「てならいのうた」
「秘奥」
たくさんの言えない言葉があった
言えない思いがあった
悲しみにせよ喜びにせよ
それが沈黙というなら
人の生涯は
暗い沈黙の色に染まっている
互いに知ることが出来ず
見ることが出来ない
知的であることもあり
非知的であることもあるそれを
自らに感じながら
体験しながら
寂しげに人は老いて行くのだ
心の奥のもっと奥に
心の底のもっと底に
辿り着いたところのひとつの秘奥
その琴線に触れるのがよいか
知らぬ方がよいか
どちらとも言えなくて
人それぞれに
秘奥の心情に出会ったり
出会わなかったりする
2026/09/25
「束ねぬ言葉」
世界のどの国の首相や首脳たちも
本当にその国の代表と言えるんだろうか
たいてい選挙などを通じて選出され
国の代表者とは言えるが
多くの国民は
自分たちの代表とは思っていない
そうじゃないかな
国の代表者が集う国連総会で
各国の首相や首脳が議論し合うが
国民の半分にも支持されない
そんな人たちの言葉で
何かが決まったり
決まらなかったりするのは
ちょっとおかしくないか
そうやって決まったことは
お仕着せがましく
世界の動向に影響する
ぼくからすると
なんで言うことを聞かなきゃないか
了解しがたい
そういう仕組みや決まりがあるとして
個人の頭上を覆い
ぼくらの思考ぼくらの言葉を
すっかり無視して
無効にしてしまうのはおかしい
どうして個々人の幻想は
共同幻想の前に
後景に押しやられてしまうか
立派な人
偉い人
頭のいい人たちに
どうして束ねられてしまうのか
納得がいかない
戦争だってやりかねない運命共同体
それを基底とする世界はいやだ
孤立を厭わず
存在の尊厳と倫理とに立脚して言えば
束ねられることも束ねることも
ぼくはずっと拒絶したい
2026/09/24
「逃亡と脱落」
いい大人たちが
五七五や五七五七七に
日の大半を使い
年の大半生涯の大半を使う
よほど面白く
また好きでもあるのだろう
やりがいもあり
夢中にもなれるんだから
他人であるぼくが
とやかく言うことじゃないな
似たようなことは
ぼくもずっとやってきた
ただちょっと恥ずかしい
なりきれない
言葉も文字も不自由で
ぼくは体の人
偶然の人
それはなかなかに
言葉や文字では表現しきれない
体と心がぎくしゃくして
どっちつかず
いつもこんなだ
いつまでたってもこんなだ
年を重ねた甲斐もない
歌や詩が
生活からの逃亡と言えるなら
生活は歌や詩からの何だ
防衛とか脱落とか
何であっても
心がざわざわする
2026/09/23
「ウォーキング」
老人は徘徊に怯えて
やたらとウォーキングする
戦争する国は
何に怯えているんだろう
経済の停滞と文化の混乱で
国力の低下
世界の範からの凋落
つまり社会の衰退の影に
自ら怯えて
かつての成長期に
戻ろうと動いている
その抗いは
理解できなくはない
けれども
今のぼくは衰えに抗うより
自然に衰える
その仕方を辿ってみたい
衰えた視力や聴力
衰えた筋力や瞬発力
そうして物価高に見合わぬ
少ない年金の経済力で
さらにどう老いて行くべきか
ぼくの試行は続き
無理をしない
老々の試行は続く
そうしていつか
眠りの墓場から
蘇る人を見送って
彼の心の一角に憑依する
ところで
受験につきものの正解は
この世界にはどこにもない
なので
知もまた
やたらにウォーキングする
だけだ
2026/09/22
「これから」
目標も
希望も夢も消えて行き
すっきりするなあ
秋晴れの空
飽きずに眺めて
もういいよ
何がよいのか分からないが
もういいよ
そんな声が聞こえてくる
これからだよね
ほんとの老いと老いの下り坂
目も耳も手も足も
あちこち痛んで不自由になる
ゆっくりと
じっくりと
なぶられるように
老いて行かねばぼくらしくない
それもこれも
全部言葉にするぞ
名付けて「文字の呼吸」
なんて
ちょっと古いか
これからだよこれから
2026/09/21
「言葉の運命」
先細りする言葉たちが
それでも針の孔をめがけて
あちこち競い合っている
その光景は
ほかでも見た気がする
ああそうだ
改善を繰り返してきた顕微鏡
