言いたいのでもないし、自由を奪還しろと言いたいのでもありません。また、平民の恨み辛みを晴らせという気持ちでもありません。ただかつて持っていた自由と独立。平民の誇りでもあったそれを永遠に手放したままで、それで王家の国に従属して、これがぼくらの国だと本気で思えるかと言うことです。
ぼくらの国だと本気で思うためには、過去そして現在もそうであるかも知れない従属から、ぼくらはぼくら自身を解放しなければならないという気がします。その思考や作業なしで、短絡的にぼくらの国だなどと考えていては、結局は従属に従属を重ねているだけにしか思えません。
ぼくはそこを今、重要なこととして考えています。自由と独立と、自己の歴史からの解放をです。そのためには戦うことが必要です。そしてここでの戦いというのは考えると言うことです。考えて、自分の意識を変えていくと言うことです。他人の意識を変えるのではなしに、自分の意識を、です。そのためには考えることが必要です。知識も剣も必要ないです。考えることが大事です。
2026年8月13日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「思念の世界」です。
○ 5歳の頃から75歳になる現在まで、その間にもちろんいろいろなことがありました。それでもたぶん変わらないことがあって、そのひとつに性格とか気質のようなものがあります。そこに関しては、途中にあった人生の実質、内容みたいなことは、省略しても差し支えないところがあると思います。間を抜かしても、性格や気質、あるいは本質の問題は言及できる気がします。本質的な問題は、それで言えてしまえると思います。乱暴ですが、それは可能ではないかと考えます。
国家社会についても本質的なところだけを捉えると、統一国家の成立の時期と現在の国家社会だけで、性格や気質的な部分については言及できるという気がします。途中を捨象して考えることは可能だと思います。またそういう大きな枠組みで考える方が分かりやすい気がします。
それで、そういう考え方をしているからと言って、その間の人生、歴史をないがしろに考えているかというと、そういうわけではないです。当然大事なところであると思っています。人生なり、歴史なりというと、そちらの方が実体な訳です。ただ性格なり気質なりというところで考えると、間の紆余曲折をいちいち辿る余裕がなくなります。と言うか、それをやっていると袋小路にはまります。ぼくの場合はそうなので、間をはしょります。はしょるのは軽視しているからではありません。ぼくの場合ですと丁寧にやると、おそらく迷路をさ迷う感じになります。
歴史についてぼくが考えるのは国家の成立以後と言うことになります。それは成立した時点から今日まで変わっていないです。日本国です。これは変わっていません。貴族社会、武家社会などなど中身の部分の変遷はありますが、民族国家というか国民国家というか、国家の枠組みとか構図はほぼ変わらずに来ています。その成立の過程と、これが延々二千年続いたことに興味を持ちます。抽象的になってしまうのですが、個別具体の時代については立ち寄って考えるだけの知識も力もないので、そこは省いて考えています。
人生の問題についてもそういう傾向になっていますが、こういうやり方だとますます文学的なところから離れて行ってしまう気がしています。なんか、大事なところははしょって進んでいるように思えて、時々寂しい気がします。
2026年8月12日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「未来社会」です。
○ お知らせ
「掲示板」にnishiyanさんが「水詩」を投稿してくれました。�bQ12になります。
○ 筋力の衰え、風貌の衰え、身体や各器官の衰えは比較的分かりやすい。心的なところで言えば、やる気とか気力とか、踏ん張ろうとしても踏ん張りがきかないとか、そういうところに出てきている気がする。
だがもっと見えないところで、理由もなく不機嫌になるとか、時々呼吸を深くするとか、これまでに感じたことのないような違和感を感じたりする時がある。心身の奥底で燃える炎が小さくなる感じで、謂れのない焦燥感に襲われる。
これはなんだろうか。自分でもよく分からない。分からないが、おそらく加齢によって引き起こされるもののひとつの現象ではあるのだろう。この感じは今まで見聞きしたことがない気がする。
まあ、これはいい譬えではないが、ある種バッテリー切れのような感覚だ。あるいはバッテリー自体の劣化だ。もうどんなに充電しても、100%になることは無いのではないか。そんな気がする。
こういう時、どう対処するのがいいか分からない。他人の言葉では納得できそうにない。かといって、自分でこうと判断しても、それにも納得できない気がする。未知の体験なのだ。鏡を見るように対峙して、後は口を噤むか言葉にしようとして仕切れない時間をこれから歩いて行くことになるのだろう。とても辛く寂しい道のりだと思うが、これは避けて通ることが出来ない。父も母もこの道を通って行った。わずかにだが懐かしい匂が漂っていると思える。少し感傷的になりますが、お盆ですから許容しておくことにします。
2026年8月11日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「傍観」です。
○ 洗濯は室内干しで、洗濯後にもう一度脱水をかけた。それから一階を掃除して、朝に使った食器も洗った。
なんか後ろめたさがあって、そんなことをしてから二階に上がり、パソコンを立ち上げて文字を打ち込み始める。考えることも書くことも趣味だから、言ってしまえば遊びだ。一日の大半は遊んでいるのだから、なんだか申し訳ない気が少しする。なので、言われる前に少々の家事をして、それからすーっと二階の部屋に入って閉じこもる。