微細から極微へと
分け入る視線がそうだ
もう止められない
いろんな領域と分野で
あと戻りしないシステムや
ゾーンが自己発生し
自己改善型のAIのように
加速を強めている
詩もまたそうで
あらたな言葉の発見と
言葉の組み合わせに
奔走している
詩人のための詩だ
大衆の生活という太い幹からは
ずいぶん遠くかけ離れて
ぽつぽつと咲いたり
散ったりしている
詩に入れば生活を忘れ
生活に入れば
詩は他人の顔付きをする
2026/09/20
「嗄れた声」
辿り着いたそこが
改札所でも秋の海でもかまわない
ただ言葉や文字になりきれない
そんな未就学児を見かけた
いつもの親切心で
親元に送り届けようと考えて
ストーカーになった
常に片言の声に聞き耳を立て
意味ある言葉を
聞き分けようとした
どんな素晴らしい第一声なのか
ぼくはそれが楽しみで
すでに数十年
まだ今も追っている
児童の声は今も片言だが
ずいぶん嗄れた
2026/09/19
「脅威」
AIの脅威が
ことさらに言われ始めている
それなら文明の脅威が先だ
原爆を作りAIを作った
古代には富を成し国を作った
文明を生みだしながら
人間はそれに翻弄されたり
後悔することもしてきた
分業化専門化による
計算力や緻密さを
頭がいいと考えるならば
それは確かに頭はよいのだろう
権力や財閥に庇護されて
優遇されていい気になって
上手く性能を引き出され
使われる頭だ
その程度の頭なら
それほど誇ることはない
近々AIに追い越され
不要になって行く頭のよさだ
心も捨て
魂も捨てた人工知能
すなわちAI化した人間は
この先どこへ向かうんだろう
超高度文明の脅威に気づけたら
やれることはただひとつだ
AIの電源を落とすように
人間の人間による人間のための
AI化プログラムを破棄すること
未来はそれにかかっているが
やらないし
やれないだろうな
2026/09/18
「循環」
砂時計の一粒一粒のように
日を下りながら
気がつくと砂は落ちきって
底に溜まって
自分と自分の生涯になる
実にさらさらと
乾いた小さな音を立てて
極微のピラミッド形に
積もるのだ
後は川に流され
海に溶けて
見事な循環の体系に
組み込まれて
終わる
意識や想念も消えて
そこは潔い
2026/09/17
「高ぶる」
両親の側にいる
友達や仲間の側にいる
恋人の側にいる
会社の幹部や上司の側にいる
それからそれから
権力の側にいる
そういう時の気分は
高揚している
どうしてか分からないが
高ぶる
高ぶって
よいこともあれば
よくないこともあり
ひとりだとしないことや
出来ないこともする
2026/09/16
「理屈を超える力」
海岸の砂粒も山々の木々も
あるいは平野の雑草も
どれひとつ
完全に同じものはないそうで
世界の中のぼくも
八十億分の一ですね
そんな自分が一生懸命考えても
八十億分の一の考えで
やっぱり同じ考えはないということで
それだけで絶望的に孤独です
そのうえ
隣の八十億分の一の考えさえ
分からないこともあり
その八十億倍はさらに分からない
それでいて
友達になり恋人になり
あるいは仲間になって遊ぶ
そんな芸当が出来るんですから
人間の底力はすごい
それだよね
最後の頼みの綱は
理屈を超えた人間力
2026/09/15
「気弱な変革論」
社会には常識とか、暗黙の決まり事とかあり、それは長い歴史的な積み重ねから出来たもので、ちょっとやそっとでは揺るがない。なのでそれは尊重してきました。完璧にやったというのでも何でもありません。出来る範囲で、多くの人が準じている程度にやってきたと言うことです。簡単なことでは挨拶をするとか、時間を守るとかですね。あとは一応、犯罪とかやってはいけないことが決められていますから、そういうことは人並みに守ろうと言うことでやってきました。
社会人として最低限のルールを守ると言うこと。それさえやっていれば、あとは何をやってもいいとぼくは考えています。孤独になったり、引きこもったり、ぼくは特に他人と異質な感覚を持っていて、考えることがとにかく人と違っていたと思います。そしてそれに固執してきたと思います。
ぼくは自分を取り巻く社会、世の中が嫌いでした。大きくなって日本や世界というものを知っていきますと、そういうところも嫌だなと思いました。第一に、不平等があるということがおかしいと思いました。人間に上下があり、優劣や尊卑があると言うこともおかしいと思いました。善悪で言うと、社会では悪の方が勢いがあって優勢に思えました。これも変だと思うところでした。
それから強いものと弱いものが出来てしまうと言うこと。威張るものとへりくだるものとがいるということ。これも同じです。
こうした嫌なことが社会に起きる原因の大本は何かと考えると、一番大きいのは富の奪い合いだろうとぼくは考えました。
それでぼくは、こんな社会や世界は嫌だから強く変えたいと考えました。これは今日まで続いています。
こうして社会はおかしい、だめだ、と考えますと、社会を否定することになります。自分もその中に生きながらそれを否定するというのは、一種の矛盾を生きることになります。それと同時に、社会をだめなものだと考えますと、そこに生き、生活している人たちも否定してしまいそうになります。ぼくは、そこは避けたいと考えてきたと思います。
ですが冒頭に言ったように、一応世の習いに従って生活すれば、あとは何を頭の中で考えようと、それは問われないと言うことになっています。頭の中で世の中を否定する訳です。
世の中を否定してこれを変えようとする時に、実践的に行うことを革命と呼んでいます。これは力を持っての実力行使と言うことになります。これに成功した他の国のその後を見ますと、以前とあまり変わらずに、かえって独裁政権が出来て民衆が苦しむことになったりしています。これではそれまでの政権の交代、権力闘争と変わらないなと思います。
不平等をなくす、上下もなくし、優劣や尊卑もない、そんな社会を作りたい訳です。強者、弱者もなく、威張るものもない社会です。内紛も避け、内戦も避け、そういう社会が出来ないかと考えてきました。
社会で、よい社会をつくろうと実践されてきていることはすべてだめと考えてきましたから、それ以外を考える訳です。それ以外を考えると、社会を悪くしない、すなわち、自分の頭の中だけで考える、そういう選択肢しかないと考えるようになりました。そしてそれを実践してきました。不平等はどうしてなくすか。人の上下、尊卑をどうしてなくしていくか。いろいろと考えてきました。その結果どうなのかというと、自分はそれをしないという考えに落ち着きました。おかげでぼくは孤独になり、デクノボウみたいになったと思います。
やっと嫌なことをしないひとりの人間を自分の手で作り上げた訳です。もちろん未完品です。それくらいしか出来なかったのです。社会は何一つ変えられずに、自分だけが変わったと言うことです。
やっと見つけた方法がこんな方法で、そうしてこんな有様です。で、どうなんだと言うと、こうやって一人で一人を変えていかないと、世の中は変わらないんじゃないかと、今はそう考えているしだいです。
2026/09/14
「最後の願い」
死んだらすぐに火葬する
直葬というらしい
通夜も葬儀もしない
金がかからない
自分のことだったらそれでいい
元々が野生動物のような
死に方が理想だから
なんということもない
一も二も無く賛成
まあ他の人は
どうやってもいいんじゃないか
好きにやればいい
自由なんだからおあいこ
ぼくが死んだら
もう何も思わないし考えない
悲しくもなければ
寂しくもない
思い出に懐かしまれても
あとのまつり
もちろんそれで上等
ぼくの考えも残した言葉も
それっきりでアウト
ことさらなことも
わざとらしさも無しにして
残った人は自分のことだけ考えて
自分のことに精一杯でいてほしい
最後の願いはそれ
もちろんこんな言葉からも
自由でいてもらいたい
死ねば死にきり
あとはもう雨風になり
災害や恵みを運ぶ
自然エネルギーの一粒になる
2026/09/13
「畢生の仕事」
続く秋雨に
気がつけば言葉がとがっている
妻の言動に突っかかり
こちらは遊びのつもりだが
向こうの受け取りは違っていて
生真面目な返答で
さっと風が吹き抜ける
ぼくはだいたいそんなだが
長い秋雨に