考えることも書くことも、大学に入ってからの読書やそこからいろいろ考えたことが現在にまで影響している。大学の学科の勉強は何一つせずに、小説や思想書のようなものを読みあさっていた。その時の宿題というか、答え合わせのようなものをずっと続けてきている気がする。社会に役立つとか他人のためになるとかというのではないので、それも何かちょっと後ろめたい。自分の興味、関心のあるところだけを、何か建物の間をすり抜けるように通ってきたので、それもちょっとずるい気がしている。でもそう言うようにしてしか歩いてこれなかった。仕事は生存のために。趣味は心や精神のために。それがぼくのスタイルで現在まで続いている。趣味は自分のためのもので、だからぼくの書くことや考えることは自分のためのものだ。何か意味があるかどうかは関係がない。そういうことで言えばこうしたぼくの営為は意味がない。そうしてまた反対に、意味がないことをやり続けていると言うことには大きな意味があるとも考えている。それは他に向かって言うことではないが、なかなかやり続けられることではないと考えてもいる。それをやらせてもらえている訳だから、周囲の人たちには感謝の気持ちしかない。何か恩返しをしたいところだが、何一つ出来ないで来たと思っている。
2026年8月10日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「最後の夢」です。
○ YouTubeを見ていたら、卓球の張本兄妹がそろって世界大会で優勝というテロップ、サムネなどが見えた。
高校生の時に卓球をやったもので、時々動画でも卓球を見ている。男子の試合は球の威力から何から段違いで、逆に面白くない。ついて行けないのだ。女子の場合はやっとついて行けるレベル。でも、世界大会となると、ぼくらの高校時代の男子のレベルをすでに遠く超えている。
張本妹の直近の試合を見ていると、まず体感が凄いと思った。長年トップに君臨してきた中国の選手に引けを取らない。互いに返球し合う高速ラリーの応酬の中で、一瞬の隙を突くように速い球を捕りにくいコースに打ち返し一点をもぎ取る。そうして相手よりも少しだけ高い確率で点数を積み重ねて行く。それが中国選手以上になっている。
福原愛ちゃんから始まり、石川佳純選手、その後に続いた平野美宇、伊藤美誠、早田ひな、の3選手は日本女子卓球を牽引してきた。その功績は大きいが、確実に中国を打ち破る力はまだなかった。時々フロックのように勝つくらいだった。
でも今回の張本妹の試合を見ると、総合的に言っても同レベルかそれ以上に成長して見える。中国女子卓球の現在の絶対女王は孫穎莎だが、今回の大会には参加しておらず、次に対戦した時には互角に戦えるんじゃないかなと思う。
18歳でこれだけのレベルに達したというのは驚きだ。まだ現役の上記3選手は今以上の力を付けるというのは難しそうで、張本を筆頭に若手のレベルも向上しているから苦戦して行きそうである。まだはっきりと世代交代とまでは行かないかも知れないが、張本妹の活躍に刺激され、ますます若手が力を付けていきそうに見える。
さて、スポーツでは最近野球の大谷、またサッカーの盛り上がりなど、ぼくらが若かった頃には考えられない展開が次々と起き続けている。何かひとつのことに熱中すると、日本人も世界に伍して活躍出来るのだなあと思うこの頃だ。
今のところ領域的にはスポーツ界が顕著だが、文化的、特に世界思想を牽引する人も出てきて欲しいなと、つい無い物ねだりを考えてしまう。スポーツほどに、打ち込むというような環境にはないのかも知れないが、ひ弱な日本人もずいぶん逞しくなったのだから、頭の方でも逞しくならなくちゃと思う。ぼくらは底辺なんだけれども、底辺から底上げしなくちゃね。頑張りましょう。
2026年8月9日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「壊れるまでは」です。
○ 障害考
精神の障害と身体の障害とがあります。どちらにも、ある痛ましさみたいな感じを持つことがあります。その感じはおそらく、自分が健常であることを前提にしていることで抱く感情、感覚ではないかと思います。しかし、その前提は正しいのだろうか。こちらは本当に健常、正常なのだろうか。
この場合の物差しは時代が提供するものです。時代が健常であるか否かを決めていると思います。正常や異常についても同じです。
時代が違うと受け止め方は違います。そうすると、今の痛ましいと感ずる感じ方や考えというものも変わる可能性があると言うことになると思います。
結論から先に言いますと、痛ましい障害とか、病的であるとか、異常であるという捉え方というものは、ちょっと違うという気がします。現代社会では、そう見なすと言うことだけのような気がします。いろいろな通念、俗念を引き剥がすと、そこに人間がいると言うだけになると思います。
こう言っても何のことか分からないと思いますが。
現代の高度文明化社会では、子どもたちにはたくさんの発達障害の診断がされるようになってきています。しかし、少なくともぼくらの子どもの頃にはそれらの病名もなく、手のかかる子ども、あるいは世話の焼ける子どもくらいの感じで一緒に暮らしていました。もっと時代を遡ると、障害や異常と見る見方もなくて、現実にある多様性、それがすなわち人間であり、人間社会だと包括的に捉えられていたのではないかという気がします。もっと太古には、神がかっていると捉えられていた時期もあったと聞いています。
以前、解剖学者の三木成夫さんの本で、奇形と言うことを考えた文章の中に、たいていは進化の過程のどの段階かで発達が止まってしまった状態なのだということが言われていました。例えば、心臓が人間の心臓にまで発達せず、魚類の段階で止まってしまうと言うことが時折あるのだそうです。それを指して心臓の奇形と言ったりするのですが、何の根拠もない変な形と言うことでは全然なくて、人間の心臓も、魚類、両生類と進化に沿って形作られて行くべきところを、遺伝子情報のバグか何かによって完成に至らぬ事があるということです。