知らずメンタルが
持って行かれてるんだろう
言動がきつくしつこく
妻からすると
ぼくの悪意と映るのだろう
こんな高齢になってもだね
実に軽いメンタルで
実に軽率なメンタルで
長雨ごときで嫌な色がつく
成熟も円熟もない
柔で青いメンタルさ
伸び代があるってことだが
拒絶されたらお仕舞いさ
それは避けたい
2026/09/12
「晩年のリアル」
景況も健康も
同じように先行き不安で
どんどん衰えて
これから先悪くなる一方で
楽しみがない
足腰も立たず
高級グルメはテレビの中だけ
飢えて痩せてぼちぼちと
気力も失せて
その道をよろよろ
飛ばずに歩くかと思うと
人の晩年とは
なかなかに芳ばしい
一日一日
一歩一歩
ゆっくりゆっくり進み
そのリズムに
心はなぜか急かされて
静かに狂い
信じもせぬ神や
亡き父母を召喚する
「哀れよのう」と
内から発するその声も
喉につかえる
2026/09/11
「時間が涸れる」
まだまだ時間がある
若い人たちはそう思っていて
余裕が見える
ぼくにはそれがなくて
棘のある言葉が
口をついて出てくる
そしてそれの修正のために
いらぬ時間を
費やしてしまっている
たぶん誰もが
いつかはこうなる
その度に願いは遠のいて
「えーと」って
頭の中を検索している間に
何度も眠りを繰り返し
時間だけが涸れて
もう二度と
目覚めぬ時は来る
2026/09/10
「減少」
塾に入れる
習い事をさせる
ただぼんやりと
成り行きで育ったのでは
生きていけない
真面目で素直なだけでは
生きづらい
そんな社会なら
社会が変わるべきなのに
人間の方を
社会に合わせる社会
それでいい訳がないのに
ずっと変わらずに来た
それで不登校
ひきこもり
結婚せずに少子化
そうしてまだ
続けて行く社会に
抗わない
知者たち治者たち
今日も社会の声だけが
強く高く太く
空を飛び交っていて
人一人の声は
小さく細く弱く
低く地を這っている
社会の外では
山々の木の葉が風に揺れ
大きく静かに
ざわついている
2026/09/09
「虫の声」
買い物帰りの車から降りると
暗い庭で虫の声がした
あっ
これこれ
子どもの頃と同じだ
両親も兄妹も
それから親戚や集落のみんなで
秋の夜は
飛び込んでくる虫の声を
聞いて過ごした
だって山間の夜の集落には
その声が満ちていて
その声しかなかったんだもの
ぼくは自然を蔑ろにして来た
自然の世がいいとか言いながら
庭の草木を眺めるとか
虫の声に耳を傾けるとか
ほとんどしていない
関心がない興味がない
風流なんてぜんぜん
その代わりにテレビを見てさ
ドラマを見てさ
ニュースを見てさ
バラエティーを見て笑ってさ
そんな室内の音を消して
庭の虫の音を
夫婦で聞いて楽しむなんて
ぼくらはそんなんじゃないな
ずっと耳を塞いできて
風流の欠片もない
いまさらだよ
レディネスも消えているし
資格もない
ただこうして耳にすると
妙にあの頃が懐かしい
なんか
とっても懐かしい
頭のずっと上に
満天の星空もあった
2026/09/08
「しゃぶり尽くす」
鯛のお頭を裂いたものが安いので買った
家で塩焼きにして食った
小さな鯛だから身が少なく
ついついしゃぶれそうな骨をしゃぶった
まあまあおいしかった
購入したものではないが
ぼくの人生も魚のアラのようなもの
身の部分は少なくて
あまり食べ応えのあるものではない
皮と骨が大部分
あまり脂も乗っていない
そういう人生なので美味しくもないが
一度きりの人生
これからぼくはこの人生を
しゃぶり尽くしてやろうかと思います
皮も骨もしゃぶり尽くして
自分も自分の人生も味わい尽くし
その上で
この世界から消えてやろうかと思います
これが結構なしゃぶり甲斐で
思った以上に手間暇が掛かかるものです
どんな人生だっておそらく
しゃぶり尽くすのは容易くない
またそこまでしないと
とことん生き抜いたとは言えない
2026/09/07
「余さず味わう」
秋雨が続く今日この頃
嫌と思う人は嫌なんでしょうが
こうなったものは仕方がないと諦めて
せっかくなのだから
この長雨さえも楽しんで
そのうちぱっと秋晴れの太陽を