蛇足になりますが、三木成夫さんは『胎児の世界』という新書本で、胎児は初期に魚類から両生類、は虫類、哺乳類と、脊椎動物の進化の過程を数日のうちに通り過ぎると述べています。それは相貌の変化からも、身体における器官や血管や神経の配置や発達から見てもそう言えると言っています。
ぼくらはそこをくぐり抜けて誕生する訳ですが、差異ある設計図のDNAのもとに、全体としては同じ過程を通過するらしいのです。
あの人は目と目の感覚が広くて、どこか両生類の面影がある。あの人はなんとなく、は虫類に似ている。ぼくらは日常そう感じることがありますが、それはまったく根拠が無いことではなくて、顔の製造過程にもそれぞれに差異があり、場合によっては過去の設計図がそのまま使われていたりと言うことがあるようです。
いずれにせよ、そのように丁寧に見て、考えていきますと、奇形すなわち異常な形と言うことではなくて、何かの理由でその器官だけ進化発達が途中で止まったんだと言うことが分かったりします。奇形と言っても、実際には過去のどこかにあった形の再現と言うことらしいのです。そしてそういうことが分かると、見方、考え方が変わってきます。もちろん心臓だけではなく、いろんな箇所でそういうことが起きる可能性があると言うことになります。そういう身体的なことは比較的分かりやすいのですが、脳とか精神の問題とかになってくると、もっと複雑で分りにくくなるような気がします。そしてまだまだぼくらはそういうことがよく分からないんだよなあと思います。
2026年8月8日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「頭社会」です。
○ ぼくらは国というものに弱い。なので国の式典というものにも弱い。現在のありとあらゆる式典の形式は、日本国のはじめの式典を継承するもので、変形し亜種となった言わば子孫である。いずれの式典の上空にも「国」が浮かんでいて、主催者も参加者も意識的無意識的にその「国」に深く頭を垂れている。天でもなければ自然でもない。深く頭を垂れるのは、「国」に向かってそうしている。
この国もそうだが、国とは天が造ったものでも自然が配置したものでもなく、人たちの中の勢力を持った集団によって造られ、制定されたものだ。それが単に、天の命(めい)、神の命(めい)のように装い、天や神に代わって権力の座(王位)についたと正当化したかっただけに過ぎない。つまり悪く言うと、ペテンが行われたと言うことだ。後はもう信じるもよし、信じないでもよしと言うことで各々の判断になる。
ぼくは昔小学校の先生をしていた時に、いろんな式の司会進行をした。その際にいつも当惑したのは式を始める時の全体の「礼」の処理である。何に向かって礼をするのかと言うことである。ぼくの場合は、慣習としてそうなっていたからそれを踏襲した。だが本当は何に向かって礼をするのかよく分かっていなかったし、これをあらためて誰かに聞くことも恥ずかしい気がしてしなかった。会場のステージの正面には国旗や町旗、また演台の脇には校旗が飾られるのが一般的である。漠然とそれらに向かって礼をする。それの最も上位の式典と言えば、天皇が臨席する式典と言うことになり、さらに言えば天皇の即位式などが原点になりそうな気がする。つまりその形が、現在の下々にまで伝承、継承されているのだろうと思う。それは形だけだ。形だけを真似て、その実際は明示されない。この明示しないことによる効果。日本人は外国人にはわかりにくいこの手法をよく使う。まさしくこれがこの国の伝家の宝刀である。
さて、これくらいのことを言えばぼくの気は収まる訳で、これ以上細かいことまでを言うと、差し障りが出ないとも限らない。なのでこれくらいでやめるが、要は中身のないただの慣習、形式だよと言うことである。そしてただの慣習、形式なのだが、中にはここに気持ちと思いとを込めたい人も居て、そういう人たちはおそらく式典の会場の上に「国」を置いて礼をしているに違いないのである。そうしてその礼はたいてい美しい。だがぼくからすれば同時に空虚である。
○ 大手企業の、今年夏のボーナス平均妥結結果が前年比7.04%増の104万2537円というネットの記事を見ました。一方、中小企業、零細企業では低く、10倍以上の差があるとも言われています。
前から感じていましたけれど、格差がさらに広がっていると言うことですね。景気がいいところも確かにあるが、それ以上に伸び悩むところが多いと言うことのようです。
ぼくらの実感としては高止まりの物価の中で、最低限の生活を保っていくことに必死です。まさに瀕死の生活という感じ。これが毎日ですから、島尾敏雄の病棟での生活のように「ああ」と叫び狂いたくもなります。忍耐勝負、我慢勝負です。
政府、国会は消費税どうのこうの言いますが、ぼくらはとっくにそれどころではなくなってますから。そう言うのは焼け石に水くらいにしか思えていないです。そんなこすっチョロい対策でどうにかなるような次元では無いところにあると思ってます。一方で好景気の大企業がありますから、政治はそちらにすり寄ってつじつまを合わせようとするでしょう。ぼんくらと無能でどうしようもありません。期待できることなどみじんもないです。いやあほんとに、夢も希望もないとはこのことです。自衛、自衛、自衛です。皆さんご自愛を。
2026年8月7日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「幻想の中を駆け抜ける」です。
○ 昨日から仙台七夕祭が行われています。8月の6、7、8と続きます。東北の夏の風物詩のひとつですが、ぼくはほとんど見に行ったり参加したりと言うことがありません。東北の他県の祭りにも関心はありますが縁がないです。
どう言いますか、風情を楽しむ余裕のない男で、つまらない人間です。そうとしか考えようも、言いようもないなあと思います。特に祭りが一番似合わない男で、そして人間だと思います。