小躍りしながら迎えるってのはどうだ
鬱の人は鬱を背負い
ニートの人はニートを背負い
異数の世界に降りるのも一興
何も悪くない
尊卑も上下もない
荒野を一から開拓するように
視野の内から社会を消して
そんな精神世界を逍遥するのはどうか
失うべきものは何もない
あるいはマイナスだけがある
目的はひとつ
食うための一歩を
先ずは一年かけて探す
それしかないから何年かけてもやる
毎日続ける
毎日考える
それでだめなら諦める
ただそれだけのこと
生きるとはそれだけのこと
あとは他力本願
自分で判断するな
それでなんとかなる
高齢のぼくが言うのだから
まず間違いない
もう一つ言うとすれば
その期間の成り行きを
ずっと楽しんで観察せよ
苦の心悲の心も生きていればこそ
余さず楽しまねば
余さず味わう
安い鯛の頭の塩焼きみたいに
自分の命もしゃぶり尽くす
ぼくの作法だが
たぶん亡き父母に少し劣る
2026/09/06
「神楽の面」
子どもの頃
秋祭りの神楽をよく見ていた
舞台の上で動く演者らは
みなお面を被り
小さな舞台上を動き回っていた
それらの面を凝視していると
しだいにそれぞれの面に
表情が生じてくるのだった
不可解さに
背筋がさっと冷えて
その一瞬に恐怖が走り抜けた
誰にも言わずに
祭りの夜は更けて行った
今振り返って考えると
脳が幻影を作り
勝手に怯えたということになる
そういうことはよくあった
何度も繰り返した後の現在でさえ
世界を見る時
日本社会を見る時
日常生活で人に出会う時
気配が走って凍り付くことがある
幻影を見てしまう
そうしていつも
意識の裏面に怯えを押し込めて
そのことは自分だけが知っていて
気がつくといつの間にか
自分の顔は年老いて
あの頃の神楽の面になっている
2026/09/05
「枝葉はこちら」
狩猟採集や農耕で食って行くか
働いて金を稼いで
食い物を買って食うか
昔と今の違いはそんなもので
一貫してそれが生活の基本になる
そこが人間生活の根幹だろう
芸術や学問にはパトロンの支援と
生活者たちの共感とが必要だ
そういう形の賛同がないと成立しない
ゴッホの「ひまわり」も
ドヴォルザークの「新世界」も
きちんと生活する視聴者や
財を持つ支援者がいないと成り立たない
百花繚乱の才能は
樹木にたとえたら枝葉末節で
どうしても根や幹にはなれないものだ
「パンのみにて生きるにあらず」
と言っても
パンなくして視聴者も居ないし
自らの創作もない
だからなんだという話だが
観念も幻想もイメージも
生活の困苦を見下げてはいけない
なぜならそちらが根や幹で
枝葉はこちらだから
2026/09/04
「優れた人」
太古にも知力・体力に優れた人は出現して
周囲を驚かせたり
畏敬の念を抱かせたりしていたのだろう
そうしてみんなに持ち上げられて
集落の〈長〉になったり〈長〉の〈長〉として
王様に祭り上げられたりした
かもしれない
そう考えると
必ずしも力でつかみ取った王位
と言うことではなくて
合意のもとに出来上がった王位と
それを支える臣と民衆と言うことになる
そんな古代のストーリーだとすると
単純に王位を批判することは難しい
そんなパターンだと
王は臣や民衆を愛し臣や民衆に尽くし
臣や民衆は王を敬愛して貢ぎ物をする
そんな相互関係が維持される
この島国の初源の王位は
そういうものだったかも知れない
それは歴史的には
アフリカ的と呼ばれる段階である
そこではしかし
自然災害や失策が続くと王のせいとされ
臣や民衆が謀反を企てたりする
古代・中世・近世と来て
覇権争いはいよいよ熾烈になった
知力・武力に優れた人や一族が
次々に取って代わって玉座に着いた
そうした権力争いは
現代にも続いてきている
「みんなが笑って仲良く暮らす世」が
一度くらいは実現したのか
しなかったのか
ぼくらが生きていた間にはなかった
たくさんの優れた人が
入れ替り立ち替りしても
一度もなかった
2026/09/03
「新生」
国民は議員を国民の代表者と思っていない
んじゃないですかと
どこかの大学の先生が指摘していた
こんなふうに稀に
感心させられる大学の先生もいる
それだけでいい