まあ、しかし、そのことに負い目を感じたりしている訳でもないのです。何か機会なり環境が上手い具合にあったりすれば、祭りの中心で活発に動き回る祭り人のように振る舞っただろうと考えるからです。
昔は、ですけれども、必要な時には飲み会の場を盛り上げる役割を引き受け、実際に場を盛り上げると言うこともしてきましたから。
人間がやることはどんなことだって他の人にもやれる。ぼくは固くそう信じています。だいたいが入れ替え可能だと思っています。あの人にやれることは自分にも出来る。自分に出来ることはあの人にもやれる。そう思っています。ただし条件がありますよ。他からは何も条件を付けないということと、逆に自分からの条件は全て可とする条件があれば、たいていのことは人間は出来るものです。うーん、例えば東大を受験して合格すること。これには何年かかってもいいという、期限を付けないことや、受験勉強だけに集中できる生活環境が持てること、講師を何人でも雇えることなどがあれば可能になると思います。これならどんなにぼくがあんぽんたんでも5年、10年かけて東大受験に合格すると思います。つまり、こういう考え方をすると何でも可能だと言うことになります。ベースにこういう考え方を置くと、できる、と言うことになります。
もちろん実際、現実的にはできない方が多いのです。ですが論理の組み替え方次第で可能になります。そうすると原理的には可能だと言うことになります。原理的に可能なら、可能だと言ってよいことになると思います。ですからぼくと同じ後期高齢者の皆さんも、何でも諦める必要はないと思いますよ。やるっきゃないでしょ。
2026年8月6日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「言葉の後期高齢」です。
○ 「原爆の日」広島平和記念式典
81回目の「原爆の日」で、NHKでは平和記念式典を中継しています。ぼくは熱心に視聴する方ではありません。ただふつう一般の人と同じで、心の中だけで、世界の平和を願うくらいです。
戦争反対、原爆廃棄などを求めて日本中が81回目の祈り、また宣言を繰り返し行ってきました。それでも世界では核の脅威がなくなりませんし、今また戦争も起きて継続しています。
子どもたちが幼いうちに、あるいは分別がつくようになった時、この事実を知ればやはりこの世界は怖いものだと感じ、考えるでしょう。ぼくらもそうでした。ぼくの場合はこの事実を本当に受け止めることが出来たのは二十歳前くらいで遅かった方だと思います。でもこのことを自分なりに把握して受け止めてから、今日に至るまでずっと生存のテーマのひとつとなって継続してきたという気がします。と言うよりも、頭から去らなかったという方が正確かも知れません。つまり、大変難しく、かつ大きな問題として立ちはだかるものでした。これは今の子どもたち、若者たちにとっても同じではないかなと思います。そうした事実に関心を持とうが持つまいが、事実は心の深層に沈み込む重さを持つものであって、おそらくこれから誰も逃れられるものではないと思います。
ぼくらがこの事実から自由になるには、原爆の廃棄、世界平和が本当に実現されて、「むかしむかし」のお話として語られるくらいにならないと無理でしょう。そうならなければ、本当の意味で少子化が止まることもないだろうとぼくは思います。歴史の傷は知らず知らずにぼくらの傷になります。ぼくらの選択は、傷ついた心の選択でもあります。この世界は、子どもが誕生するに値する世界なのかどうか。深層において、個々人が判断しているものと思います。
○ 「平等」について
ぼくが生涯、何を考えてきたのかを一言にまとめて言うと、「平等」について、そしてそれをどう実現するかということだったと思います。そしてぼくがやってきたことは何の力にもならず、たわいもないことに過ぎなかったと思います。しかしそれは個人的なことに限定されず、人類史、人間史、あるいはまた人間の歴史が長い間かけて目指してきた方向性。それはやはり、「平等な社会」の実現に向かって行われてきて、これからもそういう方向に進んでいくのじゃないかなと思う訳です。もちろん、「平等」一つを目指している訳ではありませんが、「平等」がひとつの眼目であることは違いないと思います。
「平等」は、黙っていても歴史が向かう方向にあると考えています。黙っていても歴史は「平等」に向かって歩みを進めて行くんだと思っています。ですから、ことさら何をしなくてもそうなっていくだろうと、そう考えています。ですが、みんなが無関心でいるよりも、「平等」について考えを深めていった方が早く到達するんじゃないかと思う訳です。到達するまでに長い時間がかかると、その間に不平等に苦しむ人は増えます。できるだけその数を減らすことが出来ればいいと思います。いくらでも少ない方がいいと思うのです。ぼくらが考えるのはそのためです。なんの力にもならないとしても、ぼくの言葉や文章に触れて、「平等」を求める人が居るんだなあ、と思う。そう言うくらいのことでもいいんじゃないかと考えています。ぼくらにはもう、これくらいのことしか残っていないです。大義めいたものはこれくらいです。後はもう銘銘に、ばらばらに、考えていくしか無いんじゃないかなと思います。その中で、早く「平等な社会」が実現できるように、少しでも考えを積み上げていきたいと、そう思っています。
○ 兵庫問題における不可解
ぼくは自分の関心に沿ってこの問題を見てきただけですが、いくつかの不可解があり、それについて考えてみたいと思います。
はじめに告発文書というものが出回りました。ぼくの関心はそこが発端でした。それで一応、兵庫県政組織内の内紛の問題なんだと解しました。知事と幹部との間で不信感が生じていて、知事を告発するというところに発展して行った、言わばありそうなパターンのひとつだと考えました。
そうしたことで、はじめはたいした興味はありませんでした。ぼくとしては、どちらかが正義側よりで、どちらかが不正義側よりと、あまり大きな差異はないと考えていました。程度の差、相対的な問題だろうと言うことです。そこには絶対悪もないだろうし、絶対善もないだろうと言うことです。ですから、当初からぼくは両方だめという考えでした。なぜかというと、地方行政全体のあり方としてあまり評価できる組織、機構、機関とは考えていなかったからです。知事も、告発者である幹部も、どっちみち税金で生計を立てる側の人たちで、基本的にぼくは評価をしていません。行政サービスは基本的なインフラ整備くらいに縮小して、その分税金が少なくなる方がましだという考え方をしています。余分な行政サービスが多い、過剰だと昔から考えています。特にぼくらのような下流の県民、市民のための期間になっていないので、不要だくらいに考えています。反対側からすれば、あいつはなんだ、いろんなサービスを享受しているくせに感謝もない。だめな奴だ。と、そういうことになるのかも知れませんが、一応ぼくも県民であり市民ですから、言う権利はあるはずです。少額ながら毎月税金も納めていますから。そしてぼくがそう考えるのは、あまり直接的な恩恵を受けていないと感じているからです。
なくなってもよい組織、機関ですから、その中で解決して終わり、その程度の問題に過ぎないと考えていました。
このことは兵庫県民の半数くらいの人は、同じようにあまり関心が持てないことだろうなと考えていました。そしておそらく実際には問題が長引いた現在においても同様だろうと考えています。
そうしてぼくの考えるまともなふつうの県民は、やはり県政というもの、県知事や県の職員というものに対してそれほどの好意は持っていないのじゃないかなとぼくは思います。
ぼくの場合ですと、個人的にはこういう考え方をしていて、大変意地悪な視線を送ったりもしています。ですが、実際に役所に用事があって出向いた時には挨拶もし、丁寧な接し方もしています。もちろん、帰り際には「お世話になりました。ありがとうございました。」とお礼も言います。でも内心では役所内を見渡して、『こいつら、のんびりゆったり仕事してんなあ』と怒ったりしています。
つまり、こういうところの実感からすると、知事のことも幹部のことも、それから平の職員のことも、何かある種守られた職場環境の中で気分よく仕事する、気に食わない連中だなあと考えるのがふつうではないかと思います。そして、投票に出向かない県民の過半数は、比較的ぼくなんかに近いメンタルで居るんじゃないかなと推察します。そうじゃないかも知れませんが、ぼくはそう考えています。
さて、長くなりそうなので端折って言いますと、兵庫県問題には奥深い対立の構造が浮き上がって見えて来ています。
現在の社会構造の中で「おいしい」思いをしてきている連中と、そうでない連中の対立です。
ここは上手く言えないのですが、そうでない連中とは「おいしい」思いをしてきていない連中です。よく既得権益などと言う言葉が使われますが、この社会で「おいしい」思いから疎外されてきた人たちは、「おいしい」思いをしている連中を見ると、みんながみんな既得権益に守られているんだと見えているんだと思います。それに腹が立って否定したり非難したりしたいのでしょう。ですから、そういう既得権益みたいなものは打ち破りたいんだろうと思います。自分たちだけ得しているんじゃないか、と言うことです。
それだけではなく、一緒に、例えば世の中的に言論の権威かのように立ち振る舞う大手新聞や、テレビ界などのオールドメディアに向けても批判的であると思います。つまり何か正統性を主張するもの、社会の中でオーソドックスと認定されるものなどに対して、反感を抱いているんだと思います。
そしてぼくは、そこまではその人たちの気持ちが分かるような気がします。その上で不可解に思うことは、兵庫問題の例で言うと、立花孝志や斉藤元彦をヒーローのように見誤ることです。そこがぼくには不可解です。両者には新しい時代の人物像の欠片もないと思います。既得権益にしがみつく昔の権力者、政治家の、より劣化した姿しかそこにはありません。既得権益を否定しながら、それが上手くいったら今度は自分が既得権益を掌握する、それくらいのレベルでしかない人物像がそこにあるだけです。端から問題にはならないだろうとぼくには思われます。それどころか、より悪質なのは彼らの言動によって犠牲者が生じることです。
立花や斉藤の取り巻きたちとは違い、末端で支持者になってしまった人たちは、本来ならば投票にも出向かない下部層に居る人たちだと見えます。それが釣り糸か投網かでつり上げられて、SMSなどを使って支持を表明したり、要するに活動する支持者に回りました。立花や斉藤が、政治家としてはやがて従来の政治家と同じか、より劣悪な政治家になるだろうことは容易に予測がつくことです。つまり同じ穴の貉、あるいは変種、亜種の狢に他ならないと思います。
つまり、どうして、あいつもだめ、こいつもだめと言うことにならないのかが、今もよく分かりません。強いて言えば、自分たちも「おいしい」思いをしたいと言うところでの仲間意識と言うことになるのかも知れません。
ぼくは記者たちの、正義面、正統派面というものも気に食いません。つまり悪しきオールドメディアの知的優位性を時として振りかざします。そんな大層のものかよとぼくは思います。
と言う訳で、ぼくは兵庫県問題に登場する登場人物たちはみんなだめと考えています。ぼくは前提となる現実を現実のままとして認めていません。全部崩壊して別物に変わるべきだと考えています。ですから、ぼくと考えが合う人はひとりもいないだろうと思っています。そして実際その通りです。
その中で一番考えが近いというと、ぼくはこの問題にも選挙や投票にも無関心な人たちだと思っています。無関心と言うことは、あっちもこっちもだめということと近いところにあると思います。そしてその一部がデマゴーグにつり上げられて、水面上に浮かんで一部支持層に回っていると見ています。いろいろと推察や推量を重ねているのですが、どうして簡単につり上げられるのか、どうしてあっちがだめならこっちもだめと気づかないのか、いまもって不思議で不可解な気持ちが続いています。