これを聞いて自浄作用の働かぬ国会
議員たちならば仕方ないんじゃないですか
そう言うことに思いを致さない
そう言うことに考えが至らない
国会や議員になったのは
少しはぼくらのせいもあるが
多くは後進的な社会のせいもある
受験の知識と選挙の知識だけで
世を渡ろうとする
当人たちの無様さにも責任がある
欧米に追いつけくらいのことは
見よう見まねでやれたけれども
所詮付焼刃だから
政治家にも国民にも使いこなせない
そんな制度にしがみついて
どこまで行くんだろう
地理や地形や気候や風土
それに国民性にきちんと対応した
自前の思想や哲学とその言語化
さらにそこからの制度設計なんて
国を作ってから一度もやれたためしがない
猿まねの所以だし限界だな
古代には中国に
近現代では欧米に範を求めた
中世と近世は何を範としていたのだろう
気になるところだがぼくには分からない
大学の先生教えて
ついでに先のような新たな制度設計を
みんなに示して納得させて
日本も日本人も
「新生」のそれに変えてほしいな
2026/09/02
「姥捨山」
ぼくはここにこうしていて
破綻した人生と見間違うかも知れないし
実際にそうかも知れない
だから何一つ楽しみがないかというと
けしてそんなことはない
逆に楽しみだらけだというのが正しい
つまり生きていれば
食うことが出来てさえいれば
いくらでも楽しみは作れる
CMの人生からは縁遠いけれど
手作りの人生という他にない楽しみ方は
いくらでも出来る
だってぼくは真っ当な人間だもの
ぼくは社会から戦力外通知を受けて
いまは姥捨山に住む
これはよくよく考えると
ぼくが社会を捨てたと同じことだ
なんか知らないが清々する
解放された気分が手に入った
頭と心に自由が飛び込んできた
もうこれだけでよい
遠目に見る社会は害されすぎている
真っ当な社会に見えない
どん底こそが真っ当である
羨まない真似しない
これが姥捨山での合い言葉だ
2026/09/01
「変容考」
病気は病院
鬱は病気だから病院
というのは現在の常識だが
大昔の巫女は
自ら忘我・恍惚状態に入り込み
霊と交渉し
予言・治病も行ったと言う
ある意味精神疾患に酷似する
人類誕生から現代まで
思いもつかない数の誕生があり
それでいて二つと同じがない
個々の意識・精神もそうで
誕生の数だけ違う
おそらく初期は野良状態だから
険しく凶暴だったろう
今から見れば
何万年何十万年前は
異常でない精神は存在しない
それでいて必死に生きた
誰もが心身の病気や疾患のまま
ただ懸命に生きていた
またそれを当たり前として生きた
博愛や奉仕の観念など
なかった時代だ
病気や疾患もそれと認識されない
そんな時代だ
異常も健常も同じ土俵上にあった
そこでは人間と識別される
それ以外の識別がなかった
現在は緻密に分類され
解析され識別されて
だんだんと人の物化が進んでいる
2026/08/31
「孤独のその先」
表現が多数から支持される
権威あるところからも評価される
そういう事例の一方で
真逆の事例もある
ぼくの考えや表現はその一例で
ほぼ誰からも相手にされない
ずっと孤独で孤立し続けてきた
ぼくの文字表現上でのあり方は
実生活上においても同じ
長いこと友人という友人がいない
知人も去って
ここ数年会話という会話がない
こうした存在のあり方を
プラスマイナスで言うと
マイナスの極点に位置している
そう言うことになると思う
だから本来なら
絶望したりがっかりしたり
世を恨めしく思っていいところだが
そんな気持ちはさらさらない
全然強がりではない
それどころか今は
楽しくもあり幸せ感もある
喧噪のない最高の部屋
最高に静寂な書斎に居て
柵のない考え事が出来ている
たとえそれが需要がなく
社会から浮いて不毛だとしても
実にそれは
ぼくそのものを表すものであって
ぼくの純粋な像だ
裸像でも骨格でもよいが
ぼくにはそれがはっきり見えていて
その理由は不明だが
時折真空で透明な安らぎに
包まれもする
ここが孤独のその先のステージ
折り合いを付けた場所
閉じられてはいるが
意外に見通しも見晴らしもよい
2026/08/30