2026年8月5日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「上書きの知」です。
○ 民主主義について
民主主義は人民多数の意志によって政治を決定する考えの元に、人民によって決定される統治システム全体のことを指して言う。人民権力、人民多数派支配などと考えるとイメージはしやすい。現代という時代の趨勢は、ほぼ全ての国家に民主主義的であることを要求している。
我が国においても民主主義の考え方が基礎になって、国家運営等がなされている。国の根幹の考え方になっている。この考え方に多くの国民が賛同し、また政治的指導者たちも何かというと民主主義を守れと口にすることが多い。
民主主義という考え方は多くの人たちの賛同を得て、これは国家社会をよくする切り札のように考えられている。現在までのところ、これよりも人民の多数に支持され、評価される考え方というものは出てきていない。
ところで、この民主主義という思想が万能のものかどうかは分からないが、社会をよりよく進めてきたと一定の評価は出来そうに思う。そして国民の社会における自由度も、確実に増してきた気がする。しかし、同時にぼくなどは民主主義の限界のようなものを感じさせられてきた。
民主主義的な社会をどんなに積み重ねてきても、あるいはどんなに社会的に馴染んでも、下層、下級、下流の人たちにはそれほど役立つものではない。あるいはそれほどの益をもたらすものでもない。封建主義的な過去からすれば、言うまでもなく格段の違いでよくなっていると思えるが、絶賛するほどではない。ぼくはそう思う。
民主主義の恩恵を受けるのは、ぼくは中流の人たちだと思う。中流と言ってもずいぶん幅があり、ここでは一部の超上流、超下流を除いてこれを中流と考えれば、民主主義は多数派支配だから中流の考えが反映されやすい。超上流はもはやそのことに関係なく、社会に自分の意志を通すべく力を有し、だが超下流は全てから取り残される。民主主義はこの問題を解決できていないと思う。問題にすることもなく、取りこぼしをしたままに進んでいる。
それと、民主主義がどんなによい思想であり、よい政治システムの中で進むものだったとしても、それが理念の通りに実現されているかというとまた別だ。ぼくはそこに大いに疑問を感じている。どんなに優れた思想やシステムでも、それが現実化できるかどうかは最後には人間と言うことになってしまう。人間は理念で動くと言うよりも、欲望で動くことが実際的だとぼくは思う。
しかし、だからといって、じゃあ民主主義は捨てるかというと、ぼく自身ではそういうことにはならない。無いよりはあった方がよい。だが最終最後は人間なので、民主主義が建前だけのものにならないようにどうにかしないと、いつまでもぼくらは使いこなせないままになってしまう。民主主義が大事と連呼する前に、そういうところを考えてほしいものだといつも思う。貧困の民は民主主義だけでは食っていけない。生活していけない。
2026年8月4日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「入出と滞留」です。
○ ほぼ家の中で過ごし、その中でも小さな自分の部屋にいることが多いです。そうして何をやっているかというと、いろいろなジャンルの動画を見たりニュース記事を読んだりしています。それから時々ワープロ機能を使って文字を打ち込んだりと言うことです。
家の中に居ながらにして外の世界と接触していると言うことになるのですが、考えてみるとちょっと変です。現実の自分の居場所と、モニター越しの世界の断片とはどういう距離に置かれているのだろうと考えます。ゼロ距離です。距離がない気がします。でも実際には、距離があるはずです。
つまりこういうことです。例えば猫の動画を見ているとします。するとぼくの目と耳とは、画面の猫が動いているその現場に出向いていることになると思います。部屋の中でモニターを眺めているだけですが、目や耳はその現場にいます。ぼくはぼくで部屋にいるのですが、しかしぼくの目と耳はトコトコと現場に出向いています。そうするとそこにはどうしても一定の距離が生まれていて、ぼくは距離を縮めるべくそちらに出向いているんだと思います。
ぼくはほぼ毎日そうしています。居ながらにしてどこかに出向いています。出向いては帰ってきてと言うことを繰り返しています。
それで、ぼくは出かけていないことになっていると思うのですが、そういう形では毎日出かけているのですね。それこそ、あっちにもこっちにも出かけています。それこそあちこち出かけているので、気付かぬうちに疲れていると思います。同じような場所に行く場合もありますし、初めての場所に行くこともあります。
現実的に、あるいは身体的に、ぼくはあまり空間を移動して歩くことはしていません。でも精神的にはけっこう移動しているという気がします。あっちに行き、こっちに行きしています。身体的な移動という意味での旅行はしていないのですが、精神的な意味合いでの移動はけっこう繰り返して、あちこち旅していると言ってもいいと思います。それこそ風に吹かれて気の向くままに旅して歩いています。ずっと部屋に籠もっているのですが、一種の旅行者であると考えてもいいのかも知れません。あまり自覚的ではないのですが、毎日出かける意志を持って出かけ、そしてまた帰ってくると言うことをしていることになるのだと思います。引きこもっているんだけど、それでもけっこうあちこち移動して、それは結局生きていることになるんだなと感じます。
○ 「偏向報道」という題の映画があるんだそうです。その題名となる言葉が、ちょっと何言ってんのかなと言う感じがして、そのことをちょっと言いたくなりました。この言葉自体はしばらく前から使われていました。一種の、大手のメディアを批判する際に使われた言葉だと記憶しています。メディアが報道したことに対して、あの報道は公正、公平なものではなく、一方に加担した、文字どおり偏った報道だという意味合いで使われていたと思います。
しかし、これはおかしな言葉だとずっと思っていました。どういうことかと言うと、報道にははじめから偏向が含まれるものだとぼくは考えていたからです。
例えば競合する大手新聞が5社あったとします。某月某日の朝の新聞を比較すると、全部記事が違っているはずです。一つの事象を取り上げている場合でも、その記事内容は違っています。つまり、そこにすでに一つの偏向がある訳です。各社違っている訳ですから、5社それぞれに特色もあり、偏りもあると言うことになると思います。ですから、右より左寄りなど最初から違いがあり、いずれもどういう方向にか偏りがあると言うことになります。つまり最初から、報道にはちょっとずつ偏向があると言うことになると思います。そして報道には、最初から偏向のあることが前提になっていると言うことになろうかと思います。逆に言うと、偏向がない報道なんて、最初から無いんだと言うことになります。偏向を意図しようがしまいが、すでにもう偏向するものだと言うことです。それなのに、いかにも偏向報道などと新しいことを言っているようなつもりになり、鋭い指摘をしているようなつもりになっているのがおかしいと思います。なんならそもそもの言葉自体が、ひとりひとりニュアンスが違って発信したり受け取ったりしている訳で、言葉自体が偏向を含んでいるものです。報道を批判する側も偏向しているのですから、何をか言わんや、と言うことになると思います。
2026年8月3日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「観察の人へ」です。
○ 丸い大きなお餅を小さくちぎってこれを丸めると、小さいが大きなお餅と同じ形
になる。地球と地球の生命はそれと似た関係にある。解剖学者の三木成夫さんは著作でそんなことを述べていた。つまり地球とぼくたち一つ一つの命との関係は、約めて言うとそういうものだと言っている。地球にない物は命に含まれていない。地球にあるものだけで命というものは成り立っている。そうして一通り地球上で活動した後には地球という大地に還る。それが延々繰り返される。他の動植物もそうだが、それが繰り返されているだけで、そこに人間が望んできたような特別な意味はないのだろうと思う。人間は人間特有の観念世界、幻想世界を構築し、その中では人間的な生命、生存に、意味や価値というものを付加してきた。人間世界では重要事と意識されているだろうが、もちろんそれは人間世界内のことに過ぎない。人間たちの思い込み、信じ込みで、本質的に宗教的なのであろう。人間はこういうようにしか生きて来られなかったのだろう。その意味では人間にとっては必須のやり方で、しかもとても大事なことだったと言える。そしてこれからもその延長上に進んで行くことになるのであろう。
意識を意識すると言うこと。意識を自覚できるように発達したと言うこと。こうなってしまったものは仕方がないので、後戻りできない。たぶん。当面はこの延長で行くしかない訳だし、まあ拡張して行けるところまで拡張して行くことになるのだろう。これを好機と捉えるかどうかは人それぞれで、ぼくとしてはできるだけそう捉えるように努力して来たというところだ。経験とそれを受けての実感。これは苦でも楽でも同じようなもので、何か生存の醍醐味みたいに感じられて、なかなかに去りがたいと思わせられるところだ。もちろん生きている間だけと言うことなので、生きている間は存分に味わうことにしたいと思っている。
2026年8月2日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「宣言」です。
○ 躁鬱病をはじめとする精神の不調について、ずいぶん昔から関心があります。西洋に起きた近代産業革命は、反動のように公害を産み落としました。自然変動、自然破壊、環境破壊のようなものです。当時は一次産業から第二次産業への発展的転換が行われました。二次産業下では、自然が影響を受けたと言うことになると思います。
さて日本では高度経済成長後、あるいはもう少し前から同じように公害が社会問題化しました。その対策・対処が進む中、今度はサービス業、流通業などを中心とする三次産業が発達しました。これを一つの産業革命と考えると、この三次産業の発達を受けての公害は何かと言うことが問題になります。
これは以前のように自然が影響を受けるというものではなく、よくよく社会を観察してみますと、人間の精神が影響を受けていると考えることが出来るように思えます。人間の精神の変調、人間精神の破壊、崩壊というようなものです。そしてそれはいままさに進行し続けている問題ではないかと思われます。
このことをぼくらに最初に教えてくれたのは吉本隆明さんです。吉本隆明さんの「心的現象論」の「序説」・「本論」の全体は、そういうことも視野に収めた著作だとぼくは考えています。
それでずいぶん読み込んだつもりなのですが、その著作自体が結論を待たずに途中で終わってしまいましたし、後に続く人たちも残った部分について言及し切れていなかったなと思います。ぼくも息が続かなくて、書かれなかった部分は後をたどれていないし、うやむやのままだと感じています。
現在の日本社会を見ていますと、その精神世界、幻想領域全体が非常に無秩序で、ごちゃごちゃになっているとぼくなどは感じます。それでいながらなんとか社会は社会として成り立っていますし機能もしています。それほど根深く崩壊寸前とまでは行っていないのですが、しかしあちこちで雪崩や余震が頻発しているというような、そんな印象です。
もう一度、「心的現象論」を読み直したいと思うのですが、ぼくの方ももうちょっとそんな元気はなくなっているようなのです。自分の方も怪しくなっています。…物足りないところですが、今日はここまでにします。
2026年8月1日
『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「元締論」です。
○ 辺野古転覆事故に関連して
辺野古転覆事故の問題がまだ継続しているようです。高校の研修旅行中の事故で調査委員会が発足、その調査についての報告会が行われる旨の記事を読みました。ぼくは調べてもいないのでよく分かりません。ただ、こういう事故というと、先の東日本大震災時の小学校の児童が集団下校時に波に飲み込まれた事件と言うのを思い出します。それもぼくは詳しくないのですが、問題が長期化したという印象を持っています。
ぼくのこの種の事件への関心としては、学校が、あるいは教員が、どこまで児童・生徒の生命というものに関与しているか、また関与できるかという問題となります。それ以外のことについてはほぼ無知であるし、言及すべきじゃないという立場です。また、関心あることに限定しても、この種のことはぼくにはは正直言うと難しいなと言う感じで、なかなか決定的なことは言えそうにありません。
ぼくが児童生徒の死に近く関与した教員だったとしたら、一も二も無く辞職をすると思います。ですが、考え方としては、そこまでは責任を負いきる立場にはないと考えます。学校の先生の責任は、勉強を教えることと、ふつうの社会人として通用するような基本を養うことだと思います。そもそも児童生徒の生命の危険を想定して、そのプロとして先生になった訳でも何でも無いのです。ただそういう場合もあり得ないことでは無いと言うことで、ちょっとした避難訓練や研修をもつくらいだと思います。それは仕方がないことです。訓練や研修が仕事の中心ではないですから。
ぼくも小学校の先生をしたことがあるので分かりますが、基本は安心で安全な環境の元で勉強を教えるんだ位で先生になると思います。のんびり、穏やかな環境で子どもたちとふれあえる。そういうことを楽しみに先生になる人が多いと思います。それが何かあった時に強く責任を問われ、厳しく追及されるとなると、今度は先生のなり手がいなくなるんじゃないかなと思います。先生という商売は内に入って打ち込むと、けっこうハードで大変です。こういう譬えが適切かどうか分かりませんが、たまに役者さんで役に入り込んで脱けられなくなる話があるでしょう。先生にも似たところがあって、公私の境なく年中先生をやってしまう人もいます。これで病む人も出てきます。そういう秘めたハードさを常に自分で抱えているのです。それ以上の他からの追及がなされたら、簡単に「やってられない」となると思います。
ぼくはこういう事故や事件があった時には、管理職、つまり校長が責任を取る形で一等最初に辞職を表明すべきだと思います。問題化した時点で、何よりも先に責任を取ると言う姿勢を鮮明にすべきと思います。つまり、犠牲者が出ている以上、誰かが何らかの形で責任を取る姿勢を示さなければ、沈静化に向かっていかないと思います。それは校長とか、教育委員会の長とかが適任だと思います。
そうでなければ保護者の気持ちとしては収まりがつかないと思います。自分の子どもの命だけが失われて、いわば犠牲になって、その子を教え導く側が何一つ犠牲を払わないというのは親としてはどうしたって、どう考えたって、納得できるはずがありません。そういう教育課程を組み、計画をし、実行するのは学校側ですから、事故が起きた時には誰かがその責任を取るのがふつうです。誰が辞職しても納得できないのでしょうが、そういう決断をすることによって、一定、誠意は感じてもらえるかも知れません。そういう可能性があるとすれば、それは速やかに行った方がいいはずです。
「公」のものは、問題が複雑に絡み合う前に、保護者と話し合い、その意を十全に酌んで、それに匹敵するかそれ以上の誠意をまず示すべきと思います。そのためには職員全員の辞職も辞さないと言うくらいの考えでないと受け入れてもらえないと思います。先生たちはどちらかというと社会経験が少なく、とかく教育とか学校とかのことを守ろうとする姿勢を取りがちです。それはよくないことです。
全員が辞職する覚悟のところで、校長が自分の辞職だけで済むように保護者を説得できたら、それが一番いいかなと思います。
もちろん学校側に重大な過失があるとすればそれで済むはずもありません。刑事あるいは民事で告訴される事案と言うことになれば、それなりに粛々と進めて行くほかないですから、そのように進んで行くことになると思います。今回の同志社国際高
のケースはそう言うように進んで行きそうなケースのようです。そうなると、もうぼくなんかの考えるところではなくなってしまう問題と言うことになります。
いずれにせよ「公」教育というものは、犠牲者を出した時点で誰が言わなくても「公」教育の自滅を意味していますから、四の五の言い訳を言わないことが肝要だと思います。そして誰かが責任を取って職を辞する覚悟が必要だと思います。生活がありますから簡単ではないのかも知れませんが、逆にそれくらいの覚悟が出来るようであれば他の職業に行っても通用するんだと思います。
こういう場合の会見なり報道では、よく職業倫理的なことが問われます。ぼくがここで考えることを端的に言い直すと、過剰に職業倫理的なことを追求してはいけないんじゃ無いかと言うことです。この手の報道では事故に関係する人たちに過剰に倫理を求めすぎます。自分を見れば分かるはずですが、人間というのは勤務中でもけっこう5割くらいの力なり集中なりでやっていると思います。いざという時でも7割から8割の力を出すくらいじゃないでしょうか。それに対して、10割でやっていないじゃないかと批判してもあまり意味ないように思えます。またそういう追求の仕方は酷なんじゃないかと思います。だからそういうことも含めて、責任取る人が必要なんだと思います。法的な決着を最後には取るのでしょうが、そういうところに行く前に決着できる方が人間にとってはよいような気がします。